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新旧お宝アルバム!#76「But You Caint Use My Phone」Erykah Badu (2015)

2017-02-27

2017.2.27

新旧お宝アルバム #76

But You Caint Use My PhoneErykah Badu (Control Freaq / Motown, 2015)

ここ数日は春一番だか二番だか知りませんが、春の到来を告げる強い風が吹いたり、雨が降ったりしながら日々少ーしずつですが春に近づいているような気がしますね。うちの庭の河津桜や、近所のおうちの梅の木がもう満開になってきていて、春はもうそこのようです。

さて、今週の「新旧お宝アルバム!」は最近のアルバムのご紹介ということで、5年間の活動休止期間を経て久々の作品をミックステープという形で発表した、今やベテランのR&Bシンガー、エリカ・バドゥの6枚目のアルバム『But You Caint Use My Phone』(2015)をご紹介します。

エリカ・バドゥといえば、ローリン・ヒルらと共に1990年代のヒップホップのルネッサンス的隆盛時に「オーガニック・ソウル」と言われた70年代ソウルに回帰したスタイルのR&Bシンガーとして、大いに人気を集めたR&Bシンガーソングライターですよね。デビュー作『Baduizm』(1997)、2作目『Mama’s Gun』(2000)による鮮烈なシーンへの登場、「On & On」(1996年最高位12位)や「Bag Lady」(2000年最高位6位)といったポップ・チャートでの大ヒットもあり、90年代後半のR&Bシーンを代表するアーティストの一人として存在感ある活動をしていたエリカですが、2010年のアルバム『New Amerykah Part Two (Return Of The Ankh)』発表後はロバート・グラスパージャネル・モネイなど他のアーティスト作品への客演以外は、特筆すべき活動を行っていませんでした。その間、アフリカで新しいアルバムに取り組んでいる、という噂はあったものの5年間が経過。

そんな中、2015年10月にエリカがサウンドクラウドを通じてネットにリリースしたのが、その年の後半にヒップホップ・シーンのみならずポップ・チャートでも大ヒットとなったドレイクの「Hotline Bling」のリミックス・トラック。それに続いてデジタル・ダウンロードとストリーミングのみの形でiTunes / アップル・ミュージックにリリースされたミックステープが今回ご紹介する『But You Caint Use My Phone』です。

そのタイトルからも分かるように、このミックステープのテーマは「電話」。それも今時のスマホや携帯電話というよりも、昔ながらのプッシュ式電話にかかわる様々な情景やドラマをイメージしたようなサウンドコラージュや効果音や、電話に関する過去の様々な楽曲のサンプリングや歌い直しをふんだんに含む楽曲が並ぶ、いわばコンセプト・ミックステープになっています。エリカを模したと思われるジャケのイラストの女性も千手観音のように無数に生えた手にそれぞれ異なるタイプの電話を手にしている、というポップなデザイン。

オープニングからして電話の話し中のシグナルからタイトルフレーズを繰り返すエリカの歌声が繰り返される「Caint Use My Phone (Suite)」。この曲も含めてこの作品の楽曲はいずれも極めてシンプルなフレーズとメロディ、そして各種効果音の繰り返しで一貫していて、通常のAメロ、Bメロ、ブリッジといった展開をする楽曲はほとんどありません。しかしそうしたシンプルなメロディ・フレーズの繰り返しと、今時のR&B的な残響たっぷりの音像と、タイトなドラム・サウンド(これを彼女は最近のトラップ・ラップの名前をもじって「TRap &B」と呼んでいるようです)、そしてエリカの神秘的な歌声がアルバム全体の不思議なグルーヴ感を生み出していて、それがこの作品の最大の魅力になっています。

冒頭のタイトル曲に続いて、ひたすら「Hello Hello, Hey Hello Hello」とエリカが誰かに呼びかけるようなわずか30秒の「Hi」から、ミニマルなサウンドの「Cel U Lar Device」に突入。本作のリリースのきっかけとなったのはエリカによるドレイクの「Hotline Bling」のリミックスですが、ここでもメインメロディにまんま「Hotline Bing」のフレーズが歌われるというまあ言ってみれば本歌取りをした自分のリミックスの返歌みたいな作品。ポップヒットとしてあちこちで本当によく聴かれたフレーズとメロディで一気にエリカの世界に持って行かれるのが不思議な感覚です。

今回のこの作品は、エリカの地元であるテキサス州ダラスの若きヒップホップ・プロデューサーであるザック・ウィットネスエリカの共同プロデュースであり、こうした今風のヒップホップR&Bサウンドを強く感じさせる音像構成についてもエリカだけではなく、エリカとは親子くらい年の違うザックの貢献度は高いのでしょう。続く「Phone Down」などは正にそういう作品。この曲も基本的に残響バックグラウンドにタイトなドラム、Aメロの反復だけで終始するエリカの夢見るようなボーカル、という道具立てで何とも言えないグルーヴを作りだしています。

ItsRoutineという無名のラッパーをフィーチャーしたリズムボックス・ヒップホップといった感じの「U Use To Call Me」に続いて聞こえてくるのは80年代R&Bファンには懐かしい、あのニュー・エディションの「Mr. Telephone Man」のフレーズ。ここもあの曲のサビの2ラインのフレーズだけを、ドラムビートと夢見るような音像をバックにエリカが延々と口ずさむ、というスタイルです。

アルバムはリズムボックスビートをバックにアッシャーの大ヒット曲のフレーズをエリカが歌い直す「U Don’t Have To Call」から、再びItsRoutineをフィーチャーした「What’s Yo Phone Number / Telephone (Ghost Of Screw Mix)」、そしてアフリカ・バンバータあたりのエレクトロ・ファンク的意匠満点なトラックに乗ってコンピューターの人工知能がしゃべってるような男女の声が淡々と歌う「Dial’ Afreeq」(エジプシャン・ラヴァーことグレッグ・ブロサードの80年代のエレクトロ・ヒップホップ曲のフレーズをサンプル)と、アルバム後半は様々なスタイルの音像をバックにエリカが縦横無尽のグルーヴを展開。

そして、ドレイクの「Hotline Bling」のサンプル元としても使われたティミー・トーマスの「Why Can’t We Live Together」のリズムボックスビートをバックに、またしても催眠効果を持つエリカのボーカルでタイトルフレーズが延々と歌われる1分半の「I’ll Call U Back」を経て、アルバム最後の「Hello」では、冒頭の「Hi」と同じフレーズでエリカの歌う「Hello Hello…」という呼びかけに応えるようにラップするのは、エリカの以前の夫でもあるアウトキャストアンドレ3000。最初はエリカの「Hello Hello…」という歌声とアンドレの「I don’t know I don’t know」というラップフレーズが交錯していたのが、途中からエリカの歌うトッド・ラングレンの(というか、ここではそれをカバーしたアイズレー・ブラザーズのバージョンを模したというべきかも)「Hello It’s Me」にアンドレもラップではなく歌で応え始めるという展開。最後は元夫婦の二人が仲むつまじくコーラスを付けながらデュエットする歌声がフェイドアウトするのが何ともほっこりした印象を残してくれます。

この作品については、上述の通りどのトラックも楽曲としては完成形というよりはフレーズやメロディのループに毛が生えたくらいの構成のものがほとんどなので、アルバムとして捉えるには不十分ということであまり高く評価しない音楽メディアもあるようですが、共同プロデュースのザックが作り出す、エリカ言うところの「TRap & B」トラックに乗って彼女のドリーミーな歌声が絡んでいくことによって他のアーティストではなかなか出せないグルーヴ感が生まれていて、それだけでも個人的にはこの作品を高く評価したいと思っています。

あなたもこの作品でエリカならではのグルーヴに身を任せて、極上のR&B体験をしてみませんか?

<チャートデータ> 

ビルボード誌全米アルバムチャート 最高位14位(2015.12.19付)

同全米R&B/ヒップホップアルバムチャート 最高位2位(2015.12.19付)


新旧お宝アルバム!#75「Wrecking Ball」Emmylou Harris (1995)

2017-02-20

2017.2.20

新旧お宝アルバム #75

Wrecking BallEmmylou Harris (Asylum, 1995)

先週の今頃は第59回グラミー賞の発表で大いに盛り上がってましたが、蓋を開けてみればアデルチャンス・ザ・ラッパーが主要賞をそれぞれガッチリ獲得した今年のグラミーでした。個人的にはこのコラムでもご紹介したアンダーソン・パークKINGにも何か受賞して欲しかったのですが、でもチャンスの新人賞とラップ・パフォーマンス部門、ラップ・アルバム部門の獲得は、彼のアルバムがストリーミング・オンリーということを考えると大きな「事件」であったことは間違いないところ。一方既に来年のグラミー賞候補の予想も取りざたされていて、ブルーノ・マーズ、ローリング・ストーンズ、ア・トライブ・コールド・クエスト、ソランジェ、そしてもうすぐリリースされるエド・シーランのアルバムやレディ・ガガのシングル曲あたりは来年のグラミー候補は少なくとも堅いところではないかと思っています。来年もブログで予想頑張ってやりますのでよろしくお願いします。

さて今週の「新旧お宝アルバム!」は少し古めのアルバムをご紹介する順番。今回は少し古いといっても90年代後半とまあ比較的最近の時期に、それまでも長いキャリアを誇っていたエミルー・ハリスが、自らのキャリアを見事に再定義した画期的な作品ながら、日本の洋楽ファンの間で語られることの少ない傑作、『Wrecking Ball』をご紹介します。

皆さんはエミルー・ハリスというアーティストについて、どのようなイメージを持たれているでしょうか?バックグラウンドがカントリー・ミュージックであることや、カントリー・シーンではいざ知らず、ポップ・フィールドでこれといったヒット曲もあまり持ち合わせいないことから、熱心なカントリー/カントリー・ロックのファン以外の日本の洋楽ファンに取ってはハッキリ言って残念ながら馴染みの薄いアーティストではないかと思います。

しかし彼女は、古くは60年代後半にバーズフライング・ブリトー・ブラザーズといった歴史に名を残すカントリー・ロック・バンドのメンバーで、後のイーグルスらに大きな影響を与えた伝説のカントリー・ロッカー、グラム・パーソンズの遺作(彼は26歳で薬物中毒で死亡)『Grievous Angel』(1974)でのグラムとの共演を事実上キャリアの振り出しに、70年代は様々なジャンルの曲をカバーしたアルバムをリリース、ただのカントリー・アーティストの範疇に止まらない活動でシーンでの高い評価を獲得して、ザ・バンドの解散コンサートである『The Last Waltz』(1978)にも参加。80年代にはドリー・パートン、リンダ・ロンシュタットとの『Trio』(1987)でグラミー賞最優秀アルバム部門にノミネートされるなど、ポップ・フィールドでも存在感を示し、90年代以降は今回ご紹介する『Wrecking Ball』や、元ダイア・ストレイツマーク・ノップラーとの共演などで大きくロック的方向に自らを再定義して数々の高い評価を得た作品を発表。69歳の現在もコンスタントに質の高いアルバムを発表し続けて、半世紀にも及ぶキャリアを見事に発展させ続けてきている、そんなアーティストなのです。

そんな彼女が『Trio』の後、カントリーのみならずポップ・ロック・アーティスト達のカバー曲をカントリー的アプローチで聴かせる、という従来のスタイルで何作かの意欲作を放つものの、商業的に振るわずシーンでも今ひとつ輝きを失っていた時期がありました。その時、エミルーが活路を見いだすべく、自らのスタイルを転換するために起用したのが、80年代にその独特の音響的、浮遊感満点のサウンド・プロダクションでU2の『ヨシュア・トリー(Joshua Tree)』(1987)などの仕事で名を挙げたダニエル・ラノワ

彼のサウンド・プロダクションと、エミルーの幻想的と言ってもいい、浮遊感と取り憑かれたような哀愁に充ち満ちたボーカルとの組み合わせは、見事にこのアルバムでマジックを実現しています。

YouTube Preview Image

本作を通して参加したU2のドラマー、ラリー・ミューレンJr.の、セカンド・ラインを思わせるストイックなタム・ロールをバックに歌うエミルーの歌がまるでアイリッシュのフォークロアのような雰囲気を醸し出している「Where Will I Be?」で始まるこのアルバム、正に自分の向かっている方向性を探っているかのようなエミルーの歌声が不思議な緊張感を演出。この曲も含めてアルバムを一貫して聴かれるのは、控えめな音数ながら陰りのある、それでいて夢想的な浮遊感満点の音響的雰囲気による楽曲の数々です。

しかもその大半は、従来のエミルー作品の特徴でもある、幅広いアーティスト達による様々なスタイルの楽曲たち。本作にもバックで参加しているニール・ヤング作のタイトル曲、ボブ・ディラン1981年のどちらかというとマイナーなアルバム『Shot Of Love』からのナンバー「Every Grain Of Sand」、カナダの個性的なフォーク・シンガーソングライター、アナ・マッギャリグルの「Goin’ Back To Harlan」、90年代のオルタナ・カントリー・ロック・ムーヴメントの火付け役となったギタリスト、スティーヴ・アールの「Goodbye」、この後自らも名盤『Car Wheels On A Gravel Road』(1998)でオルタナ・カントリー界を代表するアーティストとしてブレイクするルシンダ・ウィリアムスの「Sweet Old World」、そして何とあのジミヘンの『Are You Experienced?』(1967)所収の楽曲を大胆にエミルー風にアレンジした「May This Be Love」などなど、そのカバー曲の選曲の幅広さと多様性には感服するばかり。

YouTube Preview Image

そして更に刮目すべきは、それらの多様なアーティスト達による様々な楽曲が、ダニエル・ラノワのサウンドとエミルーの歌によって作り出される高揚感と見事に一体化した出来になっていて、あたかもこれらがもともとエミルーの曲であったかのような強いイメージを作りだしていることです。

このアルバムのエンディングは、オープニング同様、ラリー・ミューレンJr.のストイックなドラミングが強い印象を残す、エミルー自身と彼女の長年の盟友ロドニー・クロウェルのペンによる「Waltz Across Texas Tonight」。まるで無駄をそぎ落とした演出で淡々とプレイされた演劇か映画を見終わった後のような静かな感動を残して、アルバムは終わります。

このアルバムは、エミルーのキャリアを全く新しいアプローチで定義し直した作品としてシーンでも高く評価され、その年のアメリカ各音楽誌の年間アルバム・ランキングの上位にリストアップされた他、翌年のグラミー賞最優秀コンテンポラリー・フォーク部門を受賞するなど、停滞していたエミルーのキャリアを大きく押し上げる作品ともなりました。

またこの作品の後、それまでほとんど他人の楽曲のみを歌ってきたエミルーが積極的に自ら曲作りに取り組むようになり、リンダ・ロンシュタットとのデュエット・アルバム『Western Wall: The Tucson Sessions』(1999)では3曲、そして『Red Dirt Girl』(2000)では何と12曲中1曲を除く全曲、『Stumble Into Grace』(2003)でも11曲中10曲を自作曲で埋めるなど、この後もアーティストとしての更なる大きな進化を遂げています。

最近では、この頃ほどの迫力ある作品作りではないものの、盟友ロドニー・クロウェルと『Old Yellow Moon』(2013)および『The Traveling Kind』(2015)の2枚のコラボ作を発表、コンスタントな活動を続けています。

漆黒の長い髪が神秘的だった20代30代の頃のエミルーの髪の毛は今やプラチナ・シルバーですが、年齢を重ねて更にその美しさと気高さは円熟味を増していますし、何かに取り憑かれたような、澄み切った美しい歌声も変わりありません。おそらく自分は今後もリリースされるであろうエミルーの作品を聴き続けていくと思いますし、そうして一生付き合う価値あるアーティストだと思います。その彼女の大きな転換策となったこの素晴らしいアルバムを是非一度お聴きになって頂ければこんなに嬉しいことはありません。

 <チャートデータ> 

ビルボード誌全米アルバムチャート最高位94位(1995.10.14付)


新旧お宝アルバム!グラミー記念 #74「Velvet Portraits」Terrace Martin (2016)

2017-02-13

2017.2.13

新旧お宝アルバム #74

Velvet PortraitsTerrace Martin (Sounds Of Crenshaw / Ropeadope, 2016)

ここのところ、グラミー賞を前にして各部門大予想のブログ執筆でお休みしていたこのコラム、いよいよそのグラミー賞授賞式もこれがアップされる頃にはあと1時間ちょっとに迫っている中、2週間ぶりに「新旧お宝アルバム!」お届けします。今年も41部門の予想をブログにアップしてますが、今週の水曜日にはその結果をああでもない、こうでもないとトークするイベントにもお邪魔することになり、なかなか今年のグラミー賞予想は気合いが入っております。昨年は本命◎対抗○で8割を超す的中率を決めていますが、さて今年はどのくらい当たるものか?

また、今年のグラミー賞プリンスジョージ・マイケルのトリビュート・パフォーマンスを核に、様々なアーティスト達のパフォーマンスも予定されており、こちらの方も楽しみにされてる方も多いのでは。

ということで今週の「新旧お宝アルバム!」はその今年の第59回グラミー賞最優秀R&Bアルバム部門にノミネートされている、新進気鋭のR&B系プロデューサーでありマルチ・インストゥルメント・ミュージシャン、テラス・マーティンの6枚目のアルバムとなる『Velvet Portraits』をご紹介します。

Terrace Martin_Velvet Portraits

2016年はとにかくブラック・ミュージック豊作の年。中でもケンドリック・ラマーの『To Pimp A Butterfly』(2015)はシーンの震源地の一つとしてR&B、ヒップホップ、ロック、ジャズなど様々なシーンで新しいアーティスト達のブレイクを演出しました。もう一人のR&Bシーンの重要人物として昨年2枚のアルバムをリリースしたロバート・グラスパー、このアルバムでの客演で一気にブレイクしたジャズ・サックス奏者のカマシ・ワシントン、このアルバムでの客演を踏まえて今月リリースの新作が好評なサンダーキャットことスティーヴン・ブルーナーなどなど枚挙にいとまなし。

またそれ以外にもDr.ドレの『Compton』(2015)での客演を足がかりに去年大ブレイクしてグラミー賞最優秀新人賞にもノミネートのアンダーソン・パーク、ロバート・グラスパーの『Black Radio』(2012)に客演して今回グラミー最優秀アーバン・コンテンポラリー・アルバム部門ノミネートのKING、ヒップホップシーンでは、自分のレーベルからのミックステープリリースのみで最優秀新人賞およびラップ各部門にノミネートのチャンス・ザ・ラッパーなどなど、ブラック・ミュージック好きには昨年は至福の一年でした。

今日紹介するテラス・マーティンも、ご多分に漏れずケンドリック・ラマーの『To Pimp A Butterfly』がらみのアーティスト、しかもただのフィーチャー・アーティストではなく「King Kunta」「The Balcker The Berry」などアルバム中6曲のプロデューサーとしてあのアルバムのサウンドメイキングに深く関わったアーティストです。

ジャズ・ドラマーの父とシンガーの母に育てられたテラスは幼い頃からジャズやファンクを含む様々な音楽に囲まれ、自らも高校生の頃には学校のジャズ・バンドのリーダーを務めるなど早くからミュージシャンとしての実績を作り上げてきました。メインの楽器はサックスなどの管楽器ですが、キーボードやギター、ドラムスなど何でもこなすマルチ・インストゥルメンタリストで、そうした才能の多様性を反映して、作り出す音楽もR&B、ジャズ、ヒップホップ、クラシックといった様々なスタイルを内包したものです。

プロ・ミュージシャンとしてのスタートはスヌープ・ドッグの『R&G (Rhythm & Gangsta): The Masterpieces』(2004)のプロデュースで、自らの最初のアルバム『The Demo』(2010)も自分のラップをフィーチャーしていますが、今回のこのアルバムは『To Pimp A Butterfly』の経験がどう影響したのか一切ラップは含まず、R&Bやジャズなどの要素を前面に出した、とてもオーガニックでリラックスしたムードに包まれた作品です。

Terrace Martin in Los Angeles in March.

アルバムオープニングのタイトル曲はピアノのイントロにサックスの音色とクラシックの香りを持ったストリング・シンセのフレーズが絡むインストの小品。そこから70年代中盤のクルセイダーズあたりを彷彿とさせる、レイドバックしたジャズ・フュージョン・インストゥルメンタル曲「Valdez Off Crenshaw」で、あたかも週末の暖かい午後に友達が集まってジャムっているのをそのまま収録したかのような心地よさ。この曲、実はR&Bレジェンドのダニー・ハサウェイの曲「Valdez In The Country」のメロディ(オリジナルはエレピですがここではサックス)をメインテーマに、そこから楽曲展開しているといういわばR&B本歌取り的な作品。このあたりにテラスのミュージシャン経験の多様さと深さ、そして先達へのリスペクトを感じます。

続くトニー・トレジャーなる女性シンガーをフィーチャーした「Push」はウォーの作品を思わせるサウスLAファンク・スタイルの曲、そしてロバート・グラスパーの楽曲によく似たスタイルでボコーダーのボーカルをフィーチャーした「With You」と、次から次に様々な引き出しから楽曲を繰り出してくるアルバム構成に早くも「次は何が飛び出すのか」と期待が膨らみます。

次の「Curly Martin」は、自らの父の名前がタイトル。その父のドラムス、先ほど名前の出たロバート・グラスパーサンダーキャット兄弟をフィーチャーした、2010年代のR&Bジャズ、といった雰囲気のこちらもレイドバックした気持ちのいいナンバーです。テラス自身ボーカルを取り(ニーヨあたりを思わせるなかなかセクシーなボーカルです)、ティファニー・グーシェなる女性シンガーをフィーチャーした次の「Never Enough」は今風R&Bのど真ん中なバラード。このあたりからまたジャズからR&B・ファンク方面に路線を戻し、次の「Turkey Taco」はザップパーラメントといったブチブチ・ファンクの意匠を持ったスロウ・ファンクナンバー。懐かしのエモーションズがバックコーラスを添えています。そのエモーションズが引き続きバックを固め、テラスが歌う「Patiently Waiting」はスティーヴィー・ワンダーが歌うゴスペル曲、いった風情のソウルフルなバラード。

アルバム後半は「Tribe Called West」という明らかに有名ヒップホップ・グループを意識したジャズ・ヒップホップ的なナンバーに続いて、今回グラミー賞同部門で受賞を争うことになるレイラ・ハサウェイをメインボーカルにフィーチャーしたクールなR&Bナンバー「Oakland」、『To Pimp…』でも共演したサックスのカマシ・ワシントンと今様R&Bスタイルの女性シンガー、Rose Goldをフィーチャーしたまたまたロバート・グラスパー的ジャズR&Bの「Think Of You」、映画音楽のようなストリングをフィーチャーしてドラマチックにアルバムを締める「Mortal Man」などなど、テラスの音楽的多様性と様々な引き出しから異なったスタイルのグルーヴを次々に繰り出してくる楽曲の数々が不思議なアルバム全体のトータル感を保って終わります。

Velvet Portraits (Back)

R&Bのコアなファンの間では既に高い評価を受けているようなのですが、これだけの充実した作品がグラミーノミネートまではあまりメディアや音楽誌でも言及されることが少なかったのは不思議な感じがします。まあ冒頭に書いたように、おそらく2016年ブラック・ミュージック・シーンが豊作で、多くの話題作が次々に評判を呼んだことが原因の一つなのでしょう。今回のグラミー賞の最優秀R&Bアルバム部門でも、同じ部門にノミネートのレイラ・ハサウェイがおそらく取ってしまうのではと予想していますが、仮に今回グラミー受賞できなかったとしても、今後テラスが手がける素晴らしい作品はブラック・ミュージック・シーンにどんどん出てくるでしょうから、彼の作品や仕事に触れる機会は今後も多いことと思います。是非彼の名前を覚えておいて、今後のシーンでのさらなる活躍に期待しましょう。

<チャートデータ> チャートインなし


新旧お宝アルバム!#73「Tracy Nelson」Tracy Nelson (1974)

2017-01-23

2017.1.23

新旧お宝アルバム #73

Tracy NelsonTracy Nelson (Atlantic, 1974)

ワシントンDCに50万人を超える参加者が集結したウーマンズ・マーチなど、混乱のうちに執り行われたトランプ新米国大統領就任式から早数日、まだこれから新政権の下でアメリカがどういう方向に進むかははっきりしませんが、新大統領がどういう行動を今後取って行くのか、まずは見極めたいと思います。1月も早くも後半に突入、これから年度末に向けて何かと忙しい方も多いでしょうが、寒い日が続くここ最近、お互いに体調には充分気を付けて洋楽ライフを楽しみましょうね。

さて今週の「新旧お宝アルバム!」は旧アルバムをご紹介する番ですが、今回は1970年代前半にシーンに登場した多くのシンガーソングライター達の一人ながら、よりカントリー・フォーク系のブルースに根ざした作品を現在に至るまで発表し続け、最近ではブルースシーンへの貢献に対する評価も高い女性シンガーソングライター、トレイシー・ネルソンのソロデビュー作『Tracy Nelson』(1974)をご紹介します。

Tracy Nelson (Front)

このレコードのジャケットは、セピア色のトーンで描かれたトレイシーのポートレイト。裏ジャケはトレイシーがワンちゃんと一緒にニッコリと微笑んでいるもので、若々しさが故の魅力溢れるポートレイトになってます(この作品発表当時彼女は27歳)。

ところがアルバムオープニングの「Slow Fall」の歌い出しの第一声を聴くと、そのやや低めの力強いソウルフルなコントラルト・ヴォイスに「おおっ」と呟いてしまう、そんな意外性にいきなりのめり込んでしまう、このアルバムはそういうアルバム、そしてトレイシーはそういう魅力に溢れたシンガーです。

もともとキャリアのスタートが、1964年に当時住んでいたウィスコンシン州マディソンからほど近いシカゴで録音された、アコースティック・ベースのブルース・アルバム『Deep Are The Roots』という作品で、この時のバックには後にブルース界の大御所となるブルースハーピスト、チャーリー・マッスルホワイトがいたというから、最初から筋金入りのブルース・シンガーだったわけです。ただ彼女のキャリアはブルース一辺倒ではなく、60年代後半はサンフランシスコに移ってマザー・アースというカントリー・ロック・バンドを率いてフィルモア・ウェストに出演、ジェファーソン・エアプレインジャニス・ジョプリンと共演したり、1969年にはソロ名義で『Tracy Nelson Country』というカントリーアルバムをリリースしたりと、フォーク・カントリー中心の広いジャンルで活動を続けていました。

その彼女がマザー・アースと袂を分かってリリースした実質的に最初のソロアルバムがこの今回ご紹介する『Tracy Nelson』。プロデューサーにはサイモン&ガーファンクル、ボブ・ディラン、ジョニー・キャッシュらの大ヒットアルバムの数々を手がけた大御所、ボブ・ジョンストンを迎えて、ブルースやR&Bに強いアトランティック・レーベルからリリースしたこのアルバム、トレイシーの本気度みたいなものが感じられるアルバム。

その本気度は、前述の冒頭「Slow Fall」の力強いソウルフルな歌唱からも充分くみ取れるものです。続く「Love Has No Pride」は後にリンダ・ロンシュタットもアルバム『Don’t Cry Now』(1973)でカバーしたことで有名な、エリック・カズリビー・タイタスのペンによるカントリー・ロック・バラードの名曲。ここでもトレイシーメリー・クレイトンストーンズの「ギミー・シェルター」でのミック・ジャガーとのデュエットが有名な黒人女性シンガー)やジム・ギルストラップといった名うてのシンガー達のコーラスをバックに実に堂々としたソウルフルな歌声でこの曲を歌いきってます。

ジョー・コッカーマッド・ドッグ&イングリッシュメンにも参加して、後にキム・カーンズに「Bette Davis Eyes」の大ヒットを提供することになるドナ・ワイスのペンによるカントリー・バラード「Hold An Old Friend’s Hand」は、トレイシーの力強い歌声がゴスペル・シンガーのような風格。スワンプ風味たっぷりのフェンダー・ローズのイントロで、こちらも南部ゴスペル的なたたずまいで情感たっぷりに聴かせる「Rock Me In Your Cradle」でのトレイシーは若き頃のアレサ・フランクリンをちょっと思わせるような存在感も。この曲はプロデューサーのボブの作品。そしてLPでいうとA面ラストを飾るのは、ホーンセクションやバックコーラス隊をバックに、ベイエリアファンク・ナンバー風のアレンジで思いっきりソウルフルに聴かせるディランの「It Takes A Lot To Laugh, It Takes A Train To Cry」のカバーでこれが素晴らしい出来。ホーンアレンジはあのニューオーリンズの大御所、アラン・トゥーサンというのも納得。

後半のスタートは何とカントリーの大御所、ウィリー・ネルソンとのデュエットで、ハーモニー・ボーカルにリンダ・ロンシュタットという豪華な組み合わせでのカントリー・ナンバー「After The Fire Is Gone」。いやいやここでの朗々としたトレイシーのボーカルは明らかにウィリーを圧倒してます。この曲のパフォーマンスが素晴らしかったことは、1975年第17回グラミー賞最優秀カントリー・デュオ/グループ部門でこの曲がノミネートされたことでも明らか。

ビル・ウィザーズの「Lean On Me」のカバーに続いて、黒人女性ブルース・シンガーのアーマ・トーマス1964年の曲「I Wish Someone Would Care」のカバーとここはカバー攻撃ですが、彼女の抜群の歌唱力と声質の力強さからいって、やはり後者のアーマ・トーマスの曲のような、ゆったりとしたゴスペル・バラード風の曲で、より彼女のボーカルの魅力が発揮されている気がします。ちなみにトレイシーは後に1999年第41回グラミー賞最優秀コンテンプラリー・ブルース部門で、そのアーマ、そしてマーシャ・ボールとのトリオでの「Sing It!」がノミネートされることになります。

フェンダー・ローズの音色とバックのホーンセクションがスワンプ風味を盛り上げる「Lay Me Down Easy」に続いて、アルバムラストはトレイシー自らのペンによる、マザー・アース時代の曲のセルフカバー「Down So Low」。この曲もリンダが『風にさらわれた恋 (Hasten Down The Wind)』(1976)でカバーしていましたが、トレイシーのボーカルの魅力が十二分に発揮された、南部の教会で歌われているかのようなこの感動的なゴスペルナンバーでアルバムは幕を閉じます。

Tracy Nelson (Back)

こんなにソウルフルでビックリするくらい魅力的な歌唱パフォーマンス満載で、有名プロデューサーの素晴らしい仕事で作り上げられた作品ですが、残念ながらチャート的には芳しくなく、その後も1980年頃までコンスタントにアルバムを発表するも大きな商業的成功を得ることはできていません。

その後10年以上のブランクの後、1993年にブルーグラス系のレーベル、Rounderからリリースした『In The Here And Now』で復活したトレイシー、その後またコンスタントにアルバムを発表しながら、カントリーやブルースのシーンで活動を続けていて、2013年にはブルース・ミュージック・アウォードで、「ココ・テイラー賞(トラディショナル・ブルースの女性シンガー部門)」にノミネートされるなど、メインストリームの成功には縁がないものの、シーンでの存在感はかなりがっちりと確保しているようです。

このアルバム、他のお宝アルバム同様、ワーナーミュージック・ジャパンさんの「新・名盤探検隊」シリーズで2015年にCD化されてから比較的入手しやすくなっています。寒い気候でほっこりした雰囲気が恋しい今日この頃、トレイシーの熱いソウルフルなボーカルの魅力で暖まってみて下さい。

 <チャートデータ>

ビルボード誌全米アルバムチャート最高位145位(1974.11.2付)


新旧お宝アルバム!#72「Building A Beginning」Jamie Lidell (2016)

2017-01-16

2017.1.16.

新旧お宝アルバム #72

Building A BeginningJames Lidell (Jajulin, 2016)

もうすっかり正月気分もどこかに行って忙しい新年をお過ごしの方も多いのでは。ここのところ冷え込みは厳しいものの連日いい天気で、2017年の始まりは気持ちよい限りですが、今週後半にはいよいよトランプ氏のアメリカ大統領就任式が予定されており、そちらについてはドヨーンとした気分の方もこれまた多いのでは察します。ともあれ年も改まって、今年も新しい音、懐かしい音、いろいろご紹介していきますのでよろしくお願いします。

さて今週の「新旧お宝アルバム!」は新しいアルバムご紹介の順番ですが、昨年秋にリリースされた、現在ナッシュヴィル在住、イギリス人のR&B系シンガーソングライター、ジェイミー・リデルの7枚目のアルバムとなる『Building A Beginning』をご紹介します。

Building A Beginning

ジェイミー・リデルという名前をあまり耳にしたことのないリスナーの方も多いと思いますが、彼は90年代の終わり頃に、レディオヘッドらのリミックスの仕事で知られるエレクトロ系のプロデューサー、クリスチャン・ヴォーゲルスーパー・コライダーなるユニットを組み、ちょっと前衛的テクノ・ロック(ケミカル・ブラザーズとかのような)をやったのがキャリアの始まり。ただ、2005年にリリースした2枚目のアルバム『Multiply』からのタイトル曲が、アメリカABCテレビの人気医療ドラマ『Grey’s Anatomy(グレイズ・アナトミー~恋の解剖学)』で使われてその名を知られるようになったのをきっかけに同ユニットから離脱、以来ソロのキャリアを進んでいます。

最初のスーパー・コライダーでの前衛テクノ的スタイルと異なり、彼の基本的スタイルは60年代後半~70年代前半のサザンソウル風のR&Bをベースとした、いわゆる「ブルー・アイド・ソウル」シンガーで、その歌唱スタイルはスティーヴィー・ワンダーオーティス・レディングあたりの強い影響を受けているのがはっきりと分かるものです。

ただしほとんどすべての曲を自作自演、プロデュースするジェイミーのサウンドは、イギリス人らしくエレクトロの要素やヨーロッパのクラブ・ミュージックあたりの影響も伺われ、ジャミロクワイあたりがお好きな向きにはぴったりくるアーティストのように思います。

Jamie Lidell

2008年のアルバム『Jim』では彼本来のR&Bシンガーぶりが炸裂、ポップなフックを持った楽曲が満載のこのアルバムは彼にとって初の(そして現在まで唯一の)全米アルバムチャートイン作品(最高位183位)となりました。その後もヨーロッパでの人気を確保しながら、あのベックとのコラボ曲を含むアルバム『Compass』(2010)、久しぶりに聴いたジャネット・ジャクソンの代表作『Rhythm Nation 1814』(1989)のサウンドに触発されたという前作『Jamie Lidell』(2013)といった作品をコンスタントに発表してきました。

そしてその前作発表の前後に昔からのガールフレンド、リンジー・ロームと結婚してナッシュヴィルに移り住んだジェイミーが、3年ぶりにリリースしたアルバムが、今回ご紹介する『Building A Beginning』です。

真っ赤なジャケットに描かれた暖かいトーンのタンポポの花。前作『Jamie Lidell』のジャケが、ジェイミー自身の顔をコンピュータグラフィックのワイヤフレームで描いた、ある意味無機的なデザインであったのと好対照であり、それはアルバム全体のサウンドに如実に表れています。上記の通り、80年代後半の打ち込みサウンドを主体にした前作とは大きく異なり、今回のアルバムはとてもオーガニックでアコースティックな音を主体にした、とてもポジティヴな感触に満ちている、どちらかというと70年代レトロ的なソウル・アルバムに仕上がっています。

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ちょっとヘナチョコなボーカルで始まっておいおい大丈夫かよ、と思っているとコーラスの部分では紛う方なきスティーヴィー・ワンダーを彷彿とさせる力強いボーカルとメロディでいきなりアルバムへの期待を膨らませてくれるタイトル曲でスタートするアルバムは、軽快なサウンドで終始楽しそうにジェイミーが歌う「Julian」に続いていきます。この曲は昨年1歳の誕生日を迎えたジェイミーリンジーの息子、ジュリアンのことを歌ったもの。この曲も含めて、ジェイミーリンジーはこのアルバム14曲中12曲を共作していて、このアルバム全体を包むポジティヴな雰囲気が、新しい家族というコミュニティをスタートしたジェイミーの充実感から来ていることが如実に分かります。

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ピアノの弾き語りでゆっくりと始まってだんだん盛り上がっていくソウルフルなバラード「I Live To Make You Smile」、ギターとドラムスだけというミニマルなサウンドセッティングで、オーティスの若い時のボーカルスタイルを彷彿させる歌を聴かせる「Me And You」、ちょっとレゲエっぽいシャッフルのリズムでレイドバックなボーカルで愛の喜びを歌う「How Did I Live Before Your Love」、そしてゴスペル風のコーラスをバックに、ジョン・レジェンドかよ!と思うようなソウルフルな歌い回しでアメリカ南部の教会で聖歌隊をバックに歌っているようなイメージを想起させる「Motionless」などなど、このアルバムはそこら中にジェイミーが今人生の充実期の入り口に立っていて、それにを無条件にポジティヴに諸手を広げて受け入れている、そんな感じがひしひしと伝わってくる作品なのです。

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こうした、どの曲も楽曲としてのクオリティが高いアルバムであることを特に実感するのが、アルバム最後の2曲。「Precious Years」はハープの音をバックにジェイミーがソウルフルに歌い、スティーヴィー・ワンダーの『Songs In The Key Of Life』あたりに入っていてもおかしくないという感じの曲ですし、エンディングの「Don’t Let Me Let You Go」は、エレクトロな楽器音を使っていながら、90年代のオーガニック・ソウル・ムーヴメントの頃の楽曲を彷彿とさせ、それでいてドリーミーなサウンドで今のR&B最前線のフランク・オーシャンアンダーソン・パークあたりにもつながるようなスタイルで、終わった後思わずため息が出るような素晴らしいクロージングを演出しています。

Building A Beginning (back)

正直言って前作『Jamie Lidell』は賛否両論で、自分自身も聴いてみてはみたもののちょっと首をかしげざるを得ない内容だっただけに、今回の彼のアルバムの充実度は大変うれしい限り。もともとサウンドの作り込みがうまいだけではなく、ボーカルテクニックも(時々スティーヴィーそのものになっちゃう部分はご愛敬ですが)素晴らしいシンガーであるだけに、今回のように地に足のついた楽曲と組み合わせると、そのパフォーマンスたるや最強です。ナッシュヴィルという今や世界中のあらゆるジャンルのミュージシャン達が集まりつつある環境で、新しい家族に囲まれて作られたことも大きな影響を本作に与えているに間違いないところ。

皆さんも、この心温まるようなサウンドと楽曲、ボーカルを聴かせてくれるジェイミーの新作を聴いて、幸せのお裾分けに預かってみてはいかがでしょうか?

<チャートデータ> チャートインなし


新旧お宝アルバム!#71「Raintown」Deacon Blue (1987)

2017-01-09

2017.1.9

新旧お宝アルバム #71

RaintownDeacon Blue (Epic, 1987)

皆さんちょっと遅めですが、明けましておめでとうございます!いよいよ残念なニュースが続いた2016年も終わり、2017年のスタートです。既に仕事に勉強に、活動開始されていることと思います。今年も新旧取り混ぜて、ちょっと素敵な、カッコいい、そしてグルーヴィーな「お宝アルバム」を基本毎週お届けしていきますので、よろしくお付き合いください。

さて今年一発目の「新旧お宝アルバム!」は旧のアルバムのご紹介。今回はMTVとシンセ打ち込みにまみれて多くの音楽が今聴くと古びた感じがしてしまう80年代の音楽群の中で、UKから次々に出てきた米国音楽憧憬系の音楽をやるアーティストたちの一つ、ディーコン・ブルーのメジャーデビューアルバム『Raintown』(1987)をご紹介します。

raintown

1987年というと、ちょうどアナログレコードからCDへと、音楽メディアの主役が大きくシフトした年。洋楽の世界では先頃惜しくも他界したジョージ・マイケルの『Faith』、U2の『ヨシュア・トゥリー』、マイケル・ジャクソンの『BAD』、エディー・マーフィー主演のアクションコメディ映画『ベヴァリーヒルズ・コップ2』やサントラ盤が売れに売れた映画『ダーティ・ダンシング』などが大ヒットした年です。一方80年代前半のデュランデュラン、カルチャー・クラブ、ティアーズ・フォー・フィアーズといったUKのアーティスト達による、いわゆる「第二次ブリティッシュ・インヴェイジョン」が一段落して、音楽シーン全体がどことなく混沌とし始めた時期でもありました。個人的には、生まれて初めてアメリカの地に足を下ろしたのがこの年で、現地で見たものすごいスケールのハートのライヴ(彼らの「Alone」が1位になった年でした)に圧倒されたものです。

そんな状況の中、UKでは上記に挙げたUSでもメインストリームとして聴かれたアーティスト達と比べるとやや地味目の立ち位置やマーケットへのアプローチ手法の異なる、しかしUKアーティスト達に一貫してみられる米国音楽憧憬の姿勢はしっかり持った実力派のバンドがいくつも出始めていました。その中で、当初アンダーグラウンドのブルー・アイド・ソウル・バンドとして実力を重ねていきながら、1986年に「Holding Back The Years」で全米1位を取り、90年代前半にかけてUSでも大ブレイクしたシンプリー・レッドのようなバンドもあり、以前このブログでも取り上げたケイン・ギャングのような通好みの渋めのバンドもあり、このような実力派のバンドが輩出したのが80年代後半のUK音楽シーンの一つの特徴でした。

今日ご紹介するディーコン・ブルーもそうしたバンドの一つ。スコットランドはグラスゴー出身のリッキー・ロスロレイン・マッキントッシュの男女ツインボーカリスト、キーボードのジェイムス・プライム、ギターのグレアム・ケリングそしてドラムスのダギー・ヴァイポンドの5人によって1985年に結成されたバンド(1986年にベースのユーエン・ヴァーナルが加入)。グループ名を見て思わずニヤリとした方も多いでしょうが、あのスティーリー・ダンの名作アルバム『Aja(彩)』(1978)収録の曲のタイトルから取ったグループ名です。

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そのグループ名由来から察せられるように、メンバー達のペンによる楽曲は、R&Bの要素をベースにおいた、繊細なメロディと手堅い演奏と洒脱なアレンジ、そして澄み切ったグラスゴーの町の空を想起させるような映像的な音像による楽曲がほとんど。アメリカのバンドでいうとブルース・ホーンスビー&ザ・レンジあたりを思い出させますが、彼らがR&Bやアメリカ中西部のカントリーの要素を色濃く持ったスタイルであるのに対し、UKのバンドらしくより都会的な(それも地方都市の)雰囲気を感じさせるスタイルの楽曲を聴かせます。

タイトルの『Raintown』とは、ジャケットにも写真が使われている、グラスゴーの町を指しており、冒頭静かにピアノで始まる短い「Born In A Storm」に続いてなだれ込む二曲目のタイトルでもあります。この「Raintown」ではやや陰りのあるメロディとドラマティックなアレンジで、グラスゴーの町で思うような仕事が得られない不満をぶつけるような歌詞がリッキーロレインの絡み合うボーカルで歌われます。

同じく雨とグラスゴーの不景気さがモチーフの「Ragman」に続く「He Looks Like Spencer Tracy Now」は一転して、第二次世界大戦中広島と長崎に原爆を投下したエノラ・ゲイ号が発進したという、太平洋のテニアン島でのエノラ・ゲイ号操縦士の写真を題材として、その操縦士のその後のストーリーを淡々としたメロディに乗って語るという問題作。原爆を投下したハイド氏のような操縦士は、今やスペンサー・トレイシー(アメリカの1940年代の有名なハンサム男優)みたいに見えるが、毎日泣いている、という歌詞がことに日本人の我々の心には強く響きます。

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そして人生は不公平なことばかりだけど、僕は愛を見つけて金持ちの君には分からない答えを得たのさ、とシニカルな歌詞をアップビートなポップなメロディで歌う「Loaded」、愛の申し出を断られるのを待つしかないという切ない歌詞が郷愁感満点のメロディで歌われる「When Will You (Make My Telephone Ring)」で全体的に陰りに満ちたレコードのA面が終わります。

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レコードでいうとB面のスタートは、一転してカントリー・ロックっぽい演奏によるほの明るい曲調で、彼が触れると溶けてしまいそうな女の子の話を歌う「Chocolate Girl」でポジティヴにスタートしますが、失業やより良い状況を夢見るという歌詞の「Dignity」「The Very Thing」でまた陰りに満ちたテーマに戻ります。ただ、曲調はいずれも極めてポップでポジティヴであり、詞の内容に反して軽快で美しいメロディが、正にスティーリー・ダンのひねくれポップの世界を想起させます。

そしておそらくこのアルバムで最もエモーショナルな歌である「Love’s Great Fears」では、破綻しそうな愛を必死でつなぎ止めようとする男女の思いをリックロレインのボーカルが情感たっぷりに表現、曲の後半でその情感を盛り上げるようにゲストのクリス・リアによるスライド・ギターが鳴り響きます。

そしてラストには、アルバムを通じて語られてきた都市生活の不条理に対する怒りをぶつけるかのように「この町が悪いんだ」と訴える「Town To Be Blamed」で映画のエンディングを見るかのような音像の中、アルバムが完結します。

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こう書いてくると何かとても暗い作品のように聞こえるかもしれませんが、再三いうように、楽曲の洗練された音像的表現力や、楽曲のポップさ、メロディの美しさといったものがこのアルバムを一級品のポップ・ロック作品にしていることは間違いありません。

彼らはこの作品のヒットで大きな評価を得た後リリースした『When The World Knows Your Name』(1989)が全英アルバムチャート1位を記録、シングルの「Real Gone Kid」が全英8位に上るヒットとなるなど、更に成功を収めましたが3枚目の『Whatever You Say, Say Nothing』(1993)発表後にドラムスのダギーの脱退を機に1994年に一旦解散。しかし1999年に行った再結成ライヴをきっかけに活動再開。現在もライヴ活動を続けながら、昨年2016年には9作目となる新作『Believers』をリリース、今でもその洗練されたポップ作品をファンに届け続けているようです。

年明け早々寒い日々が続いている2017年ですが、ディーコン・ブルーの都会的なサウンドを楽しみながら、暖かくしてお過ごしください。

 <チャートデータ> 全英アルバムチャート最高位14位(1988.8.13付)


新旧お宝アルバム!#70「This Girl’s In Love (A Bacharach & David Songbook)」Rumer (2016)

2016-12-26

2016.12.26.

新旧お宝アルバム #70

This Girl’s In Love (A Bacharach & David Songbook)Rumer (EastWest / Warner Bros., 2016)

さていよいよ今年も押し詰まって最終週になりました。#26のドーズAll Your Favorite Bands』から始まった今年2016年の「新旧お宝アルバム!」もおかげさまで今回を含めて45枚のお宝アルバムをお届けすることができました。拙い文章におつきあい頂き心より感謝すると共に、この「新旧お宝アルバム!」が皆さんが新しい音、今までよく知らなかったアーティストの作品などに触れるきっかけに少しでもつながっていれば望外の喜びです。来週は年末でお休みさせて頂きますが、また1月第一週からまた引き続きお届けしますのでよろしくお願いします。

さて今週の「新旧お宝アルバム!」は年末のほっこりとした気分そのままに、2010年代のカレン・カーペンターとの評判を取る歌姫、ルーマーが直球ど真ん中であのバート・バカラックハル・デイヴィッドのソングライティングコンビの作品に取り組んだ作品『This Girl’s In Love (A Bacharach & David Songbook)』をご紹介します。

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パキスタン生まれのイギリス人女性シンガー、ルーマーことサラ・ジョイスといえば、最近のメインストリーム・ポピュラー・ミュージックを追いかけている音楽ファンの間では、既にその美しい歌声による卓越した歌唱で評判を呼んでいるアーティスト。その歌声のジェントルさと、声域がやや低めのコントラルト・ヴォイスであることから、レコードデビュー当時、同じようなタイプの歌声のカレン・カーペンターに比せられていました。最近の彼女の歌唱はデビュー当初に比べるとややソフトになってカレンとの類似性はやや薄れたものの、安定した情緒満点の歌声は、聴く者の気持ちを落ち着けてくれるそんな素晴らしさがあります。

イギリス人ながら、産業エンジニアの父親の仕事の関係でパキスタンで生まれて5歳まで育ったルーマーは両親の離婚で母親とイギリスに戻った後、ジュディ・ガーランド、アレサ・フランクリン、ジョニ・ミッチェル、トレイシー・チャップマンといった女性シンガー達の歌声に癒やされながら音楽に浸る少女時代を過ごしました。しかし、ルーマーが21歳の時母親が乳がんで余命幾ばくもない時に、実の父親がパキスタン駐在時に使っていたパキスタン人のコックであったという衝撃の事実を知らされ、パキスタンに父を探しに行くのですが、現地到着時にその直前に事故で既に父親が他界していたことを知ります。彼女の歌声が美しいだけでなく、どことなく陰りと寂しさを湛えているように聞こえるのはそうした波瀾万丈の人生を若くして経験したことが大きな影響を与えているように思えます。

自分同様少女時代をアジア(今のバングラデシュ)で過ごした近代女流作家、ルーマー・ゴッデンの名前を頂いたステージ・ネームで20代前半からロンドンを中心に音楽活動を始めたルーマーは2010年にリリースしたデビュー・アルバム『Seasons Of My Soul』が全英3位、全米でも46位に昇るヒットとなり、その関係でバート・バカラックに紹介されたルーマーは彼の自宅に招待されて歌ったのがきっかけで『Rumer Sings Bacharach At Christmas』(2010)をリリース、彼女とバカラックとのつながりはこの時から始まっています。その後トッド・ラングレンギルバート・オサリヴァンなど男性シンガーソングライター曲のカバー作『Boys Don’t Cry』(2012)を発表、数々の名曲をルーマーの解釈で歌うというシンガーとしてのポジションを確立します。

その彼女をより広いオーディエンスに知らしめることになったのが前々作の『Into Colour』(2014)。冒頭の「Dangerous」は彼女には珍しく今風ダンス・ポップ的な楽曲ながら、彼女らしさを存分に聴かせる佳曲で、これが当時日本でも多くFM等でプレイされたことから彼女の名前が静かに音楽ファンの間に知られていくことに。昨年2015年にリリースした、あのフィル・コリンズマリリン・マーティンの1985年の全米No.1ヒット「Separate Lives」を作者のスティーヴン・ビショップとデュエットするなど、魅力ある楽曲選曲と歌唱で、ディオンヌ・ワーウィックリンダ・ロンシュタットといったカバー曲に自分の存在感を吹き込むシンガーの後継者としての実力を発揮した『B Sides & Rarities』を経て、今回、全面的にアメリカン・ソングブックの巨匠コンビ、バート・バカラックハル・デイヴィッドの作品集をリリースしたのです。

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アナログ盤LPですと、緑いっぱいの庭にあるクラシックな感じの長いすに黒いハンサムな犬と物憂げに座るルーマーの姿がとても印象的なこのアルバム、オープニングは数々のバカラック作品のカバーシンガーたちが歌ってきた有名曲「The Look Of Love」で物憂げにゆっくりとスタート。ディオンヌ・ワーウィックが1972年のアルバム『Dionne』で歌っていた「Balance Of Nature」という、バカラック作品としてはあまり知られていない、それでもルーマーのチャーミングな側面を生き生きと聴かせてくれるミディアム・ナンバーに続いて、フィフス・ディメンション1970年の大ヒット曲(全米2位)の「One Less Bell To Answer」がオリジナルのアレンジにほぼ忠実な演奏に乗って歌われます。ルーマーのあくまでもソフトで感情を抑えめに表現する歌声がこのバラードの雰囲気によく合っています。

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アコギのイントロからストリングスをバックにルーマーのコントラルト・ボーカルがこのアルバムの曲では一番カレンを感じさせるのが次の「Are You There (With Another Girl)」。これもディオンヌが1965年のブレイクアウト作『Here I Am』の中で歌った曲で、ブライアン・ウィルソンあたりが書きそうな感じの柔らかい楽曲ながら複雑なコード進行とリズム展開を含む楽曲をルーマーが軽々と歌っています。続く同じくディオンヌが最初1964年に歌い、後にスタイリスティックスがカバーしてヒットさせた「You’ll Never Get To Heaven (If You Break My Heart)」はあの名曲「サンホセへの道(Do You Know The Way To San Jose)」と同様にハル・デイヴィッドのポップソングらしくない歌詞が印象的な歌。

そしてアナログA面最後はバカラック・ナンバーの大定番「(They Long To Be) Close To You」。カレンとの類似性が盛んに言われてきたルーマーですが、ここではカーペンターズのバージョンからぐっとテンポを落として、ピアノとストリングスだけのバックで、どちらかというと1963年に初めて歌った俳優のリチャード・チェンバレンのバージョンに近いアレンジになっています。こうして聴くと、ルーマーの歌唱は楽曲のアレンジがシンプルで音数が抑えられた時にその存在感と表現力を増すように思えます。

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アナログB面は、バカラック・ナンバーを多く取り上げたあのダスティ・スプリングフィールドの名盤『Dusty In Memphis』(1969)で歌われていたのが印象的な「(In The) Land Of Make Believe」でゆっくりスタート。そしてディオンヌの最初のバージョンもさることながら、故ルーサー・ヴァンドロスの名唱で知られる素晴らしいバラード曲「A House Is Not A Home」をルーマーが叙情性満点に、しかし抑えた表現力でゴージャスに歌っているのがこのアルバムでも一二を争う出来。

これもディオンヌの代表曲「Walk On By」とそれに比べるとやや知られていないディオンヌのオリジナルの「The Last One To Be Loved」に続いて演奏されるのは、バカラックハーブ・アルパートのために書いてハーブの初のNo.1ヒット (1968)となった「This Guy’s In Love With You」の女性版「This Girl’s In Love With You」。ここでは何とバカラック自らピアノを弾きながら冒頭部分で渋いボーカルを聴かせてくれるというバージョン。ここでもルーマーのボーカルは伸びやかで、こちらもオリジナルとほぼ同じようなアレンジのトラックをバックに暖かい歌を聴かせてくれます。

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そしてアルバム最後は、おそらく最近の世界情勢や政治的状況に思いを馳せてのことでしょう、バカラックが1965年にジャッキー・デシャノンに提供してトップ10ヒット(最高位7位)になり、その後1971年にベトナム戦争で全米が揺れる中、LAのラジオDJトム・クレイが、キング牧師の演説やケネディキング牧師暗殺のサウンドビットをミックスし、ディオンの「Abraham, Martin & John」とのメドレーで再度全米8位のヒットになった「What The World Needs Now Is Love」。ホルンとストリングスを中心としたオーケストラをバックに荘厳な映画のサントラ盤のように始まるバックに乗って歌うルーマーの歌声はどこか深い哀悼の感じを湛えながら、歌のメッセージ通り、ポジティブなトーンを持ちつつアルバムのエンディングを演出しています。

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このアルバムのプロデュースとほとんどの曲でのピアノとベースは、現在のルーマーのご主人で、その昔バカラックのサウンド・プロデューサーだったロブ・シラクバリが担当し、バカラック・サウンドの意匠を確実に再現しながら、ルーマーの歌を引き立てるサウンドプロダクションに成功しています。タイトル曲でのバカラックの共演の他、ディーン・パークス(g.)といった達者なミュージシャンや、あちこちでふんだんにストリングスやホーンのミニオーケストラを使って完璧なバカラック・サウンドの再現を演出していますが、それを全体締めているのが、名匠アル・シュミットによる録音とエンジニアリング。

おそらくクラシックやジャズにチューニングされたオーディオセットで聴くと更にそのサウンドの重厚さが楽しめるであろうこの作品、皆さんのおうちのシステムでも、年末年始にぴったりな雰囲気が楽しめることと思います。どうか年末年始、このアルバムに耳を傾けながら、心豊かな時を過ごされますように、そして2017年が皆さんに取って、世界にとって、より良い希望に満ちた一年となりますように。

<チャートデータ>

全英アルバムチャート 最高位28位(2016.12.8付)


新旧お宝アルバム!#69「Makings Of A Dream」Crackin’ (1977)

2016-12-19

2016.12.19

新旧お宝アルバム #69

Makings Of A DreamCrackin’ (Warner Bros., 1977)

さて2016年も後残り2週間を切って、今週はクリスマス・ウィークということであちこちで忘年会、イベント、クリスマス・パーティなど賑やかな週になりそうですが、食べ過ぎ呑みすぎで体調など崩さないよう、お互いに気を付けましょうね!

さて今週の「新旧お宝アルバム!」、旧のアルバムをご紹介する順番ですが、今回は70年代後半に数枚の都会的なR&B・ファンク・サウンドのクオリティの高いアルバムを出したものの、その後のAORブームに乗ることなく解散してしまった、知る人ぞ知るバンド、クラッキンのセカンド・アルバム『Makings Of A Dream』(1977)をご紹介します。

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クラッキンは、ネブラスカ州オマハ出身のレスター・エイブラムス(kbd., vo.)を中心とした白黒混合の7人組ユニット。レスター自身、両親共にネイティヴ・アメリカンや黒人と白人の混血だったこともあり、非常に多様な文化背景の少年時代を過ごしたレスターは地元のバンドでドラムを叩くように。

60年代後半には後にクラッキンの母体となるバンド、ザ・レス・スミス・ソウル・バンドを率いるレスリー・スミス(vo.)、リック・チュダコフ(b.)、アーノ・ルーカス(vo., perc.)らと合流、その後L.A.カーニヴァルというバンドを経て、70年代半ばに再合流、ピーター・ブネッタ(ds.)、ボブ・ボーディ(g.)、G.T.クリントン(organ, synth.)を加えた7人組のクラッキンをスタートさせました。

クラッキンのサウンドは冒頭にも書いたように、都会的なソフィスティケイトされたR&B・ファンク・サウンド。それに加え、ポップなメロディと達者なコーラス・ワーク、ソウルフルなボーカルで、80年代前後から大きな盛り上がりを見せるAOR(アダルト・オリエンテッド・ロック)の先駆けのような洒脱なサウンドを聴かせます。

このアルバムを聴いて、マイケル・マクドナルドを中心とした後期ドゥービー・ブラザーズを連想する人も多いと思いますが、実はレスタークラッキン解消後そのドゥービーと合流、1979年のグラミー賞レコード・オブ・ジ・イヤー/ソング・オブ・ジ・イヤーの両方を獲得した「What A Fool Believes」のアレンジ、同曲が含まれたアルバムのタイトル・ナンバー「Minute By Minute」をマイケルと共作するなど、この手のサウンドメイカーとしてしっかり活動を続けていたのです。

レスターがそうした成功を収める前のバンド、クラッキンランディ・ニューマンSail Away』(1972)、ライ・クーダーPardise & Lunch』(1974)、ジェイムス・テイラーGorilla』(1975)など数々の名盤を手がけた名プロデューサー、ラス・タイトルマンと組んで制作したのがこのセカンド・アルバム『Makings Of A Dream』です。メンバーをモノクロのトーンでとらえたスタイリッシュなアルバムジャケの写真は、ご存知あのノーマン・シーフによるもの。

アルバム冒頭のレスター作の「Feel Alright」から、タイトなベースとドラムにクラヴィネットとエレピがからみ、そこにレスリーの伸びやかなボーカルが乗って、澄み切った青空に飛び上がって行くような爽快でソウルフルなサウンドが展開、一気にクラッキンの世界に聴く者を引っ張り込んでくれます。リックレスリー作の「Take Me To The Bridge」はコーラス主体のボーカルがこの時代の作品としては新しかったであろう、ややムーディなミディアム・ナンバー。続くレスター作「Beautiful Day」はイントロからクラヴィネットが唸るミディアムなファンク・ナンバー。こちらもレスリー、レスター、アーノの3人がコーラス・ボーカルでクールなファンクネスを演出しています。そしてアルバムA面はレスターが自作自演でウォーキング・シャッフル・リズムの『Silk Degrees』の頃のボズ・スキャッグスあたりがやりそうなポップなR&Bナンバー「I Want To Sing It To You」で中入り。

アルバムB面はエレピ・クラヴィネットとリズム・セクションがフュージョンっぽいリズムを繰り出すレスターのナンバー「Well And Good」でスタート。アーノのボーカルが高めのトーンのメロディをソウルフルに歌います。

続く「Who You Want Me To Be」はリックアーノのペンによるややスロウないわゆる「AORっぽい」佳曲。冒頭の「Feel Alrigt」でもそうでしたが、レスリーの伸びやかなボーカルは黒人にしてはブルー・アイド・ソウル・シンガー的な発声とメロディ回しなのが新鮮でもあり、クラッキンのサウンドを都会的に聴かせている大きな要因のように思います。A面と同様に3曲目はボブのワウ・ギターが活躍し、レスリー、レスター、アーノが交互にボーカルを取り、要所は素晴らしいコーラスで締めるというファンク・ナンバー「What Goes Around Comes Around」。同じくレスターアーノのツイン・ボーカルでカッティング・ギターとリックの跳ねるベースが気持ちのいい「You’re Winning」の後、後にレスターが手がけるドゥービーの「Minute By Minute」を思わせるようなエレピのイントロで始まり、またもやレスター、レスリー、アーノのトリプル・ボーカルがゴージャスな「(There’s A) Better Way」でアルバムは余韻を残して終了します。

この後クラッキンは、後にクリストファー・クロスを手がけてブレイクさせたプロデューサー、マイケル・オマーティアン・プロデュースによるアルバム『Crackin‘』(1977)『Special Touch』(1978)の2枚をリリース、一部の評価は得るものの、商業的な成功にはつながらず、バンドは自然消滅の格好となります。

                                              crackin-crackinspecial-touch

しかしレスターがその後ドゥービーと合流したように、リックピーターの二人はその後プロデューサー・チームとして活躍。中でもロビー・デュプリーのデビューアルバムで全米トップ10ヒットの「Steal Away(ふたりだけの夜)」を含む『Robbie Dupree』(1980)、マシュー・ワイルダーの同じく全米トップ10ヒット「Break My Stride(想い出のステップ)」を含む『I Don’t Speak The Language』(1983)、そしてR&Bレジェンド、スモーキー・ロビンソンの6年ぶりの全米トップ10ヒットとなった「Just To See Her」を含む『One Heartbeat』(1987)などなど、80年代を通じてAORシーンの重要なサウンドメイカーの一つとして活躍していたのです。

そしてもう一人のクラッキンの中心人物、レスリーも、80年代を通じてリッキー・リー・ジョーンズ、ロビー・デュプリー、ローレン・ウッド、ビル・ラバウンティ、ライオネル・リッチー、マイケル・ボルトンといったAOR/R&B系のメインストリームのアーティスト達の名盤にセッション・ボーカリストとして参加、他のメンバー同様、確実に80年代のAORシーンを支えていたのです。

このクラッキンというグループとこのアルバムは、その後時代の中に埋もれて忘れ去られていたのですが、90年代渋谷を中心に盛り上がったいわゆる「フリー・ソウル」ムーヴメントで次々にリリースされたオムニバス・アルバムに「Feel Alright」が取り上げられたをきっかけに再評価、昨年にはこのアルバムを含む3枚のアルバムがワーナー・ミュージックさんからSHM-CDでリイシューされるという盛り上がりぶり。

入手しやすくなったこのアルバム、この機会に手に取り、洗練されたクラッキン・サウンドを楽しんでみてはいかがでしょうか?

 <チャートデータ> チャートインなし


新旧お宝アルバム!#68「ArtScience」Robert Glasper Experience (2016)

2016-12-12

2016.12.12.

新旧お宝アルバム #68

ArtScienceRobert Glasper Experience (Blue Note, 2016)

12月に入ってもまだ終わらぬ2016年音楽シーンの物故者リスト。先週は何とキング・クリムゾンELP(エマーソン・レイク&パーマー)のボーカリスト・ベーシストで有名なあのグレッグ・レイクがガンで他界するという残念なニュースが飛び込んで来ました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。ELPのうち二人が星になってしまった2016年、残りあと3週間ほどが楽しいニュースで埋め尽くされますように。

さて今週の「新旧お宝アルバム!」は、ここのところたびたび来日もしており(今月後半もブルーノート東京でのライブが予定されています)、精力的にツアーや作品リリースにと活発な活動を行っている、今のアメリカのブラック・ミュージックのある意味最重要人物の一人、ロバート・グラスパーが今年2枚目のリリースとなった新作『ArtScience』をご紹介します。

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すでに熱心なR&Bファンや若いジャズファンの間では確実に高い評価を獲得しているロバート・グラスパー。本来はジャズ・ピアニストですが、ジャズの枠にとらわれず、R&B、ファンク、ヒップホップ、ポップ、ロックといったありとあらゆるメインストリーム大衆音楽の意匠を練り込んで「ロバート・グラスパー・ミュージック」とでも言うべきスタイルを確立しており、若いミュージシャン世代(ロバートはヒューストン出身の今年38歳です)を代表する重要なサウンドメイカーとしてその実力をここ数年いかんなく発揮しています。サックス担当でロバートのサウンドメイキング・パートナーともいうべきケイシー・ベンジャミン、ベースのデリック・ホッジアデル21』(2011) やマックスウェルの『BLACKsummers’night』(2009)への客演で知られるドラムスのクリス・デイヴのカルテットによる「ロバート・グラスパー・エクスペリメント」を率いて次々に意欲作をリリースするロバート、「いまのブラック・ミュージック」を端的に知りたいのであれば彼のレコードを聴くことを強くお勧めします。

その彼の実力が大きく評価されて一般のリスナーに知られることとなったのは2012年のアルバム『Black Radio』。エリカ・バドゥレイラ・ハサウェイ、ビラール、ミュージック・ソウルチャイルドらのネオ・ソウル・シンガー達やルーペ・フィアスコらヒップホップ陣をボーカルに配した様々な黒人音楽のハイブリッド的なサウンドと、デヴィッド・ボウイニルヴァーナ(「Smells Like Teen Spirit」)らのロック楽曲の新鮮なアプローチでのカバーで、その年のグラミー賞最優秀R&Bアルバムを受賞。ドラマーをマーク・コレンバーグに入れ替えリリースした『Black Radio 2』(2013)も同様のスタイル。アルバム部門の受賞は逃したものの、レイラ・ハサウェイマルコム・ジャマール・ウォーナー(80年代のTV人気シリーズ「The Cosby Show」のビル・コズビーの長男シオ役で有名)をフィーチャーしたトラック「Jesus Childern Of America」で見事最優秀トラディショナルR&Bパフォーマンス部門を受賞するなど、この2作でロバート・グラスパーのシーンにおける認知度と評価は急上昇した感があります。

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ロバート・グラスパーの才能とその精力的な活動ぶりは、ニルヴァーナのカバーに象徴されるように、ジャンルにこだわらないところにその独自性があります。

Black Radio」2作リリース後、ロバートは全く異なるメンバーでアコースティック・ジャズ・トリオを構成、メイシー・グレイビラール、ミュージック・ソウルチャイルドらをボーカルに配し、自作のナンバーに加えレディオヘッド、ジョニ・ミッチェル、新進ソウル・シンガーのジェネ・アイコらのナンバーをアコースティック・ジャズで演奏する『Covers』(2015)をリリース。このトリオで2015年のブルーノート・ジャズ・フェスティヴァルで来日した時のパフォーマンスを観ていますが、ウータン・クランのTシャツを着て登場した(笑)ロバートのピアノを中心とした素晴らしい演奏はメインのパット・メセニージェフ・ベック以上に印象的なものでした。

その後2015年のヒップホップ代表作であったケンドリック・ラマーの『To Pimp A Butterfly』へのゲスト参加、ドン・チードル主演のマイルス・デイヴィスの伝記映画『Miles Ahead』(2015)サントラ盤監修と全面参加、そして今年後半にドロップされたコモンの最新作『Black America Again』(2016)への全面参加などその活動範囲とシーンへのインパクトたるや瞠目すべきものがあります。

またロバート自身、今年の5月にはマイルス・デイヴィスの代表曲をロバートのセンスでリミックスしたアルバム『Everything’s Beautiful』を発表、スティーヴィー・ワンダー、エリカ・バドゥ、ハイエイタス・カイヨーテ、ビラールらのR&Bアーティストやジャズ・ギタリストのジョン・スコフィールドをフィーチャーした、マイルスの原曲の数々を大胆に換骨奪胎した作品でシーンを驚かせたばかり。

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そんな中リリースされた本作『ArtScience』。ロバート・グラスパー・エクスペリメント(以下RGE)のカルテットとして発表されたこのアルバム、「Black Radio」路線に立ち戻ったかのように見えるのですが、今回大きく「Black Radio」シリーズと異なることが二つあります。

一つには今回のアルバムでは、これまでの彼の作品のウリの大きな部分でもあった客演ボーカリストが一切フィーチャーされていないこと。ボーカルはすべてロバート及びバンドメンバーの4人が担当して、決してボーカル技術的に卓越しているわけではないものの、相変わらず様々な音楽要素がミックスされたサウンドとも相まって、独特の素晴らしいグルーヴを生み出してます。

もう一つは上記とも関連するのですが、今回は収録楽曲のうち2曲のカバーを除く10曲中9曲がロバートとバンドメンバーの共作になっていること。これまでは客演ボーカルが多彩だったことによって必然的に楽曲はほとんどがロバートと客演アーティストの共作、というパターンだったのですが、このバンドとの共作が今回有機的バンドサウンドの出来上がりに大きな貢献をしているように思えます。

これはある意味今後RGEが独立かつ一体となったユニットとして、よりライヴ活動を展開しやすい形での活動を目指していく、という所信表明のようにも受け取ることができる気がします。実はこれに思い当たるまで今月のブルーノートのライヴに行くのを迷っていたのですが、俄然行かなきゃ!と思った次第。

アルバムは、フリージャズ的なRGEの演奏で始まり、途中「いろいろなスタイルの演奏をトライしてみるので観ていてくれ」というラジオMC的なアナウンスからヒップホップ的なサウンドビーツで彩られ、早くもアルバム全体の音楽的多様性を予感させる「This Is Not Fear」で始まり、同名タイトルのフランク・オーシャンの楽曲を思わせるドリーミーなアトモスフェリックR&B的サウンドにロバートのボーカルが乗る「Thinkin’ About You」。

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80年代ダンスR&Bナンバーと70年代後半のフュージョン・サウンドが合体したようなタイトなリズムと心地よいベースラインの「Day To Day」、メンバーの楽しそうなダイアログを挟んで、ウェザー・リポートの全盛期を思わせるようなシンセの基本リフとハイハットの刻みのリズムに乗ったボコーダーのボーカルを中心に、80年代以降のコンテンポラリー・ジャズ・ロック的な9分超に及ぶハイテンションなナンバー「No One Like You」。

一転してまたオッド・フューチャー的な現代的スロウジャム「You And Me」、そしてロバートの素晴らしいフェンダー・ローズの音色とボコーダー・ボーカルがドリーミーなカタルシスでゴージャスなジャズ・ナンバーとなっている、ハービー・ハンコックのカバー「Tell Me A Bedtime Story」と、ここまでアナログ盤だと最初のAB面に収録の6曲で、このアルバムがこれまで以上に意欲作であるのが如実にわかる楽曲のクオリティの高さです。

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後半はリズム・マシーンの鼓動とシンセの刻むリズムにロバートのエレピが早いテンポで絡む、EDMジャズとでも言うべき「Find You」でスタート。後半スロウな生ピアノの演奏になってフェードアウト後に聞こえてくる、ロバートの息子のライリー君の「警察がもっとより良くなるように努力しよう、本当の意味で我々を助けてくれる警察になるように。銃撃はなしだよ。もし次そんなニュースが耳に入ったら、僕はすごく怒るよ」というモノローグがはっと胸を打ちます。

アコースティックなジャズ・ナンバー「In My Mind」でほっとした後、ケイシーのボコーダー・ボーカルの乗ったちょっとEDM入ったスティーリー・ダン、といった風情のポップ・ナンバー「Hurry Slowly」、ポリスか!と思わずつぶやきたくなるレゲエのギター・リズムが印象的な「Written In Stone」、そして全盛時のEW&Fのバラード風ですが、わざとバックのシンセの音程にゆらぎを出しているのが独特の雰囲気を醸し出す「Let’s Fall In Love」と後半もバラエティ満点の楽曲構成。

しかしアルバム最後であっと思わせるのは何とあのヒューマン・リーグの大ヒット曲「Human」のカバー。この曲もフランク・オーシャンを思わせるオッド・フューチャー的なアレンジと楽器使いとボコーダー・ボーカルで独特のグルーヴを作り出しています。よく考えるとこの曲、あのジャム&ルイスの曲ですから本来R&Bとして考えて然るべきナンバーですよね。

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冒頭でも書きましたが、「いまのブラック・ミュージック」を体験したければ、ロバート・グラスパーのレコード、特に改めてオリジナルのRGEメンバーでタイトに作り込まれ、これからのRGEの方向性を示唆するかのようなこのアルバムをぜひ聴いてみて下さい。

そのサウンドの新鮮さ、多様さ、ポップセンス、そして驚くようなサウンドスケープの展開にきっと満足して頂ける、そんな素晴らしい作品ですので。

<チャートデータ>

ビルボード誌全米アルバム・チャート 最高位129位(2016.10.8付)

同全米R&B/ヒップホップ・アルバム・チャート 最高位5位(2016.10.8付)

同全米ジャズ・アルバム・チャート 最高位1位(2016.10.8付)

同全米コンテンポラリー・ジャズ・アルバム・チャート 最高位1位(2016.10.8~15付)


新旧お宝アルバム!#67「There’s No Place Like America Today」Curtis Mayfield (1975)

2016-12-05

2016.12.5

新旧お宝アルバム #67

There’s No Place Like America TodayCurtis Mayfield (Curtom, 1975)

いよいよ2016年も12月に突入。洋楽ファンにとっては年間ランキングの発表やグラミー賞ノミネーションの発表などイベント続きで、いろいろと盛り沢山な日々でしょう。またこの月はクリスマス商戦を見込んでか、いろいろ魅力的な企画盤やボックスセット、また思わぬアーティストの新譜がリリースされる時期。前者の例ではボブ・ディランの1966年の「リアル」ロイヤル・アルバート・ホールのライヴやローリング・ストーンズのブルース・カバー・アルバム、後者の例ではブルーノ・マーズの新譜などがそう。いずれにしても今年も12月は洋楽ファンには楽しくも忙しい月になりそうですね。

さて今週の「新旧お宝アルバム!」は、先日のアメリカ大統領選でトランプが当選して以来、何かと不穏なニュースが絶えない状況を思いながら、約40年ほど前にこれによく似た不穏な状況に対するメッセージとも思える内容でリリースされた、ソウル界のレジェンドの一人、カーティス・メイフィールドのアルバム『There’s No Place Like America Today』(1975)をご紹介します。

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カーティス・メイフィールドという人は、日本では洋楽ファンの間でもかなりのソウルR&Bファン以外には今ひとつ馴染みきれないタイプのアーティストかもしれません。彼は一般的には1972年のブラック・シネマの傑作の一つ『Superfly』の主題歌(全米最高位8位)や、同じ映画からのヒット曲「Freddie’s Dead」(同4位)で知られていますが、60年代に所属していたソウル・グループ、インプレッションズで活躍していた時代から、その独特の都会性とアーシーさを兼ね備えたサウンドメイキングと、「People Get Ready」(ジェフ・ベックロッド・スチュアートのカバーが有名)や「We’re A Winner」など黒人公民権運動を支持する内容のソングライティングで、シーンでは独自の地位を築いてきたシンガーソングライターです。

また彼の歌唱スタイルは主としてファルセットに近い高く細いボーカルによる、メロディ重視というよりもグルーヴ重視のスタイルのものが多く、このあたりがどちらかというとメロディアスでキャッチーなサウンドを好むファンの皆さんの間では今ひとつ支持を得られていない理由の大きなところ。

その彼がちょうど10年にわたってアメリカの経済と人心を揺り動かしたベトナム戦争がようやく終結した1975年にリリースしたこの作品、タイトルからして「今のアメリカほど素晴らしいところはない」と皮肉たっぷりです。アルバムジャケットも、上半分には白人家族が楽しそうに車に乗っているイラストにかぶせるように下半分には食料配給を受け取るための黒人たちの列の写真が配されており、人種貧富間格差は厳然としてあるのだ、という痛烈なメッセージを表しているものです。

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全7曲、すべてカーティスのペンによる楽曲で構成されたこのアルバム、サウンド的には淡々としたほぼ平板なメロディの楽曲が多く、演奏は70年代前半多用されたワウのかかったギターストロークをゆったりとしたグルーヴの、しかししっかりとしたリズムセクションが支えるところに、どちらかというと中音以下の低めのフレーズやオブリガードを奏でるエレピがからみ、そこにカーティスのファルセットっぽいボーカルが切々とメッセージを訴える、と言うスタイルがほとんど。従って明るいホーンセクションもフィーチャーし愛の素晴らしさをストレートに歌った「So In Love」以外はマイナー調の曲で占められ、全体的には何となく黄昏れたイメージが色濃く出ているアルバムなのですが、カーティスのファルセット・ボーカルはこうした一見単調にきこえる楽曲に不思議にポジティブなテンションと輝きを与えています。

楽曲のアレンジ以上に重要なのは歌詞。いきなり通りで撃たれた友人の話でガンコントロールの問題点をえぐる「Billy Jack」、季節が変わるごとに苦しみがまた始まる、と歌う「When Seasons Change」で黒人社会の現実を取り巻く無力感を歌う楽曲に続いて歌われるのは、カーティスの曲の中でも最もポジティヴで明るく、喜びに満ちたトーンで愛の素晴らしさを歌う「So In Love」。一方、ゴスペルバラード風のトラックに乗って、救いを求めるには自分の内なる神に話しかけよ、というカーティスの冒頭のつぶやきに対して、今の世界は自分たちを奴隷のように扱う世界だし、子供達が飢えるのを見るくらいであれば墓に入った方がいい、といったネガティブなカウンターメッセージを突きつける「Jesus」、悩みの尽きない人々のことを歌う「Blue Monday People」、この街では愛など見当たらないと歌う「Hard Times」などやはりアルバムのほとんどはヘヴィな現実を淡々と歌う歌で占められています。

この「Hard Times」は、後にジョン・レジェンドザ・ルーツが、オバマ大統領就任を祝福するコラボ・アルバム『Wake Up!』(2010)発表の際、その冒頭でカバーされていた曲。もちろんこの時はオリジナルのカーティスの曲が歌われた頃とは状況はかなり変わっていたはずですが、根本のところは依然として変わっていない、と言うためのカバーだったのでしょう。

最後の「Love To The People」も、失業や不景気なニュース、食卓には豆料理しか上がらないような厳しい状況を淡々と歌いながらも、自分はあきらめない、救いはないと皆は言うけど人々に愛を与えれば魂は救われるはず、と若干の希望を表明しながらアルバムは終わります。

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トランプの大統領選当選以来、全米各地で伝えられる有色人種や移民系市民に対する差別的な言動や行動がこうした人々の不安をかき立てており、このアルバムから40年経った今でも問題の本質は決して消えてはいないことが改めて明らかになっています。そうした今の状況を思うにつけ、今以上に厳しい状況に直面していたこの時代にこうしたアルバムをリリースしていたカーティスの気持ちに思いを馳せて、改めてこうした差別的な状況について考えるのが、カーティスのメッセージへの正しい反応ではないかと思えます。

近年若い音楽ファン達の一部に「音楽に政治を持ち込むのは反対」といった意見があるようで、今年夏の野外フェスでの演奏の際、政治的なコメントをしたりメッセージを歌に乗せることへの反発がネット上やSMSで多く飛び交ったようです。しかしこれはおかしなことではないでしょうか。音楽に限らず、演劇や文学など芸術的表現活動というのは、その時代時代の政治的・社会的な問題意識と無縁であったことは歴史的に一度もなく、むしろそうした政治的・社会的な問題に対する風刺や批判を、芸術的な形で表現することが存在意義(レゾン・デタール)であったはずです。

カーティスに代表されるR&Bも、サム・クックの「A Change Is Gonna Come」(キング牧師らの黒人公民権運動のアンセム的有名曲)やスティーヴィー・ワンダーの「You Haven’t Done Nothing」(ウォーターゲイト事件で失脚した当時のニクソン大統領を痛烈に批判)を引き合いに出すまでもなくこうした批判精神がその根本ですし、ロックにしてもウッドストック・フェスティヴァルボブ・ディラン、日本の忌野清志郎らの一連の作品に明らかなように、本来反体制的な価値観の新しい音楽表現スタイルであり、その時代時代の社会批判・政治的立場表明のための表現手段であったはずです。

上記の政治嫌いの音楽ファンの皆さんにはどうかそのあたりをもう一度思い出して頂き、このカーティスのアルバムの心に重い、しかし重要なメッセージを乗せた素晴らしいR&Bサウンドを耳を傾けて頂きたいものです。

 <チャートデータ>

ビルボード誌全米アルバム・チャート 最高位120位(1975.7.19付)

同全米ソウル・アルバム・チャート 最高位13位(1975.7.19付)


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