Archive for the ‘新旧お宝アルバム’ Category

新旧お宝アルバム!#82「Loose」 Victoria Williams (1994)

2017-04-10

2017.4.10

新旧お宝アルバム #82

LooseVictoria Williams (Mammoth / Atlantic, 1994)

先週一週間は、雨の予想とかもあったにも関わらず終始天候も崩れそうで崩れずに暖かい日が続いて、そのおかげで週の後半は一気に桜が満開になった、心が満たされる気持ちのいい週でしたね。週末からまたゆっくり天気が崩れてきていますが、一日でもこの素晴らしい桜が楽しめるよう願う毎日、そんな中で欠かせないのは気持ちのいい音楽。皆さんも花見のかたわらいろんな音楽でこの桜を楽しまれたことと思います。

さて今週は久しぶりに90年代の作品を取り上げます。商業的にはなかなか成功することがないのですが、常に個性的でチャーミングで、それでいてインスパイアリングな楽曲を一貫して届け続けてきている、他にあまり似たタイプを見ない女性シンガーソングライター、ヴィクトリア・ウィリアムスのキャリアの一つのマイルストーンとなったアルバム『Loose』(1994)をご紹介します。

ヴィクトリア・ウィリアムス、といっても日本の洋楽リスナーの方で彼女の名前をご存知なのは、音楽評論家の方以外ではかなり熱心なここ30年くらいのアメリカのフォーク・ロック/アメリカーナ系ロックのフォロワーの方くらいでしょう。残念ながらこれまでリリースされている彼女の7枚のソロアルバムは、本作を含めてどれもチャートインするほどの売上は記録していませんし、FMなどで頻繁にエアプレイされるタイプの音楽でもないので無理もありません。

でも、ヴィクトリアはアメリカのロック・シーンではミュージシャンの間からのリスペクトを受け続けるミュージシャンの一人で、今回紹介する『Loose』に収録されている作品群の幅広いスタイルに亘る音楽性、決して巧くはないが個性的でチャーミングなボーカルスタイル、そして自然やスピリチュアルなテーマや人への愛、といったことをテーマにする楽曲はそうしたリスペクトを集めるに充分なものであることが分かります。

実はこのアルバム発表の一年前、ヴィクトリアは多発性硬化症という難病の宣告を受けていました。この病気は脳や脊髄、視神経などに激痛、視野異常、神経麻痺、筋力低下などの症状が繰り返し出ては収まるのを繰り返すというもので、ギタリストでありシンガーであるヴィクトリアにとっては極めて深刻な病気でした。加えてミュージシャンであったため治療費用を賄う保険等も持っていなかったヴィクトリアの治療をサポートするために立ち上がったのは他あろう彼女をリスペクトするミュージシャン仲間達だったのです。

ソウル・アサイラムデイヴ・パーナー、パール・ジャム、ルシンダ・ウィリアムス、ルー・リード、マシュー・スイートといった90年代のオルタナ・ロック・シーンを代表するそうそうたるミュージシャン達に、当時ヴィクトリアと結婚したばかりのマーク・オルソン率いるザ・ジェイホークスが加わり急遽リリースされたのが全曲ヴィクトリア作品のカバー・アルバム『Sweet Relief: A Benefit For Victoria Williams』(1993)。

このアルバムは幸いチャートインもし、そこそこの評判を呼んだこともあってヴィクトリアに対する関心も当時高まったのでしょう、自身の症状とも折り合いを付けながら、頑張ってスタジオ入りしてヴィクトリアが翌年の1994年にリリースしたのがこの『Loose』でした。

彼女の揺らぐようなハイトーンのボーカルとアコースティックなバンド演奏で、百歳を超えるという古いサボテンの木にまだ遅くないから花を咲かせてよ、と呼びかける「Century Plant」で始まるこのアルバム、タワー・オブ・パワーのレイドバックなホーンセクションをバックにゴスペル的な内容を歌う「You R Loved」、ピアノとバイオリンだけをバックに友人の死を明るく悼む小品「Harry Went To Heaven」、そして『Sweet Relief』収録曲中唯一当時まだヴィクトリアが録音しておらず、パール・ジャムがカバーしたことでおそらく彼女の最も有名な曲となったオルタナ・ロック色の強い「Crazy Mary」などなど、このアルバムを構成する16曲(うち2曲はカバー、1曲はソウル・アサイラムデイヴとの共作でもう1曲はバンドメンバーの作品)はいずれもちょっと聴くだけでヴィクトリアというとてもユニークな才能とスタイルを持ったアーティストが目の前に現れて、優雅にパフォーマンスをしてくれているのが目に見えるようなのです。

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実は自分はおそらく前述のチャリティアルバムが出る直前くらいの1993年に、ニューヨークのヴィレッジにあったライヴハウス、ボトム・ライン(2004年に廃業)で彼女のライヴを見ています。確か3人くらいのバンドをバックに、椅子に座ってストラトやアコギを掻き鳴らしながら「病気のせいで時々ミスピッキングとかするけど許してね」と言いながら、ステージにパッと清楚な花が咲いたかのようなイメージを放ちつつ、とても心温まるステージをしてくれたことを覚えています。その時多分このアルバムに収録されている作品もいくつかやってくれたに相違ありません。改めて今この『Loose』を聴くと、その時の彼女のステージが蘇ってくるようなので。

上記の曲の他にも、ピアノをバックにしたヴィクトリアのガーリッシュなボーカルがキュートなルイ・アームストロングでお馴染みの「What A Wonderful World」や、LAを中心に70年代初頭人気のあったロックバンド、スピリットの「Nature’s Way」(デイヴ・パーナーとのデュエット)などの曲をカバー曲に選ぶあたりも、ヴィクトリアの自然を慈しむキャラクターが表れてますし、叔父さんのジャックの愛犬パピーと自分の愛犬ベルの他界を悲しみながらも彼らを思い出しながら楽しく歌う「Happy To Have Know Pappy」や、友人への情熱的ではないけど確かで安心できる一体感を真摯なボーカルで歌う「My Ally」などなど、彼女の楽曲は聴いていて、そして歌詞を眺めていて思わずほっこりさせてくれるものが多いのです。

まさに冬を脱ぎ捨てて春に向かうこの時期にぴったりの感覚を味わわせてくれる、そんな素敵なアーティストであり、アルバムなのです。

件のチャリティ・アルバム同様、この作品のバックをつとめるメンバーもそうそうたるもの。何度も名前の出ているソウル・アサイラムデイヴ・パーナーの他、ご主人のマーク・オルソンとそのバンドメイトである、ザ・ジェイホークスゲイリー・ルイス、タワー・オブ・パワーのホーンセクション、スライ・ストーンの妹のローズR.E.M.のピーター・バックマイク・ミルズ、そして何曲かのストリングス・アレンジメントは何とあのヴァン・ダイク・パークスが担当するなど、この時期のフォーク・ロック/アメリカーナ系の作品としてはとても豪華な布陣での制作になっており、高いミュージシャンシップのパフォーマンスが楽しめる作品にもなっています。

その後2006年のマークとの離婚も乗り越えて着実にアルバムを発表し続けていたヴィクトリアですが、2015年末に持病の発作が原因で肩と腰を負傷してしまって現在は治療専念中とのことですが、またしても保険が適用されないため、『Sweet Relief』の時に設立されたスイート・リリーフ・ミュージシャン基金が中心になって治療費の寄付を募っているとのこと。

彼女の一刻も早い完全復帰を祈りつつ、ヴィクトリア・ウィリアムスという、希有のスタイルと才能を持ったシンガーソングライターの、人と自然とスピリチュアルへの愛に溢れた作品を、暖かさを増す春に存分に楽しんで見ませんか?

 <チャートデータ> チャートインなし


新旧お宝アルバム!#81「Blacks And Blues」Bobbi Humphrey (1974)

2017-04-03

2017.4.3

新旧お宝アルバム #81

Blacks And BluesBobbi Humphrey (Blue Note, 1974)

先週一旦暖かくなったか、と思ったら週後半から土曜日にかけてぐっとまた寒くなって雨まで降ったため、桜のつぼみも開きかけの3~4分咲きのまま週末を終わってしまいましたが、昨日の日曜日はまたぐっと春の陽気が戻ってきていました。今週はいよいよ一気に桜開花、お花見日和が期待でき、今度の週末はあちこちの桜の名所が人でいっぱいになることでしょう。

先日もここで言いましたが、春はジャズっぽい音楽が耳に心に優しく感じられる時期。そこで今週は桜の花の下でパーティーでもしながら聴くにはもってこいの、ジャズ・フルート奏者のアルバムをご紹介しましょう。名門ブルー・ノート・レーベルでも数少ない女性ジャズ・ミュージシャンの一人である、ボビー・ハンフリーの春を感じさせるフルート・ワークやライト・ジャズ・ファンクでR&Bに寄り添った楽曲がとても心地よいアルバム『Blacks And Blues』(1974)をご紹介します。

本来ジャズはまだまだ門外漢に近い自分なので、ジャズ系のアルバムをご紹介する、というのはややおこがましいのですが、このアルバムが出た1970年代前半というのは、60年代中頃までの正統派でストイックなジャズの本流を中心とした発展の歴史から、一気にジャズとファンクとソウルとが一体の流れに合流し、ラムゼイ・ルイスドナルド・バード、ハービー・ハンコックらによる様々な「ソウル・ジャズ」や「ジャズ・ファンク」といわれる分野の素晴らしい作品が相次いで生まれた変革の時期だったと理解しています。そんな時期に生まれたのがこのアルバム。ジャズ・フルートというと古くはエリック・ドルフィ、近年フュージョンの世界ではハービー・マン、ヒューバート・ローズ、そして先月惜しくも他界したデイヴ・ヴァレンティンといったところが有名ですが、その中でも女性パフォーマーとしてボビー・ハンフリーは独自のポジションを確保しています。

テキサス州ダラス出身で、高校の頃からクラシックとジャズのフルート演奏を勉強していたボビーは、地元のタレントコンテストを観ていたあのジャズ・トランペットの大御所、ディジー・ガレスピーに見いだされてNYでミュージシャンとしてのキャリアを積むことを薦められたのがプロのジャズミュージシャンのキャリアの振り出しでした。

その後1971年にジャズの名門レーベル、ブルー・ノートからデビュー。同レーベルの重役でもあった有名プロデューサー、ジョージ・バトラーの下、当時のR&Bソウル楽曲のカバーと、ジャズの先達達の作品のボビーなりの解釈によるプレイを納めたアルバム2枚『Flute In』(1971)と『Dig This!』(1972)でシーンでの存在感を高めていたのですが、1974年にリリースしたこの『Blacks And Blues』はいろんな意味で彼女に取って飛躍の、そして商業的ブレイクの作品となったのです。

まず前2作と違うのは、本作のプロデュースと全楽曲の作曲を担当したのが、当時音楽シーンを沸かしていたジャズ・トランペットのドナルド・バードがR&B・ファンクに大きく軸足を寄せたソウル・ジャズの代表作『Black Byrd』(1972)、『Street Lady』(1972)のプロデュースでシーンにその名を馳せていたラリー・ミゼル。彼はジャズ・トランペッターだったドナルド・バードをソウル・ジャズ・ファンクの代表的ミュージシャンとしてブレイクさせ、またドナルド直系のソウル・グループとして1970年代後半「Walking In Rhythm」(1975年全米最高位6位)「Happy Music」(1976年19位)などの全米ヒットを飛ばすブラックバーズの仕掛人として70年代R&Bやソウルジャズシーンにおける重要人物でした。

その彼が作り出したクールな中にも暖かなファンク・グルーヴを内包したソウル・ジャズ・ファンクの楽曲群と、ボビーの縦横無尽にソロを操るジャズ・フルートのパフォーマンス、そしてラリーが自分のプロデュース作品に必ず起用する名うてのミュージシャンたち(ギターのデヴィッド・T・ウォーカー、ベースのチャック・レイニー、ドラムスのハーヴィー・メイソン、そしてピアノ・キーボードのジェリー・ピータース、シンセのフレディ・ペーレンといった彼のレコードにはお馴染みの面々です)のタイトでファンキーな演奏が、すべて有機的につながってこのアルバム全体の大きな暖かなグルーヴを生み出しています。オープニングの「Chicago, Damn」そしてニューヨークの街角の様子を彷彿させるような自動車や街角のSEで始まる「Harlem River Drive」はこうしたラリーの「グルーヴの方程式」とボビーのフルート・ソロが見事にマッチしていて、アメリカの大都市の町中をオープンカーとかで春にドライヴしている、といった雰囲気が満点ですね。

このアルバムのR&B寄りのスタイルは、次のボビーがボーカルを取る「Just A Love Child」で更に鮮明になります。ジャケで観るアフロヘアーで闊達そうな風貌のボビーのイメージとは異なり、聴きようによっては子供の声のように聞こえるハイトーンのボーカルと、男性バックコーラスとの組み合わせがR&B楽曲としての魅力溢れる作品を生み出しています。

アルバムタイトル曲の「Blacks And Blues」はジェリーのピアノのソロを大きくフィーチャーして、それにフレディの奏でるシンセの音色、男性バックコーラスそしてボビーのフルート・ソロが絡んで行くというこのアルバムの楽曲パターンの最大公約数のようなナンバー。春のそよ風を思わせるようなボビーのフルートと男性コーラスの組み合わせが軽やかなグルーヴを演出します。続く「Jasper Country Man」は同じような楽器構成ながら、このアルバム中最もファンクネスが色濃く感じられるアーシーなナンバー。

そしてアルバム最後の「Baby’s Gone」はまたR&Bソウル的なスタイルに大きく寄り添って、男性コーラスをバックにしたボビーのガーリッシュなボーカルによる「My baby’s gone~」という歌を所々に散りばめながら、ボビーのフルートが主旋律を奏でる、という楽曲。ただR&Bソウル的とは言いながらも、一般的な歌ものの楽曲ではなく、あくまでもボビーのフルートを軸として淡々と楽曲が展開していく、というバンドがジャムりながら、アルバム全体をフェードアウトに持っていく、といった風情がまた春の花爛漫の光景を想像させてくれます。

このアルバムで商業的にブレイクしたボビーは続く『Satin Doll』(1974)、『Fancy Dancer』(1975)でもラリー・ミゼルとのタッグでジャズ・ソウル・ファンクの名盤を世に出していくことになります。また、ソウルR&Bシーンとの接近がきっかけで、あのスティーヴィー・ワンダーの名作『Songs In The Key Of Life』(1976)からのシングル「Another Star」にジョージ・ベンソンと共にジャズ界代表として競演するなど、ジャズの枠にとらわれない幅広い活動を続け、1994年には自分のレーベル、パラダイス・サウンズ・レコードを立ち上げて、自分のアルバム『Passion Flute 』をリリースするなど、現在も活動を続けているようです。

いかにも桜の花びらが舞う様を彷彿とさせるようなボビーのフルートの音色と、ラリーの作り出すライト・ファンクなグルーヴ満点の楽曲で、今週あちこちで観られるであろう満開の桜を楽しんではいかがでしょうか。

 <チャートデータ> 

ビルボード誌全米アルバムチャート最高位84位(1974.5.25付)

同全米ソウル・アルバムチャート最高位20位(1974.5.18付)

同全米ジャズLPチャート最高位2位(1974.5.11付)


新旧お宝アルバム!#80「A Sailor’s Guide To Earth」Sturgill Simpson (2016)

2017-03-27

2017.3.27

新旧お宝アルバム #80

A Sailor’s Guide To EarthSturgill Simpson (Atlantic, 2016)

いよいよこれから春、桜本番かと思われたのにこの日曜日は冷たい雨で一気に冬に戻ったような気候。これが桜本格開花前の最後の雨でありますように。皆さんも不安定な気候で体調など崩さぬよう、洋楽ライフをお楽しみ下さい。

さて今週の「新旧お宝アルバム!」は昨年アメリカの各音楽誌でも高い評価を受けていて、先日の第59回グラミー賞でもメインの最優秀アルバム部門にノミネートされ、台風の目の一つとなり、今年のフジロック・フェスティヴァルへの来日が決まっていながら、まだまだ日本では知名度ゼロに近い、アメリカーナ・ロックのシンガーソング・ライター、スタージル・シンプソンのアルバム『A Sailor’s Guide To Earth』(2016)をご紹介します。

とかく日本においてこのルーツロックというか、アメリカーナ・ロックというジャンルは、昔の有名ロック・アーティスト(たとえばザ・バンドのメンバーとか、ディランとか、クラプトンとか、イーグルスのメンバーとか)がやる分にはラジオにも乗っかるし、レコード会社もマーケティングしやすいと見えてガンガン露出するしということで日が当たるケースが多いのですが、ことこれが新しいアーティストやそれまであまり有名でなかったアーティストの作品となると途端に日本では話題になりにくい、という構造的な問題があります。

ただ実際に音を聴いて、ライヴなどを聴くとえてして従来無名のアーティストたちによる作品がハッとするほど瑞々しかったり、無茶苦茶カッコよかったり、うーんと唸るほどミュージシャンシップが高かったりすることも多く、この点で日本の洋楽ファンは結構いいアーティストの作品に触れることなく終わってしまっていたのではないかと思っています。

ただこういう状況も徐々に改善されてきていて、例えばウィルコとかこのブログでも以前に取り上げたライアン・アダムスとかいったこうしたジャンルのアーティスト達が音楽メディアでも取り上げられることが増えて来ていて、なかなかいい傾向だな、と思っているところです。

で、スタージル・シンプソン。彼の音楽スタイルは、カントリーとブルースをバックボーンに置いたロック的アプローチのシンガーソング・ライターと言えばいいでしょうか。その男臭くて渋さ満点のボーカル・スタイルは70年代のアウトロー・カントリーシンガーである、ウェイロン・ジェニングスマール・ハガードといった大御所達を彷彿させますが、このアルバムのホーンセクションを全面的にバックアップしているダップ・キングス(昨年末惜しくも他界した黒人女性R&Bシンガー、シャロン・ジョーンズのバック・バンドでR&B・ブルースファンには有名)のアーシーでファンキーな演奏を軽々と乗りこなして歌う様はブルース・ロック・シンガーそのものです。

また、アコギの弾き語りや、ストーリー性満点の歌詞を持った楽曲を聴くと正統派のシンガーソングライターとしてもかなりのものですし、一方ニルヴァーナの有名曲「In Bloom」をオリジナルとは全く表情の異なるアレンジで、極端に音数を絞ったアコースティックで美しく、抑えたトーンでカバーするのを聴くと、シンガーとしての表現力も非常に高いものを感じます。

また、アルバム全体が自分の生まれたばかりの子供に向けて人生の歩き方を教える、といったコンセプトで楽曲構成されていることや、そこここで控えめにしかし効果的に挿入されるシンセや効果音っぽいサウンドの使い方のセンスなどはちょっとしたプログレ的なセンスも感じる、このアルバムはそんな多彩な表情を持っています。

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冒頭の「Welcome To Earth (Pollywog)」は正に70年代のプログレッシヴ・ロック作品の冒頭を思わせるドラマチックな効果音とピアノの音色で始まりますが、入ってくるボーカルがベテラン・カントリー・シンガー、といった感じのスタージルの声なのでこのアンマッチさが独特の魅力をいきなり醸し出しています。ストリングスのイントロからアコギとカモメの鳴き声のような効果音をバックにしっとりと歌われる「Breakers Roar」も、彼のボーカルがなければ例えばムーディ・ブルースの70年代の作品、と言われても違和感がない、そんなサウンド。

しかしそんなプログレっぽさは、ダップ・キングスのソウルフルなホーンでいきなりファンク・グルーヴ満点の「Keep It Between The Lines」、そしてカントリー・ロックっぽいシャッフル・リズムに乗って「♪東京、川崎、恵比寿、横須賀、横浜、新宿、渋谷、六本木、原宿~♪」(スタージルは20代の頃日本在住経験あるらしいです)と軽ーい感じで歌う「Sea Stories」でガラッとルーツ・ロック的方向に大きく舵を切ります。

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そして上述した美しいニルヴァーナのカバー「In Bloom」を経て、今度は正統派アメリカン・ブルースロック、といった雰囲気の「Brace For Impact (Live A Little)」である意味アルバムのクライマックスを迎えます。

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ハモンド・オルガンとダップ・キングスのホーンがまた聴く者を一気にアメリカーナな世界に連れ戻してくれ、スタージルの歌も味わい深い「All Around You」、エレピとウッドベースとストリングスとスタージルのボーカルだけの静かな「Oh Sarah」、そしてまたカモメの鳴き声をバックに海のコンセプトに戻って、取り憑かれたようなスワンプ・ファンクロックスタイルのアルバムの最大の問題作「Call To Arms」でドラマチックに終わりますが、息子に送る最後のそして重要なアドバイスという設定の歌詞は、スタージルの強力なメッセージで満ちています。

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「俺は兵役でシリアにもアフガニスタンにもイラクにもイランにも、そして北朝鮮にも行った

いったいどこまで行けば終わるのか教えて欲しい

毎日うずたかく積み上がる死体の山

いったいあと何人兵士を送れば気が済むのか

連中は石油のため、ヘロインのコントロールの為に息子や娘達を送り続ける

息子よ、どうか男になるためには奴らの操り人形にならなきゃなんて思うな

連中はお前の髪を切り、腕にバッジを付け、お前のアイデンティティを奪う

つべこべ言わずに列に並んで海外に行って仕事をするんだと言って

(中略)

誰も頭の上を飛ぶドローンが何してるか気にもせず

自分のスマホばっかり見て忙しい

まるで犬が食い物を求めるように俺たちのエゴも目から血が出るまで新しい情報とやらを求め続ける

連中は本質から目を背けさせるような情報を準備して俺たちはそれをフレンチフライと一緒に食ってしまう

俺たちの頭の上から爆弾が落ちてくるまで

TVは消せ ニュースも見るな 何も見るものなんてない

ただ憂鬱な話が流れてくるだけ

TVやラジオは嘘っぱちばかり

ハリウッドの映画は自分自身になれる方法を教えてくれるらしいが

そんな大嘘はどっかへ消えてしまえばいい」

自身米国海軍にも所属していた経験のあるスタージルが放つ「平和を守るために戦うという国のプロパガンダを信じて戦争なんか行くな、そうしたメッセージを垂れ流すメディアも信じるな」というメッセージは極めてパワフルなものがあります。

おそらくその芳醇な音楽性だけでなく、こうした強いメッセージもこのアルバムをグラミー賞最優秀アルバム部門にノミネートさせた大きな要因でしょう。惜しくも最優秀アルバムはアデルに譲りましたが、最優秀カントリーアルバム部門は見事受賞。最優秀アメリカーナ・アルバム部門にノミネートされた前作『Metamodern Sounds In Country Music』(2014)では逃したグラミー初受賞を果たしています(余談ですがこの前作のタイトルはレイ・チャールズのあの名盤『Modern Sounds In Country And Western Music』(1962)へのオマージュですね)。

グラミー受賞をきっかけにスタージルの名前が日本の洋楽メディアにもちょくちょく出てくるようになりました。夏のフジロックへの出演も楽しみ。実は自分のアメリカ人の上司はナッシュヴィル在住でスタージルがブレイク前から何度もライヴを観てきたらしいのですが「彼は絶対ライヴ観るべき!」と言ってますので、今年はスタージルのライヴを是非観たいと思ってます。

既に当年38歳という人生経験も重ねてきながら、豊かな音楽性とメッセージを持ったこの新しいミュージシャン、スタージル・シンプソンの作品を皆さんも是非一度お聴きになってみて下さい。

<チャートデータ> ビルボード誌全米アルバムチャート 最高位3位(2016.5.7付)

同全米カントリー・アルバムチャート 最高位1位(2016.5.7付)

同全米アメリカーナ・フォークアルバムチャート 最高位1位(2016.5.7付)

同全米ロック・アルバムチャート 最高位1位(2016.5.7付)


新旧お宝アルバム!#79「Soul’s Core」Shawn Mullins (1998)

2017-03-20

2017.3.20

新旧お宝アルバム #79

Soul’s CoreShawn Mullins (Columbia, 1998)

この3連休は素晴らしいお天気続きでいよいよ春本番、南の方ではそろそろ桜も咲き始めたとの知らせも入ってくるこの頃、来週のこのコラムをお届けする頃には都内でももうお花見できる状態になってるのでは、と思うと心躍りますね。いい音楽をバックに気のおけない友人と花見、というのもこの季節ならではの楽しみです。

春はジャズやアコースティックな感じの音楽がとても似合う時期。今週の「新旧お宝アルバム!」では久しぶりに90年代の作品で、味と渋みたっぷりのボーカルと物語性たっぷりの歌詞を持つフォーク・ロック的アメリカーナな楽曲で一部のファンに強く支持され、その後も知る人ぞ知る的な活動を続けているシンガーソングライター、ショーン・マリンズの商業的ブレイク作『Soul’s Core』(1998)をご紹介します。

1990年代のアメリカの音楽シーンは、80年代のMTVを中心とした映像中心のヒットを飛ばすポップスターや、シンセサイザーの打ち込みサウンドで大半のトラックを作り込むダンスヒットの氾濫へのアンチテーゼとして90年前後にはシアトルを中心としたインディー・レーベルのロック・バンド達によるグランジ・ムーヴメントの盛り上がりとか、より社会的な視点からのリリックを中心にストイックな音作りによるヒップホップのルネッサンス的隆盛、そして60年代~70年代のカントリー、R&B、ブルーズ、ハードロックといった音楽をルネッサンス的に換骨奪胎してフレッシュなスタイルで聴かせるアメリカーナ・ロックやオルタナ・カントリーといった音楽スタイルが盛り上がった、音楽シーン的には極めて豊かな時代になっていました。

残念ながら70年代からの日本の洋楽ファンの皆さんは、80年代後半の音楽のマスプロ化や打ち込み主体のスタイルに辟易して新しい音楽には背を向けて昔からおなじみの70年代以前の音楽に戻ってしまった方が多かったようです。もう少し辛抱してシーンに耳を澄ませていれば、90年代の素晴らしい音楽に巡り会えていたはずだったんですが。

で、このショーン・マリンズも、90年代にアメリカーナの隆盛に時期を合わせて対等してきた、そんなアーティストの一人。アトランタ出身の彼は学生時代からバンドを組んで主にアコースティックな音楽を中心に活動してきていて、高校時代の友人にはあのインディゴ・ガールズエイミー・レイもいたとのこと。大学卒業後一時期陸軍の士官養成プログラムに身を投じ、陸軍でのキャリアも考えたようですが、やはり音楽を捨てきれずこの道に戻り、地元のアトランタ近辺で地道なバンド活動をしながら実績を積んでいたようです。

その彼をブレイクしたのは、今日紹介する『Soul’s Core』にも収録されているシングル「Lullaby」の大ヒット(全米1999年最高位7位)。トム・ウェイツを思わせるようなしゃがれた低いボソボソ声で歌う、というよりはつぶやくようなファースト・ヴァースからサビに行くところで一気にハイトーンの美しいボーカルでブリッジを歌うあたりは、ラジオで流れていたら一発でハートを仕留められること請け合い、そういう歌です。そしてこの曲は楽曲メロディだけでなく、その歌詞もまるで映画を見ているかのような独特の情景を浮かび上がらせてくれるという意味でもとても魅力的です。

「彼女はハリウッド・ヒルやサンセット・ブールヴァードに住むスターの子供達と一緒に育った

彼女の両親は盛大なパーティーをよく開いてそこにはいろんな人が集まった

彼女の家族はデニス・ホッパー、ボブ・シーガー、ソニー&シェールなんて連中とよく付き合っていたっけ

今彼女はフェアファックス・アヴェニューのこのバーで安全に過ごしてる

ステージの俺から見ると彼女は未だにあの頃の思いを捨てきれず、リラックスできてないのがよく分かる

だから彼女がうなだれて泣き出す前に

俺は彼女に子守歌を歌うのさ

何もかもうまくいくさ ゆっくりお休み

何もかもうまくいくって だからゆっくりお休み」

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LAの社交シーンの退廃感とそこで自分を見いだせない女性のことを、トム・ウェイツ的なつぶやきと美しいハイトーンのボーカルの組み合わせと、アコースティックで優しいメロディで包むようなこの歌は、おそらく聴く者の心の琴線に触れるものがあったに違いなく、ショーンに取ってはブレイクヒット、しかし彼唯一のヒット曲となりました。

個人的なイメージでショーンの音楽スタイルを一言で表現するなら、「グランジを通過してきたクリス・クリストファーソン」。作る楽曲スタイルはいわゆるアメリカーナに分類されるシンプルなアコースティック寄りのアメリカン・メインストリーム・ロック曲ですが、バンドのリズムセクションの使い方やエレクトリックギターの使い方に明らかにグランジあたりの影響を聴いて取れます。そしてボーカルスタイルは明らかにクリスマール・ハガードといった70年代の無頼派のややロック寄りのカントリー・レジェンド達の強い影響を受けていますが、時々聴かせる伸びやかなテナーからハイテナーのボーカルは、ただのカントリー・ロック・ボーカリストでは片付けられない個性と才能を感じるのです。

同時期にアメリカで大ブレイクしたフーティー&ザ・ブロウフィッシュのリード・ボーカル、ダリウス・ラッカーあたりと作る楽曲スタイルはとてもよく似ているのですが、フーティーズがあくまでも「90年代のイーグルス」的なポジショニングだったのに対し、ショーンのアプローチは明らかに「ロックっぽいナッシュヴィルのシンガーソングライター」的なものでした。

そしてこのアルバム収録の他の曲は、「Lullaby」に続いてシングルカットされ、よく似た楽曲スタイルでアダルト・トップ40チャートで小ヒットとなった「Shimmer」を初め、衰退していくアメリカの地方都市の状況を16歳の少年の目から描き、いつかはここを出て行くんだ、とアコギ一本でトルバドゥール風に歌う「Ballad Of Billy Jo McKay」や同じくアコギ一本で亡き友を歌ったと思われる「Patrick’s Song」、もう15年も電車に乗り続けて旅する37歳の男がもう長いこと海の塩の匂いを嗅いでないから、といってオレゴン州の海岸に来て、同じようにヴァンの乗って町から町にコーヒー・ハウス・ギグのギャラとチップでその日その日を過ごしているミュージシャンと会う、というストーリーを淡々と歌う「Twin Rocks, Oregon」などなど、歌詞カードを見ながら彼の楽曲を聴くと、本当に目の前に映画のような映像がヴィヴィッドに浮かび上がって来ます。

このアルバムのもう一つのハイライトは、クリス・クリストファーソンの「Sunday Mornin’ Comin’ Down」のカバー。エルヴィスを初め多くのアーティストにカバーされたクリスのこの有名なスワンプ・バラードをクリス直系だけあってショーンは見事に自分のものとして歌いきっています。

このシングルとアルバムのブレイクで一躍注目を浴びたかに見えたショーンでしたが、続く『Beneath The Velvet Sun』(2000)も同様にビジュアルなイメージを想起する質の高い楽曲満載の意欲作だったにもかかわらずチャートインすらせず、この後しばらくソロ活動をお休み。その間、2002年には同じく90年代を代表するシンガーソングライター、マシュー・スイートとオルタナ・フォーク・ロック・シンガーのピーター・ドロウジとスーパー・バンド、ソーンズ(Thorns)を結成。素晴らしいアコースティック・ロック・アルバム『The Thorns』(2003)をリリースして、一部に高い評価を得ましたが、広く知られるまでには至っていません。その後2006年以降は『9th Ward Pickin Parlor』(2006)、『Honeydew』(2008)、『Light You Up』(2010)、そして最新の『My Stupid Heart』(2015)と質の高い作品を地道にリリースしているようです。

桜の季節になった今、歌詞の想起するイメージに身を任せながら、ショーンの心にしみるようなアコースティック・サウンドと味のあるボーカルによる楽曲をじっくり楽しんでみてはいかがでしょうか。

 <チャートデータ> 

ビルボード誌全米アルバムチャート最高位54位(1998.11.28付)


新旧お宝アルバム!#78「Made Of」Elviin (2014)

2017-03-13

2017.3.13

新旧お宝アルバム #78

Made OfElviin (VAA, 2014)

先週一週間は日々暖かくなりかけていた気温が一歩また冬に戻ったような肌寒い日々でしたが、週末はどちらもカラリと晴れて日曜日に立ち寄った吉祥寺の井の頭公園の桜の木々のつぼみも心なしかかなり色づいて来ている様子。まだまだしばらくは一進一退の気候が続くようですが、確かな春の足音を感じた週末でした。

今週の「新旧お宝アルバム!」は比較的最近のアルバムの順番ですが、そうした春がそこまで来ているという気分にぴったりな、アコースティックで、グルーヴィーで、聴くだけで楽しくなってしまうほど洒脱なポップセンスに溢れる、南ロンドン出身のR&Bシンガーソングライター、エルヴィーンことエルヴィン・スミスの多分オフィシャル・アルバムとしては唯一の作品、『Made Of』(2014)をご紹介します。

自分がこのエルヴィーンというアーティスト、このアルバムと出会ったのはちょうど3年前の今頃、やはりこれから春本番、という時期でした。タワーレコードの試聴コーナーで「何かよさげなアルバムはないかなあ」と思いながらいろいろなCDを聴いていたのですが、この白地にポップな感じのアートセンスで描かれたアーティストの肖像のジャケット(よーく見ると様々な色とサイズのボタンが並べられて描かれたという素敵なジャケットでした)に目を引かれ、POPでも「イチオシ!」とあったので聴いてみたところ、目の前を一気に明るくして、春に本当にふさわしいポップなセンスに溢れた、それでいて陳腐さとか甘ったるさとかいったものとは無縁な、うるさ方の洋楽ファンでもきっと気に入って頂けるようなサウンドに一発でやられてしまい、購入。以来この時期になると引っ張り出してきてプレイする、愛聴盤となっています。

このアルバムは2008年にロサンゼルスのサウンド・ファクトリー・スタジオで録音され、ベックの『Midnight Vultures』(1999)や『Guero』(2005)、ベル&セバスチャン、フォスター・ザ・ピープルといったオルタナティヴ系の作品プロデュースで知られるアメリカ人のトニー・ホッファーのプロデュースで制作されたのですが、なぜか英米でのアルバムリリースはUKのマイナー・レーベル、Clicks ‘n’ Clapsから行われただけで、大きな反響も得られず(実際WikiAllmusicDiscogsなど英米系の音楽データベースではこの作品についてのデータは存在していないようです)、2014年に日本で独自にリリースされたようなのです。

でも、このサウンドは日本のファンだけに聴かせておくのは本当にもったいない、そんな宝箱のようなキラキラした輝きがどの曲からも感じられる珠玉の一品。ヴァージンレコードと契約した2008年当時は、UKの音楽メディアではスタイル・カウンシルに比べられたり、「UKのジョン・レジェンド」という評価を得ていたようですが、自分が聴いた感じではエルヴィーンのサウンドはこうしたアーティスト達と比べて遙かに湿っぽさが少ない、カラリとした青空を想起するようなサウンドなのです。

むしろ自分が想起したのはベン・フォールズや、以前この「新旧お宝アルバム!」でもご紹介したあの山下達郎氏が敬愛するというフィフス・アヴェニュー・バンド。元来ピアニストだというエルヴィーンの作り出す曲はピアノがそのサウンドの中核を支えている、洗練されたコード進行の曲が多いのと、それでいてリズムセクションが際だっていて、印象的なアレンジの楽曲が素晴らしく、ボーカルもR&Bシンガーながらいわゆる「黒っぽさ」よりも、地声とファルセットを自由自在に行き来する洒脱なボーカルワークが素晴らしいあたりもそういう印象を強く持たせる理由でしょうか。エルヴィーン自身、両親が西インド諸島のセント・ルシア出身だという出自がこうした乾いたポップセンスを持つ背景にあるかもしれません。

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爽やかなピアノリフと力強いに乗ったエルヴィーンのボーカルを分厚いコーラスがバックアップする冒頭の「In Colour」、歌詞に「パリでも東京でも君を好きなところに連れて行くよ」と出てくるのが受けたか、J-Waveのカウントダウンにもランクインした、こちらもリズム隊とピアノとコーラスが一体となった「Good Books」、もろフィフス・アヴェニュー・バンドや70年代初頭のバーバンク・サウンドを思わせるフィール・グッドな「The Sun And I」、アコースティックなナンバーの中で唯一、控えめながらシンセサイザーの打ち込みが効果的に使われている(でも曲調は70年代初頭のグルーヴィー・ポップ・マナーでベン・フォールズを彷彿させる)「Rise」などなど、アルバム前半は正に珠玉の楽曲が詰まっています。

後半、「That Road」「The Clock」のようにやや陰りのあるメロディの曲でもやはりフィール・グッドなポップさは変わりません。後者は珍しくピアノの代わりにフェンダー・ローズを使ったバラードですがこれがまた楽曲のドリーミーなポップさによくマッチしています。ピアノをパーカッシヴに駆使してドカスカ・ドラムとの共演で聴かせる「Control」はこのアルバムで最もベンフォールズを思わせるナンバー。その他夢見るようなメロディの「Human Nature」やピアノとエルヴィーンの繊細なボーカルだけでしっとり聴かせる「Subtitles」など、最後までアルバムを彩る楽曲群の安定したクオリティの高さは素晴らしく、この作品が英米で陽の目を見なかったことが信じられないくらいです。

こうした楽曲全13曲はすべてエルヴィーンの自作自演。そしてこのアルバムがUKでリリースされた2008年には、彼は当時デビューアルバム『19』(2008)でセンセーショナルにデビューしたアデルの最初のUKツアーのメインのサポーティング・アクトに抜擢。当時多くの聴衆にパフォーマンスを届けていたのですが、この素晴らしい作品が商業的にはブレイクに至らなかったためか、その後彼は音楽マネジメントの道に進むことになります。

そして彼が2012年にマネージャーとして仕事を始めた相手があのサム・スミスエルヴィンサムと再会した時、二人は2008年のアデル・ツアーの際に最前列でアデルを見ていたサムエルヴィンが当時会話を交わしたことを思い出したのです。何という巡り合わせ。

そしてサム・スミスの3人目のマネージャーとなったエルヴィンは、グラミー賞ブリット・アウォードを総ナメにしたサムのデビューアルバム『In The Lonely Hour』(2014)に収録された、サムの3曲目の全英ナンバーワンヒットとなった「Lay Me Down」を友人のソングライター、ジミー・ネイプスと共作し、晴れて音楽ビジネスでの成功をサムと一緒に味わったのでした。

長い苦労の末にサム・スミスの成功でやっと陽の目を見たエルヴィンの才能、そしてそれと時を同じくして彼の最初のアルバムであるこの『Made Of』が日本でリリースされたことには、何やら運命的なものを感じざるを得ません。

春が目の前まで来ているこの季節、エルヴィーンの素晴らしい楽曲に溢れたこのアルバムを是非手に入れて、耳を傾けてみて下さい。

<チャートデータ> チャートインせず


新旧お宝アルバム!#77 追悼〜「Just A Stone’s Throw Away」Valerie Carter (1977)

2017-03-06

2017.3.6

新旧お宝アルバム #77

Just A Stone’s Throw AwayValerie Carter (Columbia, 1977)

日々少しずつ暖かくなる今日この頃、梅も盛りを過ぎ、もう少しすると桜の季節に突入しそうなそんな春爛漫に向かう感じで、思わず気持ちも軽くなり、いろいろな音楽を聴きたくなるそんな季節になってきました。

そんな明るい気持ちになる季節、残念ながらこの週末にまた悲しい知らせが。70年代にフォーク・ロック・トリオのハウディ・ムーンのメンバーとしてシーンに登場、70年後半以降何枚かのソロアルバムを出しながら、数々のポップ・ロック系の作品のバックを固めるセッション・バックアップ・ボーカリストとして活躍したヴァレリー・カーターの訃報に愕然とした古くからのファンの方も多いと思います。彼女は、あのスティーヴ・ウィンウッドの1987年の大ヒット曲「Valerie」にもその素晴らしさを歌われた多くのミュージシャンからの敬愛を集めたボーカリストでした。

その彼女を追悼しつつ、まだ彼女の素晴らしい歌声に触れていないかもしれない若い洋楽ファンの皆さんに是非彼女の素晴らしさを知ってもらいたくて、今週の「新旧お宝アルバム!」は彼女のソロ・デビュー作『Just A Stone’s Throw Away』(1977)をご紹介することにしました。

既に古くからのウェスト・コースト・ロック・ファンや、AORファンの皆さんの間ではその美しくも時にはソウルフルで力強いヴォーカルの魅力で広く人気のあったヴァレリー・カーターのキャリアの始まりは、上述のようにLAの有名ライヴハウスである「トルバドゥール」での、ハウディ・ムーンのメンバーとしてのライヴと、それに続くアルバム『Howdy Moon』(1974)のリリースでした。ハウディ・ムーンは、彼女の他に以前#63でご紹介したフィフス・アヴェニュー・バンドのギタリストだったジョン・リンドと同じくギタリストのリチャード・ホヴェイの3人組。後にヴァレリーのメンター(導師)となり、彼女を70年代カリフォルニアのミュージック・シーンに導いていくこととなるリトル・フィートローウェル・ジョージのプロデュースによるアルバムは残念ながら商業的にはブレイクしませんでしたが、ヴァレリーはこのアルバムに参加したリトル・フィートのメンバーやアンドリュー・ゴールド、ジョン・セバスチャン、後のトトのメンバー、デヴィッド・ペイチジム・ケルトナー、チャック・レイニーといった当時のカリフォルニア音楽シーンを代表するミュージシャン達との交流を深めていきました。

そしてその間ジェームス・テイラーのアルバム『Gorilla』(1975)『In The Pocket』(1976)といったアルバムのバックコーラスや、リンダ・ロンシュタット、ジャクソン・ブラウンといったウェスト・コーストの大物ミュージシャンのツアーに参加するなどしてシーンでの確かな存在感を高めていったのです。

1977年にローウェルの導きでリリースした、今日紹介する初ソロアルバムは、収録された楽曲のスタイルといい、バックを固める当時のカリフォルニア音楽シーンを代表するそうそうたるミュージシャンのプレイといい、彼女の可憐なポートレートをあしらったジャケットといい、いずれもヴォーカリスト、ヴァレリーの魅力を最大限に発揮するに充分な出来です。

何しろ、一曲目、70年代初頭のR&Bボーカル・グループ、ファイヴ・ステアステップスの大ヒットバラード「Ooh Child」のカバーからして、冒頭のエレピのイントロからヴァレリーの透き通ったような美しいボーカルがふわっと立ち上がってくるあたりの素晴らしさに、初めてこのアルバムを聴いた当時(自分は高校生でしたw)震えるような感動を覚えたものです。そして他の曲にも言えることですが、単に歌声が美しいだけでなく、原曲のR&Bテイストを絶妙に表現するそこはかとないソウルフルさも持ち合わせているのがヴァレリーのヴォーカルの独特な魅力です。この曲、アルバムの「つかみ」としては絶妙で、プロデューサーのジョージ・マッセンバーグやアルバム制作に深く関わったであろうローウェルの細心の気配りが感じられるオープニングです。

自作の「Ringing Doorbells In The Rain」は引き続き高音域では美しいヴィヴラート、中低音域ではぐっとソウルフルな発声でグルーヴを生み出すレンジの広いボーカルでやはりヴァレリー独特の魅力満点のちょっとゆるいファンク気味のスタイルの楽曲。続くローウェルの曲「Heartache」はオーケストラとピアノを配してしっとりと失恋の哀愁を歌うバラードで、バックにリンダ・ロンシュタットと思しきコーラスが寄り添う楽曲。そしてローウェルと、ハウディ・ムーンのアルバムにも参加していた元ラヴィン・スプーンフルジョン・セバスチャンのペンによる「Face Of Appalachia」は、ジョンの1974年のアルバム『Tarzana Kid』にも収録されていた、バンジョーの音色が郷愁を誘うフォーキッシュなナンバー。嫌みのないそれでいて巧みなボーカルテクニックを披露してくれるヴァレリーのパフォーマンスは、こうしたシンプルなアレンジな曲で最高に映えます。

そしてLPでいうとA面最後の「So, So Happy」はアース・ウィンド&ファイアエモーションズ、アニタ・ベイカーといった70~80年代メインストリームのR&Bアーティストの数々のプロデュースで知られるスキップ・スカボローの作による、ミディアムテンポのウキウキするようなナンバー。元々ハウディ・ムーンの盟友だったジョン・リンドが後にEW&Fの「Boogie Wonderland」の共作者となった人脈によると思われるスキップの曲と、バックのホーンはEW&Fのメンバーだと思われますが、前述のように美しい歌声の中にソウルフルさを内包するヴァレリーのボーカルのまた別の魅力を引き出しています。

LPでいうとB面の冒頭のアルバムタイトル・ナンバー「A Stone’s Throw Away」はこれもこの新旧お宝アルバム!#45でご紹介したバーバラ・キースと夫のダグ・ティブルスの作品で、紹介した彼女のアルバムにも収録されていた、ゴスペル・スワンプ調のソウルフルなグルーヴ満点の曲。バーバラのバージョンに比べるとやや小綺麗な感じのアレンジになっていますが、中盤以降でヴァレリーが聴かせるゴスペル調の力強いボーカルはここでも彼女のボーカリストとしてのレンジの広さを証明してくれます。今回の訃報に当たってツイッターでフォーク・シンガーのショーン・コルヴィン曰く「最初彼女の歌を聴いた時、唯々彼女のように歌いたいと思って努力したけど、誰も彼女のように歌うことは出来ないのよ」。まさしく唯一無二のヴァレリーのボーカルの真骨頂を感じさせるナンバーです。

再びローウェルヴァレリーの共作によるしっとりとしたバラード「Cowboy Angel」に続いて、故モーリス・ホワイト以下EW&Fのメンバーのペンによる作品で、彼らの演奏とホーンセクションをバックにパフォームされる、都会的なファンク・ナンバー「City Lights」が意表を突いて登場。アースのアルバムに入っていても全然おかしくないこのナンバー、ハーモニー・ボーカルを付けているモーリスヴァレリーのボーカルが見事に一体となったグルーヴを生み出していて、ここでもまたヴァレリーの多才さが発揮されています。

そしてアルバム最後「Back To Blue Some More」はローウェル、ヴァレリー、そしてリトル・フィートのキーボードのビル・ペインの作品。前の曲の都会的なテイストを引き継いで、こちらは都会の夜を思わせるようなジャジーな楽曲をヴァレリーが洒脱にしっとりと歌い上げてラストを締めます。

残念ながら本作も、そしてこのアルバムに続いてトトのメンバーをバックにリリースした2枚目の『Wild Child』(1978)も商業的な成功には至らず、この後ヴァレリーはセッション・シンガーとしてのキャリアを継続することに。クリストファー・クロスの大ヒット作『南から来た男(Christopher Cross)』(1980)を初めとしてニコレット・ラーソンNicolette』(1978)、ドン・ヘンリーThe End Of The Innocence』(1989)、ジャクソン・ブラウンLooking East』(1996)と様々なアルバムで活躍する一方、『The Way It Is』(1996)、『Find A River (EP)』(1998)、『Midnight Over Honey River』(2004)と自分の作品もリリースしていましたが、2000年代に入って思うような活躍が出来ないストレスからか、薬物依存となり一線から姿を消してしまいました。2009年に薬物不法所持によって逮捕されるというニュースは昔からのファンや、彼女を敬愛するアーティスト達の心を痛めたのです。

しかしデビュー以来彼女の才能を認めて自らの数々のアルバムやツアーに起用し続けてきたジェイムス・テイラーのサポートもあり、2011年には薬物依存症治療プログラムを無事完了したという明るいニュースが伝わってきていて、これから少しずつまたあの素晴らしい歌声を聴かせてくれるという期待を持たせてくれていたのですが、今回の訃報は本当に残念です。まだ64歳と若かった彼女の死亡の原因はまだ詳細が伝わってきていませんが、唯々冥福を祈るのみ。

春がもうすぐそこまできている今、改めてヴァレリーの美しくも表現力豊かなボーカル・パフォーマンスが堪能できるこのアルバム、2005年にソニーミュージックさんがCD再発してくれていて、比較的手に入りやすいと思いますので、是非一人でも多くの人に聴いていただきたいな、と心から思うことしきりです。

 <チャートデータ>

ビルボード誌全米アルバムチャート最高位182位(1977.4.30付)


新旧お宝アルバム!#76「But You Caint Use My Phone」Erykah Badu (2015)

2017-02-27

2017.2.27

新旧お宝アルバム #76

But You Caint Use My PhoneErykah Badu (Control Freaq / Motown, 2015)

ここ数日は春一番だか二番だか知りませんが、春の到来を告げる強い風が吹いたり、雨が降ったりしながら日々少ーしずつですが春に近づいているような気がしますね。うちの庭の河津桜や、近所のおうちの梅の木がもう満開になってきていて、春はもうそこのようです。

さて、今週の「新旧お宝アルバム!」は最近のアルバムのご紹介ということで、5年間の活動休止期間を経て久々の作品をミックステープという形で発表した、今やベテランのR&Bシンガー、エリカ・バドゥの6枚目のアルバム『But You Caint Use My Phone』(2015)をご紹介します。

エリカ・バドゥといえば、ローリン・ヒルらと共に1990年代のヒップホップのルネッサンス的隆盛時に「オーガニック・ソウル」と言われた70年代ソウルに回帰したスタイルのR&Bシンガーとして、大いに人気を集めたR&Bシンガーソングライターですよね。デビュー作『Baduizm』(1997)、2作目『Mama’s Gun』(2000)による鮮烈なシーンへの登場、「On & On」(1996年最高位12位)や「Bag Lady」(2000年最高位6位)といったポップ・チャートでの大ヒットもあり、90年代後半のR&Bシーンを代表するアーティストの一人として存在感ある活動をしていたエリカですが、2010年のアルバム『New Amerykah Part Two (Return Of The Ankh)』発表後はロバート・グラスパージャネル・モネイなど他のアーティスト作品への客演以外は、特筆すべき活動を行っていませんでした。その間、アフリカで新しいアルバムに取り組んでいる、という噂はあったものの5年間が経過。

そんな中、2015年10月にエリカがサウンドクラウドを通じてネットにリリースしたのが、その年の後半にヒップホップ・シーンのみならずポップ・チャートでも大ヒットとなったドレイクの「Hotline Bling」のリミックス・トラック。それに続いてデジタル・ダウンロードとストリーミングのみの形でiTunes / アップル・ミュージックにリリースされたミックステープが今回ご紹介する『But You Caint Use My Phone』です。

そのタイトルからも分かるように、このミックステープのテーマは「電話」。それも今時のスマホや携帯電話というよりも、昔ながらのプッシュ式電話にかかわる様々な情景やドラマをイメージしたようなサウンドコラージュや効果音や、電話に関する過去の様々な楽曲のサンプリングや歌い直しをふんだんに含む楽曲が並ぶ、いわばコンセプト・ミックステープになっています。エリカを模したと思われるジャケのイラストの女性も千手観音のように無数に生えた手にそれぞれ異なるタイプの電話を手にしている、というポップなデザイン。

オープニングからして電話の話し中のシグナルからタイトルフレーズを繰り返すエリカの歌声が繰り返される「Caint Use My Phone (Suite)」。この曲も含めてこの作品の楽曲はいずれも極めてシンプルなフレーズとメロディ、そして各種効果音の繰り返しで一貫していて、通常のAメロ、Bメロ、ブリッジといった展開をする楽曲はほとんどありません。しかしそうしたシンプルなメロディ・フレーズの繰り返しと、今時のR&B的な残響たっぷりの音像と、タイトなドラム・サウンド(これを彼女は最近のトラップ・ラップの名前をもじって「TRap &B」と呼んでいるようです)、そしてエリカの神秘的な歌声がアルバム全体の不思議なグルーヴ感を生み出していて、それがこの作品の最大の魅力になっています。

冒頭のタイトル曲に続いて、ひたすら「Hello Hello, Hey Hello Hello」とエリカが誰かに呼びかけるようなわずか30秒の「Hi」から、ミニマルなサウンドの「Cel U Lar Device」に突入。本作のリリースのきっかけとなったのはエリカによるドレイクの「Hotline Bling」のリミックスですが、ここでもメインメロディにまんま「Hotline Bing」のフレーズが歌われるというまあ言ってみれば本歌取りをした自分のリミックスの返歌みたいな作品。ポップヒットとしてあちこちで本当によく聴かれたフレーズとメロディで一気にエリカの世界に持って行かれるのが不思議な感覚です。

今回のこの作品は、エリカの地元であるテキサス州ダラスの若きヒップホップ・プロデューサーであるザック・ウィットネスエリカの共同プロデュースであり、こうした今風のヒップホップR&Bサウンドを強く感じさせる音像構成についてもエリカだけではなく、エリカとは親子くらい年の違うザックの貢献度は高いのでしょう。続く「Phone Down」などは正にそういう作品。この曲も基本的に残響バックグラウンドにタイトなドラム、Aメロの反復だけで終始するエリカの夢見るようなボーカル、という道具立てで何とも言えないグルーヴを作りだしています。

ItsRoutineという無名のラッパーをフィーチャーしたリズムボックス・ヒップホップといった感じの「U Use To Call Me」に続いて聞こえてくるのは80年代R&Bファンには懐かしい、あのニュー・エディションの「Mr. Telephone Man」のフレーズ。ここもあの曲のサビの2ラインのフレーズだけを、ドラムビートと夢見るような音像をバックにエリカが延々と口ずさむ、というスタイルです。

アルバムはリズムボックスビートをバックにアッシャーの大ヒット曲のフレーズをエリカが歌い直す「U Don’t Have To Call」から、再びItsRoutineをフィーチャーした「What’s Yo Phone Number / Telephone (Ghost Of Screw Mix)」、そしてアフリカ・バンバータあたりのエレクトロ・ファンク的意匠満点なトラックに乗ってコンピューターの人工知能がしゃべってるような男女の声が淡々と歌う「Dial’ Afreeq」(エジプシャン・ラヴァーことグレッグ・ブロサードの80年代のエレクトロ・ヒップホップ曲のフレーズをサンプル)と、アルバム後半は様々なスタイルの音像をバックにエリカが縦横無尽のグルーヴを展開。

そして、ドレイクの「Hotline Bling」のサンプル元としても使われたティミー・トーマスの「Why Can’t We Live Together」のリズムボックスビートをバックに、またしても催眠効果を持つエリカのボーカルでタイトルフレーズが延々と歌われる1分半の「I’ll Call U Back」を経て、アルバム最後の「Hello」では、冒頭の「Hi」と同じフレーズでエリカの歌う「Hello Hello…」という呼びかけに応えるようにラップするのは、エリカの以前の夫でもあるアウトキャストアンドレ3000。最初はエリカの「Hello Hello…」という歌声とアンドレの「I don’t know I don’t know」というラップフレーズが交錯していたのが、途中からエリカの歌うトッド・ラングレンの(というか、ここではそれをカバーしたアイズレー・ブラザーズのバージョンを模したというべきかも)「Hello It’s Me」にアンドレもラップではなく歌で応え始めるという展開。最後は元夫婦の二人が仲むつまじくコーラスを付けながらデュエットする歌声がフェイドアウトするのが何ともほっこりした印象を残してくれます。

この作品については、上述の通りどのトラックも楽曲としては完成形というよりはフレーズやメロディのループに毛が生えたくらいの構成のものがほとんどなので、アルバムとして捉えるには不十分ということであまり高く評価しない音楽メディアもあるようですが、共同プロデュースのザックが作り出す、エリカ言うところの「TRap & B」トラックに乗って彼女のドリーミーな歌声が絡んでいくことによって他のアーティストではなかなか出せないグルーヴ感が生まれていて、それだけでも個人的にはこの作品を高く評価したいと思っています。

あなたもこの作品でエリカならではのグルーヴに身を任せて、極上のR&B体験をしてみませんか?

<チャートデータ> 

ビルボード誌全米アルバムチャート 最高位14位(2015.12.19付)

同全米R&B/ヒップホップアルバムチャート 最高位2位(2015.12.19付)


新旧お宝アルバム!#75「Wrecking Ball」Emmylou Harris (1995)

2017-02-20

2017.2.20

新旧お宝アルバム #75

Wrecking BallEmmylou Harris (Asylum, 1995)

先週の今頃は第59回グラミー賞の発表で大いに盛り上がってましたが、蓋を開けてみればアデルチャンス・ザ・ラッパーが主要賞をそれぞれガッチリ獲得した今年のグラミーでした。個人的にはこのコラムでもご紹介したアンダーソン・パークKINGにも何か受賞して欲しかったのですが、でもチャンスの新人賞とラップ・パフォーマンス部門、ラップ・アルバム部門の獲得は、彼のアルバムがストリーミング・オンリーということを考えると大きな「事件」であったことは間違いないところ。一方既に来年のグラミー賞候補の予想も取りざたされていて、ブルーノ・マーズ、ローリング・ストーンズ、ア・トライブ・コールド・クエスト、ソランジェ、そしてもうすぐリリースされるエド・シーランのアルバムやレディ・ガガのシングル曲あたりは来年のグラミー候補は少なくとも堅いところではないかと思っています。来年もブログで予想頑張ってやりますのでよろしくお願いします。

さて今週の「新旧お宝アルバム!」は少し古めのアルバムをご紹介する順番。今回は少し古いといっても90年代後半とまあ比較的最近の時期に、それまでも長いキャリアを誇っていたエミルー・ハリスが、自らのキャリアを見事に再定義した画期的な作品ながら、日本の洋楽ファンの間で語られることの少ない傑作、『Wrecking Ball』をご紹介します。

皆さんはエミルー・ハリスというアーティストについて、どのようなイメージを持たれているでしょうか?バックグラウンドがカントリー・ミュージックであることや、カントリー・シーンではいざ知らず、ポップ・フィールドでこれといったヒット曲もあまり持ち合わせいないことから、熱心なカントリー/カントリー・ロックのファン以外の日本の洋楽ファンに取ってはハッキリ言って残念ながら馴染みの薄いアーティストではないかと思います。

しかし彼女は、古くは60年代後半にバーズフライング・ブリトー・ブラザーズといった歴史に名を残すカントリー・ロック・バンドのメンバーで、後のイーグルスらに大きな影響を与えた伝説のカントリー・ロッカー、グラム・パーソンズの遺作(彼は26歳で薬物中毒で死亡)『Grievous Angel』(1974)でのグラムとの共演を事実上キャリアの振り出しに、70年代は様々なジャンルの曲をカバーしたアルバムをリリース、ただのカントリー・アーティストの範疇に止まらない活動でシーンでの高い評価を獲得して、ザ・バンドの解散コンサートである『The Last Waltz』(1978)にも参加。80年代にはドリー・パートン、リンダ・ロンシュタットとの『Trio』(1987)でグラミー賞最優秀アルバム部門にノミネートされるなど、ポップ・フィールドでも存在感を示し、90年代以降は今回ご紹介する『Wrecking Ball』や、元ダイア・ストレイツマーク・ノップラーとの共演などで大きくロック的方向に自らを再定義して数々の高い評価を得た作品を発表。69歳の現在もコンスタントに質の高いアルバムを発表し続けて、半世紀にも及ぶキャリアを見事に発展させ続けてきている、そんなアーティストなのです。

そんな彼女が『Trio』の後、カントリーのみならずポップ・ロック・アーティスト達のカバー曲をカントリー的アプローチで聴かせる、という従来のスタイルで何作かの意欲作を放つものの、商業的に振るわずシーンでも今ひとつ輝きを失っていた時期がありました。その時、エミルーが活路を見いだすべく、自らのスタイルを転換するために起用したのが、80年代にその独特の音響的、浮遊感満点のサウンド・プロダクションでU2の『ヨシュア・トリー(Joshua Tree)』(1987)などの仕事で名を挙げたダニエル・ラノワ

彼のサウンド・プロダクションと、エミルーの幻想的と言ってもいい、浮遊感と取り憑かれたような哀愁に充ち満ちたボーカルとの組み合わせは、見事にこのアルバムでマジックを実現しています。

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本作を通して参加したU2のドラマー、ラリー・ミューレンJr.の、セカンド・ラインを思わせるストイックなタム・ロールをバックに歌うエミルーの歌がまるでアイリッシュのフォークロアのような雰囲気を醸し出している「Where Will I Be?」で始まるこのアルバム、正に自分の向かっている方向性を探っているかのようなエミルーの歌声が不思議な緊張感を演出。この曲も含めてアルバムを一貫して聴かれるのは、控えめな音数ながら陰りのある、それでいて夢想的な浮遊感満点の音響的雰囲気による楽曲の数々です。

しかもその大半は、従来のエミルー作品の特徴でもある、幅広いアーティスト達による様々なスタイルの楽曲たち。本作にもバックで参加しているニール・ヤング作のタイトル曲、ボブ・ディラン1981年のどちらかというとマイナーなアルバム『Shot Of Love』からのナンバー「Every Grain Of Sand」、カナダの個性的なフォーク・シンガーソングライター、アナ・マッギャリグルの「Goin’ Back To Harlan」、90年代のオルタナ・カントリー・ロック・ムーヴメントの火付け役となったギタリスト、スティーヴ・アールの「Goodbye」、この後自らも名盤『Car Wheels On A Gravel Road』(1998)でオルタナ・カントリー界を代表するアーティストとしてブレイクするルシンダ・ウィリアムスの「Sweet Old World」、そして何とあのジミヘンの『Are You Experienced?』(1967)所収の楽曲を大胆にエミルー風にアレンジした「May This Be Love」などなど、そのカバー曲の選曲の幅広さと多様性には感服するばかり。

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そして更に刮目すべきは、それらの多様なアーティスト達による様々な楽曲が、ダニエル・ラノワのサウンドとエミルーの歌によって作り出される高揚感と見事に一体化した出来になっていて、あたかもこれらがもともとエミルーの曲であったかのような強いイメージを作りだしていることです。

このアルバムのエンディングは、オープニング同様、ラリー・ミューレンJr.のストイックなドラミングが強い印象を残す、エミルー自身と彼女の長年の盟友ロドニー・クロウェルのペンによる「Waltz Across Texas Tonight」。まるで無駄をそぎ落とした演出で淡々とプレイされた演劇か映画を見終わった後のような静かな感動を残して、アルバムは終わります。

このアルバムは、エミルーのキャリアを全く新しいアプローチで定義し直した作品としてシーンでも高く評価され、その年のアメリカ各音楽誌の年間アルバム・ランキングの上位にリストアップされた他、翌年のグラミー賞最優秀コンテンポラリー・フォーク部門を受賞するなど、停滞していたエミルーのキャリアを大きく押し上げる作品ともなりました。

またこの作品の後、それまでほとんど他人の楽曲のみを歌ってきたエミルーが積極的に自ら曲作りに取り組むようになり、リンダ・ロンシュタットとのデュエット・アルバム『Western Wall: The Tucson Sessions』(1999)では3曲、そして『Red Dirt Girl』(2000)では何と12曲中1曲を除く全曲、『Stumble Into Grace』(2003)でも11曲中10曲を自作曲で埋めるなど、この後もアーティストとしての更なる大きな進化を遂げています。

最近では、この頃ほどの迫力ある作品作りではないものの、盟友ロドニー・クロウェルと『Old Yellow Moon』(2013)および『The Traveling Kind』(2015)の2枚のコラボ作を発表、コンスタントな活動を続けています。

漆黒の長い髪が神秘的だった20代30代の頃のエミルーの髪の毛は今やプラチナ・シルバーですが、年齢を重ねて更にその美しさと気高さは円熟味を増していますし、何かに取り憑かれたような、澄み切った美しい歌声も変わりありません。おそらく自分は今後もリリースされるであろうエミルーの作品を聴き続けていくと思いますし、そうして一生付き合う価値あるアーティストだと思います。その彼女の大きな転換策となったこの素晴らしいアルバムを是非一度お聴きになって頂ければこんなに嬉しいことはありません。

 <チャートデータ> 

ビルボード誌全米アルバムチャート最高位94位(1995.10.14付)


新旧お宝アルバム!グラミー記念 #74「Velvet Portraits」Terrace Martin (2016)

2017-02-13

2017.2.13

新旧お宝アルバム #74

Velvet PortraitsTerrace Martin (Sounds Of Crenshaw / Ropeadope, 2016)

ここのところ、グラミー賞を前にして各部門大予想のブログ執筆でお休みしていたこのコラム、いよいよそのグラミー賞授賞式もこれがアップされる頃にはあと1時間ちょっとに迫っている中、2週間ぶりに「新旧お宝アルバム!」お届けします。今年も41部門の予想をブログにアップしてますが、今週の水曜日にはその結果をああでもない、こうでもないとトークするイベントにもお邪魔することになり、なかなか今年のグラミー賞予想は気合いが入っております。昨年は本命◎対抗○で8割を超す的中率を決めていますが、さて今年はどのくらい当たるものか?

また、今年のグラミー賞プリンスジョージ・マイケルのトリビュート・パフォーマンスを核に、様々なアーティスト達のパフォーマンスも予定されており、こちらの方も楽しみにされてる方も多いのでは。

ということで今週の「新旧お宝アルバム!」はその今年の第59回グラミー賞最優秀R&Bアルバム部門にノミネートされている、新進気鋭のR&B系プロデューサーでありマルチ・インストゥルメント・ミュージシャン、テラス・マーティンの6枚目のアルバムとなる『Velvet Portraits』をご紹介します。

Terrace Martin_Velvet Portraits

2016年はとにかくブラック・ミュージック豊作の年。中でもケンドリック・ラマーの『To Pimp A Butterfly』(2015)はシーンの震源地の一つとしてR&B、ヒップホップ、ロック、ジャズなど様々なシーンで新しいアーティスト達のブレイクを演出しました。もう一人のR&Bシーンの重要人物として昨年2枚のアルバムをリリースしたロバート・グラスパー、このアルバムでの客演で一気にブレイクしたジャズ・サックス奏者のカマシ・ワシントン、このアルバムでの客演を踏まえて今月リリースの新作が好評なサンダーキャットことスティーヴン・ブルーナーなどなど枚挙にいとまなし。

またそれ以外にもDr.ドレの『Compton』(2015)での客演を足がかりに去年大ブレイクしてグラミー賞最優秀新人賞にもノミネートのアンダーソン・パーク、ロバート・グラスパーの『Black Radio』(2012)に客演して今回グラミー最優秀アーバン・コンテンポラリー・アルバム部門ノミネートのKING、ヒップホップシーンでは、自分のレーベルからのミックステープリリースのみで最優秀新人賞およびラップ各部門にノミネートのチャンス・ザ・ラッパーなどなど、ブラック・ミュージック好きには昨年は至福の一年でした。

今日紹介するテラス・マーティンも、ご多分に漏れずケンドリック・ラマーの『To Pimp A Butterfly』がらみのアーティスト、しかもただのフィーチャー・アーティストではなく「King Kunta」「The Balcker The Berry」などアルバム中6曲のプロデューサーとしてあのアルバムのサウンドメイキングに深く関わったアーティストです。

ジャズ・ドラマーの父とシンガーの母に育てられたテラスは幼い頃からジャズやファンクを含む様々な音楽に囲まれ、自らも高校生の頃には学校のジャズ・バンドのリーダーを務めるなど早くからミュージシャンとしての実績を作り上げてきました。メインの楽器はサックスなどの管楽器ですが、キーボードやギター、ドラムスなど何でもこなすマルチ・インストゥルメンタリストで、そうした才能の多様性を反映して、作り出す音楽もR&B、ジャズ、ヒップホップ、クラシックといった様々なスタイルを内包したものです。

プロ・ミュージシャンとしてのスタートはスヌープ・ドッグの『R&G (Rhythm & Gangsta): The Masterpieces』(2004)のプロデュースで、自らの最初のアルバム『The Demo』(2010)も自分のラップをフィーチャーしていますが、今回のこのアルバムは『To Pimp A Butterfly』の経験がどう影響したのか一切ラップは含まず、R&Bやジャズなどの要素を前面に出した、とてもオーガニックでリラックスしたムードに包まれた作品です。

Terrace Martin in Los Angeles in March.

アルバムオープニングのタイトル曲はピアノのイントロにサックスの音色とクラシックの香りを持ったストリング・シンセのフレーズが絡むインストの小品。そこから70年代中盤のクルセイダーズあたりを彷彿とさせる、レイドバックしたジャズ・フュージョン・インストゥルメンタル曲「Valdez Off Crenshaw」で、あたかも週末の暖かい午後に友達が集まってジャムっているのをそのまま収録したかのような心地よさ。この曲、実はR&Bレジェンドのダニー・ハサウェイの曲「Valdez In The Country」のメロディ(オリジナルはエレピですがここではサックス)をメインテーマに、そこから楽曲展開しているといういわばR&B本歌取り的な作品。このあたりにテラスのミュージシャン経験の多様さと深さ、そして先達へのリスペクトを感じます。

続くトニー・トレジャーなる女性シンガーをフィーチャーした「Push」はウォーの作品を思わせるサウスLAファンク・スタイルの曲、そしてロバート・グラスパーの楽曲によく似たスタイルでボコーダーのボーカルをフィーチャーした「With You」と、次から次に様々な引き出しから楽曲を繰り出してくるアルバム構成に早くも「次は何が飛び出すのか」と期待が膨らみます。

次の「Curly Martin」は、自らの父の名前がタイトル。その父のドラムス、先ほど名前の出たロバート・グラスパーサンダーキャット兄弟をフィーチャーした、2010年代のR&Bジャズ、といった雰囲気のこちらもレイドバックした気持ちのいいナンバーです。テラス自身ボーカルを取り(ニーヨあたりを思わせるなかなかセクシーなボーカルです)、ティファニー・グーシェなる女性シンガーをフィーチャーした次の「Never Enough」は今風R&Bのど真ん中なバラード。このあたりからまたジャズからR&B・ファンク方面に路線を戻し、次の「Turkey Taco」はザップパーラメントといったブチブチ・ファンクの意匠を持ったスロウ・ファンクナンバー。懐かしのエモーションズがバックコーラスを添えています。そのエモーションズが引き続きバックを固め、テラスが歌う「Patiently Waiting」はスティーヴィー・ワンダーが歌うゴスペル曲、いった風情のソウルフルなバラード。

アルバム後半は「Tribe Called West」という明らかに有名ヒップホップ・グループを意識したジャズ・ヒップホップ的なナンバーに続いて、今回グラミー賞同部門で受賞を争うことになるレイラ・ハサウェイをメインボーカルにフィーチャーしたクールなR&Bナンバー「Oakland」、『To Pimp…』でも共演したサックスのカマシ・ワシントンと今様R&Bスタイルの女性シンガー、Rose Goldをフィーチャーしたまたまたロバート・グラスパー的ジャズR&Bの「Think Of You」、映画音楽のようなストリングをフィーチャーしてドラマチックにアルバムを締める「Mortal Man」などなど、テラスの音楽的多様性と様々な引き出しから異なったスタイルのグルーヴを次々に繰り出してくる楽曲の数々が不思議なアルバム全体のトータル感を保って終わります。

Velvet Portraits (Back)

R&Bのコアなファンの間では既に高い評価を受けているようなのですが、これだけの充実した作品がグラミーノミネートまではあまりメディアや音楽誌でも言及されることが少なかったのは不思議な感じがします。まあ冒頭に書いたように、おそらく2016年ブラック・ミュージック・シーンが豊作で、多くの話題作が次々に評判を呼んだことが原因の一つなのでしょう。今回のグラミー賞の最優秀R&Bアルバム部門でも、同じ部門にノミネートのレイラ・ハサウェイがおそらく取ってしまうのではと予想していますが、仮に今回グラミー受賞できなかったとしても、今後テラスが手がける素晴らしい作品はブラック・ミュージック・シーンにどんどん出てくるでしょうから、彼の作品や仕事に触れる機会は今後も多いことと思います。是非彼の名前を覚えておいて、今後のシーンでのさらなる活躍に期待しましょう。

<チャートデータ> チャートインなし


新旧お宝アルバム!#73「Tracy Nelson」Tracy Nelson (1974)

2017-01-23

2017.1.23

新旧お宝アルバム #73

Tracy NelsonTracy Nelson (Atlantic, 1974)

ワシントンDCに50万人を超える参加者が集結したウーマンズ・マーチなど、混乱のうちに執り行われたトランプ新米国大統領就任式から早数日、まだこれから新政権の下でアメリカがどういう方向に進むかははっきりしませんが、新大統領がどういう行動を今後取って行くのか、まずは見極めたいと思います。1月も早くも後半に突入、これから年度末に向けて何かと忙しい方も多いでしょうが、寒い日が続くここ最近、お互いに体調には充分気を付けて洋楽ライフを楽しみましょうね。

さて今週の「新旧お宝アルバム!」は旧アルバムをご紹介する番ですが、今回は1970年代前半にシーンに登場した多くのシンガーソングライター達の一人ながら、よりカントリー・フォーク系のブルースに根ざした作品を現在に至るまで発表し続け、最近ではブルースシーンへの貢献に対する評価も高い女性シンガーソングライター、トレイシー・ネルソンのソロデビュー作『Tracy Nelson』(1974)をご紹介します。

Tracy Nelson (Front)

このレコードのジャケットは、セピア色のトーンで描かれたトレイシーのポートレイト。裏ジャケはトレイシーがワンちゃんと一緒にニッコリと微笑んでいるもので、若々しさが故の魅力溢れるポートレイトになってます(この作品発表当時彼女は27歳)。

ところがアルバムオープニングの「Slow Fall」の歌い出しの第一声を聴くと、そのやや低めの力強いソウルフルなコントラルト・ヴォイスに「おおっ」と呟いてしまう、そんな意外性にいきなりのめり込んでしまう、このアルバムはそういうアルバム、そしてトレイシーはそういう魅力に溢れたシンガーです。

もともとキャリアのスタートが、1964年に当時住んでいたウィスコンシン州マディソンからほど近いシカゴで録音された、アコースティック・ベースのブルース・アルバム『Deep Are The Roots』という作品で、この時のバックには後にブルース界の大御所となるブルースハーピスト、チャーリー・マッスルホワイトがいたというから、最初から筋金入りのブルース・シンガーだったわけです。ただ彼女のキャリアはブルース一辺倒ではなく、60年代後半はサンフランシスコに移ってマザー・アースというカントリー・ロック・バンドを率いてフィルモア・ウェストに出演、ジェファーソン・エアプレインジャニス・ジョプリンと共演したり、1969年にはソロ名義で『Tracy Nelson Country』というカントリーアルバムをリリースしたりと、フォーク・カントリー中心の広いジャンルで活動を続けていました。

その彼女がマザー・アースと袂を分かってリリースした実質的に最初のソロアルバムがこの今回ご紹介する『Tracy Nelson』。プロデューサーにはサイモン&ガーファンクル、ボブ・ディラン、ジョニー・キャッシュらの大ヒットアルバムの数々を手がけた大御所、ボブ・ジョンストンを迎えて、ブルースやR&Bに強いアトランティック・レーベルからリリースしたこのアルバム、トレイシーの本気度みたいなものが感じられるアルバム。

その本気度は、前述の冒頭「Slow Fall」の力強いソウルフルな歌唱からも充分くみ取れるものです。続く「Love Has No Pride」は後にリンダ・ロンシュタットもアルバム『Don’t Cry Now』(1973)でカバーしたことで有名な、エリック・カズリビー・タイタスのペンによるカントリー・ロック・バラードの名曲。ここでもトレイシーメリー・クレイトンストーンズの「ギミー・シェルター」でのミック・ジャガーとのデュエットが有名な黒人女性シンガー)やジム・ギルストラップといった名うてのシンガー達のコーラスをバックに実に堂々としたソウルフルな歌声でこの曲を歌いきってます。

ジョー・コッカーマッド・ドッグ&イングリッシュメンにも参加して、後にキム・カーンズに「Bette Davis Eyes」の大ヒットを提供することになるドナ・ワイスのペンによるカントリー・バラード「Hold An Old Friend’s Hand」は、トレイシーの力強い歌声がゴスペル・シンガーのような風格。スワンプ風味たっぷりのフェンダー・ローズのイントロで、こちらも南部ゴスペル的なたたずまいで情感たっぷりに聴かせる「Rock Me In Your Cradle」でのトレイシーは若き頃のアレサ・フランクリンをちょっと思わせるような存在感も。この曲はプロデューサーのボブの作品。そしてLPでいうとA面ラストを飾るのは、ホーンセクションやバックコーラス隊をバックに、ベイエリアファンク・ナンバー風のアレンジで思いっきりソウルフルに聴かせるディランの「It Takes A Lot To Laugh, It Takes A Train To Cry」のカバーでこれが素晴らしい出来。ホーンアレンジはあのニューオーリンズの大御所、アラン・トゥーサンというのも納得。

後半のスタートは何とカントリーの大御所、ウィリー・ネルソンとのデュエットで、ハーモニー・ボーカルにリンダ・ロンシュタットという豪華な組み合わせでのカントリー・ナンバー「After The Fire Is Gone」。いやいやここでの朗々としたトレイシーのボーカルは明らかにウィリーを圧倒してます。この曲のパフォーマンスが素晴らしかったことは、1975年第17回グラミー賞最優秀カントリー・デュオ/グループ部門でこの曲がノミネートされたことでも明らか。

ビル・ウィザーズの「Lean On Me」のカバーに続いて、黒人女性ブルース・シンガーのアーマ・トーマス1964年の曲「I Wish Someone Would Care」のカバーとここはカバー攻撃ですが、彼女の抜群の歌唱力と声質の力強さからいって、やはり後者のアーマ・トーマスの曲のような、ゆったりとしたゴスペル・バラード風の曲で、より彼女のボーカルの魅力が発揮されている気がします。ちなみにトレイシーは後に1999年第41回グラミー賞最優秀コンテンプラリー・ブルース部門で、そのアーマ、そしてマーシャ・ボールとのトリオでの「Sing It!」がノミネートされることになります。

フェンダー・ローズの音色とバックのホーンセクションがスワンプ風味を盛り上げる「Lay Me Down Easy」に続いて、アルバムラストはトレイシー自らのペンによる、マザー・アース時代の曲のセルフカバー「Down So Low」。この曲もリンダが『風にさらわれた恋 (Hasten Down The Wind)』(1976)でカバーしていましたが、トレイシーのボーカルの魅力が十二分に発揮された、南部の教会で歌われているかのようなこの感動的なゴスペルナンバーでアルバムは幕を閉じます。

Tracy Nelson (Back)

こんなにソウルフルでビックリするくらい魅力的な歌唱パフォーマンス満載で、有名プロデューサーの素晴らしい仕事で作り上げられた作品ですが、残念ながらチャート的には芳しくなく、その後も1980年頃までコンスタントにアルバムを発表するも大きな商業的成功を得ることはできていません。

その後10年以上のブランクの後、1993年にブルーグラス系のレーベル、Rounderからリリースした『In The Here And Now』で復活したトレイシー、その後またコンスタントにアルバムを発表しながら、カントリーやブルースのシーンで活動を続けていて、2013年にはブルース・ミュージック・アウォードで、「ココ・テイラー賞(トラディショナル・ブルースの女性シンガー部門)」にノミネートされるなど、メインストリームの成功には縁がないものの、シーンでの存在感はかなりがっちりと確保しているようです。

このアルバム、他のお宝アルバム同様、ワーナーミュージック・ジャパンさんの「新・名盤探検隊」シリーズで2015年にCD化されてから比較的入手しやすくなっています。寒い気候でほっこりした雰囲気が恋しい今日この頃、トレイシーの熱いソウルフルなボーカルの魅力で暖まってみて下さい。

 <チャートデータ>

ビルボード誌全米アルバムチャート最高位145位(1974.11.2付)


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