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新旧お宝アルバム!#86 「Americana」 Ray Davies (2017)

2017-05-22

2017.5.22

新旧お宝アルバム #86

AmericanaRay Davies (Legacy / Sony Music, 2017)

いやいや急に連日真夏日が続いて一気に街はみんな半袖になってしまったこの週末、皆さんは如何お過ごしでしょうか。寒暖の差が激しいと体調を崩しやすいのでお互いに健康には気をつけて楽しい洋楽ライフを楽しみましょう。

さて先週お休みを頂いてしまったこの「新旧お宝アルバム!」、今週は最近リリースされたアルバムをご紹介する番。今回は、60年代からブリティッシュロックを代表するバンドの一つ、皆さんよくご存知キンクスのリーダー、レイ・デイヴィーズがフルオリジナルのソロアルバムとしては10年ぶりにリリースした「Americana」(2017)をご紹介します。

このアルバムのタイトルを見て「イギリス人のレイが『アメリカーナ』ってどういうこと?」と思った方も少なからずいるでしょう。
実はオリジナル作としては3枚目になる今回のソロはいろんな意味でこれまでのキンクスの顔としてのレイのイメージからするとえっ、と思うところの多いアルバム。
まず、レイのバックを固めるのは、これまでのイギリスのミュージシャンを中心としたベテラン達ではなく、今のアメリカのオルタナ・カントリー・ロックシーンを代表するバンドの一つ、ギターのゲイリー・ルイス率いるジェイホークスの面々。彼らは『Hollywood Town Hall』(1992)、『Tomorrow The Green Grass』(1995)、『Rainy Day Music』(2003)などのアメリカーナ・ロックの名盤と言われる数々の作品でシーンで絶対的な地位を占め、昨年も新境地を模索するかのような新作『Paging Mr. Proust』をリリースしたばかりのバリバリの一線級バンド。その彼らが全面参加したこのアルバムのサウンドはまごうかたなき、正真正銘のがっしりとしたアメリカーナ・サウンドです。
しかし、これもこのアルバムの魅力の大きな一つの要素なのですが、そうしたジェイホークスの面々が奏でるサウンドによる楽曲が、すべてレイ自身の作品。さらにジェイホークスの新作といっても通りそうな曲にレイのボーカルが入ってきた瞬間に、それこそ一瞬にしてレイの世界になってしまうのには驚きです。。
つまりこの二つ~ジェイホークスのアメリカーナサウンドとレイ一流のスタイルと練られた楽曲~が見事に渾然一体となって、アルバムとしての素晴らしい一体感を作り出しているのがこのアルバムの最大の魅力でしょう。

レイの楽曲スタイルは明らかにカントリーやゴスペルやラグタイム、果てはニューオーリンズのクリオールといったアメリカの伝統的音楽スタイルを意識しながらも、そうしたアメリカ音楽が、過去半世紀間トップブリティッシュ・ロック・アーティストとして歴史的な活動をしてきた彼自身の音楽にどう影響してきたか、彼がどう消化してきたかを今一度見つめ直してアウトプットしてみた、そんな作品に聞こえるのです。

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冒頭のタイトルナンバーでは、アコースティックなサウンドに乗って「バッファローがさまようこの素晴らしいパノラマの広がる自由の国、アメリカーナに住みたい」なーんて、真面目だかシャレだか判らんなぁと思いながら聴いてると、「Poetry」なんてモロ90年代のジェイホークス、だけどボーカルはあのウインクしながら皮肉っぽく歌うレイだし、かと思うと「A Place in Your Heart」なんて100%カントリーロック。「Rock ‘N’ Roll Cowboy」なんてタイトルもまんま、曲もフィンガーピッキングのアコギでもろナッシュヴィル、歌詞も「ロックンロール・カウボーイよどこへ行く/OK牧場の決闘での最後の撃ち合いの後で/引退した老いぼれみたいに夢を追うのはあきらめたか/ それともまだ敵の顔をハッタと睨むだけの元気はあるのか」と自らを叱咤激励するかのような内容ではっとさせられて。ウディ・ガスリーの曲を思わせる華やかなアコギの「The Invaders」もいい出来です。

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一方でイントロでいきなりキンクスの代表曲の一つ「All Day And All Of The Night」のリフが出てきてニンマリする「The Man Upstairs」とか70年代前半のキンクス彷彿しまくりの「The Deal」とか、80年代前後久々にハードロックしてたアルバム『Low Budget』(1979)や『Give The People What They Want』(1981)の頃のキンクスを思わせるハードながらポップセンスが隠れたカッコいいリフと相変わらずフワッとしたレイのボーカルのアンバランスさが憎い「The Great Highway」など、ホントにこの二つの要素がうまく共存していて、聴いててどんどん引き込まれていくこと請け合い。何せ、クラブでいい女に会ってよくよく話してみると実は性転換した男だった、なんていうユーモアと諧謔たっぷりの曲「Lola」を1970年に大ヒットさせたキンクスの親分だけに、なかなか一筋縄ではいかないし、それがまた大変魅力的なのです。

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レイはこのアルバムに先立って同名の半生自伝を2013年に出してるらしいですが、今回はそれを音で表現、発表したという位置付けなのかもしれません。 思えば60年代から活躍してるブリティッシュ・ロッカー達は、ビートルズやストーンズ、ツェッペリンの例を挙げるまでもなく、一貫して米国音楽への憧憬と愛憎を糧に大きくなって来てる訳で、この年になってそうした自らの音楽遍歴を俯瞰したくなったとしても不思議はないのです。

このアルバムにいくつか収録されているレイのモノローグもそうで、「The Man Upstairs」ではブルースアコギの音色をバックにツアーで訪れるいろんな街のホテルの部屋やバーの荒んだ様子を回顧したり、「Silent Movie」ではニューオーリンズを訪れた時の回顧で、ニューオーリンズを離れる前の夜に友人のアレックス・チルトンが訪ねてきて、曲作りがいかに喜びを与えてくれるかを長々と語り合ったと独白。アレックス・チルトンといえば1967年の「あの娘のレター」のヒットで有名なボックス・トップスのリーダーで、90年代にはパワーポップ・バンドのビッグ・スターのリーダーとして復活、レイのこの前のセルフ・トリビュート・アルバム『See My Friends』(2010)でも共演していた、レイを敬愛してやまなかったミュージシャン。そのアレックスがその後2013年に他界したこともこうした独白を自分の音楽遍歴の集大成的な今回のアルバムに入れた理由なのでしょう。

そしてこの芳醇な作品を聴きながらふと思ったのは、ひょっとしてこのアルバム、今年のグラミーのアルバム部門にノミネートされちゃうかも、という突拍子もない予想。考えてみれば今アメリカは、トランプ大統領就任からこっち、特にここ数週間のトランプのFBI長官解任に端を発した目が点になるような展開で、史上かつてないくらい世界のリーダー国としての尊厳を揺るがす展開が続いている状況(もっともそれは、アメリカが過去水面下で国際紛争を助長すべき行ってきた数々の諜報活動を知らされない善良なアメリカ人達にとっての尊厳なのだが)。そこでこうした、アメリカの文化への赤裸々なリスペクトに満ちた、しかも作品としても素晴らしいアルバムが出てきたわけで、これを聴いて感激するアメリカ人は結構多いに違いないことは想像に堅くない。そう考えるとなかなか愉快ではないですか。

ま、そんな予測の当否は半年後には明らかになるわけですが、その間、レイ一流の乾いたウィットとスタイルを持って、英米の音楽史を今の表現として形にしたこの素敵な作品をじっくり楽しもうではないですか。

<チャートデータ>
ビルボード誌全米アルバムチャート最高位79位(2017.5.13付)
同全米アメリカーナ・フォークアルバムチャート最高位3位(2017.5.13付)


新旧お宝アルバム!#85「A Quiet Storm」Smokey Robinson (1975)

2017-05-08

2017.5.8

新旧お宝アルバム #85

A Quiet StormSmokey Robinson (Tamla / Motown, 1975)

終始天候に恵まれた今年のゴールデンウィーク、皆さんはいかがお過ごしでしたか。自分は5連休でしたが、丹沢と奥多摩の御岳山にと2度登山ハイクにでかけ、その合間を縫って嫁さんと越後湯沢まで日帰りで温泉&日本酒三昧の小旅行に行ってきました。9連休の方はもっとダイナミックなホリデーを過ごされた方も多いでしょう。そしてそのお供に常に素敵な音楽がご一緒だったことと思います。

さてGWも終わり日常に戻った皆さんに向けて、今週の「新旧お宝アルバム」はまだ頭に残っているゆったりとした休暇のイメージを想起させるような、ゴージャスな雰囲気たっぷりのソウルの名盤をお送りします。ソウル界の大御所でこのアルバム発表当時はモータウン・レコード副社長を務めながら、60年代大成功したミラクルズを脱退し、ソロ・キャリアをスタートさせたばかりのそう、皆さんよくご存じのスモーキー・ロビンソンのアルバム『A Quiet Storm』(1975)をご紹介します。

スモーキー・ロビンソンといえばあのヴェルヴェットのようなファルセット・ヴォイスのボーカルによる歌唱がつとに有名ですが、スモーキーは60年代、モータウン・レコードの看板グループの1つ、ミラクルズのリード・シンガー時代から、シンガーとしてだけではなくソングライターとしても非常に素晴らしい楽曲をつくり出しています。

ミラクルズ時代の60年代のヒット曲で後にカバーヒットとなっている「Shop Around」(1960年最高位2位、キャプテン&テニールのカバーで1976年最高位4位)、「Ooh Baby Baby」「Tracks Of My Tears」(いずれも1965年16位、いずれもリンダ・ロンシュタットのカバーで1978年7位&1976年25位)、「More Love」(1967年23位、キム・カーンズのカバーで1980年10位)などは言うまでもなく、他のモータウンのアーティスト達の数々のヒットも書いています。メアリー・ウェルズのNo.1ヒット「My Guy」やテンプテーションズの「My Girl」「The Way You Do The Things You Do」「Get Ready」をはじめ、マーヴィン・ゲイ、マーヴェレッツらのヒット曲を量産していた、モータウンにとってはスーパーマンのようなアーティストだったのです。その貢献度から60年代半ばに20代の若さでモータウンの副社長に任命されたのもむべなるかな、です。

そのスモーキーがツアーから離れて家族との時間を確保すると共にモータウン副社長の仕事に専念するために1972年にミラクルズから脱退して一旦アーティスト引退。しかし間もなくソロとしてカムバックしてアルバム『Smokey』(1973)、『Pure Smokey』(1974)を発表しましたが当時ヒットを連発していたレーベル仲間のマーヴィン・ゲイスティーヴィー・ワンダーらの成功には及ぶべくもない状況。そんな中発表されたのがこのアルバム『A Quiet Storm』でした。

同時期のスティーヴィー・ワンダーの大ヒットアルバム『Fulfillingness’ First Finale(ファースト・フィナーレ)』(1974)などでも使われていたアープ・シンセサイザーの電子的なトーンとタイトルから暗示されるような嵐の風音で始まるタイトル・ナンバー「Quiet Storm」は、これぞスモーキー、という感じのヴェルヴェット・ヴォイスで官能的に歌われるゴージャスなR&Bソングで、7分半以上に渡ってアープ・シンセやフルートのソロをバックにいきなりリスナーをカタルシスに持って行きます。

充分暖まったところに往年の60年代モータウンソウルを彷彿させるようなクラシックな感じのリズム・パターン(彼の80年のカムバックヒット「Cruisin’」のイントロのリズムを思い出して下さい)で始まる「The Agony And Ecstasy」は「僕らの愛は簡単じゃないんだ/エクスタシー(快感)を得るためには苦悩の時期を耐えなきゃいけないんだよ」と歌う、ちょっとイケない愛の関係を想起してしまう、これもスモーキーの官能ファルセットが切々と歌うバラード。

続く「Baby That’s Backatcha」は、一転して当時流行初めのディスコ・ビートを意識したアップテンポのナンバー。意識したといってもあくまでビートと楽曲はスモーキースタイルの洒脱なもので、この曲は彼に取ってソロ転向後初の全米ソウル・シングル・チャート1位のヒットとなりました。

マイケルを初め兄弟がモータウンから移籍する中一人モータウンに残ったジャーメイン・ジャクソンの結婚式のために書かれたというちょっとハワイあたりの風景を想起する「Wedding Song」に続くのは、当時レーベル仲間のダイアナ・ロスビリー・ホリデイ役で初の映画主演を遂げた映画『Lady Sings The Blues(ビリー・ホリデイ物語)』にフィーチャーされた、ピアノ一本をバックに静かに歌い出し、後半ストリングスやリズム・セクションが加わる中、ちょっとジャズ・ボーカル風の曲調でデリケートに、しかしドラマティックに歌い上げる「Happy (Love Theme From “Lady Sings The Blues”)」。正に映画の一場面を想像させてくれる素晴らしい歌唱を聴かせてくれる、こういうスモーキーもいいもんですね。

アルバムはちょっとこの中では異色な感じの,シンセベースを特徴的に使ったマイナーなアップテンポの「Love Letters」から、この時期台頭していたソウル・ジャズを思わせるような曲調で女性コーラスをバックにスモーキーがクールに決める「Coincidentally」でクロージングを迎えます。

しかしこのアルバムの制作コンセプトで面白いのは、各曲の曲間が無音ではなく、嵐のSEだったり、前の曲のエンディングと後の曲のオープニングを被らせたりと、全体のトータル感を強く意識している点。しかもアルバム最後の「Coincidentally」のエンディングのアープ・シンセサイザーの電子トーンとお馴染みの嵐のSEがそのままアルバムオープニングの「Quiet Storm」の冒頭の音とつながっていること。つまり、このアルバムをiTuneのリピートモードで聴くとサウンドの違和感なしに延々ループして聴くことができるのです。これ、なかなか素敵なコンセプトだと思いませんか?

全曲スモーキーのペンによる(タイトル曲と「Happy」は共作)このアルバムは上述のようにスモーキーにソロ初の全米ソウル・シングル1位をもたらし、Hot 100でもその「Baby That’s Backatcha」と「The Agony And Ecstasy」がそれぞれ26位、36位とヒットするなどスモーキーに取ってソロ・キャリアを確固たるものにした作品でした。

しかしそれ以上に何よりもこのアルバムが重要なのは、このアルバム(及びタイトル曲)の「Quiet Storm」というのが、この後全米のブラック・ラジオ・ステーションで、スローでゴージャスな楽曲中心にオンエアするプログラムのフォーマットの総称として使われるようになったこと。

このアルバムは、彼にとってこの時点でソロアルバムとしては最高の商業的成功を収めたわけですが、それだけでなく「クワイエット・ストーム」という音楽ジャンルを定義するという、黒人音楽文化に大きなインパクトを与えた歴史的アルバムとして評価されるべきなのです。

この後スモーキーはソロ作をリリースし続けますが、モータウン副社長の業務との二本草鞋ということもあり、なかなかヒットにめぐまれず。彼が再びヒット作に恵まれるのは、1980年のカムバックヒット「Cruisin’」(最高位4位)を含む『Where There’s A Smoke』まで待たねばなりませんでした。

スモーキー自身は有名なアーティストですが、そのアルバムというとなかなか聴く機会がこれまでなかった方も多いのでは。春から初夏に向かっていこうというこの時期、気持ちをぐっとゴージャスに挙げてくれるスモーキーのボーカルをふんだんにフィーチャーしたこのアルバム、是非聴いてみてはいかがでしょうか?

 <チャートデータ> 

ビルボード誌全米アルバムチャート最高位36位(1975.6.14 – 28付)

同全米ソウル・アルバムチャート最高位7位(1975.6.7 – 14付)


新旧お宝アルバム!#84「Chris Thile & Brad Mehldau」Chris Thile & Brad Mehldau (2017)

2017-05-01

2017.5.1

新旧お宝アルバム #84

Chris Thile & Brad MehldauChris Thile & Brad Mehldau (Nonesuch, 2017)

いよいよ風薫る五月到来、そして多くの皆さんが既にゴールデンウィークを楽しんでおられることでしょうね。自分はカレンダー通りの仕事ですが、今週はオフィスも静かですし、水曜日からは五連休なので存分にアウトドアに、そして音楽にゴールデンウィークを満喫しようと思っています。また先週土曜日は東京ドームのポール・マッカートニーのライヴを観に行ってその素晴らしさに感動して来たのでいつになく音楽に対するテンションが上がりっぱなし(笑)。皆さんも楽しい音楽でいっぱいのGWをお過ごし下さい。

さて今週の「新旧お宝アルバム!」は久しぶりに今年の新譜からのご紹介。今回は、以前このコラムでも2年ほど前にご紹介したプログレッシヴなブルー・グラス・バンド、パンチ・ブラザーズのリーダーでマンドリンの達人、クリス・シーリーと、こちらも気鋭のジャズ・ピアニスト、ブラッド・メルドーの二人がタッグを組んで録音した、とてもフレッシュで刺激的な自作曲と新旧の幅広い分野からのカバー曲を聴かせてくれる、今の季節にピッタリなアルバム『Chris Thile & Brad Mehldau』(2017)をご紹介します。

パンチ・ブラザーズをご紹介した時にもご説明しましたが、現在36歳のクリス・シーリーは90年代~2000年代にニッケル・クリークという、ブルーグラスをカントリー・ロック的なアプローチで再度メインストリームに引っ張り出した功労者的バンドのメイン・メンバーとして活躍、その卓越したマンドリン・プレイと、シンガーソングライターとしても優れた才能で、2012年には毎年限られた数の、各分野のトップレベルの米国人に与えられる「マッカーサー・フェロー」賞を受賞するなど、正しく今のアメリカ音楽界を代表するミュージシャンの一人です。

一方ブラッド・メルドーは現在46歳、90年代にジャズ・サックス奏者のジョシュア・レッドマン・カルテットのピアニストとして頭角を現し、早くから自らのトリオによる作品も多く発表、一方でパット・メセニーやクラシック・オペラ・シンガーのアンヌ・ソフィー・フォン・オッターエルヴィス・コステロとのコラボで有名)、ウィリー・ネルソン、アメリカーナ・ロックのジョー・ヘンリーなど、様々な分野のアーティスト達との競演でジャンルレスな活動を展開する、こちらも気鋭のピアニスト。

アルバムは全11曲(LPは1曲、フィオナ・アップルの「Fast As You Can」がボーナス・トラックで追加されてますが、これがまた素晴らしい出来です)、うちクリスの作品2曲、ブラッドの作品が1曲、二人の共作が1曲ある他は6曲(LPは7曲)が様々なジャンルから選曲によるカバー。これらのカバーが見事にこの二人の卓越したパフォーマンスで、このアルバム全体を作り上げている世界観に納まっているのが、このアルバムの素晴らしいところ。そう、まるでクリスブラッドが作り上げる映画のサントラ盤を聴いている、ブラッドのある時は繊細な、ある時はリズミックで力強いピアノと、クリスの超絶テクとこちらも繊細さを巧みに取り混ぜたマンドリン・プレイ、そしてファルセットや力強いボーカル、そしてはたまたルックス通りの甘いボーカルを操りながら、二人の世界観を完璧なものにしている、そんな感じを強く抱くアルバムなのです。

ピアノとマンドリンという一種異形の組み合わせながら、一つも違和感を感じることなく、そればかりか静謐にも思える世界観を醸し出しているのは、つまるところ二人の才能と、それをお互いに引き立てようとする、見事なコラボワークの賜物なのでしょう。この二人、2013年から一緒にツアーもやっているらしく、今回のアルバムはその一つの完成形だったのですね。

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クリスのマンドリンのストラミングとブラッドの繊細なピアノで始まる共作の「The Old Shade Tree」や、ジャズ的展開とブルーグラス展開が絶妙なインタープレイを繰り広げるブラッド作の「Tallahassee Junction」、ブラッド作で彼のピアノが全体を物憂げにコントロールする若葉の季節を思わせる「The Watcher」や、クリス作で彼の特異なパーカッシヴなマンドリン・プレイを中心にリズミカルな楽曲展開が後半クリスのマンドリンとブラッドのピアノの絶妙に息の合ったプレイでカタルシスに昇り詰めていく「Daughter Of Eve」などの自作曲も素晴らしいですが、このアルバムの魅力はやはりカバー曲。

中でもおそらく一番耳を引くのがボブ・ディランの「Don’t Think Twice, It’s All Right(くよくよするなよ)」のカバー。名盤『Freewheelin’ Bob Dylan』(1963)収録の有名曲ですが、この曲をブラッドの軽快なピアノプレイとクリスの流れるようなマンドリンで奏でながら、クリスはややディランを意識したかのような癖のあるボーカルスタイルで、しかしはつらつと生き生きとカバーしてくれてます。これはディラン・ファンのベテラン洋楽リスナーの皆さんに是非聴いて頂きたい、聴いてるだけで楽しくなるバージョンです。

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この他にも有名なジャズ・スタンダードの「I Cover The Waterfront」や16~17世紀に活躍したアイルランドのハープ奏者の作品「Tabhair dom do Lámh」といった古くからの伝統的音楽への敬意が伝わってくるカバーから、90年代のインディ系シンガーソングライター、エリオット・スミスの「Independence Day」やジョニ・ミッチェルの初期のアルバム『Song To A Seagull』(1968)からの「Marcie」、そして前述のフィオナ・アップルの「Fast As You Can」といった近年の曲のカバーでは、同時代に生きるミュージシャンとして自らの伝統的楽器(クリスは巧みなボーカル)を駆使しながら自分たちの解釈でのパフォーマンスが楽しく、この二人が明らかにジャンルの壁を完全に超越した音楽を楽しみながらやっているのが伝わってくる、そこがこのアルバムの最大の魅力なのです。

このアルバムは、クリスブラッドが共に所属するナンサッチ・レーベルの社長、ロバート・ハーウィッツ氏のアイディアで始まった企画だそうですが、元々ブラッドのファンだったというクリスと、ハーウィッツ社長に連れられてパンチ・ブラザーズのライヴを観に行ってぶっ飛んでしまった、というブラッドが、いずれも自らの楽器とジャンルの軸を持ちながら、ロック、ポップ、ジャズ、クラシック、カントリーといったあらゆる音楽に対する興味が常に高い二人であったという時点で既に、こういう素晴らしい作品の完成は約束されていたのでしょう。

アルバムのライナーノーツでハーウィッツ氏はこのように言っています。

「二人とも才能あるクリエイティブな演奏家なので、このコラボ作品の楽器演奏面が素晴らしく満足いくレベルであることは驚きに値しない。私が全く予期しなかったにもかかわらずこのレコードを聴けば明らかなのは、彼らがお互いの共演を通じて、新しい分野を露わにしてくれる演奏と歌唱の組み合わせや歌唱のスタイル、そしてインプロヴィゼーションに基づくミュージシャンシップの関係性を根本から再定義する方法を見つけ出していることだ。それはもはやジャズでもポップでもフォークやブルーグラスでもない、『クリスブラッドの音楽』という伝統とでも言うべきものだ」

若葉の季節、素晴らしい季節のこの時期にぴったりの、この二人の才能溢れるミュージシャンが作り出す「クリスブラッドの音楽」を存分に楽しんでみてはいかがでしょうか?

<チャートデータ> ビルボード誌全米ブルーグラス・アルバムチャート 最高位1位(2017.2.18付)


新旧お宝アルバム!#83「Whatever And Ever Amen」Ben Folds Five (1997)

2017-04-24

2017.4.24

新旧お宝アルバム #83

Whatever And Ever AmenBen Folds Five (550 Music / Epic, 1997)

先週は久しぶりに一回お休みを頂いてしまったこのブログ、その間にすっかり桜も終わり先週はずっと暖かい初夏のような陽気でしたが、週末は少し涼しくなってました。でもこれからはどんどん暖かくなる一方だと思うので、アウトドアにコンサートにイベントにとアクティヴィティがどんどん増える季節、音楽は欠かせないですよね。自分も先週ノラ・ジョーンズの素晴らしいライヴに行くことができ、今週はポール卿のドームライヴも含め二つライヴに出かける予定にしてます。皆さんも洋楽ライフ、いい季節に存分に楽しんで下さい。

さて今週は前回に引き続いて90年代の作品です。とかくこの時代は若いリスナーとベテランリスナーの時代の狭間のブラックホールのようなデケイドで、超有名なミュージシャンは別として、地味ながら素晴らしい作品がジャンルを問わず多いにもかかわらず取り上げられることが少ないなあ、と思っていたら先日ミュージック・マガジンさんが4月号で「90年代のUKアルバム・ベスト100」という企画でとりあえずUKにはスポットを当ててくれてちょっと嬉しかったものです。次回は是非USや非英米系の90年代の作品を是非取り上げて頂きたいな、と密かに思う今日この頃。そこで今週はそんなUSの90年代のインディー・ポップを代表する作品の一つだと思う、ベン・フォールズ・ファイヴのメジャーデビュー作『Whatever And Ever Amen』(1997)を取り上げます。

このブログをチェック頂けている方であれば「ベン・フォールズならとっくに知ってるよ」という方も多いだろうとは思いましたが、やはりこの季節になるとこのびっくりするほどのポップ・センス満載で、かつウィットや皮肉に富んだランディ・ニューマンあたりの系譜を継いだような歌詞を、ベン・フォールズのピアノをメインにした楽曲で聴かせてくれるこのギターレス・バンドのアルバムを聴きたくなります。

ノース・キャロライナ州はチャペルヒル出身のベンを中心とした、ロバート・スレッジ(ベース)とダーレン・ジェシー(ドラムス)からなるスリーピース・バンドのベン・フォールズ・ファイヴは、インディー・レーベルからのファースト・アルバム『Ben Folds Five』(1995)でデビュー。当時USの音楽シーンは90年代初頭に大きくブレイクしたグランジ・ブームが終焉に向かう一方、数々のオルタナ・ロック・バンドと言われるアーティスト達が多様な音楽性を糧に新しいロックを模索して数々の作品を世に問うていた時代。そんな中で、まずギターを使わずピアノ中心のバンドで充分にロックしながら、ティンパン・アレー・スタイルの楽曲やトッド・ラングレンを想起させるようなパワーポップな楽曲にウィット満点の歌詞を乗せた楽曲を聴かせる彼らのサウンドはとてもユニークなものでした。

そのファーストでシーンの注目を集めた彼らはメジャーレーベルと契約、満を持してリリースしたのがこの『Whatever And Ever Amen』。メジャーデビューなのに売る気あるのかしら、と思うような地味なジャケのこのアルバム、いやいやどうしてファーストのポップながらひりりとする歌詞の楽曲は更にパワーアップしていて、聴く者の耳を冒頭から鷲づかみにします。

冒頭は「One Angry Dwarf And 200 Solemn Faces」。「一人の怒れるこびとと200人のしかつめらしい顔」というタイトルも彼ららしいウィット満点のタイトルですが、弾むようなアップテンポでリズミックなベンのピアノで一気呵成にポップなメロディで聴かせるこの曲で一気に盛り上がれます。歌詞は、高校生の頃クラスメートにいじめられたこびとの主人公がその後成功して大金持ちになって、昔いじめたクラスメート達を罵る(「Kiss my ass, goodbye」という歌詞が思わずにやり、とさせてくれます)というこれまた彼ららしいアイディアの楽曲。

続く「Fair」はミディアムテンポながらここでもベンのピアノがとてもリズミック。途中のコーラスは1960年代のミュージカル映画にでも出てきそうなグッド・タイミーなポップセンス満載で聴いているとウキウキします。

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Brick」はこのアルバムからの最初のシングルで当時結構大きなエアプレイヒットになり、BF5のメジャー・ブレイクの起爆剤となった曲。静かなピアノのイントロから徐々にドラマチックに盛り上げていって、クライマックスでのベンのファルセット・ボーカルが聴いた、楽曲としてはティンパン・アレー・マナー満点の美しいメロディのポップ作品。しかし歌詞の内容は、彼女を妊娠させてしまった主人公が彼女に堕胎させて、その後それを隠しておくのが苦しくなったので彼女の両親に打ち明ける、というなかなかヘヴィなもの。彼自身の高校時代の経験が題材だというこの曲、内容とメロディの美しさとのギャップが、ベン・フォールズというアーティストの魅力の端的なところを象徴しています。

歌詞の面白さでいえばこのアルバムで一二を争うのが次の「Song For The Dumped(捨てられた男の唄)」。やけっぱちに聞こえるベンのカウントで始まり、終始ピアノとドラムのリズミックなリフが結構ドタバタしながら変にポップに聴かせるこの曲、このアルバムで唯一ギターがフィーチャーされている曲ですが、歌詞はこんな感じです。

「そうか、君はちょっと僕らの付き合いを一休みしたいと。

ちょっとペースを落として自分のスペースを持ちたいって?

ふざけんなこのやろう。

俺の金を返せ

俺の金を返せ、このbitch

今まで使った金を返せってんだ

そして俺の黒いTシャツを返すのも忘れんなよ

お前にディナーなんてご馳走するんじゃなかった

こうやってお前の家の前で俺をぼろ切れみたいに捨て去る直前にさ

俺の金を返せ

俺の金を返せ、このbitch

今まで使った金を返せってんだ

そして俺の黒いTシャツを返すのも忘れんなよ」

どうです、笑えるでしょう(笑)。多分史上最も正直で直裁的な別れの歌だと思います、これ。

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とまあ、曲ごとに解説していくときりがないのですが、この他にもジャズっぽいピアノが素敵な「Selfless, Cold And Composed」、トッド・ラングレン的ポップ・センス再登場の「Kate」、ちょっとヨーロッパ風のアコーディオンが気分の「Smoke」、エリック・カルメンのようなクラシック・センスのピアノが美しいのに、終日泣き叫ぶ病気の妻が寝てる間にタバコで家を火事にしないかと悩むという歌詞の「Cigarette」、何にも興味ないふりをしてクールさを装う彼女を痛烈に皮肉る「Battle Of Who Could Care Less」などなど、思い切り楽しいポップ・センスと思わずニヤリとしてしまう歌詞満載の楽曲のオンパレードで一気に聴いてしまいます。

なお、最後の美しいメロディの「Evaporated」が終わってしばらくすると「ほらここに君のための隠しトラックがあるよ~聞いて聞いて、ベン・フォールズ・ファイヴはとんでもない馬鹿野郎さ!(Ben Folds Five is a f**king a**hole!)」という声が聞こえて、まあ最後まで笑わせてくれます。

彼らはこの後よりジャズっぽい方向性の『The Unauthorized Biography Of Reinhold Messner』(1999)をリリースしましたが、アルバムサポートのためのツアー終了後にバンドは一旦解散。ベンは解散後も『Rockin’ The Suburbs』(2001)、『Songs For Silverman』(2005)などクオリティの高いソロ作品をコンスタントにリリースして、シーンでの存在感をキープしていました。その後2012年にニューヨーク州北部で開催のマウンテン・ジャム・フェスティバルへのライヴ出演をきっかけにバンド再結成し『The Sound Of The Life Of The Mind』(2012)とライブアルバム『Live』(2013)を出しましたが、現在は活動休止状態で、ベンは再度ソロ活動に専念している模様です。

再三言っているようにとにかく楽しい、ポップ・センス満点の作品なので、やはり家にこもって聴いているよりは、外に出て太陽の光の下で聴くのが似合う作品。比較的CD屋さんなどでもよく見かけるので、お求めになりやすいこのアルバム、是非彼らのピアノ中心の素晴らしいポップな楽曲を聴きながら、時には歌詞カードを読んでベンのユニークなユーモアセンスを楽しんでみてはいかがでしょうか?

 <チャートデータ> ビルボード誌全米アルバムチャート最高位42位(1998.1.31付)


新旧お宝アルバム!#82「Loose」 Victoria Williams (1994)

2017-04-10

2017.4.10

新旧お宝アルバム #82

LooseVictoria Williams (Mammoth / Atlantic, 1994)

先週一週間は、雨の予想とかもあったにも関わらず終始天候も崩れそうで崩れずに暖かい日が続いて、そのおかげで週の後半は一気に桜が満開になった、心が満たされる気持ちのいい週でしたね。週末からまたゆっくり天気が崩れてきていますが、一日でもこの素晴らしい桜が楽しめるよう願う毎日、そんな中で欠かせないのは気持ちのいい音楽。皆さんも花見のかたわらいろんな音楽でこの桜を楽しまれたことと思います。

さて今週は久しぶりに90年代の作品を取り上げます。商業的にはなかなか成功することがないのですが、常に個性的でチャーミングで、それでいてインスパイアリングな楽曲を一貫して届け続けてきている、他にあまり似たタイプを見ない女性シンガーソングライター、ヴィクトリア・ウィリアムスのキャリアの一つのマイルストーンとなったアルバム『Loose』(1994)をご紹介します。

ヴィクトリア・ウィリアムス、といっても日本の洋楽リスナーの方で彼女の名前をご存知なのは、音楽評論家の方以外ではかなり熱心なここ30年くらいのアメリカのフォーク・ロック/アメリカーナ系ロックのフォロワーの方くらいでしょう。残念ながらこれまでリリースされている彼女の7枚のソロアルバムは、本作を含めてどれもチャートインするほどの売上は記録していませんし、FMなどで頻繁にエアプレイされるタイプの音楽でもないので無理もありません。

でも、ヴィクトリアはアメリカのロック・シーンではミュージシャンの間からのリスペクトを受け続けるミュージシャンの一人で、今回紹介する『Loose』に収録されている作品群の幅広いスタイルに亘る音楽性、決して巧くはないが個性的でチャーミングなボーカルスタイル、そして自然やスピリチュアルなテーマや人への愛、といったことをテーマにする楽曲はそうしたリスペクトを集めるに充分なものであることが分かります。

実はこのアルバム発表の一年前、ヴィクトリアは多発性硬化症という難病の宣告を受けていました。この病気は脳や脊髄、視神経などに激痛、視野異常、神経麻痺、筋力低下などの症状が繰り返し出ては収まるのを繰り返すというもので、ギタリストでありシンガーであるヴィクトリアにとっては極めて深刻な病気でした。加えてミュージシャンであったため治療費用を賄う保険等も持っていなかったヴィクトリアの治療をサポートするために立ち上がったのは他あろう彼女をリスペクトするミュージシャン仲間達だったのです。

ソウル・アサイラムデイヴ・パーナー、パール・ジャム、ルシンダ・ウィリアムス、ルー・リード、マシュー・スイートといった90年代のオルタナ・ロック・シーンを代表するそうそうたるミュージシャン達に、当時ヴィクトリアと結婚したばかりのマーク・オルソン率いるザ・ジェイホークスが加わり急遽リリースされたのが全曲ヴィクトリア作品のカバー・アルバム『Sweet Relief: A Benefit For Victoria Williams』(1993)。

このアルバムは幸いチャートインもし、そこそこの評判を呼んだこともあってヴィクトリアに対する関心も当時高まったのでしょう、自身の症状とも折り合いを付けながら、頑張ってスタジオ入りしてヴィクトリアが翌年の1994年にリリースしたのがこの『Loose』でした。

彼女の揺らぐようなハイトーンのボーカルとアコースティックなバンド演奏で、百歳を超えるという古いサボテンの木にまだ遅くないから花を咲かせてよ、と呼びかける「Century Plant」で始まるこのアルバム、タワー・オブ・パワーのレイドバックなホーンセクションをバックにゴスペル的な内容を歌う「You R Loved」、ピアノとバイオリンだけをバックに友人の死を明るく悼む小品「Harry Went To Heaven」、そして『Sweet Relief』収録曲中唯一当時まだヴィクトリアが録音しておらず、パール・ジャムがカバーしたことでおそらく彼女の最も有名な曲となったオルタナ・ロック色の強い「Crazy Mary」などなど、このアルバムを構成する16曲(うち2曲はカバー、1曲はソウル・アサイラムデイヴとの共作でもう1曲はバンドメンバーの作品)はいずれもちょっと聴くだけでヴィクトリアというとてもユニークな才能とスタイルを持ったアーティストが目の前に現れて、優雅にパフォーマンスをしてくれているのが目に見えるようなのです。

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実は自分はおそらく前述のチャリティアルバムが出る直前くらいの1993年に、ニューヨークのヴィレッジにあったライヴハウス、ボトム・ライン(2004年に廃業)で彼女のライヴを見ています。確か3人くらいのバンドをバックに、椅子に座ってストラトやアコギを掻き鳴らしながら「病気のせいで時々ミスピッキングとかするけど許してね」と言いながら、ステージにパッと清楚な花が咲いたかのようなイメージを放ちつつ、とても心温まるステージをしてくれたことを覚えています。その時多分このアルバムに収録されている作品もいくつかやってくれたに相違ありません。改めて今この『Loose』を聴くと、その時の彼女のステージが蘇ってくるようなので。

上記の曲の他にも、ピアノをバックにしたヴィクトリアのガーリッシュなボーカルがキュートなルイ・アームストロングでお馴染みの「What A Wonderful World」や、LAを中心に70年代初頭人気のあったロックバンド、スピリットの「Nature’s Way」(デイヴ・パーナーとのデュエット)などの曲をカバー曲に選ぶあたりも、ヴィクトリアの自然を慈しむキャラクターが表れてますし、叔父さんのジャックの愛犬パピーと自分の愛犬ベルの他界を悲しみながらも彼らを思い出しながら楽しく歌う「Happy To Have Know Pappy」や、友人への情熱的ではないけど確かで安心できる一体感を真摯なボーカルで歌う「My Ally」などなど、彼女の楽曲は聴いていて、そして歌詞を眺めていて思わずほっこりさせてくれるものが多いのです。

まさに冬を脱ぎ捨てて春に向かうこの時期にぴったりの感覚を味わわせてくれる、そんな素敵なアーティストであり、アルバムなのです。

件のチャリティ・アルバム同様、この作品のバックをつとめるメンバーもそうそうたるもの。何度も名前の出ているソウル・アサイラムデイヴ・パーナーの他、ご主人のマーク・オルソンとそのバンドメイトである、ザ・ジェイホークスゲイリー・ルイス、タワー・オブ・パワーのホーンセクション、スライ・ストーンの妹のローズR.E.M.のピーター・バックマイク・ミルズ、そして何曲かのストリングス・アレンジメントは何とあのヴァン・ダイク・パークスが担当するなど、この時期のフォーク・ロック/アメリカーナ系の作品としてはとても豪華な布陣での制作になっており、高いミュージシャンシップのパフォーマンスが楽しめる作品にもなっています。

その後2006年のマークとの離婚も乗り越えて着実にアルバムを発表し続けていたヴィクトリアですが、2015年末に持病の発作が原因で肩と腰を負傷してしまって現在は治療専念中とのことですが、またしても保険が適用されないため、『Sweet Relief』の時に設立されたスイート・リリーフ・ミュージシャン基金が中心になって治療費の寄付を募っているとのこと。

彼女の一刻も早い完全復帰を祈りつつ、ヴィクトリア・ウィリアムスという、希有のスタイルと才能を持ったシンガーソングライターの、人と自然とスピリチュアルへの愛に溢れた作品を、暖かさを増す春に存分に楽しんで見ませんか?

 <チャートデータ> チャートインなし


新旧お宝アルバム!#81「Blacks And Blues」Bobbi Humphrey (1974)

2017-04-03

2017.4.3

新旧お宝アルバム #81

Blacks And BluesBobbi Humphrey (Blue Note, 1974)

先週一旦暖かくなったか、と思ったら週後半から土曜日にかけてぐっとまた寒くなって雨まで降ったため、桜のつぼみも開きかけの3~4分咲きのまま週末を終わってしまいましたが、昨日の日曜日はまたぐっと春の陽気が戻ってきていました。今週はいよいよ一気に桜開花、お花見日和が期待でき、今度の週末はあちこちの桜の名所が人でいっぱいになることでしょう。

先日もここで言いましたが、春はジャズっぽい音楽が耳に心に優しく感じられる時期。そこで今週は桜の花の下でパーティーでもしながら聴くにはもってこいの、ジャズ・フルート奏者のアルバムをご紹介しましょう。名門ブルー・ノート・レーベルでも数少ない女性ジャズ・ミュージシャンの一人である、ボビー・ハンフリーの春を感じさせるフルート・ワークやライト・ジャズ・ファンクでR&Bに寄り添った楽曲がとても心地よいアルバム『Blacks And Blues』(1974)をご紹介します。

本来ジャズはまだまだ門外漢に近い自分なので、ジャズ系のアルバムをご紹介する、というのはややおこがましいのですが、このアルバムが出た1970年代前半というのは、60年代中頃までの正統派でストイックなジャズの本流を中心とした発展の歴史から、一気にジャズとファンクとソウルとが一体の流れに合流し、ラムゼイ・ルイスドナルド・バード、ハービー・ハンコックらによる様々な「ソウル・ジャズ」や「ジャズ・ファンク」といわれる分野の素晴らしい作品が相次いで生まれた変革の時期だったと理解しています。そんな時期に生まれたのがこのアルバム。ジャズ・フルートというと古くはエリック・ドルフィ、近年フュージョンの世界ではハービー・マン、ヒューバート・ローズ、そして先月惜しくも他界したデイヴ・ヴァレンティンといったところが有名ですが、その中でも女性パフォーマーとしてボビー・ハンフリーは独自のポジションを確保しています。

テキサス州ダラス出身で、高校の頃からクラシックとジャズのフルート演奏を勉強していたボビーは、地元のタレントコンテストを観ていたあのジャズ・トランペットの大御所、ディジー・ガレスピーに見いだされてNYでミュージシャンとしてのキャリアを積むことを薦められたのがプロのジャズミュージシャンのキャリアの振り出しでした。

その後1971年にジャズの名門レーベル、ブルー・ノートからデビュー。同レーベルの重役でもあった有名プロデューサー、ジョージ・バトラーの下、当時のR&Bソウル楽曲のカバーと、ジャズの先達達の作品のボビーなりの解釈によるプレイを納めたアルバム2枚『Flute In』(1971)と『Dig This!』(1972)でシーンでの存在感を高めていたのですが、1974年にリリースしたこの『Blacks And Blues』はいろんな意味で彼女に取って飛躍の、そして商業的ブレイクの作品となったのです。

まず前2作と違うのは、本作のプロデュースと全楽曲の作曲を担当したのが、当時音楽シーンを沸かしていたジャズ・トランペットのドナルド・バードがR&B・ファンクに大きく軸足を寄せたソウル・ジャズの代表作『Black Byrd』(1972)、『Street Lady』(1972)のプロデュースでシーンにその名を馳せていたラリー・ミゼル。彼はジャズ・トランペッターだったドナルド・バードをソウル・ジャズ・ファンクの代表的ミュージシャンとしてブレイクさせ、またドナルド直系のソウル・グループとして1970年代後半「Walking In Rhythm」(1975年全米最高位6位)「Happy Music」(1976年19位)などの全米ヒットを飛ばすブラックバーズの仕掛人として70年代R&Bやソウルジャズシーンにおける重要人物でした。

その彼が作り出したクールな中にも暖かなファンク・グルーヴを内包したソウル・ジャズ・ファンクの楽曲群と、ボビーの縦横無尽にソロを操るジャズ・フルートのパフォーマンス、そしてラリーが自分のプロデュース作品に必ず起用する名うてのミュージシャンたち(ギターのデヴィッド・T・ウォーカー、ベースのチャック・レイニー、ドラムスのハーヴィー・メイソン、そしてピアノ・キーボードのジェリー・ピータース、シンセのフレディ・ペーレンといった彼のレコードにはお馴染みの面々です)のタイトでファンキーな演奏が、すべて有機的につながってこのアルバム全体の大きな暖かなグルーヴを生み出しています。オープニングの「Chicago, Damn」そしてニューヨークの街角の様子を彷彿させるような自動車や街角のSEで始まる「Harlem River Drive」はこうしたラリーの「グルーヴの方程式」とボビーのフルート・ソロが見事にマッチしていて、アメリカの大都市の町中をオープンカーとかで春にドライヴしている、といった雰囲気が満点ですね。

このアルバムのR&B寄りのスタイルは、次のボビーがボーカルを取る「Just A Love Child」で更に鮮明になります。ジャケで観るアフロヘアーで闊達そうな風貌のボビーのイメージとは異なり、聴きようによっては子供の声のように聞こえるハイトーンのボーカルと、男性バックコーラスとの組み合わせがR&B楽曲としての魅力溢れる作品を生み出しています。

アルバムタイトル曲の「Blacks And Blues」はジェリーのピアノのソロを大きくフィーチャーして、それにフレディの奏でるシンセの音色、男性バックコーラスそしてボビーのフルート・ソロが絡んで行くというこのアルバムの楽曲パターンの最大公約数のようなナンバー。春のそよ風を思わせるようなボビーのフルートと男性コーラスの組み合わせが軽やかなグルーヴを演出します。続く「Jasper Country Man」は同じような楽器構成ながら、このアルバム中最もファンクネスが色濃く感じられるアーシーなナンバー。

そしてアルバム最後の「Baby’s Gone」はまたR&Bソウル的なスタイルに大きく寄り添って、男性コーラスをバックにしたボビーのガーリッシュなボーカルによる「My baby’s gone~」という歌を所々に散りばめながら、ボビーのフルートが主旋律を奏でる、という楽曲。ただR&Bソウル的とは言いながらも、一般的な歌ものの楽曲ではなく、あくまでもボビーのフルートを軸として淡々と楽曲が展開していく、というバンドがジャムりながら、アルバム全体をフェードアウトに持っていく、といった風情がまた春の花爛漫の光景を想像させてくれます。

このアルバムで商業的にブレイクしたボビーは続く『Satin Doll』(1974)、『Fancy Dancer』(1975)でもラリー・ミゼルとのタッグでジャズ・ソウル・ファンクの名盤を世に出していくことになります。また、ソウルR&Bシーンとの接近がきっかけで、あのスティーヴィー・ワンダーの名作『Songs In The Key Of Life』(1976)からのシングル「Another Star」にジョージ・ベンソンと共にジャズ界代表として競演するなど、ジャズの枠にとらわれない幅広い活動を続け、1994年には自分のレーベル、パラダイス・サウンズ・レコードを立ち上げて、自分のアルバム『Passion Flute 』をリリースするなど、現在も活動を続けているようです。

いかにも桜の花びらが舞う様を彷彿とさせるようなボビーのフルートの音色と、ラリーの作り出すライト・ファンクなグルーヴ満点の楽曲で、今週あちこちで観られるであろう満開の桜を楽しんではいかがでしょうか。

 <チャートデータ> 

ビルボード誌全米アルバムチャート最高位84位(1974.5.25付)

同全米ソウル・アルバムチャート最高位20位(1974.5.18付)

同全米ジャズLPチャート最高位2位(1974.5.11付)


新旧お宝アルバム!#80「A Sailor’s Guide To Earth」Sturgill Simpson (2016)

2017-03-27

2017.3.27

新旧お宝アルバム #80

A Sailor’s Guide To EarthSturgill Simpson (Atlantic, 2016)

いよいよこれから春、桜本番かと思われたのにこの日曜日は冷たい雨で一気に冬に戻ったような気候。これが桜本格開花前の最後の雨でありますように。皆さんも不安定な気候で体調など崩さぬよう、洋楽ライフをお楽しみ下さい。

さて今週の「新旧お宝アルバム!」は昨年アメリカの各音楽誌でも高い評価を受けていて、先日の第59回グラミー賞でもメインの最優秀アルバム部門にノミネートされ、台風の目の一つとなり、今年のフジロック・フェスティヴァルへの来日が決まっていながら、まだまだ日本では知名度ゼロに近い、アメリカーナ・ロックのシンガーソング・ライター、スタージル・シンプソンのアルバム『A Sailor’s Guide To Earth』(2016)をご紹介します。

とかく日本においてこのルーツロックというか、アメリカーナ・ロックというジャンルは、昔の有名ロック・アーティスト(たとえばザ・バンドのメンバーとか、ディランとか、クラプトンとか、イーグルスのメンバーとか)がやる分にはラジオにも乗っかるし、レコード会社もマーケティングしやすいと見えてガンガン露出するしということで日が当たるケースが多いのですが、ことこれが新しいアーティストやそれまであまり有名でなかったアーティストの作品となると途端に日本では話題になりにくい、という構造的な問題があります。

ただ実際に音を聴いて、ライヴなどを聴くとえてして従来無名のアーティストたちによる作品がハッとするほど瑞々しかったり、無茶苦茶カッコよかったり、うーんと唸るほどミュージシャンシップが高かったりすることも多く、この点で日本の洋楽ファンは結構いいアーティストの作品に触れることなく終わってしまっていたのではないかと思っています。

ただこういう状況も徐々に改善されてきていて、例えばウィルコとかこのブログでも以前に取り上げたライアン・アダムスとかいったこうしたジャンルのアーティスト達が音楽メディアでも取り上げられることが増えて来ていて、なかなかいい傾向だな、と思っているところです。

で、スタージル・シンプソン。彼の音楽スタイルは、カントリーとブルースをバックボーンに置いたロック的アプローチのシンガーソング・ライターと言えばいいでしょうか。その男臭くて渋さ満点のボーカル・スタイルは70年代のアウトロー・カントリーシンガーである、ウェイロン・ジェニングスマール・ハガードといった大御所達を彷彿させますが、このアルバムのホーンセクションを全面的にバックアップしているダップ・キングス(昨年末惜しくも他界した黒人女性R&Bシンガー、シャロン・ジョーンズのバック・バンドでR&B・ブルースファンには有名)のアーシーでファンキーな演奏を軽々と乗りこなして歌う様はブルース・ロック・シンガーそのものです。

また、アコギの弾き語りや、ストーリー性満点の歌詞を持った楽曲を聴くと正統派のシンガーソングライターとしてもかなりのものですし、一方ニルヴァーナの有名曲「In Bloom」をオリジナルとは全く表情の異なるアレンジで、極端に音数を絞ったアコースティックで美しく、抑えたトーンでカバーするのを聴くと、シンガーとしての表現力も非常に高いものを感じます。

また、アルバム全体が自分の生まれたばかりの子供に向けて人生の歩き方を教える、といったコンセプトで楽曲構成されていることや、そこここで控えめにしかし効果的に挿入されるシンセや効果音っぽいサウンドの使い方のセンスなどはちょっとしたプログレ的なセンスも感じる、このアルバムはそんな多彩な表情を持っています。

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冒頭の「Welcome To Earth (Pollywog)」は正に70年代のプログレッシヴ・ロック作品の冒頭を思わせるドラマチックな効果音とピアノの音色で始まりますが、入ってくるボーカルがベテラン・カントリー・シンガー、といった感じのスタージルの声なのでこのアンマッチさが独特の魅力をいきなり醸し出しています。ストリングスのイントロからアコギとカモメの鳴き声のような効果音をバックにしっとりと歌われる「Breakers Roar」も、彼のボーカルがなければ例えばムーディ・ブルースの70年代の作品、と言われても違和感がない、そんなサウンド。

しかしそんなプログレっぽさは、ダップ・キングスのソウルフルなホーンでいきなりファンク・グルーヴ満点の「Keep It Between The Lines」、そしてカントリー・ロックっぽいシャッフル・リズムに乗って「♪東京、川崎、恵比寿、横須賀、横浜、新宿、渋谷、六本木、原宿~♪」(スタージルは20代の頃日本在住経験あるらしいです)と軽ーい感じで歌う「Sea Stories」でガラッとルーツ・ロック的方向に大きく舵を切ります。

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そして上述した美しいニルヴァーナのカバー「In Bloom」を経て、今度は正統派アメリカン・ブルースロック、といった雰囲気の「Brace For Impact (Live A Little)」である意味アルバムのクライマックスを迎えます。

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ハモンド・オルガンとダップ・キングスのホーンがまた聴く者を一気にアメリカーナな世界に連れ戻してくれ、スタージルの歌も味わい深い「All Around You」、エレピとウッドベースとストリングスとスタージルのボーカルだけの静かな「Oh Sarah」、そしてまたカモメの鳴き声をバックに海のコンセプトに戻って、取り憑かれたようなスワンプ・ファンクロックスタイルのアルバムの最大の問題作「Call To Arms」でドラマチックに終わりますが、息子に送る最後のそして重要なアドバイスという設定の歌詞は、スタージルの強力なメッセージで満ちています。

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「俺は兵役でシリアにもアフガニスタンにもイラクにもイランにも、そして北朝鮮にも行った

いったいどこまで行けば終わるのか教えて欲しい

毎日うずたかく積み上がる死体の山

いったいあと何人兵士を送れば気が済むのか

連中は石油のため、ヘロインのコントロールの為に息子や娘達を送り続ける

息子よ、どうか男になるためには奴らの操り人形にならなきゃなんて思うな

連中はお前の髪を切り、腕にバッジを付け、お前のアイデンティティを奪う

つべこべ言わずに列に並んで海外に行って仕事をするんだと言って

(中略)

誰も頭の上を飛ぶドローンが何してるか気にもせず

自分のスマホばっかり見て忙しい

まるで犬が食い物を求めるように俺たちのエゴも目から血が出るまで新しい情報とやらを求め続ける

連中は本質から目を背けさせるような情報を準備して俺たちはそれをフレンチフライと一緒に食ってしまう

俺たちの頭の上から爆弾が落ちてくるまで

TVは消せ ニュースも見るな 何も見るものなんてない

ただ憂鬱な話が流れてくるだけ

TVやラジオは嘘っぱちばかり

ハリウッドの映画は自分自身になれる方法を教えてくれるらしいが

そんな大嘘はどっかへ消えてしまえばいい」

自身米国海軍にも所属していた経験のあるスタージルが放つ「平和を守るために戦うという国のプロパガンダを信じて戦争なんか行くな、そうしたメッセージを垂れ流すメディアも信じるな」というメッセージは極めてパワフルなものがあります。

おそらくその芳醇な音楽性だけでなく、こうした強いメッセージもこのアルバムをグラミー賞最優秀アルバム部門にノミネートさせた大きな要因でしょう。惜しくも最優秀アルバムはアデルに譲りましたが、最優秀カントリーアルバム部門は見事受賞。最優秀アメリカーナ・アルバム部門にノミネートされた前作『Metamodern Sounds In Country Music』(2014)では逃したグラミー初受賞を果たしています(余談ですがこの前作のタイトルはレイ・チャールズのあの名盤『Modern Sounds In Country And Western Music』(1962)へのオマージュですね)。

グラミー受賞をきっかけにスタージルの名前が日本の洋楽メディアにもちょくちょく出てくるようになりました。夏のフジロックへの出演も楽しみ。実は自分のアメリカ人の上司はナッシュヴィル在住でスタージルがブレイク前から何度もライヴを観てきたらしいのですが「彼は絶対ライヴ観るべき!」と言ってますので、今年はスタージルのライヴを是非観たいと思ってます。

既に当年38歳という人生経験も重ねてきながら、豊かな音楽性とメッセージを持ったこの新しいミュージシャン、スタージル・シンプソンの作品を皆さんも是非一度お聴きになってみて下さい。

<チャートデータ> ビルボード誌全米アルバムチャート 最高位3位(2016.5.7付)

同全米カントリー・アルバムチャート 最高位1位(2016.5.7付)

同全米アメリカーナ・フォークアルバムチャート 最高位1位(2016.5.7付)

同全米ロック・アルバムチャート 最高位1位(2016.5.7付)


新旧お宝アルバム!#79「Soul’s Core」Shawn Mullins (1998)

2017-03-20

2017.3.20

新旧お宝アルバム #79

Soul’s CoreShawn Mullins (Columbia, 1998)

この3連休は素晴らしいお天気続きでいよいよ春本番、南の方ではそろそろ桜も咲き始めたとの知らせも入ってくるこの頃、来週のこのコラムをお届けする頃には都内でももうお花見できる状態になってるのでは、と思うと心躍りますね。いい音楽をバックに気のおけない友人と花見、というのもこの季節ならではの楽しみです。

春はジャズやアコースティックな感じの音楽がとても似合う時期。今週の「新旧お宝アルバム!」では久しぶりに90年代の作品で、味と渋みたっぷりのボーカルと物語性たっぷりの歌詞を持つフォーク・ロック的アメリカーナな楽曲で一部のファンに強く支持され、その後も知る人ぞ知る的な活動を続けているシンガーソングライター、ショーン・マリンズの商業的ブレイク作『Soul’s Core』(1998)をご紹介します。

1990年代のアメリカの音楽シーンは、80年代のMTVを中心とした映像中心のヒットを飛ばすポップスターや、シンセサイザーの打ち込みサウンドで大半のトラックを作り込むダンスヒットの氾濫へのアンチテーゼとして90年前後にはシアトルを中心としたインディー・レーベルのロック・バンド達によるグランジ・ムーヴメントの盛り上がりとか、より社会的な視点からのリリックを中心にストイックな音作りによるヒップホップのルネッサンス的隆盛、そして60年代~70年代のカントリー、R&B、ブルーズ、ハードロックといった音楽をルネッサンス的に換骨奪胎してフレッシュなスタイルで聴かせるアメリカーナ・ロックやオルタナ・カントリーといった音楽スタイルが盛り上がった、音楽シーン的には極めて豊かな時代になっていました。

残念ながら70年代からの日本の洋楽ファンの皆さんは、80年代後半の音楽のマスプロ化や打ち込み主体のスタイルに辟易して新しい音楽には背を向けて昔からおなじみの70年代以前の音楽に戻ってしまった方が多かったようです。もう少し辛抱してシーンに耳を澄ませていれば、90年代の素晴らしい音楽に巡り会えていたはずだったんですが。

で、このショーン・マリンズも、90年代にアメリカーナの隆盛に時期を合わせて対等してきた、そんなアーティストの一人。アトランタ出身の彼は学生時代からバンドを組んで主にアコースティックな音楽を中心に活動してきていて、高校時代の友人にはあのインディゴ・ガールズエイミー・レイもいたとのこと。大学卒業後一時期陸軍の士官養成プログラムに身を投じ、陸軍でのキャリアも考えたようですが、やはり音楽を捨てきれずこの道に戻り、地元のアトランタ近辺で地道なバンド活動をしながら実績を積んでいたようです。

その彼をブレイクしたのは、今日紹介する『Soul’s Core』にも収録されているシングル「Lullaby」の大ヒット(全米1999年最高位7位)。トム・ウェイツを思わせるようなしゃがれた低いボソボソ声で歌う、というよりはつぶやくようなファースト・ヴァースからサビに行くところで一気にハイトーンの美しいボーカルでブリッジを歌うあたりは、ラジオで流れていたら一発でハートを仕留められること請け合い、そういう歌です。そしてこの曲は楽曲メロディだけでなく、その歌詞もまるで映画を見ているかのような独特の情景を浮かび上がらせてくれるという意味でもとても魅力的です。

「彼女はハリウッド・ヒルやサンセット・ブールヴァードに住むスターの子供達と一緒に育った

彼女の両親は盛大なパーティーをよく開いてそこにはいろんな人が集まった

彼女の家族はデニス・ホッパー、ボブ・シーガー、ソニー&シェールなんて連中とよく付き合っていたっけ

今彼女はフェアファックス・アヴェニューのこのバーで安全に過ごしてる

ステージの俺から見ると彼女は未だにあの頃の思いを捨てきれず、リラックスできてないのがよく分かる

だから彼女がうなだれて泣き出す前に

俺は彼女に子守歌を歌うのさ

何もかもうまくいくさ ゆっくりお休み

何もかもうまくいくって だからゆっくりお休み」

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LAの社交シーンの退廃感とそこで自分を見いだせない女性のことを、トム・ウェイツ的なつぶやきと美しいハイトーンのボーカルの組み合わせと、アコースティックで優しいメロディで包むようなこの歌は、おそらく聴く者の心の琴線に触れるものがあったに違いなく、ショーンに取ってはブレイクヒット、しかし彼唯一のヒット曲となりました。

個人的なイメージでショーンの音楽スタイルを一言で表現するなら、「グランジを通過してきたクリス・クリストファーソン」。作る楽曲スタイルはいわゆるアメリカーナに分類されるシンプルなアコースティック寄りのアメリカン・メインストリーム・ロック曲ですが、バンドのリズムセクションの使い方やエレクトリックギターの使い方に明らかにグランジあたりの影響を聴いて取れます。そしてボーカルスタイルは明らかにクリスマール・ハガードといった70年代の無頼派のややロック寄りのカントリー・レジェンド達の強い影響を受けていますが、時々聴かせる伸びやかなテナーからハイテナーのボーカルは、ただのカントリー・ロック・ボーカリストでは片付けられない個性と才能を感じるのです。

同時期にアメリカで大ブレイクしたフーティー&ザ・ブロウフィッシュのリード・ボーカル、ダリウス・ラッカーあたりと作る楽曲スタイルはとてもよく似ているのですが、フーティーズがあくまでも「90年代のイーグルス」的なポジショニングだったのに対し、ショーンのアプローチは明らかに「ロックっぽいナッシュヴィルのシンガーソングライター」的なものでした。

そしてこのアルバム収録の他の曲は、「Lullaby」に続いてシングルカットされ、よく似た楽曲スタイルでアダルト・トップ40チャートで小ヒットとなった「Shimmer」を初め、衰退していくアメリカの地方都市の状況を16歳の少年の目から描き、いつかはここを出て行くんだ、とアコギ一本でトルバドゥール風に歌う「Ballad Of Billy Jo McKay」や同じくアコギ一本で亡き友を歌ったと思われる「Patrick’s Song」、もう15年も電車に乗り続けて旅する37歳の男がもう長いこと海の塩の匂いを嗅いでないから、といってオレゴン州の海岸に来て、同じようにヴァンの乗って町から町にコーヒー・ハウス・ギグのギャラとチップでその日その日を過ごしているミュージシャンと会う、というストーリーを淡々と歌う「Twin Rocks, Oregon」などなど、歌詞カードを見ながら彼の楽曲を聴くと、本当に目の前に映画のような映像がヴィヴィッドに浮かび上がって来ます。

このアルバムのもう一つのハイライトは、クリス・クリストファーソンの「Sunday Mornin’ Comin’ Down」のカバー。エルヴィスを初め多くのアーティストにカバーされたクリスのこの有名なスワンプ・バラードをクリス直系だけあってショーンは見事に自分のものとして歌いきっています。

このシングルとアルバムのブレイクで一躍注目を浴びたかに見えたショーンでしたが、続く『Beneath The Velvet Sun』(2000)も同様にビジュアルなイメージを想起する質の高い楽曲満載の意欲作だったにもかかわらずチャートインすらせず、この後しばらくソロ活動をお休み。その間、2002年には同じく90年代を代表するシンガーソングライター、マシュー・スイートとオルタナ・フォーク・ロック・シンガーのピーター・ドロウジとスーパー・バンド、ソーンズ(Thorns)を結成。素晴らしいアコースティック・ロック・アルバム『The Thorns』(2003)をリリースして、一部に高い評価を得ましたが、広く知られるまでには至っていません。その後2006年以降は『9th Ward Pickin Parlor』(2006)、『Honeydew』(2008)、『Light You Up』(2010)、そして最新の『My Stupid Heart』(2015)と質の高い作品を地道にリリースしているようです。

桜の季節になった今、歌詞の想起するイメージに身を任せながら、ショーンの心にしみるようなアコースティック・サウンドと味のあるボーカルによる楽曲をじっくり楽しんでみてはいかがでしょうか。

 <チャートデータ> 

ビルボード誌全米アルバムチャート最高位54位(1998.11.28付)


新旧お宝アルバム!#78「Made Of」Elviin (2014)

2017-03-13

2017.3.13

新旧お宝アルバム #78

Made OfElviin (VAA, 2014)

先週一週間は日々暖かくなりかけていた気温が一歩また冬に戻ったような肌寒い日々でしたが、週末はどちらもカラリと晴れて日曜日に立ち寄った吉祥寺の井の頭公園の桜の木々のつぼみも心なしかかなり色づいて来ている様子。まだまだしばらくは一進一退の気候が続くようですが、確かな春の足音を感じた週末でした。

今週の「新旧お宝アルバム!」は比較的最近のアルバムの順番ですが、そうした春がそこまで来ているという気分にぴったりな、アコースティックで、グルーヴィーで、聴くだけで楽しくなってしまうほど洒脱なポップセンスに溢れる、南ロンドン出身のR&Bシンガーソングライター、エルヴィーンことエルヴィン・スミスの多分オフィシャル・アルバムとしては唯一の作品、『Made Of』(2014)をご紹介します。

自分がこのエルヴィーンというアーティスト、このアルバムと出会ったのはちょうど3年前の今頃、やはりこれから春本番、という時期でした。タワーレコードの試聴コーナーで「何かよさげなアルバムはないかなあ」と思いながらいろいろなCDを聴いていたのですが、この白地にポップな感じのアートセンスで描かれたアーティストの肖像のジャケット(よーく見ると様々な色とサイズのボタンが並べられて描かれたという素敵なジャケットでした)に目を引かれ、POPでも「イチオシ!」とあったので聴いてみたところ、目の前を一気に明るくして、春に本当にふさわしいポップなセンスに溢れた、それでいて陳腐さとか甘ったるさとかいったものとは無縁な、うるさ方の洋楽ファンでもきっと気に入って頂けるようなサウンドに一発でやられてしまい、購入。以来この時期になると引っ張り出してきてプレイする、愛聴盤となっています。

このアルバムは2008年にロサンゼルスのサウンド・ファクトリー・スタジオで録音され、ベックの『Midnight Vultures』(1999)や『Guero』(2005)、ベル&セバスチャン、フォスター・ザ・ピープルといったオルタナティヴ系の作品プロデュースで知られるアメリカ人のトニー・ホッファーのプロデュースで制作されたのですが、なぜか英米でのアルバムリリースはUKのマイナー・レーベル、Clicks ‘n’ Clapsから行われただけで、大きな反響も得られず(実際WikiAllmusicDiscogsなど英米系の音楽データベースではこの作品についてのデータは存在していないようです)、2014年に日本で独自にリリースされたようなのです。

でも、このサウンドは日本のファンだけに聴かせておくのは本当にもったいない、そんな宝箱のようなキラキラした輝きがどの曲からも感じられる珠玉の一品。ヴァージンレコードと契約した2008年当時は、UKの音楽メディアではスタイル・カウンシルに比べられたり、「UKのジョン・レジェンド」という評価を得ていたようですが、自分が聴いた感じではエルヴィーンのサウンドはこうしたアーティスト達と比べて遙かに湿っぽさが少ない、カラリとした青空を想起するようなサウンドなのです。

むしろ自分が想起したのはベン・フォールズや、以前この「新旧お宝アルバム!」でもご紹介したあの山下達郎氏が敬愛するというフィフス・アヴェニュー・バンド。元来ピアニストだというエルヴィーンの作り出す曲はピアノがそのサウンドの中核を支えている、洗練されたコード進行の曲が多いのと、それでいてリズムセクションが際だっていて、印象的なアレンジの楽曲が素晴らしく、ボーカルもR&Bシンガーながらいわゆる「黒っぽさ」よりも、地声とファルセットを自由自在に行き来する洒脱なボーカルワークが素晴らしいあたりもそういう印象を強く持たせる理由でしょうか。エルヴィーン自身、両親が西インド諸島のセント・ルシア出身だという出自がこうした乾いたポップセンスを持つ背景にあるかもしれません。

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爽やかなピアノリフと力強いに乗ったエルヴィーンのボーカルを分厚いコーラスがバックアップする冒頭の「In Colour」、歌詞に「パリでも東京でも君を好きなところに連れて行くよ」と出てくるのが受けたか、J-Waveのカウントダウンにもランクインした、こちらもリズム隊とピアノとコーラスが一体となった「Good Books」、もろフィフス・アヴェニュー・バンドや70年代初頭のバーバンク・サウンドを思わせるフィール・グッドな「The Sun And I」、アコースティックなナンバーの中で唯一、控えめながらシンセサイザーの打ち込みが効果的に使われている(でも曲調は70年代初頭のグルーヴィー・ポップ・マナーでベン・フォールズを彷彿させる)「Rise」などなど、アルバム前半は正に珠玉の楽曲が詰まっています。

後半、「That Road」「The Clock」のようにやや陰りのあるメロディの曲でもやはりフィール・グッドなポップさは変わりません。後者は珍しくピアノの代わりにフェンダー・ローズを使ったバラードですがこれがまた楽曲のドリーミーなポップさによくマッチしています。ピアノをパーカッシヴに駆使してドカスカ・ドラムとの共演で聴かせる「Control」はこのアルバムで最もベンフォールズを思わせるナンバー。その他夢見るようなメロディの「Human Nature」やピアノとエルヴィーンの繊細なボーカルだけでしっとり聴かせる「Subtitles」など、最後までアルバムを彩る楽曲群の安定したクオリティの高さは素晴らしく、この作品が英米で陽の目を見なかったことが信じられないくらいです。

こうした楽曲全13曲はすべてエルヴィーンの自作自演。そしてこのアルバムがUKでリリースされた2008年には、彼は当時デビューアルバム『19』(2008)でセンセーショナルにデビューしたアデルの最初のUKツアーのメインのサポーティング・アクトに抜擢。当時多くの聴衆にパフォーマンスを届けていたのですが、この素晴らしい作品が商業的にはブレイクに至らなかったためか、その後彼は音楽マネジメントの道に進むことになります。

そして彼が2012年にマネージャーとして仕事を始めた相手があのサム・スミスエルヴィンサムと再会した時、二人は2008年のアデル・ツアーの際に最前列でアデルを見ていたサムエルヴィンが当時会話を交わしたことを思い出したのです。何という巡り合わせ。

そしてサム・スミスの3人目のマネージャーとなったエルヴィンは、グラミー賞ブリット・アウォードを総ナメにしたサムのデビューアルバム『In The Lonely Hour』(2014)に収録された、サムの3曲目の全英ナンバーワンヒットとなった「Lay Me Down」を友人のソングライター、ジミー・ネイプスと共作し、晴れて音楽ビジネスでの成功をサムと一緒に味わったのでした。

長い苦労の末にサム・スミスの成功でやっと陽の目を見たエルヴィンの才能、そしてそれと時を同じくして彼の最初のアルバムであるこの『Made Of』が日本でリリースされたことには、何やら運命的なものを感じざるを得ません。

春が目の前まで来ているこの季節、エルヴィーンの素晴らしい楽曲に溢れたこのアルバムを是非手に入れて、耳を傾けてみて下さい。

<チャートデータ> チャートインせず


新旧お宝アルバム!#77 追悼〜「Just A Stone’s Throw Away」Valerie Carter (1977)

2017-03-06

2017.3.6

新旧お宝アルバム #77

Just A Stone’s Throw AwayValerie Carter (Columbia, 1977)

日々少しずつ暖かくなる今日この頃、梅も盛りを過ぎ、もう少しすると桜の季節に突入しそうなそんな春爛漫に向かう感じで、思わず気持ちも軽くなり、いろいろな音楽を聴きたくなるそんな季節になってきました。

そんな明るい気持ちになる季節、残念ながらこの週末にまた悲しい知らせが。70年代にフォーク・ロック・トリオのハウディ・ムーンのメンバーとしてシーンに登場、70年後半以降何枚かのソロアルバムを出しながら、数々のポップ・ロック系の作品のバックを固めるセッション・バックアップ・ボーカリストとして活躍したヴァレリー・カーターの訃報に愕然とした古くからのファンの方も多いと思います。彼女は、あのスティーヴ・ウィンウッドの1987年の大ヒット曲「Valerie」にもその素晴らしさを歌われた多くのミュージシャンからの敬愛を集めたボーカリストでした。

その彼女を追悼しつつ、まだ彼女の素晴らしい歌声に触れていないかもしれない若い洋楽ファンの皆さんに是非彼女の素晴らしさを知ってもらいたくて、今週の「新旧お宝アルバム!」は彼女のソロ・デビュー作『Just A Stone’s Throw Away』(1977)をご紹介することにしました。

既に古くからのウェスト・コースト・ロック・ファンや、AORファンの皆さんの間ではその美しくも時にはソウルフルで力強いヴォーカルの魅力で広く人気のあったヴァレリー・カーターのキャリアの始まりは、上述のようにLAの有名ライヴハウスである「トルバドゥール」での、ハウディ・ムーンのメンバーとしてのライヴと、それに続くアルバム『Howdy Moon』(1974)のリリースでした。ハウディ・ムーンは、彼女の他に以前#63でご紹介したフィフス・アヴェニュー・バンドのギタリストだったジョン・リンドと同じくギタリストのリチャード・ホヴェイの3人組。後にヴァレリーのメンター(導師)となり、彼女を70年代カリフォルニアのミュージック・シーンに導いていくこととなるリトル・フィートローウェル・ジョージのプロデュースによるアルバムは残念ながら商業的にはブレイクしませんでしたが、ヴァレリーはこのアルバムに参加したリトル・フィートのメンバーやアンドリュー・ゴールド、ジョン・セバスチャン、後のトトのメンバー、デヴィッド・ペイチジム・ケルトナー、チャック・レイニーといった当時のカリフォルニア音楽シーンを代表するミュージシャン達との交流を深めていきました。

そしてその間ジェームス・テイラーのアルバム『Gorilla』(1975)『In The Pocket』(1976)といったアルバムのバックコーラスや、リンダ・ロンシュタット、ジャクソン・ブラウンといったウェスト・コーストの大物ミュージシャンのツアーに参加するなどしてシーンでの確かな存在感を高めていったのです。

1977年にローウェルの導きでリリースした、今日紹介する初ソロアルバムは、収録された楽曲のスタイルといい、バックを固める当時のカリフォルニア音楽シーンを代表するそうそうたるミュージシャンのプレイといい、彼女の可憐なポートレートをあしらったジャケットといい、いずれもヴォーカリスト、ヴァレリーの魅力を最大限に発揮するに充分な出来です。

何しろ、一曲目、70年代初頭のR&Bボーカル・グループ、ファイヴ・ステアステップスの大ヒットバラード「Ooh Child」のカバーからして、冒頭のエレピのイントロからヴァレリーの透き通ったような美しいボーカルがふわっと立ち上がってくるあたりの素晴らしさに、初めてこのアルバムを聴いた当時(自分は高校生でしたw)震えるような感動を覚えたものです。そして他の曲にも言えることですが、単に歌声が美しいだけでなく、原曲のR&Bテイストを絶妙に表現するそこはかとないソウルフルさも持ち合わせているのがヴァレリーのヴォーカルの独特な魅力です。この曲、アルバムの「つかみ」としては絶妙で、プロデューサーのジョージ・マッセンバーグやアルバム制作に深く関わったであろうローウェルの細心の気配りが感じられるオープニングです。

自作の「Ringing Doorbells In The Rain」は引き続き高音域では美しいヴィヴラート、中低音域ではぐっとソウルフルな発声でグルーヴを生み出すレンジの広いボーカルでやはりヴァレリー独特の魅力満点のちょっとゆるいファンク気味のスタイルの楽曲。続くローウェルの曲「Heartache」はオーケストラとピアノを配してしっとりと失恋の哀愁を歌うバラードで、バックにリンダ・ロンシュタットと思しきコーラスが寄り添う楽曲。そしてローウェルと、ハウディ・ムーンのアルバムにも参加していた元ラヴィン・スプーンフルジョン・セバスチャンのペンによる「Face Of Appalachia」は、ジョンの1974年のアルバム『Tarzana Kid』にも収録されていた、バンジョーの音色が郷愁を誘うフォーキッシュなナンバー。嫌みのないそれでいて巧みなボーカルテクニックを披露してくれるヴァレリーのパフォーマンスは、こうしたシンプルなアレンジな曲で最高に映えます。

そしてLPでいうとA面最後の「So, So Happy」はアース・ウィンド&ファイアエモーションズ、アニタ・ベイカーといった70~80年代メインストリームのR&Bアーティストの数々のプロデュースで知られるスキップ・スカボローの作による、ミディアムテンポのウキウキするようなナンバー。元々ハウディ・ムーンの盟友だったジョン・リンドが後にEW&Fの「Boogie Wonderland」の共作者となった人脈によると思われるスキップの曲と、バックのホーンはEW&Fのメンバーだと思われますが、前述のように美しい歌声の中にソウルフルさを内包するヴァレリーのボーカルのまた別の魅力を引き出しています。

LPでいうとB面の冒頭のアルバムタイトル・ナンバー「A Stone’s Throw Away」はこれもこの新旧お宝アルバム!#45でご紹介したバーバラ・キースと夫のダグ・ティブルスの作品で、紹介した彼女のアルバムにも収録されていた、ゴスペル・スワンプ調のソウルフルなグルーヴ満点の曲。バーバラのバージョンに比べるとやや小綺麗な感じのアレンジになっていますが、中盤以降でヴァレリーが聴かせるゴスペル調の力強いボーカルはここでも彼女のボーカリストとしてのレンジの広さを証明してくれます。今回の訃報に当たってツイッターでフォーク・シンガーのショーン・コルヴィン曰く「最初彼女の歌を聴いた時、唯々彼女のように歌いたいと思って努力したけど、誰も彼女のように歌うことは出来ないのよ」。まさしく唯一無二のヴァレリーのボーカルの真骨頂を感じさせるナンバーです。

再びローウェルヴァレリーの共作によるしっとりとしたバラード「Cowboy Angel」に続いて、故モーリス・ホワイト以下EW&Fのメンバーのペンによる作品で、彼らの演奏とホーンセクションをバックにパフォームされる、都会的なファンク・ナンバー「City Lights」が意表を突いて登場。アースのアルバムに入っていても全然おかしくないこのナンバー、ハーモニー・ボーカルを付けているモーリスヴァレリーのボーカルが見事に一体となったグルーヴを生み出していて、ここでもまたヴァレリーの多才さが発揮されています。

そしてアルバム最後「Back To Blue Some More」はローウェル、ヴァレリー、そしてリトル・フィートのキーボードのビル・ペインの作品。前の曲の都会的なテイストを引き継いで、こちらは都会の夜を思わせるようなジャジーな楽曲をヴァレリーが洒脱にしっとりと歌い上げてラストを締めます。

残念ながら本作も、そしてこのアルバムに続いてトトのメンバーをバックにリリースした2枚目の『Wild Child』(1978)も商業的な成功には至らず、この後ヴァレリーはセッション・シンガーとしてのキャリアを継続することに。クリストファー・クロスの大ヒット作『南から来た男(Christopher Cross)』(1980)を初めとしてニコレット・ラーソンNicolette』(1978)、ドン・ヘンリーThe End Of The Innocence』(1989)、ジャクソン・ブラウンLooking East』(1996)と様々なアルバムで活躍する一方、『The Way It Is』(1996)、『Find A River (EP)』(1998)、『Midnight Over Honey River』(2004)と自分の作品もリリースしていましたが、2000年代に入って思うような活躍が出来ないストレスからか、薬物依存となり一線から姿を消してしまいました。2009年に薬物不法所持によって逮捕されるというニュースは昔からのファンや、彼女を敬愛するアーティスト達の心を痛めたのです。

しかしデビュー以来彼女の才能を認めて自らの数々のアルバムやツアーに起用し続けてきたジェイムス・テイラーのサポートもあり、2011年には薬物依存症治療プログラムを無事完了したという明るいニュースが伝わってきていて、これから少しずつまたあの素晴らしい歌声を聴かせてくれるという期待を持たせてくれていたのですが、今回の訃報は本当に残念です。まだ64歳と若かった彼女の死亡の原因はまだ詳細が伝わってきていませんが、唯々冥福を祈るのみ。

春がもうすぐそこまできている今、改めてヴァレリーの美しくも表現力豊かなボーカル・パフォーマンスが堪能できるこのアルバム、2005年にソニーミュージックさんがCD再発してくれていて、比較的手に入りやすいと思いますので、是非一人でも多くの人に聴いていただきたいな、と心から思うことしきりです。

 <チャートデータ>

ビルボード誌全米アルバムチャート最高位182位(1977.4.30付)


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