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新旧お宝アルバム!#132「Honky Tonk Angel」Ellen McIlwaine (1972)

time 2018/09/24

2018.9.24.

新旧お宝アルバム #132

Honky Tonk AngelEllen McIlwaine (Polydor, 1972)

秋雨前線が活動を本格化した先週から次第に秋らしい空が見れる日が増えてきました。このシルバー・ウィーク、旅行やアウトドアを楽しんだ方も多かったと思います。そうこうしているうちにいよいよ来週からは2018年も最後の四半期に突入。今月末をもって来年発表のグラミー賞の対象期間も締め切りになるので、いよいよ2018年も総決算のタイミングになってきました。ホントに一年なんて、あっという間ですねえ。

さて秋深まる10月を前にして、今回の「新旧お宝アルバム!」では、70年代初頭、新たなロックの夜明けの時代に次々と輩出した数々の素晴らしいアーティスト達の中で、卓越したギタープレイテクニックと個性的でソウルフルな歌声を持って登場しながらも、なぜかメインストリームの人気を勝ち得ることなく「知る人ぞ知る」的な存在だった女性シンガーソングライター&ギタリスト、エレン・マッキルウェインが輝くような才能を存分に発揮したデビューアルバム『Honky Tonk Angel』(1972)をご紹介します。

70年代初頭、60年代後半のサイケデリック・ロックやフラワー・ムーヴメントの衰退にカウンターするかのように、ビートルズストーンズらの系譜を受け継ぐ形で、多くのR&Bやブルースを音楽的基盤としてサウンドや楽曲を展開する数々のアーティスト達が英米で輩出しました。リオン・ラッセルジョー・コッカーによるマッド・ドッグ&イングリッシュメンや、デラニー&ボニーと合流したクラプトンオールマン・ブラザーズ・バンドらの南部のバンド達、いわゆるスワンプ・ロックと呼ばれるスタイルでアメリカ南部を中心に活動したボビー・チャールズ、ジェシ・エド・デイヴィス等々、この時期にR&B/ブルース的なスタイルによるロックは大きな隆盛の時期を迎えました。

そんな時期に登場したのが今回ご紹介するエレン・マッキルウェイン。このデビュー作リリースの時点では27歳のやや遅咲きのデビューでしたが、アコギを中心に卓越したギター・テクニック、特にそのスライド・ギターの腕は同時期にやはりR&B・ブルースベースのロックでスライド・ギターを操っていたボニー・レイットに勝るとも劣らないレベル。

ナッシュヴィル生まれのエレンは宣教師の養子になり、何と15歳まで神戸に住んでいて、米軍放送から流れてくるレイ・チャールズファッツ・ドミノの音楽を聴いて育ったと言うから極めてユニークな経歴です。

17歳でアメリカに戻り高校大学と進んだ彼女でしたが、21歳の時には大学をドロップしてミュージシャンとしてのキャリアをスタート。NYに出て幸運にも当時のグリニッジ・ヴィレッジの人気ライヴハウス、カフェ・オー・ゴー・ゴーで演奏する機会を得た彼女は、当時ジミヘンジョン・リー・フッカー、ハウリン・ウルフといった超大物のブルース・ミュージシャン達と共演したというから既にこの頃から「持ってる」人だったようです。

リッチー・ヘヴンスなどギターの達人達からスライド・ギターの手ほどきを受けたエレンはこれをマスター、その後アトランタに戻って、当時では珍しい女性である自らリード・ボーカル、リード・ギターのロック・バンド「フィア・イットセルフ」を結成、デビュー・アルバムをNYで録音。

バンドとしてのデビューが必ずしも成功とはならなかった中、ソロに転じたエレンが満を持してリリースしたのが今日ご紹介する『Honky Tonk Angel』。タイトルからいってカントリーのアルバムか、と思われやすいのですが、その内容は、R&B、ジャズ、ブルース、ゴスペルなどのアーシーな音楽を渾然としてスタイルを中心に、タイトル通りのカントリーや、アフリカン・リズム、黒人霊歌までも抱き込んで消化した楽曲群を、エレン・マッキルウェインというユニークな才能のアーティストとしての圧倒的なパフォーマンスを聴かせる、多様で複雑でエモーショナルなアルバムです。

しかも録音にあたっては、当時のNYの最高峰のスタジオ、レコード・プラント・スタジオのスタッフが高音質の録音を行い、マスタリングの巨匠と言われるボブ・ラドウィッグがマスターしたというとにかく音のいいレコードで、エレンの素晴らしいパフォーマンスを存分に楽しめるヴァイナルLPを探す価値がある、そういうレコードです。

レコードのA面は、NYのライヴ・ハウス「ビター・エンド」でのライヴ収録で、一曲一曲に対する観客の反応が、エレンのギターとバンドの演奏の素晴らしさ(アルバムには「すべてのギター:エレン・マッキルウェイン」というクレジットがあります)と、エレンのボーカルの存在感と表現力が素晴らしいことを証明している、エキサイティングなサイド。

冒頭からいきなりぶちかましてくるのは、1966年ジョニー・テイラーがそのデビューアルバムに収録していた、アイザック・ヘイズデヴィッド・ポーター作のナンバー「Toe Hold」。ジョニーのゆったりとしたサザン・ソウル風のアレンジとは全く異なり、コンガがいきなりハイテンポなリズムを刻む、冒頭からエキサイティングなアレンジで観客を一気に持って行きます。エレンのボーカルも多彩で途中スキャットを交えながら観客をドライヴ、タイトなカッティングギターのフレーズでもグルーヴをドライヴするあたり、エレンのギターの腕前を感じます。

2曲目はエレンが敬愛するというジャック・ブルースの曲「Weird Of Hermiston」。ジャックのアルバム『Songs For A Tailor』(1969)収録のこの曲をアコギ一本で歌うエレン、静かに初めて次第にエモーショナルに歌い上げ、カタルシスの後また最後は静かにフィニッシュ。続いてジミヘンの『Axis: Bold As Love』(1967)からの有名曲「Up From The Skies」のカバーは、こちらもエレンのアコギとベースだけでシンプルながら、グルーヴ満点、ブルージーに料理。ここでもエレンのソウルフルなボーカルが光っています。

4曲目はエレン次作の2分という短い「Losing You」。アコギのスライド・ギターをビンビンと唸らせる迫力あるリフに乗せて「あなたを失っていく、あなたを失っていく」とややトランス状態にもきこえるテンションで叫ぶエレンのボーカルはふとアラニス・モリセットを思い出させます。

そしてA面ライヴの最後はご存知ボビー・ジェントリーの大ヒット曲「Ode To Billy Joe」のカバー。スローなカントリー・バラードのオリジナルのアレンジを完全に壊して、エレンの複雑なリフ満載のアコギワークを駆使して、アップテンポなブルース・ナンバーに変貌させているのが凄い。

B面はレコード・プラント・スタジオでの録音。冒頭はいきなりコンガで始まって延々とコンガのみとアフリカン・チャントの輪唱のような演奏が繰り広げられる、アフロ・ジャズ・ドラマーのガイ・ウォーレンの作品「Pinebo (My Story)」。そして続いてはアコギをバックにメロディが始まった瞬間、ああスティーヴ・ウィンウッドの曲だ、とわかる、ブラインド・フェイスの「Can’t Find My Way Home」のカバー。相変わらず達者なアコギの複雑な手数のフレーズと個性的な音色のエレンのボーカルが、彼女ならではの世界を再構築しています。

B面3曲目はエレンのこのアルバム2曲目の自作「Wings Of A Horse」。アップテンポなバンド演奏が繰り出す複雑なメロディとコード進行に乗った、独特なエレンのボーカルがある瞬間はジョニ・ミッチェルのように、またある瞬間はジャニスとボーカルの表情が刻一刻と変わっていくのがとってもスリリングなナンバー。

そしていきなりこの曲だけがベタベタのオールド・スタイルなナッシュヴィル・カントリー・チューンな「It Wasn’t God Who Made Honky Tonk Angel」。もちろんアルバムタイトル由来の曲だし、エレンもナッシュヴィル出身だし、この曲のオリジナルである女性カントリーシンガーの草分け的存在のキティ・ウェルズのバージョンに敬意を払って、ということなんだろうけど、全体のブルージーな感じのアルバムの中ではやや唐突感が。それでもエレンはここでスティール・ギターも達者にこなして、レンジの広いボーカルを聴かせるなど、エレンの多彩さを存分にアピールしていて、その意味では選曲としてはある意味必然なのかもしれないが。

そしてアルバムの最後を締めるのは、60年代公民権運動のコンテクストでも様々なアーティストに取り上げられ、ラムゼイ・ルイスハーブ・アルパートのバージョンが有名な黒人霊歌「Wade In The Water」のエレン的解釈・アレンジによる演奏。このアルバムを通して印象的なアクセントの一つとなっているコンガの音色とリズムをバックに、ジャズ・ブルース・ロックとでも言えるアーシーなグルーヴ感を存分に感じさせる、エレンならではの「Wade In The Water」でアルバムは終わります。

商業的に成功することはほとんどなかったエレンですが、ボニー・レイットスーザン・テデスキなど、この後輩出する女性ブルース・ギタリスト達の一つの先駆的ロール・モデルとして、広い範囲のミュージシャンから敬愛を受けつつ、現在に至るまで活動を続けている模様。

80年代には敬愛するジャック・ブルースとの共演を果たし、アルバム『Everybody Needs It』(1982)をリリースしたり、なぜか当時人気があったオーストラリアに度々ツアーで出かけたり、2000年代に入ってはインドのタブラ奏者のカシアス・カーンと共演したアルバム『Mystic Bridge』(2006)をリリースしたりと、様々なアーティストと多様な活動を展開しているようです。

そんなエレンが、これから大きく羽ばたこうというヴァイブに溢れた熱演を聴かせてくれる、70年代初頭の空気を今にヴィヴィッドに伝えてくれるこのアルバム、是非ともヴァイナルで見つけてその素晴らしい演奏、録音によるサウンドを秋の夜、楽しんで下さい。

<チャートデータ> チャートインなし

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