新旧お宝アルバム!

 

新旧お宝アルバム!#90「Break Up」Pete Yorn & Scarlett Johansson (2009)

2017.6.19

新旧お宝アルバム #90

Break UpPete Yorn & Scarlett Johansson (Atco, 2009)

6月も後半に入る今週、相変わらず梅雨はどこに行ったのかっていうほど、雨の気配のない天気が続いてますが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか。いよいよ今年後半の各種洋楽ライヴのアナウンスやチケット発売も始まり、あっというまに2017年もそろそろ折り返し。来週くらいには、今年前半のおすすめアルバム、なんてリストも考えてみたいと思っています。

さて今週の「新旧お宝アルバム!」は最近、といいながらもう8年前のアルバムになるわけなんですが、ちょっと今の季節感にはそぐわなくて、どちらかというとまだ寒さを感じる初春の暖かい日だまりでセーターを着ながら日なたぼっこをしてる、っていう感じのアルバムをご紹介します。今回ご紹介するのは、90年代後半からブレイクし始めたシンガーソングライター、ピート・ヨーンと、映画『ロスト・イン・トランスレーション』(2003)でブレイク、その後マーヴェル映画のアヴェンジャー・シリーズではブラック・ウィドウ、『世界でひとつの彼女(Her)』(2013)やリュック・ベンソン監督の『ルーシー』(2014)などでセクシーで印象的な女性(または女性の声)を演じ、今年は日本アニメの傑作『攻殻機動隊(Ghost In The Shell)』のハリウッド・リメイク版に主演した皆さんご存知のスカーレット・ジョハンソンが2009年にリリースした、幸せを感じられるデュエット・アルバム『Break Up』をご紹介します。

このアルバムはもともと、1960年代にリリースされた、当時フランス一のセクシー男性シンガーと言われたセルジュ・ゲインズブールと、一時は彼の妻でもあり、こちらも当時セクシーな女優として知られたブリジッド・バルドーによるデュエット・アルバムをイメージにおいて作られたというもの。

ただ単なる企画もの、過去の有名作品のアイディアに乗っかった作品というレベルに止まらず、ピートの楽曲とスカーレットの不思議な魅力たっぷりのボーカルとがなかなか素敵なケミストリーを生み出している素敵な作品。

本家のゲインズブール&バルドー同様、男と女が二人の関係の移り変わりをデュエットを通じて物語っていく、というコンセプトが二人の間の幸福感やオプティミズム、そして時には不安や希望を実に表現していて、時々引っ張り出しては聴きたくなる、そんなアルバムです。

今ハリウッド一のセクシーで演技派女優、スカーレットのことはもう皆さんよくご存知なので今更上記以上のご説明は不要でしょうが(笑)、ピートのことはちょっとご説明しておきます。

彼はニュージャージー州出身のシンガーソングライターで、1999年にキャメロン・ディアズ主演の大ヒットコメディ映画『There’s Something About Mary(メアリーに首ったけ)』(1998) を監督したファレリー兄弟の映画『Me, Myself And Irene(ふたりの男とひとりの女)』(2000)に提供した楽曲が全面的に映画に使われたことでブレイク。翌年リリースしたデビューアルバム『musicforthemorningafter』が高い評価を受けて、その年ローリング・ストーン誌の選ぶ「2001年注目のアーティスト」に選ばれるなど、USロックシーンではその実力を認められたシンガーソングライターの一人。また、自らの作品の楽器演奏はほとんど一人でやってしまうというマルチ・インストゥルメンタリストでもあります。

今回紹介するアルバムの楽曲も1曲を除いてはピートの作品で、その作風は90年代のグランジ・ムーヴメントやR.E.M.ベックに代表される90年代後半のアメリカン・オルタナ・ロックのバンド達のサウンドに明らかに多くの影響を受けたと思われる、ポップなフックが耳になじみやすいメロディーと、音使いはシンプルでややラフながら、楽曲の骨組みや楽器(特に時折ノイズ的に使われたシンセやドラムス・パーカッション)の使い方がいかにも90年代ロックを通過してきました的な、不思議な魅力を持った楽曲を多く聴かせてくれます。

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しかしこのアルバムのもう一つの、そして最大の魅力はスカーレットのハスキーで、やや気だるそうな、それでいて存在感のあるボーカルでしょう。彼女が全面的にリード・ソロを取る楽曲は一つもなく、主たるパートを最も多く唄っている曲といえば、ピートと交互にメイン・ヴァースを唄う、アルバムオープニングのリズミックでウキウキする「Relator」とナッシュヴィル・バラード的な3曲目の「I Don’t Know What To Do」、そしてラス前でメンフィスあたりのラウンジで演奏されているのでは、といったギターの音色が印象的な「Clean」くらいで、それ以外の曲では要所要所でボーカルを入れたり、ピートのボーカルにハーモニーで寄り添ったり、といったパフォーマンスが多いのですが、彼女の声が入ってきた瞬間に一気にその存在感が耳に飛び込んでくるのです。特に「I Don’t Know~」でスカーレットのボーカルがふわっと立ち上がってくるあたりはかなりヤバいです。是非聴いてみて下さい。

彼女のボーカルは、技巧として高いものは当然ないのですが、発声の仕方やそもそも声質がなかなか聴かせるところが多く、単なるハリウッド女優の隠し芸的なレベルで終わっていないところには、正直最初聴いた時は驚いたものでした。

一方、4曲目の「Search Your Heart」でのイントロで軽快なギターのリフをバックに2人がサビのフレーズを繰り返し歌うあたりや、ベックの初期の曲を思わせるシンセとリズム・マシーンのイントロからR.E.M.っぽい透明感のあるギターサウンドに変貌する「Shampoo」でスカーレットピートの3度上下のコーラスを付けながら歌う、シナトラ親子の「Somethin’ Stupid」を彷彿させるようなボーカルコラボなどは、二人がこのコラボを楽しみながらやっているなあ、と聴きながら思わず幸せを感じることができる楽曲です。

アルバム最後は、こちらもナッシュヴィルやメンフィスの古いライヴ・バーで演奏しているような雰囲気のゆったりした、骨太のギターの音色をバックに、ところどころに90年代的なノイズ一歩手前のパーカッシヴ・サウンドが入る楽曲をピートが唄う「Someday」で締められます。ここでは自らの存在をアルバムからフェードアウトするかのように、スカーレットは完全にバックコーラスに徹しているのも、それまでのアルバムを通しての彼女の存在感を考えると印象的ですね。

もともとこのアルバムの音源のセッションは、2006年には録音されていたのですが、諸般の理由からすぐにリリースされませんでした。その間にスカーレット自身、このセッションで音楽活動への自信も得たのか、2008年にはオルタナ・ロック・バンド、TVオン・ザ・レイディオのリーダー、デイヴ・サイテックをプロデューサーに迎えた初ソロアルバム『Anywhere I Lay My Hat』をリリース。何とデヴィッド・ボウイと3曲客演しているこのアルバムは1曲以外はすべてあのトム・ウェイツのカバーという、女性アーティスト、それもプロのミュージシャンでないアーティストによるソロ・デビューとしてはとても異色のもので、シーンで賛否両論を得たようです。

そうこうする中、同時期に、同じような女優と男性シンガーソングライターによるユニット、She & Him(映画『あの頃ペニー・レインと(Almost Famous)』(2000)や米FoxのTVシリーズ『ダサかわ女子と三銃士(New Girl)』での主演で有名なゾーイ・デシャネルM.ウォードのデュオ・チーム)がリリースした『Volume One』(2008)が人気を呼んだというのがおそらくきっかけになって、録音以降棚上げになっていたこの音源がめでたくアルバムリリースに至った、ということではないかと個人的には見ています。

ピートはその後もソロで着実な活動を続けていて、昨年も7枚目のアルバム『Arranging Time』(2016)をリリース、ロック・プレスの評価もそれなりに高いようです。一方スカーレットの音楽活動もその後いろいろと続いており、最近では2015年にLAのポップ・オルタナ・バンド、HAIMの長姉エステを含む4名でザ・シングルスなるバンドを結成、シングルリリースするなど、相変わらず音楽活動への意欲は捨ててないようです。

同じタイプのコラボであるShe & Himがその後『Volume Two』(2010)『A Very She & Him Christmas』(2011)、『Volume 3』(2013)、『Classics』(2014)などとコンスタントに素敵なアルバムを作ってるし、スカーレットも映画が忙しいのでしょうが、ピート&スカーレットの続編アルバムで、また素敵な楽曲と二人のボーカルコラボを聴きたい、と思っているのは多分自分だけではないはず。その日が来るのを期待しながら、このアルバムでほんわりした気分をお楽しみ下さい。

<チャートデータ> 

ビルボード誌全米アルバムチャート最高位41位(2009.10.3付)


新旧お宝アルバム!#89「American Flyer」American Flyer (1976)

2017.6.12

新旧お宝アルバム #89

American FlyerAmerican Flyer (United Artists, 1978)

関東地方は梅雨入りしたそうなんですが、連日夏になってしまったかのような暑くいい天気が続いていて雨の気配もあまり感じられないここ数日、皆さんはいかがお過ごしでしょうか。空梅雨というのも秋のお米、そして日本酒の出来のことを考えると困るもので、多少雨も降ってもらって、7月にはからりと梅雨明けそして夏!という風にいきたいものです。

さて今週の「新旧お宝アルバム」はここ数日のさわやかな天気を思わせる、フォーク・ロックの素敵なアルバムをご紹介。イーグルスに続くウェスト・コースト・ロックのスーパーグループか?と当時ちょっとだけ評判になりましたが、本来受けるべきちゃんとした評価を得られないままアルバム2枚で解散してしまったグループ、アメリカン・フライヤーのデビュー・アルバム、『American Flyer』(1976)をご紹介します。

1972年『Eagles』で鮮烈なデビュー、その後『Desperado(ならず者)』(1973)、『On The Border』(1974)を経て彼らの最高傑作『One Of These Nights(呪われた夜)』(1975)で人気の頂点を極めたイーグルスの成功は、折からのFMロックステーションの隆盛と相まって、フォーク・ロック、カントリー・ロックといったジャンルに対する人気の高まりを呼び、当然ながら各レコード会社のマーケティングはこのジャンルのアーティストへ集中することになりました。

特にこのジャンルに力を入れたのは、ジャニス・ジョプリンらを見いだし、機を見るに敏で利に聡く、当時コロンビア・レーベルを離れ自らのアリスタ・レーベルを立ち上げていたクライヴ・デイヴィス。「Peaceful Easy Feeling」などイーグルスの初期の作品の作者だったジャック・テンプチンと、90年代のSSW(シンガーソングライター)ルネッサンスの旗手の一人となるジュールズ・シアーを擁したファンキー・キングスを「次のイーグルス」として売り出そうとしたり(彼らは以前このコラムでも取り上げました)、イーグルスバーニー・レドンの弟、トムを擁したシルヴァーを売り出したりしたものです。

そういうトレンドに乗って出てきたわけではないようですが、機を同じくしてそれまでロック・シーンで着実な活躍をしてきたアーティスト4人が、集結して結成したのがこのアメリカン・フライヤー。そのイーグルスCSN&Yを想起させる軽やかなフォーク・ロック・ベースの楽曲と、美しいメロディとハーモニーで達者な魅力満点のパフォーマンスを聴かせるこのバンドは、このアルバムをプロデュースした、ビートルズアメリカのプロデュースで有名な、あの故サー・ジョージ・マーティンの手腕も相まって、素晴らしい作品となっており、このジャンルのファンにも人気の高い盤です。

アメリカン・フライヤーを語るに当たってまず名前が出るのは、メインのボーカルでこのアルバム12曲中6曲を書いているメインソングライターでもあるエリック・カズ。彼の名前は70年代ウェストコースト・ロック・ファンの間ではつとに有名で、リンダ・ロンシュタットボニー・レイットが特に彼の歌をカバーしていて、特にこのアルバムでセルフ・カバーもしている「Love Has No Pride」は彼のシグネチャー・ソングの一つ。その他にもこの2人がやはりカバーしている「Cry Like A Rainstorm」、イーグルス脱退後のランディ・マイズナーのヒット「Hearts On Fire」「Deep Inside My Heart」など数々の作品をいろんなアーティストに提供してきたシンガーソングライターなのです。

もう一人の主要メンバーであるクレイグ・フラーは、このグループに加入する直前までは、オハイオ州シンシナティを中心に活躍するカントリー・ポップ・グループ、ピュア・プレイリー・リーグの中心メンバーだった人で、PPLの最初のヒット曲「Amie(いとしのエイミー)」(1975年最高位27位)の作者ながら、この曲のヒットを最後にPPLを脱退、このアメリカン・フライヤーに合流しています。

残るメンバーも、60年代にアル・クーパー率いるブルース・プロジェクトに在籍後、ブラッド・スウェット&ティアーズにいたスティーヴ・カッツと、こちらも60年代後半NYの先鋭的ロックバンド、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドに在籍していたダグ・ユールと、錚々たる顔ぶれでした。

そうした名うてのミュージシャン達が結成したスーパーグループ、ということ以上にこのアルバムを特別なものにしているのは、ほとんどの曲でペンとボーカルを取るエリッククレイグの二人の織りなす楽曲の素晴らしさと、メンバー4人によるハーモニー・ボーカルの美しさ、そして随所に職人芸的に施されたジョージ・マーティンのアレンジによる管楽器やストリングスで、これらが見事に調和してそんじょそこらのフォーク・ロック作品とは違った音色のゴージャスさを生み出しています。

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物憂げなピアノのイントロから印象的なリズム・パターンのリフとエリックの魅力満点のボーカルで冒頭からリスナーをつかむ「Light Of Your Love」や、シングルとして小ヒットもした、サビのコーラスが豪華な「Let Me Down Easy」など、エリッククレイグの共作によるナンバーにはこうした、このアルバムを特別にしている要素が包含されていて、特に全体の中で抜き出た楽曲に仕上がっています。

エリック単独作品の数々ももちろんこのアルバムの中心的な構成要素となっていて、2曲目のスケールの大きいメロディが印象的な「Such A Beautiful Feeling」、静かなアコギと簡単なリズムセクションに管楽器・ストリングスが豪華に調和する「M」、シンプルなカントリー・ロック・バラードにラリー・カールトンのギターをフィーチャーした「Drive Away」、そして彼の看板ソングでもある「Love Has No Pride」などは、このアルバムの柔らかくふっくらとしたトーンを終始コントロールした、ある意味「幹」の役割を果たしています。

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一方、クレイグの作品もエリックの作品と異なる表情をアルバムに与えています。アナログだとB面冒頭で、ポコあたりを思わせるより伝統的なカントリー・ロックといった味わいの「The Woman In Your Heart」や、大胆にストリングスが無数に配されて、マーティン卿の手腕が遺憾なく発揮され、もはやロックの域をやや超えてしまっている豪華なアレンジの「Call Me、Tell Me」はそうしたクレイグの味を感じられる作品。これらにアーニー・ワッツのサックスをフィーチャーし、この曲の中で一番イーグルスを思わせるスティーヴ作のノスタルジックな曲調の「Back In ’57」や、ラテン・パーカッションを配してトロピカルな曲調が楽しいダグ作の「Queen Of All My Days」などが全体に多様な表情を加えているのです。

Call Me, Tell Me」の最後のストリングス・フレーズが終わった後に厳かに、しかしもの悲しくも美しいメロディを奏でる1分足らずのストリングスのインストゥルメンタル曲「End Of A Love Song」でまるで映画の終わりのように静かにアルバムは終わるのですが、この曲はエリックマーティン卿の共作。アルバム全体のコンセプトと空気感を見事に作り上げるエリッククレイグ達の楽曲とマーティン卿のプロフェッショナルなプロデューサーワークが見事に大団円を迎える一瞬です。

彼らはこの後2枚目の『Spirit Of A Woman』(1977)を出した後に解散。しかしエリッククレイグは解散後も活動を共にし、翌年には『Craig Fuller & Eric Kaz』(1978)というこちらも地味ながら素晴らしいアルバムをリリースしています。その後エリックはSSW活動を継続、前述のランディ・マイズナーとの仕事の他にも、ドン・ジョンソンの「Heartbeat」(ウェンディ・ウォルドマンとの共作、1986年最高位5位)やマイケル・ボルトンと共作で「That’s What Love Is All About」(1987年最高位19位)といったヒット曲も提供、2002年には初来日を果たして、日本のアメリカSSWファンの間での根強い人気に本人も多いに喜んだとか。最近では2015年に41年ぶりのソロの新作となる『Eric Kaz(エリック・カズ:41年目の再会)』をリリースして、これもファンの間ではちょっとした話題になりました。

一方クレイグは、エリックとのデュオ・アルバムの後は1987年にそのボーカルがあの故ローウェル・ジョージに酷似しているということもあり、新生リトル・フィートにギター・ボーカルとして加入、1993年までに3枚のアルバムに参加しています。また1998年にPPLを再結成したり、2011年にはリトル・フィートの大晦日コンサートに参加したりと、今も活動を続けている様子です。

まだ30歳そこそこの若いメンバーの才能の瑞々しさと、それを包み込みながら彼らの良さを見事に引き出しているマーティン卿の仕事ぶりが存分に楽しめるこのアルバム、一度お聴きになる価値は充分以上。昨年にはユニヴァーサル・ミュージック・ジャパンさんの「名盤発見伝シリーズ」の1枚として、SHM-CD仕様で再発もされていて、CD屋さんでも比較的見つけやすいと思いますので、是非一度アメリカン・フライヤーを体験してみて下さい。

 <チャートデータ> 

ビルボード誌全米アルバムチャート最高位87位(1976.10.16付)


新旧お宝アルバム!#88「Blue Boy」Ron Sexsmith (2001)

2017.6.5

新旧お宝アルバム #88

Blue BoyRon Sexsmith (Ronboy, 2001)

6月に入りましたが、時折ゲリラ豪雨はあるもののまだ梅雨の気配があまり感じられず、結構暑い毎日が続いていますが皆さん体調管理をしっかりして洋楽ライフを楽しんでおられることと思います。フジロックサマソニなど、毎年のサマー音楽フェスのラインアップも決まり、既に梅雨の先の楽しい夏の洋楽ライフが目の前に迫ってきているようで楽しみですね。

さて今週の「新旧お宝アルバム!」はちょっと前ながら比較的最近アルバムのご紹介です。今回は、つい最近こちらも素晴らしい出来の最新作『The Last Rider』(2017)をリリース、一昨年のビルボード・ライヴでの素晴らしい来日ライヴに続いて、今年のフジロック・フェスティバルでの再来日も決まっている、21世紀を代表するシンガーソングライターの一人、といってもいいロン・セクスミスがメジャー・レーベルからインディに移籍後リリースした最初のアルバム、5作目の『Blue Boy』(2001)をご紹介します。

ティーンエイジャーの頃から地元、カナダはオンタリオ州のセント・キャサリンという街のバーで弾き語りしてミュージシャンとしてのキャリアをスタートしたロンが、80年代後半にトロントに移り、自分の書きためた曲をまとめて最初のアルバム『Grand Opera Lane』(1991)を自費でリリースしたのは、ロン27歳、結婚して最初の息子が6歳の時という、遅咲きのシンガーソングライター。そのもっちゃりとした風貌にそぐわぬ線の細い繊細な、それでいてどこかしらソウルフルさも感じさせる歌声で、傷つきやすい男の気持ちを詩情溢れる歌に託す、というスタイルが静かな共感を呼び、このアルバムがエルヴィス・コステロの耳にとまって彼の絶賛を受けたことがきっかけで次の『Ron Sexsmith』(1995)でインタースコープ・レーベルからメジャー・デビュー。90年代にその音響派と言われた独特のサウンドプロダクションで、クラウデッド・ハウス、ロス・ロボス、コステロら数々のロック系のヒット作を手がけたミッチェル・フルームのプロデュースで、一気に新進の実力シンガーソングライターとしてシーンで認知されました。

その後『Other Songs』(1997)、『Whereabouts』(1999)と、同じミッチェル・フルームチャド・ブレイクのプロデューサーチームでかなり質の高いアルバムをコンスタントにリリースしたロンでしたが、時代はよりエッジの立ったグランジやミクスチャー・ロックといったジャンルがメジャーな中、彼のスタイルがメジャーのマーケティング方針と合わなかったのでしょう、インタースコープの契約がなくなったロンが、心機一転、Ronboyという当時自主制作だったんではないかと思われるインディー・レーベルから、オルタナ・カントリーのパイオニアの一人として有名なあのスティーヴ・アールをプロデューサーに迎えてナッシュヴィルで録音、リリースしたのがこのアルバム『Blue Boy』です。

このアルバムでも彼の従来なアコースティックな演奏をベースに自分の心情や思いを歌詞に乗せて歌う、という彼のスタイルは根本的に変わっていませんが、スティーヴの影響や、メンフィスやマッスルショールズといった南部の音楽都市に近いカントリーのメッカ、ナッシュヴィルでの録音といったことが影響したのでしょう、それまでのアコギポロポロ的なスタイルから、全体的によりバンドサウンド的、曲によってはホーン・セクションやジャズっぽいアプローチも見せるなど、楽曲的にはそれまでで最も多様なスタイルを満載した、躍動感溢れる意欲作になっていて、メンフィス・ソウル・バンドをバックに歌う骨太のシンガーソングライター、といった風情に脱皮している感じが素晴らしい出来になっています。

一皮むけたのはサウンドだけでなく、リリックにも自分の歌唄いとしての立ち位置を再確認して、それを自信を持って表現しようという彼の決意が見て取れるのがこのアルバムの味わい深いもう一つのポイント。冒頭ドラムスとホーンをバックにソウルフルに始まる『This Song』では、こういった感じです。

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ちょっと歌を作ってみた

ただ言葉にメロディを付けただけ

僕の目の前でぶるぶると震えるこの歌

いったいこの歌は生き残ることができるのか

そして今、僕は自分が対峙しなきゃいけないものが見える

君が耳にしたことのある歌一つ一つのために

こわいと感じるのも無理はない

この世に生まれたかと思うと死んでしまう歌の何と多いことか

この歌、いったい生き残れるのか?

続く「Cheap Hotel」「Don’t Ask Me Why」も正にメンフィスあたりのバーでギターとドラムスとベースだけの、それでいてタイトなリズムにソウルを感じる演奏にロンのおなじみのもっさりしたボーカルが乗って不思議な一体感を醸し出す楽曲たち。トランペットとピアノで静かにニューオーリンズあたりジャズ・バーで演奏されているかのような「Foolproof」は、これまで夢を見続けては裏切られた男がもう僕の心は愚かな甘い期待なんか持たない、と切ない心境を吐露する、というしみじみとしたバラード。

アルバムではこの他にも、スティーヴのプロデュースが効いている、ギターを前面に出したソウルフルなバンドサウンドの「Just My Heart Talkin’」や「Keep It In Mind」、アコギでシンプルに聴かせる「Tell Me Again」やこのアルバム中唯一のカバーであるフォーク・シンガーソングライター、キップ・ハーネスの「Thumbelina Farewell」、ピアノ弾き語りの「Miracle In Itself」、レゲエのリズムとホーンのアレンジが南部を突き抜けてカリブを思わせる「Never Been Done」などなど、アルバム通じてロンのほんわかした歌声は変わらないのに様々な楽曲スタイルによるロンの世界が展開され、それがこのアルバムの魅力の大きな要因になっています。

このアルバムの後、ジェイソン・ムラーズKTタンストールらを手がけたことで有名なスウェーデン人のプロデューサー、マーティン・テレフェを迎えた6作目『Cobblestone Runway』(2002)や7作目『Retriever』(2004)ではシンセサイザーやキーボードを大胆に導入したポップ・サウンドを展開して、更に新たな境地を見せ、それがまたシーンでは高く評価されました。

正直な話、ロンのアルバムは今年リリースされた最新作『The Last Rider』で14枚目になりますが、どのアルバムを取っても楽曲とパフォーマンスの質が高く、多くの場合期待を裏切られることがないという、ある意味稀有なアーティストだと思います。そして最新作が、今回紹介した『Blue Boy』同様、かなりバンドサウンドを前面に打ち出した、リズミックなナンバーを中心に充実した内容であることも、彼の軸足が大きくぶれることなく安定した質の作品を発表し続けてくれていることを再確認させてくれました。

自分は2015年のビルボード・ライヴで彼のライヴを初めて体験しましたが、かなり地味なステージになるのかな、と思いつつ望んだところ、確かに派手な演出はないものの、楽曲のパワーとロンの存在感が自然にカタルシスを呼ぶ、そんなステージで大いに得をした気になったものです。

ライヴの途中「エミルー・ハリスが僕の曲をカバーしてくれて、しかもアルバムタイトルにしてくれた時は最高だったな。あのエミルーがだよ!」と嬉しそうにしながら、『Retriever』収録で2011年のエミルーの同名アルバムでカバーされた「Hard Bargain」をプレイするのを見て、思わずオーディエンスの間に暖かい空気が広がったのも素敵な体験でした。

今年フジロックへ出かける予定の方、ビョークゴリラズロードといったメジャーでロックなアーティスト達もいいですけど、同じグリーン・ステージで最終日の早めの時間にやっているはずのロンのステージもちょっと覗いて、ほんわかした気分になってみるのもいいかも知れませんよ。

<チャートデータ> チャートインせず


新旧お宝アルバム!#87 「Breakwater」Breakwater (1978)

2017.5.29

新旧お宝アルバム #87

BreakwaterBreakwater (Arista, 1978)

風薫る5月もいよいよ最終週となって、そろそろ来る梅雨の気配も感じられる中、それでもUSではメモリアル・デイ・ホリデー(戦没者を追悼する休日ですがアメリカ人一般には夏の到来を告げる休日で、各地でバーベキューを楽しむ家族が多い週末)のこの週末はいい天気で運動会なども多く開催されたようですが、皆さんも音楽とアウトドア、楽しまれましたか?

さて今週の「新旧お宝アルバム」はちょっと昔の旧盤をご紹介する番ですが、今回はそういう夏に向かう雰囲気にピッタリの軽快なグルーヴとライトでダンサブルなファンク・ナンバーを楽しく聴かせてくれるフィリー出身の8人組、ブレイクウォーターのデビュー・アルバム、その名も『Breakwater』(1978)をご紹介します。

70年代初期にフィラデルフィアで結成されたブレイクウォーターは、リード・ボーカルでキーボード、シンセ担当のケイ・ウィリアムスJr.、もう一人のリード・ボーカルでトランペットとフリューゲル・ホーン担当のジーン・ロビンソン、ジェイムス・ジー・ジョーンズ(ds.)、リンカーン ”ラヴ” ギルモア(g.)、スティーヴ・グリーン(b.)、ヴィンス・ガーネル(sax.)、メンバー中唯一の白人メンバーであるグレッグ・スコット(sax.)そしてジョン”ダッチ”ブラドック(perc.)の8人による、いわゆる70年代ソウル的に言うと、ボーカル&インストゥルメンタル・グループ。テンプテーションズフォー・トップス、スピナーズなど伝統的なソウル・グループがもっぱら歌唱に徹するスタイルであったのに対し、初期のコモドアーズがそうだったように、自らボーカルやコーラスだけでなく、楽器も全部こなしてしまうグループのことです。

このアルバムは既にフリー・ソウルのコンピに曲が取り上げられたり、今年になって音楽評論家の金澤寿和さん監修によるディスク・ユニオンさんのAOR名盤千円シリーズでCDが再発されたりしているので、特にAOR系や70年代80年代ソウル好きに方々の間ではお馴染みの盤かと思います。

でもこのグループのこのアルバム、1978年というディスコ全盛まっただ中の時代に、いわゆる安易なディスコ・プロダクションに流れることなく、正統派のダンサブルなソウル・ファンクをベースに、曲によってはAOR的な味付の楽曲や(すべてがAORではない)、曲によっては当時盛り上がりつつあったフュージョン的なスタイルを取り入れた楽曲で多様性を持たせながら、アルバム全体がガッチリとしたキャッチーなプロダクションで統一されているところが非凡なレコードだと思います。

ポイントはリーダーのケイ・ウィリアムスを中心にジーングレッグの3人がそれぞれのスタイルの曲を書くことができること、そしてこの後80年代にエア・サプライ、シンディ・ローパーフーターズなどメインストリームのポップ作品を次々にプロデュースすることになるリック・チャートフが絶妙のさじ加減で全体の楽曲スタイルと演奏をまとめ上げていることの2つでしょう。

アルバムオープニングはフリー・ソウルのコンピで取り上げられてその筋にも人気があったという「Work It Out」。静かなエレピのイントロから始まってだんだんテンポを上げていってメインは軽快なカッティング・ギターをバックにトロピカルな味付けのミディアム・ダンスナンバーになっていくというアルバムのウォーミング・アップ的楽曲。続くは「You Know I Love You」。こちらは白人メンバーのグレッグ作だからというわけでもないでしょうが、初期ホール&オーツ的ブルー・アイド・ソウル風味全開のバラードでリスナー思わずほっこり。ソングライターメンバー3人の共作による軽快な正統派的ソウル・ファンク・ナンバーの「Unnecessary Business」に続いて炸裂するのが、個人的にはこのアルバムのベスト・カットではないかと思う「No Limit」。70年代のこの時期に既に80年代のチェンジS.O.S.バンドといったバンドが達成していた、シンセベースとカッティング・ギターの組み合わせによるスタイリッシュでいて腰の入ったメロウ・ファンクを聴かせてくれます。おそらく80年代にダンスフロアで青春を過ごした年代の方々であればたまらない楽曲でしょうね、これは(笑)。ちなみにこの曲はこの直前にLTDの「Back In Love Again」(1977年最高位4位、ソウル・チャート1位)の作者としてブレイク、自らも同時期「Dancin’」をソウル・チャート最高位8位のヒットとしていたグレイ&ハンクスの作品。熱心な70年代のソウルファンであればこの名前、よくご存知のはず。

LPだとB面に移ると、今度はソウル風味のメインストリーム・ポップ・ソング的メロディとリズムが魅力の「That’s Not What We Came Here For」。この曲がちょっと他の曲と毛色の違う、ポップ色の濃い曲調なのはこの曲の作者がこの後80年代にエア・サプライEvery Woman In The World」、シーナ・イーストンModern Girl」、パティ・オースティンEvery Home Should Have One」といった数々のポップ楽曲をヒットさせるドミニク・ブガティフランク・ムスカーのソングライティング・チームだったため。続くのはダンサブル・ファンクのお手本のようなケイによる「Feel Your Way」。すぐさまブレイクウォーターの本来のスタイルに戻してくれるこの曲はシンプルな歌詞で演奏を前面に押し出した、フュージョン的な色合いの濃いダンス・ナンバーです。シンセ・ベースをガンガンにフィーチャーして更にソウル・ファンク・ナンバー「Do It Till The Fluid Gets Hot」はメンバー全員の共作。ボーカル&インストゥルメンタル・グループのアルバムには必ず1曲は入っている「皆でジャムってたらこんな曲できたよ」って感じでライヴなグルーヴがビンビンに伝わって来ます。

そしてアルバムラストはホーン・セクションを前面に押し出したイントロからこちらもメロウな感じを残しながらベースはブチブチのファンクの「Free Yourself」で締めです。

リーダーのケイ・ウィリアムスJr.はよくフリー・ソウル系の情報だと「後にチェンジハイ・グロスに参加した」と書かれてますが、チェンジのメンバーであったことはなさそうで、唯一彼らの1982年のアルバム『Sharing Your Love』に収録の「Keep On It」の作者として名前をクレジットされているだけのようです。ハイ・グロスについては未確認なのでご存知の方の情報、お願いします。それよりも彼は80年代のソウル・グループ、キャシミアのプロデュースや、「On The Beat」のダンス・ヒットで有名なBB&Qバンドの最後のアルバム『Genie』(1985)の全曲提供とプロデュースなどで主としてプロデューサーとして活躍、1988年には同じフィリー出身の3人組、プリティ・ポイズンの大ヒット「Catch Me (I’m Falling)」(最高位8位)のプロデューサーとして晴れてメインストリームの成功を収めています。

セカンド『Splashdown』(1980)リリース後、ケイのプロデュース業以外では消息を知られていなかったブレイクウォーターですが、ここ数年再評価の動きもあり、地元フィリーやロンドンでのR&Bやファンクに関わる各種イベントに昔のメンバーを中心に集まった11人のメンバーでライヴ参加しているとのこと。フィリーもロンドンもこの手のサウンドには目のないファンが多い土地なので、まだまだ彼らのサウンドへの需要は尽きないのでしょう。フィリーやロンドンでなくとも、こういうちょっとスタイリッシュで、でもガッチリとしたファンクサウンドはこれからの季節にピッタリ。再発CDも1,000円で買えるとのことですので是非この機会に手に取ってみて下さい。

 <チャートデータ> 

ビルボード誌全米アルバムチャート最高位173位(1979.4.21-28、5.12付)

同全米ソウル・アルバムチャート最高位36位(1979.3.17-4.7付)


新旧お宝アルバム!#86 「Americana」 Ray Davies (2017)

2017.5.22

新旧お宝アルバム #86

AmericanaRay Davies (Legacy / Sony Music, 2017)

いやいや急に連日真夏日が続いて一気に街はみんな半袖になってしまったこの週末、皆さんは如何お過ごしでしょうか。寒暖の差が激しいと体調を崩しやすいのでお互いに健康には気をつけて楽しい洋楽ライフを楽しみましょう。

さて先週お休みを頂いてしまったこの「新旧お宝アルバム!」、今週は最近リリースされたアルバムをご紹介する番。今回は、60年代からブリティッシュロックを代表するバンドの一つ、皆さんよくご存知キンクスのリーダー、レイ・デイヴィーズがフルオリジナルのソロアルバムとしては10年ぶりにリリースした「Americana」(2017)をご紹介します。

このアルバムのタイトルを見て「イギリス人のレイが『アメリカーナ』ってどういうこと?」と思った方も少なからずいるでしょう。
実はオリジナル作としては3枚目になる今回のソロはいろんな意味でこれまでのキンクスの顔としてのレイのイメージからするとえっ、と思うところの多いアルバム。
まず、レイのバックを固めるのは、これまでのイギリスのミュージシャンを中心としたベテラン達ではなく、今のアメリカのオルタナ・カントリー・ロックシーンを代表するバンドの一つ、ギターのゲイリー・ルイス率いるジェイホークスの面々。彼らは『Hollywood Town Hall』(1992)、『Tomorrow The Green Grass』(1995)、『Rainy Day Music』(2003)などのアメリカーナ・ロックの名盤と言われる数々の作品でシーンで絶対的な地位を占め、昨年も新境地を模索するかのような新作『Paging Mr. Proust』をリリースしたばかりのバリバリの一線級バンド。その彼らが全面参加したこのアルバムのサウンドはまごうかたなき、正真正銘のがっしりとしたアメリカーナ・サウンドです。
しかし、これもこのアルバムの魅力の大きな一つの要素なのですが、そうしたジェイホークスの面々が奏でるサウンドによる楽曲が、すべてレイ自身の作品。さらにジェイホークスの新作といっても通りそうな曲にレイのボーカルが入ってきた瞬間に、それこそ一瞬にしてレイの世界になってしまうのには驚きです。。
つまりこの二つ~ジェイホークスのアメリカーナサウンドとレイ一流のスタイルと練られた楽曲~が見事に渾然一体となって、アルバムとしての素晴らしい一体感を作り出しているのがこのアルバムの最大の魅力でしょう。

レイの楽曲スタイルは明らかにカントリーやゴスペルやラグタイム、果てはニューオーリンズのクリオールといったアメリカの伝統的音楽スタイルを意識しながらも、そうしたアメリカ音楽が、過去半世紀間トップブリティッシュ・ロック・アーティストとして歴史的な活動をしてきた彼自身の音楽にどう影響してきたか、彼がどう消化してきたかを今一度見つめ直してアウトプットしてみた、そんな作品に聞こえるのです。

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冒頭のタイトルナンバーでは、アコースティックなサウンドに乗って「バッファローがさまようこの素晴らしいパノラマの広がる自由の国、アメリカーナに住みたい」なーんて、真面目だかシャレだか判らんなぁと思いながら聴いてると、「Poetry」なんてモロ90年代のジェイホークス、だけどボーカルはあのウインクしながら皮肉っぽく歌うレイだし、かと思うと「A Place in Your Heart」なんて100%カントリーロック。「Rock ‘N’ Roll Cowboy」なんてタイトルもまんま、曲もフィンガーピッキングのアコギでもろナッシュヴィル、歌詞も「ロックンロール・カウボーイよどこへ行く/OK牧場の決闘での最後の撃ち合いの後で/引退した老いぼれみたいに夢を追うのはあきらめたか/ それともまだ敵の顔をハッタと睨むだけの元気はあるのか」と自らを叱咤激励するかのような内容ではっとさせられて。ウディ・ガスリーの曲を思わせる華やかなアコギの「The Invaders」もいい出来です。

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一方でイントロでいきなりキンクスの代表曲の一つ「All Day And All Of The Night」のリフが出てきてニンマリする「The Man Upstairs」とか70年代前半のキンクス彷彿しまくりの「The Deal」とか、80年代前後久々にハードロックしてたアルバム『Low Budget』(1979)や『Give The People What They Want』(1981)の頃のキンクスを思わせるハードながらポップセンスが隠れたカッコいいリフと相変わらずフワッとしたレイのボーカルのアンバランスさが憎い「The Great Highway」など、ホントにこの二つの要素がうまく共存していて、聴いててどんどん引き込まれていくこと請け合い。何せ、クラブでいい女に会ってよくよく話してみると実は性転換した男だった、なんていうユーモアと諧謔たっぷりの曲「Lola」を1970年に大ヒットさせたキンクスの親分だけに、なかなか一筋縄ではいかないし、それがまた大変魅力的なのです。

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レイはこのアルバムに先立って同名の半生自伝を2013年に出してるらしいですが、今回はそれを音で表現、発表したという位置付けなのかもしれません。 思えば60年代から活躍してるブリティッシュ・ロッカー達は、ビートルズやストーンズ、ツェッペリンの例を挙げるまでもなく、一貫して米国音楽への憧憬と愛憎を糧に大きくなって来てる訳で、この年になってそうした自らの音楽遍歴を俯瞰したくなったとしても不思議はないのです。

このアルバムにいくつか収録されているレイのモノローグもそうで、「The Man Upstairs」ではブルースアコギの音色をバックにツアーで訪れるいろんな街のホテルの部屋やバーの荒んだ様子を回顧したり、「Silent Movie」ではニューオーリンズを訪れた時の回顧で、ニューオーリンズを離れる前の夜に友人のアレックス・チルトンが訪ねてきて、曲作りがいかに喜びを与えてくれるかを長々と語り合ったと独白。アレックス・チルトンといえば1967年の「あの娘のレター」のヒットで有名なボックス・トップスのリーダーで、90年代にはパワーポップ・バンドのビッグ・スターのリーダーとして復活、レイのこの前のセルフ・トリビュート・アルバム『See My Friends』(2010)でも共演していた、レイを敬愛してやまなかったミュージシャン。そのアレックスがその後2013年に他界したこともこうした独白を自分の音楽遍歴の集大成的な今回のアルバムに入れた理由なのでしょう。

そしてこの芳醇な作品を聴きながらふと思ったのは、ひょっとしてこのアルバム、今年のグラミーのアルバム部門にノミネートされちゃうかも、という突拍子もない予想。考えてみれば今アメリカは、トランプ大統領就任からこっち、特にここ数週間のトランプのFBI長官解任に端を発した目が点になるような展開で、史上かつてないくらい世界のリーダー国としての尊厳を揺るがす展開が続いている状況(もっともそれは、アメリカが過去水面下で国際紛争を助長すべき行ってきた数々の諜報活動を知らされない善良なアメリカ人達にとっての尊厳なのだが)。そこでこうした、アメリカの文化への赤裸々なリスペクトに満ちた、しかも作品としても素晴らしいアルバムが出てきたわけで、これを聴いて感激するアメリカ人は結構多いに違いないことは想像に堅くない。そう考えるとなかなか愉快ではないですか。

ま、そんな予測の当否は半年後には明らかになるわけですが、その間、レイ一流の乾いたウィットとスタイルを持って、英米の音楽史を今の表現として形にしたこの素敵な作品をじっくり楽しもうではないですか。

<チャートデータ>
ビルボード誌全米アルバムチャート最高位79位(2017.5.13付)
同全米アメリカーナ・フォークアルバムチャート最高位3位(2017.5.13付)


新旧お宝アルバム!#85「A Quiet Storm」Smokey Robinson (1975)

2017.5.8

新旧お宝アルバム #85

A Quiet StormSmokey Robinson (Tamla / Motown, 1975)

終始天候に恵まれた今年のゴールデンウィーク、皆さんはいかがお過ごしでしたか。自分は5連休でしたが、丹沢と奥多摩の御岳山にと2度登山ハイクにでかけ、その合間を縫って嫁さんと越後湯沢まで日帰りで温泉&日本酒三昧の小旅行に行ってきました。9連休の方はもっとダイナミックなホリデーを過ごされた方も多いでしょう。そしてそのお供に常に素敵な音楽がご一緒だったことと思います。

さてGWも終わり日常に戻った皆さんに向けて、今週の「新旧お宝アルバム」はまだ頭に残っているゆったりとした休暇のイメージを想起させるような、ゴージャスな雰囲気たっぷりのソウルの名盤をお送りします。ソウル界の大御所でこのアルバム発表当時はモータウン・レコード副社長を務めながら、60年代大成功したミラクルズを脱退し、ソロ・キャリアをスタートさせたばかりのそう、皆さんよくご存じのスモーキー・ロビンソンのアルバム『A Quiet Storm』(1975)をご紹介します。

スモーキー・ロビンソンといえばあのヴェルヴェットのようなファルセット・ヴォイスのボーカルによる歌唱がつとに有名ですが、スモーキーは60年代、モータウン・レコードの看板グループの1つ、ミラクルズのリード・シンガー時代から、シンガーとしてだけではなくソングライターとしても非常に素晴らしい楽曲をつくり出しています。

ミラクルズ時代の60年代のヒット曲で後にカバーヒットとなっている「Shop Around」(1960年最高位2位、キャプテン&テニールのカバーで1976年最高位4位)、「Ooh Baby Baby」「Tracks Of My Tears」(いずれも1965年16位、いずれもリンダ・ロンシュタットのカバーで1978年7位&1976年25位)、「More Love」(1967年23位、キム・カーンズのカバーで1980年10位)などは言うまでもなく、他のモータウンのアーティスト達の数々のヒットも書いています。メアリー・ウェルズのNo.1ヒット「My Guy」やテンプテーションズの「My Girl」「The Way You Do The Things You Do」「Get Ready」をはじめ、マーヴィン・ゲイ、マーヴェレッツらのヒット曲を量産していた、モータウンにとってはスーパーマンのようなアーティストだったのです。その貢献度から60年代半ばに20代の若さでモータウンの副社長に任命されたのもむべなるかな、です。

そのスモーキーがツアーから離れて家族との時間を確保すると共にモータウン副社長の仕事に専念するために1972年にミラクルズから脱退して一旦アーティスト引退。しかし間もなくソロとしてカムバックしてアルバム『Smokey』(1973)、『Pure Smokey』(1974)を発表しましたが当時ヒットを連発していたレーベル仲間のマーヴィン・ゲイスティーヴィー・ワンダーらの成功には及ぶべくもない状況。そんな中発表されたのがこのアルバム『A Quiet Storm』でした。

同時期のスティーヴィー・ワンダーの大ヒットアルバム『Fulfillingness’ First Finale(ファースト・フィナーレ)』(1974)などでも使われていたアープ・シンセサイザーの電子的なトーンとタイトルから暗示されるような嵐の風音で始まるタイトル・ナンバー「Quiet Storm」は、これぞスモーキー、という感じのヴェルヴェット・ヴォイスで官能的に歌われるゴージャスなR&Bソングで、7分半以上に渡ってアープ・シンセやフルートのソロをバックにいきなりリスナーをカタルシスに持って行きます。

充分暖まったところに往年の60年代モータウンソウルを彷彿させるようなクラシックな感じのリズム・パターン(彼の80年のカムバックヒット「Cruisin’」のイントロのリズムを思い出して下さい)で始まる「The Agony And Ecstasy」は「僕らの愛は簡単じゃないんだ/エクスタシー(快感)を得るためには苦悩の時期を耐えなきゃいけないんだよ」と歌う、ちょっとイケない愛の関係を想起してしまう、これもスモーキーの官能ファルセットが切々と歌うバラード。

続く「Baby That’s Backatcha」は、一転して当時流行初めのディスコ・ビートを意識したアップテンポのナンバー。意識したといってもあくまでビートと楽曲はスモーキースタイルの洒脱なもので、この曲は彼に取ってソロ転向後初の全米ソウル・シングル・チャート1位のヒットとなりました。

マイケルを初め兄弟がモータウンから移籍する中一人モータウンに残ったジャーメイン・ジャクソンの結婚式のために書かれたというちょっとハワイあたりの風景を想起する「Wedding Song」に続くのは、当時レーベル仲間のダイアナ・ロスビリー・ホリデイ役で初の映画主演を遂げた映画『Lady Sings The Blues(ビリー・ホリデイ物語)』にフィーチャーされた、ピアノ一本をバックに静かに歌い出し、後半ストリングスやリズム・セクションが加わる中、ちょっとジャズ・ボーカル風の曲調でデリケートに、しかしドラマティックに歌い上げる「Happy (Love Theme From “Lady Sings The Blues”)」。正に映画の一場面を想像させてくれる素晴らしい歌唱を聴かせてくれる、こういうスモーキーもいいもんですね。

アルバムはちょっとこの中では異色な感じの,シンセベースを特徴的に使ったマイナーなアップテンポの「Love Letters」から、この時期台頭していたソウル・ジャズを思わせるような曲調で女性コーラスをバックにスモーキーがクールに決める「Coincidentally」でクロージングを迎えます。

しかしこのアルバムの制作コンセプトで面白いのは、各曲の曲間が無音ではなく、嵐のSEだったり、前の曲のエンディングと後の曲のオープニングを被らせたりと、全体のトータル感を強く意識している点。しかもアルバム最後の「Coincidentally」のエンディングのアープ・シンセサイザーの電子トーンとお馴染みの嵐のSEがそのままアルバムオープニングの「Quiet Storm」の冒頭の音とつながっていること。つまり、このアルバムをiTuneのリピートモードで聴くとサウンドの違和感なしに延々ループして聴くことができるのです。これ、なかなか素敵なコンセプトだと思いませんか?

全曲スモーキーのペンによる(タイトル曲と「Happy」は共作)このアルバムは上述のようにスモーキーにソロ初の全米ソウル・シングル1位をもたらし、Hot 100でもその「Baby That’s Backatcha」と「The Agony And Ecstasy」がそれぞれ26位、36位とヒットするなどスモーキーに取ってソロ・キャリアを確固たるものにした作品でした。

しかしそれ以上に何よりもこのアルバムが重要なのは、このアルバム(及びタイトル曲)の「Quiet Storm」というのが、この後全米のブラック・ラジオ・ステーションで、スローでゴージャスな楽曲中心にオンエアするプログラムのフォーマットの総称として使われるようになったこと。

このアルバムは、彼にとってこの時点でソロアルバムとしては最高の商業的成功を収めたわけですが、それだけでなく「クワイエット・ストーム」という音楽ジャンルを定義するという、黒人音楽文化に大きなインパクトを与えた歴史的アルバムとして評価されるべきなのです。

この後スモーキーはソロ作をリリースし続けますが、モータウン副社長の業務との二本草鞋ということもあり、なかなかヒットにめぐまれず。彼が再びヒット作に恵まれるのは、1980年のカムバックヒット「Cruisin’」(最高位4位)を含む『Where There’s A Smoke』まで待たねばなりませんでした。

スモーキー自身は有名なアーティストですが、そのアルバムというとなかなか聴く機会がこれまでなかった方も多いのでは。春から初夏に向かっていこうというこの時期、気持ちをぐっとゴージャスに挙げてくれるスモーキーのボーカルをふんだんにフィーチャーしたこのアルバム、是非聴いてみてはいかがでしょうか?

 <チャートデータ> 

ビルボード誌全米アルバムチャート最高位36位(1975.6.14 – 28付)

同全米ソウル・アルバムチャート最高位7位(1975.6.7 – 14付)


新旧お宝アルバム!#84「Chris Thile & Brad Mehldau」Chris Thile & Brad Mehldau (2017)

2017.5.1

新旧お宝アルバム #84

Chris Thile & Brad MehldauChris Thile & Brad Mehldau (Nonesuch, 2017)

いよいよ風薫る五月到来、そして多くの皆さんが既にゴールデンウィークを楽しんでおられることでしょうね。自分はカレンダー通りの仕事ですが、今週はオフィスも静かですし、水曜日からは五連休なので存分にアウトドアに、そして音楽にゴールデンウィークを満喫しようと思っています。また先週土曜日は東京ドームのポール・マッカートニーのライヴを観に行ってその素晴らしさに感動して来たのでいつになく音楽に対するテンションが上がりっぱなし(笑)。皆さんも楽しい音楽でいっぱいのGWをお過ごし下さい。

さて今週の「新旧お宝アルバム!」は久しぶりに今年の新譜からのご紹介。今回は、以前このコラムでも2年ほど前にご紹介したプログレッシヴなブルー・グラス・バンド、パンチ・ブラザーズのリーダーでマンドリンの達人、クリス・シーリーと、こちらも気鋭のジャズ・ピアニスト、ブラッド・メルドーの二人がタッグを組んで録音した、とてもフレッシュで刺激的な自作曲と新旧の幅広い分野からのカバー曲を聴かせてくれる、今の季節にピッタリなアルバム『Chris Thile & Brad Mehldau』(2017)をご紹介します。

パンチ・ブラザーズをご紹介した時にもご説明しましたが、現在36歳のクリス・シーリーは90年代~2000年代にニッケル・クリークという、ブルーグラスをカントリー・ロック的なアプローチで再度メインストリームに引っ張り出した功労者的バンドのメイン・メンバーとして活躍、その卓越したマンドリン・プレイと、シンガーソングライターとしても優れた才能で、2012年には毎年限られた数の、各分野のトップレベルの米国人に与えられる「マッカーサー・フェロー」賞を受賞するなど、正しく今のアメリカ音楽界を代表するミュージシャンの一人です。

一方ブラッド・メルドーは現在46歳、90年代にジャズ・サックス奏者のジョシュア・レッドマン・カルテットのピアニストとして頭角を現し、早くから自らのトリオによる作品も多く発表、一方でパット・メセニーやクラシック・オペラ・シンガーのアンヌ・ソフィー・フォン・オッターエルヴィス・コステロとのコラボで有名)、ウィリー・ネルソン、アメリカーナ・ロックのジョー・ヘンリーなど、様々な分野のアーティスト達との競演でジャンルレスな活動を展開する、こちらも気鋭のピアニスト。

アルバムは全11曲(LPは1曲、フィオナ・アップルの「Fast As You Can」がボーナス・トラックで追加されてますが、これがまた素晴らしい出来です)、うちクリスの作品2曲、ブラッドの作品が1曲、二人の共作が1曲ある他は6曲(LPは7曲)が様々なジャンルから選曲によるカバー。これらのカバーが見事にこの二人の卓越したパフォーマンスで、このアルバム全体を作り上げている世界観に納まっているのが、このアルバムの素晴らしいところ。そう、まるでクリスブラッドが作り上げる映画のサントラ盤を聴いている、ブラッドのある時は繊細な、ある時はリズミックで力強いピアノと、クリスの超絶テクとこちらも繊細さを巧みに取り混ぜたマンドリン・プレイ、そしてファルセットや力強いボーカル、そしてはたまたルックス通りの甘いボーカルを操りながら、二人の世界観を完璧なものにしている、そんな感じを強く抱くアルバムなのです。

ピアノとマンドリンという一種異形の組み合わせながら、一つも違和感を感じることなく、そればかりか静謐にも思える世界観を醸し出しているのは、つまるところ二人の才能と、それをお互いに引き立てようとする、見事なコラボワークの賜物なのでしょう。この二人、2013年から一緒にツアーもやっているらしく、今回のアルバムはその一つの完成形だったのですね。

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クリスのマンドリンのストラミングとブラッドの繊細なピアノで始まる共作の「The Old Shade Tree」や、ジャズ的展開とブルーグラス展開が絶妙なインタープレイを繰り広げるブラッド作の「Tallahassee Junction」、ブラッド作で彼のピアノが全体を物憂げにコントロールする若葉の季節を思わせる「The Watcher」や、クリス作で彼の特異なパーカッシヴなマンドリン・プレイを中心にリズミカルな楽曲展開が後半クリスのマンドリンとブラッドのピアノの絶妙に息の合ったプレイでカタルシスに昇り詰めていく「Daughter Of Eve」などの自作曲も素晴らしいですが、このアルバムの魅力はやはりカバー曲。

中でもおそらく一番耳を引くのがボブ・ディランの「Don’t Think Twice, It’s All Right(くよくよするなよ)」のカバー。名盤『Freewheelin’ Bob Dylan』(1963)収録の有名曲ですが、この曲をブラッドの軽快なピアノプレイとクリスの流れるようなマンドリンで奏でながら、クリスはややディランを意識したかのような癖のあるボーカルスタイルで、しかしはつらつと生き生きとカバーしてくれてます。これはディラン・ファンのベテラン洋楽リスナーの皆さんに是非聴いて頂きたい、聴いてるだけで楽しくなるバージョンです。

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この他にも有名なジャズ・スタンダードの「I Cover The Waterfront」や16~17世紀に活躍したアイルランドのハープ奏者の作品「Tabhair dom do Lámh」といった古くからの伝統的音楽への敬意が伝わってくるカバーから、90年代のインディ系シンガーソングライター、エリオット・スミスの「Independence Day」やジョニ・ミッチェルの初期のアルバム『Song To A Seagull』(1968)からの「Marcie」、そして前述のフィオナ・アップルの「Fast As You Can」といった近年の曲のカバーでは、同時代に生きるミュージシャンとして自らの伝統的楽器(クリスは巧みなボーカル)を駆使しながら自分たちの解釈でのパフォーマンスが楽しく、この二人が明らかにジャンルの壁を完全に超越した音楽を楽しみながらやっているのが伝わってくる、そこがこのアルバムの最大の魅力なのです。

このアルバムは、クリスブラッドが共に所属するナンサッチ・レーベルの社長、ロバート・ハーウィッツ氏のアイディアで始まった企画だそうですが、元々ブラッドのファンだったというクリスと、ハーウィッツ社長に連れられてパンチ・ブラザーズのライヴを観に行ってぶっ飛んでしまった、というブラッドが、いずれも自らの楽器とジャンルの軸を持ちながら、ロック、ポップ、ジャズ、クラシック、カントリーといったあらゆる音楽に対する興味が常に高い二人であったという時点で既に、こういう素晴らしい作品の完成は約束されていたのでしょう。

アルバムのライナーノーツでハーウィッツ氏はこのように言っています。

「二人とも才能あるクリエイティブな演奏家なので、このコラボ作品の楽器演奏面が素晴らしく満足いくレベルであることは驚きに値しない。私が全く予期しなかったにもかかわらずこのレコードを聴けば明らかなのは、彼らがお互いの共演を通じて、新しい分野を露わにしてくれる演奏と歌唱の組み合わせや歌唱のスタイル、そしてインプロヴィゼーションに基づくミュージシャンシップの関係性を根本から再定義する方法を見つけ出していることだ。それはもはやジャズでもポップでもフォークやブルーグラスでもない、『クリスブラッドの音楽』という伝統とでも言うべきものだ」

若葉の季節、素晴らしい季節のこの時期にぴったりの、この二人の才能溢れるミュージシャンが作り出す「クリスブラッドの音楽」を存分に楽しんでみてはいかがでしょうか?

<チャートデータ> ビルボード誌全米ブルーグラス・アルバムチャート 最高位1位(2017.2.18付)


新旧お宝アルバム!#83「Whatever And Ever Amen」Ben Folds Five (1997)

2017.4.24

新旧お宝アルバム #83

Whatever And Ever AmenBen Folds Five (550 Music / Epic, 1997)

先週は久しぶりに一回お休みを頂いてしまったこのブログ、その間にすっかり桜も終わり先週はずっと暖かい初夏のような陽気でしたが、週末は少し涼しくなってました。でもこれからはどんどん暖かくなる一方だと思うので、アウトドアにコンサートにイベントにとアクティヴィティがどんどん増える季節、音楽は欠かせないですよね。自分も先週ノラ・ジョーンズの素晴らしいライヴに行くことができ、今週はポール卿のドームライヴも含め二つライヴに出かける予定にしてます。皆さんも洋楽ライフ、いい季節に存分に楽しんで下さい。

さて今週は前回に引き続いて90年代の作品です。とかくこの時代は若いリスナーとベテランリスナーの時代の狭間のブラックホールのようなデケイドで、超有名なミュージシャンは別として、地味ながら素晴らしい作品がジャンルを問わず多いにもかかわらず取り上げられることが少ないなあ、と思っていたら先日ミュージック・マガジンさんが4月号で「90年代のUKアルバム・ベスト100」という企画でとりあえずUKにはスポットを当ててくれてちょっと嬉しかったものです。次回は是非USや非英米系の90年代の作品を是非取り上げて頂きたいな、と密かに思う今日この頃。そこで今週はそんなUSの90年代のインディー・ポップを代表する作品の一つだと思う、ベン・フォールズ・ファイヴのメジャーデビュー作『Whatever And Ever Amen』(1997)を取り上げます。

このブログをチェック頂けている方であれば「ベン・フォールズならとっくに知ってるよ」という方も多いだろうとは思いましたが、やはりこの季節になるとこのびっくりするほどのポップ・センス満載で、かつウィットや皮肉に富んだランディ・ニューマンあたりの系譜を継いだような歌詞を、ベン・フォールズのピアノをメインにした楽曲で聴かせてくれるこのギターレス・バンドのアルバムを聴きたくなります。

ノース・キャロライナ州はチャペルヒル出身のベンを中心とした、ロバート・スレッジ(ベース)とダーレン・ジェシー(ドラムス)からなるスリーピース・バンドのベン・フォールズ・ファイヴは、インディー・レーベルからのファースト・アルバム『Ben Folds Five』(1995)でデビュー。当時USの音楽シーンは90年代初頭に大きくブレイクしたグランジ・ブームが終焉に向かう一方、数々のオルタナ・ロック・バンドと言われるアーティスト達が多様な音楽性を糧に新しいロックを模索して数々の作品を世に問うていた時代。そんな中で、まずギターを使わずピアノ中心のバンドで充分にロックしながら、ティンパン・アレー・スタイルの楽曲やトッド・ラングレンを想起させるようなパワーポップな楽曲にウィット満点の歌詞を乗せた楽曲を聴かせる彼らのサウンドはとてもユニークなものでした。

そのファーストでシーンの注目を集めた彼らはメジャーレーベルと契約、満を持してリリースしたのがこの『Whatever And Ever Amen』。メジャーデビューなのに売る気あるのかしら、と思うような地味なジャケのこのアルバム、いやいやどうしてファーストのポップながらひりりとする歌詞の楽曲は更にパワーアップしていて、聴く者の耳を冒頭から鷲づかみにします。

冒頭は「One Angry Dwarf And 200 Solemn Faces」。「一人の怒れるこびとと200人のしかつめらしい顔」というタイトルも彼ららしいウィット満点のタイトルですが、弾むようなアップテンポでリズミックなベンのピアノで一気呵成にポップなメロディで聴かせるこの曲で一気に盛り上がれます。歌詞は、高校生の頃クラスメートにいじめられたこびとの主人公がその後成功して大金持ちになって、昔いじめたクラスメート達を罵る(「Kiss my ass, goodbye」という歌詞が思わずにやり、とさせてくれます)というこれまた彼ららしいアイディアの楽曲。

続く「Fair」はミディアムテンポながらここでもベンのピアノがとてもリズミック。途中のコーラスは1960年代のミュージカル映画にでも出てきそうなグッド・タイミーなポップセンス満載で聴いているとウキウキします。

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Brick」はこのアルバムからの最初のシングルで当時結構大きなエアプレイヒットになり、BF5のメジャー・ブレイクの起爆剤となった曲。静かなピアノのイントロから徐々にドラマチックに盛り上げていって、クライマックスでのベンのファルセット・ボーカルが聴いた、楽曲としてはティンパン・アレー・マナー満点の美しいメロディのポップ作品。しかし歌詞の内容は、彼女を妊娠させてしまった主人公が彼女に堕胎させて、その後それを隠しておくのが苦しくなったので彼女の両親に打ち明ける、というなかなかヘヴィなもの。彼自身の高校時代の経験が題材だというこの曲、内容とメロディの美しさとのギャップが、ベン・フォールズというアーティストの魅力の端的なところを象徴しています。

歌詞の面白さでいえばこのアルバムで一二を争うのが次の「Song For The Dumped(捨てられた男の唄)」。やけっぱちに聞こえるベンのカウントで始まり、終始ピアノとドラムのリズミックなリフが結構ドタバタしながら変にポップに聴かせるこの曲、このアルバムで唯一ギターがフィーチャーされている曲ですが、歌詞はこんな感じです。

「そうか、君はちょっと僕らの付き合いを一休みしたいと。

ちょっとペースを落として自分のスペースを持ちたいって?

ふざけんなこのやろう。

俺の金を返せ

俺の金を返せ、このbitch

今まで使った金を返せってんだ

そして俺の黒いTシャツを返すのも忘れんなよ

お前にディナーなんてご馳走するんじゃなかった

こうやってお前の家の前で俺をぼろ切れみたいに捨て去る直前にさ

俺の金を返せ

俺の金を返せ、このbitch

今まで使った金を返せってんだ

そして俺の黒いTシャツを返すのも忘れんなよ」

どうです、笑えるでしょう(笑)。多分史上最も正直で直裁的な別れの歌だと思います、これ。

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とまあ、曲ごとに解説していくときりがないのですが、この他にもジャズっぽいピアノが素敵な「Selfless, Cold And Composed」、トッド・ラングレン的ポップ・センス再登場の「Kate」、ちょっとヨーロッパ風のアコーディオンが気分の「Smoke」、エリック・カルメンのようなクラシック・センスのピアノが美しいのに、終日泣き叫ぶ病気の妻が寝てる間にタバコで家を火事にしないかと悩むという歌詞の「Cigarette」、何にも興味ないふりをしてクールさを装う彼女を痛烈に皮肉る「Battle Of Who Could Care Less」などなど、思い切り楽しいポップ・センスと思わずニヤリとしてしまう歌詞満載の楽曲のオンパレードで一気に聴いてしまいます。

なお、最後の美しいメロディの「Evaporated」が終わってしばらくすると「ほらここに君のための隠しトラックがあるよ~聞いて聞いて、ベン・フォールズ・ファイヴはとんでもない馬鹿野郎さ!(Ben Folds Five is a f**king a**hole!)」という声が聞こえて、まあ最後まで笑わせてくれます。

彼らはこの後よりジャズっぽい方向性の『The Unauthorized Biography Of Reinhold Messner』(1999)をリリースしましたが、アルバムサポートのためのツアー終了後にバンドは一旦解散。ベンは解散後も『Rockin’ The Suburbs』(2001)、『Songs For Silverman』(2005)などクオリティの高いソロ作品をコンスタントにリリースして、シーンでの存在感をキープしていました。その後2012年にニューヨーク州北部で開催のマウンテン・ジャム・フェスティバルへのライヴ出演をきっかけにバンド再結成し『The Sound Of The Life Of The Mind』(2012)とライブアルバム『Live』(2013)を出しましたが、現在は活動休止状態で、ベンは再度ソロ活動に専念している模様です。

再三言っているようにとにかく楽しい、ポップ・センス満点の作品なので、やはり家にこもって聴いているよりは、外に出て太陽の光の下で聴くのが似合う作品。比較的CD屋さんなどでもよく見かけるので、お求めになりやすいこのアルバム、是非彼らのピアノ中心の素晴らしいポップな楽曲を聴きながら、時には歌詞カードを読んでベンのユニークなユーモアセンスを楽しんでみてはいかがでしょうか?

 <チャートデータ> ビルボード誌全米アルバムチャート最高位42位(1998.1.31付)


新旧お宝アルバム!#82「Loose」 Victoria Williams (1994)

2017.4.10

新旧お宝アルバム #82

LooseVictoria Williams (Mammoth / Atlantic, 1994)

先週一週間は、雨の予想とかもあったにも関わらず終始天候も崩れそうで崩れずに暖かい日が続いて、そのおかげで週の後半は一気に桜が満開になった、心が満たされる気持ちのいい週でしたね。週末からまたゆっくり天気が崩れてきていますが、一日でもこの素晴らしい桜が楽しめるよう願う毎日、そんな中で欠かせないのは気持ちのいい音楽。皆さんも花見のかたわらいろんな音楽でこの桜を楽しまれたことと思います。

さて今週は久しぶりに90年代の作品を取り上げます。商業的にはなかなか成功することがないのですが、常に個性的でチャーミングで、それでいてインスパイアリングな楽曲を一貫して届け続けてきている、他にあまり似たタイプを見ない女性シンガーソングライター、ヴィクトリア・ウィリアムスのキャリアの一つのマイルストーンとなったアルバム『Loose』(1994)をご紹介します。

ヴィクトリア・ウィリアムス、といっても日本の洋楽リスナーの方で彼女の名前をご存知なのは、音楽評論家の方以外ではかなり熱心なここ30年くらいのアメリカのフォーク・ロック/アメリカーナ系ロックのフォロワーの方くらいでしょう。残念ながらこれまでリリースされている彼女の7枚のソロアルバムは、本作を含めてどれもチャートインするほどの売上は記録していませんし、FMなどで頻繁にエアプレイされるタイプの音楽でもないので無理もありません。

でも、ヴィクトリアはアメリカのロック・シーンではミュージシャンの間からのリスペクトを受け続けるミュージシャンの一人で、今回紹介する『Loose』に収録されている作品群の幅広いスタイルに亘る音楽性、決して巧くはないが個性的でチャーミングなボーカルスタイル、そして自然やスピリチュアルなテーマや人への愛、といったことをテーマにする楽曲はそうしたリスペクトを集めるに充分なものであることが分かります。

実はこのアルバム発表の一年前、ヴィクトリアは多発性硬化症という難病の宣告を受けていました。この病気は脳や脊髄、視神経などに激痛、視野異常、神経麻痺、筋力低下などの症状が繰り返し出ては収まるのを繰り返すというもので、ギタリストでありシンガーであるヴィクトリアにとっては極めて深刻な病気でした。加えてミュージシャンであったため治療費用を賄う保険等も持っていなかったヴィクトリアの治療をサポートするために立ち上がったのは他あろう彼女をリスペクトするミュージシャン仲間達だったのです。

ソウル・アサイラムデイヴ・パーナー、パール・ジャム、ルシンダ・ウィリアムス、ルー・リード、マシュー・スイートといった90年代のオルタナ・ロック・シーンを代表するそうそうたるミュージシャン達に、当時ヴィクトリアと結婚したばかりのマーク・オルソン率いるザ・ジェイホークスが加わり急遽リリースされたのが全曲ヴィクトリア作品のカバー・アルバム『Sweet Relief: A Benefit For Victoria Williams』(1993)。

このアルバムは幸いチャートインもし、そこそこの評判を呼んだこともあってヴィクトリアに対する関心も当時高まったのでしょう、自身の症状とも折り合いを付けながら、頑張ってスタジオ入りしてヴィクトリアが翌年の1994年にリリースしたのがこの『Loose』でした。

彼女の揺らぐようなハイトーンのボーカルとアコースティックなバンド演奏で、百歳を超えるという古いサボテンの木にまだ遅くないから花を咲かせてよ、と呼びかける「Century Plant」で始まるこのアルバム、タワー・オブ・パワーのレイドバックなホーンセクションをバックにゴスペル的な内容を歌う「You R Loved」、ピアノとバイオリンだけをバックに友人の死を明るく悼む小品「Harry Went To Heaven」、そして『Sweet Relief』収録曲中唯一当時まだヴィクトリアが録音しておらず、パール・ジャムがカバーしたことでおそらく彼女の最も有名な曲となったオルタナ・ロック色の強い「Crazy Mary」などなど、このアルバムを構成する16曲(うち2曲はカバー、1曲はソウル・アサイラムデイヴとの共作でもう1曲はバンドメンバーの作品)はいずれもちょっと聴くだけでヴィクトリアというとてもユニークな才能とスタイルを持ったアーティストが目の前に現れて、優雅にパフォーマンスをしてくれているのが目に見えるようなのです。

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実は自分はおそらく前述のチャリティアルバムが出る直前くらいの1993年に、ニューヨークのヴィレッジにあったライヴハウス、ボトム・ライン(2004年に廃業)で彼女のライヴを見ています。確か3人くらいのバンドをバックに、椅子に座ってストラトやアコギを掻き鳴らしながら「病気のせいで時々ミスピッキングとかするけど許してね」と言いながら、ステージにパッと清楚な花が咲いたかのようなイメージを放ちつつ、とても心温まるステージをしてくれたことを覚えています。その時多分このアルバムに収録されている作品もいくつかやってくれたに相違ありません。改めて今この『Loose』を聴くと、その時の彼女のステージが蘇ってくるようなので。

上記の曲の他にも、ピアノをバックにしたヴィクトリアのガーリッシュなボーカルがキュートなルイ・アームストロングでお馴染みの「What A Wonderful World」や、LAを中心に70年代初頭人気のあったロックバンド、スピリットの「Nature’s Way」(デイヴ・パーナーとのデュエット)などの曲をカバー曲に選ぶあたりも、ヴィクトリアの自然を慈しむキャラクターが表れてますし、叔父さんのジャックの愛犬パピーと自分の愛犬ベルの他界を悲しみながらも彼らを思い出しながら楽しく歌う「Happy To Have Know Pappy」や、友人への情熱的ではないけど確かで安心できる一体感を真摯なボーカルで歌う「My Ally」などなど、彼女の楽曲は聴いていて、そして歌詞を眺めていて思わずほっこりさせてくれるものが多いのです。

まさに冬を脱ぎ捨てて春に向かうこの時期にぴったりの感覚を味わわせてくれる、そんな素敵なアーティストであり、アルバムなのです。

件のチャリティ・アルバム同様、この作品のバックをつとめるメンバーもそうそうたるもの。何度も名前の出ているソウル・アサイラムデイヴ・パーナーの他、ご主人のマーク・オルソンとそのバンドメイトである、ザ・ジェイホークスゲイリー・ルイス、タワー・オブ・パワーのホーンセクション、スライ・ストーンの妹のローズR.E.M.のピーター・バックマイク・ミルズ、そして何曲かのストリングス・アレンジメントは何とあのヴァン・ダイク・パークスが担当するなど、この時期のフォーク・ロック/アメリカーナ系の作品としてはとても豪華な布陣での制作になっており、高いミュージシャンシップのパフォーマンスが楽しめる作品にもなっています。

その後2006年のマークとの離婚も乗り越えて着実にアルバムを発表し続けていたヴィクトリアですが、2015年末に持病の発作が原因で肩と腰を負傷してしまって現在は治療専念中とのことですが、またしても保険が適用されないため、『Sweet Relief』の時に設立されたスイート・リリーフ・ミュージシャン基金が中心になって治療費の寄付を募っているとのこと。

彼女の一刻も早い完全復帰を祈りつつ、ヴィクトリア・ウィリアムスという、希有のスタイルと才能を持ったシンガーソングライターの、人と自然とスピリチュアルへの愛に溢れた作品を、暖かさを増す春に存分に楽しんで見ませんか?

 <チャートデータ> チャートインなし


新旧お宝アルバム!#81「Blacks And Blues」Bobbi Humphrey (1974)

2017.4.3

新旧お宝アルバム #81

Blacks And BluesBobbi Humphrey (Blue Note, 1974)

先週一旦暖かくなったか、と思ったら週後半から土曜日にかけてぐっとまた寒くなって雨まで降ったため、桜のつぼみも開きかけの3~4分咲きのまま週末を終わってしまいましたが、昨日の日曜日はまたぐっと春の陽気が戻ってきていました。今週はいよいよ一気に桜開花、お花見日和が期待でき、今度の週末はあちこちの桜の名所が人でいっぱいになることでしょう。

先日もここで言いましたが、春はジャズっぽい音楽が耳に心に優しく感じられる時期。そこで今週は桜の花の下でパーティーでもしながら聴くにはもってこいの、ジャズ・フルート奏者のアルバムをご紹介しましょう。名門ブルー・ノート・レーベルでも数少ない女性ジャズ・ミュージシャンの一人である、ボビー・ハンフリーの春を感じさせるフルート・ワークやライト・ジャズ・ファンクでR&Bに寄り添った楽曲がとても心地よいアルバム『Blacks And Blues』(1974)をご紹介します。

本来ジャズはまだまだ門外漢に近い自分なので、ジャズ系のアルバムをご紹介する、というのはややおこがましいのですが、このアルバムが出た1970年代前半というのは、60年代中頃までの正統派でストイックなジャズの本流を中心とした発展の歴史から、一気にジャズとファンクとソウルとが一体の流れに合流し、ラムゼイ・ルイスドナルド・バード、ハービー・ハンコックらによる様々な「ソウル・ジャズ」や「ジャズ・ファンク」といわれる分野の素晴らしい作品が相次いで生まれた変革の時期だったと理解しています。そんな時期に生まれたのがこのアルバム。ジャズ・フルートというと古くはエリック・ドルフィ、近年フュージョンの世界ではハービー・マン、ヒューバート・ローズ、そして先月惜しくも他界したデイヴ・ヴァレンティンといったところが有名ですが、その中でも女性パフォーマーとしてボビー・ハンフリーは独自のポジションを確保しています。

テキサス州ダラス出身で、高校の頃からクラシックとジャズのフルート演奏を勉強していたボビーは、地元のタレントコンテストを観ていたあのジャズ・トランペットの大御所、ディジー・ガレスピーに見いだされてNYでミュージシャンとしてのキャリアを積むことを薦められたのがプロのジャズミュージシャンのキャリアの振り出しでした。

その後1971年にジャズの名門レーベル、ブルー・ノートからデビュー。同レーベルの重役でもあった有名プロデューサー、ジョージ・バトラーの下、当時のR&Bソウル楽曲のカバーと、ジャズの先達達の作品のボビーなりの解釈によるプレイを納めたアルバム2枚『Flute In』(1971)と『Dig This!』(1972)でシーンでの存在感を高めていたのですが、1974年にリリースしたこの『Blacks And Blues』はいろんな意味で彼女に取って飛躍の、そして商業的ブレイクの作品となったのです。

まず前2作と違うのは、本作のプロデュースと全楽曲の作曲を担当したのが、当時音楽シーンを沸かしていたジャズ・トランペットのドナルド・バードがR&B・ファンクに大きく軸足を寄せたソウル・ジャズの代表作『Black Byrd』(1972)、『Street Lady』(1972)のプロデュースでシーンにその名を馳せていたラリー・ミゼル。彼はジャズ・トランペッターだったドナルド・バードをソウル・ジャズ・ファンクの代表的ミュージシャンとしてブレイクさせ、またドナルド直系のソウル・グループとして1970年代後半「Walking In Rhythm」(1975年全米最高位6位)「Happy Music」(1976年19位)などの全米ヒットを飛ばすブラックバーズの仕掛人として70年代R&Bやソウルジャズシーンにおける重要人物でした。

その彼が作り出したクールな中にも暖かなファンク・グルーヴを内包したソウル・ジャズ・ファンクの楽曲群と、ボビーの縦横無尽にソロを操るジャズ・フルートのパフォーマンス、そしてラリーが自分のプロデュース作品に必ず起用する名うてのミュージシャンたち(ギターのデヴィッド・T・ウォーカー、ベースのチャック・レイニー、ドラムスのハーヴィー・メイソン、そしてピアノ・キーボードのジェリー・ピータース、シンセのフレディ・ペーレンといった彼のレコードにはお馴染みの面々です)のタイトでファンキーな演奏が、すべて有機的につながってこのアルバム全体の大きな暖かなグルーヴを生み出しています。オープニングの「Chicago, Damn」そしてニューヨークの街角の様子を彷彿させるような自動車や街角のSEで始まる「Harlem River Drive」はこうしたラリーの「グルーヴの方程式」とボビーのフルート・ソロが見事にマッチしていて、アメリカの大都市の町中をオープンカーとかで春にドライヴしている、といった雰囲気が満点ですね。

このアルバムのR&B寄りのスタイルは、次のボビーがボーカルを取る「Just A Love Child」で更に鮮明になります。ジャケで観るアフロヘアーで闊達そうな風貌のボビーのイメージとは異なり、聴きようによっては子供の声のように聞こえるハイトーンのボーカルと、男性バックコーラスとの組み合わせがR&B楽曲としての魅力溢れる作品を生み出しています。

アルバムタイトル曲の「Blacks And Blues」はジェリーのピアノのソロを大きくフィーチャーして、それにフレディの奏でるシンセの音色、男性バックコーラスそしてボビーのフルート・ソロが絡んで行くというこのアルバムの楽曲パターンの最大公約数のようなナンバー。春のそよ風を思わせるようなボビーのフルートと男性コーラスの組み合わせが軽やかなグルーヴを演出します。続く「Jasper Country Man」は同じような楽器構成ながら、このアルバム中最もファンクネスが色濃く感じられるアーシーなナンバー。

そしてアルバム最後の「Baby’s Gone」はまたR&Bソウル的なスタイルに大きく寄り添って、男性コーラスをバックにしたボビーのガーリッシュなボーカルによる「My baby’s gone~」という歌を所々に散りばめながら、ボビーのフルートが主旋律を奏でる、という楽曲。ただR&Bソウル的とは言いながらも、一般的な歌ものの楽曲ではなく、あくまでもボビーのフルートを軸として淡々と楽曲が展開していく、というバンドがジャムりながら、アルバム全体をフェードアウトに持っていく、といった風情がまた春の花爛漫の光景を想像させてくれます。

このアルバムで商業的にブレイクしたボビーは続く『Satin Doll』(1974)、『Fancy Dancer』(1975)でもラリー・ミゼルとのタッグでジャズ・ソウル・ファンクの名盤を世に出していくことになります。また、ソウルR&Bシーンとの接近がきっかけで、あのスティーヴィー・ワンダーの名作『Songs In The Key Of Life』(1976)からのシングル「Another Star」にジョージ・ベンソンと共にジャズ界代表として競演するなど、ジャズの枠にとらわれない幅広い活動を続け、1994年には自分のレーベル、パラダイス・サウンズ・レコードを立ち上げて、自分のアルバム『Passion Flute 』をリリースするなど、現在も活動を続けているようです。

いかにも桜の花びらが舞う様を彷彿とさせるようなボビーのフルートの音色と、ラリーの作り出すライト・ファンクなグルーヴ満点の楽曲で、今週あちこちで観られるであろう満開の桜を楽しんではいかがでしょうか。

 <チャートデータ> 

ビルボード誌全米アルバムチャート最高位84位(1974.5.25付)

同全米ソウル・アルバムチャート最高位20位(1974.5.18付)

同全米ジャズLPチャート最高位2位(1974.5.11付)


新旧お宝アルバム!#80「A Sailor’s Guide To Earth」Sturgill Simpson (2016)

2017.3.27

新旧お宝アルバム #80

A Sailor’s Guide To EarthSturgill Simpson (Atlantic, 2016)

いよいよこれから春、桜本番かと思われたのにこの日曜日は冷たい雨で一気に冬に戻ったような気候。これが桜本格開花前の最後の雨でありますように。皆さんも不安定な気候で体調など崩さぬよう、洋楽ライフをお楽しみ下さい。

さて今週の「新旧お宝アルバム!」は昨年アメリカの各音楽誌でも高い評価を受けていて、先日の第59回グラミー賞でもメインの最優秀アルバム部門にノミネートされ、台風の目の一つとなり、今年のフジロック・フェスティヴァルへの来日が決まっていながら、まだまだ日本では知名度ゼロに近い、アメリカーナ・ロックのシンガーソング・ライター、スタージル・シンプソンのアルバム『A Sailor’s Guide To Earth』(2016)をご紹介します。

とかく日本においてこのルーツロックというか、アメリカーナ・ロックというジャンルは、昔の有名ロック・アーティスト(たとえばザ・バンドのメンバーとか、ディランとか、クラプトンとか、イーグルスのメンバーとか)がやる分にはラジオにも乗っかるし、レコード会社もマーケティングしやすいと見えてガンガン露出するしということで日が当たるケースが多いのですが、ことこれが新しいアーティストやそれまであまり有名でなかったアーティストの作品となると途端に日本では話題になりにくい、という構造的な問題があります。

ただ実際に音を聴いて、ライヴなどを聴くとえてして従来無名のアーティストたちによる作品がハッとするほど瑞々しかったり、無茶苦茶カッコよかったり、うーんと唸るほどミュージシャンシップが高かったりすることも多く、この点で日本の洋楽ファンは結構いいアーティストの作品に触れることなく終わってしまっていたのではないかと思っています。

ただこういう状況も徐々に改善されてきていて、例えばウィルコとかこのブログでも以前に取り上げたライアン・アダムスとかいったこうしたジャンルのアーティスト達が音楽メディアでも取り上げられることが増えて来ていて、なかなかいい傾向だな、と思っているところです。

で、スタージル・シンプソン。彼の音楽スタイルは、カントリーとブルースをバックボーンに置いたロック的アプローチのシンガーソング・ライターと言えばいいでしょうか。その男臭くて渋さ満点のボーカル・スタイルは70年代のアウトロー・カントリーシンガーである、ウェイロン・ジェニングスマール・ハガードといった大御所達を彷彿させますが、このアルバムのホーンセクションを全面的にバックアップしているダップ・キングス(昨年末惜しくも他界した黒人女性R&Bシンガー、シャロン・ジョーンズのバック・バンドでR&B・ブルースファンには有名)のアーシーでファンキーな演奏を軽々と乗りこなして歌う様はブルース・ロック・シンガーそのものです。

また、アコギの弾き語りや、ストーリー性満点の歌詞を持った楽曲を聴くと正統派のシンガーソングライターとしてもかなりのものですし、一方ニルヴァーナの有名曲「In Bloom」をオリジナルとは全く表情の異なるアレンジで、極端に音数を絞ったアコースティックで美しく、抑えたトーンでカバーするのを聴くと、シンガーとしての表現力も非常に高いものを感じます。

また、アルバム全体が自分の生まれたばかりの子供に向けて人生の歩き方を教える、といったコンセプトで楽曲構成されていることや、そこここで控えめにしかし効果的に挿入されるシンセや効果音っぽいサウンドの使い方のセンスなどはちょっとしたプログレ的なセンスも感じる、このアルバムはそんな多彩な表情を持っています。

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冒頭の「Welcome To Earth (Pollywog)」は正に70年代のプログレッシヴ・ロック作品の冒頭を思わせるドラマチックな効果音とピアノの音色で始まりますが、入ってくるボーカルがベテラン・カントリー・シンガー、といった感じのスタージルの声なのでこのアンマッチさが独特の魅力をいきなり醸し出しています。ストリングスのイントロからアコギとカモメの鳴き声のような効果音をバックにしっとりと歌われる「Breakers Roar」も、彼のボーカルがなければ例えばムーディ・ブルースの70年代の作品、と言われても違和感がない、そんなサウンド。

しかしそんなプログレっぽさは、ダップ・キングスのソウルフルなホーンでいきなりファンク・グルーヴ満点の「Keep It Between The Lines」、そしてカントリー・ロックっぽいシャッフル・リズムに乗って「♪東京、川崎、恵比寿、横須賀、横浜、新宿、渋谷、六本木、原宿~♪」(スタージルは20代の頃日本在住経験あるらしいです)と軽ーい感じで歌う「Sea Stories」でガラッとルーツ・ロック的方向に大きく舵を切ります。

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そして上述した美しいニルヴァーナのカバー「In Bloom」を経て、今度は正統派アメリカン・ブルースロック、といった雰囲気の「Brace For Impact (Live A Little)」である意味アルバムのクライマックスを迎えます。

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ハモンド・オルガンとダップ・キングスのホーンがまた聴く者を一気にアメリカーナな世界に連れ戻してくれ、スタージルの歌も味わい深い「All Around You」、エレピとウッドベースとストリングスとスタージルのボーカルだけの静かな「Oh Sarah」、そしてまたカモメの鳴き声をバックに海のコンセプトに戻って、取り憑かれたようなスワンプ・ファンクロックスタイルのアルバムの最大の問題作「Call To Arms」でドラマチックに終わりますが、息子に送る最後のそして重要なアドバイスという設定の歌詞は、スタージルの強力なメッセージで満ちています。

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「俺は兵役でシリアにもアフガニスタンにもイラクにもイランにも、そして北朝鮮にも行った

いったいどこまで行けば終わるのか教えて欲しい

毎日うずたかく積み上がる死体の山

いったいあと何人兵士を送れば気が済むのか

連中は石油のため、ヘロインのコントロールの為に息子や娘達を送り続ける

息子よ、どうか男になるためには奴らの操り人形にならなきゃなんて思うな

連中はお前の髪を切り、腕にバッジを付け、お前のアイデンティティを奪う

つべこべ言わずに列に並んで海外に行って仕事をするんだと言って

(中略)

誰も頭の上を飛ぶドローンが何してるか気にもせず

自分のスマホばっかり見て忙しい

まるで犬が食い物を求めるように俺たちのエゴも目から血が出るまで新しい情報とやらを求め続ける

連中は本質から目を背けさせるような情報を準備して俺たちはそれをフレンチフライと一緒に食ってしまう

俺たちの頭の上から爆弾が落ちてくるまで

TVは消せ ニュースも見るな 何も見るものなんてない

ただ憂鬱な話が流れてくるだけ

TVやラジオは嘘っぱちばかり

ハリウッドの映画は自分自身になれる方法を教えてくれるらしいが

そんな大嘘はどっかへ消えてしまえばいい」

自身米国海軍にも所属していた経験のあるスタージルが放つ「平和を守るために戦うという国のプロパガンダを信じて戦争なんか行くな、そうしたメッセージを垂れ流すメディアも信じるな」というメッセージは極めてパワフルなものがあります。

おそらくその芳醇な音楽性だけでなく、こうした強いメッセージもこのアルバムをグラミー賞最優秀アルバム部門にノミネートさせた大きな要因でしょう。惜しくも最優秀アルバムはアデルに譲りましたが、最優秀カントリーアルバム部門は見事受賞。最優秀アメリカーナ・アルバム部門にノミネートされた前作『Metamodern Sounds In Country Music』(2014)では逃したグラミー初受賞を果たしています(余談ですがこの前作のタイトルはレイ・チャールズのあの名盤『Modern Sounds In Country And Western Music』(1962)へのオマージュですね)。

グラミー受賞をきっかけにスタージルの名前が日本の洋楽メディアにもちょくちょく出てくるようになりました。夏のフジロックへの出演も楽しみ。実は自分のアメリカ人の上司はナッシュヴィル在住でスタージルがブレイク前から何度もライヴを観てきたらしいのですが「彼は絶対ライヴ観るべき!」と言ってますので、今年はスタージルのライヴを是非観たいと思ってます。

既に当年38歳という人生経験も重ねてきながら、豊かな音楽性とメッセージを持ったこの新しいミュージシャン、スタージル・シンプソンの作品を皆さんも是非一度お聴きになってみて下さい。

<チャートデータ> ビルボード誌全米アルバムチャート 最高位3位(2016.5.7付)

同全米カントリー・アルバムチャート 最高位1位(2016.5.7付)

同全米アメリカーナ・フォークアルバムチャート 最高位1位(2016.5.7付)

同全米ロック・アルバムチャート 最高位1位(2016.5.7付)


新旧お宝アルバム!#79「Soul’s Core」Shawn Mullins (1998)

2017.3.20

新旧お宝アルバム #79

Soul’s CoreShawn Mullins (Columbia, 1998)

この3連休は素晴らしいお天気続きでいよいよ春本番、南の方ではそろそろ桜も咲き始めたとの知らせも入ってくるこの頃、来週のこのコラムをお届けする頃には都内でももうお花見できる状態になってるのでは、と思うと心躍りますね。いい音楽をバックに気のおけない友人と花見、というのもこの季節ならではの楽しみです。

春はジャズやアコースティックな感じの音楽がとても似合う時期。今週の「新旧お宝アルバム!」では久しぶりに90年代の作品で、味と渋みたっぷりのボーカルと物語性たっぷりの歌詞を持つフォーク・ロック的アメリカーナな楽曲で一部のファンに強く支持され、その後も知る人ぞ知る的な活動を続けているシンガーソングライター、ショーン・マリンズの商業的ブレイク作『Soul’s Core』(1998)をご紹介します。

1990年代のアメリカの音楽シーンは、80年代のMTVを中心とした映像中心のヒットを飛ばすポップスターや、シンセサイザーの打ち込みサウンドで大半のトラックを作り込むダンスヒットの氾濫へのアンチテーゼとして90年前後にはシアトルを中心としたインディー・レーベルのロック・バンド達によるグランジ・ムーヴメントの盛り上がりとか、より社会的な視点からのリリックを中心にストイックな音作りによるヒップホップのルネッサンス的隆盛、そして60年代~70年代のカントリー、R&B、ブルーズ、ハードロックといった音楽をルネッサンス的に換骨奪胎してフレッシュなスタイルで聴かせるアメリカーナ・ロックやオルタナ・カントリーといった音楽スタイルが盛り上がった、音楽シーン的には極めて豊かな時代になっていました。

残念ながら70年代からの日本の洋楽ファンの皆さんは、80年代後半の音楽のマスプロ化や打ち込み主体のスタイルに辟易して新しい音楽には背を向けて昔からおなじみの70年代以前の音楽に戻ってしまった方が多かったようです。もう少し辛抱してシーンに耳を澄ませていれば、90年代の素晴らしい音楽に巡り会えていたはずだったんですが。

で、このショーン・マリンズも、90年代にアメリカーナの隆盛に時期を合わせて対等してきた、そんなアーティストの一人。アトランタ出身の彼は学生時代からバンドを組んで主にアコースティックな音楽を中心に活動してきていて、高校時代の友人にはあのインディゴ・ガールズエイミー・レイもいたとのこと。大学卒業後一時期陸軍の士官養成プログラムに身を投じ、陸軍でのキャリアも考えたようですが、やはり音楽を捨てきれずこの道に戻り、地元のアトランタ近辺で地道なバンド活動をしながら実績を積んでいたようです。

その彼をブレイクしたのは、今日紹介する『Soul’s Core』にも収録されているシングル「Lullaby」の大ヒット(全米1999年最高位7位)。トム・ウェイツを思わせるようなしゃがれた低いボソボソ声で歌う、というよりはつぶやくようなファースト・ヴァースからサビに行くところで一気にハイトーンの美しいボーカルでブリッジを歌うあたりは、ラジオで流れていたら一発でハートを仕留められること請け合い、そういう歌です。そしてこの曲は楽曲メロディだけでなく、その歌詞もまるで映画を見ているかのような独特の情景を浮かび上がらせてくれるという意味でもとても魅力的です。

「彼女はハリウッド・ヒルやサンセット・ブールヴァードに住むスターの子供達と一緒に育った

彼女の両親は盛大なパーティーをよく開いてそこにはいろんな人が集まった

彼女の家族はデニス・ホッパー、ボブ・シーガー、ソニー&シェールなんて連中とよく付き合っていたっけ

今彼女はフェアファックス・アヴェニューのこのバーで安全に過ごしてる

ステージの俺から見ると彼女は未だにあの頃の思いを捨てきれず、リラックスできてないのがよく分かる

だから彼女がうなだれて泣き出す前に

俺は彼女に子守歌を歌うのさ

何もかもうまくいくさ ゆっくりお休み

何もかもうまくいくって だからゆっくりお休み」

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LAの社交シーンの退廃感とそこで自分を見いだせない女性のことを、トム・ウェイツ的なつぶやきと美しいハイトーンのボーカルの組み合わせと、アコースティックで優しいメロディで包むようなこの歌は、おそらく聴く者の心の琴線に触れるものがあったに違いなく、ショーンに取ってはブレイクヒット、しかし彼唯一のヒット曲となりました。

個人的なイメージでショーンの音楽スタイルを一言で表現するなら、「グランジを通過してきたクリス・クリストファーソン」。作る楽曲スタイルはいわゆるアメリカーナに分類されるシンプルなアコースティック寄りのアメリカン・メインストリーム・ロック曲ですが、バンドのリズムセクションの使い方やエレクトリックギターの使い方に明らかにグランジあたりの影響を聴いて取れます。そしてボーカルスタイルは明らかにクリスマール・ハガードといった70年代の無頼派のややロック寄りのカントリー・レジェンド達の強い影響を受けていますが、時々聴かせる伸びやかなテナーからハイテナーのボーカルは、ただのカントリー・ロック・ボーカリストでは片付けられない個性と才能を感じるのです。

同時期にアメリカで大ブレイクしたフーティー&ザ・ブロウフィッシュのリード・ボーカル、ダリウス・ラッカーあたりと作る楽曲スタイルはとてもよく似ているのですが、フーティーズがあくまでも「90年代のイーグルス」的なポジショニングだったのに対し、ショーンのアプローチは明らかに「ロックっぽいナッシュヴィルのシンガーソングライター」的なものでした。

そしてこのアルバム収録の他の曲は、「Lullaby」に続いてシングルカットされ、よく似た楽曲スタイルでアダルト・トップ40チャートで小ヒットとなった「Shimmer」を初め、衰退していくアメリカの地方都市の状況を16歳の少年の目から描き、いつかはここを出て行くんだ、とアコギ一本でトルバドゥール風に歌う「Ballad Of Billy Jo McKay」や同じくアコギ一本で亡き友を歌ったと思われる「Patrick’s Song」、もう15年も電車に乗り続けて旅する37歳の男がもう長いこと海の塩の匂いを嗅いでないから、といってオレゴン州の海岸に来て、同じようにヴァンの乗って町から町にコーヒー・ハウス・ギグのギャラとチップでその日その日を過ごしているミュージシャンと会う、というストーリーを淡々と歌う「Twin Rocks, Oregon」などなど、歌詞カードを見ながら彼の楽曲を聴くと、本当に目の前に映画のような映像がヴィヴィッドに浮かび上がって来ます。

このアルバムのもう一つのハイライトは、クリス・クリストファーソンの「Sunday Mornin’ Comin’ Down」のカバー。エルヴィスを初め多くのアーティストにカバーされたクリスのこの有名なスワンプ・バラードをクリス直系だけあってショーンは見事に自分のものとして歌いきっています。

このシングルとアルバムのブレイクで一躍注目を浴びたかに見えたショーンでしたが、続く『Beneath The Velvet Sun』(2000)も同様にビジュアルなイメージを想起する質の高い楽曲満載の意欲作だったにもかかわらずチャートインすらせず、この後しばらくソロ活動をお休み。その間、2002年には同じく90年代を代表するシンガーソングライター、マシュー・スイートとオルタナ・フォーク・ロック・シンガーのピーター・ドロウジとスーパー・バンド、ソーンズ(Thorns)を結成。素晴らしいアコースティック・ロック・アルバム『The Thorns』(2003)をリリースして、一部に高い評価を得ましたが、広く知られるまでには至っていません。その後2006年以降は『9th Ward Pickin Parlor』(2006)、『Honeydew』(2008)、『Light You Up』(2010)、そして最新の『My Stupid Heart』(2015)と質の高い作品を地道にリリースしているようです。

桜の季節になった今、歌詞の想起するイメージに身を任せながら、ショーンの心にしみるようなアコースティック・サウンドと味のあるボーカルによる楽曲をじっくり楽しんでみてはいかがでしょうか。

 <チャートデータ> 

ビルボード誌全米アルバムチャート最高位54位(1998.11.28付)


新旧お宝アルバム!#78「Made Of」Elviin (2014)

2017.3.13

新旧お宝アルバム #78

Made OfElviin (VAA, 2014)

先週一週間は日々暖かくなりかけていた気温が一歩また冬に戻ったような肌寒い日々でしたが、週末はどちらもカラリと晴れて日曜日に立ち寄った吉祥寺の井の頭公園の桜の木々のつぼみも心なしかかなり色づいて来ている様子。まだまだしばらくは一進一退の気候が続くようですが、確かな春の足音を感じた週末でした。

今週の「新旧お宝アルバム!」は比較的最近のアルバムの順番ですが、そうした春がそこまで来ているという気分にぴったりな、アコースティックで、グルーヴィーで、聴くだけで楽しくなってしまうほど洒脱なポップセンスに溢れる、南ロンドン出身のR&Bシンガーソングライター、エルヴィーンことエルヴィン・スミスの多分オフィシャル・アルバムとしては唯一の作品、『Made Of』(2014)をご紹介します。

自分がこのエルヴィーンというアーティスト、このアルバムと出会ったのはちょうど3年前の今頃、やはりこれから春本番、という時期でした。タワーレコードの試聴コーナーで「何かよさげなアルバムはないかなあ」と思いながらいろいろなCDを聴いていたのですが、この白地にポップな感じのアートセンスで描かれたアーティストの肖像のジャケット(よーく見ると様々な色とサイズのボタンが並べられて描かれたという素敵なジャケットでした)に目を引かれ、POPでも「イチオシ!」とあったので聴いてみたところ、目の前を一気に明るくして、春に本当にふさわしいポップなセンスに溢れた、それでいて陳腐さとか甘ったるさとかいったものとは無縁な、うるさ方の洋楽ファンでもきっと気に入って頂けるようなサウンドに一発でやられてしまい、購入。以来この時期になると引っ張り出してきてプレイする、愛聴盤となっています。

このアルバムは2008年にロサンゼルスのサウンド・ファクトリー・スタジオで録音され、ベックの『Midnight Vultures』(1999)や『Guero』(2005)、ベル&セバスチャン、フォスター・ザ・ピープルといったオルタナティヴ系の作品プロデュースで知られるアメリカ人のトニー・ホッファーのプロデュースで制作されたのですが、なぜか英米でのアルバムリリースはUKのマイナー・レーベル、Clicks ‘n’ Clapsから行われただけで、大きな反響も得られず(実際WikiAllmusicDiscogsなど英米系の音楽データベースではこの作品についてのデータは存在していないようです)、2014年に日本で独自にリリースされたようなのです。

でも、このサウンドは日本のファンだけに聴かせておくのは本当にもったいない、そんな宝箱のようなキラキラした輝きがどの曲からも感じられる珠玉の一品。ヴァージンレコードと契約した2008年当時は、UKの音楽メディアではスタイル・カウンシルに比べられたり、「UKのジョン・レジェンド」という評価を得ていたようですが、自分が聴いた感じではエルヴィーンのサウンドはこうしたアーティスト達と比べて遙かに湿っぽさが少ない、カラリとした青空を想起するようなサウンドなのです。

むしろ自分が想起したのはベン・フォールズや、以前この「新旧お宝アルバム!」でもご紹介したあの山下達郎氏が敬愛するというフィフス・アヴェニュー・バンド。元来ピアニストだというエルヴィーンの作り出す曲はピアノがそのサウンドの中核を支えている、洗練されたコード進行の曲が多いのと、それでいてリズムセクションが際だっていて、印象的なアレンジの楽曲が素晴らしく、ボーカルもR&Bシンガーながらいわゆる「黒っぽさ」よりも、地声とファルセットを自由自在に行き来する洒脱なボーカルワークが素晴らしいあたりもそういう印象を強く持たせる理由でしょうか。エルヴィーン自身、両親が西インド諸島のセント・ルシア出身だという出自がこうした乾いたポップセンスを持つ背景にあるかもしれません。

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爽やかなピアノリフと力強いに乗ったエルヴィーンのボーカルを分厚いコーラスがバックアップする冒頭の「In Colour」、歌詞に「パリでも東京でも君を好きなところに連れて行くよ」と出てくるのが受けたか、J-Waveのカウントダウンにもランクインした、こちらもリズム隊とピアノとコーラスが一体となった「Good Books」、もろフィフス・アヴェニュー・バンドや70年代初頭のバーバンク・サウンドを思わせるフィール・グッドな「The Sun And I」、アコースティックなナンバーの中で唯一、控えめながらシンセサイザーの打ち込みが効果的に使われている(でも曲調は70年代初頭のグルーヴィー・ポップ・マナーでベン・フォールズを彷彿させる)「Rise」などなど、アルバム前半は正に珠玉の楽曲が詰まっています。

後半、「That Road」「The Clock」のようにやや陰りのあるメロディの曲でもやはりフィール・グッドなポップさは変わりません。後者は珍しくピアノの代わりにフェンダー・ローズを使ったバラードですがこれがまた楽曲のドリーミーなポップさによくマッチしています。ピアノをパーカッシヴに駆使してドカスカ・ドラムとの共演で聴かせる「Control」はこのアルバムで最もベンフォールズを思わせるナンバー。その他夢見るようなメロディの「Human Nature」やピアノとエルヴィーンの繊細なボーカルだけでしっとり聴かせる「Subtitles」など、最後までアルバムを彩る楽曲群の安定したクオリティの高さは素晴らしく、この作品が英米で陽の目を見なかったことが信じられないくらいです。

こうした楽曲全13曲はすべてエルヴィーンの自作自演。そしてこのアルバムがUKでリリースされた2008年には、彼は当時デビューアルバム『19』(2008)でセンセーショナルにデビューしたアデルの最初のUKツアーのメインのサポーティング・アクトに抜擢。当時多くの聴衆にパフォーマンスを届けていたのですが、この素晴らしい作品が商業的にはブレイクに至らなかったためか、その後彼は音楽マネジメントの道に進むことになります。

そして彼が2012年にマネージャーとして仕事を始めた相手があのサム・スミスエルヴィンサムと再会した時、二人は2008年のアデル・ツアーの際に最前列でアデルを見ていたサムエルヴィンが当時会話を交わしたことを思い出したのです。何という巡り合わせ。

そしてサム・スミスの3人目のマネージャーとなったエルヴィンは、グラミー賞ブリット・アウォードを総ナメにしたサムのデビューアルバム『In The Lonely Hour』(2014)に収録された、サムの3曲目の全英ナンバーワンヒットとなった「Lay Me Down」を友人のソングライター、ジミー・ネイプスと共作し、晴れて音楽ビジネスでの成功をサムと一緒に味わったのでした。

長い苦労の末にサム・スミスの成功でやっと陽の目を見たエルヴィンの才能、そしてそれと時を同じくして彼の最初のアルバムであるこの『Made Of』が日本でリリースされたことには、何やら運命的なものを感じざるを得ません。

春が目の前まで来ているこの季節、エルヴィーンの素晴らしい楽曲に溢れたこのアルバムを是非手に入れて、耳を傾けてみて下さい。

<チャートデータ> チャートインせず


新旧お宝アルバム!#77 追悼〜「Just A Stone’s Throw Away」Valerie Carter (1977)

2017.3.6

新旧お宝アルバム #77

Just A Stone’s Throw AwayValerie Carter (Columbia, 1977)

日々少しずつ暖かくなる今日この頃、梅も盛りを過ぎ、もう少しすると桜の季節に突入しそうなそんな春爛漫に向かう感じで、思わず気持ちも軽くなり、いろいろな音楽を聴きたくなるそんな季節になってきました。

そんな明るい気持ちになる季節、残念ながらこの週末にまた悲しい知らせが。70年代にフォーク・ロック・トリオのハウディ・ムーンのメンバーとしてシーンに登場、70年後半以降何枚かのソロアルバムを出しながら、数々のポップ・ロック系の作品のバックを固めるセッション・バックアップ・ボーカリストとして活躍したヴァレリー・カーターの訃報に愕然とした古くからのファンの方も多いと思います。彼女は、あのスティーヴ・ウィンウッドの1987年の大ヒット曲「Valerie」にもその素晴らしさを歌われた多くのミュージシャンからの敬愛を集めたボーカリストでした。

その彼女を追悼しつつ、まだ彼女の素晴らしい歌声に触れていないかもしれない若い洋楽ファンの皆さんに是非彼女の素晴らしさを知ってもらいたくて、今週の「新旧お宝アルバム!」は彼女のソロ・デビュー作『Just A Stone’s Throw Away』(1977)をご紹介することにしました。

既に古くからのウェスト・コースト・ロック・ファンや、AORファンの皆さんの間ではその美しくも時にはソウルフルで力強いヴォーカルの魅力で広く人気のあったヴァレリー・カーターのキャリアの始まりは、上述のようにLAの有名ライヴハウスである「トルバドゥール」での、ハウディ・ムーンのメンバーとしてのライヴと、それに続くアルバム『Howdy Moon』(1974)のリリースでした。ハウディ・ムーンは、彼女の他に以前#63でご紹介したフィフス・アヴェニュー・バンドのギタリストだったジョン・リンドと同じくギタリストのリチャード・ホヴェイの3人組。後にヴァレリーのメンター(導師)となり、彼女を70年代カリフォルニアのミュージック・シーンに導いていくこととなるリトル・フィートローウェル・ジョージのプロデュースによるアルバムは残念ながら商業的にはブレイクしませんでしたが、ヴァレリーはこのアルバムに参加したリトル・フィートのメンバーやアンドリュー・ゴールド、ジョン・セバスチャン、後のトトのメンバー、デヴィッド・ペイチジム・ケルトナー、チャック・レイニーといった当時のカリフォルニア音楽シーンを代表するミュージシャン達との交流を深めていきました。

そしてその間ジェームス・テイラーのアルバム『Gorilla』(1975)『In The Pocket』(1976)といったアルバムのバックコーラスや、リンダ・ロンシュタット、ジャクソン・ブラウンといったウェスト・コーストの大物ミュージシャンのツアーに参加するなどしてシーンでの確かな存在感を高めていったのです。

1977年にローウェルの導きでリリースした、今日紹介する初ソロアルバムは、収録された楽曲のスタイルといい、バックを固める当時のカリフォルニア音楽シーンを代表するそうそうたるミュージシャンのプレイといい、彼女の可憐なポートレートをあしらったジャケットといい、いずれもヴォーカリスト、ヴァレリーの魅力を最大限に発揮するに充分な出来です。

何しろ、一曲目、70年代初頭のR&Bボーカル・グループ、ファイヴ・ステアステップスの大ヒットバラード「Ooh Child」のカバーからして、冒頭のエレピのイントロからヴァレリーの透き通ったような美しいボーカルがふわっと立ち上がってくるあたりの素晴らしさに、初めてこのアルバムを聴いた当時(自分は高校生でしたw)震えるような感動を覚えたものです。そして他の曲にも言えることですが、単に歌声が美しいだけでなく、原曲のR&Bテイストを絶妙に表現するそこはかとないソウルフルさも持ち合わせているのがヴァレリーのヴォーカルの独特な魅力です。この曲、アルバムの「つかみ」としては絶妙で、プロデューサーのジョージ・マッセンバーグやアルバム制作に深く関わったであろうローウェルの細心の気配りが感じられるオープニングです。

自作の「Ringing Doorbells In The Rain」は引き続き高音域では美しいヴィヴラート、中低音域ではぐっとソウルフルな発声でグルーヴを生み出すレンジの広いボーカルでやはりヴァレリー独特の魅力満点のちょっとゆるいファンク気味のスタイルの楽曲。続くローウェルの曲「Heartache」はオーケストラとピアノを配してしっとりと失恋の哀愁を歌うバラードで、バックにリンダ・ロンシュタットと思しきコーラスが寄り添う楽曲。そしてローウェルと、ハウディ・ムーンのアルバムにも参加していた元ラヴィン・スプーンフルジョン・セバスチャンのペンによる「Face Of Appalachia」は、ジョンの1974年のアルバム『Tarzana Kid』にも収録されていた、バンジョーの音色が郷愁を誘うフォーキッシュなナンバー。嫌みのないそれでいて巧みなボーカルテクニックを披露してくれるヴァレリーのパフォーマンスは、こうしたシンプルなアレンジな曲で最高に映えます。

そしてLPでいうとA面最後の「So, So Happy」はアース・ウィンド&ファイアエモーションズ、アニタ・ベイカーといった70~80年代メインストリームのR&Bアーティストの数々のプロデュースで知られるスキップ・スカボローの作による、ミディアムテンポのウキウキするようなナンバー。元々ハウディ・ムーンの盟友だったジョン・リンドが後にEW&Fの「Boogie Wonderland」の共作者となった人脈によると思われるスキップの曲と、バックのホーンはEW&Fのメンバーだと思われますが、前述のように美しい歌声の中にソウルフルさを内包するヴァレリーのボーカルのまた別の魅力を引き出しています。

LPでいうとB面の冒頭のアルバムタイトル・ナンバー「A Stone’s Throw Away」はこれもこの新旧お宝アルバム!#45でご紹介したバーバラ・キースと夫のダグ・ティブルスの作品で、紹介した彼女のアルバムにも収録されていた、ゴスペル・スワンプ調のソウルフルなグルーヴ満点の曲。バーバラのバージョンに比べるとやや小綺麗な感じのアレンジになっていますが、中盤以降でヴァレリーが聴かせるゴスペル調の力強いボーカルはここでも彼女のボーカリストとしてのレンジの広さを証明してくれます。今回の訃報に当たってツイッターでフォーク・シンガーのショーン・コルヴィン曰く「最初彼女の歌を聴いた時、唯々彼女のように歌いたいと思って努力したけど、誰も彼女のように歌うことは出来ないのよ」。まさしく唯一無二のヴァレリーのボーカルの真骨頂を感じさせるナンバーです。

再びローウェルヴァレリーの共作によるしっとりとしたバラード「Cowboy Angel」に続いて、故モーリス・ホワイト以下EW&Fのメンバーのペンによる作品で、彼らの演奏とホーンセクションをバックにパフォームされる、都会的なファンク・ナンバー「City Lights」が意表を突いて登場。アースのアルバムに入っていても全然おかしくないこのナンバー、ハーモニー・ボーカルを付けているモーリスヴァレリーのボーカルが見事に一体となったグルーヴを生み出していて、ここでもまたヴァレリーの多才さが発揮されています。

そしてアルバム最後「Back To Blue Some More」はローウェル、ヴァレリー、そしてリトル・フィートのキーボードのビル・ペインの作品。前の曲の都会的なテイストを引き継いで、こちらは都会の夜を思わせるようなジャジーな楽曲をヴァレリーが洒脱にしっとりと歌い上げてラストを締めます。

残念ながら本作も、そしてこのアルバムに続いてトトのメンバーをバックにリリースした2枚目の『Wild Child』(1978)も商業的な成功には至らず、この後ヴァレリーはセッション・シンガーとしてのキャリアを継続することに。クリストファー・クロスの大ヒット作『南から来た男(Christopher Cross)』(1980)を初めとしてニコレット・ラーソンNicolette』(1978)、ドン・ヘンリーThe End Of The Innocence』(1989)、ジャクソン・ブラウンLooking East』(1996)と様々なアルバムで活躍する一方、『The Way It Is』(1996)、『Find A River (EP)』(1998)、『Midnight Over Honey River』(2004)と自分の作品もリリースしていましたが、2000年代に入って思うような活躍が出来ないストレスからか、薬物依存となり一線から姿を消してしまいました。2009年に薬物不法所持によって逮捕されるというニュースは昔からのファンや、彼女を敬愛するアーティスト達の心を痛めたのです。

しかしデビュー以来彼女の才能を認めて自らの数々のアルバムやツアーに起用し続けてきたジェイムス・テイラーのサポートもあり、2011年には薬物依存症治療プログラムを無事完了したという明るいニュースが伝わってきていて、これから少しずつまたあの素晴らしい歌声を聴かせてくれるという期待を持たせてくれていたのですが、今回の訃報は本当に残念です。まだ64歳と若かった彼女の死亡の原因はまだ詳細が伝わってきていませんが、唯々冥福を祈るのみ。

春がもうすぐそこまできている今、改めてヴァレリーの美しくも表現力豊かなボーカル・パフォーマンスが堪能できるこのアルバム、2005年にソニーミュージックさんがCD再発してくれていて、比較的手に入りやすいと思いますので、是非一人でも多くの人に聴いていただきたいな、と心から思うことしきりです。

 <チャートデータ>

ビルボード誌全米アルバムチャート最高位182位(1977.4.30付)


新旧お宝アルバム!#76「But You Caint Use My Phone」Erykah Badu (2015)

2017.2.27

新旧お宝アルバム #76

But You Caint Use My PhoneErykah Badu (Control Freaq / Motown, 2015)

ここ数日は春一番だか二番だか知りませんが、春の到来を告げる強い風が吹いたり、雨が降ったりしながら日々少ーしずつですが春に近づいているような気がしますね。うちの庭の河津桜や、近所のおうちの梅の木がもう満開になってきていて、春はもうそこのようです。

さて、今週の「新旧お宝アルバム!」は最近のアルバムのご紹介ということで、5年間の活動休止期間を経て久々の作品をミックステープという形で発表した、今やベテランのR&Bシンガー、エリカ・バドゥの6枚目のアルバム『But You Caint Use My Phone』(2015)をご紹介します。

エリカ・バドゥといえば、ローリン・ヒルらと共に1990年代のヒップホップのルネッサンス的隆盛時に「オーガニック・ソウル」と言われた70年代ソウルに回帰したスタイルのR&Bシンガーとして、大いに人気を集めたR&Bシンガーソングライターですよね。デビュー作『Baduizm』(1997)、2作目『Mama’s Gun』(2000)による鮮烈なシーンへの登場、「On & On」(1996年最高位12位)や「Bag Lady」(2000年最高位6位)といったポップ・チャートでの大ヒットもあり、90年代後半のR&Bシーンを代表するアーティストの一人として存在感ある活動をしていたエリカですが、2010年のアルバム『New Amerykah Part Two (Return Of The Ankh)』発表後はロバート・グラスパージャネル・モネイなど他のアーティスト作品への客演以外は、特筆すべき活動を行っていませんでした。その間、アフリカで新しいアルバムに取り組んでいる、という噂はあったものの5年間が経過。

そんな中、2015年10月にエリカがサウンドクラウドを通じてネットにリリースしたのが、その年の後半にヒップホップ・シーンのみならずポップ・チャートでも大ヒットとなったドレイクの「Hotline Bling」のリミックス・トラック。それに続いてデジタル・ダウンロードとストリーミングのみの形でiTunes / アップル・ミュージックにリリースされたミックステープが今回ご紹介する『But You Caint Use My Phone』です。

そのタイトルからも分かるように、このミックステープのテーマは「電話」。それも今時のスマホや携帯電話というよりも、昔ながらのプッシュ式電話にかかわる様々な情景やドラマをイメージしたようなサウンドコラージュや効果音や、電話に関する過去の様々な楽曲のサンプリングや歌い直しをふんだんに含む楽曲が並ぶ、いわばコンセプト・ミックステープになっています。エリカを模したと思われるジャケのイラストの女性も千手観音のように無数に生えた手にそれぞれ異なるタイプの電話を手にしている、というポップなデザイン。

オープニングからして電話の話し中のシグナルからタイトルフレーズを繰り返すエリカの歌声が繰り返される「Caint Use My Phone (Suite)」。この曲も含めてこの作品の楽曲はいずれも極めてシンプルなフレーズとメロディ、そして各種効果音の繰り返しで一貫していて、通常のAメロ、Bメロ、ブリッジといった展開をする楽曲はほとんどありません。しかしそうしたシンプルなメロディ・フレーズの繰り返しと、今時のR&B的な残響たっぷりの音像と、タイトなドラム・サウンド(これを彼女は最近のトラップ・ラップの名前をもじって「TRap &B」と呼んでいるようです)、そしてエリカの神秘的な歌声がアルバム全体の不思議なグルーヴ感を生み出していて、それがこの作品の最大の魅力になっています。

冒頭のタイトル曲に続いて、ひたすら「Hello Hello, Hey Hello Hello」とエリカが誰かに呼びかけるようなわずか30秒の「Hi」から、ミニマルなサウンドの「Cel U Lar Device」に突入。本作のリリースのきっかけとなったのはエリカによるドレイクの「Hotline Bling」のリミックスですが、ここでもメインメロディにまんま「Hotline Bing」のフレーズが歌われるというまあ言ってみれば本歌取りをした自分のリミックスの返歌みたいな作品。ポップヒットとしてあちこちで本当によく聴かれたフレーズとメロディで一気にエリカの世界に持って行かれるのが不思議な感覚です。

今回のこの作品は、エリカの地元であるテキサス州ダラスの若きヒップホップ・プロデューサーであるザック・ウィットネスエリカの共同プロデュースであり、こうした今風のヒップホップR&Bサウンドを強く感じさせる音像構成についてもエリカだけではなく、エリカとは親子くらい年の違うザックの貢献度は高いのでしょう。続く「Phone Down」などは正にそういう作品。この曲も基本的に残響バックグラウンドにタイトなドラム、Aメロの反復だけで終始するエリカの夢見るようなボーカル、という道具立てで何とも言えないグルーヴを作りだしています。

ItsRoutineという無名のラッパーをフィーチャーしたリズムボックス・ヒップホップといった感じの「U Use To Call Me」に続いて聞こえてくるのは80年代R&Bファンには懐かしい、あのニュー・エディションの「Mr. Telephone Man」のフレーズ。ここもあの曲のサビの2ラインのフレーズだけを、ドラムビートと夢見るような音像をバックにエリカが延々と口ずさむ、というスタイルです。

アルバムはリズムボックスビートをバックにアッシャーの大ヒット曲のフレーズをエリカが歌い直す「U Don’t Have To Call」から、再びItsRoutineをフィーチャーした「What’s Yo Phone Number / Telephone (Ghost Of Screw Mix)」、そしてアフリカ・バンバータあたりのエレクトロ・ファンク的意匠満点なトラックに乗ってコンピューターの人工知能がしゃべってるような男女の声が淡々と歌う「Dial’ Afreeq」(エジプシャン・ラヴァーことグレッグ・ブロサードの80年代のエレクトロ・ヒップホップ曲のフレーズをサンプル)と、アルバム後半は様々なスタイルの音像をバックにエリカが縦横無尽のグルーヴを展開。

そして、ドレイクの「Hotline Bling」のサンプル元としても使われたティミー・トーマスの「Why Can’t We Live Together」のリズムボックスビートをバックに、またしても催眠効果を持つエリカのボーカルでタイトルフレーズが延々と歌われる1分半の「I’ll Call U Back」を経て、アルバム最後の「Hello」では、冒頭の「Hi」と同じフレーズでエリカの歌う「Hello Hello…」という呼びかけに応えるようにラップするのは、エリカの以前の夫でもあるアウトキャストアンドレ3000。最初はエリカの「Hello Hello…」という歌声とアンドレの「I don’t know I don’t know」というラップフレーズが交錯していたのが、途中からエリカの歌うトッド・ラングレンの(というか、ここではそれをカバーしたアイズレー・ブラザーズのバージョンを模したというべきかも)「Hello It’s Me」にアンドレもラップではなく歌で応え始めるという展開。最後は元夫婦の二人が仲むつまじくコーラスを付けながらデュエットする歌声がフェイドアウトするのが何ともほっこりした印象を残してくれます。

この作品については、上述の通りどのトラックも楽曲としては完成形というよりはフレーズやメロディのループに毛が生えたくらいの構成のものがほとんどなので、アルバムとして捉えるには不十分ということであまり高く評価しない音楽メディアもあるようですが、共同プロデュースのザックが作り出す、エリカ言うところの「TRap & B」トラックに乗って彼女のドリーミーな歌声が絡んでいくことによって他のアーティストではなかなか出せないグルーヴ感が生まれていて、それだけでも個人的にはこの作品を高く評価したいと思っています。

あなたもこの作品でエリカならではのグルーヴに身を任せて、極上のR&B体験をしてみませんか?

<チャートデータ> 

ビルボード誌全米アルバムチャート 最高位14位(2015.12.19付)

同全米R&B/ヒップホップアルバムチャート 最高位2位(2015.12.19付)


新旧お宝アルバム!#75「Wrecking Ball」Emmylou Harris (1995)

2017.2.20

新旧お宝アルバム #75

Wrecking BallEmmylou Harris (Asylum, 1995)

先週の今頃は第59回グラミー賞の発表で大いに盛り上がってましたが、蓋を開けてみればアデルチャンス・ザ・ラッパーが主要賞をそれぞれガッチリ獲得した今年のグラミーでした。個人的にはこのコラムでもご紹介したアンダーソン・パークKINGにも何か受賞して欲しかったのですが、でもチャンスの新人賞とラップ・パフォーマンス部門、ラップ・アルバム部門の獲得は、彼のアルバムがストリーミング・オンリーということを考えると大きな「事件」であったことは間違いないところ。一方既に来年のグラミー賞候補の予想も取りざたされていて、ブルーノ・マーズ、ローリング・ストーンズ、ア・トライブ・コールド・クエスト、ソランジェ、そしてもうすぐリリースされるエド・シーランのアルバムやレディ・ガガのシングル曲あたりは来年のグラミー候補は少なくとも堅いところではないかと思っています。来年もブログで予想頑張ってやりますのでよろしくお願いします。

さて今週の「新旧お宝アルバム!」は少し古めのアルバムをご紹介する順番。今回は少し古いといっても90年代後半とまあ比較的最近の時期に、それまでも長いキャリアを誇っていたエミルー・ハリスが、自らのキャリアを見事に再定義した画期的な作品ながら、日本の洋楽ファンの間で語られることの少ない傑作、『Wrecking Ball』をご紹介します。

皆さんはエミルー・ハリスというアーティストについて、どのようなイメージを持たれているでしょうか?バックグラウンドがカントリー・ミュージックであることや、カントリー・シーンではいざ知らず、ポップ・フィールドでこれといったヒット曲もあまり持ち合わせいないことから、熱心なカントリー/カントリー・ロックのファン以外の日本の洋楽ファンに取ってはハッキリ言って残念ながら馴染みの薄いアーティストではないかと思います。

しかし彼女は、古くは60年代後半にバーズフライング・ブリトー・ブラザーズといった歴史に名を残すカントリー・ロック・バンドのメンバーで、後のイーグルスらに大きな影響を与えた伝説のカントリー・ロッカー、グラム・パーソンズの遺作(彼は26歳で薬物中毒で死亡)『Grievous Angel』(1974)でのグラムとの共演を事実上キャリアの振り出しに、70年代は様々なジャンルの曲をカバーしたアルバムをリリース、ただのカントリー・アーティストの範疇に止まらない活動でシーンでの高い評価を獲得して、ザ・バンドの解散コンサートである『The Last Waltz』(1978)にも参加。80年代にはドリー・パートン、リンダ・ロンシュタットとの『Trio』(1987)でグラミー賞最優秀アルバム部門にノミネートされるなど、ポップ・フィールドでも存在感を示し、90年代以降は今回ご紹介する『Wrecking Ball』や、元ダイア・ストレイツマーク・ノップラーとの共演などで大きくロック的方向に自らを再定義して数々の高い評価を得た作品を発表。69歳の現在もコンスタントに質の高いアルバムを発表し続けて、半世紀にも及ぶキャリアを見事に発展させ続けてきている、そんなアーティストなのです。

そんな彼女が『Trio』の後、カントリーのみならずポップ・ロック・アーティスト達のカバー曲をカントリー的アプローチで聴かせる、という従来のスタイルで何作かの意欲作を放つものの、商業的に振るわずシーンでも今ひとつ輝きを失っていた時期がありました。その時、エミルーが活路を見いだすべく、自らのスタイルを転換するために起用したのが、80年代にその独特の音響的、浮遊感満点のサウンド・プロダクションでU2の『ヨシュア・トリー(Joshua Tree)』(1987)などの仕事で名を挙げたダニエル・ラノワ

彼のサウンド・プロダクションと、エミルーの幻想的と言ってもいい、浮遊感と取り憑かれたような哀愁に充ち満ちたボーカルとの組み合わせは、見事にこのアルバムでマジックを実現しています。

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本作を通して参加したU2のドラマー、ラリー・ミューレンJr.の、セカンド・ラインを思わせるストイックなタム・ロールをバックに歌うエミルーの歌がまるでアイリッシュのフォークロアのような雰囲気を醸し出している「Where Will I Be?」で始まるこのアルバム、正に自分の向かっている方向性を探っているかのようなエミルーの歌声が不思議な緊張感を演出。この曲も含めてアルバムを一貫して聴かれるのは、控えめな音数ながら陰りのある、それでいて夢想的な浮遊感満点の音響的雰囲気による楽曲の数々です。

しかもその大半は、従来のエミルー作品の特徴でもある、幅広いアーティスト達による様々なスタイルの楽曲たち。本作にもバックで参加しているニール・ヤング作のタイトル曲、ボブ・ディラン1981年のどちらかというとマイナーなアルバム『Shot Of Love』からのナンバー「Every Grain Of Sand」、カナダの個性的なフォーク・シンガーソングライター、アナ・マッギャリグルの「Goin’ Back To Harlan」、90年代のオルタナ・カントリー・ロック・ムーヴメントの火付け役となったギタリスト、スティーヴ・アールの「Goodbye」、この後自らも名盤『Car Wheels On A Gravel Road』(1998)でオルタナ・カントリー界を代表するアーティストとしてブレイクするルシンダ・ウィリアムスの「Sweet Old World」、そして何とあのジミヘンの『Are You Experienced?』(1967)所収の楽曲を大胆にエミルー風にアレンジした「May This Be Love」などなど、そのカバー曲の選曲の幅広さと多様性には感服するばかり。

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そして更に刮目すべきは、それらの多様なアーティスト達による様々な楽曲が、ダニエル・ラノワのサウンドとエミルーの歌によって作り出される高揚感と見事に一体化した出来になっていて、あたかもこれらがもともとエミルーの曲であったかのような強いイメージを作りだしていることです。

このアルバムのエンディングは、オープニング同様、ラリー・ミューレンJr.のストイックなドラミングが強い印象を残す、エミルー自身と彼女の長年の盟友ロドニー・クロウェルのペンによる「Waltz Across Texas Tonight」。まるで無駄をそぎ落とした演出で淡々とプレイされた演劇か映画を見終わった後のような静かな感動を残して、アルバムは終わります。

このアルバムは、エミルーのキャリアを全く新しいアプローチで定義し直した作品としてシーンでも高く評価され、その年のアメリカ各音楽誌の年間アルバム・ランキングの上位にリストアップされた他、翌年のグラミー賞最優秀コンテンポラリー・フォーク部門を受賞するなど、停滞していたエミルーのキャリアを大きく押し上げる作品ともなりました。

またこの作品の後、それまでほとんど他人の楽曲のみを歌ってきたエミルーが積極的に自ら曲作りに取り組むようになり、リンダ・ロンシュタットとのデュエット・アルバム『Western Wall: The Tucson Sessions』(1999)では3曲、そして『Red Dirt Girl』(2000)では何と12曲中1曲を除く全曲、『Stumble Into Grace』(2003)でも11曲中10曲を自作曲で埋めるなど、この後もアーティストとしての更なる大きな進化を遂げています。

最近では、この頃ほどの迫力ある作品作りではないものの、盟友ロドニー・クロウェルと『Old Yellow Moon』(2013)および『The Traveling Kind』(2015)の2枚のコラボ作を発表、コンスタントな活動を続けています。

漆黒の長い髪が神秘的だった20代30代の頃のエミルーの髪の毛は今やプラチナ・シルバーですが、年齢を重ねて更にその美しさと気高さは円熟味を増していますし、何かに取り憑かれたような、澄み切った美しい歌声も変わりありません。おそらく自分は今後もリリースされるであろうエミルーの作品を聴き続けていくと思いますし、そうして一生付き合う価値あるアーティストだと思います。その彼女の大きな転換策となったこの素晴らしいアルバムを是非一度お聴きになって頂ければこんなに嬉しいことはありません。

 <チャートデータ> 

ビルボード誌全米アルバムチャート最高位94位(1995.10.14付)


新旧お宝アルバム!グラミー記念 #74「Velvet Portraits」Terrace Martin (2016)

2017.2.13

新旧お宝アルバム #74

Velvet PortraitsTerrace Martin (Sounds Of Crenshaw / Ropeadope, 2016)

ここのところ、グラミー賞を前にして各部門大予想のブログ執筆でお休みしていたこのコラム、いよいよそのグラミー賞授賞式もこれがアップされる頃にはあと1時間ちょっとに迫っている中、2週間ぶりに「新旧お宝アルバム!」お届けします。今年も41部門の予想をブログにアップしてますが、今週の水曜日にはその結果をああでもない、こうでもないとトークするイベントにもお邪魔することになり、なかなか今年のグラミー賞予想は気合いが入っております。昨年は本命◎対抗○で8割を超す的中率を決めていますが、さて今年はどのくらい当たるものか?

また、今年のグラミー賞プリンスジョージ・マイケルのトリビュート・パフォーマンスを核に、様々なアーティスト達のパフォーマンスも予定されており、こちらの方も楽しみにされてる方も多いのでは。

ということで今週の「新旧お宝アルバム!」はその今年の第59回グラミー賞最優秀R&Bアルバム部門にノミネートされている、新進気鋭のR&B系プロデューサーでありマルチ・インストゥルメント・ミュージシャン、テラス・マーティンの6枚目のアルバムとなる『Velvet Portraits』をご紹介します。

Terrace Martin_Velvet Portraits

2016年はとにかくブラック・ミュージック豊作の年。中でもケンドリック・ラマーの『To Pimp A Butterfly』(2015)はシーンの震源地の一つとしてR&B、ヒップホップ、ロック、ジャズなど様々なシーンで新しいアーティスト達のブレイクを演出しました。もう一人のR&Bシーンの重要人物として昨年2枚のアルバムをリリースしたロバート・グラスパー、このアルバムでの客演で一気にブレイクしたジャズ・サックス奏者のカマシ・ワシントン、このアルバムでの客演を踏まえて今月リリースの新作が好評なサンダーキャットことスティーヴン・ブルーナーなどなど枚挙にいとまなし。

またそれ以外にもDr.ドレの『Compton』(2015)での客演を足がかりに去年大ブレイクしてグラミー賞最優秀新人賞にもノミネートのアンダーソン・パーク、ロバート・グラスパーの『Black Radio』(2012)に客演して今回グラミー最優秀アーバン・コンテンポラリー・アルバム部門ノミネートのKING、ヒップホップシーンでは、自分のレーベルからのミックステープリリースのみで最優秀新人賞およびラップ各部門にノミネートのチャンス・ザ・ラッパーなどなど、ブラック・ミュージック好きには昨年は至福の一年でした。

今日紹介するテラス・マーティンも、ご多分に漏れずケンドリック・ラマーの『To Pimp A Butterfly』がらみのアーティスト、しかもただのフィーチャー・アーティストではなく「King Kunta」「The Balcker The Berry」などアルバム中6曲のプロデューサーとしてあのアルバムのサウンドメイキングに深く関わったアーティストです。

ジャズ・ドラマーの父とシンガーの母に育てられたテラスは幼い頃からジャズやファンクを含む様々な音楽に囲まれ、自らも高校生の頃には学校のジャズ・バンドのリーダーを務めるなど早くからミュージシャンとしての実績を作り上げてきました。メインの楽器はサックスなどの管楽器ですが、キーボードやギター、ドラムスなど何でもこなすマルチ・インストゥルメンタリストで、そうした才能の多様性を反映して、作り出す音楽もR&B、ジャズ、ヒップホップ、クラシックといった様々なスタイルを内包したものです。

プロ・ミュージシャンとしてのスタートはスヌープ・ドッグの『R&G (Rhythm & Gangsta): The Masterpieces』(2004)のプロデュースで、自らの最初のアルバム『The Demo』(2010)も自分のラップをフィーチャーしていますが、今回のこのアルバムは『To Pimp A Butterfly』の経験がどう影響したのか一切ラップは含まず、R&Bやジャズなどの要素を前面に出した、とてもオーガニックでリラックスしたムードに包まれた作品です。

Terrace Martin in Los Angeles in March.

アルバムオープニングのタイトル曲はピアノのイントロにサックスの音色とクラシックの香りを持ったストリング・シンセのフレーズが絡むインストの小品。そこから70年代中盤のクルセイダーズあたりを彷彿とさせる、レイドバックしたジャズ・フュージョン・インストゥルメンタル曲「Valdez Off Crenshaw」で、あたかも週末の暖かい午後に友達が集まってジャムっているのをそのまま収録したかのような心地よさ。この曲、実はR&Bレジェンドのダニー・ハサウェイの曲「Valdez In The Country」のメロディ(オリジナルはエレピですがここではサックス)をメインテーマに、そこから楽曲展開しているといういわばR&B本歌取り的な作品。このあたりにテラスのミュージシャン経験の多様さと深さ、そして先達へのリスペクトを感じます。

続くトニー・トレジャーなる女性シンガーをフィーチャーした「Push」はウォーの作品を思わせるサウスLAファンク・スタイルの曲、そしてロバート・グラスパーの楽曲によく似たスタイルでボコーダーのボーカルをフィーチャーした「With You」と、次から次に様々な引き出しから楽曲を繰り出してくるアルバム構成に早くも「次は何が飛び出すのか」と期待が膨らみます。

次の「Curly Martin」は、自らの父の名前がタイトル。その父のドラムス、先ほど名前の出たロバート・グラスパーサンダーキャット兄弟をフィーチャーした、2010年代のR&Bジャズ、といった雰囲気のこちらもレイドバックした気持ちのいいナンバーです。テラス自身ボーカルを取り(ニーヨあたりを思わせるなかなかセクシーなボーカルです)、ティファニー・グーシェなる女性シンガーをフィーチャーした次の「Never Enough」は今風R&Bのど真ん中なバラード。このあたりからまたジャズからR&B・ファンク方面に路線を戻し、次の「Turkey Taco」はザップパーラメントといったブチブチ・ファンクの意匠を持ったスロウ・ファンクナンバー。懐かしのエモーションズがバックコーラスを添えています。そのエモーションズが引き続きバックを固め、テラスが歌う「Patiently Waiting」はスティーヴィー・ワンダーが歌うゴスペル曲、いった風情のソウルフルなバラード。

アルバム後半は「Tribe Called West」という明らかに有名ヒップホップ・グループを意識したジャズ・ヒップホップ的なナンバーに続いて、今回グラミー賞同部門で受賞を争うことになるレイラ・ハサウェイをメインボーカルにフィーチャーしたクールなR&Bナンバー「Oakland」、『To Pimp…』でも共演したサックスのカマシ・ワシントンと今様R&Bスタイルの女性シンガー、Rose Goldをフィーチャーしたまたまたロバート・グラスパー的ジャズR&Bの「Think Of You」、映画音楽のようなストリングをフィーチャーしてドラマチックにアルバムを締める「Mortal Man」などなど、テラスの音楽的多様性と様々な引き出しから異なったスタイルのグルーヴを次々に繰り出してくる楽曲の数々が不思議なアルバム全体のトータル感を保って終わります。

Velvet Portraits (Back)

R&Bのコアなファンの間では既に高い評価を受けているようなのですが、これだけの充実した作品がグラミーノミネートまではあまりメディアや音楽誌でも言及されることが少なかったのは不思議な感じがします。まあ冒頭に書いたように、おそらく2016年ブラック・ミュージック・シーンが豊作で、多くの話題作が次々に評判を呼んだことが原因の一つなのでしょう。今回のグラミー賞の最優秀R&Bアルバム部門でも、同じ部門にノミネートのレイラ・ハサウェイがおそらく取ってしまうのではと予想していますが、仮に今回グラミー受賞できなかったとしても、今後テラスが手がける素晴らしい作品はブラック・ミュージック・シーンにどんどん出てくるでしょうから、彼の作品や仕事に触れる機会は今後も多いことと思います。是非彼の名前を覚えておいて、今後のシーンでのさらなる活躍に期待しましょう。

<チャートデータ> チャートインなし


新旧お宝アルバム!#73「Tracy Nelson」Tracy Nelson (1974)

2017.1.23

新旧お宝アルバム #73

Tracy NelsonTracy Nelson (Atlantic, 1974)

ワシントンDCに50万人を超える参加者が集結したウーマンズ・マーチなど、混乱のうちに執り行われたトランプ新米国大統領就任式から早数日、まだこれから新政権の下でアメリカがどういう方向に進むかははっきりしませんが、新大統領がどういう行動を今後取って行くのか、まずは見極めたいと思います。1月も早くも後半に突入、これから年度末に向けて何かと忙しい方も多いでしょうが、寒い日が続くここ最近、お互いに体調には充分気を付けて洋楽ライフを楽しみましょうね。

さて今週の「新旧お宝アルバム!」は旧アルバムをご紹介する番ですが、今回は1970年代前半にシーンに登場した多くのシンガーソングライター達の一人ながら、よりカントリー・フォーク系のブルースに根ざした作品を現在に至るまで発表し続け、最近ではブルースシーンへの貢献に対する評価も高い女性シンガーソングライター、トレイシー・ネルソンのソロデビュー作『Tracy Nelson』(1974)をご紹介します。

Tracy Nelson (Front)

このレコードのジャケットは、セピア色のトーンで描かれたトレイシーのポートレイト。裏ジャケはトレイシーがワンちゃんと一緒にニッコリと微笑んでいるもので、若々しさが故の魅力溢れるポートレイトになってます(この作品発表当時彼女は27歳)。

ところがアルバムオープニングの「Slow Fall」の歌い出しの第一声を聴くと、そのやや低めの力強いソウルフルなコントラルト・ヴォイスに「おおっ」と呟いてしまう、そんな意外性にいきなりのめり込んでしまう、このアルバムはそういうアルバム、そしてトレイシーはそういう魅力に溢れたシンガーです。

もともとキャリアのスタートが、1964年に当時住んでいたウィスコンシン州マディソンからほど近いシカゴで録音された、アコースティック・ベースのブルース・アルバム『Deep Are The Roots』という作品で、この時のバックには後にブルース界の大御所となるブルースハーピスト、チャーリー・マッスルホワイトがいたというから、最初から筋金入りのブルース・シンガーだったわけです。ただ彼女のキャリアはブルース一辺倒ではなく、60年代後半はサンフランシスコに移ってマザー・アースというカントリー・ロック・バンドを率いてフィルモア・ウェストに出演、ジェファーソン・エアプレインジャニス・ジョプリンと共演したり、1969年にはソロ名義で『Tracy Nelson Country』というカントリーアルバムをリリースしたりと、フォーク・カントリー中心の広いジャンルで活動を続けていました。

その彼女がマザー・アースと袂を分かってリリースした実質的に最初のソロアルバムがこの今回ご紹介する『Tracy Nelson』。プロデューサーにはサイモン&ガーファンクル、ボブ・ディラン、ジョニー・キャッシュらの大ヒットアルバムの数々を手がけた大御所、ボブ・ジョンストンを迎えて、ブルースやR&Bに強いアトランティック・レーベルからリリースしたこのアルバム、トレイシーの本気度みたいなものが感じられるアルバム。

その本気度は、前述の冒頭「Slow Fall」の力強いソウルフルな歌唱からも充分くみ取れるものです。続く「Love Has No Pride」は後にリンダ・ロンシュタットもアルバム『Don’t Cry Now』(1973)でカバーしたことで有名な、エリック・カズリビー・タイタスのペンによるカントリー・ロック・バラードの名曲。ここでもトレイシーメリー・クレイトンストーンズの「ギミー・シェルター」でのミック・ジャガーとのデュエットが有名な黒人女性シンガー)やジム・ギルストラップといった名うてのシンガー達のコーラスをバックに実に堂々としたソウルフルな歌声でこの曲を歌いきってます。

ジョー・コッカーマッド・ドッグ&イングリッシュメンにも参加して、後にキム・カーンズに「Bette Davis Eyes」の大ヒットを提供することになるドナ・ワイスのペンによるカントリー・バラード「Hold An Old Friend’s Hand」は、トレイシーの力強い歌声がゴスペル・シンガーのような風格。スワンプ風味たっぷりのフェンダー・ローズのイントロで、こちらも南部ゴスペル的なたたずまいで情感たっぷりに聴かせる「Rock Me In Your Cradle」でのトレイシーは若き頃のアレサ・フランクリンをちょっと思わせるような存在感も。この曲はプロデューサーのボブの作品。そしてLPでいうとA面ラストを飾るのは、ホーンセクションやバックコーラス隊をバックに、ベイエリアファンク・ナンバー風のアレンジで思いっきりソウルフルに聴かせるディランの「It Takes A Lot To Laugh, It Takes A Train To Cry」のカバーでこれが素晴らしい出来。ホーンアレンジはあのニューオーリンズの大御所、アラン・トゥーサンというのも納得。

後半のスタートは何とカントリーの大御所、ウィリー・ネルソンとのデュエットで、ハーモニー・ボーカルにリンダ・ロンシュタットという豪華な組み合わせでのカントリー・ナンバー「After The Fire Is Gone」。いやいやここでの朗々としたトレイシーのボーカルは明らかにウィリーを圧倒してます。この曲のパフォーマンスが素晴らしかったことは、1975年第17回グラミー賞最優秀カントリー・デュオ/グループ部門でこの曲がノミネートされたことでも明らか。

ビル・ウィザーズの「Lean On Me」のカバーに続いて、黒人女性ブルース・シンガーのアーマ・トーマス1964年の曲「I Wish Someone Would Care」のカバーとここはカバー攻撃ですが、彼女の抜群の歌唱力と声質の力強さからいって、やはり後者のアーマ・トーマスの曲のような、ゆったりとしたゴスペル・バラード風の曲で、より彼女のボーカルの魅力が発揮されている気がします。ちなみにトレイシーは後に1999年第41回グラミー賞最優秀コンテンプラリー・ブルース部門で、そのアーマ、そしてマーシャ・ボールとのトリオでの「Sing It!」がノミネートされることになります。

フェンダー・ローズの音色とバックのホーンセクションがスワンプ風味を盛り上げる「Lay Me Down Easy」に続いて、アルバムラストはトレイシー自らのペンによる、マザー・アース時代の曲のセルフカバー「Down So Low」。この曲もリンダが『風にさらわれた恋 (Hasten Down The Wind)』(1976)でカバーしていましたが、トレイシーのボーカルの魅力が十二分に発揮された、南部の教会で歌われているかのようなこの感動的なゴスペルナンバーでアルバムは幕を閉じます。

Tracy Nelson (Back)

こんなにソウルフルでビックリするくらい魅力的な歌唱パフォーマンス満載で、有名プロデューサーの素晴らしい仕事で作り上げられた作品ですが、残念ながらチャート的には芳しくなく、その後も1980年頃までコンスタントにアルバムを発表するも大きな商業的成功を得ることはできていません。

その後10年以上のブランクの後、1993年にブルーグラス系のレーベル、Rounderからリリースした『In The Here And Now』で復活したトレイシー、その後またコンスタントにアルバムを発表しながら、カントリーやブルースのシーンで活動を続けていて、2013年にはブルース・ミュージック・アウォードで、「ココ・テイラー賞(トラディショナル・ブルースの女性シンガー部門)」にノミネートされるなど、メインストリームの成功には縁がないものの、シーンでの存在感はかなりがっちりと確保しているようです。

このアルバム、他のお宝アルバム同様、ワーナーミュージック・ジャパンさんの「新・名盤探検隊」シリーズで2015年にCD化されてから比較的入手しやすくなっています。寒い気候でほっこりした雰囲気が恋しい今日この頃、トレイシーの熱いソウルフルなボーカルの魅力で暖まってみて下さい。

 <チャートデータ>

ビルボード誌全米アルバムチャート最高位145位(1974.11.2付)


新旧お宝アルバム!#72「Building A Beginning」Jamie Lidell (2016)

2017.1.16.

新旧お宝アルバム #72

Building A BeginningJames Lidell (Jajulin, 2016)

もうすっかり正月気分もどこかに行って忙しい新年をお過ごしの方も多いのでは。ここのところ冷え込みは厳しいものの連日いい天気で、2017年の始まりは気持ちよい限りですが、今週後半にはいよいよトランプ氏のアメリカ大統領就任式が予定されており、そちらについてはドヨーンとした気分の方もこれまた多いのでは察します。ともあれ年も改まって、今年も新しい音、懐かしい音、いろいろご紹介していきますのでよろしくお願いします。

さて今週の「新旧お宝アルバム!」は新しいアルバムご紹介の順番ですが、昨年秋にリリースされた、現在ナッシュヴィル在住、イギリス人のR&B系シンガーソングライター、ジェイミー・リデルの7枚目のアルバムとなる『Building A Beginning』をご紹介します。

Building A Beginning

ジェイミー・リデルという名前をあまり耳にしたことのないリスナーの方も多いと思いますが、彼は90年代の終わり頃に、レディオヘッドらのリミックスの仕事で知られるエレクトロ系のプロデューサー、クリスチャン・ヴォーゲルスーパー・コライダーなるユニットを組み、ちょっと前衛的テクノ・ロック(ケミカル・ブラザーズとかのような)をやったのがキャリアの始まり。ただ、2005年にリリースした2枚目のアルバム『Multiply』からのタイトル曲が、アメリカABCテレビの人気医療ドラマ『Grey’s Anatomy(グレイズ・アナトミー~恋の解剖学)』で使われてその名を知られるようになったのをきっかけに同ユニットから離脱、以来ソロのキャリアを進んでいます。

最初のスーパー・コライダーでの前衛テクノ的スタイルと異なり、彼の基本的スタイルは60年代後半~70年代前半のサザンソウル風のR&Bをベースとした、いわゆる「ブルー・アイド・ソウル」シンガーで、その歌唱スタイルはスティーヴィー・ワンダーオーティス・レディングあたりの強い影響を受けているのがはっきりと分かるものです。

ただしほとんどすべての曲を自作自演、プロデュースするジェイミーのサウンドは、イギリス人らしくエレクトロの要素やヨーロッパのクラブ・ミュージックあたりの影響も伺われ、ジャミロクワイあたりがお好きな向きにはぴったりくるアーティストのように思います。

Jamie Lidell

2008年のアルバム『Jim』では彼本来のR&Bシンガーぶりが炸裂、ポップなフックを持った楽曲が満載のこのアルバムは彼にとって初の(そして現在まで唯一の)全米アルバムチャートイン作品(最高位183位)となりました。その後もヨーロッパでの人気を確保しながら、あのベックとのコラボ曲を含むアルバム『Compass』(2010)、久しぶりに聴いたジャネット・ジャクソンの代表作『Rhythm Nation 1814』(1989)のサウンドに触発されたという前作『Jamie Lidell』(2013)といった作品をコンスタントに発表してきました。

そしてその前作発表の前後に昔からのガールフレンド、リンジー・ロームと結婚してナッシュヴィルに移り住んだジェイミーが、3年ぶりにリリースしたアルバムが、今回ご紹介する『Building A Beginning』です。

真っ赤なジャケットに描かれた暖かいトーンのタンポポの花。前作『Jamie Lidell』のジャケが、ジェイミー自身の顔をコンピュータグラフィックのワイヤフレームで描いた、ある意味無機的なデザインであったのと好対照であり、それはアルバム全体のサウンドに如実に表れています。上記の通り、80年代後半の打ち込みサウンドを主体にした前作とは大きく異なり、今回のアルバムはとてもオーガニックでアコースティックな音を主体にした、とてもポジティヴな感触に満ちている、どちらかというと70年代レトロ的なソウル・アルバムに仕上がっています。

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ちょっとヘナチョコなボーカルで始まっておいおい大丈夫かよ、と思っているとコーラスの部分では紛う方なきスティーヴィー・ワンダーを彷彿とさせる力強いボーカルとメロディでいきなりアルバムへの期待を膨らませてくれるタイトル曲でスタートするアルバムは、軽快なサウンドで終始楽しそうにジェイミーが歌う「Julian」に続いていきます。この曲は昨年1歳の誕生日を迎えたジェイミーリンジーの息子、ジュリアンのことを歌ったもの。この曲も含めて、ジェイミーリンジーはこのアルバム14曲中12曲を共作していて、このアルバム全体を包むポジティヴな雰囲気が、新しい家族というコミュニティをスタートしたジェイミーの充実感から来ていることが如実に分かります。

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ピアノの弾き語りでゆっくりと始まってだんだん盛り上がっていくソウルフルなバラード「I Live To Make You Smile」、ギターとドラムスだけというミニマルなサウンドセッティングで、オーティスの若い時のボーカルスタイルを彷彿させる歌を聴かせる「Me And You」、ちょっとレゲエっぽいシャッフルのリズムでレイドバックなボーカルで愛の喜びを歌う「How Did I Live Before Your Love」、そしてゴスペル風のコーラスをバックに、ジョン・レジェンドかよ!と思うようなソウルフルな歌い回しでアメリカ南部の教会で聖歌隊をバックに歌っているようなイメージを想起させる「Motionless」などなど、このアルバムはそこら中にジェイミーが今人生の充実期の入り口に立っていて、それにを無条件にポジティヴに諸手を広げて受け入れている、そんな感じがひしひしと伝わってくる作品なのです。

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こうした、どの曲も楽曲としてのクオリティが高いアルバムであることを特に実感するのが、アルバム最後の2曲。「Precious Years」はハープの音をバックにジェイミーがソウルフルに歌い、スティーヴィー・ワンダーの『Songs In The Key Of Life』あたりに入っていてもおかしくないという感じの曲ですし、エンディングの「Don’t Let Me Let You Go」は、エレクトロな楽器音を使っていながら、90年代のオーガニック・ソウル・ムーヴメントの頃の楽曲を彷彿とさせ、それでいてドリーミーなサウンドで今のR&B最前線のフランク・オーシャンアンダーソン・パークあたりにもつながるようなスタイルで、終わった後思わずため息が出るような素晴らしいクロージングを演出しています。

Building A Beginning (back)

正直言って前作『Jamie Lidell』は賛否両論で、自分自身も聴いてみてはみたもののちょっと首をかしげざるを得ない内容だっただけに、今回の彼のアルバムの充実度は大変うれしい限り。もともとサウンドの作り込みがうまいだけではなく、ボーカルテクニックも(時々スティーヴィーそのものになっちゃう部分はご愛敬ですが)素晴らしいシンガーであるだけに、今回のように地に足のついた楽曲と組み合わせると、そのパフォーマンスたるや最強です。ナッシュヴィルという今や世界中のあらゆるジャンルのミュージシャン達が集まりつつある環境で、新しい家族に囲まれて作られたことも大きな影響を本作に与えているに間違いないところ。

皆さんも、この心温まるようなサウンドと楽曲、ボーカルを聴かせてくれるジェイミーの新作を聴いて、幸せのお裾分けに預かってみてはいかがでしょうか?

<チャートデータ> チャートインなし


新旧お宝アルバム!#71「Raintown」Deacon Blue (1987)

2017.1.9

新旧お宝アルバム #71

RaintownDeacon Blue (Epic, 1987)

皆さんちょっと遅めですが、明けましておめでとうございます!いよいよ残念なニュースが続いた2016年も終わり、2017年のスタートです。既に仕事に勉強に、活動開始されていることと思います。今年も新旧取り混ぜて、ちょっと素敵な、カッコいい、そしてグルーヴィーな「お宝アルバム」を基本毎週お届けしていきますので、よろしくお付き合いください。

さて今年一発目の「新旧お宝アルバム!」は旧のアルバムのご紹介。今回はMTVとシンセ打ち込みにまみれて多くの音楽が今聴くと古びた感じがしてしまう80年代の音楽群の中で、UKから次々に出てきた米国音楽憧憬系の音楽をやるアーティストたちの一つ、ディーコン・ブルーのメジャーデビューアルバム『Raintown』(1987)をご紹介します。

raintown

1987年というと、ちょうどアナログレコードからCDへと、音楽メディアの主役が大きくシフトした年。洋楽の世界では先頃惜しくも他界したジョージ・マイケルの『Faith』、U2の『ヨシュア・トゥリー』、マイケル・ジャクソンの『BAD』、エディー・マーフィー主演のアクションコメディ映画『ベヴァリーヒルズ・コップ2』やサントラ盤が売れに売れた映画『ダーティ・ダンシング』などが大ヒットした年です。一方80年代前半のデュランデュラン、カルチャー・クラブ、ティアーズ・フォー・フィアーズといったUKのアーティスト達による、いわゆる「第二次ブリティッシュ・インヴェイジョン」が一段落して、音楽シーン全体がどことなく混沌とし始めた時期でもありました。個人的には、生まれて初めてアメリカの地に足を下ろしたのがこの年で、現地で見たものすごいスケールのハートのライヴ(彼らの「Alone」が1位になった年でした)に圧倒されたものです。

そんな状況の中、UKでは上記に挙げたUSでもメインストリームとして聴かれたアーティスト達と比べるとやや地味目の立ち位置やマーケットへのアプローチ手法の異なる、しかしUKアーティスト達に一貫してみられる米国音楽憧憬の姿勢はしっかり持った実力派のバンドがいくつも出始めていました。その中で、当初アンダーグラウンドのブルー・アイド・ソウル・バンドとして実力を重ねていきながら、1986年に「Holding Back The Years」で全米1位を取り、90年代前半にかけてUSでも大ブレイクしたシンプリー・レッドのようなバンドもあり、以前このブログでも取り上げたケイン・ギャングのような通好みの渋めのバンドもあり、このような実力派のバンドが輩出したのが80年代後半のUK音楽シーンの一つの特徴でした。

今日ご紹介するディーコン・ブルーもそうしたバンドの一つ。スコットランドはグラスゴー出身のリッキー・ロスロレイン・マッキントッシュの男女ツインボーカリスト、キーボードのジェイムス・プライム、ギターのグレアム・ケリングそしてドラムスのダギー・ヴァイポンドの5人によって1985年に結成されたバンド(1986年にベースのユーエン・ヴァーナルが加入)。グループ名を見て思わずニヤリとした方も多いでしょうが、あのスティーリー・ダンの名作アルバム『Aja(彩)』(1978)収録の曲のタイトルから取ったグループ名です。

deacon-blue

そのグループ名由来から察せられるように、メンバー達のペンによる楽曲は、R&Bの要素をベースにおいた、繊細なメロディと手堅い演奏と洒脱なアレンジ、そして澄み切ったグラスゴーの町の空を想起させるような映像的な音像による楽曲がほとんど。アメリカのバンドでいうとブルース・ホーンスビー&ザ・レンジあたりを思い出させますが、彼らがR&Bやアメリカ中西部のカントリーの要素を色濃く持ったスタイルであるのに対し、UKのバンドらしくより都会的な(それも地方都市の)雰囲気を感じさせるスタイルの楽曲を聴かせます。

タイトルの『Raintown』とは、ジャケットにも写真が使われている、グラスゴーの町を指しており、冒頭静かにピアノで始まる短い「Born In A Storm」に続いてなだれ込む二曲目のタイトルでもあります。この「Raintown」ではやや陰りのあるメロディとドラマティックなアレンジで、グラスゴーの町で思うような仕事が得られない不満をぶつけるような歌詞がリッキーロレインの絡み合うボーカルで歌われます。

同じく雨とグラスゴーの不景気さがモチーフの「Ragman」に続く「He Looks Like Spencer Tracy Now」は一転して、第二次世界大戦中広島と長崎に原爆を投下したエノラ・ゲイ号が発進したという、太平洋のテニアン島でのエノラ・ゲイ号操縦士の写真を題材として、その操縦士のその後のストーリーを淡々としたメロディに乗って語るという問題作。原爆を投下したハイド氏のような操縦士は、今やスペンサー・トレイシー(アメリカの1940年代の有名なハンサム男優)みたいに見えるが、毎日泣いている、という歌詞がことに日本人の我々の心には強く響きます。

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そして人生は不公平なことばかりだけど、僕は愛を見つけて金持ちの君には分からない答えを得たのさ、とシニカルな歌詞をアップビートなポップなメロディで歌う「Loaded」、愛の申し出を断られるのを待つしかないという切ない歌詞が郷愁感満点のメロディで歌われる「When Will You (Make My Telephone Ring)」で全体的に陰りに満ちたレコードのA面が終わります。

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レコードでいうとB面のスタートは、一転してカントリー・ロックっぽい演奏によるほの明るい曲調で、彼が触れると溶けてしまいそうな女の子の話を歌う「Chocolate Girl」でポジティヴにスタートしますが、失業やより良い状況を夢見るという歌詞の「Dignity」「The Very Thing」でまた陰りに満ちたテーマに戻ります。ただ、曲調はいずれも極めてポップでポジティヴであり、詞の内容に反して軽快で美しいメロディが、正にスティーリー・ダンのひねくれポップの世界を想起させます。

そしておそらくこのアルバムで最もエモーショナルな歌である「Love’s Great Fears」では、破綻しそうな愛を必死でつなぎ止めようとする男女の思いをリックロレインのボーカルが情感たっぷりに表現、曲の後半でその情感を盛り上げるようにゲストのクリス・リアによるスライド・ギターが鳴り響きます。

そしてラストには、アルバムを通じて語られてきた都市生活の不条理に対する怒りをぶつけるかのように「この町が悪いんだ」と訴える「Town To Be Blamed」で映画のエンディングを見るかのような音像の中、アルバムが完結します。

raintown-back

こう書いてくると何かとても暗い作品のように聞こえるかもしれませんが、再三いうように、楽曲の洗練された音像的表現力や、楽曲のポップさ、メロディの美しさといったものがこのアルバムを一級品のポップ・ロック作品にしていることは間違いありません。

彼らはこの作品のヒットで大きな評価を得た後リリースした『When The World Knows Your Name』(1989)が全英アルバムチャート1位を記録、シングルの「Real Gone Kid」が全英8位に上るヒットとなるなど、更に成功を収めましたが3枚目の『Whatever You Say, Say Nothing』(1993)発表後にドラムスのダギーの脱退を機に1994年に一旦解散。しかし1999年に行った再結成ライヴをきっかけに活動再開。現在もライヴ活動を続けながら、昨年2016年には9作目となる新作『Believers』をリリース、今でもその洗練されたポップ作品をファンに届け続けているようです。

年明け早々寒い日々が続いている2017年ですが、ディーコン・ブルーの都会的なサウンドを楽しみながら、暖かくしてお過ごしください。

 <チャートデータ> 全英アルバムチャート最高位14位(1988.8.13付)



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