新旧お宝アルバム!

 

新旧お宝アルバム!#80「A Sailor’s Guide To Earth」Sturgill Simpson (2016)

2017.3.27

新旧お宝アルバム #80

A Sailor’s Guide To EarthSturgill Simpson (Atlantic, 2016)

いよいよこれから春、桜本番かと思われたのにこの日曜日は冷たい雨で一気に冬に戻ったような気候。これが桜本格開花前の最後の雨でありますように。皆さんも不安定な気候で体調など崩さぬよう、洋楽ライフをお楽しみ下さい。

さて今週の「新旧お宝アルバム!」は昨年アメリカの各音楽誌でも高い評価を受けていて、先日の第59回グラミー賞でもメインの最優秀アルバム部門にノミネートされ、台風の目の一つとなり、今年のフジロック・フェスティヴァルへの来日が決まっていながら、まだまだ日本では知名度ゼロに近い、アメリカーナ・ロックのシンガーソング・ライター、スタージル・シンプソンのアルバム『A Sailor’s Guide To Earth』(2016)をご紹介します。

とかく日本においてこのルーツロックというか、アメリカーナ・ロックというジャンルは、昔の有名ロック・アーティスト(たとえばザ・バンドのメンバーとか、ディランとか、クラプトンとか、イーグルスのメンバーとか)がやる分にはラジオにも乗っかるし、レコード会社もマーケティングしやすいと見えてガンガン露出するしということで日が当たるケースが多いのですが、ことこれが新しいアーティストやそれまであまり有名でなかったアーティストの作品となると途端に日本では話題になりにくい、という構造的な問題があります。

ただ実際に音を聴いて、ライヴなどを聴くとえてして従来無名のアーティストたちによる作品がハッとするほど瑞々しかったり、無茶苦茶カッコよかったり、うーんと唸るほどミュージシャンシップが高かったりすることも多く、この点で日本の洋楽ファンは結構いいアーティストの作品に触れることなく終わってしまっていたのではないかと思っています。

ただこういう状況も徐々に改善されてきていて、例えばウィルコとかこのブログでも以前に取り上げたライアン・アダムスとかいったこうしたジャンルのアーティスト達が音楽メディアでも取り上げられることが増えて来ていて、なかなかいい傾向だな、と思っているところです。

で、スタージル・シンプソン。彼の音楽スタイルは、カントリーとブルースをバックボーンに置いたロック的アプローチのシンガーソング・ライターと言えばいいでしょうか。その男臭くて渋さ満点のボーカル・スタイルは70年代のアウトロー・カントリーシンガーである、ウェイロン・ジェニングスマール・ハガードといった大御所達を彷彿させますが、このアルバムのホーンセクションを全面的にバックアップしているダップ・キングス(昨年末惜しくも他界した黒人女性R&Bシンガー、シャロン・ジョーンズのバック・バンドでR&B・ブルースファンには有名)のアーシーでファンキーな演奏を軽々と乗りこなして歌う様はブルース・ロック・シンガーそのものです。

また、アコギの弾き語りや、ストーリー性満点の歌詞を持った楽曲を聴くと正統派のシンガーソングライターとしてもかなりのものですし、一方ニルヴァーナの有名曲「In Bloom」をオリジナルとは全く表情の異なるアレンジで、極端に音数を絞ったアコースティックで美しく、抑えたトーンでカバーするのを聴くと、シンガーとしての表現力も非常に高いものを感じます。

また、アルバム全体が自分の生まれたばかりの子供に向けて人生の歩き方を教える、といったコンセプトで楽曲構成されていることや、そこここで控えめにしかし効果的に挿入されるシンセや効果音っぽいサウンドの使い方のセンスなどはちょっとしたプログレ的なセンスも感じる、このアルバムはそんな多彩な表情を持っています。

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冒頭の「Welcome To Earth (Pollywog)」は正に70年代のプログレッシヴ・ロック作品の冒頭を思わせるドラマチックな効果音とピアノの音色で始まりますが、入ってくるボーカルがベテラン・カントリー・シンガー、といった感じのスタージルの声なのでこのアンマッチさが独特の魅力をいきなり醸し出しています。ストリングスのイントロからアコギとカモメの鳴き声のような効果音をバックにしっとりと歌われる「Breakers Roar」も、彼のボーカルがなければ例えばムーディ・ブルースの70年代の作品、と言われても違和感がない、そんなサウンド。

しかしそんなプログレっぽさは、ダップ・キングスのソウルフルなホーンでいきなりファンク・グルーヴ満点の「Keep It Between The Lines」、そしてカントリー・ロックっぽいシャッフル・リズムに乗って「♪東京、川崎、恵比寿、横須賀、横浜、新宿、渋谷、六本木、原宿~♪」(スタージルは20代の頃日本在住経験あるらしいです)と軽ーい感じで歌う「Sea Stories」でガラッとルーツ・ロック的方向に大きく舵を切ります。

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そして上述した美しいニルヴァーナのカバー「In Bloom」を経て、今度は正統派アメリカン・ブルースロック、といった雰囲気の「Brace For Impact (Live A Little)」である意味アルバムのクライマックスを迎えます。

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ハモンド・オルガンとダップ・キングスのホーンがまた聴く者を一気にアメリカーナな世界に連れ戻してくれ、スタージルの歌も味わい深い「All Around You」、エレピとウッドベースとストリングスとスタージルのボーカルだけの静かな「Oh Sarah」、そしてまたカモメの鳴き声をバックに海のコンセプトに戻って、取り憑かれたようなスワンプ・ファンクロックスタイルのアルバムの最大の問題作「Call To Arms」でドラマチックに終わりますが、息子に送る最後のそして重要なアドバイスという設定の歌詞は、スタージルの強力なメッセージで満ちています。

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「俺は兵役でシリアにもアフガニスタンにもイラクにもイランにも、そして北朝鮮にも行った

いったいどこまで行けば終わるのか教えて欲しい

毎日うずたかく積み上がる死体の山

いったいあと何人兵士を送れば気が済むのか

連中は石油のため、ヘロインのコントロールの為に息子や娘達を送り続ける

息子よ、どうか男になるためには奴らの操り人形にならなきゃなんて思うな

連中はお前の髪を切り、腕にバッジを付け、お前のアイデンティティを奪う

つべこべ言わずに列に並んで海外に行って仕事をするんだと言って

(中略)

誰も頭の上を飛ぶドローンが何してるか気にもせず

自分のスマホばっかり見て忙しい

まるで犬が食い物を求めるように俺たちのエゴも目から血が出るまで新しい情報とやらを求め続ける

連中は本質から目を背けさせるような情報を準備して俺たちはそれをフレンチフライと一緒に食ってしまう

俺たちの頭の上から爆弾が落ちてくるまで

TVは消せ ニュースも見るな 何も見るものなんてない

ただ憂鬱な話が流れてくるだけ

TVやラジオは嘘っぱちばかり

ハリウッドの映画は自分自身になれる方法を教えてくれるらしいが

そんな大嘘はどっかへ消えてしまえばいい」

自身米国海軍にも所属していた経験のあるスタージルが放つ「平和を守るために戦うという国のプロパガンダを信じて戦争なんか行くな、そうしたメッセージを垂れ流すメディアも信じるな」というメッセージは極めてパワフルなものがあります。

おそらくその芳醇な音楽性だけでなく、こうした強いメッセージもこのアルバムをグラミー賞最優秀アルバム部門にノミネートさせた大きな要因でしょう。惜しくも最優秀アルバムはアデルに譲りましたが、最優秀カントリーアルバム部門は見事受賞。最優秀アメリカーナ・アルバム部門にノミネートされた前作『Metamodern Sounds In Country Music』(2014)では逃したグラミー初受賞を果たしています(余談ですがこの前作のタイトルはレイ・チャールズのあの名盤『Modern Sounds In Country And Western Music』(1962)へのオマージュですね)。

グラミー受賞をきっかけにスタージルの名前が日本の洋楽メディアにもちょくちょく出てくるようになりました。夏のフジロックへの出演も楽しみ。実は自分のアメリカ人の上司はナッシュヴィル在住でスタージルがブレイク前から何度もライヴを観てきたらしいのですが「彼は絶対ライヴ観るべき!」と言ってますので、今年はスタージルのライヴを是非観たいと思ってます。

既に当年38歳という人生経験も重ねてきながら、豊かな音楽性とメッセージを持ったこの新しいミュージシャン、スタージル・シンプソンの作品を皆さんも是非一度お聴きになってみて下さい。

<チャートデータ> ビルボード誌全米アルバムチャート 最高位3位(2016.5.7付)

同全米カントリー・アルバムチャート 最高位1位(2016.5.7付)

同全米アメリカーナ・フォークアルバムチャート 最高位1位(2016.5.7付)

同全米ロック・アルバムチャート 最高位1位(2016.5.7付)


新旧お宝アルバム!#79「Soul’s Core」Shawn Mullins (1998)

2017.3.20

新旧お宝アルバム #79

Soul’s CoreShawn Mullins (Columbia, 1998)

この3連休は素晴らしいお天気続きでいよいよ春本番、南の方ではそろそろ桜も咲き始めたとの知らせも入ってくるこの頃、来週のこのコラムをお届けする頃には都内でももうお花見できる状態になってるのでは、と思うと心躍りますね。いい音楽をバックに気のおけない友人と花見、というのもこの季節ならではの楽しみです。

春はジャズやアコースティックな感じの音楽がとても似合う時期。今週の「新旧お宝アルバム!」では久しぶりに90年代の作品で、味と渋みたっぷりのボーカルと物語性たっぷりの歌詞を持つフォーク・ロック的アメリカーナな楽曲で一部のファンに強く支持され、その後も知る人ぞ知る的な活動を続けているシンガーソングライター、ショーン・マリンズの商業的ブレイク作『Soul’s Core』(1998)をご紹介します。

1990年代のアメリカの音楽シーンは、80年代のMTVを中心とした映像中心のヒットを飛ばすポップスターや、シンセサイザーの打ち込みサウンドで大半のトラックを作り込むダンスヒットの氾濫へのアンチテーゼとして90年前後にはシアトルを中心としたインディー・レーベルのロック・バンド達によるグランジ・ムーヴメントの盛り上がりとか、より社会的な視点からのリリックを中心にストイックな音作りによるヒップホップのルネッサンス的隆盛、そして60年代~70年代のカントリー、R&B、ブルーズ、ハードロックといった音楽をルネッサンス的に換骨奪胎してフレッシュなスタイルで聴かせるアメリカーナ・ロックやオルタナ・カントリーといった音楽スタイルが盛り上がった、音楽シーン的には極めて豊かな時代になっていました。

残念ながら70年代からの日本の洋楽ファンの皆さんは、80年代後半の音楽のマスプロ化や打ち込み主体のスタイルに辟易して新しい音楽には背を向けて昔からおなじみの70年代以前の音楽に戻ってしまった方が多かったようです。もう少し辛抱してシーンに耳を澄ませていれば、90年代の素晴らしい音楽に巡り会えていたはずだったんですが。

で、このショーン・マリンズも、90年代にアメリカーナの隆盛に時期を合わせて対等してきた、そんなアーティストの一人。アトランタ出身の彼は学生時代からバンドを組んで主にアコースティックな音楽を中心に活動してきていて、高校時代の友人にはあのインディゴ・ガールズエイミー・レイもいたとのこと。大学卒業後一時期陸軍の士官養成プログラムに身を投じ、陸軍でのキャリアも考えたようですが、やはり音楽を捨てきれずこの道に戻り、地元のアトランタ近辺で地道なバンド活動をしながら実績を積んでいたようです。

その彼をブレイクしたのは、今日紹介する『Soul’s Core』にも収録されているシングル「Lullaby」の大ヒット(全米1999年最高位7位)。トム・ウェイツを思わせるようなしゃがれた低いボソボソ声で歌う、というよりはつぶやくようなファースト・ヴァースからサビに行くところで一気にハイトーンの美しいボーカルでブリッジを歌うあたりは、ラジオで流れていたら一発でハートを仕留められること請け合い、そういう歌です。そしてこの曲は楽曲メロディだけでなく、その歌詞もまるで映画を見ているかのような独特の情景を浮かび上がらせてくれるという意味でもとても魅力的です。

「彼女はハリウッド・ヒルやサンセット・ブールヴァードに住むスターの子供達と一緒に育った

彼女の両親は盛大なパーティーをよく開いてそこにはいろんな人が集まった

彼女の家族はデニス・ホッパー、ボブ・シーガー、ソニー&シェールなんて連中とよく付き合っていたっけ

今彼女はフェアファックス・アヴェニューのこのバーで安全に過ごしてる

ステージの俺から見ると彼女は未だにあの頃の思いを捨てきれず、リラックスできてないのがよく分かる

だから彼女がうなだれて泣き出す前に

俺は彼女に子守歌を歌うのさ

何もかもうまくいくさ ゆっくりお休み

何もかもうまくいくって だからゆっくりお休み」

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LAの社交シーンの退廃感とそこで自分を見いだせない女性のことを、トム・ウェイツ的なつぶやきと美しいハイトーンのボーカルの組み合わせと、アコースティックで優しいメロディで包むようなこの歌は、おそらく聴く者の心の琴線に触れるものがあったに違いなく、ショーンに取ってはブレイクヒット、しかし彼唯一のヒット曲となりました。

個人的なイメージでショーンの音楽スタイルを一言で表現するなら、「グランジを通過してきたクリス・クリストファーソン」。作る楽曲スタイルはいわゆるアメリカーナに分類されるシンプルなアコースティック寄りのアメリカン・メインストリーム・ロック曲ですが、バンドのリズムセクションの使い方やエレクトリックギターの使い方に明らかにグランジあたりの影響を聴いて取れます。そしてボーカルスタイルは明らかにクリスマール・ハガードといった70年代の無頼派のややロック寄りのカントリー・レジェンド達の強い影響を受けていますが、時々聴かせる伸びやかなテナーからハイテナーのボーカルは、ただのカントリー・ロック・ボーカリストでは片付けられない個性と才能を感じるのです。

同時期にアメリカで大ブレイクしたフーティー&ザ・ブロウフィッシュのリード・ボーカル、ダリウス・ラッカーあたりと作る楽曲スタイルはとてもよく似ているのですが、フーティーズがあくまでも「90年代のイーグルス」的なポジショニングだったのに対し、ショーンのアプローチは明らかに「ロックっぽいナッシュヴィルのシンガーソングライター」的なものでした。

そしてこのアルバム収録の他の曲は、「Lullaby」に続いてシングルカットされ、よく似た楽曲スタイルでアダルト・トップ40チャートで小ヒットとなった「Shimmer」を初め、衰退していくアメリカの地方都市の状況を16歳の少年の目から描き、いつかはここを出て行くんだ、とアコギ一本でトルバドゥール風に歌う「Ballad Of Billy Jo McKay」や同じくアコギ一本で亡き友を歌ったと思われる「Patrick’s Song」、もう15年も電車に乗り続けて旅する37歳の男がもう長いこと海の塩の匂いを嗅いでないから、といってオレゴン州の海岸に来て、同じようにヴァンの乗って町から町にコーヒー・ハウス・ギグのギャラとチップでその日その日を過ごしているミュージシャンと会う、というストーリーを淡々と歌う「Twin Rocks, Oregon」などなど、歌詞カードを見ながら彼の楽曲を聴くと、本当に目の前に映画のような映像がヴィヴィッドに浮かび上がって来ます。

このアルバムのもう一つのハイライトは、クリス・クリストファーソンの「Sunday Mornin’ Comin’ Down」のカバー。エルヴィスを初め多くのアーティストにカバーされたクリスのこの有名なスワンプ・バラードをクリス直系だけあってショーンは見事に自分のものとして歌いきっています。

このシングルとアルバムのブレイクで一躍注目を浴びたかに見えたショーンでしたが、続く『Beneath The Velvet Sun』(2000)も同様にビジュアルなイメージを想起する質の高い楽曲満載の意欲作だったにもかかわらずチャートインすらせず、この後しばらくソロ活動をお休み。その間、2002年には同じく90年代を代表するシンガーソングライター、マシュー・スイートとオルタナ・フォーク・ロック・シンガーのピーター・ドロウジとスーパー・バンド、ソーンズ(Thorns)を結成。素晴らしいアコースティック・ロック・アルバム『The Thorns』(2003)をリリースして、一部に高い評価を得ましたが、広く知られるまでには至っていません。その後2006年以降は『9th Ward Pickin Parlor』(2006)、『Honeydew』(2008)、『Light You Up』(2010)、そして最新の『My Stupid Heart』(2015)と質の高い作品を地道にリリースしているようです。

桜の季節になった今、歌詞の想起するイメージに身を任せながら、ショーンの心にしみるようなアコースティック・サウンドと味のあるボーカルによる楽曲をじっくり楽しんでみてはいかがでしょうか。

 <チャートデータ> 

ビルボード誌全米アルバムチャート最高位54位(1998.11.28付)


新旧お宝アルバム!#78「Made Of」Elviin (2014)

2017.3.13

新旧お宝アルバム #78

Made OfElviin (VAA, 2014)

先週一週間は日々暖かくなりかけていた気温が一歩また冬に戻ったような肌寒い日々でしたが、週末はどちらもカラリと晴れて日曜日に立ち寄った吉祥寺の井の頭公園の桜の木々のつぼみも心なしかかなり色づいて来ている様子。まだまだしばらくは一進一退の気候が続くようですが、確かな春の足音を感じた週末でした。

今週の「新旧お宝アルバム!」は比較的最近のアルバムの順番ですが、そうした春がそこまで来ているという気分にぴったりな、アコースティックで、グルーヴィーで、聴くだけで楽しくなってしまうほど洒脱なポップセンスに溢れる、南ロンドン出身のR&Bシンガーソングライター、エルヴィーンことエルヴィン・スミスの多分オフィシャル・アルバムとしては唯一の作品、『Made Of』(2014)をご紹介します。

自分がこのエルヴィーンというアーティスト、このアルバムと出会ったのはちょうど3年前の今頃、やはりこれから春本番、という時期でした。タワーレコードの試聴コーナーで「何かよさげなアルバムはないかなあ」と思いながらいろいろなCDを聴いていたのですが、この白地にポップな感じのアートセンスで描かれたアーティストの肖像のジャケット(よーく見ると様々な色とサイズのボタンが並べられて描かれたという素敵なジャケットでした)に目を引かれ、POPでも「イチオシ!」とあったので聴いてみたところ、目の前を一気に明るくして、春に本当にふさわしいポップなセンスに溢れた、それでいて陳腐さとか甘ったるさとかいったものとは無縁な、うるさ方の洋楽ファンでもきっと気に入って頂けるようなサウンドに一発でやられてしまい、購入。以来この時期になると引っ張り出してきてプレイする、愛聴盤となっています。

このアルバムは2008年にロサンゼルスのサウンド・ファクトリー・スタジオで録音され、ベックの『Midnight Vultures』(1999)や『Guero』(2005)、ベル&セバスチャン、フォスター・ザ・ピープルといったオルタナティヴ系の作品プロデュースで知られるアメリカ人のトニー・ホッファーのプロデュースで制作されたのですが、なぜか英米でのアルバムリリースはUKのマイナー・レーベル、Clicks ‘n’ Clapsから行われただけで、大きな反響も得られず(実際WikiAllmusicDiscogsなど英米系の音楽データベースではこの作品についてのデータは存在していないようです)、2014年に日本で独自にリリースされたようなのです。

でも、このサウンドは日本のファンだけに聴かせておくのは本当にもったいない、そんな宝箱のようなキラキラした輝きがどの曲からも感じられる珠玉の一品。ヴァージンレコードと契約した2008年当時は、UKの音楽メディアではスタイル・カウンシルに比べられたり、「UKのジョン・レジェンド」という評価を得ていたようですが、自分が聴いた感じではエルヴィーンのサウンドはこうしたアーティスト達と比べて遙かに湿っぽさが少ない、カラリとした青空を想起するようなサウンドなのです。

むしろ自分が想起したのはベン・フォールズや、以前この「新旧お宝アルバム!」でもご紹介したあの山下達郎氏が敬愛するというフィフス・アヴェニュー・バンド。元来ピアニストだというエルヴィーンの作り出す曲はピアノがそのサウンドの中核を支えている、洗練されたコード進行の曲が多いのと、それでいてリズムセクションが際だっていて、印象的なアレンジの楽曲が素晴らしく、ボーカルもR&Bシンガーながらいわゆる「黒っぽさ」よりも、地声とファルセットを自由自在に行き来する洒脱なボーカルワークが素晴らしいあたりもそういう印象を強く持たせる理由でしょうか。エルヴィーン自身、両親が西インド諸島のセント・ルシア出身だという出自がこうした乾いたポップセンスを持つ背景にあるかもしれません。

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爽やかなピアノリフと力強いに乗ったエルヴィーンのボーカルを分厚いコーラスがバックアップする冒頭の「In Colour」、歌詞に「パリでも東京でも君を好きなところに連れて行くよ」と出てくるのが受けたか、J-Waveのカウントダウンにもランクインした、こちらもリズム隊とピアノとコーラスが一体となった「Good Books」、もろフィフス・アヴェニュー・バンドや70年代初頭のバーバンク・サウンドを思わせるフィール・グッドな「The Sun And I」、アコースティックなナンバーの中で唯一、控えめながらシンセサイザーの打ち込みが効果的に使われている(でも曲調は70年代初頭のグルーヴィー・ポップ・マナーでベン・フォールズを彷彿させる)「Rise」などなど、アルバム前半は正に珠玉の楽曲が詰まっています。

後半、「That Road」「The Clock」のようにやや陰りのあるメロディの曲でもやはりフィール・グッドなポップさは変わりません。後者は珍しくピアノの代わりにフェンダー・ローズを使ったバラードですがこれがまた楽曲のドリーミーなポップさによくマッチしています。ピアノをパーカッシヴに駆使してドカスカ・ドラムとの共演で聴かせる「Control」はこのアルバムで最もベンフォールズを思わせるナンバー。その他夢見るようなメロディの「Human Nature」やピアノとエルヴィーンの繊細なボーカルだけでしっとり聴かせる「Subtitles」など、最後までアルバムを彩る楽曲群の安定したクオリティの高さは素晴らしく、この作品が英米で陽の目を見なかったことが信じられないくらいです。

こうした楽曲全13曲はすべてエルヴィーンの自作自演。そしてこのアルバムがUKでリリースされた2008年には、彼は当時デビューアルバム『19』(2008)でセンセーショナルにデビューしたアデルの最初のUKツアーのメインのサポーティング・アクトに抜擢。当時多くの聴衆にパフォーマンスを届けていたのですが、この素晴らしい作品が商業的にはブレイクに至らなかったためか、その後彼は音楽マネジメントの道に進むことになります。

そして彼が2012年にマネージャーとして仕事を始めた相手があのサム・スミスエルヴィンサムと再会した時、二人は2008年のアデル・ツアーの際に最前列でアデルを見ていたサムエルヴィンが当時会話を交わしたことを思い出したのです。何という巡り合わせ。

そしてサム・スミスの3人目のマネージャーとなったエルヴィンは、グラミー賞ブリット・アウォードを総ナメにしたサムのデビューアルバム『In The Lonely Hour』(2014)に収録された、サムの3曲目の全英ナンバーワンヒットとなった「Lay Me Down」を友人のソングライター、ジミー・ネイプスと共作し、晴れて音楽ビジネスでの成功をサムと一緒に味わったのでした。

長い苦労の末にサム・スミスの成功でやっと陽の目を見たエルヴィンの才能、そしてそれと時を同じくして彼の最初のアルバムであるこの『Made Of』が日本でリリースされたことには、何やら運命的なものを感じざるを得ません。

春が目の前まで来ているこの季節、エルヴィーンの素晴らしい楽曲に溢れたこのアルバムを是非手に入れて、耳を傾けてみて下さい。

<チャートデータ> チャートインせず


新旧お宝アルバム!#77 追悼〜「Just A Stone’s Throw Away」Valerie Carter (1977)

2017.3.6

新旧お宝アルバム #77

Just A Stone’s Throw AwayValerie Carter (Columbia, 1977)

日々少しずつ暖かくなる今日この頃、梅も盛りを過ぎ、もう少しすると桜の季節に突入しそうなそんな春爛漫に向かう感じで、思わず気持ちも軽くなり、いろいろな音楽を聴きたくなるそんな季節になってきました。

そんな明るい気持ちになる季節、残念ながらこの週末にまた悲しい知らせが。70年代にフォーク・ロック・トリオのハウディ・ムーンのメンバーとしてシーンに登場、70年後半以降何枚かのソロアルバムを出しながら、数々のポップ・ロック系の作品のバックを固めるセッション・バックアップ・ボーカリストとして活躍したヴァレリー・カーターの訃報に愕然とした古くからのファンの方も多いと思います。彼女は、あのスティーヴ・ウィンウッドの1987年の大ヒット曲「Valerie」にもその素晴らしさを歌われた多くのミュージシャンからの敬愛を集めたボーカリストでした。

その彼女を追悼しつつ、まだ彼女の素晴らしい歌声に触れていないかもしれない若い洋楽ファンの皆さんに是非彼女の素晴らしさを知ってもらいたくて、今週の「新旧お宝アルバム!」は彼女のソロ・デビュー作『Just A Stone’s Throw Away』(1977)をご紹介することにしました。

既に古くからのウェスト・コースト・ロック・ファンや、AORファンの皆さんの間ではその美しくも時にはソウルフルで力強いヴォーカルの魅力で広く人気のあったヴァレリー・カーターのキャリアの始まりは、上述のようにLAの有名ライヴハウスである「トルバドゥール」での、ハウディ・ムーンのメンバーとしてのライヴと、それに続くアルバム『Howdy Moon』(1974)のリリースでした。ハウディ・ムーンは、彼女の他に以前#63でご紹介したフィフス・アヴェニュー・バンドのギタリストだったジョン・リンドと同じくギタリストのリチャード・ホヴェイの3人組。後にヴァレリーのメンター(導師)となり、彼女を70年代カリフォルニアのミュージック・シーンに導いていくこととなるリトル・フィートローウェル・ジョージのプロデュースによるアルバムは残念ながら商業的にはブレイクしませんでしたが、ヴァレリーはこのアルバムに参加したリトル・フィートのメンバーやアンドリュー・ゴールド、ジョン・セバスチャン、後のトトのメンバー、デヴィッド・ペイチジム・ケルトナー、チャック・レイニーといった当時のカリフォルニア音楽シーンを代表するミュージシャン達との交流を深めていきました。

そしてその間ジェームス・テイラーのアルバム『Gorilla』(1975)『In The Pocket』(1976)といったアルバムのバックコーラスや、リンダ・ロンシュタット、ジャクソン・ブラウンといったウェスト・コーストの大物ミュージシャンのツアーに参加するなどしてシーンでの確かな存在感を高めていったのです。

1977年にローウェルの導きでリリースした、今日紹介する初ソロアルバムは、収録された楽曲のスタイルといい、バックを固める当時のカリフォルニア音楽シーンを代表するそうそうたるミュージシャンのプレイといい、彼女の可憐なポートレートをあしらったジャケットといい、いずれもヴォーカリスト、ヴァレリーの魅力を最大限に発揮するに充分な出来です。

何しろ、一曲目、70年代初頭のR&Bボーカル・グループ、ファイヴ・ステアステップスの大ヒットバラード「Ooh Child」のカバーからして、冒頭のエレピのイントロからヴァレリーの透き通ったような美しいボーカルがふわっと立ち上がってくるあたりの素晴らしさに、初めてこのアルバムを聴いた当時(自分は高校生でしたw)震えるような感動を覚えたものです。そして他の曲にも言えることですが、単に歌声が美しいだけでなく、原曲のR&Bテイストを絶妙に表現するそこはかとないソウルフルさも持ち合わせているのがヴァレリーのヴォーカルの独特な魅力です。この曲、アルバムの「つかみ」としては絶妙で、プロデューサーのジョージ・マッセンバーグやアルバム制作に深く関わったであろうローウェルの細心の気配りが感じられるオープニングです。

自作の「Ringing Doorbells In The Rain」は引き続き高音域では美しいヴィヴラート、中低音域ではぐっとソウルフルな発声でグルーヴを生み出すレンジの広いボーカルでやはりヴァレリー独特の魅力満点のちょっとゆるいファンク気味のスタイルの楽曲。続くローウェルの曲「Heartache」はオーケストラとピアノを配してしっとりと失恋の哀愁を歌うバラードで、バックにリンダ・ロンシュタットと思しきコーラスが寄り添う楽曲。そしてローウェルと、ハウディ・ムーンのアルバムにも参加していた元ラヴィン・スプーンフルジョン・セバスチャンのペンによる「Face Of Appalachia」は、ジョンの1974年のアルバム『Tarzana Kid』にも収録されていた、バンジョーの音色が郷愁を誘うフォーキッシュなナンバー。嫌みのないそれでいて巧みなボーカルテクニックを披露してくれるヴァレリーのパフォーマンスは、こうしたシンプルなアレンジな曲で最高に映えます。

そしてLPでいうとA面最後の「So, So Happy」はアース・ウィンド&ファイアエモーションズ、アニタ・ベイカーといった70~80年代メインストリームのR&Bアーティストの数々のプロデュースで知られるスキップ・スカボローの作による、ミディアムテンポのウキウキするようなナンバー。元々ハウディ・ムーンの盟友だったジョン・リンドが後にEW&Fの「Boogie Wonderland」の共作者となった人脈によると思われるスキップの曲と、バックのホーンはEW&Fのメンバーだと思われますが、前述のように美しい歌声の中にソウルフルさを内包するヴァレリーのボーカルのまた別の魅力を引き出しています。

LPでいうとB面の冒頭のアルバムタイトル・ナンバー「A Stone’s Throw Away」はこれもこの新旧お宝アルバム!#45でご紹介したバーバラ・キースと夫のダグ・ティブルスの作品で、紹介した彼女のアルバムにも収録されていた、ゴスペル・スワンプ調のソウルフルなグルーヴ満点の曲。バーバラのバージョンに比べるとやや小綺麗な感じのアレンジになっていますが、中盤以降でヴァレリーが聴かせるゴスペル調の力強いボーカルはここでも彼女のボーカリストとしてのレンジの広さを証明してくれます。今回の訃報に当たってツイッターでフォーク・シンガーのショーン・コルヴィン曰く「最初彼女の歌を聴いた時、唯々彼女のように歌いたいと思って努力したけど、誰も彼女のように歌うことは出来ないのよ」。まさしく唯一無二のヴァレリーのボーカルの真骨頂を感じさせるナンバーです。

再びローウェルヴァレリーの共作によるしっとりとしたバラード「Cowboy Angel」に続いて、故モーリス・ホワイト以下EW&Fのメンバーのペンによる作品で、彼らの演奏とホーンセクションをバックにパフォームされる、都会的なファンク・ナンバー「City Lights」が意表を突いて登場。アースのアルバムに入っていても全然おかしくないこのナンバー、ハーモニー・ボーカルを付けているモーリスヴァレリーのボーカルが見事に一体となったグルーヴを生み出していて、ここでもまたヴァレリーの多才さが発揮されています。

そしてアルバム最後「Back To Blue Some More」はローウェル、ヴァレリー、そしてリトル・フィートのキーボードのビル・ペインの作品。前の曲の都会的なテイストを引き継いで、こちらは都会の夜を思わせるようなジャジーな楽曲をヴァレリーが洒脱にしっとりと歌い上げてラストを締めます。

残念ながら本作も、そしてこのアルバムに続いてトトのメンバーをバックにリリースした2枚目の『Wild Child』(1978)も商業的な成功には至らず、この後ヴァレリーはセッション・シンガーとしてのキャリアを継続することに。クリストファー・クロスの大ヒット作『南から来た男(Christopher Cross)』(1980)を初めとしてニコレット・ラーソンNicolette』(1978)、ドン・ヘンリーThe End Of The Innocence』(1989)、ジャクソン・ブラウンLooking East』(1996)と様々なアルバムで活躍する一方、『The Way It Is』(1996)、『Find A River (EP)』(1998)、『Midnight Over Honey River』(2004)と自分の作品もリリースしていましたが、2000年代に入って思うような活躍が出来ないストレスからか、薬物依存となり一線から姿を消してしまいました。2009年に薬物不法所持によって逮捕されるというニュースは昔からのファンや、彼女を敬愛するアーティスト達の心を痛めたのです。

しかしデビュー以来彼女の才能を認めて自らの数々のアルバムやツアーに起用し続けてきたジェイムス・テイラーのサポートもあり、2011年には薬物依存症治療プログラムを無事完了したという明るいニュースが伝わってきていて、これから少しずつまたあの素晴らしい歌声を聴かせてくれるという期待を持たせてくれていたのですが、今回の訃報は本当に残念です。まだ64歳と若かった彼女の死亡の原因はまだ詳細が伝わってきていませんが、唯々冥福を祈るのみ。

春がもうすぐそこまできている今、改めてヴァレリーの美しくも表現力豊かなボーカル・パフォーマンスが堪能できるこのアルバム、2005年にソニーミュージックさんがCD再発してくれていて、比較的手に入りやすいと思いますので、是非一人でも多くの人に聴いていただきたいな、と心から思うことしきりです。

 <チャートデータ>

ビルボード誌全米アルバムチャート最高位182位(1977.4.30付)


新旧お宝アルバム!#76「But You Caint Use My Phone」Erykah Badu (2015)

2017.2.27

新旧お宝アルバム #76

But You Caint Use My PhoneErykah Badu (Control Freaq / Motown, 2015)

ここ数日は春一番だか二番だか知りませんが、春の到来を告げる強い風が吹いたり、雨が降ったりしながら日々少ーしずつですが春に近づいているような気がしますね。うちの庭の河津桜や、近所のおうちの梅の木がもう満開になってきていて、春はもうそこのようです。

さて、今週の「新旧お宝アルバム!」は最近のアルバムのご紹介ということで、5年間の活動休止期間を経て久々の作品をミックステープという形で発表した、今やベテランのR&Bシンガー、エリカ・バドゥの6枚目のアルバム『But You Caint Use My Phone』(2015)をご紹介します。

エリカ・バドゥといえば、ローリン・ヒルらと共に1990年代のヒップホップのルネッサンス的隆盛時に「オーガニック・ソウル」と言われた70年代ソウルに回帰したスタイルのR&Bシンガーとして、大いに人気を集めたR&Bシンガーソングライターですよね。デビュー作『Baduizm』(1997)、2作目『Mama’s Gun』(2000)による鮮烈なシーンへの登場、「On & On」(1996年最高位12位)や「Bag Lady」(2000年最高位6位)といったポップ・チャートでの大ヒットもあり、90年代後半のR&Bシーンを代表するアーティストの一人として存在感ある活動をしていたエリカですが、2010年のアルバム『New Amerykah Part Two (Return Of The Ankh)』発表後はロバート・グラスパージャネル・モネイなど他のアーティスト作品への客演以外は、特筆すべき活動を行っていませんでした。その間、アフリカで新しいアルバムに取り組んでいる、という噂はあったものの5年間が経過。

そんな中、2015年10月にエリカがサウンドクラウドを通じてネットにリリースしたのが、その年の後半にヒップホップ・シーンのみならずポップ・チャートでも大ヒットとなったドレイクの「Hotline Bling」のリミックス・トラック。それに続いてデジタル・ダウンロードとストリーミングのみの形でiTunes / アップル・ミュージックにリリースされたミックステープが今回ご紹介する『But You Caint Use My Phone』です。

そのタイトルからも分かるように、このミックステープのテーマは「電話」。それも今時のスマホや携帯電話というよりも、昔ながらのプッシュ式電話にかかわる様々な情景やドラマをイメージしたようなサウンドコラージュや効果音や、電話に関する過去の様々な楽曲のサンプリングや歌い直しをふんだんに含む楽曲が並ぶ、いわばコンセプト・ミックステープになっています。エリカを模したと思われるジャケのイラストの女性も千手観音のように無数に生えた手にそれぞれ異なるタイプの電話を手にしている、というポップなデザイン。

オープニングからして電話の話し中のシグナルからタイトルフレーズを繰り返すエリカの歌声が繰り返される「Caint Use My Phone (Suite)」。この曲も含めてこの作品の楽曲はいずれも極めてシンプルなフレーズとメロディ、そして各種効果音の繰り返しで一貫していて、通常のAメロ、Bメロ、ブリッジといった展開をする楽曲はほとんどありません。しかしそうしたシンプルなメロディ・フレーズの繰り返しと、今時のR&B的な残響たっぷりの音像と、タイトなドラム・サウンド(これを彼女は最近のトラップ・ラップの名前をもじって「TRap &B」と呼んでいるようです)、そしてエリカの神秘的な歌声がアルバム全体の不思議なグルーヴ感を生み出していて、それがこの作品の最大の魅力になっています。

冒頭のタイトル曲に続いて、ひたすら「Hello Hello, Hey Hello Hello」とエリカが誰かに呼びかけるようなわずか30秒の「Hi」から、ミニマルなサウンドの「Cel U Lar Device」に突入。本作のリリースのきっかけとなったのはエリカによるドレイクの「Hotline Bling」のリミックスですが、ここでもメインメロディにまんま「Hotline Bing」のフレーズが歌われるというまあ言ってみれば本歌取りをした自分のリミックスの返歌みたいな作品。ポップヒットとしてあちこちで本当によく聴かれたフレーズとメロディで一気にエリカの世界に持って行かれるのが不思議な感覚です。

今回のこの作品は、エリカの地元であるテキサス州ダラスの若きヒップホップ・プロデューサーであるザック・ウィットネスエリカの共同プロデュースであり、こうした今風のヒップホップR&Bサウンドを強く感じさせる音像構成についてもエリカだけではなく、エリカとは親子くらい年の違うザックの貢献度は高いのでしょう。続く「Phone Down」などは正にそういう作品。この曲も基本的に残響バックグラウンドにタイトなドラム、Aメロの反復だけで終始するエリカの夢見るようなボーカル、という道具立てで何とも言えないグルーヴを作りだしています。

ItsRoutineという無名のラッパーをフィーチャーしたリズムボックス・ヒップホップといった感じの「U Use To Call Me」に続いて聞こえてくるのは80年代R&Bファンには懐かしい、あのニュー・エディションの「Mr. Telephone Man」のフレーズ。ここもあの曲のサビの2ラインのフレーズだけを、ドラムビートと夢見るような音像をバックにエリカが延々と口ずさむ、というスタイルです。

アルバムはリズムボックスビートをバックにアッシャーの大ヒット曲のフレーズをエリカが歌い直す「U Don’t Have To Call」から、再びItsRoutineをフィーチャーした「What’s Yo Phone Number / Telephone (Ghost Of Screw Mix)」、そしてアフリカ・バンバータあたりのエレクトロ・ファンク的意匠満点なトラックに乗ってコンピューターの人工知能がしゃべってるような男女の声が淡々と歌う「Dial’ Afreeq」(エジプシャン・ラヴァーことグレッグ・ブロサードの80年代のエレクトロ・ヒップホップ曲のフレーズをサンプル)と、アルバム後半は様々なスタイルの音像をバックにエリカが縦横無尽のグルーヴを展開。

そして、ドレイクの「Hotline Bling」のサンプル元としても使われたティミー・トーマスの「Why Can’t We Live Together」のリズムボックスビートをバックに、またしても催眠効果を持つエリカのボーカルでタイトルフレーズが延々と歌われる1分半の「I’ll Call U Back」を経て、アルバム最後の「Hello」では、冒頭の「Hi」と同じフレーズでエリカの歌う「Hello Hello…」という呼びかけに応えるようにラップするのは、エリカの以前の夫でもあるアウトキャストアンドレ3000。最初はエリカの「Hello Hello…」という歌声とアンドレの「I don’t know I don’t know」というラップフレーズが交錯していたのが、途中からエリカの歌うトッド・ラングレンの(というか、ここではそれをカバーしたアイズレー・ブラザーズのバージョンを模したというべきかも)「Hello It’s Me」にアンドレもラップではなく歌で応え始めるという展開。最後は元夫婦の二人が仲むつまじくコーラスを付けながらデュエットする歌声がフェイドアウトするのが何ともほっこりした印象を残してくれます。

この作品については、上述の通りどのトラックも楽曲としては完成形というよりはフレーズやメロディのループに毛が生えたくらいの構成のものがほとんどなので、アルバムとして捉えるには不十分ということであまり高く評価しない音楽メディアもあるようですが、共同プロデュースのザックが作り出す、エリカ言うところの「TRap & B」トラックに乗って彼女のドリーミーな歌声が絡んでいくことによって他のアーティストではなかなか出せないグルーヴ感が生まれていて、それだけでも個人的にはこの作品を高く評価したいと思っています。

あなたもこの作品でエリカならではのグルーヴに身を任せて、極上のR&B体験をしてみませんか?

<チャートデータ> 

ビルボード誌全米アルバムチャート 最高位14位(2015.12.19付)

同全米R&B/ヒップホップアルバムチャート 最高位2位(2015.12.19付)


新旧お宝アルバム!#75「Wrecking Ball」Emmylou Harris (1995)

2017.2.20

新旧お宝アルバム #75

Wrecking BallEmmylou Harris (Asylum, 1995)

先週の今頃は第59回グラミー賞の発表で大いに盛り上がってましたが、蓋を開けてみればアデルチャンス・ザ・ラッパーが主要賞をそれぞれガッチリ獲得した今年のグラミーでした。個人的にはこのコラムでもご紹介したアンダーソン・パークKINGにも何か受賞して欲しかったのですが、でもチャンスの新人賞とラップ・パフォーマンス部門、ラップ・アルバム部門の獲得は、彼のアルバムがストリーミング・オンリーということを考えると大きな「事件」であったことは間違いないところ。一方既に来年のグラミー賞候補の予想も取りざたされていて、ブルーノ・マーズ、ローリング・ストーンズ、ア・トライブ・コールド・クエスト、ソランジェ、そしてもうすぐリリースされるエド・シーランのアルバムやレディ・ガガのシングル曲あたりは来年のグラミー候補は少なくとも堅いところではないかと思っています。来年もブログで予想頑張ってやりますのでよろしくお願いします。

さて今週の「新旧お宝アルバム!」は少し古めのアルバムをご紹介する順番。今回は少し古いといっても90年代後半とまあ比較的最近の時期に、それまでも長いキャリアを誇っていたエミルー・ハリスが、自らのキャリアを見事に再定義した画期的な作品ながら、日本の洋楽ファンの間で語られることの少ない傑作、『Wrecking Ball』をご紹介します。

皆さんはエミルー・ハリスというアーティストについて、どのようなイメージを持たれているでしょうか?バックグラウンドがカントリー・ミュージックであることや、カントリー・シーンではいざ知らず、ポップ・フィールドでこれといったヒット曲もあまり持ち合わせいないことから、熱心なカントリー/カントリー・ロックのファン以外の日本の洋楽ファンに取ってはハッキリ言って残念ながら馴染みの薄いアーティストではないかと思います。

しかし彼女は、古くは60年代後半にバーズフライング・ブリトー・ブラザーズといった歴史に名を残すカントリー・ロック・バンドのメンバーで、後のイーグルスらに大きな影響を与えた伝説のカントリー・ロッカー、グラム・パーソンズの遺作(彼は26歳で薬物中毒で死亡)『Grievous Angel』(1974)でのグラムとの共演を事実上キャリアの振り出しに、70年代は様々なジャンルの曲をカバーしたアルバムをリリース、ただのカントリー・アーティストの範疇に止まらない活動でシーンでの高い評価を獲得して、ザ・バンドの解散コンサートである『The Last Waltz』(1978)にも参加。80年代にはドリー・パートン、リンダ・ロンシュタットとの『Trio』(1987)でグラミー賞最優秀アルバム部門にノミネートされるなど、ポップ・フィールドでも存在感を示し、90年代以降は今回ご紹介する『Wrecking Ball』や、元ダイア・ストレイツマーク・ノップラーとの共演などで大きくロック的方向に自らを再定義して数々の高い評価を得た作品を発表。69歳の現在もコンスタントに質の高いアルバムを発表し続けて、半世紀にも及ぶキャリアを見事に発展させ続けてきている、そんなアーティストなのです。

そんな彼女が『Trio』の後、カントリーのみならずポップ・ロック・アーティスト達のカバー曲をカントリー的アプローチで聴かせる、という従来のスタイルで何作かの意欲作を放つものの、商業的に振るわずシーンでも今ひとつ輝きを失っていた時期がありました。その時、エミルーが活路を見いだすべく、自らのスタイルを転換するために起用したのが、80年代にその独特の音響的、浮遊感満点のサウンド・プロダクションでU2の『ヨシュア・トリー(Joshua Tree)』(1987)などの仕事で名を挙げたダニエル・ラノワ

彼のサウンド・プロダクションと、エミルーの幻想的と言ってもいい、浮遊感と取り憑かれたような哀愁に充ち満ちたボーカルとの組み合わせは、見事にこのアルバムでマジックを実現しています。

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本作を通して参加したU2のドラマー、ラリー・ミューレンJr.の、セカンド・ラインを思わせるストイックなタム・ロールをバックに歌うエミルーの歌がまるでアイリッシュのフォークロアのような雰囲気を醸し出している「Where Will I Be?」で始まるこのアルバム、正に自分の向かっている方向性を探っているかのようなエミルーの歌声が不思議な緊張感を演出。この曲も含めてアルバムを一貫して聴かれるのは、控えめな音数ながら陰りのある、それでいて夢想的な浮遊感満点の音響的雰囲気による楽曲の数々です。

しかもその大半は、従来のエミルー作品の特徴でもある、幅広いアーティスト達による様々なスタイルの楽曲たち。本作にもバックで参加しているニール・ヤング作のタイトル曲、ボブ・ディラン1981年のどちらかというとマイナーなアルバム『Shot Of Love』からのナンバー「Every Grain Of Sand」、カナダの個性的なフォーク・シンガーソングライター、アナ・マッギャリグルの「Goin’ Back To Harlan」、90年代のオルタナ・カントリー・ロック・ムーヴメントの火付け役となったギタリスト、スティーヴ・アールの「Goodbye」、この後自らも名盤『Car Wheels On A Gravel Road』(1998)でオルタナ・カントリー界を代表するアーティストとしてブレイクするルシンダ・ウィリアムスの「Sweet Old World」、そして何とあのジミヘンの『Are You Experienced?』(1967)所収の楽曲を大胆にエミルー風にアレンジした「May This Be Love」などなど、そのカバー曲の選曲の幅広さと多様性には感服するばかり。

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そして更に刮目すべきは、それらの多様なアーティスト達による様々な楽曲が、ダニエル・ラノワのサウンドとエミルーの歌によって作り出される高揚感と見事に一体化した出来になっていて、あたかもこれらがもともとエミルーの曲であったかのような強いイメージを作りだしていることです。

このアルバムのエンディングは、オープニング同様、ラリー・ミューレンJr.のストイックなドラミングが強い印象を残す、エミルー自身と彼女の長年の盟友ロドニー・クロウェルのペンによる「Waltz Across Texas Tonight」。まるで無駄をそぎ落とした演出で淡々とプレイされた演劇か映画を見終わった後のような静かな感動を残して、アルバムは終わります。

このアルバムは、エミルーのキャリアを全く新しいアプローチで定義し直した作品としてシーンでも高く評価され、その年のアメリカ各音楽誌の年間アルバム・ランキングの上位にリストアップされた他、翌年のグラミー賞最優秀コンテンポラリー・フォーク部門を受賞するなど、停滞していたエミルーのキャリアを大きく押し上げる作品ともなりました。

またこの作品の後、それまでほとんど他人の楽曲のみを歌ってきたエミルーが積極的に自ら曲作りに取り組むようになり、リンダ・ロンシュタットとのデュエット・アルバム『Western Wall: The Tucson Sessions』(1999)では3曲、そして『Red Dirt Girl』(2000)では何と12曲中1曲を除く全曲、『Stumble Into Grace』(2003)でも11曲中10曲を自作曲で埋めるなど、この後もアーティストとしての更なる大きな進化を遂げています。

最近では、この頃ほどの迫力ある作品作りではないものの、盟友ロドニー・クロウェルと『Old Yellow Moon』(2013)および『The Traveling Kind』(2015)の2枚のコラボ作を発表、コンスタントな活動を続けています。

漆黒の長い髪が神秘的だった20代30代の頃のエミルーの髪の毛は今やプラチナ・シルバーですが、年齢を重ねて更にその美しさと気高さは円熟味を増していますし、何かに取り憑かれたような、澄み切った美しい歌声も変わりありません。おそらく自分は今後もリリースされるであろうエミルーの作品を聴き続けていくと思いますし、そうして一生付き合う価値あるアーティストだと思います。その彼女の大きな転換策となったこの素晴らしいアルバムを是非一度お聴きになって頂ければこんなに嬉しいことはありません。

 <チャートデータ> 

ビルボード誌全米アルバムチャート最高位94位(1995.10.14付)


新旧お宝アルバム!グラミー記念 #74「Velvet Portraits」Terrace Martin (2016)

2017.2.13

新旧お宝アルバム #74

Velvet PortraitsTerrace Martin (Sounds Of Crenshaw / Ropeadope, 2016)

ここのところ、グラミー賞を前にして各部門大予想のブログ執筆でお休みしていたこのコラム、いよいよそのグラミー賞授賞式もこれがアップされる頃にはあと1時間ちょっとに迫っている中、2週間ぶりに「新旧お宝アルバム!」お届けします。今年も41部門の予想をブログにアップしてますが、今週の水曜日にはその結果をああでもない、こうでもないとトークするイベントにもお邪魔することになり、なかなか今年のグラミー賞予想は気合いが入っております。昨年は本命◎対抗○で8割を超す的中率を決めていますが、さて今年はどのくらい当たるものか?

また、今年のグラミー賞プリンスジョージ・マイケルのトリビュート・パフォーマンスを核に、様々なアーティスト達のパフォーマンスも予定されており、こちらの方も楽しみにされてる方も多いのでは。

ということで今週の「新旧お宝アルバム!」はその今年の第59回グラミー賞最優秀R&Bアルバム部門にノミネートされている、新進気鋭のR&B系プロデューサーでありマルチ・インストゥルメント・ミュージシャン、テラス・マーティンの6枚目のアルバムとなる『Velvet Portraits』をご紹介します。

Terrace Martin_Velvet Portraits

2016年はとにかくブラック・ミュージック豊作の年。中でもケンドリック・ラマーの『To Pimp A Butterfly』(2015)はシーンの震源地の一つとしてR&B、ヒップホップ、ロック、ジャズなど様々なシーンで新しいアーティスト達のブレイクを演出しました。もう一人のR&Bシーンの重要人物として昨年2枚のアルバムをリリースしたロバート・グラスパー、このアルバムでの客演で一気にブレイクしたジャズ・サックス奏者のカマシ・ワシントン、このアルバムでの客演を踏まえて今月リリースの新作が好評なサンダーキャットことスティーヴン・ブルーナーなどなど枚挙にいとまなし。

またそれ以外にもDr.ドレの『Compton』(2015)での客演を足がかりに去年大ブレイクしてグラミー賞最優秀新人賞にもノミネートのアンダーソン・パーク、ロバート・グラスパーの『Black Radio』(2012)に客演して今回グラミー最優秀アーバン・コンテンポラリー・アルバム部門ノミネートのKING、ヒップホップシーンでは、自分のレーベルからのミックステープリリースのみで最優秀新人賞およびラップ各部門にノミネートのチャンス・ザ・ラッパーなどなど、ブラック・ミュージック好きには昨年は至福の一年でした。

今日紹介するテラス・マーティンも、ご多分に漏れずケンドリック・ラマーの『To Pimp A Butterfly』がらみのアーティスト、しかもただのフィーチャー・アーティストではなく「King Kunta」「The Balcker The Berry」などアルバム中6曲のプロデューサーとしてあのアルバムのサウンドメイキングに深く関わったアーティストです。

ジャズ・ドラマーの父とシンガーの母に育てられたテラスは幼い頃からジャズやファンクを含む様々な音楽に囲まれ、自らも高校生の頃には学校のジャズ・バンドのリーダーを務めるなど早くからミュージシャンとしての実績を作り上げてきました。メインの楽器はサックスなどの管楽器ですが、キーボードやギター、ドラムスなど何でもこなすマルチ・インストゥルメンタリストで、そうした才能の多様性を反映して、作り出す音楽もR&B、ジャズ、ヒップホップ、クラシックといった様々なスタイルを内包したものです。

プロ・ミュージシャンとしてのスタートはスヌープ・ドッグの『R&G (Rhythm & Gangsta): The Masterpieces』(2004)のプロデュースで、自らの最初のアルバム『The Demo』(2010)も自分のラップをフィーチャーしていますが、今回のこのアルバムは『To Pimp A Butterfly』の経験がどう影響したのか一切ラップは含まず、R&Bやジャズなどの要素を前面に出した、とてもオーガニックでリラックスしたムードに包まれた作品です。

Terrace Martin in Los Angeles in March.

アルバムオープニングのタイトル曲はピアノのイントロにサックスの音色とクラシックの香りを持ったストリング・シンセのフレーズが絡むインストの小品。そこから70年代中盤のクルセイダーズあたりを彷彿とさせる、レイドバックしたジャズ・フュージョン・インストゥルメンタル曲「Valdez Off Crenshaw」で、あたかも週末の暖かい午後に友達が集まってジャムっているのをそのまま収録したかのような心地よさ。この曲、実はR&Bレジェンドのダニー・ハサウェイの曲「Valdez In The Country」のメロディ(オリジナルはエレピですがここではサックス)をメインテーマに、そこから楽曲展開しているといういわばR&B本歌取り的な作品。このあたりにテラスのミュージシャン経験の多様さと深さ、そして先達へのリスペクトを感じます。

続くトニー・トレジャーなる女性シンガーをフィーチャーした「Push」はウォーの作品を思わせるサウスLAファンク・スタイルの曲、そしてロバート・グラスパーの楽曲によく似たスタイルでボコーダーのボーカルをフィーチャーした「With You」と、次から次に様々な引き出しから楽曲を繰り出してくるアルバム構成に早くも「次は何が飛び出すのか」と期待が膨らみます。

次の「Curly Martin」は、自らの父の名前がタイトル。その父のドラムス、先ほど名前の出たロバート・グラスパーサンダーキャット兄弟をフィーチャーした、2010年代のR&Bジャズ、といった雰囲気のこちらもレイドバックした気持ちのいいナンバーです。テラス自身ボーカルを取り(ニーヨあたりを思わせるなかなかセクシーなボーカルです)、ティファニー・グーシェなる女性シンガーをフィーチャーした次の「Never Enough」は今風R&Bのど真ん中なバラード。このあたりからまたジャズからR&B・ファンク方面に路線を戻し、次の「Turkey Taco」はザップパーラメントといったブチブチ・ファンクの意匠を持ったスロウ・ファンクナンバー。懐かしのエモーションズがバックコーラスを添えています。そのエモーションズが引き続きバックを固め、テラスが歌う「Patiently Waiting」はスティーヴィー・ワンダーが歌うゴスペル曲、いった風情のソウルフルなバラード。

アルバム後半は「Tribe Called West」という明らかに有名ヒップホップ・グループを意識したジャズ・ヒップホップ的なナンバーに続いて、今回グラミー賞同部門で受賞を争うことになるレイラ・ハサウェイをメインボーカルにフィーチャーしたクールなR&Bナンバー「Oakland」、『To Pimp…』でも共演したサックスのカマシ・ワシントンと今様R&Bスタイルの女性シンガー、Rose Goldをフィーチャーしたまたまたロバート・グラスパー的ジャズR&Bの「Think Of You」、映画音楽のようなストリングをフィーチャーしてドラマチックにアルバムを締める「Mortal Man」などなど、テラスの音楽的多様性と様々な引き出しから異なったスタイルのグルーヴを次々に繰り出してくる楽曲の数々が不思議なアルバム全体のトータル感を保って終わります。

Velvet Portraits (Back)

R&Bのコアなファンの間では既に高い評価を受けているようなのですが、これだけの充実した作品がグラミーノミネートまではあまりメディアや音楽誌でも言及されることが少なかったのは不思議な感じがします。まあ冒頭に書いたように、おそらく2016年ブラック・ミュージック・シーンが豊作で、多くの話題作が次々に評判を呼んだことが原因の一つなのでしょう。今回のグラミー賞の最優秀R&Bアルバム部門でも、同じ部門にノミネートのレイラ・ハサウェイがおそらく取ってしまうのではと予想していますが、仮に今回グラミー受賞できなかったとしても、今後テラスが手がける素晴らしい作品はブラック・ミュージック・シーンにどんどん出てくるでしょうから、彼の作品や仕事に触れる機会は今後も多いことと思います。是非彼の名前を覚えておいて、今後のシーンでのさらなる活躍に期待しましょう。

<チャートデータ> チャートインなし


新旧お宝アルバム!#73「Tracy Nelson」Tracy Nelson (1974)

2017.1.23

新旧お宝アルバム #73

Tracy NelsonTracy Nelson (Atlantic, 1974)

ワシントンDCに50万人を超える参加者が集結したウーマンズ・マーチなど、混乱のうちに執り行われたトランプ新米国大統領就任式から早数日、まだこれから新政権の下でアメリカがどういう方向に進むかははっきりしませんが、新大統領がどういう行動を今後取って行くのか、まずは見極めたいと思います。1月も早くも後半に突入、これから年度末に向けて何かと忙しい方も多いでしょうが、寒い日が続くここ最近、お互いに体調には充分気を付けて洋楽ライフを楽しみましょうね。

さて今週の「新旧お宝アルバム!」は旧アルバムをご紹介する番ですが、今回は1970年代前半にシーンに登場した多くのシンガーソングライター達の一人ながら、よりカントリー・フォーク系のブルースに根ざした作品を現在に至るまで発表し続け、最近ではブルースシーンへの貢献に対する評価も高い女性シンガーソングライター、トレイシー・ネルソンのソロデビュー作『Tracy Nelson』(1974)をご紹介します。

Tracy Nelson (Front)

このレコードのジャケットは、セピア色のトーンで描かれたトレイシーのポートレイト。裏ジャケはトレイシーがワンちゃんと一緒にニッコリと微笑んでいるもので、若々しさが故の魅力溢れるポートレイトになってます(この作品発表当時彼女は27歳)。

ところがアルバムオープニングの「Slow Fall」の歌い出しの第一声を聴くと、そのやや低めの力強いソウルフルなコントラルト・ヴォイスに「おおっ」と呟いてしまう、そんな意外性にいきなりのめり込んでしまう、このアルバムはそういうアルバム、そしてトレイシーはそういう魅力に溢れたシンガーです。

もともとキャリアのスタートが、1964年に当時住んでいたウィスコンシン州マディソンからほど近いシカゴで録音された、アコースティック・ベースのブルース・アルバム『Deep Are The Roots』という作品で、この時のバックには後にブルース界の大御所となるブルースハーピスト、チャーリー・マッスルホワイトがいたというから、最初から筋金入りのブルース・シンガーだったわけです。ただ彼女のキャリアはブルース一辺倒ではなく、60年代後半はサンフランシスコに移ってマザー・アースというカントリー・ロック・バンドを率いてフィルモア・ウェストに出演、ジェファーソン・エアプレインジャニス・ジョプリンと共演したり、1969年にはソロ名義で『Tracy Nelson Country』というカントリーアルバムをリリースしたりと、フォーク・カントリー中心の広いジャンルで活動を続けていました。

その彼女がマザー・アースと袂を分かってリリースした実質的に最初のソロアルバムがこの今回ご紹介する『Tracy Nelson』。プロデューサーにはサイモン&ガーファンクル、ボブ・ディラン、ジョニー・キャッシュらの大ヒットアルバムの数々を手がけた大御所、ボブ・ジョンストンを迎えて、ブルースやR&Bに強いアトランティック・レーベルからリリースしたこのアルバム、トレイシーの本気度みたいなものが感じられるアルバム。

その本気度は、前述の冒頭「Slow Fall」の力強いソウルフルな歌唱からも充分くみ取れるものです。続く「Love Has No Pride」は後にリンダ・ロンシュタットもアルバム『Don’t Cry Now』(1973)でカバーしたことで有名な、エリック・カズリビー・タイタスのペンによるカントリー・ロック・バラードの名曲。ここでもトレイシーメリー・クレイトンストーンズの「ギミー・シェルター」でのミック・ジャガーとのデュエットが有名な黒人女性シンガー)やジム・ギルストラップといった名うてのシンガー達のコーラスをバックに実に堂々としたソウルフルな歌声でこの曲を歌いきってます。

ジョー・コッカーマッド・ドッグ&イングリッシュメンにも参加して、後にキム・カーンズに「Bette Davis Eyes」の大ヒットを提供することになるドナ・ワイスのペンによるカントリー・バラード「Hold An Old Friend’s Hand」は、トレイシーの力強い歌声がゴスペル・シンガーのような風格。スワンプ風味たっぷりのフェンダー・ローズのイントロで、こちらも南部ゴスペル的なたたずまいで情感たっぷりに聴かせる「Rock Me In Your Cradle」でのトレイシーは若き頃のアレサ・フランクリンをちょっと思わせるような存在感も。この曲はプロデューサーのボブの作品。そしてLPでいうとA面ラストを飾るのは、ホーンセクションやバックコーラス隊をバックに、ベイエリアファンク・ナンバー風のアレンジで思いっきりソウルフルに聴かせるディランの「It Takes A Lot To Laugh, It Takes A Train To Cry」のカバーでこれが素晴らしい出来。ホーンアレンジはあのニューオーリンズの大御所、アラン・トゥーサンというのも納得。

後半のスタートは何とカントリーの大御所、ウィリー・ネルソンとのデュエットで、ハーモニー・ボーカルにリンダ・ロンシュタットという豪華な組み合わせでのカントリー・ナンバー「After The Fire Is Gone」。いやいやここでの朗々としたトレイシーのボーカルは明らかにウィリーを圧倒してます。この曲のパフォーマンスが素晴らしかったことは、1975年第17回グラミー賞最優秀カントリー・デュオ/グループ部門でこの曲がノミネートされたことでも明らか。

ビル・ウィザーズの「Lean On Me」のカバーに続いて、黒人女性ブルース・シンガーのアーマ・トーマス1964年の曲「I Wish Someone Would Care」のカバーとここはカバー攻撃ですが、彼女の抜群の歌唱力と声質の力強さからいって、やはり後者のアーマ・トーマスの曲のような、ゆったりとしたゴスペル・バラード風の曲で、より彼女のボーカルの魅力が発揮されている気がします。ちなみにトレイシーは後に1999年第41回グラミー賞最優秀コンテンプラリー・ブルース部門で、そのアーマ、そしてマーシャ・ボールとのトリオでの「Sing It!」がノミネートされることになります。

フェンダー・ローズの音色とバックのホーンセクションがスワンプ風味を盛り上げる「Lay Me Down Easy」に続いて、アルバムラストはトレイシー自らのペンによる、マザー・アース時代の曲のセルフカバー「Down So Low」。この曲もリンダが『風にさらわれた恋 (Hasten Down The Wind)』(1976)でカバーしていましたが、トレイシーのボーカルの魅力が十二分に発揮された、南部の教会で歌われているかのようなこの感動的なゴスペルナンバーでアルバムは幕を閉じます。

Tracy Nelson (Back)

こんなにソウルフルでビックリするくらい魅力的な歌唱パフォーマンス満載で、有名プロデューサーの素晴らしい仕事で作り上げられた作品ですが、残念ながらチャート的には芳しくなく、その後も1980年頃までコンスタントにアルバムを発表するも大きな商業的成功を得ることはできていません。

その後10年以上のブランクの後、1993年にブルーグラス系のレーベル、Rounderからリリースした『In The Here And Now』で復活したトレイシー、その後またコンスタントにアルバムを発表しながら、カントリーやブルースのシーンで活動を続けていて、2013年にはブルース・ミュージック・アウォードで、「ココ・テイラー賞(トラディショナル・ブルースの女性シンガー部門)」にノミネートされるなど、メインストリームの成功には縁がないものの、シーンでの存在感はかなりがっちりと確保しているようです。

このアルバム、他のお宝アルバム同様、ワーナーミュージック・ジャパンさんの「新・名盤探検隊」シリーズで2015年にCD化されてから比較的入手しやすくなっています。寒い気候でほっこりした雰囲気が恋しい今日この頃、トレイシーの熱いソウルフルなボーカルの魅力で暖まってみて下さい。

 <チャートデータ>

ビルボード誌全米アルバムチャート最高位145位(1974.11.2付)


新旧お宝アルバム!#72「Building A Beginning」Jamie Lidell (2016)

2017.1.16.

新旧お宝アルバム #72

Building A BeginningJames Lidell (Jajulin, 2016)

もうすっかり正月気分もどこかに行って忙しい新年をお過ごしの方も多いのでは。ここのところ冷え込みは厳しいものの連日いい天気で、2017年の始まりは気持ちよい限りですが、今週後半にはいよいよトランプ氏のアメリカ大統領就任式が予定されており、そちらについてはドヨーンとした気分の方もこれまた多いのでは察します。ともあれ年も改まって、今年も新しい音、懐かしい音、いろいろご紹介していきますのでよろしくお願いします。

さて今週の「新旧お宝アルバム!」は新しいアルバムご紹介の順番ですが、昨年秋にリリースされた、現在ナッシュヴィル在住、イギリス人のR&B系シンガーソングライター、ジェイミー・リデルの7枚目のアルバムとなる『Building A Beginning』をご紹介します。

Building A Beginning

ジェイミー・リデルという名前をあまり耳にしたことのないリスナーの方も多いと思いますが、彼は90年代の終わり頃に、レディオヘッドらのリミックスの仕事で知られるエレクトロ系のプロデューサー、クリスチャン・ヴォーゲルスーパー・コライダーなるユニットを組み、ちょっと前衛的テクノ・ロック(ケミカル・ブラザーズとかのような)をやったのがキャリアの始まり。ただ、2005年にリリースした2枚目のアルバム『Multiply』からのタイトル曲が、アメリカABCテレビの人気医療ドラマ『Grey’s Anatomy(グレイズ・アナトミー~恋の解剖学)』で使われてその名を知られるようになったのをきっかけに同ユニットから離脱、以来ソロのキャリアを進んでいます。

最初のスーパー・コライダーでの前衛テクノ的スタイルと異なり、彼の基本的スタイルは60年代後半~70年代前半のサザンソウル風のR&Bをベースとした、いわゆる「ブルー・アイド・ソウル」シンガーで、その歌唱スタイルはスティーヴィー・ワンダーオーティス・レディングあたりの強い影響を受けているのがはっきりと分かるものです。

ただしほとんどすべての曲を自作自演、プロデュースするジェイミーのサウンドは、イギリス人らしくエレクトロの要素やヨーロッパのクラブ・ミュージックあたりの影響も伺われ、ジャミロクワイあたりがお好きな向きにはぴったりくるアーティストのように思います。

Jamie Lidell

2008年のアルバム『Jim』では彼本来のR&Bシンガーぶりが炸裂、ポップなフックを持った楽曲が満載のこのアルバムは彼にとって初の(そして現在まで唯一の)全米アルバムチャートイン作品(最高位183位)となりました。その後もヨーロッパでの人気を確保しながら、あのベックとのコラボ曲を含むアルバム『Compass』(2010)、久しぶりに聴いたジャネット・ジャクソンの代表作『Rhythm Nation 1814』(1989)のサウンドに触発されたという前作『Jamie Lidell』(2013)といった作品をコンスタントに発表してきました。

そしてその前作発表の前後に昔からのガールフレンド、リンジー・ロームと結婚してナッシュヴィルに移り住んだジェイミーが、3年ぶりにリリースしたアルバムが、今回ご紹介する『Building A Beginning』です。

真っ赤なジャケットに描かれた暖かいトーンのタンポポの花。前作『Jamie Lidell』のジャケが、ジェイミー自身の顔をコンピュータグラフィックのワイヤフレームで描いた、ある意味無機的なデザインであったのと好対照であり、それはアルバム全体のサウンドに如実に表れています。上記の通り、80年代後半の打ち込みサウンドを主体にした前作とは大きく異なり、今回のアルバムはとてもオーガニックでアコースティックな音を主体にした、とてもポジティヴな感触に満ちている、どちらかというと70年代レトロ的なソウル・アルバムに仕上がっています。

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ちょっとヘナチョコなボーカルで始まっておいおい大丈夫かよ、と思っているとコーラスの部分では紛う方なきスティーヴィー・ワンダーを彷彿とさせる力強いボーカルとメロディでいきなりアルバムへの期待を膨らませてくれるタイトル曲でスタートするアルバムは、軽快なサウンドで終始楽しそうにジェイミーが歌う「Julian」に続いていきます。この曲は昨年1歳の誕生日を迎えたジェイミーリンジーの息子、ジュリアンのことを歌ったもの。この曲も含めて、ジェイミーリンジーはこのアルバム14曲中12曲を共作していて、このアルバム全体を包むポジティヴな雰囲気が、新しい家族というコミュニティをスタートしたジェイミーの充実感から来ていることが如実に分かります。

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ピアノの弾き語りでゆっくりと始まってだんだん盛り上がっていくソウルフルなバラード「I Live To Make You Smile」、ギターとドラムスだけというミニマルなサウンドセッティングで、オーティスの若い時のボーカルスタイルを彷彿させる歌を聴かせる「Me And You」、ちょっとレゲエっぽいシャッフルのリズムでレイドバックなボーカルで愛の喜びを歌う「How Did I Live Before Your Love」、そしてゴスペル風のコーラスをバックに、ジョン・レジェンドかよ!と思うようなソウルフルな歌い回しでアメリカ南部の教会で聖歌隊をバックに歌っているようなイメージを想起させる「Motionless」などなど、このアルバムはそこら中にジェイミーが今人生の充実期の入り口に立っていて、それにを無条件にポジティヴに諸手を広げて受け入れている、そんな感じがひしひしと伝わってくる作品なのです。

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こうした、どの曲も楽曲としてのクオリティが高いアルバムであることを特に実感するのが、アルバム最後の2曲。「Precious Years」はハープの音をバックにジェイミーがソウルフルに歌い、スティーヴィー・ワンダーの『Songs In The Key Of Life』あたりに入っていてもおかしくないという感じの曲ですし、エンディングの「Don’t Let Me Let You Go」は、エレクトロな楽器音を使っていながら、90年代のオーガニック・ソウル・ムーヴメントの頃の楽曲を彷彿とさせ、それでいてドリーミーなサウンドで今のR&B最前線のフランク・オーシャンアンダーソン・パークあたりにもつながるようなスタイルで、終わった後思わずため息が出るような素晴らしいクロージングを演出しています。

Building A Beginning (back)

正直言って前作『Jamie Lidell』は賛否両論で、自分自身も聴いてみてはみたもののちょっと首をかしげざるを得ない内容だっただけに、今回の彼のアルバムの充実度は大変うれしい限り。もともとサウンドの作り込みがうまいだけではなく、ボーカルテクニックも(時々スティーヴィーそのものになっちゃう部分はご愛敬ですが)素晴らしいシンガーであるだけに、今回のように地に足のついた楽曲と組み合わせると、そのパフォーマンスたるや最強です。ナッシュヴィルという今や世界中のあらゆるジャンルのミュージシャン達が集まりつつある環境で、新しい家族に囲まれて作られたことも大きな影響を本作に与えているに間違いないところ。

皆さんも、この心温まるようなサウンドと楽曲、ボーカルを聴かせてくれるジェイミーの新作を聴いて、幸せのお裾分けに預かってみてはいかがでしょうか?

<チャートデータ> チャートインなし


新旧お宝アルバム!#71「Raintown」Deacon Blue (1987)

2017.1.9

新旧お宝アルバム #71

RaintownDeacon Blue (Epic, 1987)

皆さんちょっと遅めですが、明けましておめでとうございます!いよいよ残念なニュースが続いた2016年も終わり、2017年のスタートです。既に仕事に勉強に、活動開始されていることと思います。今年も新旧取り混ぜて、ちょっと素敵な、カッコいい、そしてグルーヴィーな「お宝アルバム」を基本毎週お届けしていきますので、よろしくお付き合いください。

さて今年一発目の「新旧お宝アルバム!」は旧のアルバムのご紹介。今回はMTVとシンセ打ち込みにまみれて多くの音楽が今聴くと古びた感じがしてしまう80年代の音楽群の中で、UKから次々に出てきた米国音楽憧憬系の音楽をやるアーティストたちの一つ、ディーコン・ブルーのメジャーデビューアルバム『Raintown』(1987)をご紹介します。

raintown

1987年というと、ちょうどアナログレコードからCDへと、音楽メディアの主役が大きくシフトした年。洋楽の世界では先頃惜しくも他界したジョージ・マイケルの『Faith』、U2の『ヨシュア・トゥリー』、マイケル・ジャクソンの『BAD』、エディー・マーフィー主演のアクションコメディ映画『ベヴァリーヒルズ・コップ2』やサントラ盤が売れに売れた映画『ダーティ・ダンシング』などが大ヒットした年です。一方80年代前半のデュランデュラン、カルチャー・クラブ、ティアーズ・フォー・フィアーズといったUKのアーティスト達による、いわゆる「第二次ブリティッシュ・インヴェイジョン」が一段落して、音楽シーン全体がどことなく混沌とし始めた時期でもありました。個人的には、生まれて初めてアメリカの地に足を下ろしたのがこの年で、現地で見たものすごいスケールのハートのライヴ(彼らの「Alone」が1位になった年でした)に圧倒されたものです。

そんな状況の中、UKでは上記に挙げたUSでもメインストリームとして聴かれたアーティスト達と比べるとやや地味目の立ち位置やマーケットへのアプローチ手法の異なる、しかしUKアーティスト達に一貫してみられる米国音楽憧憬の姿勢はしっかり持った実力派のバンドがいくつも出始めていました。その中で、当初アンダーグラウンドのブルー・アイド・ソウル・バンドとして実力を重ねていきながら、1986年に「Holding Back The Years」で全米1位を取り、90年代前半にかけてUSでも大ブレイクしたシンプリー・レッドのようなバンドもあり、以前このブログでも取り上げたケイン・ギャングのような通好みの渋めのバンドもあり、このような実力派のバンドが輩出したのが80年代後半のUK音楽シーンの一つの特徴でした。

今日ご紹介するディーコン・ブルーもそうしたバンドの一つ。スコットランドはグラスゴー出身のリッキー・ロスロレイン・マッキントッシュの男女ツインボーカリスト、キーボードのジェイムス・プライム、ギターのグレアム・ケリングそしてドラムスのダギー・ヴァイポンドの5人によって1985年に結成されたバンド(1986年にベースのユーエン・ヴァーナルが加入)。グループ名を見て思わずニヤリとした方も多いでしょうが、あのスティーリー・ダンの名作アルバム『Aja(彩)』(1978)収録の曲のタイトルから取ったグループ名です。

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そのグループ名由来から察せられるように、メンバー達のペンによる楽曲は、R&Bの要素をベースにおいた、繊細なメロディと手堅い演奏と洒脱なアレンジ、そして澄み切ったグラスゴーの町の空を想起させるような映像的な音像による楽曲がほとんど。アメリカのバンドでいうとブルース・ホーンスビー&ザ・レンジあたりを思い出させますが、彼らがR&Bやアメリカ中西部のカントリーの要素を色濃く持ったスタイルであるのに対し、UKのバンドらしくより都会的な(それも地方都市の)雰囲気を感じさせるスタイルの楽曲を聴かせます。

タイトルの『Raintown』とは、ジャケットにも写真が使われている、グラスゴーの町を指しており、冒頭静かにピアノで始まる短い「Born In A Storm」に続いてなだれ込む二曲目のタイトルでもあります。この「Raintown」ではやや陰りのあるメロディとドラマティックなアレンジで、グラスゴーの町で思うような仕事が得られない不満をぶつけるような歌詞がリッキーロレインの絡み合うボーカルで歌われます。

同じく雨とグラスゴーの不景気さがモチーフの「Ragman」に続く「He Looks Like Spencer Tracy Now」は一転して、第二次世界大戦中広島と長崎に原爆を投下したエノラ・ゲイ号が発進したという、太平洋のテニアン島でのエノラ・ゲイ号操縦士の写真を題材として、その操縦士のその後のストーリーを淡々としたメロディに乗って語るという問題作。原爆を投下したハイド氏のような操縦士は、今やスペンサー・トレイシー(アメリカの1940年代の有名なハンサム男優)みたいに見えるが、毎日泣いている、という歌詞がことに日本人の我々の心には強く響きます。

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そして人生は不公平なことばかりだけど、僕は愛を見つけて金持ちの君には分からない答えを得たのさ、とシニカルな歌詞をアップビートなポップなメロディで歌う「Loaded」、愛の申し出を断られるのを待つしかないという切ない歌詞が郷愁感満点のメロディで歌われる「When Will You (Make My Telephone Ring)」で全体的に陰りに満ちたレコードのA面が終わります。

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レコードでいうとB面のスタートは、一転してカントリー・ロックっぽい演奏によるほの明るい曲調で、彼が触れると溶けてしまいそうな女の子の話を歌う「Chocolate Girl」でポジティヴにスタートしますが、失業やより良い状況を夢見るという歌詞の「Dignity」「The Very Thing」でまた陰りに満ちたテーマに戻ります。ただ、曲調はいずれも極めてポップでポジティヴであり、詞の内容に反して軽快で美しいメロディが、正にスティーリー・ダンのひねくれポップの世界を想起させます。

そしておそらくこのアルバムで最もエモーショナルな歌である「Love’s Great Fears」では、破綻しそうな愛を必死でつなぎ止めようとする男女の思いをリックロレインのボーカルが情感たっぷりに表現、曲の後半でその情感を盛り上げるようにゲストのクリス・リアによるスライド・ギターが鳴り響きます。

そしてラストには、アルバムを通じて語られてきた都市生活の不条理に対する怒りをぶつけるかのように「この町が悪いんだ」と訴える「Town To Be Blamed」で映画のエンディングを見るかのような音像の中、アルバムが完結します。

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こう書いてくると何かとても暗い作品のように聞こえるかもしれませんが、再三いうように、楽曲の洗練された音像的表現力や、楽曲のポップさ、メロディの美しさといったものがこのアルバムを一級品のポップ・ロック作品にしていることは間違いありません。

彼らはこの作品のヒットで大きな評価を得た後リリースした『When The World Knows Your Name』(1989)が全英アルバムチャート1位を記録、シングルの「Real Gone Kid」が全英8位に上るヒットとなるなど、更に成功を収めましたが3枚目の『Whatever You Say, Say Nothing』(1993)発表後にドラムスのダギーの脱退を機に1994年に一旦解散。しかし1999年に行った再結成ライヴをきっかけに活動再開。現在もライヴ活動を続けながら、昨年2016年には9作目となる新作『Believers』をリリース、今でもその洗練されたポップ作品をファンに届け続けているようです。

年明け早々寒い日々が続いている2017年ですが、ディーコン・ブルーの都会的なサウンドを楽しみながら、暖かくしてお過ごしください。

 <チャートデータ> 全英アルバムチャート最高位14位(1988.8.13付)


新旧お宝アルバム!#70「This Girl’s In Love (A Bacharach & David Songbook)」Rumer (2016)

2016.12.26.

新旧お宝アルバム #70

This Girl’s In Love (A Bacharach & David Songbook)Rumer (EastWest / Warner Bros., 2016)

さていよいよ今年も押し詰まって最終週になりました。#26のドーズAll Your Favorite Bands』から始まった今年2016年の「新旧お宝アルバム!」もおかげさまで今回を含めて45枚のお宝アルバムをお届けすることができました。拙い文章におつきあい頂き心より感謝すると共に、この「新旧お宝アルバム!」が皆さんが新しい音、今までよく知らなかったアーティストの作品などに触れるきっかけに少しでもつながっていれば望外の喜びです。来週は年末でお休みさせて頂きますが、また1月第一週からまた引き続きお届けしますのでよろしくお願いします。

さて今週の「新旧お宝アルバム!」は年末のほっこりとした気分そのままに、2010年代のカレン・カーペンターとの評判を取る歌姫、ルーマーが直球ど真ん中であのバート・バカラックハル・デイヴィッドのソングライティングコンビの作品に取り組んだ作品『This Girl’s In Love (A Bacharach & David Songbook)』をご紹介します。

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パキスタン生まれのイギリス人女性シンガー、ルーマーことサラ・ジョイスといえば、最近のメインストリーム・ポピュラー・ミュージックを追いかけている音楽ファンの間では、既にその美しい歌声による卓越した歌唱で評判を呼んでいるアーティスト。その歌声のジェントルさと、声域がやや低めのコントラルト・ヴォイスであることから、レコードデビュー当時、同じようなタイプの歌声のカレン・カーペンターに比せられていました。最近の彼女の歌唱はデビュー当初に比べるとややソフトになってカレンとの類似性はやや薄れたものの、安定した情緒満点の歌声は、聴く者の気持ちを落ち着けてくれるそんな素晴らしさがあります。

イギリス人ながら、産業エンジニアの父親の仕事の関係でパキスタンで生まれて5歳まで育ったルーマーは両親の離婚で母親とイギリスに戻った後、ジュディ・ガーランド、アレサ・フランクリン、ジョニ・ミッチェル、トレイシー・チャップマンといった女性シンガー達の歌声に癒やされながら音楽に浸る少女時代を過ごしました。しかし、ルーマーが21歳の時母親が乳がんで余命幾ばくもない時に、実の父親がパキスタン駐在時に使っていたパキスタン人のコックであったという衝撃の事実を知らされ、パキスタンに父を探しに行くのですが、現地到着時にその直前に事故で既に父親が他界していたことを知ります。彼女の歌声が美しいだけでなく、どことなく陰りと寂しさを湛えているように聞こえるのはそうした波瀾万丈の人生を若くして経験したことが大きな影響を与えているように思えます。

自分同様少女時代をアジア(今のバングラデシュ)で過ごした近代女流作家、ルーマー・ゴッデンの名前を頂いたステージ・ネームで20代前半からロンドンを中心に音楽活動を始めたルーマーは2010年にリリースしたデビュー・アルバム『Seasons Of My Soul』が全英3位、全米でも46位に昇るヒットとなり、その関係でバート・バカラックに紹介されたルーマーは彼の自宅に招待されて歌ったのがきっかけで『Rumer Sings Bacharach At Christmas』(2010)をリリース、彼女とバカラックとのつながりはこの時から始まっています。その後トッド・ラングレンギルバート・オサリヴァンなど男性シンガーソングライター曲のカバー作『Boys Don’t Cry』(2012)を発表、数々の名曲をルーマーの解釈で歌うというシンガーとしてのポジションを確立します。

その彼女をより広いオーディエンスに知らしめることになったのが前々作の『Into Colour』(2014)。冒頭の「Dangerous」は彼女には珍しく今風ダンス・ポップ的な楽曲ながら、彼女らしさを存分に聴かせる佳曲で、これが当時日本でも多くFM等でプレイされたことから彼女の名前が静かに音楽ファンの間に知られていくことに。昨年2015年にリリースした、あのフィル・コリンズマリリン・マーティンの1985年の全米No.1ヒット「Separate Lives」を作者のスティーヴン・ビショップとデュエットするなど、魅力ある楽曲選曲と歌唱で、ディオンヌ・ワーウィックリンダ・ロンシュタットといったカバー曲に自分の存在感を吹き込むシンガーの後継者としての実力を発揮した『B Sides & Rarities』を経て、今回、全面的にアメリカン・ソングブックの巨匠コンビ、バート・バカラックハル・デイヴィッドの作品集をリリースしたのです。

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アナログ盤LPですと、緑いっぱいの庭にあるクラシックな感じの長いすに黒いハンサムな犬と物憂げに座るルーマーの姿がとても印象的なこのアルバム、オープニングは数々のバカラック作品のカバーシンガーたちが歌ってきた有名曲「The Look Of Love」で物憂げにゆっくりとスタート。ディオンヌ・ワーウィックが1972年のアルバム『Dionne』で歌っていた「Balance Of Nature」という、バカラック作品としてはあまり知られていない、それでもルーマーのチャーミングな側面を生き生きと聴かせてくれるミディアム・ナンバーに続いて、フィフス・ディメンション1970年の大ヒット曲(全米2位)の「One Less Bell To Answer」がオリジナルのアレンジにほぼ忠実な演奏に乗って歌われます。ルーマーのあくまでもソフトで感情を抑えめに表現する歌声がこのバラードの雰囲気によく合っています。

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アコギのイントロからストリングスをバックにルーマーのコントラルト・ボーカルがこのアルバムの曲では一番カレンを感じさせるのが次の「Are You There (With Another Girl)」。これもディオンヌが1965年のブレイクアウト作『Here I Am』の中で歌った曲で、ブライアン・ウィルソンあたりが書きそうな感じの柔らかい楽曲ながら複雑なコード進行とリズム展開を含む楽曲をルーマーが軽々と歌っています。続く同じくディオンヌが最初1964年に歌い、後にスタイリスティックスがカバーしてヒットさせた「You’ll Never Get To Heaven (If You Break My Heart)」はあの名曲「サンホセへの道(Do You Know The Way To San Jose)」と同様にハル・デイヴィッドのポップソングらしくない歌詞が印象的な歌。

そしてアナログA面最後はバカラック・ナンバーの大定番「(They Long To Be) Close To You」。カレンとの類似性が盛んに言われてきたルーマーですが、ここではカーペンターズのバージョンからぐっとテンポを落として、ピアノとストリングスだけのバックで、どちらかというと1963年に初めて歌った俳優のリチャード・チェンバレンのバージョンに近いアレンジになっています。こうして聴くと、ルーマーの歌唱は楽曲のアレンジがシンプルで音数が抑えられた時にその存在感と表現力を増すように思えます。

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アナログB面は、バカラック・ナンバーを多く取り上げたあのダスティ・スプリングフィールドの名盤『Dusty In Memphis』(1969)で歌われていたのが印象的な「(In The) Land Of Make Believe」でゆっくりスタート。そしてディオンヌの最初のバージョンもさることながら、故ルーサー・ヴァンドロスの名唱で知られる素晴らしいバラード曲「A House Is Not A Home」をルーマーが叙情性満点に、しかし抑えた表現力でゴージャスに歌っているのがこのアルバムでも一二を争う出来。

これもディオンヌの代表曲「Walk On By」とそれに比べるとやや知られていないディオンヌのオリジナルの「The Last One To Be Loved」に続いて演奏されるのは、バカラックハーブ・アルパートのために書いてハーブの初のNo.1ヒット (1968)となった「This Guy’s In Love With You」の女性版「This Girl’s In Love With You」。ここでは何とバカラック自らピアノを弾きながら冒頭部分で渋いボーカルを聴かせてくれるというバージョン。ここでもルーマーのボーカルは伸びやかで、こちらもオリジナルとほぼ同じようなアレンジのトラックをバックに暖かい歌を聴かせてくれます。

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そしてアルバム最後は、おそらく最近の世界情勢や政治的状況に思いを馳せてのことでしょう、バカラックが1965年にジャッキー・デシャノンに提供してトップ10ヒット(最高位7位)になり、その後1971年にベトナム戦争で全米が揺れる中、LAのラジオDJトム・クレイが、キング牧師の演説やケネディキング牧師暗殺のサウンドビットをミックスし、ディオンの「Abraham, Martin & John」とのメドレーで再度全米8位のヒットになった「What The World Needs Now Is Love」。ホルンとストリングスを中心としたオーケストラをバックに荘厳な映画のサントラ盤のように始まるバックに乗って歌うルーマーの歌声はどこか深い哀悼の感じを湛えながら、歌のメッセージ通り、ポジティブなトーンを持ちつつアルバムのエンディングを演出しています。

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このアルバムのプロデュースとほとんどの曲でのピアノとベースは、現在のルーマーのご主人で、その昔バカラックのサウンド・プロデューサーだったロブ・シラクバリが担当し、バカラック・サウンドの意匠を確実に再現しながら、ルーマーの歌を引き立てるサウンドプロダクションに成功しています。タイトル曲でのバカラックの共演の他、ディーン・パークス(g.)といった達者なミュージシャンや、あちこちでふんだんにストリングスやホーンのミニオーケストラを使って完璧なバカラック・サウンドの再現を演出していますが、それを全体締めているのが、名匠アル・シュミットによる録音とエンジニアリング。

おそらくクラシックやジャズにチューニングされたオーディオセットで聴くと更にそのサウンドの重厚さが楽しめるであろうこの作品、皆さんのおうちのシステムでも、年末年始にぴったりな雰囲気が楽しめることと思います。どうか年末年始、このアルバムに耳を傾けながら、心豊かな時を過ごされますように、そして2017年が皆さんに取って、世界にとって、より良い希望に満ちた一年となりますように。

<チャートデータ>

全英アルバムチャート 最高位28位(2016.12.8付)


新旧お宝アルバム!#69「Makings Of A Dream」Crackin’ (1977)

2016.12.19

新旧お宝アルバム #69

Makings Of A DreamCrackin’ (Warner Bros., 1977)

さて2016年も後残り2週間を切って、今週はクリスマス・ウィークということであちこちで忘年会、イベント、クリスマス・パーティなど賑やかな週になりそうですが、食べ過ぎ呑みすぎで体調など崩さないよう、お互いに気を付けましょうね!

さて今週の「新旧お宝アルバム!」、旧のアルバムをご紹介する順番ですが、今回は70年代後半に数枚の都会的なR&B・ファンク・サウンドのクオリティの高いアルバムを出したものの、その後のAORブームに乗ることなく解散してしまった、知る人ぞ知るバンド、クラッキンのセカンド・アルバム『Makings Of A Dream』(1977)をご紹介します。

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クラッキンは、ネブラスカ州オマハ出身のレスター・エイブラムス(kbd., vo.)を中心とした白黒混合の7人組ユニット。レスター自身、両親共にネイティヴ・アメリカンや黒人と白人の混血だったこともあり、非常に多様な文化背景の少年時代を過ごしたレスターは地元のバンドでドラムを叩くように。

60年代後半には後にクラッキンの母体となるバンド、ザ・レス・スミス・ソウル・バンドを率いるレスリー・スミス(vo.)、リック・チュダコフ(b.)、アーノ・ルーカス(vo., perc.)らと合流、その後L.A.カーニヴァルというバンドを経て、70年代半ばに再合流、ピーター・ブネッタ(ds.)、ボブ・ボーディ(g.)、G.T.クリントン(organ, synth.)を加えた7人組のクラッキンをスタートさせました。

クラッキンのサウンドは冒頭にも書いたように、都会的なソフィスティケイトされたR&B・ファンク・サウンド。それに加え、ポップなメロディと達者なコーラス・ワーク、ソウルフルなボーカルで、80年代前後から大きな盛り上がりを見せるAOR(アダルト・オリエンテッド・ロック)の先駆けのような洒脱なサウンドを聴かせます。

このアルバムを聴いて、マイケル・マクドナルドを中心とした後期ドゥービー・ブラザーズを連想する人も多いと思いますが、実はレスタークラッキン解消後そのドゥービーと合流、1979年のグラミー賞レコード・オブ・ジ・イヤー/ソング・オブ・ジ・イヤーの両方を獲得した「What A Fool Believes」のアレンジ、同曲が含まれたアルバムのタイトル・ナンバー「Minute By Minute」をマイケルと共作するなど、この手のサウンドメイカーとしてしっかり活動を続けていたのです。

レスターがそうした成功を収める前のバンド、クラッキンランディ・ニューマンSail Away』(1972)、ライ・クーダーPardise & Lunch』(1974)、ジェイムス・テイラーGorilla』(1975)など数々の名盤を手がけた名プロデューサー、ラス・タイトルマンと組んで制作したのがこのセカンド・アルバム『Makings Of A Dream』です。メンバーをモノクロのトーンでとらえたスタイリッシュなアルバムジャケの写真は、ご存知あのノーマン・シーフによるもの。

アルバム冒頭のレスター作の「Feel Alright」から、タイトなベースとドラムにクラヴィネットとエレピがからみ、そこにレスリーの伸びやかなボーカルが乗って、澄み切った青空に飛び上がって行くような爽快でソウルフルなサウンドが展開、一気にクラッキンの世界に聴く者を引っ張り込んでくれます。リックレスリー作の「Take Me To The Bridge」はコーラス主体のボーカルがこの時代の作品としては新しかったであろう、ややムーディなミディアム・ナンバー。続くレスター作「Beautiful Day」はイントロからクラヴィネットが唸るミディアムなファンク・ナンバー。こちらもレスリー、レスター、アーノの3人がコーラス・ボーカルでクールなファンクネスを演出しています。そしてアルバムA面はレスターが自作自演でウォーキング・シャッフル・リズムの『Silk Degrees』の頃のボズ・スキャッグスあたりがやりそうなポップなR&Bナンバー「I Want To Sing It To You」で中入り。

アルバムB面はエレピ・クラヴィネットとリズム・セクションがフュージョンっぽいリズムを繰り出すレスターのナンバー「Well And Good」でスタート。アーノのボーカルが高めのトーンのメロディをソウルフルに歌います。

続く「Who You Want Me To Be」はリックアーノのペンによるややスロウないわゆる「AORっぽい」佳曲。冒頭の「Feel Alrigt」でもそうでしたが、レスリーの伸びやかなボーカルは黒人にしてはブルー・アイド・ソウル・シンガー的な発声とメロディ回しなのが新鮮でもあり、クラッキンのサウンドを都会的に聴かせている大きな要因のように思います。A面と同様に3曲目はボブのワウ・ギターが活躍し、レスリー、レスター、アーノが交互にボーカルを取り、要所は素晴らしいコーラスで締めるというファンク・ナンバー「What Goes Around Comes Around」。同じくレスターアーノのツイン・ボーカルでカッティング・ギターとリックの跳ねるベースが気持ちのいい「You’re Winning」の後、後にレスターが手がけるドゥービーの「Minute By Minute」を思わせるようなエレピのイントロで始まり、またもやレスター、レスリー、アーノのトリプル・ボーカルがゴージャスな「(There’s A) Better Way」でアルバムは余韻を残して終了します。

この後クラッキンは、後にクリストファー・クロスを手がけてブレイクさせたプロデューサー、マイケル・オマーティアン・プロデュースによるアルバム『Crackin‘』(1977)『Special Touch』(1978)の2枚をリリース、一部の評価は得るものの、商業的な成功にはつながらず、バンドは自然消滅の格好となります。

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しかしレスターがその後ドゥービーと合流したように、リックピーターの二人はその後プロデューサー・チームとして活躍。中でもロビー・デュプリーのデビューアルバムで全米トップ10ヒットの「Steal Away(ふたりだけの夜)」を含む『Robbie Dupree』(1980)、マシュー・ワイルダーの同じく全米トップ10ヒット「Break My Stride(想い出のステップ)」を含む『I Don’t Speak The Language』(1983)、そしてR&Bレジェンド、スモーキー・ロビンソンの6年ぶりの全米トップ10ヒットとなった「Just To See Her」を含む『One Heartbeat』(1987)などなど、80年代を通じてAORシーンの重要なサウンドメイカーの一つとして活躍していたのです。

そしてもう一人のクラッキンの中心人物、レスリーも、80年代を通じてリッキー・リー・ジョーンズ、ロビー・デュプリー、ローレン・ウッド、ビル・ラバウンティ、ライオネル・リッチー、マイケル・ボルトンといったAOR/R&B系のメインストリームのアーティスト達の名盤にセッション・ボーカリストとして参加、他のメンバー同様、確実に80年代のAORシーンを支えていたのです。

このクラッキンというグループとこのアルバムは、その後時代の中に埋もれて忘れ去られていたのですが、90年代渋谷を中心に盛り上がったいわゆる「フリー・ソウル」ムーヴメントで次々にリリースされたオムニバス・アルバムに「Feel Alright」が取り上げられたをきっかけに再評価、昨年にはこのアルバムを含む3枚のアルバムがワーナー・ミュージックさんからSHM-CDでリイシューされるという盛り上がりぶり。

入手しやすくなったこのアルバム、この機会に手に取り、洗練されたクラッキン・サウンドを楽しんでみてはいかがでしょうか?

 <チャートデータ> チャートインなし


新旧お宝アルバム!#68「ArtScience」Robert Glasper Experience (2016)

2016.12.12.

新旧お宝アルバム #68

ArtScienceRobert Glasper Experience (Blue Note, 2016)

12月に入ってもまだ終わらぬ2016年音楽シーンの物故者リスト。先週は何とキング・クリムゾンELP(エマーソン・レイク&パーマー)のボーカリスト・ベーシストで有名なあのグレッグ・レイクがガンで他界するという残念なニュースが飛び込んで来ました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。ELPのうち二人が星になってしまった2016年、残りあと3週間ほどが楽しいニュースで埋め尽くされますように。

さて今週の「新旧お宝アルバム!」は、ここのところたびたび来日もしており(今月後半もブルーノート東京でのライブが予定されています)、精力的にツアーや作品リリースにと活発な活動を行っている、今のアメリカのブラック・ミュージックのある意味最重要人物の一人、ロバート・グラスパーが今年2枚目のリリースとなった新作『ArtScience』をご紹介します。

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すでに熱心なR&Bファンや若いジャズファンの間では確実に高い評価を獲得しているロバート・グラスパー。本来はジャズ・ピアニストですが、ジャズの枠にとらわれず、R&B、ファンク、ヒップホップ、ポップ、ロックといったありとあらゆるメインストリーム大衆音楽の意匠を練り込んで「ロバート・グラスパー・ミュージック」とでも言うべきスタイルを確立しており、若いミュージシャン世代(ロバートはヒューストン出身の今年38歳です)を代表する重要なサウンドメイカーとしてその実力をここ数年いかんなく発揮しています。サックス担当でロバートのサウンドメイキング・パートナーともいうべきケイシー・ベンジャミン、ベースのデリック・ホッジアデル21』(2011) やマックスウェルの『BLACKsummers’night』(2009)への客演で知られるドラムスのクリス・デイヴのカルテットによる「ロバート・グラスパー・エクスペリメント」を率いて次々に意欲作をリリースするロバート、「いまのブラック・ミュージック」を端的に知りたいのであれば彼のレコードを聴くことを強くお勧めします。

その彼の実力が大きく評価されて一般のリスナーに知られることとなったのは2012年のアルバム『Black Radio』。エリカ・バドゥレイラ・ハサウェイ、ビラール、ミュージック・ソウルチャイルドらのネオ・ソウル・シンガー達やルーペ・フィアスコらヒップホップ陣をボーカルに配した様々な黒人音楽のハイブリッド的なサウンドと、デヴィッド・ボウイニルヴァーナ(「Smells Like Teen Spirit」)らのロック楽曲の新鮮なアプローチでのカバーで、その年のグラミー賞最優秀R&Bアルバムを受賞。ドラマーをマーク・コレンバーグに入れ替えリリースした『Black Radio 2』(2013)も同様のスタイル。アルバム部門の受賞は逃したものの、レイラ・ハサウェイマルコム・ジャマール・ウォーナー(80年代のTV人気シリーズ「The Cosby Show」のビル・コズビーの長男シオ役で有名)をフィーチャーしたトラック「Jesus Childern Of America」で見事最優秀トラディショナルR&Bパフォーマンス部門を受賞するなど、この2作でロバート・グラスパーのシーンにおける認知度と評価は急上昇した感があります。

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ロバート・グラスパーの才能とその精力的な活動ぶりは、ニルヴァーナのカバーに象徴されるように、ジャンルにこだわらないところにその独自性があります。

Black Radio」2作リリース後、ロバートは全く異なるメンバーでアコースティック・ジャズ・トリオを構成、メイシー・グレイビラール、ミュージック・ソウルチャイルドらをボーカルに配し、自作のナンバーに加えレディオヘッド、ジョニ・ミッチェル、新進ソウル・シンガーのジェネ・アイコらのナンバーをアコースティック・ジャズで演奏する『Covers』(2015)をリリース。このトリオで2015年のブルーノート・ジャズ・フェスティヴァルで来日した時のパフォーマンスを観ていますが、ウータン・クランのTシャツを着て登場した(笑)ロバートのピアノを中心とした素晴らしい演奏はメインのパット・メセニージェフ・ベック以上に印象的なものでした。

その後2015年のヒップホップ代表作であったケンドリック・ラマーの『To Pimp A Butterfly』へのゲスト参加、ドン・チードル主演のマイルス・デイヴィスの伝記映画『Miles Ahead』(2015)サントラ盤監修と全面参加、そして今年後半にドロップされたコモンの最新作『Black America Again』(2016)への全面参加などその活動範囲とシーンへのインパクトたるや瞠目すべきものがあります。

またロバート自身、今年の5月にはマイルス・デイヴィスの代表曲をロバートのセンスでリミックスしたアルバム『Everything’s Beautiful』を発表、スティーヴィー・ワンダー、エリカ・バドゥ、ハイエイタス・カイヨーテ、ビラールらのR&Bアーティストやジャズ・ギタリストのジョン・スコフィールドをフィーチャーした、マイルスの原曲の数々を大胆に換骨奪胎した作品でシーンを驚かせたばかり。

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そんな中リリースされた本作『ArtScience』。ロバート・グラスパー・エクスペリメント(以下RGE)のカルテットとして発表されたこのアルバム、「Black Radio」路線に立ち戻ったかのように見えるのですが、今回大きく「Black Radio」シリーズと異なることが二つあります。

一つには今回のアルバムでは、これまでの彼の作品のウリの大きな部分でもあった客演ボーカリストが一切フィーチャーされていないこと。ボーカルはすべてロバート及びバンドメンバーの4人が担当して、決してボーカル技術的に卓越しているわけではないものの、相変わらず様々な音楽要素がミックスされたサウンドとも相まって、独特の素晴らしいグルーヴを生み出してます。

もう一つは上記とも関連するのですが、今回は収録楽曲のうち2曲のカバーを除く10曲中9曲がロバートとバンドメンバーの共作になっていること。これまでは客演ボーカルが多彩だったことによって必然的に楽曲はほとんどがロバートと客演アーティストの共作、というパターンだったのですが、このバンドとの共作が今回有機的バンドサウンドの出来上がりに大きな貢献をしているように思えます。

これはある意味今後RGEが独立かつ一体となったユニットとして、よりライヴ活動を展開しやすい形での活動を目指していく、という所信表明のようにも受け取ることができる気がします。実はこれに思い当たるまで今月のブルーノートのライヴに行くのを迷っていたのですが、俄然行かなきゃ!と思った次第。

アルバムは、フリージャズ的なRGEの演奏で始まり、途中「いろいろなスタイルの演奏をトライしてみるので観ていてくれ」というラジオMC的なアナウンスからヒップホップ的なサウンドビーツで彩られ、早くもアルバム全体の音楽的多様性を予感させる「This Is Not Fear」で始まり、同名タイトルのフランク・オーシャンの楽曲を思わせるドリーミーなアトモスフェリックR&B的サウンドにロバートのボーカルが乗る「Thinkin’ About You」。

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80年代ダンスR&Bナンバーと70年代後半のフュージョン・サウンドが合体したようなタイトなリズムと心地よいベースラインの「Day To Day」、メンバーの楽しそうなダイアログを挟んで、ウェザー・リポートの全盛期を思わせるようなシンセの基本リフとハイハットの刻みのリズムに乗ったボコーダーのボーカルを中心に、80年代以降のコンテンポラリー・ジャズ・ロック的な9分超に及ぶハイテンションなナンバー「No One Like You」。

一転してまたオッド・フューチャー的な現代的スロウジャム「You And Me」、そしてロバートの素晴らしいフェンダー・ローズの音色とボコーダー・ボーカルがドリーミーなカタルシスでゴージャスなジャズ・ナンバーとなっている、ハービー・ハンコックのカバー「Tell Me A Bedtime Story」と、ここまでアナログ盤だと最初のAB面に収録の6曲で、このアルバムがこれまで以上に意欲作であるのが如実にわかる楽曲のクオリティの高さです。

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後半はリズム・マシーンの鼓動とシンセの刻むリズムにロバートのエレピが早いテンポで絡む、EDMジャズとでも言うべき「Find You」でスタート。後半スロウな生ピアノの演奏になってフェードアウト後に聞こえてくる、ロバートの息子のライリー君の「警察がもっとより良くなるように努力しよう、本当の意味で我々を助けてくれる警察になるように。銃撃はなしだよ。もし次そんなニュースが耳に入ったら、僕はすごく怒るよ」というモノローグがはっと胸を打ちます。

アコースティックなジャズ・ナンバー「In My Mind」でほっとした後、ケイシーのボコーダー・ボーカルの乗ったちょっとEDM入ったスティーリー・ダン、といった風情のポップ・ナンバー「Hurry Slowly」、ポリスか!と思わずつぶやきたくなるレゲエのギター・リズムが印象的な「Written In Stone」、そして全盛時のEW&Fのバラード風ですが、わざとバックのシンセの音程にゆらぎを出しているのが独特の雰囲気を醸し出す「Let’s Fall In Love」と後半もバラエティ満点の楽曲構成。

しかしアルバム最後であっと思わせるのは何とあのヒューマン・リーグの大ヒット曲「Human」のカバー。この曲もフランク・オーシャンを思わせるオッド・フューチャー的なアレンジと楽器使いとボコーダー・ボーカルで独特のグルーヴを作り出しています。よく考えるとこの曲、あのジャム&ルイスの曲ですから本来R&Bとして考えて然るべきナンバーですよね。

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冒頭でも書きましたが、「いまのブラック・ミュージック」を体験したければ、ロバート・グラスパーのレコード、特に改めてオリジナルのRGEメンバーでタイトに作り込まれ、これからのRGEの方向性を示唆するかのようなこのアルバムをぜひ聴いてみて下さい。

そのサウンドの新鮮さ、多様さ、ポップセンス、そして驚くようなサウンドスケープの展開にきっと満足して頂ける、そんな素晴らしい作品ですので。

<チャートデータ>

ビルボード誌全米アルバム・チャート 最高位129位(2016.10.8付)

同全米R&B/ヒップホップ・アルバム・チャート 最高位5位(2016.10.8付)

同全米ジャズ・アルバム・チャート 最高位1位(2016.10.8付)

同全米コンテンポラリー・ジャズ・アルバム・チャート 最高位1位(2016.10.8~15付)


新旧お宝アルバム!#67「There’s No Place Like America Today」Curtis Mayfield (1975)

2016.12.5

新旧お宝アルバム #67

There’s No Place Like America TodayCurtis Mayfield (Curtom, 1975)

いよいよ2016年も12月に突入。洋楽ファンにとっては年間ランキングの発表やグラミー賞ノミネーションの発表などイベント続きで、いろいろと盛り沢山な日々でしょう。またこの月はクリスマス商戦を見込んでか、いろいろ魅力的な企画盤やボックスセット、また思わぬアーティストの新譜がリリースされる時期。前者の例ではボブ・ディランの1966年の「リアル」ロイヤル・アルバート・ホールのライヴやローリング・ストーンズのブルース・カバー・アルバム、後者の例ではブルーノ・マーズの新譜などがそう。いずれにしても今年も12月は洋楽ファンには楽しくも忙しい月になりそうですね。

さて今週の「新旧お宝アルバム!」は、先日のアメリカ大統領選でトランプが当選して以来、何かと不穏なニュースが絶えない状況を思いながら、約40年ほど前にこれによく似た不穏な状況に対するメッセージとも思える内容でリリースされた、ソウル界のレジェンドの一人、カーティス・メイフィールドのアルバム『There’s No Place Like America Today』(1975)をご紹介します。

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カーティス・メイフィールドという人は、日本では洋楽ファンの間でもかなりのソウルR&Bファン以外には今ひとつ馴染みきれないタイプのアーティストかもしれません。彼は一般的には1972年のブラック・シネマの傑作の一つ『Superfly』の主題歌(全米最高位8位)や、同じ映画からのヒット曲「Freddie’s Dead」(同4位)で知られていますが、60年代に所属していたソウル・グループ、インプレッションズで活躍していた時代から、その独特の都会性とアーシーさを兼ね備えたサウンドメイキングと、「People Get Ready」(ジェフ・ベックロッド・スチュアートのカバーが有名)や「We’re A Winner」など黒人公民権運動を支持する内容のソングライティングで、シーンでは独自の地位を築いてきたシンガーソングライターです。

また彼の歌唱スタイルは主としてファルセットに近い高く細いボーカルによる、メロディ重視というよりもグルーヴ重視のスタイルのものが多く、このあたりがどちらかというとメロディアスでキャッチーなサウンドを好むファンの皆さんの間では今ひとつ支持を得られていない理由の大きなところ。

その彼がちょうど10年にわたってアメリカの経済と人心を揺り動かしたベトナム戦争がようやく終結した1975年にリリースしたこの作品、タイトルからして「今のアメリカほど素晴らしいところはない」と皮肉たっぷりです。アルバムジャケットも、上半分には白人家族が楽しそうに車に乗っているイラストにかぶせるように下半分には食料配給を受け取るための黒人たちの列の写真が配されており、人種貧富間格差は厳然としてあるのだ、という痛烈なメッセージを表しているものです。

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全7曲、すべてカーティスのペンによる楽曲で構成されたこのアルバム、サウンド的には淡々としたほぼ平板なメロディの楽曲が多く、演奏は70年代前半多用されたワウのかかったギターストロークをゆったりとしたグルーヴの、しかししっかりとしたリズムセクションが支えるところに、どちらかというと中音以下の低めのフレーズやオブリガードを奏でるエレピがからみ、そこにカーティスのファルセットっぽいボーカルが切々とメッセージを訴える、と言うスタイルがほとんど。従って明るいホーンセクションもフィーチャーし愛の素晴らしさをストレートに歌った「So In Love」以外はマイナー調の曲で占められ、全体的には何となく黄昏れたイメージが色濃く出ているアルバムなのですが、カーティスのファルセット・ボーカルはこうした一見単調にきこえる楽曲に不思議にポジティブなテンションと輝きを与えています。

楽曲のアレンジ以上に重要なのは歌詞。いきなり通りで撃たれた友人の話でガンコントロールの問題点をえぐる「Billy Jack」、季節が変わるごとに苦しみがまた始まる、と歌う「When Seasons Change」で黒人社会の現実を取り巻く無力感を歌う楽曲に続いて歌われるのは、カーティスの曲の中でも最もポジティヴで明るく、喜びに満ちたトーンで愛の素晴らしさを歌う「So In Love」。一方、ゴスペルバラード風のトラックに乗って、救いを求めるには自分の内なる神に話しかけよ、というカーティスの冒頭のつぶやきに対して、今の世界は自分たちを奴隷のように扱う世界だし、子供達が飢えるのを見るくらいであれば墓に入った方がいい、といったネガティブなカウンターメッセージを突きつける「Jesus」、悩みの尽きない人々のことを歌う「Blue Monday People」、この街では愛など見当たらないと歌う「Hard Times」などやはりアルバムのほとんどはヘヴィな現実を淡々と歌う歌で占められています。

この「Hard Times」は、後にジョン・レジェンドザ・ルーツが、オバマ大統領就任を祝福するコラボ・アルバム『Wake Up!』(2010)発表の際、その冒頭でカバーされていた曲。もちろんこの時はオリジナルのカーティスの曲が歌われた頃とは状況はかなり変わっていたはずですが、根本のところは依然として変わっていない、と言うためのカバーだったのでしょう。

最後の「Love To The People」も、失業や不景気なニュース、食卓には豆料理しか上がらないような厳しい状況を淡々と歌いながらも、自分はあきらめない、救いはないと皆は言うけど人々に愛を与えれば魂は救われるはず、と若干の希望を表明しながらアルバムは終わります。

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トランプの大統領選当選以来、全米各地で伝えられる有色人種や移民系市民に対する差別的な言動や行動がこうした人々の不安をかき立てており、このアルバムから40年経った今でも問題の本質は決して消えてはいないことが改めて明らかになっています。そうした今の状況を思うにつけ、今以上に厳しい状況に直面していたこの時代にこうしたアルバムをリリースしていたカーティスの気持ちに思いを馳せて、改めてこうした差別的な状況について考えるのが、カーティスのメッセージへの正しい反応ではないかと思えます。

近年若い音楽ファン達の一部に「音楽に政治を持ち込むのは反対」といった意見があるようで、今年夏の野外フェスでの演奏の際、政治的なコメントをしたりメッセージを歌に乗せることへの反発がネット上やSMSで多く飛び交ったようです。しかしこれはおかしなことではないでしょうか。音楽に限らず、演劇や文学など芸術的表現活動というのは、その時代時代の政治的・社会的な問題意識と無縁であったことは歴史的に一度もなく、むしろそうした政治的・社会的な問題に対する風刺や批判を、芸術的な形で表現することが存在意義(レゾン・デタール)であったはずです。

カーティスに代表されるR&Bも、サム・クックの「A Change Is Gonna Come」(キング牧師らの黒人公民権運動のアンセム的有名曲)やスティーヴィー・ワンダーの「You Haven’t Done Nothing」(ウォーターゲイト事件で失脚した当時のニクソン大統領を痛烈に批判)を引き合いに出すまでもなくこうした批判精神がその根本ですし、ロックにしてもウッドストック・フェスティヴァルボブ・ディラン、日本の忌野清志郎らの一連の作品に明らかなように、本来反体制的な価値観の新しい音楽表現スタイルであり、その時代時代の社会批判・政治的立場表明のための表現手段であったはずです。

上記の政治嫌いの音楽ファンの皆さんにはどうかそのあたりをもう一度思い出して頂き、このカーティスのアルバムの心に重い、しかし重要なメッセージを乗せた素晴らしいR&Bサウンドを耳を傾けて頂きたいものです。

 <チャートデータ>

ビルボード誌全米アルバム・チャート 最高位120位(1975.7.19付)

同全米ソウル・アルバム・チャート 最高位13位(1975.7.19付)


新旧お宝アルバム!#66「Ology」Gallant (2016)

2016.11.28

新旧お宝アルバム #66

OlogyGallant (Mind Of A Genius / Warner Bros., 2016)

サンクスギヴィング・ホリデーも終わり、世界的にいよいよクリスマスホリデーシーズンへと入っていく今週ですが、先月も最後になってリオン・ラッセルレナード・コーエンという、ある意味60年代後半から70年代にかけての英米の音楽シーンで活躍し、その後80年代以降今日に至るまでの若いアーティスト達に大きな影響を与え続けた二大巨星が逝ってしまうという、ボウイーの衝撃的な他界に始まった2016年を象徴する月となってしまいました。今年もあと一ヶ月。これ以上年末までは残念な知らせが増えないように願いたいものです。

ということで年末に向かう今日この頃、そろそろ自分の年間トップ20アルバムなども選ばなければなりませんが、その中で確実に上位に入ってきそうなのが、今週の「新旧お宝アルバム!」でご紹介する素晴らしいR&Bシンガーのアルバム。その歌唱力があのマックスウェルと並び称される、アメリカはワシントンDC生まれのギャラントことクリストファー・ギャラントのデビュー・アルバム、『Ology』です。

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2010年代に入ってからのR&Bシーンは、これまでの正統派R&B(またはいわゆる「オーガニック・ソウル」)やヒップ・ホップ・ソウル、エレクトロニック・ソウル等々のサブジャンルに加えて、いくつかの新しいスタイルのR&B楽曲、シンガーの登場で更にその多様化を進めてきています。その中の最も顕著な新しいスタイルは、フランク・オーシャンジ・インターネットといったアーティストに代表されるいわゆる「オッド・フューチャー」軍団にゆるーく所属するアーティストたちによる、残響音や幻想的な音響サウンドを多用する、ある曲では幻想的に、ある曲では耽美的に、そしてある曲ではドリーミーな楽曲を展開するスタイルです。昨年や一昨年話題を集めたJ.コールミゲルといったアーティストたちの作風も(ややヒップホップ寄りではありますが)このスタイルにかなり近いものがありますし、今年のフランク・オーシャンの新作『Blonde』、チャンス・ザ・ラッパーの『Coloring Book』、そして先頃来日も果たし、以前にこのコラムでも取り上げたアンダーソン・パークの2枚のアルバムなどもまさしくこのスタイルをベースとした作風で、いずれも2016年の注目作となっています。

このスタイルが、まるで新しいR&Bのスペーシャスな空気を作り出しているように感じられることから、自分は勝手に「アトモスフェリック・ソウル(atmospheric soul、大気のようなソウルの意)」と呼んでいますが、このスタイルのある意味正統派の決定版として登場したのが今日ご紹介するギャラントの『Ology』です。

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ギャラントの歌唱スタイルは、ある意味60年代から脈々と続く正統派R&B・ソウル・シンガーのあるスタイルを愚直に踏襲しています。それはファルセット・ヴォイス。古くからスモーキー・ロビンソン、エディ・ケンドリックス(元テンプテーションズ)、ラッセル・トンプキンスJr.スタイリスティックス)そして最近では惜しくも今年他界してしまったプリンスに至るまで、ファルセット・ヴォイスはR&Bの伝統的な歌唱スタイルの一つ。このアルバムでのギャラントは、アトモスフェリックなサウンドをバックに、その歌唱スタイルを技巧的にも情感的にも存在感たっぷりに駆使して、自作の素晴らしい楽曲の数々を更に素晴らしい出来映えにしています。

映画のオープニングのようにドラマティックなSEで始まる「First」に続く「Talking To Myself」はいきなりこのファルセットが炸裂、スペーシャスなサウンドをバックに早くも感動を演出。「Shotgun」では珍しく基本地声でのボーカルを披露した後、「Bourbon」ではイントロから教会音楽的な遠くから聞こえるコーラスと電子音SEに続いて、80年代のR&Bクラシック、エムトゥーメイの「Juicy Fruits」のシンセベース・リズムトラックを基調にしたフランク・オーシャン的なトラックに乗って、ギャラントのまさにプリンスなどの卓越したボーカリストを彷彿させる歌唱が楽曲の幻想的な盛り上がりを演出。続く「Bone + Tissue」も同じスタイルのトラックですが、こちらはトラックの作りはかなり音数少なく構成されていて、幻想的サウンドとサビでのギャラントのファルセット・ヴォイスが際立つ作り。

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何重にも重ねられた重厚な女性コーラスをフィーチャーした短い「Oh, Universe」に続くのは、間違いなくこのアルバムのハイライトであり、シングルの「Weight In Gold」。90年代のソロテディ・ライリーがプロデュースしたR&Bグループ)のアルバムを思い出させるような、ストリート・ドゥーワップ・コーラスを電子的に再現したらこんな音になるのでは、と思わせる近未来的な感覚と50年代60年代の古いR&Bを思わせるような不思議なイントロから、ギャラントのファルセットが歌い奏でる楽曲は、明らかに構成的にはトラディショナルR&Bの歌曲。それでいて特にサビの部分で一気に宇宙にも届くかのようなカタルシスを与えてくれる素晴らしさ。イギリスの新聞『ザ・ガーディアンス』が評して「これが未来のR&Bのかたちなのであれば未来は限りなく明るい」と書いたのも素直にうなずけるというものです。

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この「Weight In Gold」を境に、アルバムの楽曲の傾向は多様化に向かいます。このアルバムではかなりメインストリーム・ポップ的なメロディの「Episode」は曲調といい、バッキングのギターやコーラスの付け方といい、80年代のUKブルー・アイド・ソウル・グループ達の曲を彷彿とさせ、自分などは前回ここでご紹介したケイン・ギャングの曲を思い出しました。なぜか日本語の「Miyazaki」というタイトルのミディアム曲はまたちょっと幻想的な曲調に戻りますが、歌っている歌詞は90年代R&Bグループ、グルーヴ・セオリーの大ヒット曲「Tell Me」の歌詞をかなり大胆に本歌取りしたもの。スペーシャスなバラードの「Counting」はサビに聞こえてくるヘリウム・ヴォイス的な相の手が楽曲の幻想性を高めていますし、「Percogestic」での90年代UKのアシッド・ソウル的な味わいのトラックに乗って堂々と歌うギャラントの歌唱は、70年代初期の個性的R&Bシンガー、ビル・ウィザーズのイメージが被ります。「Jupiter」「Open Up」とまた幻想的でスペーシャスなナンバーの後、後半のハイライト、やはり最近活躍中の女性R&Bシンガー、ジェネイ・アイコとのデュエット曲「Skipping Stones」がひとつ違った雰囲気を醸し出しています。ここではそれまでのスペーシャスなサウンドは陰を潜め、スタンダードなR&B楽曲アレンジで、地声とファルセットを行ったり来たりするギャラントのボーカル・テクニックとジェネイ嬢とのボーカル・コラボをいかんなく堪能することができます。やっぱギャラントって歌うまいなあ、としみじみ感じます。

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このアルバムに収録された曲は既に2015年くらいから、他のアーティストのツアーのオープニングで歌ったり、アメリカの有名音楽フェス、コーチェラの今年のイベントでも、90年代に「Crazy」(1990年最高位7位)やNo.1ヒットの「Kiss From A Rose」(1994)などのヒットでおなじみのシンガー、シールとデュエットで歌ったりと、様々な局面で歌われてきた曲ばかりなので、楽曲とパフォーマンスの完成度が高いのも当然。

特に「Weight In Gold」は、今年5月にアメリカNBCジミー・ファロン司会『トゥナイト・ショー』で歌った際はその出来の素晴らしさに会場全員がスタンディング・オヴェーションしたというほど。

R&Bの未来の最もメインストリームなところをこれから突っ走るのではないか、と大いに期待できる大物シンガー、ギャラントの華々しくも実力満点のパフォーマンスにあふれたこのアルバム、是非CDショップ等で手に取って見て下さい。年末に向けてのあなたの愛聴盤となることうけあいですから。

<チャートデータ>

ビルボード誌全米R&B/ヒップホップ・アルバム・チャート 最高位39位(2016.4.23付)

同全米R&Bアルバム・チャート 最高位18位(2016.4.23付)


新旧お宝アルバム!#65「Miracle」Kane Gang (1987)

2016.11.14

新旧お宝アルバム #65

MiracleKane Gang (Capitol, 1987)

先週の最大の事件は米国大統領選で大方の予想に反して何とドナルド・トランプが勝利してしまったこと。中流層白人、特にラスト・ベルトと呼ばれる米国東北地域のミシガン、ペンシルヴァニア、ウィスコンシンといった従来民主党支持基盤だったはずの州がこぞってトランプ支持に回ったことが大きかったわけですが、これはここ四半世紀にわたる白人以外の人種についての逆差別の反動だとか、ヒラリー・クリントンの経歴や行動に対して信頼感を置けない層が消去法的にトランプに回ったのだとかいろんな分析がなされていますが、一つ言えるのは、大統領が誰になってもオバマ政権時代に積み重ねてきた弱者保護、外交努力といったものを新しい政権が次のステップに持って行く努力は米国のみならず世界にとって必須であり、それをしない場合は再度国民の審判が下されるだろう、ということ。我々はその間、アメリカの偉大なバリューである、多様性重視や、少数民族や社会的弱者に対して平等に接し、同じ成功機会を与えることの素晴らしさなどが犯されることがないよう見守り、可能なところでしかるべき行動を取っていかねばならないと考えています。

ちょっといきなり堅くなってしまいましたが、今週の「新旧お宝アルバム!」は、気分を変えて今の秋の季節になると聴きたくなるアルバム、ということで、このブログでは珍しいのですが80年代の作品をご紹介します。お届けするのは、このセカンドアルバムの後は自然消滅してしまった格好ですが、USのR&Bへの憧憬をあらわにし、80年代っぽい打ち込みサウンドをベースにしながらも、見事に有機的なポップ・アルバムを作りだしたイギリスの3人組、ケイン・ギャングの『Miracle』です。

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いわゆる全米トップ40ファンの方には、ケイン・ギャングというとこのアルバムからのシングル「Motortown」が1987年に全米36位のヒットとなった一発屋、という印象が強いかもしれません。しかしこのバンドはいろいろな顔を持った優れた楽曲やカバー・バージョンをいろんな形でヒットさせている、ある意味マルチ・ヒット・メイカーでもあったのです。

ケイン・ギャング(グループ名はもちろん、オーソン・ウェルズのあの有名な映画「市民ケーン(Citizen Kane)」から取ったもの)は、イギリス東北部のシーハムという小さな港町の三人の若者、ボーカルのマーティン・ブラマーポール・ウッズ、そしてマルチインストゥルメンタリストのデイヴ・ブルーウィスが1982年に結成、1984年にはメジャーのロンドン・レコードと契約してデビューアルバム『The Bad And Lowdown World Of The Kane Gang』(1985)をリリース、ここからは全英12位まで昇る美しいバラードヒット「Closest Thing To Heaven」と、あのUSゴスペル・ファミリー・グループのステイプルズ・シンガースの「Respect Yourself」(全英21位)がヒットして一躍シーンの注目を集めることに。

そして1987年、セカンドとしてリリースされたのがこの『Miracle』です。

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これもトップ40ファンには名の知られたピート・ウィングフィールド(1975年に「Eighteen With A Bullet」が全米15位のヒット)が、前作同様プロデュースしたこのアルバム、ピートのポップ・プロデュース職人ともいえるサウンドメイキングと、メンバーのペンによるモータウンやノーザン・ソウルの影響を感じさせる優れたポップ・チューンの組み合わせによって、いかにも80年代らしくローランドやヤマハのシンセサイザー音や打ち込みサウンドも多用されていながら、ある曲は哀愁あふれるバラード、またある曲はウキウキするようなR&Bポップ・チューンなどバラエティに富んだ有機的ポップ・アルバムに仕上げられているのです。

何しろA-1がタイトルからしてモータウンへのオマージュたっぷりの「Motortown」。全米で唯一のトップ40ヒットとなったこの曲、イントロのシンセのフレーズとギターのリフの組み合わせからして、思わず楽しくなってしまうポップなナンバー。全面を通じてシンセドラムやシンセのリフがトラックのベースを作っているのですが、不思議に無機的にきこえないところが早くも彼らの真骨頂ですね。ちょっとスティーリー・ダン的なセンスも強く感じる佳曲です。続く「What Time Is It」は、ノーザンソウルっぽいコーラスをバックに、サビの部分でタイトルを歌うあたりなどポップ作品としてかなり質の高さを感じさせるミディアム・ナンバー。

自分の持っているUS盤では、この次にファースト収録の最初のヒット「Closest Thing To Heaven」が入っていて、その後がベースのカッコいいフレーズとラテンっぽい感じのリズムで聞かせる「Looking For Gold」、そしてリズムボックスの使い方がいかにも80年代ブラコン・バラード風でフレディ・ジャクソングレン・ジョーンズとかを思わせる「Take Me To The World」、そして今度はシャーデーブランド・ニュー・ヘヴィーズといったジャジーなグルーヴ満点なフレーズにやたらポップなメロディが乗るというアンマッチが不思議な魅力の「King Street Rain」といったチューンがアルバム中盤を盛り上げます。

ファーストでステイプルズ・シンガースのカバーをやっていたように、このアルバムでも彼らのUSのR&Bへの傾倒をはっきり示すのが、続く「Don’t Look Any Further」。この腹の底に響くようなベースリフが印象的な曲は、テンプテーションズで70年代を通じてリード・ボーカルの一人を務めたデニス・エドワーズの1984年のソロR&Bヒットをほぼ原曲に忠実にカバーしたもの。この曲は90年代に2パック、ジュニアMAFIAといったヒップホップ・アーティスト達がこぞってそのベースラインをサンプリングしまくったという、ブラック・ミュージック・シーンではつとに有名な曲。その曲をケイン・ギャングは見事にカバーしたばかりか、オリジナルよりもビートを強調した彼らのこのバージョンは1988年に全米のダンス・チャートで1位を記録してしまいます。

続く「A Finer Place」は70年代ソウルのフィーリングを色濃く感じさせるミディアム・ナンバーですが、アルバムラス前の「Let’s Get Wet」は、このアルバムで異色の(というのも変ですが)いかにも80年代シンセ打ち込みポップ・ソングというアップナンバーで、他の曲がアメリカンR&Bポップ風に作られているのでこの曲だけ浮いて聞こえてしまいます。

アルバムラストの「Strictly Love (It Ain’t)」はまた全体のトーンに戻り、以前ここでもご紹介した80年代のフォー・トップス(「When She Was My Girl」あたり)の曲を彷彿とさせる、キラキラ・ブラコン・ナンバーでクールダウンする感じで締めくくります。

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個人的には80年代のヤマハやローランドといったシンセの打ち込みで作られたサウンドというのは、よっぽど楽曲やアレンジが良くないと、今聴くとどうしても時代を感じさせてしまうものが多くて正直聴く気がしないものが多いのですが、このアルバムは楽曲の出来もよく、アレンジもそうした打ち込み系サウンドの良いところと悪いところを絶妙にわきまえ、上手にオーガニックな楽器の音やボーカルの厚みで補完しているため、今聴いても全く80年代打ち込みサウンドのチープさを感じないところが素晴らしいところ。

樹々の紅葉が進み、日一日と肌寒くもキリリとした空気が冬への予感を感じさせるこの時期、ケイン・ギャングのこのアルバムはそのソウルっぽいサウンドであなたの体と心をほわっと暖かくしてくれること間違いなし。もしチャンスがあったらApple MusicSpotifyなどで聴いてみて下さい。

 <チャートデータ>

ビルボード誌全米アルバム・チャート 最高位115位(1987.12.26~1988.1.2付)


新旧お宝アルバム!#64「Light Upon The Lake」Whitney (2016)

2016.11.7

新旧お宝アルバム #64

Light Upon The LakeWhitney (Secretly Canadian, 2016)

先週最大の話題は何といっても実に108年ぶりにワールドシリーズチャンピオンとなったMLBのシカゴ・カブス。対戦相手のクリーヴランド・インディアンズに王手をかけられてから何と三連勝で逆転優勝。しかも木曜日の第7戦は8回ツーアウトまでカブスが4点リードしていてこのまま楽に優勝するか、と思いきやインディアンズが驚異の粘りで同点にして、延長10回で決着がついたという正に死闘。長くMLBファンやってますが、おそらくこれまで見た中でも1、2を争うポストシーズンベストゲームでした。シカゴカブスとにかくおめでとう!

ということでその興奮も醒めやらない中、今週の「新旧お宝アルバム!」はそのシカゴ出身のインディー・バンドで、今年リリースしたデビュー・アルバムがその地に足のついた、アメリカーナやR&Bの香りもほんのり漂う秋らしいしなやかなロック・サウンド満載ということでロック・メディアの注目を集めているホイットニーの『Light Upon The Lake』をご紹介します。

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ホイットニーといってもヒューストンじゃござんせん。ホイットニーはギタリストのマックス・カカセックとドラマー&ボーカルのジュリエン・エアリッチのソングライティング・コンビを中心としたリズム・ギターのザイヤッド・アスラー、キーボードのマルコム・ブラウン、ベースのジョサイア・マーシャル、そしてブラス・プレイヤーのウィル・ミラーを含む6人組。

ソングライティング担当の二人が影響受けたアーティストとしてザ・バンドリヴォン・ヘルムとニューオーリンズの大御所、アラン・トゥーサンを挙げていることからも判るように、彼らのサウンドはザ・バンドあたりのフォーク・ロックやアメリカーナ・ロックのスタイルを軸に、シカゴのバンドだけあってブラスを効果的に活かしたソウルやブルーズや、エレクトロ・ポップなどでうまーく味付けをしている、アメリカン・ロック、それも中西部から西のサウンドがお好きな方であればおそらく大変気に入って頂けると思われるもの。

ただそのサウンドとややアンマッチにきこえる一つの大きい特徴はボーカルのジュリエンの不思議な声質。一瞬ファルセットのようにきこえるのですがどうもそうではなく、夢の中で聴いている音楽のボーカルのような、そんな一種独特の魅力を持った声質で、聴いているとまるで催眠術にかけられるかのような感じを持ってしまいます。

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アルバム冒頭は、リヴァーヴを聴かせたエレピのイントロにブラスがかぶさり、アコギのストロークをバックにそのジュリエンの不思議なボーカルが乗って歌われる、物悲しげでありながらオプティミスティックな響きのある「No Woman」でスタート。この曲を聴いていると、80年代から90年代にかけてUKから多く出てきたR&Bテイストのインディー・ロック・バンドを思い出します。続く「The Falls」はがらっと雰囲気を変えて、小気味のいいドラム・フレーズのイントロで始まるアップテンポのナンバー。ここでもブラスが効果的に使われて、ウキウキするようなポップ作品になっています。

Golden Days」はジュリエンのハイノートからの歌い出しの高音催眠ボーカルがその威力を存分に発揮した、こちらはもろにザ・バンドあたりを想起させるアメリカーナ・ロック・ナンバー。曲調がとても郷愁に満ちた、70年代的なオマージュに満ちていながら、その音色と曲のイメージは明らかに今の時代を感じさせます。

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アコギのオブリガード・フレーズが印象的なフォーキッシュな「Dave’s Song」に続いてこちらもCSN&Yあたりの70年代前半のフォーク・ロック・バンド的なイメージ満載のアルバムタイトル・ナンバーでアメリカーナ色はいやが上にも高くなってきます。続く「No Matter Where We Go」は、イントロからエレキとアコギのユニゾンでの力強いストロークで始まる骨太のアメリカーナ・ロックで、この間ご紹介したサン・ヴォルトあたりを彷彿させる曲。曲の力強さとは対照的に、ここでもジュリエンの高音ボーカルが、明らかに別れる直前の恋人達のことを歌っている曲の内容にふさわしい、一種の寂しさと傷つきやすさを表現しています。

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ちょっと変則リズムでスワンプっぽい「On My Own」に続いて、タイトなリズムセクションによるロックなリフをバックに、ニューオーリンズのセカンド・ライン的なホーンによるソロがフィーチャーされるという、このアルバム唯一のインスト曲「Red Moon」で、バンドの音楽性の奥深さを垣間見せます。続く「Polly」はこれぞアメリカーナ、これぞザ・バンド!という感じの佳曲で聴く者の心をわしづかみ。この曲が想起させてくれるのは、広大な原野の中を遠く夕陽の中に去りゆく50年代モデルのオープンカーのシボレーをただたたずんで見送る情景、というもの。高らかに鳴り響くホーンで締められるエンディングなど正に昔の映画のエンディングを見るよう。

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そしてアルバムはこれもやや70年代レトロ的なハッピーなアメリカーナ・ナンバー「Follow」で余韻を残しながら終わりとなります。

全編を通じて、ロック、カントリー、フォーク、R&B、スワンプ・ロックといった、いかにもなアメリカーナの要素をふんだんに持ちながら、とてもビジュアルなイメージを想起させてくれる曲が満載なこのアルバム。インディー音楽誌「ピッチフォーク」誌も「何も新しいことをやっているわけではないが、ホイットニーは今この時代において完璧なサウンドを作り出している。正に正しい時に正しい場所で作品を作っているという他ない」と絶賛しています。

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インディーながら特に新奇をてらわず、自分たちの中から生まれてくる音楽を素直に、肩の力を抜いたある意味レイドバックなサウンドで表現しているホイットニー。同様の作風を続けるウィルコドーズといったバンド共々、今後の活動が気になるグループがまた一つ増えました。この秋、彼らのちょっとレトロで心和むロック・サウンドを聴きながら、ゆったりとした時間を過ごしたいものです。

<チャートデータ>

ビルボード誌ロック・アルバム・チャート最高位28位(2016.6.25付)


新旧お宝アルバム! #63「The Fifth Avenue Band」The Fifth Avenue Band (1969)

2016.10.31

新旧お宝アルバム #63

The Fifth Avenue BandThe Fifth Avenue Band (Reprise, 1969)

このコラムがアップされる頃には既にワールド・シリーズも日本シリーズも結果が出ている頃でしょうか。街はハロウィーンのカボチャで埋め尽くされ、先週くらいから一気に低くなった気温ですっかり晩秋の装いとなってきている中、皆様はいかがお過ごしでしょうか。

今週の「新旧お宝アルバム!」はこうした秋の雰囲気によく合った、懐かしさと甘酸っぱさとオプティミズムに満ちたR&Bやフォーク、ブルース、ジャズといった様々な音楽の香りを漂わせるポップ楽曲満載のアルバム、一部のファンには既に名盤の評判高いザ・フィフス・アヴェニュー・バンドの事実上の唯一のアルバム『The Fifth Avenue Band』(1969)をお届けします。

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このフィフス・アヴェニュー・バンドは、高校の同級生だったピーター・ゴルウェイ(g., vo.)とケニー・アルトマン(g., b.)を中心に1965年に結成、このアルバム制作時のジョン・リンド(vo.)、ジェリー・バーナム(b., フルート)、マレー・ワインストック(kbd.)そしてピート・ヘイウッド(ds.)の5人のラインアップとなったのは1968年で、R&Bやフォーク的な要素をその楽曲スタイルに持ったポップ・ロック・グループ。もっぱらNYのグリニッジ・ヴィレッジを中心に活動していたイースト・コーストのバンドですが、60年代後半当時のヴィレッジというと、有名なライヴ・ハウスのビター・エンドカフェ・ホワ?などで、先日ノーベル文学賞を受賞したディランローラ・ニーロといったフォーク勢のみならず、フランク・ザッパや若きニール・ヤングといったロック系や数々のジャズミュージシャン達が跋扈していた、いわばミュージシャン梁山泊のような場所だったようです。

そんな中で自らのサウンドを模索しながらライヴを重ねていたバンドは、やはりNYベースで、60年代後半独特のポップ・センスで数々のヒットを飛ばしていたラヴィン・スプーンフルの中心メンバー、ザル・ヤノフスキージェリー・イェスターとめぐり逢い、彼らのプロデュースでアルバムを録音することに。当時LAへ拠点を移していたプロデューサーの二人に従い、LAで録音されたのがこのアルバム。

アルバム全体のサウンドはR&B、フォーク、ブルース、ラテン、ジャズなど様々な音楽要素を持ちながら、西海岸での録音によるためか明るい開放的なサウンド。しかしイーストコーストのバンドらしく、都会的なソフィスティケイトされたところもふんだんに持ったサウンドで、プロデューサーの二人の影響もあってか、ラヴィン・スプーンフルっぽいひたすらハッピーなところも持ってるサウンドに仕上がっています。その洗練されたサウンドは、子の作品が1969年に作られたアルバムであることを忘れさせるほど。こうしたサウンドをリリース当時聴いて大きな影響を受けたのが、当時レコードデビュー前だった山下達郎。彼はこのアルバムを、自分の作曲における大きな影響の一つとして公言しているほどです。

アルバムは、どちらかというと当時人気を集めつつあったスワンプ的な楽曲スタイルで、変速リズムを持ったゆったりとしたピーターのペンによるロック・ナンバー「Fast Freight」でスタート。続く「One Way Or The Other」は70年代中盤以降のAORシーンにおいても全く違和感のないほどのシティ・ポップ・ナンバー。しかもここでのジョンのボーカルやコーラスワークは山下達郎のボーカルスタイルや後の作風に酷似していて、達郎は正しくこのアルバムをお手本にしていたことが如実に判ります。

その次の「Good Lady Of Toronto」はまた一気に60年代後半のサウンド(でも当時としてはかなり最先端のサウンド)に戻って、バックにスティールギターを配し、CSN&Yや初期のポコあたりに通じるカントリー・ロック・バラード。続く「Eden Rock」はラテンテーストたっぷりのコンガをバックに、クラシックス・フォーゾンビーズあたりがやりそうな60年代後半然とした、R&Bテイストのポップ・ナンバーです。

キャロル・キングローラ・ニーロあたりのこの時代の優れたシンガーソングライターが書きそうな「Country Time Rhymes」の後は、これまた70年代初頭のウェストコーストロック的な「Calamity Jane」を経て、このアルバムで一番ラヴィン・スプーンフル的なハッピーなポップセンスが炸裂するウキウキするようなミディアム・テンポのナンバー「Nice Folks」。コーラスの付け方がこの時代のクオリティの高いポップナンバー、という感じ満点です。その後も基本的にハッピーなポップ・ナンバーが続き、アルバム最後は本作中唯一ジョンのペンによるピアノを基調としたややマイナー調なメロディが印象的な「Angel」で幕を閉じます。

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このアルバムは、リリース当時(今でもそうですが)日本では非常に知名度は低く、当時聴いていたのは前述の山下達郎を始めとする、当時のツェッペリン最高、ジミヘン最高、クリーム最高、といったような風潮に与しない、CSN&Yを始めとするクオリティの高いポップ・ロックを支持するミュージシャン達を中心とした極めて限られた洋楽ファンだったようです。その後長く歴史の中に埋もれていたこのアルバムに光を当てたのは、80年代AORファンの聖地と言われた南青山のレコード店、パイド・パイパー・ハウスの店長だった長門芳郎氏を中心とした人々。このアルバムはそうした熱心なファンにより、オリジナルリリース30年後の1998年にワーナーミュージック・ジャパンでCD再発されています。そのCDには、バンドのオリジナル・メンバーが日本からのCD再発のオファーを受けてびっくりした、というようなライナーノーツも寄せられていて、日本の熱心なファンがこの歴史に埋もれた名盤を発掘してくれたことには感謝の念を禁じ得ません。

残念ながらこのアルバムは商業的にかなり期待されたものの全く成功とはいえず、当時としてはかなり先進的なサウンドであったにも関わらずそうしたことについての評価も得られず、メンバー失意のうちに1970年にはバンドは解散しています。しかしメンバー達はその後それぞれのフィールドでそれぞれの活躍をしていて、ジョン・リンドは70年代にヴァレリー・カーターハウディ・ムーンを結成して珠玉のアルバムを作った後、80年代以降はEW&Fの「Boogie Wonderland」(1979年全米6位)、マドンナの「Crazy For You」(1985年全米1位)、ヴァネッサ・ウィリアムスの「Save The Best For Last」(1992年全米1位)といった大ヒット曲を次々に書いて成功を収めています。それ以外のメンバーも様々なバンドのバックアップやプロデュースなどでその後も着実にシーンで活動して成功を収めていて、彼らのバンドとしての作品の商業的な不成功が必ずしも彼らのキャリアの失敗になっていないことは素晴らしいことだと思います。

1969年当時としては素晴らしく先進的なポップ・サウンドを実現したと言う意味で素晴らしい功績を成し遂げたこのアルバム、秋の深まる今の時期に改めて楽しむには絶好のアルバムだと思います。お手にとる機会があったら、是非一度耳を傾けてみて下さい。

<チャートデータ>

チャートインなし


新旧お宝アルバム!#62「Just A Little Lovin’」Shelby Lynne (2008)

2016.10.24

新旧お宝アルバム #62

Just A Little Lovin’Shelby Lynne (Lost Highway, 2008)

9月後半から続いていた不順な天候もようやく落ち着き、先週くらいから秋らしい天候の日々が続いていて、音楽鑑賞はもちろんのこと、アウトドアや行楽にももってこいの今日この頃、皆さんもこの秋を満喫していることと思います。

さて、今週の「新旧お宝アルバム!」はここ最近の作品の中からそんな秋の雰囲気をたっぷりと湛えた、この季節しみじみと聴くのに正にうってつけの作品、シェルビー・リンの2008年の作品『Just A Little Lovin’』をご紹介します。

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シェルビー・リンというシンガーは、活動ベースはナッシュヴィルでありながら、常にどちらかというとスタンダードなカントリーと言うよりは、ややロック寄りの、シンガーソングライター的な立ち位置の作品を常に届けてきていて、他のナッシュヴィル系のシンガーとは明らかに異なる「におい」のようなものを持ったアーティスト。

かといってそのロック寄りのスタンスというのは、エミルー・ハリスルシンダ・ウィリアムスといった、ここ最近の一つのメインストリームである「アメリカーナ」というジャンルでくくるにもちょっと躊躇う感じで、どちらかというとUKのインディ・ロックの女性シンガーソングライターあたりと共通するような、そんなクールさ、物事を常に斜に見つめているような、やや闇を抱えているようなところが奇妙な魅力だったりします。

彼女についての有名なエピソードというと、2000年のグラミー賞でメジャー6作目のアルバム『I Am Shelby Lynne』(これも名盤ですが)で新人賞を受賞した時行った「6枚もアルバムを出した私がこの賞を頂いてアカデミーに感謝します」という皮肉な受賞スピーチが記憶にありますが、もう一つ、彼女の作品の闇の部分を説明する話として、アルコール依存で家庭内暴力を繰り返していた父が、シェルビー17歳の時にシンガーだった母親を射殺して自殺するという衝撃的な経験があります。彼女と妹のアリソン(・ムーラー、やはり実力派のカントリー系のシンガーソングライター)はそうした重い経験を経て、今の作品群を生み出していることを考えると、その独特の作風・スタイルも納得のいくところです。

shelbylynne

そのシェルビーにとって10枚目のアルバムとなったこの『Just A Little Lovin’』、ジャケの片隅に「Inspired by Dusty Springfieldダスティ・スプリングフィールドに触発されて)」とあるように、アルバム・コンセプトはシェルビー自身が大変影響を受けたという、60年代に活躍したイギリス人女性ブルー・アイド・ソウル・シンガー、ダスティ・スプリングフィールドの楽曲9曲のカバーで作品を構成する、というもの。

しかもダスティの代表作で名盤とされ、ダスティがテネシー州メンフィスで録音した『Dusty In Memphis』(1969)収録の曲を中心に構成するというもので、アルバムジャケのシェルビーのポーズも『Dusty In Memphis』のオマージュになっている、という徹底ぶり。

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そうしたコンセプトをもとに、ビリー・ジョエルの有名作品のプロデュースで有名なフィル・ラモーンがプロデュース、そしてジャクソン・ブラウンLate For The Sky』(1974)のプロデュースやジャズ系の名盤のエンジニアリングで有名な名匠アル・シュミットのエンジニアリングで作られたこの作品は、とにかくその音像の深さというか、音の世界の広がりが素晴らしい盤です。しかもその音像の中で特にシャウトや声を決して張り上げたりすることなく、淡々と、しかし秘めるエモーションを静かに盛り上げるようなシェルビーのボーカルの素晴らしいこと。

彼女のブレイク作となった『I Am Shelby Lynne』でも彼女の静かなボーカルの裏に重い情念がメラメラと燃えさかっているような鬼気迫る迫力がありましたが、この作品ではその情念を秘めたボーカルが一段昇華されていて、素晴らしいパフォーマンスに仕上がっています。正に一流のサウンドメイカーと独特の才能が有機的な化学反応を起こしたアルバムと言っていい出来になっているのです。

静かなイントロで始まるタイトル曲は、そのコンセプトの元となった『Dusty In Memphis』収録曲で名シンガーソングライター・チームのバリー・マン&シンシア・ワイル夫妻の作品。ダスティのオリジナルはバックにストリングを配したいかにも60年代ポップ・スタンダードですが、シェルビーのバージョンは中西部の音楽パブで、お客がいなくなった後、バンドとシンガーがひっそりとリハーサルをしている、といった風情のとてもミニマルなものながら、既にシェルビーのボーカルは強い存在感を放っています。

バカラック・メロディでディオンヌ・ワーウィックルーサー・ヴァンドロスの名唱でも知られる「Anyone Who Had A Heart」、こちらはエルヴィスのカバーがあまりにも有名で、シェルビーのアカペラのボーカルで始まる「You Don’t Have To Say You Love Me」、そして見事なスローシャッフル・ナンバーにアレンジされた、トップ40ファンにはベイ・シティ・ローラーズのカバーでおなじみの「I Only Want To Be With You」など、そもそもダスティが世に発表してその後有名曲となっていった言わばポップ・スタンダード曲が続きますが、いずれも1曲目同様音数は極端に少なく、ただ控えめな名手ディーン・パークスのギターとドラムス、時々絡むフェンダー・ローズとシェルビーのボーカルが確固たる存在感で響いてきます。

しかしこのアルバムのハイライトは何といってもそれに続く「The Look Of Love」。オリジナルのダスティによるこのバカラック・ナンバーの歌唱もスローですが、さらにその半分くらいにテンポを落として、同様にミニマルなサウンドによる演奏が始まる前に闇の中からむっくりと起き上がるようなシェルビーの歌い出しには、思わず鳥肌が立つような迫力を感じます。

アルバム後半は『Dusty In Memphis』からの「Breakfast In Bed」やランディ・ニューマン作の「I Don’t Want To Hear It Anymore」など、ややテンポを上げた、それでもやはり音数を抑えた演奏をバックの楽曲や、ドブロをフィーチャーしてこのアルバムで一番ナッシュヴィルっぽいアレンジの、トニー・ジョー・ホワイト作「Willie And Laura Mae Jones」、そして本作唯一シェルビー自作によるアコギ弾き語りによるバラード「Pretend」など、前半とやや音像、アレンジを変えながら、アルバム全体の過剰な音のそぎ落とされた音像イメージをキープした楽曲が続きます。

アルバムラストは、またアコギ一本というこのアルバムを象徴するようなシンプルなアレンジで、ヤング・ラスカルズ1967年の大ヒットでダスティが後にカバーした「How Can I Be Sure」をおそらくこのアルバム中最も明るいトーンのシェルビーの歌声で締めくくられます。

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ダスティのカバー・アルバム、というコンセプトはシェルビーが交流のあるバリー・マニローの強いすすめが最後の一押しとなって日の目を見たようなのですが、やはりシェルビー自身の卓越した歌唱とその迫力、そして名匠フィル・ラモーンアル・シュミットによる無駄を極限までそぎ落としたアレンジと音像構築がこの傑作カバー・アルバムを実現できた大きな要素です。

深まり行く秋、できればこのアルバムのアナログ・レコード(最近リイシュー盤で発売されています)に針を落とし、是非ウィスキーかワインでも味わいながらじっくりと、シェルビー・リンの素晴らしいボーカル・パフォーマンスを楽しんでみて下さい。

<チャートデータ>

ビルボード誌全米アルバム・チャート最高位41位(2008.2.16付)


新旧お宝アルバム!#61「Extension Of A Man(愛と自由を求めて)」Donny Hathaway (1973)

2016.10.17

新旧お宝アルバム #61

Extension Of A ManDonny Hathaway (Atco, 1973)

秋も深まり、朝晩が冷え込み始めてしみじみとした音楽が似合う気候になる中、皆様には楽しい洋楽生活を送られてることと思います。

今週の「新旧お宝アルバム!」はR&B・ソウルファンであればよくご存知の、70年代を代表するソウル・シンガー、ダニー・ハサウェイが残した最後のソロ・アルバム『Extension Of A Man(愛と自由を求めて)』(1973)をお届けします。

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1969年頃、ダニーの母校であるワシントンDCのハワード大のルームメイトだったリロイ・ハトソン(後にインプレッションズのボーカリスト)と共作した「The Ghetto」でシングル・デビューしたダニーは、当時「これからの時代を代表するソウル・シンガー」と呼ばれ、ベトナム戦争やキング牧師暗殺(1968)後迷走する黒人公民権運動などの社会的状況を反映した歌詞の「The Ghetto」で一躍ソウル・シーンでの存在感を確実なものにしました。

その後デビューアルバム『Everything Is Everything』(1970)、『Donny Hathaway』(1971)、そしてLAのトルバドゥールとNYのビター・エンドで収録されて、12分にも及ぶ「The Ghetto」のパフォーマンスで歴史に名を残す名盤『Live』(1972)といった素晴らしい作品で、ソウル・ファンのみならず、幅広い音楽ファンの心を掴んだのでした。

その後同じくハワード大のクラスメートだったロバータ・フラックとのデュエットアルバム『Roberta Flack & Donny Hathaway』(1972)からのシングル「You’ve Got A Friend(君の友だち)」(全米最高位29位)と「Where Is The Love(恋人はどこに)」(同5位)が大ヒット、一般ポピュラー音楽ファンの間でもその名が広く知られることに。

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そんな中でリリースされた彼にとって3枚目の(そして最後の)ソロアルバムがこの『Extension Of A Man』でした。

ダニー・ハサウェイの素晴らしさは、とにかくその歌唱力。単に「歌がうまい」というレベルではなく、彼が歌う楽曲はとにかく常にガッチリと彼のもの、ダニーの歌、になっていて、これは彼による数々のカバー曲で如実に判ります。ファースト収録のニーナ・シモンの名唱で有名なブラック賛歌「To Be Young, Gifted And Black」、セカンド収録のレオン・ラッセルの「A Song For You」やホリーズのヒットで有名な「He Ain’t Heavy, He’s My Brother(兄弟の誓い)」などそうした曲は枚挙にいとまがありません。

また彼の書く曲は、ラヴェルドビュッシーが好きで大学在学中もそうしたクラシックの勉強をしていたダニーらしく、美しいメロディと楽曲の構成展開が他の当時のR&Bの楽曲とは一線を画しているところにも大きな特徴があります。彼の楽曲で多用されるフェンダー・ローズは、後にスティーヴィー・ワンダーを始めとする他の70年代ソウル・シンガーソングライター達に多大な影響を与えたことは間違いありません。

そして彼の書く曲の歌詞。「The Ghetto」を始め、いずれも黒人社会を中心としたその時代の社会的スピリチュアリズムに根ざした現実を淡々と歌うもので、これがダニーの歌唱にリアリズムを与え、静かな感動を呼び起こすのです。

このアルバムのオープニングで5分半にわたり壮大なクラシックかミュージカルの組曲を思わせるような展開で「これがソウルのアルバムなの?」と驚かせる「I Love The Lord: He Heard My Cry (Parts 1 & 2)」は正しくダニーの音楽的背景の豊かさと、彼の高いクオリティを目指す音楽性を如実に表しています。

それに続いてアコギのストロークとフェンダー・ローズの音色で始まるSomeday We’ll All Be Free」は正にダニーの社会的スピリチュアリズムを体現するかのような素晴らしいバラード。ダニーの感動的な歌唱によるこの歌は今やブラック・コミュニティでは歴史的な名曲として認知されていて、先週ミネアポリスでスティーヴィー・ワンダー他多数の豪華ラインアップで開催されたプリンス・トリビュート・コンサートでも本編の締めで歌われたほど。

ここからはミディアム・テンポのダニーの楽曲が続くのですが、ダニーの楽曲らしくフェンダー・ローズを全面に配した「Flying Easy」はまるでミュージカルの挿入曲のような、典型的なR&Bと一線を画す洒脱なアレンジとメロディの楽曲。ワウギターのイントロで始まるファンキーなインストゥルメンタル・ナンバー「Valdez In The Country」も、時代があと3年後であればフュージョンの名作と謳われたであろう、ソフィスティケイトなナンバー。この曲は、このアルバムの前年にダニーがプロデュースしたベイエリアのファンク・ロック・グループ、コールド・ブラッド(先日このコラムで『Thriller!』をご紹介しました)のアルバム『First Taste Of Sin』(1972)でもカバーされています。

再度スローにテンポを戻して、シングルにもなったブラッド・スエット&ティアーズの「I Love You More Than You’ll Ever Know」の情感たっぷりのカバーの後、自作のファンキーなスタイルでダニーのシャウトなども聴ける「Come Little Children」、マーヴィン・ゲイの「What’s Going On」を彷彿とさせ、フェンダー・ローズをバックにゆったりと歌う「Love, Love, Love」、そしてまたダニーの社会性がにじみ出た、ややハードエッジでジャズ・ファンク的なアレンジのナンバー「The Slums」と、様々なダニーの歌唱と楽曲演奏が楽しめる展開が続きます。

アルバム最後の二曲はいずれもカバー曲。何とフォーク系のシンガーソングライター、ダニー・オキーフのナンバーをオールドタイム・ミュージック風に聞かせる「Magdalena」、そして後にマーヴィン・ゲイに名曲「I Want You」を提供することになる当時はまだ売り出し中のソングライター、レオン・ウェアのスケールの大きな正統派ソウル・バラード「I Know It’s You」は「Someday We’ll All Be Free」同様聴く者の精神を高揚させるようなカタルシスを持っていて、ブラック・コミュニティでは長く歌い継がれている曲の一つだろうと思います。

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ダニー・ハサウェイが後進達、特にR&Bやヒップホップのアーティスト達に与えた影響は計り知れないものがあり、実の娘であるレイラ・ハサウェイはもちろんのこと、スティーヴィー・ワンダーアリシア・キーズ、ルーサー・ヴァンドロス、ジョン・レジェンド、ジョージ・ベンソン、ディアンジェロ、コモン、ナスといった黒人アーティストはもちろんのこと、ジャスティン・ティンバレイクエイミー・ワインハウスといった多くの白人系R&Bアーティスト達も彼を最大の影響として挙げています。

残念ながら1979年、折しもロバータ・フラックとの2枚目のデュエット・アルバム録音中だったダニーは、NYの滞在中のホテルからの投身自殺で、その短い33年の生涯を閉じています。当時ちょうど共通一次試験(現センター試験)初年度で大学受験の真っ只中だった私は、その少し前に知ったばかりだったダニーの訃報を知り、大きなショックを受けたのをまざまざと覚えています。ちょうど共通一次試験が終わった後の1月14日の新聞で前日の彼の死亡を知ったので、もし試験中に彼の訃報を知っていたら受験失敗していたかもしれない、それほど大きなショックでした。

娘のレイラはこの12月に昨年に続いて来日の予定で今からライヴが楽しみですが、ダニーは亡くなっても彼のレガシーは彼女をはじめ上述のアーティスト達の作品に脈々と生き続けています。改めてそうした大きな影響を今のアーティスト達に残している70年代ソウルの巨人、ダニー・ハサウェイの作品にこの秋触れてみてはいかがでしょうか。

 <チャートデータ>

ビルボード誌全米アルバム・チャート 最高位69位(1973.8.25付)

同全米ソウル・アルバム・チャート 最高位18位(1973.8.25付)



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