[孤高のアーティスト、キャリー・アンダーウッド]
第1回の当コラムでは現代のトップ・スターであるテイラー・スウィフトを取り上げたが、今回は彼女のライヴァルともいうべきキャリー・アンダーウッドにスポットを当ててみたい。
1983年3月10日に米国オクラホマ州で生まれ、幼い頃より教会や地元の様々なイヴェントで歌うようになる。96年、キャピトル・ナッシュヴィルのオーディションを受けたが、当時レーベルが混乱時期だった(社長がジミー・ボーウェンからスコット・ヘンドリックスに交替し、社名も91年に変更されたリバティから再度キャピトル・ナッシュヴィルへ戻される等々)こともあり、契約寸前で白紙撤回される憂き目に遭う。その後大学を卒業し、普通の生活を送っていた彼女だが2005年、FOX-TVの人気オーディション番組『アメリカン・アイドル』のシーズン4に参加、圧倒的な支持を受け見事優勝。同年6月、デビュー・シングル“Inside Your Heaven”は Billboard Hot 100で初登場No.1、アダルト・コンテンポラリー・チャートで第12位、さらにプロモーションをしなかったにもかかわらずカントリー・チャートで第52位に食い込み、カントリー界でのキャリーの期待度の高さをうかがわせた。11月に発表されたデビュー・アルバム“Some Hearts”はThe Billboard 200で初登場第2位、カントリーではNo.1となり、現在までに全米だけで720万枚を超える売り上げを記録。以後“Carnival Ride”(2007年)、“Play On”(2009年)、『ブローン・アウェイ』(2012年)と、発表するアルバムをすべてポップ/カントリー両チャートでNo.1とし、全世界で総計1500万枚というアルバム・セールスを誇る、現代カントリーのスーパースターの一人である。
彼女の場合アルバムもさることながら、シングルの成績が何と言っても凄い。2005年の「ジーザス・テイク・ザ・ホイール」から昨年の「ブローン・アウェイ」まで、15曲中11曲がカントリーNo.1、残り4曲もすべて第2位だ。他にもブラッド・ペイズリーに客演した2011年の“Remind Me”もNo.1となっており、そのヒット率の高さは驚異としか言いようがない。彼女が全米のカントリー・ステーションからいかに信頼されているかを物語っているといえよう。
昨年初めて日本で発売されたキャリーのCD『ブローン・アウェイ』(ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル SICP-3564)だが、期待に違わぬ力作となっている。収録14曲中、第1弾シングルM-1「グッド・ガール」、第3弾シングルM-3「トゥー・ブラック・キャディラック」を含む8曲を、彼女自身が他のソングライターと共作。ソングライターもナッシュヴィルの人気者だけでなく、ロバート・ジョン・“マット”・ラングや、ワンリパブリックのライアン・テダーらが参加。サウンドは「グッド・ガール」に代表されるポップ/ロック路線が中心ながらも、根幹はしっかりとカントリーに根ざした曲が多く、ヴァラエティに富んだ内容となっており、中にはM-12「キューピッズ・ガット・ア・ショットガン」のようなストレートなカントリー・ナンバーもある。なお日本盤にはボーナス・トラックとして過去3作からのシングル4曲が収録されており、またアルバム・ジャケットがモノクロの顔のアップ写真に差し替えられている。
キャリーの場合、歌の内容もストーリーがはっきりとしており、シングルのビデオも短編映画のような作りとなっているものが多い。ビデオでの演技も堂々としたもので、女優としての素質もかなり高い。そしてその素質を生かし、昨年公開の映画『ソウル・サーファー』で銀幕デビューを果たしたところだ。
さて先ほどキャリーのシングルがカントリー・チャートでことごとく大ヒットしていることを書いたが、その一方ポップやアダルト・コンテンポラリーでのチャート成績は、決して悪くはないのだが、今一つ物足りなさを感じる。その原因の一つとなっているのが、シングルのポップ・リミックス・ヴァージョンを制作しないこと。90年代後半のシャナイア・トゥエインの成功をきっかけに、カントリー系アーティストがクロスオーヴァー・ヒットを狙う際にはポップ・リミックス・ヴァージョンを制作するのが当たり前になっていった。しかし、キャリーは決してそれを行わない。昨年12月の“Chicago Tribune”のインタヴューで、彼女は次のように語っている。
「“ビフォア・ヒー・チーツ”、“ブローン・アウェイ”、“カウボーイ・カサノヴァ”といった曲はクロスオーヴァーな成功を収めましたが、あくまであるがままの姿で成功したのです。私はリミックスを認めたことはありません。そんなことをすれば、迷うことになります、“今夜はどちらを演奏すればいいの…カントリー・キャリー、それともポップ・キャリー?”ってね。私はただカントリー・ミュージックを作りたいのです。聞き手がたとえどんな音楽を聴く人でも、親しめるような。」
この潔さは何だろうか。かつてガース・ブルックスはリミックスはおろか、ポップ系ステーションへのプロモーションすら許可しなかった(“Hard Luck Woman”とクリス・ゲインズのプロジェクトを除く)が、キャリーの場合もかなりそれに近いものがある。彼女のようなポップ・カントリー・アーティストならさらなる露出、ファン層の拡大を目指し、リミックスを施して積極的にポップ系ステーションに宣伝をかけるのが常套手段と思われるが、敢えてそれに背を向け、真っ向から直球勝負。もちろん既に売れているから、という強みもあるだろうが、かなり大胆なやり方といわざるを得ない。
今後がまだまだ楽しみなキャリー・アンダーウッド。日本での知名度・人気はこれからだが、ぜひとも注目してほしいアーティストだ。