今この文を読んでいる皆さんは、カントリー・ミュージックと聞いてどのような印象を抱くだろうか? アメリカの広大な大地を馬に乗って駆け抜けるカウボーイの姿。つばの広いハットにブーツ。フィドル(ヴァイオリン)やバンジョー、マンドリン、ペダル・スティール・ギターをフィーチュアした、アコースティックな音楽。いずれも間違ってはいない。しかし、カントリーとはそれだけではない。このコラムで、皆さんにカントリーの良さを少しでも伝えることができれば、と思っている。
去る2012年10月、テイラー・スウィフトの新作アルバム『レッド』が発売された。彼女に関しては説明はほとんど不要だろうが、簡単に触れると1989年12月13日に米国ペンシルヴェニア州で生まれ、リアン・ライムスの影響でカントリー・シンガーを目指すようになる。やがて曲作りを始め2006年、全曲自作/共作のアルバム『テイラー・スウィフト』でデビュー。シングルは次々とヒット、ポップ・チャートへのクロスオーヴァーも手伝って注目が高まり、アルバムはじわじわとチャートを上昇、現在までに全米だけで500万枚を超える売り上げを記録。2008年発表の第2作『フィアレス』は第52回グラミー賞にて主要4部門の一つ、最優秀アルバム賞を受賞、全米だけで650万枚、全世界では860万枚を超える売り上げを記録。2010年発表の第3作『スピーク・ナウ』は全米だけで410万枚、全世界では570万枚を超える売り上げを記録。日本でも2009年6月にようやくデビュー。2010年2月、2011年2月と単独来日公演を実施、その他プロモーション来日もこなし、若い女性を中心に大人気となった。今やジャンルを完全に超越した、世界的なスーパースターである。
さて最新作『レッド』は、テイラーがこれまで組みたいと思っていた人たちと手を組んだアルバムとなっている。まずはポップ系ソングライター/プロデューサーのマックス・マーティンとシェルバック。成果は第1弾シングルとなった「WE ARE NEVER EVER GETTING BACK TOGETHER~私たちは絶対に絶対にヨリを戻したりしない」はじめ3曲のハジけたナンバーで表れた。このシングルだけで「うわっ、遂にテイラーも完全にポップ・シンガーになったか。」と思った人も多いはず。他にもロック・バンド:スノウ・パトロールのゲイリー・ライトボディをフィーチュアした「ザ・ラスト・タイム」ではU2やR.E.M.との仕事で知られるジャックナイフ・リー、テイラーの全米ツアーに前座で出演するシンガー・ソングライター:エド・シーランをフィーチュアした「エヴリシング・ハズ・チェンジド」ではロック系のブッチ・ウォーカー、「トレチャラス」ではアデルとの仕事でも知られるロック・バンド:セミソニックのダン・ウィルソン、「ホーリー・グラウンド」「ザ・ラッキー・ワン」ではカニエ・ウエストやアリシア・キーズを手掛けたジェフ・バスカー、そしてカントリー系ではダン・ハフ等、多彩な顔ぶれのプロデューサーが彼女を支えている。
ポップ色が強まったことで新たにより多くのファンを獲得する一方、従来の彼女のファンの中には眉をひそめる者も少なくない。しかし、カントリー系アーティストがポップ系プロデューサーと組むのは別に目新しいことではない。リアン・ライムスは映画『コヨーテ・アグリー』のサントラ盤に提供した曲でトレヴァー・ホーンと組んだ。シャナイア・トゥエインは93年にロバート・ジョン・マット・ラングと結婚(2010年離婚)、ラングの手掛けた3枚のアルバムは爆発的セールスを記録した。アン・マレーは”Now and Forever (You and Me)”[86年カントリー第1位/ポップ第92位/アダルト・コンテンポラリー第7位]で同郷のデイヴィッド・フォスターと組んだ。エディ・ラビットはRCA移籍初のアルバム”Rabbitt Trax”の5曲をフィル・ラモーンに依頼、うち”A World Without Love”は第1弾シングルとしてヒット[86年カントリー第10位/アダルト・コンテンポラリー第35位]した。グレン・キャンベルは75年の”Rhinestone Cowboy”、76年の”Bloodline”の2枚のアルバムでデニス・ランバート&ブライアン・ポターと組み、大きな成果を上げた。そして何といってもケニー・ロジャース。80年代にライオネル・リッチー、デイヴィッド・フォスター、バリー・ギブ、ジョージ・マーティン、バート・バカラック&キャロル・ベイヤー・セイガー、ジェイ・グレイドン等を迎え、数々の大ヒットを生み出した。
さらに遡れば、50年代末から60年代にかけてナッシュヴィルのトップ・プロデューサーたち__チェット・アトキンス、オーウェン・ブラッドリー、ドン・ロー、ケン・ネルソン、シェルビー・シングルトン等がポップで聞きやすいカントリー、いわゆるナッシュヴィル・サウンドを多数制作、カントリーの裾野を広げた。いつの時代もポップへのクロスオーヴァーは売上増へのカギとなるだけに、多くのアーティストが様々な形で試みてきたが、今回のテイラーもその一環と考えればよいのではないだろうか。とにかく、彼女の作品を好きになった人が、それをきっかけに他のカントリー・アーティストにも興味を持ってくれたら、こんな嬉しいことはない。願わくば、テイラーには次作では今まで組んだことのないカントリー系のシンガー/ソングライター/プロデューサーたちと組み、若いファンにカントリーへの興味をより沸き立たせてもらいたいと思う。