新旧お宝アルバム!#4「The Phosphorescent Blues」Punch Brothers

新旧お宝アルバム #4

The Phosphorescent BluesPunch Brothers (Nonesuch, 2015)

4回目を迎えた「新旧お宝アルバム!」、今回は「新」のアルバム紹介の番。

今日は今年リリースされたばかりの、ニューヨークはブルックリンをベースに活動する名うてのフォーク/ブルーグラス界のミュージシャン達による「プログレッシヴ・カントリーロック・バンド」パンチ・ブラザーズの4作目、「The Phosphorescent Blues」をご紹介します。

Punch Brothers (Front)

第2回のレイク・ストリート・ダイヴに続いて今回紹介するパンチ・ブラザーズも、多くのリスナーの皆さんには初耳の名前でしょう。ましてや「プログレッシヴ・カントリーロック」って何だ?と思われる方も多いと思います。

パンチ・ブラザーズは、2006年に、プログレッシヴ・カントリー・バンドのニッケル・クリークのボーカルでマンドリン奏者のクリス・シーリーと、グラミー賞最優秀ブルーグラスアルバム部門に2013年と今年の2度ノミネートされた達人バンジョー奏者のノーム・ピケルニー、そしてそのノームのアルバムをプロデュースし自らもフィドル奏者として著名なゲイブ・ウィッチャーの3人を核に、ギターのクリス・エルドリッジとベースのグレッグ・ギャリソン(2008年脱退、後任はポール・コワート)を加え結成された5人組です。

彼らのサウンドを一言で表現するのは難しいのですが、ポップ、メインストリームロックやクラシックの要素を持ったプログレッシヴ・ロック的な楽曲をアコースティックな楽器で表現しているバンド、と言えば少しはイメージが掴めるでしょうか。

Punch Brothers Jacket(Open)

 

何しろ彼らの演奏技術と楽曲のクオリティの高さは実際に曲を聴いて頂くのが一番なのですが、アルバム冒頭の「Familiarity」からしていきなり10分以上に及ぶ、三部構成でメロディやリズムが次々に変化する、いわば「ブルーグラスの『ボヘミアン・ラプソディ』」とでも言うべきプログレッシヴ・ロック的な一曲。しかし楽曲の出来が素晴らしいのと、演奏のタイトさで全くその長さを感じさせません。

かと思うと、2曲目の「Julep」や4曲目の「I Blew It Off」などはとてもメロディの親しみやすいポップなナンバーで、「I Blew It Off」なんて「あれ?これ、スーパートランプのヒット曲のカバーだったっけ?」と思ってしまうほどキャッチャーなメロディの曲。

その一方で、ドビュッシーベルガマスク組曲第4番「パスピエ」(「Passepied (Dubussy)」)や20世紀初頭のロシアのピアニスト、スクリャービンの「嬰ハ短調前奏曲」(「Prelude (Scriabin)」)といったクラシック曲や、伝統的フォーク楽曲である「Boll Weevil」といった様々なジャンルの楽曲をマンドリン、フィドル、バンジョー、ギターという楽器構成で自曲のように見事に演奏表現してしまうという、極めて高レベルのミュージシャンシップには思わず圧倒されます。このあたりは、自ら楽器を演奏される方が聴くとより的確に評価頂けるのでは。

Punch Brothers (Insert)

とかくカントリーやブルーグラス、というとコテコテのカントリー&ウェスタン的な楽曲や、カウボーイが出てきそうなサウンドのフィドルやバンジョーの演奏スタイルを思い浮かべる方は多いと思います。

でもこのアルバムは、単に使われている楽器がマンドリンやバンジョーなどである、と言うだけで、楽曲や演奏へのアプローチなどは、70年代ウェストコーストロックやプログレッシヴ・ロック、はたまた初期のフュージョン・ジャズなどを思わせ、こうしたジャンルに親しんだ方なら、このアルバムの音世界にすんなり入れます。

このアルバムにそうした親しみやすさを加えている貢献者は、このアルバムをプロデュースしたTボーン・バーネットでしょう。

Tボーン・バーネットといえば、2009年グラミー賞最優秀アルバム賞を獲得した、ブルーグラスの女王アリソン・クラウスロバート・プラントが組んだルーツ・ロックの名盤「Raising Sand」を始め、ロス・ロボスエルヴィス・コステロなどの代表作を過去手がけた、アメリカン・ルーツ・ロックの分野では定評のあるサウンド・メーカー。彼のプロデュースが、場合によってはコアなブルーグラスの方に行ってしまいそうなサウンドに効果的にメインストリーム的なクオリティを与えています。

このアルバムは既に一部のミュージシャンの方々には高い評価を得ているようで、先日某FM曲で高橋ユキヒロさんが「最近お気に入り」ということでプレイされてましたし、現在NY在住の矢野顕子さんは自称パンチ・ブラザーズの「追っかけ」というくらいこのバンドに惚れ込んでおられるようで、特に「ライブで彼らが音を一つでも外したのを聴いたことがない」というくらい、ミュージシャンとしてのレベルの高さを評価しておられるようです。

Punch Brothers (back)

ミュージシャンでなくとも、このアルバム冒頭の「Familiarity」の壮大な組曲的な楽曲を聴いて頂ければ、伝統的な楽器と演奏スタイルでこんなにコンテンポラリーで、ロックして、映画音楽のようにイメージを掻き立てる表現ができるのかとちょっとした高揚感を経験できると思います。

第1回で取り上げたジャクソン・ブラウンの「Late For The Sky」同様、ベルギーの抽象画家ルネ・マグリットの作品(1928年の「恋人たち」)を印象的に使ったアルバム・ジャケットもこのアルバムが特別であることを感じさせてくれます。

ひとつカントリーやブルーグラスとかへの先入観を押入れにしまって、パンチ・ブラザーズのユニークで耳に楽しいアルバムを経験してみてはいかがでしょうか。

<チャートデータ>

ビルボード誌全米アルバムチャート最高位37位(2015.2.14)

同全米ロック・アルバム・チャート最高位9位(2015.2.14)

同全米ブルーグラス・アルバム・チャート最高位1位(2015.2.14〜2.21)