新旧お宝アルバム!#169「Canyons」Young Gun Silver Fox (2020)

お知らせ

2020.3.16

「新旧お宝アルバム !」#169

CanyonsYoung Gun Silver Fox (Légere Recordings, 2020)

この週末、土曜日は寒い雪空でしたが日曜日はカラッと清々しい快晴。天気はそろそろ春本番に向かっているのに、相変わらずコロナ感染拡大懸念でなかなか外に飛び出していくのが気分的に憚られてしまう今日この頃ですが、ここは何とか音楽の力で気分はポジティヴに行きたいものです。

今日はそんな思いをこめて、ここ数年ブルー・アイド・ソウルやAORファン、特に70年代の頃からのそうしたジャンルの音楽ファンの間で静かに評判を呼んでいた、UK発のウェストコースト・ブルーアイド・ソウル・デュオ、ヤング・ガン・シルヴァー・フォックスから届いたピカピカの新譜、『Canyon』(2020)をご紹介します。

最初に断っておきますが、今回ご紹介するヤング・ガン・シルヴァー・フォックス(YGSF)、今のバンドではありますが、最先端の音楽メディアであるピッチフォーク誌ペイスト誌とかで取り上げられる、いわゆるオルタナティヴ・ロックだとか、インディ・ロックだとかいった「2020年代最先端の音」をやるバンドではありません。むしろ、70後半~80年代にかけて当時の洋楽ファンに人気を呼んだ、後期ドゥービー・ブラザーズネッド・ドヒニーといったAORや、初期のホール&オーツ(『Private Eyes』とか以前です)や『Silk Degrees』の頃のボズ・スキャッグス、ボビー・コールドウェル、更にはシンプリー・レッドといったブルー・アイド・ソウル・シンガー達が好きだった、今はアラ還のあなた!あなたのような洋楽ファンに間違いなくお勧めのサウンドを聴かせてくれるバンドなのです。あ、もちろん楽曲クオリティもしっかりしてるし、歌も演奏も達者なバンドなので、若い洋楽ファンにもきっと新鮮に楽しんでもらえるとは思いますが。

そもそもこうしたAOR/ブルー・アイド・ソウルというジャンルはその昔から今に至るまで実は途切れることなく、常に生き延びて来たジャンルなんです。上に上げたアーティスト達の後、90年代、2000年代、2010年代にも実はちゃんとこうした系譜を受け継いでいるアーティストはいた訳で。90年代だとリサ・スタンスフィールドジャミロクアイとか、最近ですと、ここのところタキシードというデュオでもっぱら80年代ブギー・サウンドをやってるメイヤー・ホーソーンとか、この「新旧お宝アルバム!」でも以前取り上げたイギリス人のジェイミー・リデルとか、一昨年一部で人気を呼んだやはりUKのトム・ミッシュとかはその典型的な連中。ある意味ジョン・メイヤーとかも同じ系譜のアーティストと言っていいかもしれません。彼、一時期あのフランク・オーシャンのバックでギター弾いてたりしてましたし。

でもこのYGSFが特筆すべきなのは、こうした「アメリカン仕様」な音をやってるのがUKのバンドであること、そしてそのAOR/ブルー・アイド・ソウルのやり方がいい意味でも悪い意味でも「ベタ」なのです。いい意味というのは「この手の音の好きな人にとってはたまらないくらい、70年代後半~80年代の『あの』サウンドを再現している」ということですし、悪い意味というのは「まんま『あの』サウンドを再現しているので、聴いてて『2020年にこんな音聴いてていいんだろうか?』と後ろめたくなってしまう(笑)」ということ。それくらい、この手の音の好きな方にはど真ん中なんです。ほら、そこのアラ還AORファンのあなた。さっそく聴きたくなったでしょう(笑)。

YGSFは、2000年代にママズ・ガンというこれもやはりバリバリのUKブルー・アイド・ソウル・バンドのボーカルだった、香港生まれのアンディ・プラッツ(「ヤング・ガン」)と、2000年代にLAからロンドンにベースを移して、様々な映画やTV番組の音楽制作の傍ら、スタジオミュージシャンとして、そして自らもバンドを組んで活動していたカンザス州ウィチタ出身のショーン・リー(「シルヴァー・フォックス」、プラチナブロンドの長髪の方)によるデュオ。2015年にリリースされた1作目『West End Coast』(ロンドンのミュージカル街、ウェスト・エンドとUSのウェスト・コーストを引っかけたタイトル)が、その「カリフォルニアの青い空」のようなスコーンと抜けたAORサウンドで、AORフリーク達の間で注目を浴びたのをきっかけに、2018年リリースの2枚目『AM Wave』も同様の路線で特に日本のシニアなAOR好きの間で更にファンを拡大。直後にビルボード・ライブ東京に初来日し、アンディの伸びのあるボーカルと、ショーンとツアー・バンドのリズム隊がバックを固める手堅い演奏で、その実力のほどを見せてくれたのでした。

そして、今年、2年ぶりの新譜『Canyon』をリリース。このアルバムも、従来からのYGSFファンの期待を裏切らない、80年代のアメリカ西海岸音楽シーンを想起させるAOR/ブルー・アイド・ソウルの世界を展開してくれています。

アンニュイな感じながら後乗りのビートの効いたいかにも80年代AOR的なオープニングの「Kids」から、エレピなどのキーの使い方や、3声か4声のコーラスが見事に美しい感じがやはりあの時代を彷彿させる「Who Needs Words」や「Baby Girl」、アース・ウィンド&ファイヤを思わせるホーン/セクションの使い方が彼らとしては新鮮なメロウ・ファンク・ナンバー「Dream Woman」、イントロが山下達郎の初期の楽曲を彷彿させ「東京に着陸して新しい場所に来たけど、ここもまた本当にいたい場所からは遠い場所」と、日本のシティポップへのオマージュとも取れそうな「Long Distance Love Affair」などなど、最後のピアノ弾き語りによるバラードの「All This Love」まで、あくまで爽やかで、ソウルフルで、そして甘酸っぱい楽曲が次々に繰り出されます。

しばらく前から日本のシティ・ポップが海外の音楽ファンの間でも加熱気味で、達郎さんや竹内まりあさんのレコードが高値で販売されるようになった、ということがあったり、今回のYGSFみたいなサウンドを総称して「ヨット・ロック」なる言葉が生まれたりと、ここ最近、この種のサウンドについていろんな意味での注目度が高くなっています。そういう意味では、YGSFのようなサウンドはある意味タイムリーとも言え、これまでどちらかというと「知る人ぞ知る」的バンドだったのから、ひょっとするとこの3枚目でぐっと人気が出るかも知れません。

もちろん最初にも断ったように、彼らのサウンドは何か斬新で最先端なことをしている訳ではないので、そうしたサウンドを好む方には物足りない部分もあるかもしれません。ただ、このブルー・アイド・ソウルというスタイルはある意味ロックの歴史の根幹の一つといってもいい訳で、古くはビートルズストーンズなどの、特にUKのミュージシャン達のスタイルは、黒人音楽のスタイルを消化して自らのサウンドを造っていたという意味ではブルー・アイド・ソウルなんですよね。この傾向が特にUKのミュージシャンに顕著にみられるのも、YGSFがこうしたスタイルの系譜を受け継いでいるバンドであることの証左といってもいいでしょう。

ともあれ、これから桜の季節になって、コロナもあって例年ほどの賑わいにはなりづらいでしょうが、少なくとも気分が華やぐ季節になっていく中、YGSFのサウンドはうってつけ。自分もせいぜいこの春のサウンドトラックとして、このレコードを存分に楽しみたいと思います。

<チャートデータ> チャートイン(まだ)せず