新旧お宝アルバム!#16「Pageant Material」Kacey Musgraves

新旧お宝アルバム #16

Pageant MaterialKacey Musgraves (Mercury Nashville, 2015)

秋真っ盛りに突入している今日この頃。これから年末にかけて話題の新作リリースが目白押しになる時期、楽しみですね。さて今週の「新旧お宝アルバム!」は「新」のお宝アルバムとして、今のナッシュヴィル音楽シーンの中でも新しいスタイルのカントリー系アーティストを代表する女性シンガーソングライター、ケイシー・マスグレイヴスの今年リリースのメジャー2作目『Pageant Material』をご紹介します。

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ケイシー・マスグレイヴスという名前はまだまだ日本では耳慣れないと思いますが、彼女は数年前からカントリー関係のみならず音楽メディア全般の注目を集めていて、昨年の第56回グラミー賞では新人部門にノミネート、メジャーデビュー作となった前作『Same Trailer Different Park』(2013)はティム・マグローテイラー・スウィフトの『Red』など錚々たる面々を押さえて最優秀カントリーアルバムを受賞。またソングライターとしても最優秀カントリー・ソング部門ミランダ・ランバートの「Mama’s Broken Heart」と自身の「Merry Go ‘Round」がノミネートされ、後者が受賞するという華々しいブレイクぶりを見せています。

彼女の書く曲は基本的にメインストリーム・ポップまたはフォーク・ミュージック寄りのカントリー・ポップで、多くは親しみやすくキャッチーなメロディの曲です。ただその歌詞の内容は、前作収録の「Follow Your Arrow」「Merry Go ‘Round」などに見られるように、アメリカの中道保守的な価値観を受け入れず自分の信念に従って生きる重要さを歌ったものや、同性愛に対する率直な肯定やマリファナ嗜好についての歌など、それまでのカントリー界の常識を覆すものが多いことから、ローリング・ストーン誌などロック系音楽誌の支持も広く集めています。

また2013年末にはケイティー・ペリーの北米ツアーに参加するなど、カントリー界に囚われない活動の広さで様々なリスナーを獲得している模様。

そんな彼女が前作から2年、満を持してリリースしたのが今回の『Pageant Material』。ジャケ写でケイシー自らがジュエルを散りばめたティアラを付けて扮しているように、「(Beauty) Pageant」というのは「(ビューティ)コンテスト」という意味。


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で、4曲めに入っているタイトル曲はシャッフル調のテンポのいいフォーク・ポップですが、歌詞の内容は前作同様、こんな風にケイシー・ワールド炸裂です(笑)。

「南部で育つ女の子の常識ってもんがどうもあるらしい
あたしはだいたい常識で行動しようとするんだけど
いつも言っちゃいけないことを言っちゃって恥かいちゃうの
もしあたしが町中の人の前でハイヒール履いてキャットウォークを歩かなきゃいけないならきっと転んじゃうわ
そしてあたしがビューティ・コンテストに出るようなタイプじゃないって
ママも気が付いて泣いちゃうわね

あたしはいつも普通の子と違う考えみたい
世界平和を気にしてないわけじゃないけど
ステージの上で水着着ても世界平和に貢献できるような気がしない
あたしは「隣の気のいい娘さん」じゃないし
時には考える前に喋っちゃって、取り繕おうとするけどだめ
自分を偽って勝つよりは、自分自身でいて負ける方がまし」

6曲目でシングル・カットされた「Biscuit」も同じように軽快なカントリー・ポップで、前作収録の「Follow Your Arrow」と同じようなメッセージを歌っています。

「完全な人なんていない みんな打ちのめされたこともあるし嘘もつく
大体の人は不倫してるし そうでない人もチャンスを狙ってるはず
一番尊い立場にいる人でも時には堕ちることもある
私達って誰でも何か人に言えない秘密をかかえてるわよね

だから世間なんて気にしないで自分の畑を耕して自分の子供を育てたら?
何か煙を吸いたければ吸えばいいし 自分の好きな花を育てればいい
自分の家の塀はちゃんと直して 自分のクレイジーな考えには責任持って
自分の日々の生活だけ気にしてれば人生なんてそんなに大変じゃない」

[youtube]https://youtu.be/nGIUtLO_x8g[/youtube]

Mind your own biscuits and life will be gravy」というこの歌の最後のラインは、biscuits(スコーン風の南部特有のパン)を日々の生活に例え、グレイヴィー・ソースと言う意味と「簡単」という意味の俗語であるgravyを一緒に使った、いわゆるダブル・ミーニングです。この辺りは日本人の私達だとなかなかピンと来ないところですが、こういう当たりも欧米で広いリスナー層にケイシーが受けている要素なんでしょう。

もちろん英語が得意でなく歌詞はよく判らない、という方でも、オープニングのノスタルジックでキャッチーなナンバー「High Time」からテイラー・スウィフトなどと共通する典型的なフォーク・シンガーソングライター的ポップ・チューン「Late To The Party」、70年代ウェストコースト系のポップ・チューン「Somebody To Love」など、アルバム全体とても聴きやすい楽曲満載。スティール・ギターやバンジョーなどのカントリー楽器の使い方も程よいので、それこそテイラーの『RED』までのアルバムが楽しめる方であれば、充分ポップ・アルバムとして聴けるクオリティ高い出来上がりになっています。何よりも彼女の歌声が耳に心地よく、彼女との共同プロデューサーであり、最近の若手カントリーアーティストでの仕事で頭角を表しているシェイン・マクアナリールーク・レアードによるアルバム作りも手堅いものです。

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古い価値観にとらわれることなく、自分たちの信じるところに従って生きれば人生を楽しくやれる、とポップな楽曲に乗せて歌うケイシー。一方でこのアルバムの最後に収録された隠しトラック「Are You Sure」ではこの曲の作者でカントリー界の大御所、ウィリー・ネルソンとデュエットするなど、先達へのリスペクトは怠っていません。彼女が活躍できるのも、先達の努力があるからだということも充分判っているようです。

日本ではなかなかカントリーは売れない、という固定観念は残念ながら今もレコード業界に多いようで、あのテイラーですら日本でティーン雑誌がその楽曲の歌詞やメッセージが同世代の共感を呼ぶということで取り上げて人気が出てやっと日本発売となった経緯があります。ケイシーテイラー同様、その楽曲のポップ性、歌詞のメッセージが若い世代に共感を呼ぶと思うので、是非日本発売をお願いしたいのですが、現在は輸入盤のみで入手可能のようです。

来年のグラミーでも多くのノミネートが期待されるなど、これからのアメリカ音楽シーンの一角を担っていくアーティストの一人となることは間違いないケイシーの歌を、深まり行く秋の中で楽しんでみてはいかがでしょうか。

<チャートデータ>

ビルボード誌全米アルバム・チャート 最高位3位(2014.7.11
同全米カントリー・アルバム・チャート 最高位1位(2015.7.11)