新旧お宝アルバム!#6「Aquarius」Tinashe

新旧お宝アルバム #6

AquariusTinashe (RCA, 2014)

第6回目の「新旧お宝アルバム!」、「新」のアルバム紹介の番の今回は、R&B ・ヒップホップ界の大型新人として今全米の若いヒップ・ホップ・ファンの間では既に人気上昇中、しかしそんじょそこらのヒップホップ・シンガーと一線を画してその作曲・プロデュース能力にも非凡なものを見せる、ケンタッキー州出身、若干22歳の歌姫ティナシェの、昨年のメジャーデビュー作「アクエリアス」をご紹介します。

Tinashe (Front)

ここまで読まれて、R&Bはともかくヒップホップと聴いて「ちょっと…」とドン引きしてしまった40代以上の洋楽ファンの方、ちょっと待った。やたらやかましいベース音とか、「ビッチ」とか「マザファッカ」とか口走るダミ声のラップとか、そういうイメージを連想されたとすると、ティナシェの音楽はかなりそれとは趣が違うのです。

むしろ彼女はシンガーとしてはジャネット・ジャクソンアーリアといったあたりの系譜を受け継ぐ、とても美しい歌声を持つ80年代以降のメインストリーム王道系の今風R&Bボーカリスト。しかも全ての曲に自ら作詞作曲でからむシンガーソングライターでもあります。

また、このアルバムのサウンドは、ほとんど全てがアンビエント系R&B、とでもいいますか、強烈なビートはあまり聴かれず、むしろムーディでやや翳りをおびながら、端々に希望と明るさも感じさせる、よく出来た映画のサウンドトラックのようなある意味静謐なサウンドで埋め尽くされているのです。

こうした各曲のサウンドは、DJマスタード、Boi-1da、ディテールといった今のR&B・ヒップホップ界を代表するサウンドメイカーたちのプロデュースによってはいますが、各曲をつなぐインタールード(曲間の短いトラック)はほとんど全てティナシェ自身のプロデュースによるもので、このアルバム全体のコンセプトとプロデュースのコントロールは、実はティナシェ自身であることが判ります(実際、このアルバムのエグゼクティブ・プロデューサーはティナシェ自身と彼女のマネージャーのマイク・ナザロです)。

Tinashe (Insert 1)Tinashe (Insert 2)

実際、収録されている楽曲もいずれもサウンドプロダクションとティナシェのパフォーマンスレベルの高いものが目白押しです。

冒頭、夢の世界のサントラのようなゆったりとしたトラックに乗ってただひたすらティナシェがタイトルをつぶやく「Aquarius」、アルバム中一番「ヒップホップらしい」ビートで、実際シングルとして今人気急上昇中のラッパー、スクールボーイQをフィーチャーして彼女初の全米トップ40ヒットとなった「2 On」、懐かしいアル・B・シュア!の往年のR&Bヒット「Night And Day」のフレーズがモチーフに使われてジワリと盛り上がる「How Many Times」、空の彼方から時折漏れ聞こえてくる天女のつぶやきのように始まり、ミニマルなシンセ・ドラムとシンセ・ループだけをバックに歌うティナシェの歌声がとても幻想的、かつとてもセクシーな「Pretend」(フィーチャーされたエイサップ・ロッキーのラップも無駄にエッジが立ってなく、とても落ち着いたグルーヴです)などなど。

現在最新シングルとして今月公式PVがリリースされたばかりの「All Hands On Deck」などは「2 On」のノリに近い、この中ではどちらかというとより普通っぽいヒップホップR&B(ということはそのジャンルのコアリスナーに受ける、ということですが)ですが、こちらにしても何となく抑制されたグルーヴのようなものを感じさせる、他のアーティストとはやはり一線を画す楽曲です。

[youtube]https://youtu.be/kxUdFQ6N_OI[/youtube]

このようにティナシェの楽曲スタイルが個性的なのは、このデビューアルバム発表の前に、彼女は既に自主制作でミックステープ(アーティストがレコードレーベルを通さず、インターネットサイト等で往々にして無料で自分が制作した楽曲集を発表するもの)を既に3本リリースしており、これらの中で既にこうしたスタイルが確立していたからと思われます。

ネット上で評判を集めたこの3本(2012年の「In Case We Die」と「Reverie」、2013年「Black Water」)がメジャーのRCAとの契約のきっかけだったわけですが、このアルバムがヒットした後も、彼女は自宅寝室のスタジオで4本目のミックステープ「Amethyst」を作成、今年3月に自分のサイトで無料公開しています。

つまり彼女はレーベルのプロモーションに乗って活動する一般的なアーティストと異なり、作品のクリエイティブ・コントロールや自分のアーティスト・デベロップメントも含め、自分の意思でキャリアを創りだそうとしている、極めて新しいタイプのアーティストということが言えます。

Tinashe (Back)

ジンバブエ出身の父親とヨーロッパ系移民子孫の母親という、文化的にも多様なバックグラウンドを持つ彼女(本名:ティナシェ・カチングウェ)は、写真を見てお分かりのように、歌やサウンドプロデュースの才能だけでなく、その美貌とスタイル、そしてダンスのスキルも高いものを持っているようです。

今年3月には幕張メッセ他で開催された音楽フェス「Spring Groove」出演のために来日、一部の日本のファンに鮮烈な印象を与えてくれたとか。全米でもイベントやTV出演が増えていて、ヒップホップR&Bのメインストリームリスナー層にもアピールできる、ビートの効いたリミックス楽曲の提供なども今後増えていくのでしょう。このアルバムのような内面心情を表現するような「普通でない」サウンドも作りながら、こういうこともできる器用さも彼女の才能。

まだまだこれからどういう風に伸びていくか判らないこのティナシェというユニークなアーティストの、ある意味原点ではないかとも思える抑制された、物悲しくも美しい今風のR&Bサウンド、一度体験されてはいかがでしょうか。

チャートデータ

ビルボード誌全米アルバム・チャート 最高位17位(2014.10.25)

同全米ヒップホップ/R&Bアルバム・チャート 最高位3位(2014.10.25)

同全米デジタル・アルバム・チャート 最高位7位(2014.10.25)

2 On」(Featuring ScHoolboy Q

  • ビルボード誌全米シングル・チャート(Hot 100)最高位24位(8.9)
  • 同全米ヒップホップ/R&Bシングル・チャート 最高位5位(8.2)
  • RIAA全米レコード協会)認定プラチナ・デジタル・シングル(100万ダウンロード)

Pretend」(Featuring A$AP Rocky

  • ビルボード誌全米ヒップホップ/R&Bシングル・チャート 最高位34位(10.25)