2016.4.4
新旧お宝アルバム #37
『Got No Shadow』Mary Lou Lord (Work, 1998)
先週からこの週末にかけては各地で桜が満開、天気は万全とはいえませんでしたが、あちこちでお花見で盛り上がった方も多いことでしょう。自分も先ほど近くの公園に足を運んで、見事な桜並木の下でプチお花見としゃれ込んで来ました。この季節になると「ああ日本人で良かったな!」と思ってしみじみしてしまいますね。
さて今週の「新旧お宝アルバム!」は「旧」のアルバムですが、今回はそんなに昔ではないのですが、そのジャンルでは既にクラシックとして語り継がれているアルバム。90年代のインディー・ロック・シーンに登場して存在感のあるシンガーソングライターとして一部に高い人気を呼んだメアリー・ルー・ロードのファースト・フル・アルバムである『Got No Shadow』をご紹介します。
メアリー・ルー・ロードはボストン郊外出身で、早くからボストンの地下鉄の構内で、このアルバムのジャケにも見られるようにアコギをミニ・アンプにつないでひたすらバスキング(路上での演奏)していた、いわば地道な演奏活動でたたき上げてきたシンガーソングライター。
90年代にはニルヴァーナがブレイクする前の故カート・コベインの彼女だったなんていう評判ばかりが先行したこともありましたが、バスキングで鍛えた演奏能力と、彼女が書くストレートなメッセージの歌詞とパワーポップ的な魅力と甘酸っぱいメロディアスさを備えた楽曲が何といっても彼女の最大の魅力。
1993年にシングル「Some Jingle Jangle Morning」(このアルバムに収録)でデビュー以来、もっぱらシングルやEPのみのリリースで着実にファンを獲得していったメアリーが、それまでのシングルや楽曲をまとめて、ソニーの子会社のWorkレーベルからリリースしたのがこのアルバム。
音楽アーティストのファースト・アルバムは往々にしてそのアーティストのベスト・ワークとなることが多いといいますが、それはその作品をリリースするまでに収録の作品が十分にこなれて、熟成して、しかもアーティストが表現したいことが一番凝縮された楽曲で構成されることが多いから。
彼女のこのデビュー作『Got No Shadow』もそういう楽曲満載です。折から90年代はロック・ルネッサンス期であり、80年代にエレクトロやシンセサイザー、MTVなどのヴィジュアル要素で思いっきり商業化に走ったロック・シーンが、60~70年代の音楽スタイルをもう一度踏まえて、各アーティストなりの新しい表現方法を模索したことにより、シーンが大いに豊潤な状況になった時期だと思います。メアリーは正にトラディショナルなアコースティックなシンガーソングライターや、パワー・ポップといったスタイルを昇華した素晴らしい作品をここで聴かせてくれています。
冒頭の「His Lamest Flame」(あいつの今の全然イケてない彼女)という曲なんか、タイトルからして大いにニヤリとする曲。この曲のタイトルはエルヴィス・プレスリーの1961年の大ヒット曲「Marie’s The Name (His Latest Flame)」(あいつの今の彼女の名前はマリー)に明らかにひっかけながら(歌詞の中で「あたしの名前はマリーじゃないし」という箇所あり)、曲はあくまでポップでストレートなアコースティック・ナンバー。
同じくアコースティックでポップな「Western Union Desperate」に続き、イントロからエレクトリック・ギターのストロークで始まる爽快なパワー・ポップ・ナンバー「Lights Are Changing」。この曲はこのアルバムリリース直前にEPでリリースされた曲で、昨年日本のTV番組「テラス・ハウス」にもフィーチャーされ、昨年10月の彼女の初来日のきっかけともなった、いかにも90年代風パワーポップ的な魅力満点の曲です。
続く「Seven Sisters」はぐっとカントリー・ポップ調のシャッフル・リズムのゆっくりとしたミディアム・ナンバー。ちょっとシェリル・クロウを思わせるようなボーカルとアメリカン・ハートランド・ロックをアコギでやってます的な曲調が印象的な「Throng Of Blowtown」、こちらも90年代一部に人気を博したNYのシンガーソングライター、フリーディ・ジョンソンの曲をカントリー・ロック調にアレンジして独特の雰囲気を作っている「The Lucky One」、1970年前後のCSN&Yとかのハード目なナンバーといった風情の中にポップさもちゃんと出している「She Had You」、そして彼女のデビューシングルで元気のいいファズギターのイントロと演奏の疾走感と彼女のキュートでポップな歌声のアンバランスが妙に気持ちいい「Some Jingle Jangle Morning」など、この時期のパワーポップ系のサウンドがお好きな方であればはまること間違いなしのナンバーが目白押しです。
アルバムの最後はシンプルなアコギの弾き語りによるワルツ・リズムのせつせつとした「Subway」。彼女の出自であるボストンの地下鉄でのバスキング時代のことを思いながら「あたしはボストン行きの地下鉄に乗る風来坊や金持ちも見てきた/あたしはそいつらのためのジミー・ロジャース*やザ・キュアーやザ・フーになってあげるんだ/それがそいつらにとって意味があるのなら」と歌いながら、アルバムを締めくくります。
*20世紀初頭に活躍した伝説的カントリー・シンガー。
このアルバムはその楽曲のスタイルといい、アルバム全体の雰囲気といい、90年代のインディー・ロックというかインディー・フォークを代表する作品といっていい作品です。バックにはショーン・コルヴィンやエリオット・スミスといった同じく90年代のインディー・フォーク・シーンを代表するアーティストも参加していますが、その一方、つい先頃来日していた元バーズのロジャー・マッギンがギターで参加しているなど、彼女のデビュー作に対する当時のシーンの注目度を推し量ることができます。
そして彼女のこのアコギとエレクトリックを併用したフォーク的なアプローチによるパワー・ポップ、というアプローチはシャロン・ヴァン・エッテンやコートニー・バーネットといった今の若いアーティスト達にも明らかに影響を与えていると言ったらうがち過ぎでしょうか。
昨年の「Lights Are Changing」の日本でのタイアップによるブレイクと来日をきっかけに、新作の『Backstreet Angels』(2015)を自主制作でリリースするなどまた活動を最近再開しているメアリー・ルー・ロード。その原点ともいえるこのアルバムを、散りゆく桜を愛でながらじっくりと味わってみてはいかがでしょうか。
<チャートデータ>
ビルボード誌ヒートシーカーズ・アルバムチャート(アルバムチャート100位以内のチャートイン経験のないアーティストのみのチャート) 最高位26位(1998)