新旧お宝アルバム!#116「House Of Music」Tony! Toni! Toné! (1996)

2018.3.19

新旧お宝アルバム #116

House Of MusicTony! Toni! Toné! (Mercury, 1996)

3月もいよいよ後半に入り、世間は年度末で忙しくなり、花粉症の方はいつになく飛び交う花粉にご苦労されてる中、梅は終わっていよいよあちらこちらでチラホラと桜がほころび始めました。日一日と暖かさと寒さが一進一退するのも今週くらいまでで、いよいよ春本格に突入しそうな季節。そんな今夜20時から、自分もいつものクアトロラボから離れて渋谷のMusic Bar 45さんでブースインさせて頂くことになりました。春を感じさせるセットでまったりと行きたいと思ってますので、お仕事帰りの一時お立ち寄り下さい。

さて今週の「新旧お宝アルバム!」は、また90年代シリーズにちょっと戻って、個人的には90年代のR&Bを代表するアルバムの一つだと思う作品をご紹介。60~70年代の先達たちのグルーヴや空気感を見事に再現しながら、自らの音楽スタイルを頂点に高めるという離れ業を成し遂げた、リリース当時も当時の洋楽ファン、R&Bファンから絶大な支持を受けたのですが、90年代に既に新しい作品から離れてしまっていた多くの60~70年来のR&Bファンの耳に届かなかったこともあり、最近語られることの少ないのが残念な、そんな名盤、カリフォルニアはオークランド出身の3人組のトニ・トニ・トニの4作目『House Of Music』(1996)をご紹介します。

90年代作品を改めて評価してみようシリーズ、第3弾、R&B編。

80年代後半のシンセやリズムマシーンの打ち込みを多用した人工的なサウンドや、90年代初頭に登場したN.W.A.に代表されるギャングスタ・ラップの台頭など、90年代に入った頃には、残念ながら60年代以降のジャズやブルースを根っこに置いたオーガニックなソウル・ミュージックを支持してきたR&Bリスナー達には新しい音から耳を背けさせる状況が多く揃ってしまっていました。

しかし、前々週も触れましたが、ロックシーンでも60・70年代の音楽スタイルをベースにした音楽スタイルを新しい感性で展開する新しいアーティスト達が出てきたように、90年代はR&Bシーンに取っても、オリジナルのソウル・R&Bミュージックの良さを再評価し、スタイル的にはそこに回帰するアーティストがヒップホップ・シーンも含めて多く輩出して素晴らしい作品を多く作り出した、ある意味「ミュージック・ルネッサンス」のデケイドなのです。

ヒップホップ・シーンでは、ラップと言えばストリート性を強調した殺伐とした挑発的なリリックを激しいトラックに乗せて繰り出すというスタイルが主流だったのが、NYを中心としたイースト・コーストとLA・ベイエリアを中心にしたウェスト・コーストの大きな二つのシーンの勃興によって、一気にそのサウンドやスタイルの多様化が進みました。特に70年代ソウルやジャズなどからのサンプリングの活用と複雑なサウンドメイキングによって単なるラップのバックトラックに止まらないレベルの音楽性を内包したトラックメイキングが、DJプレミアDr.ドレパフ・ダディP.ディディ)といったサウンドメイカー達によってジャンルに深みと音楽的正当性を加えられたことは、折からのR&B分野におけるオーガニック・ソウル・ルネッサンスの動向とも同期していました。

そのR&Bシーンではアメリカでは「ネオ・ソウル」、日本では「ニュー・クラシック・ソウル」または「オーガニック・ソウル」とネーミングは様々でしたが、要は60~70年代のソウルR&Bミュージックのスタイルの再評価とそのスタイルに戻った、シンセや打ち込み等は極力押さえたサウンドで、より伝統的黒人音楽であるソウル、ブルース、ジャズ、ゴスペルなどの要素を持ったスタイルの優れた作品とアーティスト達が多く登場して、大いにシーンを盛り上げました。ディアンジェロ、マックスウェルなど現在も活躍するアーティスト達が登場したのもこの時代です。

そして今日ご紹介するトニ・トニ・トニ(通称トニーズ)もそうしたネオ・ソウル・アーティストの一つであり、このソウル・ルネッサンスの流れを作り出した重要なアーティストの一つなのです。

後にソロとして活動展開するベースとボーカルのラファエル・サディーク、その兄でギタリストのドウェイン・ウィギンズ、ドラムス・キーボードのティモシー・クリスチャン・ライリーの3人によるトニーズの最初の頃のサウンドは、80年代後半ブラック・ミュージック・シーンを席巻したいわゆるニュージャック・スウィングのスタイルでした。その彼らが大きく音楽性をシフトさせたのはこのアルバムの前作『Sons Of Soul』(1993)。

このアルバムにはシングルヒットした「Anniversary」(全米最高位10位)に代表されるより伝統的なR&Bソウル・ミュージックの音楽スタイルに軸足を置いた楽曲が多く含まれ、かつ、彼ら自身が楽曲を演奏し全曲プロデュースすることにより彼ら自身のミュージシャンシップを確立するとともに、ダブル・プラチナ・ディスク認定の彼らに取っても商業的に最も成功したアルバムになりました。

その後、ラファエルは映画『Higher Learning』(1995)のサントラに「スキヤキ」をモチーフにした「Ask Of You」を提供したり、ディアンジェロのシングル「Lady」に参加したりといったメンバー各自のソロ活動を経て3年後、満を持してリリースされたのがこの『House Of Music』でした。

このアルバムを端的にいうと、60~70年代の伝統的なソウルR&Bミュージックへの惜しみない憧憬とオマージュを満々に称え、そのスタイルを見事なまでに踏襲しながら、どれ一つとして単なるコピーやなぞりになっているのではなく、トニーズ自身の楽曲として完璧に構成されているという、なかなか当時のそこらのネオ・ソウル・アーティストには真似のできないことを実現しているアルバムです。

「俺たちトニーズがやっているのは、こういう先達達が磨き上げてきた素晴らしい音楽スタイル。そしてこのスタイルで、俺たちは自分たちでないとできない音楽をやっていくんだ」という決意表明をビンビンに感じる作品で、その彼らの矜持は、これだけ先達のスタイルを如実に感じさせながら、一曲としてカバーは含まれていないということにも強く表れています。

このアルバムリリース当時も自分はmeantimeという洋楽サークルのアルバム・レビューでこのアルバムを取り上げていますが(当時このアルバムは、4人のスタッフによる合評という評価の高さでした)今聴いても、ラファエルの独白から始まる1曲目の「Thinking Of You」が流れ始めた瞬間に、あのアル・グリーンで有名なメンフィスのハイ・サウンドを彷彿とされるギタ-リフとドッシリとしたドラムス、そして正にアル・グリーンの歌い方を強く意識したラファエルの歌には、思わず笑顔になってしまいます。そこにはメンフィス・ソウルへの強い敬愛があり、このアルバムの素晴らしさを予感させるオープニングです。

ジャズ・クラブでのざわめきのようなバックグラウンドノイズの中からゆっくりと立ち上がってくるような「Top Notch」から、アルバム中唯一メンバー以外のプロデューサーとしてDJクイックを迎え、クイックのラップをフィーチャーした「Let’s Get Down」はヒップホップ黎明期のソウルとファンクが融合したようなグルーヴで、メーターをぐっと上げてくれます。

https://youtu.be/VpY_ElM4CYk

ぐっと雰囲気を変えて、ドラマティックスエンチャントメントか、と思ってしまうほど、ギターの音色に至るまでデトロイト・ソウルのバラードの世界を完璧に再現した「Til Last Summer」、70年代後半のマーヴィン・ゲイあたりのグルーヴにスロウなファンク風味を絶妙に配合した、シーラEのパーカッションをフィーチャーした「Lovin’ You」、60年代のアトランティック系サザン・ソウル風味でギターとオルガンと抑えめのリズム・セクションで思わずソウルファンは昇天しそうな「Still A Man」、モータウンホランド・ドジャー・ホランドを彷彿させる軽快なリズム・リフに乗ってラファエルスモーキー・ロビンソンを意識した艶のあるボーカルを聴かせる「Don’t Fall In Love」、フェンダーローズの演奏は70年代スティーヴィー・ワンダーの世界で、サビのファルセットはスタイリスティックスラッセル・トンプキンスJr.ばりなのがこちらもニヤリとさせてくれる「Holy Smokes & Gee Whiz」などなど、もう聴きこんでいくうちにソウルR&Bファンはどんどん虜になること請け合いの楽曲が次々に登場。

そしてここまで聴いて来て気が付くのは、このアルバム、キーボードはハモンド・オルガン、フェンダーローズやエレピ、アコースティック・ピアノだけであり、シンセサイザーはおそらくほとんど使用していないと思われること。また曲の録音もメンバーが持ち寄った曲を1ヶ月かけてリハーサルした後、スタジオライブの一発録りだった、といいますから、このアルバム、バックの演奏も含めて真の意味でのオーガニック・ソウル作品だったということになります。

アルバム後半がややダレ気味になりそうになるところを、ストリングスを配してドラマティックに盛り上げる「Let Me Know」や、アース・ウィンド&ファイヤの70年代後半のバラードを彷彿させるキメのリズムがタワー・オブ・パワーのホーンセクションとも絶妙のグルーヴを醸し出す「Wild Child」といったまたまた素晴らしいメロディと美しい演奏による楽曲が支えて、アルバムクロージングは先ほどの「Lovin’ You」のメロディをアコースティック・ピアノとハモンド・オルガンとアープ・シンセ(アルバム中唯一ハッキリとシンセの使用が分かるのはここだけ)が分厚いアンサンブルで無茶苦茶スローダウンしたインストで短く締めるリプリーズ・バージョンで。終わった後、思わず満足のため息が漏れそうな、そんな素晴らしい聴後感。

リリース時も、当時盛り上がっていたネオ・ソウルの頂点を極めた傑作として評価の高かったこのアルバム、残念ながらマーキュリー・レーベルのプロモーションが今ひとつだったのか、チャート的には前作を下回る成績に終わっています。しかし、20年以上経った今でも瑞々しさに満ちたこの作品、90年代R&Bを代表するソウル・クラシックの1枚と言っていいと思います。

アルバムタイトルは、メンバーが少年の頃オークランドの地元にあったレコード店の名前から取られたそうで、ラファエル曰く「あの頃あの店に溢れていたいろんな音楽にワクワクしたように、このアルバムを作る過程はメンバーがそれぞれ作った曲を持ち寄ったのにもかかわらず、あの時を思わせるようないい雰囲気でセッションできたのでこの名前にしたんだ」とのこと。ドウェインは自分のスタジオにもこの名前を付けるなど、このアルバムのできる過程はメンバーに取っても特別なものだったようです。

この作品を出した後残念ながらメンバー間の意見の対立からバンドはこのアルバムを最期に1997年惜しまれながら解散。ラファエルアン・ヴォーグドーン・ロビンソン、ア・トライブ・コールド・クエストアリ・シャヒード・ムハマッドとのルーシー・パールの活動や、『Instant Vintage』(2002)、『Ray Ray』(2004)、『The Way I See It』(2008)、『Stone Rollin’』(2011)といったソロアルバム発表、更にはあのジョス・ストーンの『Introducing Joss Stone』(2007)のプロデュースなど多彩なソロ活動を展開。ドウェインは、後にスーパースターとなるデスティニーズ・チャイルドを見いだし自分の事務所に契約して成功を収めた他キーシャ・コールアリシア・キーズらの作品のプロデュースなど、その後も脈々と続くネオ・ソウルの系譜をサポートする裏方として活躍している様子。

90年代のクラシック・ソウル・ルネッサンスの動きを支えたトニーズの最高峰であるこのソウル・クラシック作品を、桜の香りが漂い始めた春の空気を感じながら是非改めて楽しんでみてはいかがでしょうか。

<チャートデータ> 

RIAA(全米レコード産業協会)認定 プラチナ・アルバム(100万枚売上)

ビルボード誌全米アルバム・チャート 最高位32位(1997.2.1付)

同全米R&Bアルバム・チャート 最高位10位(1996.12.7付)