2018.8.6.
新旧お宝アルバム #126
『Lost & Found』Jorja Smith (FAMM, 2018)
いやあそれにしてもこの7月、そして8月に入ってもちょっと外に出ると気持ちの悪いくらいのレベルの猛暑。だからというわけでもなく、たまたま自分の7月が公私ともにとんでもなく多忙だったこともあってこのブログも丸々一ヶ月、ちょっと一足お先に夏休みを頂いてしまってました。その間に中国には2回も出張で行って疲れたり、一方でフジロック・フェスティヴァルに参戦して、ディランやケンドリック・ラマーをはじめとした素晴らしいパフォーマンスで仕事の疲れを癒やしたりしてきました。
ということで一ヶ月の「新旧お宝アルバム!」は、このたまらない暑さの中でも涼しげな歌声を聴かせてくれて、耳を傾けるにつけちょっとだけこの猛烈な暑さを忘れさせてくれる、そんな素敵な新人アーティストはいかがでしょう。しばらく前から英米のR&Bシーンでは評判になってきていて、今年はキャリア初のワールド・ツアーの一環で今月日本のサマーソニックへの出演も決定しているイギリス出身の女性R&Bシンガーソングライター、ジョージャ・スミスのデビュー・アルバム『Lost & Found』をご紹介します。
幼少の頃から、やはりR&Bミュージシャンだった父親の影響もあって、スカやダブ・レゲエで有名なUKのトロージャン・レコードの作品や、カーティス・メイフィールドといったアーシーでオーガニックな音楽の中で育ったジョージャ、その彼女が一貫して聴かせてくれるのはやはりそうした出自を反映した、オーガニックで地に足のついたR&B作品。
彼女が英米のメインストリーム・シーンでその名前を取り上げられるようになったのは、2016年に初めてリリースした4曲入りEP『Project 11』の中から「Blue Lights」という曲がUKのブラック・ミュージシャンを対象にした音楽賞、MOBOアウォードで最優秀ソングにノミネートされたのがきっかけ。その年UKでツアーをしたドレイクのサポート・ボーカリストとしていくつかのライヴに参加したのが縁で、2017年リリースのドレイクの大ヒット・アルバム『More Life』には彼女のボーカルをメインフィーチャーしたその名も「Jorja Interlude」というショート・トラックに続く「Get It Together」に大きくフィーチャーされ、その名前と存在をUKのみならず世界中に広く知られることに。
シーンでのバズが高まっていく中、今年に入って、過去アデルやサム・スミスらが受賞しているUKの音楽評論家が選ぶBrit Critics’ Choice Awardを受賞。ジョージャ自分でも言っているように「自分が書いてきた曲をそろそろ世間でも自分の名前が出てくるようになったから、アルバムで出そうかと思って」と今年4月に初フルアルバムのリリース予定を発表、そして6月にリリースされたのがこのアルバム『Lost & Found』というわけ。
その間もシングル「Teenage Fantasy」などのビデオをリリースしたり、アメリカの有名ロックフェス、コーチェラに出演してこのアルバム収録の新曲を披露したり、様々なアーティストが図書館のようなスペースで生のライヴを披露することで人気のネット番組「NPR Music Tiny Desk Concert」で素晴らしいライヴを披露したりと、なかなか自分のメディア・プレゼンスを嫌味のないステップでタイミング良く大きくする活動も繰り広げてきました。
そしてリリースされたこのアルバム。全体を通して聴いてまず自分が感じるのは、アリシア・キーズやローリン・ヒル、シャーデーといったヒップホップやジャジーな味わいのオーガニックR&Bの魅力で我々を虜にしてきた数々の先達の系譜上にあるシンガーであり、作品だということ。
ちょっとエイミー・ワインハウスや、ヒップホップ・シンガー達のスタイルも感じさせるクセのある歌い回しながら基本的にはコントラルト・ヴォイスなので、今風R&Bなスペーシーで夢見るような音像とも相まって独特の浮遊感を感じさせる、ひたすら気持ちのいいボーカル・パフォーマンスは、どの世代のR&Bファンにも問題なく受け入れられるのではないでしょうか。
オープニングのアルバム・タイトル曲「Lost & Found」からして、エレピの涼しげな音とタイトでゆっくりとしたリズムをバックに、スキャットからふわっと立ち上がってくるジョージャのボーカルにはぐっとハートを捕まれること間違いなし。そしてバックのサウンドは明らかにUSではなく、UKの、それもヒップホップや90年代のアシッド・ジャズあたりを経由して作りあげられた浮遊感とグルーヴと清涼感が一体となったサウンドで、同じオーガニックR&Bといっても、ジル・スコットとかアンジー・ストーンとかの生活感の強いグルーヴとはちょっと違うところがミソです。
2曲目の「Teenage Fantasy」はシングルとしてもリリースされた曲で、1曲目の日なたを感じさせる曲調とは異なり、ちょっと日陰とか雨の日を感じさせるマイナー調の、しかし迫り来るエモーションを感じる曲。
物憂げなピアノのイントロから静かに始まる「Where Did I Go?」も曲に入るとちょっとインダストリアル・ノイズっぽいパーカッションが効果的なミディアム・テンポのトラックにジョージャのボーカルが絡みつく、独特の魅力を持つトラック。
一転してドリーミーなトラックがここ最近USでもよく聴かれる浮遊感満点の音像を想起させる「February 3rd」や「On Your Own」「The One」と続くアルバム展開も、ジョージャの世界を積み上げるかのように形作っていく構成としては大変効果的で、ここまで聴いてくると個々の楽曲を聴くと言うより、アルバム全体が一個の「ジョージャの音楽世界」を塊として体験する、といった感じになってきます。彼女のスタイルはR&Bパフォーマンスとして決して斬新ではありませんが、自分の音楽表現のエグゼキューションが見事に構成されているので、聴く者へ強い印象とある意味の感動を与えてくれます。
LPでいうとB面サイドはよりヒップホップの影響を感じさせる楽曲が多いのですが、オープニングの「Wandering Romance」はその中で音像スタイルが最もヒップホップ、というよりは今時のトラップの影響を感じさせる曲。でもあくまで楽曲の主役はジョージャの気だるい、それでいてエモーションを感じるボーカル。それに続く、彼女が2016年のEPに収録されていた出世曲の再収録となる「Blue Lights」は後半半分ラップっぽいスタイルでジョージャが歌ったり、オールド・スクール・ヒップホップ的なスクラッチがちょっと入ったりとそこはかとないヒップホップテイストが魅力的なトラック。しかしここで歌われている「Blue Lights」とはパトカーのサイレンのライト(UKのパトカーのサイレンは青いライト)のことのようで「サイレンが聞こえてきても決して逃げたりしてはだめ/何も悪いことをしてなければ/青いライトは通り過ぎていくはず/どうして逃げようとするの、何をしたの?」という歌詞が社会の現実的な側面をさりげないメロディで表現するこの曲、魅力的であると同時に緊張感を与えるクオリティの高い楽曲です。
そして続く「Lifeboats (Freestyle)」は確かローリン・ヒルの曲でこういうフレーズあったよなあ、という「すべては落ちていく、落ちていく」とリフレインでスタートした後、ジョージャがまさしくフリースタイルのラップを、可愛らしいUKアクセントで達者に聴かせてくれる、ある意味このアルバムで最も「ヒップホップな」曲。そのフロウはなかなか思索的な内容なのでちょっと紹介します。
「水に入ってもいないのにどうやって泳ぎを覚えられるというの?
時には入るためには飛び込むしかないこともあるのよ
人生は浅瀬ばかりじゃない
体を浮かしなさい、そうすれば誰かが腕をさしのべて助けてくれるかも
もし誰かが混乱の海で溺れそうになっていたら
私だったら助けようとするし、どうしてうまく潮に乗れなかったのか、
なぜ灯台の光が消えていたのか理解しようとするもの
なぜ金持ちだけが水に浮くことができて
ボートに乗ってるはずなのになぜ私の兄弟たちは溺れてしまうの?
マザーシップは誰も助けてくれない」
なかなか示唆的でしょう?この曲をジョージャと共作して、プロデュースもしているトム・ミッシュは、やはり最近注目のUK若手ビート・メイカー兼ギタリストで、ジョージャ共々今年のサマソニに出演、今年は自身のソロ・アルバムもリリースしている注目のアーティストなんです。
アコギの弾き語りでしんみりとしかし後半エモーショナルにジョージャが歌う「Goodbyes」はライヴで是非とも聴いてみたいと思わせる曲。この曲からアルバム最後の3曲はいずれもこのアルバムで最もアンプラグドな楽曲。エレピをバックにドラマティックに歌う「Tomorrow」、そしてピアノをバックに静かにアルバムを締める「Don’t Watch Me Cry」までの全12曲を聴き終わる頃にはどっぷりジョージャの世界に浸っていることでしょう。
このアルバムもリリース以来、シーンでの評価も高く、今年従来の5から8に拡大される予定のグラミー賞新人賞候補へのノミネートも多分間違いないジョージャ。現在7月にUKを皮切りにスタートした「Lost & Found Tour: 2018」は今月の日本のサマソニを経てまたヨーロッパ・UKに戻り、11~12月にかけては全米をツアーで巡るジョージャ。今年が終わる頃にはジョージャの名前は、単にR&B好きのファンだけでなく、ハウスホールド・ネームになっているかもしれません。
それまでの間はこのアルバムを聴きながら、連日暑い日々にジョージャが届けてくれる涼しげな歌声を楽しむことにしませんか?
<チャートデータ>
ビルボード誌全米アルバム・チャート 最高位41位(2018.6.23付)
同全米R&B・ヒップホップ・アルバム・チャート 最高位23位(2018.6.23付)
同全米R&Bアルバム・チャート 最高位3位(2018.6.23付)
全英アルバム・チャート 最高位3位(2018.6.21付)