2016.5.23
新旧お宝アルバム #44
『Monterey』The Milk Carton Kids (ANTI-, 2015)
日一日と暑い日が増えてきている今日この頃、梅雨入り前の五月の素晴らしい気候の中、皆さんイベントに、コンサートに、そしていい音楽に出会いに活動にいそしんでいることでしょうね。自分も週末二週続けてDJイベントや、アナログレコードの聴き比べ会など音楽にどっぷり浸かっております。今年もいいアーティストが多く来日するようなのでライブに忙しい方も多いでしょう。いずれにしてもいい季節!目一杯音楽を楽しみましょうね。
さて今週の「新旧お宝アルバム!」は「新」のアルバムをご紹介。昨年から今年にかけていわゆるアメリカーナ、と言われる分野の素晴らしいレコードが多くリリースされており、このコラムでもいくつかご紹介してきましたが、今回ご紹介するのもそうしたアルバムの一つで、2010年代のサイモン&ガーファンクル、なんていう呼ばれ方で大きな評判を呼んでいるアコースティック・デュオ、ザ・ミルク・カートン・キッズの4枚目のスタジオ・アルバムになる『Monterey』をご紹介します。
ザ・ミルク・カートン・キッズは、共にカリフォルニア出身のケネス・パッテンゲールとジョーイ・ライアンの二人組。それぞれソロで活動していたのだが芽が出ず、ある日ジョーイがケネスのライヴを見に行って気に入り、デュオを組むことを提案、2011年にはその年に地元で行ったライヴを収録した最初のアルバム『Retrospect』(2011)をリリース(最初の作品なのに『回顧録』と言うタイトルを付けるあたりのセンスがにくい)。
続いて同年にリリースした2作目のスタジオ録音『Prologue』(2011)と、これに続く全米ツアーで静かな人気を呼び、シンガーソングライターのサラ・バレイエスがこのアルバムをツイッターで賞賛したりしたことがプラスに働いて、ザ・ミルク・カートン・キッズの名前がこのジャンルのファンの耳に届くことに。
その後ルーツ・ミュージック系を多くリリースするインディー・レーベルANTI-と契約、3作目の『The Ash & Clay』(2013)をリリース。このアルバムが第56回グラミー賞で最優秀トラディショナル・フォーク・アルバム部門でノミネートされることで、更に彼らの名前と音楽が広く知られることになりました。
そして昨年リリースされたのがこの『Monterey』。
彼らのサウンドを一言で言うと「シンプルで力強かった60~70年代のフォーク・ミュージックを現代の感覚をにじませながら再現しているサウンド」とでもいいましょうか。音楽プレスの中には「ギリアン・ウェルチ&デイヴ・ローリングス(現在のフォーク系アメリカーナを代表するシンガーソングライター・コンビ)とサイモン&ガーファンクルを掛け合わせて、エヴァリー・ブラザーズの雰囲気を乗っけた」なんていってるものもあり、二人がアコギを弾きながら、美しいコーラスをふんだんに使った楽曲を演奏する様は、確かにあのS&Gを彷彿とさせるのです。
[youtube]https://youtu.be/em8SBRNixsU[/youtube]
アコースティック・ギターの音色はそれだけで聴く者の精神を落ち着かせてくれますが、そこにケネスとジョーイのコーラスによるちょっとメランコリーな歌声が重なることによってマジックが生まれる様は、冒頭の「Asheville Skies」でいきなり堪能することができます。またケネスのギターピッキングも大変達者なもので、ちょっとマリアッチを思わせるイントロが異国情緒とトロピカル気分を醸し出す「Getaway」でも彼の奏でるオブリガードとジョーイがつま弾くベーシックなスリーフィンガーの組み合わせと、ここでも控えめながらゴージャスな二人のコーラスワークがこのシンプルな曲をとてもふくよかなものにして、聞き惚れてしまいます。続く「Monterey」も同じようなアレンジで同じようなコンセプトの曲で、メキシコにほど近いモンタレーの素晴らしい自然を歌うにふさわしい楽曲。
やはりグラミー賞フォーク部門ノミネートの経験があり、先日ピーター・バラカン氏主宰のライヴイベント「Live Magic」にアメリカーナ女性トリオのI’m With Herの一人として来日した、サラ・ジャローズとの共作曲「Secrets Of The Stars」は冒頭三曲のゆったりとしたシンプルなアコギナンバーとは異なり、ややテンポの早いフォーク・ナンバー。とはいっても使われているのは二人の弾くアコギと二人のコーラスのみというのは変わりません。その組み合わせが一番このアルバムでふわっとS&Gのイメージを浮かび上がらせるのが「Freedom」。ここでの二人のコーラスの付け方はまさにポールとアートを彷彿とさせる素晴らしさです。
[youtube]https://youtu.be/h2tKveQZ_a0[/youtube]
早弾きめのギターイントロで軽快にしかし流れるように歌われる「High Hopes」、また少し異国情緒を漂わせるギターオブリガードが印象的な「Deadly Bells」や「Shooting Shadows」など、これだけの曲がすべてアコギとコーラスのみで演奏されると飽きてしまいそう、と思われるかもしれませんが全くそんなことはなく、聴き進めるほどに彼らの声に、ギターの心地よさに引き込まれてしまうのが彼らの素晴らしいところ。今年2月の第58回グラミー賞で最優秀アメリカン・ルーツ・パフォーマンス部門にノミネートされた「The City Of Our Lady」はこのアルバム2曲目のアップテンポ・ナンバーですが、ヨーロッパ民謡的なマイナー調の「Sing, Sparrow, Sing」を経て、アルバムラストは明るい感じのギターフレーズが印象的な、そしてやはりコーラスが美しいスローバラード「Poison Tree」で完結します。
このようなトラディショナルなスタイルで、シンプルな音楽を演奏する彼らですが、最初の2枚のアルバムを、自らのウェブサイトで無料でダウンロードしてリスナーファンに提供するなど、今のアーティストらしいプロモーションを行うなど、ただのナイーヴなフォーク・デュオではないな、と思わせるところもあります。
そもそもグループ名の「ミルク・カートン・キッズ」というのも、よくアメリカでは行方不明になった子供の顔写真をミルクのパックの横に印刷して「見かけた方はここに報告して下さい」という人捜し広告に使う、というのをネタにしたもの。自分達のことを行方不明の子供たちに例えるあたり、なかなか乾いたユーモアセンスの持ち主達と言わねばならないでしょう。
そんな一筋縄では行かない部分もありながら、やはり彼らの本分は何度もここで述べているように、シンプルなアコギ2本によるベース・アルペジオと表情豊かで時折エキゾチックさも漂う素晴らしいオブリガード・フレーズの組み合わせによる豊潤な楽曲に、こちらもシンプルながら美しくもゴージャスなコーラスワークを乗せていき、ギター2本と人の声だけでできた楽曲だとはなかなか思えないほどの複雑で繊細かつ重厚な楽曲を紡いでいること。
単なる歴史修正主義的な観点でフォーク・ミュージックをやっているだけではない、何かを秘めた彼らの音楽に一度癒やされてみてはいかがでしょうか。
<チャートデータ>
ビルボード誌全米ヒートシーカー・アルバム・チャート(メインのアルバムチャートで100位以下最高位でかつメインのアルバムチャートにチャートイン歴のないアーティストのアルバムによるチャート) 最高位5位(2015.6.6付)
同全米ロック・アルバム・チャート 最高位27位(2015.6.6付)