2019.7.15.
新旧お宝アルバム #151
『Mount Royal』Julian Lage & Chris Eldridge (Free Dirt, 2017)
連日相変わらずの雨続きで、いつになったらこの梅雨は明けるのだろう、などと5月後半に空梅雨だと思われた時期とは正反対のことを思ってしまう今日この頃。こういう天気には、瑞々しいアコースティックな音楽が似合いますね。
今週の「新旧お宝アルバム!」はそんなアコースティックな気分に合わせて、ジャズやブルーグラス、オルタナカントリーのアーティストらとの共演も多い、独自の世界を聴かせる若手気鋭のギタリスト、ジュリアン・ラージと、先日二度目の来日で大いにアメリカン・ルーツ・ロック・ファンを興奮させるライヴを披露してくれたパンチ・ブラザーズのギタリスト、クリス・エルドリッジの二人が彼ら3作目のコラボ・アルバムとしてリリースした心温まるアコースティック・アルバム『Mount Royal』(2017)をご紹介します。
「ミュージシャンシップ」という言葉があります。「歌唱や楽器演奏に関わらず、ミュージシャンとして卓越した技量と感情表現、楽曲創作などを存分に発揮させている状態」といったような意味だと理解していますが、先日Blue Note東京で行われたパンチ・ブラザーズのライヴは正にその「ミュージシャンシップが最大限に発揮された」ライヴだったと思います。音楽のスタイルや使う楽器はブルーグラスのそれですが、展開する楽曲パフォーマンスはパッションと卓越した技量を存分に爆発させた、最高級のロック・パフォーマンスにも通じるものを感じさせたのです。パンチ・ブラザーズ自体がロック系やポピュラー系の楽曲、さらにはドビュッシーやバッハなどクラシックの楽曲すらも彼らのブルーグラスの意匠を纏わせた新しい音楽として表現するという極めてカバー領域の広いアーティストだけに、くだんのライヴはその殆どが伝統的なブルーグラス楽曲であったにも関わらず(前のセットではレディオヘッドの「Kid A」なんて曲をやったりしたようですが)、全く古臭さとか予定調和的といったものとは正反対の興奮を呼び起こすライヴだったのです。
以前、パンチ・ブラザーズのリーダーでマンドリンの名手、クリス・シーリーとジャズ・ピアニストのブラッド・メルドーとの素晴らしいコラボアルバムを取り上げたことがありますが、これを聴いてパンチやそれを取り巻くミュージシャン達をまたこのブログで取り上げたい、という気持ちが湧いてきて、そうだ、このアルバムがあったと思い出し、こうしてご紹介している次第です。
ジュリアン・ラージはカリフォルニアのワインで有名なソノマ郡出身。今年32歳とまだまだ若いミュージシャンながら、8歳の頃の演奏の様子がドキュメンタリー映画になったり、15歳でスタンフォード大学のジャズ・ワークショップの教鞭を執ったりという、言わば天才ジャズ・ギタリスト。ご多分に漏れずジャズやアメリカ現代音楽のエリート達を輩出しているボストンのバークリー音楽院を卒業後、2009年の『Sounding Point』(2010年の第52回グラミー賞で最優秀コンテンポラリー・ジャズアルバム部門ノミネート)を皮切りに勢力的に作品を次々に発表。その過程でジャズミュージシャンとの競演だけでなく、オルタナカントリー・ロック・バンドのウィルコのギタリスト、ネルス・クラインや、今回ご紹介するパンチ・ブラザーズのクリス・エルドリッジ、更にはブルーグラス・マンドリンの巨匠、デヴィッド・グリスマンらとの競演作も発表するなど、幅広い活動を展開しています。
クリス・エルドリッジは先日のパンチ・ブラザーズのギタリストとしてのライヴでも、その超人的なアコースティック・ギター・ワークで観客を興奮させてくれたこちらも若手のブルーグラス/オルタナ・カントリー系のギタリスト。伝説的なブルーグラス・バンド、セルダム・シーンのバンジョー奏者だったベン・エルドリッジを父に持ち、その影響もあってティーンエイジャーの頃から父のバンドに入ってギターの腕を磨いて来ました。こちらもバークリー音楽院卒業後、同じバークリーで知り合ったメンバーとブルーグラス・バンド、ジ・インファマス・ストリングダスターズを結成。シーンで活動を展開している中、クリス・シーリーの耳に止まり、彼の誘いでパンチ・ブラザーズに加入、今やパンチのあのスリリングなバンド・サウンドの要の一人として活躍中です。
このアルバムは、二人が奏でるマーティンのアコースティック・ギター2本だけで構成されているという完全なアコギ・アルバム。しかし時折クリスのボーカルを交えながら、それぞれがある時はメロディを美しく奏でたり、ある時はパーカッシヴにリズムをドライヴしたり、またある時はミニ・オーケストラのように美しいゴージャスなハーモニー・アンサンブルを聴かせたりととても表情豊かなサウンドで出来上がっています。ジュリアン作の曲が3曲、クリス作の曲が2曲、二人の共作が3曲、何とあの元パール・ジャムのエディ・ヴェダー作を含むカバー曲が3曲に、トラディショナル曲が1曲という、楽曲構成バランスも考えられたアルバム構成で、プロデュースは、クリスのパンチ・ブラザーズでの盟友、フィドル・プレイヤーのゲイブ・ウィッチャーが務めて二人のアンサンブルを美しく仕上げています。
アルバム冒頭の「Bone Collector」はパンチの曲を彷彿させるような、叙情的にゆっくり始まり、ジャズなのかブルーグラスなのか渾然とした複雑な楽曲展開を経てカタルシスを作りだす、のっけからおっと思わせる二人の共作曲。クリス作の「Rygar」はさりげないアコギの技巧が楽しめるリフと、ブリッジでコードストロークのパーカッシヴな感じの対照が美しい心安らぐナンバー。
再び共作の「Everything Must Go」はまたクラシックの小品を思わせるような、詩情豊かなアコギの奏でるメロディと楽曲展開が美しい作品。
一転してクリスのボーカルが聴ける、1960年代のブルーグラス復興に寄与した有名なバンジョー奏者、ドン・ストーヴァー作の「Things In Life」で、それまで映画のサントラ的な情景描写的な楽曲群からすっと違和感なくブルーグラス楽曲の世界に連れて行ってくれるあたりは二人の能力のなせる業か。その流れをキープするかのように、トラディショナル・ナンバーの「Old Grimes」は美しい二人のギターリフの絡み合いによるブルーグラス風味が楽しめる曲。ちょっとギター練習曲的な雰囲気もなかなか楽しいナンバーです。そしてレコードA面ラストはジュリアン作の静かなジャズ的雰囲気の「Henry」。
B面オープニングは、クリスのボーカルでゆっくりとしたアコギのアルペジオで演奏される「Sleeping By Myself」。Aメロの最後のあたりのコード進行が心地よいこのナンバーは、パール・ジャムのアルバム『Lightning Bolt』(2013)で、エディ・ヴェダーがもう少し早いテンポでカントリー・ロックっぽく演奏していた曲。こういう曲を見つけてきてカバーするセンスは、多分クリス・シーリーあたりの影響を受けたクリスやゲイブのアイディアではないかと思いますね。
続いてジュリアン作の「Broadcast」「Goldcare」と、いかにも雨粒したたる木々の緑が広がる光景にぴったり、といったアコギジャズ・スタイルの心がホッとする楽曲が続いて、共作の「Lion’s Share」。A面の楽曲もそうでしたが、ジュリアンが書く曲はアコギジャズ風、クリスが書く曲はブルーグラス風、とスタイルがはっきり現れるのに、二人の共作になると途端に映像的で叙情的なジャンル不明の音楽スタイル(ある意味パンチ・ブラザーズ的とも言えますか)による素晴らしい世界観が表現されるのには軽い感動を覚えますね。
また雰囲気はブルーグラス方向にちょっとシフトされ、ミシシッピ川流域のフォーク・ミュージックの第一人者として60年代後半から90年代まで活躍したブルーグラス奏者、ジョン・ハートフォードのアルバム『Annual Waltz』(1986)に収録されていた、フォスターあたりのメロディを纏ったいかにも昔のオールド・タイム・フォーク・ミュージックといった趣の「Living In The Mississippi Valley」が軽快な二人のギターと、クリスのさりげない歌声で演奏され、またホッとした感じを醸し出します。
そしてアルバムを締めるのは、楽曲スタイルとしてはクリス作ということもあり、ブルーグラス風にファーストピッキングのアコギフレーズや、技巧的なフレーズの展開が軽快な「Greener Grass」。
アルバムの中ジャケにはジュリアンとクリスが、揃って1930年代製のヴィンテージもののマーティンのギターを抱えて写った写真があしらわれていて、その二人の様子も気楽にセッションを楽しんでいる途中の休憩時間、といった感じを伝えて、このアルバムの制作過程がとてもいい雰囲気であったろうことが窺えるものです。きっとどちらがリードを取るとか、どうとかいったようなゴタゴタは一切なかったんだろうな、と絡み合うような二人の卓越したプレイを聴けば聴くほど思う、そんな一枚。
実はこの二人はこのアルバム発表後、一緒に来日してライブもやっています。今更ながらそれも見に行くべきだった、と思いますね。
まだまだ雨は続き、鬱陶しいと思う一方、水に濡れそぼった木々の様子を窓から眺めながら、二人のある時は美しく、ある時はホッとするようなアコギ・アンサンブルのこの作品を聴いて、心豊かな時間を過ごすのはいかがでしょうか。
<チャートデータ>
ビルボード誌全米ジャズ・アルバムチャート 最高位8位(2017.3.18付)