2016.12.12.
新旧お宝アルバム #68
『ArtScience』Robert Glasper Experience (Blue Note, 2016)
12月に入ってもまだ終わらぬ2016年音楽シーンの物故者リスト。先週は何とキング・クリムゾンやELP(エマーソン・レイク&パーマー)のボーカリスト・ベーシストで有名なあのグレッグ・レイクがガンで他界するという残念なニュースが飛び込んで来ました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。ELPのうち二人が星になってしまった2016年、残りあと3週間ほどが楽しいニュースで埋め尽くされますように。
さて今週の「新旧お宝アルバム!」は、ここのところたびたび来日もしており(今月後半もブルーノート東京でのライブが予定されています)、精力的にツアーや作品リリースにと活発な活動を行っている、今のアメリカのブラック・ミュージックのある意味最重要人物の一人、ロバート・グラスパーが今年2枚目のリリースとなった新作『ArtScience』をご紹介します。
すでに熱心なR&Bファンや若いジャズファンの間では確実に高い評価を獲得しているロバート・グラスパー。本来はジャズ・ピアニストですが、ジャズの枠にとらわれず、R&B、ファンク、ヒップホップ、ポップ、ロックといったありとあらゆるメインストリーム大衆音楽の意匠を練り込んで「ロバート・グラスパー・ミュージック」とでも言うべきスタイルを確立しており、若いミュージシャン世代(ロバートはヒューストン出身の今年38歳です)を代表する重要なサウンドメイカーとしてその実力をここ数年いかんなく発揮しています。サックス担当でロバートのサウンドメイキング・パートナーともいうべきケイシー・ベンジャミン、ベースのデリック・ホッジ、アデル『21』(2011) やマックスウェルの『BLACKsummers’night』(2009)への客演で知られるドラムスのクリス・デイヴのカルテットによる「ロバート・グラスパー・エクスペリメント」を率いて次々に意欲作をリリースするロバート、「いまのブラック・ミュージック」を端的に知りたいのであれば彼のレコードを聴くことを強くお勧めします。
その彼の実力が大きく評価されて一般のリスナーに知られることとなったのは2012年のアルバム『Black Radio』。エリカ・バドゥやレイラ・ハサウェイ、ビラール、ミュージック・ソウルチャイルドらのネオ・ソウル・シンガー達やルーペ・フィアスコらヒップホップ陣をボーカルに配した様々な黒人音楽のハイブリッド的なサウンドと、デヴィッド・ボウイやニルヴァーナ(「Smells Like Teen Spirit」)らのロック楽曲の新鮮なアプローチでのカバーで、その年のグラミー賞最優秀R&Bアルバムを受賞。ドラマーをマーク・コレンバーグに入れ替えリリースした『Black Radio 2』(2013)も同様のスタイル。アルバム部門の受賞は逃したものの、レイラ・ハサウェイとマルコム・ジャマール・ウォーナー(80年代のTV人気シリーズ「The Cosby Show」のビル・コズビーの長男シオ役で有名)をフィーチャーしたトラック「Jesus Childern Of America」で見事最優秀トラディショナルR&Bパフォーマンス部門を受賞するなど、この2作でロバート・グラスパーのシーンにおける認知度と評価は急上昇した感があります。
ロバート・グラスパーの才能とその精力的な活動ぶりは、ニルヴァーナのカバーに象徴されるように、ジャンルにこだわらないところにその独自性があります。
「Black Radio」2作リリース後、ロバートは全く異なるメンバーでアコースティック・ジャズ・トリオを構成、メイシー・グレイやビラール、ミュージック・ソウルチャイルドらをボーカルに配し、自作のナンバーに加えレディオヘッド、ジョニ・ミッチェル、新進ソウル・シンガーのジェネ・アイコらのナンバーをアコースティック・ジャズで演奏する『Covers』(2015)をリリース。このトリオで2015年のブルーノート・ジャズ・フェスティヴァルで来日した時のパフォーマンスを観ていますが、ウータン・クランのTシャツを着て登場した(笑)ロバートのピアノを中心とした素晴らしい演奏はメインのパット・メセニーやジェフ・ベック以上に印象的なものでした。
その後2015年のヒップホップ代表作であったケンドリック・ラマーの『To Pimp A Butterfly』へのゲスト参加、ドン・チードル主演のマイルス・デイヴィスの伝記映画『Miles Ahead』(2015)サントラ盤監修と全面参加、そして今年後半にドロップされたコモンの最新作『Black America Again』(2016)への全面参加などその活動範囲とシーンへのインパクトたるや瞠目すべきものがあります。
またロバート自身、今年の5月にはマイルス・デイヴィスの代表曲をロバートのセンスでリミックスしたアルバム『Everything’s Beautiful』を発表、スティーヴィー・ワンダー、エリカ・バドゥ、ハイエイタス・カイヨーテ、ビラールらのR&Bアーティストやジャズ・ギタリストのジョン・スコフィールドをフィーチャーした、マイルスの原曲の数々を大胆に換骨奪胎した作品でシーンを驚かせたばかり。
そんな中リリースされた本作『ArtScience』。ロバート・グラスパー・エクスペリメント(以下RGE)のカルテットとして発表されたこのアルバム、「Black Radio」路線に立ち戻ったかのように見えるのですが、今回大きく「Black Radio」シリーズと異なることが二つあります。
一つには今回のアルバムでは、これまでの彼の作品のウリの大きな部分でもあった客演ボーカリストが一切フィーチャーされていないこと。ボーカルはすべてロバート及びバンドメンバーの4人が担当して、決してボーカル技術的に卓越しているわけではないものの、相変わらず様々な音楽要素がミックスされたサウンドとも相まって、独特の素晴らしいグルーヴを生み出してます。
もう一つは上記とも関連するのですが、今回は収録楽曲のうち2曲のカバーを除く10曲中9曲がロバートとバンドメンバーの共作になっていること。これまでは客演ボーカルが多彩だったことによって必然的に楽曲はほとんどがロバートと客演アーティストの共作、というパターンだったのですが、このバンドとの共作が今回有機的バンドサウンドの出来上がりに大きな貢献をしているように思えます。
これはある意味今後RGEが独立かつ一体となったユニットとして、よりライヴ活動を展開しやすい形での活動を目指していく、という所信表明のようにも受け取ることができる気がします。実はこれに思い当たるまで今月のブルーノートのライヴに行くのを迷っていたのですが、俄然行かなきゃ!と思った次第。
アルバムは、フリージャズ的なRGEの演奏で始まり、途中「いろいろなスタイルの演奏をトライしてみるので観ていてくれ」というラジオMC的なアナウンスからヒップホップ的なサウンドビーツで彩られ、早くもアルバム全体の音楽的多様性を予感させる「This Is Not Fear」で始まり、同名タイトルのフランク・オーシャンの楽曲を思わせるドリーミーなアトモスフェリックR&B的サウンドにロバートのボーカルが乗る「Thinkin’ About You」。
[youtube]https://youtu.be/uUf28dg1yNQ[/youtube]
80年代ダンスR&Bナンバーと70年代後半のフュージョン・サウンドが合体したようなタイトなリズムと心地よいベースラインの「Day To Day」、メンバーの楽しそうなダイアログを挟んで、ウェザー・リポートの全盛期を思わせるようなシンセの基本リフとハイハットの刻みのリズムに乗ったボコーダーのボーカルを中心に、80年代以降のコンテンポラリー・ジャズ・ロック的な9分超に及ぶハイテンションなナンバー「No One Like You」。
一転してまたオッド・フューチャー的な現代的スロウジャム「You And Me」、そしてロバートの素晴らしいフェンダー・ローズの音色とボコーダー・ボーカルがドリーミーなカタルシスでゴージャスなジャズ・ナンバーとなっている、ハービー・ハンコックのカバー「Tell Me A Bedtime Story」と、ここまでアナログ盤だと最初のAB面に収録の6曲で、このアルバムがこれまで以上に意欲作であるのが如実にわかる楽曲のクオリティの高さです。
[youtube]https://youtu.be/lzTflMPresE[/youtube]
後半はリズム・マシーンの鼓動とシンセの刻むリズムにロバートのエレピが早いテンポで絡む、EDMジャズとでも言うべき「Find You」でスタート。後半スロウな生ピアノの演奏になってフェードアウト後に聞こえてくる、ロバートの息子のライリー君の「警察がもっとより良くなるように努力しよう、本当の意味で我々を助けてくれる警察になるように。銃撃はなしだよ。もし次そんなニュースが耳に入ったら、僕はすごく怒るよ」というモノローグがはっと胸を打ちます。
アコースティックなジャズ・ナンバー「In My Mind」でほっとした後、ケイシーのボコーダー・ボーカルの乗ったちょっとEDM入ったスティーリー・ダン、といった風情のポップ・ナンバー「Hurry Slowly」、ポリスか!と思わずつぶやきたくなるレゲエのギター・リズムが印象的な「Written In Stone」、そして全盛時のEW&Fのバラード風ですが、わざとバックのシンセの音程にゆらぎを出しているのが独特の雰囲気を醸し出す「Let’s Fall In Love」と後半もバラエティ満点の楽曲構成。
しかしアルバム最後であっと思わせるのは何とあのヒューマン・リーグの大ヒット曲「Human」のカバー。この曲もフランク・オーシャンを思わせるオッド・フューチャー的なアレンジと楽器使いとボコーダー・ボーカルで独特のグルーヴを作り出しています。よく考えるとこの曲、あのジャム&ルイスの曲ですから本来R&Bとして考えて然るべきナンバーですよね。
冒頭でも書きましたが、「いまのブラック・ミュージック」を体験したければ、ロバート・グラスパーのレコード、特に改めてオリジナルのRGEメンバーでタイトに作り込まれ、これからのRGEの方向性を示唆するかのようなこのアルバムをぜひ聴いてみて下さい。
そのサウンドの新鮮さ、多様さ、ポップセンス、そして驚くようなサウンドスケープの展開にきっと満足して頂ける、そんな素晴らしい作品ですので。
<チャートデータ>
ビルボード誌全米アルバム・チャート 最高位129位(2016.10.8付)
同全米R&B/ヒップホップ・アルバム・チャート 最高位5位(2016.10.8付)
同全米ジャズ・アルバム・チャート 最高位1位(2016.10.8付)
同全米コンテンポラリー・ジャズ・アルバム・チャート 最高位1位(2016.10.8~15付)