新旧お宝アルバム!#190「Gaslighter」The Chicks (2020)

お知らせ

2020.9.14

「新旧お宝アルバム !」#190

GaslighterThe Chicks (Columbia, 2020)

自民党総裁選の投開票はいよいよ今日。メディアを使った印象操作でこれまでのアベシの数々の不法な振る舞いを過去のことと葬り去ろうとするスガシの優勢が伝えられていますが、仮にそうなったとしても国民一人一人がこれまでの安倍内閣のやったことと今回の総裁選の顛末に対してその時には明確に「NO」を突きつけなくてはいけないですね。

さて、ここのところ週末続けて山にでかけていた関係でお休みしていたこの「新旧お宝アルバム!」、今週は久しぶりに今年の新譜、それも政治的な発言を叩かれながら、高らかに自分達の信念を表現して見事にグラミー賞最優秀アルバム等を受賞した前作から14年ぶりにこのコロナ禍の中、ディキシー・チックス改めザ・チックスがリリースした新作『Gaslighter』をご紹介します。

ディキシー・チックス、そしてそのリード・ボーカルでほとんどの彼女達の楽曲の詞を書くナタリー・メインは、いつだって自分の気持ちと信条をストレートに、そして力強く自分達の曲を通して表現してきました。2003年、ロンドンでの公演中、イラク侵攻を断行した当時のブッシュ大統領を批判したことでアメリカ国内の多くのカントリーファンからのバッシングを浴び、カントリー・ラジオからも完全に締め出されてしまったのです。しかし2006年にソングライターのダン・ウィルソン(90年代に自分のバンド、セミソニックで「Closing Time」(1998年全米エアプレイ11位)のヒットを飛ばし、2011年にはアデルの「Someone Like You」(2011年全米5週1位)を共作した)と一緒にこの一連の事件をベースに書いた「Not Ready To Make Nice」(2007年全米4位)とアルバム『Taking The Long Way』(2006)が、カントリーラジオとカントリーチャートからは全く無視されながら、この年のグラミー賞の主要部門を総なめにするという快挙を達成。自らの信条と発言の自由を貫き通したナタリーチックスが力強くその存在感とインテグリティを証明した一瞬でした。

それから14年。その間、メンバーはそれぞれ自分の生活に戻り、ナタリーは2000年に結婚していたTV映画俳優のエイドリアン・パスダーと二人の息子との家庭生活を送っていましたが、その彼女を新たに曲を書いて、新しいチックス(「ディキシー」という言葉が奴隷制を連想させるということで、今年の7月に改名を発表)のアルバムを出そう、という方向に突き動かしたのが、エイドリアンの不倫発覚と2017年の離婚発表、そしてその後2年間に亘る離婚裁判騒動だったのです。しかし前回のブッシュ大統領批判発言とその後の苦難を、自分の信条を変えることなく見事に乗り越えたのと同様、今回のアルバムでのナタリーチックスの楽曲のクオリティ、そして毅然としたパフォーマンスの一方、端々に見えるバンド仲間達や息子達への深い愛情は、このアルバムをナタリーの新しい人生に向けての力強いステートメントを雄弁に語るアウトプットにしています。そしてそれがこの作品を素晴らしいものにしているのは間違いありません。

あのテイラー・スウィフトがナッシュヴィルを飛び出して以降、『1989』(2014)あたりからそのサウンドメイキングに貢献してきたジャック・アントノフをメイン・プロデューサーに迎えたこのアルバム、そこここに聞こえるメンバーのエミリー・ストレイヤーのドブロやバンジョー、マーティ・マグワイヤーのフィドルの音色が彼女達のブルーグラスの出自を漂わせていますが、全体的にはシンセやバンド・サウンドをそれにうまくブレンドさせながら作り挙げられた、とてもコンテンポラリーなポップ作品。しかし、1曲以外は全てバンドの3人とジャックがソングライティングに参加して、ナタリーの変わらぬ張りのあるボーカルで歌われる楽曲は、紛れもなく14年前と変わらぬチックスの世界観を表現しています。

アルバムを通じて多くの曲のドラムスを叩いているレッチリチャド・スミスのドスンドスンというドラムビートと3人のコーラスがいきなりチックスのカムバックを強烈に主張している、アルバム冒頭の「Gaslighter」。最初アルバムタイトルを聞いた時「何でガスライター?」と思ったものですが、実はこれ、1944年のサスペンス映画『Gaslight(ガス燈)』から来た心理学用語で「心理操作術の一つで、過去の自分の行った虐待的な事件を否定したり、疑念のタネを蒔いたり、奇妙な出来事を演出したりして、相手を混乱と不安定に陥れること」なんだそうなんです!そしてその題材は明らかに前夫のエイドリアン。こんな感じで痛烈に、そして高らかに彼を糾弾してます。

「あなたはガスライター、ことごとく否定する人
自分の都合のいいことのためには何でもする
あなたはガスライター、大した大物よね
お父さんの過ちを全て繰り返してるんだから

あなたのハリウッドでの成功のためにカリフォルニアに移り住んだ
あの夜「死ぬまで僕らは一緒だよ」という
あなたの約束を信じた
でもそんなの真っ赤な嘘
ハリウッドはあなたを迎え入れたけど
あなたは満足することを知らなかった
あたし達の友人が離婚してるのに
あなたはとんでもない大嘘つき

私の前で知らん顔してれば隠し事を気付かれないと思ったんでしょ
私のお金をすべてあげればあなたは喜んでそのままおさらばのつもりでしょ
当然だと思ってるかもしれないけど、それってかなり残酷よね
そしてあなたは自分に嘘つくのが一番上手
だって、私のボートで何をしたか判ってるでしょ
そしてそれが理由であなたは家に帰って来ないのよね
もう使い古した作り話はあなたの新しい誰かさんにとっといたら?
だってあなたは大嘘つきなんだから」

いやいやなかなか痛烈です。そして曲はひたすらポップで力強い。強力ですねえ。続いて、若手のシンガーソングライターのテディ・ガイガーが共作した、バンジョーの音色が聞こえるカントリー・ポップっぽいけどスケールの大きい「Sleep At Night」も「嘘で塗り固めた二重生活をしていながら、よく夜ぐっすり寝れるわね」というこちらも痛烈な一発。なお、この曲ではアルバム後半の「Young Man」を共作している、セント・ヴィンセントことアニー・クラークがギターで参加していて、チャドのドラムスといい、意外なコラボに「へー」と思いました。そして全く別の意味で驚いたのは、こういうテーマの曲のバックでドラムスを叩いているのが、16歳のナタリーの次男のベケット君。彼はどういう気持ちでこの曲を聴きながらドラムスを叩いたんでしょう。

こうしたコンテンポラリーなロック・フィールドのアーティスト達との共演や、若手のシンガーソングライター達との共作がふんだんに盛り込まれていながら、あくまでアルバムの世界観はチックスのものを維持しているのが、このアルバムのもう一つの大きな特長。自らも「Issues」(2017年全米11位)のヒットを持ち、数年前にグラミー新人賞にノミネート、セリーナ・ゴメスジャスティン・ビーバーらの最近のヒット曲も共作しているジュリア・マイケルズが共作している3曲の一つ「Texas Man」はアップテンポなポップ・ナンバーですが、何となくナタリーブッシュ批判を連想させる曲です。

このアルバム唯一、チックスの3人とジャックが書いてない「Everybody Loves You」はアコギとピアノだけの静かなバラード。しかしこの曲も自分に酷い仕打ちをした男に対して怒りと不満を感じながら、なぜみんなあなたのことを大好きなの?と情感たっぷりにナタリーが歌う一曲。LAの若干20歳のシンガーソングライター、シャーロット・ローレンスの曲のカバーなのですが、このアルバムのテーマにこれほどピッタリの曲もないわけで、ナタリーの歌唱もリアリティを持って迫ってきます。基本エレピを中心にしたバックにこちらも切々と歌われる「For Her」は、若い頃の自分に対して、強くなるためにはもう少し深く掘り下げて、もう少し優しくなって、もっとガードを下げて、だって強くなるのはとても大変だから、と助言するという歌。自分自身に言い聞かせるようにナタリーが歌うこの曲の共作者には、あのヴァンパイア・ウィークエンドとの仕事で知られたアリエル・レクトシェイドと、昨年のグラミー賞ソング・オブ・ジ・イヤーとレコード・オブ・ジ・イヤーにノミネートされた「The Middle」の共作者の一人、サラ・アーロンズの名前が。

そしてミュージカル『レ・ミゼラブル』のフランス革命の市民行進のシーンに使われそうなやや陰鬱な曲調の「March March」は、今のBLMや学校銃撃事件、未だにアメリカ社会に根強い人種・社会的弱者差別問題に対する自分達の考えと主張を述べることを怖れないチックスの決意表明ともいえる曲。この曲でチックスは改めて「自分達を嫌う人もいるかもしれないが、自分達と同じ考えで支持してくれる人の支えを以て、自分達はたった一人の軍隊になったとしても自分の行進を続ける」と言っているわけで、今後の彼女達の動向も見守っていきたい、そう思わせる迫力を秘めた曲です。

とまあ、一曲一曲が深いメッセージと信念を秘めた曲ばかりなのですが、その一方でナタリーの周囲への愛情を感じさせる曲を2曲ご紹介。一つは先ほど触れたセント・ヴィンセントが共作した「Young Man」。アコギの静かな演奏をバックに、ナタリーが美しく歌うこの曲は、自分とエイドリアンが離婚騒動を経験している間、正に思春期まっただ中を過ごすことになってしまったナタリーの2人の息子、ジャクソン君ベケット君に対するラブレターであり、彼らを鼓舞する歌なのです。じーんと来ますね。

「あの土曜日 私はあなた達にかける言葉もなかった
私達の世界が目の前で大きく変わっていくのを見たのだから
あなた達のヒーローは大人になろうとするあなた達の目の前で墜ちた
そして私は何も言えなかった でも今は何を言えばいいか判る

あなた達は私のかけがえのない人、でも私の所有物じゃない
自分のくねくねした道は自分で歩きなさい
あなた達は絶対大丈夫だから
あの人のベストの所だけを取りなさい
あなたの人生は始まったばかり
悪い話はすべて捨て去って前に進むの

若いあなたたち
私の人生をよく見て理解してほしい
私は私ができるベストのことをした
そして私の憂鬱はあなたの憂鬱じゃない
すべてはあなた達次第なの」

そしてもう一曲はアルバム最後の曲「Set Me Free」。チックス3人とジャックと、ケシャの「Praying」(2017年全米22位)の共作者として知られるオーストラリアのシンガーソングライター、ベン・エイブラハムの共作による、このアルバムで最もカントリー・ポップっぽい、アコギとドブロの演奏をバックに歌われるバラードですが、ここでは、ナタリーが前夫のエイドリアンに「一度でも私を愛してくれていたならどうか私を自由にして」と、彼女を苦しめた相手にさえもある意味愛情を感じさせるような、そんな切ない歌唱が心に迫ります。

「どうして私を悩ませ続けるの?
もう充分私から取っていったじゃない
私をあなたの人生から切り離してほしい
どうしてただ私を自由にしてくれないの?

あなたは時間の無駄遣いをしてる
だってあなたは全てを決着させる力を持ってるのだから
書類にサインをして私を解放してくれるのがまっとうな振る舞いってもの
もし一度でも私を愛してくれていたのなら
最後に一つのことを私にしてくれない?
それは私を自由にすること」

今年に入ってのコロナ禍の下、当初5月発売の予定だったこの『Gaslighter』ですが、6月、そして最終の7月と2回のリリース延期があり、その間にジョージ・フロイドの事件からBlack Lives Matterの運動が全米に広がり、それを受けてレディ・アンテベラム(現レディA)に続いて南部奴隷制を連想させる名前ということでグループ名も変えるなど、2018年頃からジャックと制作を始めたこのアルバムを取り巻く状況もリリースを前にして大きく変わりました。一方でナタリーエイドリアンの離婚訴訟も、エイドリアンが(自分自身も稼ぎまくる人気俳優なのに)ナタリーに離婚後の経済的補償を求める一方、ナタリーの未発表曲に自分たちの離婚をテーマにした内容が含まれないよう阻止するためのアクセスを求める訴えを主張するなど、泥沼化しかけましたが、ナタリーの弁護側の尽力で無事昨年和解に達したようです(なのでこのアルバムでバンバンにこのテーマで曲書いてる訳でして笑)。

そうした状況の変化の中で、この作品の持つ、過去の辛い出来事の整理と精算、そしてそれを踏み越えて次の方向に進んでいくための決意表明というテーマと意味合いがよりチックスの3人、特にナタリーにとっては明確になったことも、このアルバムの迫りくるような勢いと完成度を高めている大きな要素でしょう。BLMが、そして社会的な不合理が一朝一夕にしてなくならないように、彼女達の作品を通しての主張活動も今後続いていくのだと思います。試合ごとに警官暴力の犠牲者の名前を記したマスクを付けてとうとう2回めの全米オープンを制した大坂なおみ選手同様、チックスの3人がこれからも続けるそうした主張を単なる音楽ファンとしてではなく、同時代の矛盾を感じながら生きる一人の人間として、支持していきたい、そう思わせるこの作品、14年前同様、来年年初のグラミー賞の主要部門の一角を賑わせるのではないでしょうか。今年はテイラーの『folklore』も有力なので、来年年始のグラミーの行方も楽しみです。それまでの間、是非この作品をじっくりお楽しみ下さい。

<チャートデータ>
ビルボード誌
全米アルバムチャート 最高位3位(2020.8.1付)
同全米カントリー・アルバムチャート 最高位1位(2020.8.1-8付)