新旧お宝アルバム!#51「The Kenny Rankin Album」Kenny Rankin (1977)

2016.7.25

新旧お宝アルバム #51

The Kenny Rankin AlbumKenny Rankin (Little David, 1977)

いよいよ学校は夏休み、子供達も大人達も夏休みとポケモンGO!で大騒ぎとなってる今日この頃、皆さんは夏の休暇や旅行などなど、東京はまだ梅雨明けしてないようですが、一足早い夏を楽しまれているでしょうか。

自分は先週末、人生初のフジ・ロック・フェスティヴァルに参戦、初日だけでしたが幸い天気に恵まれる中、大自然の中でのいろんなアーティストの素晴らしいライヴを満喫してきました。特に素晴らしかったのはこのコラムでも以前ご紹介したコートニー・バーネットと、大自然と渾然一体となったかのようなライヴを聴かせてくれたジェイムス・ブレイク。いずれも私のフェイスブックのタイムラインでミニレビューを公開していますのでご興味がありましたらチェックしてみて下さい。

さて今週の「新旧お宝アルバム!」は「旧」のアルバムをご紹介する順番。今週は、ヒットシングルや、大きなヒットアルバムには恵まれていませんが、古くからのAORファンの間で根強い人気を持つ一方、ハリー・コニックJr.、ジェイミー・カラムマイケル・ブーブレといった近年のジャズ寄りの男性ボーカリストたちにおそらく大きな影響を与えたであろう、70年代に活躍したシンガーソングライター、ケニー・ランキンの6作目のアルバム、その名も『The Kenny Rankin Album(ケニー・ランキン・アルバム~愛の序奏)』をご紹介します。

TheKennyRankinAlbum (Front)

このアルバムは、その前作である『Silver Morning(銀色の朝)』(1975)が、同じ頃にリリースされていたニック・デカロの『Italian Graffiti』(1974)やその直後に人気を呼んだマイケル・フランクスの『The Art Of Tea』(1976)と共にソフトロック、AORの隠れた名盤として並び称されて「AORアーティスト、ケニー・ランキン」の名前が一部の洋楽ファンの間で語られるようになった頃にリリースされ、AORの名盤という位置づけで今でも語られることの多い作品。

確かにケニーのソフトなテナー・ヴォイスと、フランク・シナトラの多くの名盤でのアレンジャーとして有名な名匠ドン・コスタによるアレンジとストリングスに彩られた、趣味のいいトラックの数々は、このアルバムがリリースされた時代を考えるとAORという文脈の中で語られていたのはごく自然でしょう。特にケニーはそのちょっと前、ヘレン・レディのヒット曲「Peaceful」(1973年全米最高位12位)の作者として、当時ジャンルとして市民権を得つつあったAORのシンガーソングライターとして認知されていたこともそうした評価を呼んでいた一因だろうと思われます。

しかしケニー自身のハートはその昔からジャズやスタンダードの分野にあったことは明らかで、このアルバムの短いライナーノーツでも「1962年に初めてドン・コスタからギターの弦をもらって以来、ずっと一緒に仕事するのを夢見ていた」と、当時フランク・シナトラの片腕だったコスタへの強い思いを露わにしていることからもその情熱を知ることができます。

同時に彼の作品とその歌唱は多くのジャズ・アーティスト達の高い評価を受けてきており、有名なジャズ・サックス奏者のスタン・ゲッツなどはケニーのことを「心臓の鼓動を持っているホーンのようだ」と絶賛するほど。

またオリジナル作品以外でもスタンダード曲、特にビートルズの楽曲を独特のアレンジと歌唱で新たな命を吹き込むかのようなパフォーマンスに定評があり、彼のバージョンのビートルズの「Blackbird」を聴いたポールが感動して、レノン&マッカートニーが1987年にSongwriters Hall Of Fameに殿堂入りした時に、ケニーにこの曲のパフォーマンスを依頼したほどです。

そんな彼のジャズやスタンダードへの思い、ドン・コスタとのコラボへの思いが集結したかのようなこのアルバムは、何とあのカントリー・レジェンド、ハンク・ウィリアムスのナンバー「House Of Gold」のカバーで始まります。この曲をあたかも初期のジェームス・テイラーの作品であるかのようにアコギ一本をバックに洒脱に歌い出すケニー。しかし途中からドン・コスタのゴージャスなストリングスでこれが一気にアメリカン・スタンダード王道のアレンジに変貌するさまは、このアルバムにぐっと聴く者を引き込むに充分です。続くぐっとアフターアワー的なジャズ・スタンダード「Here’s That Rainy Day」でジャズ・ボーカリストとしても充分な力量をみせた後、自作の「Make Believe」へ。ここではこれまでの2曲と違い、メロディ展開自体がドラマチックな楽曲構成と、正にソプラノサックスのようなハイ・テナーのケニーのボーカルが早くもアルバム前半のハイライト的な出来。ソングライター、ボーカリストとしての彼の非凡な才能を感じます。

ここからは彼独特の解釈によるコンテンポラリー・スタンダード曲のオンパレード。まずはこのアルバム発表直前にデビュー作『Careless』(1976)を出したばかりのスティーヴン・ビショップの名曲「On And On」を軽く料理した後は前年にあのジョー・コッカーが素晴らしいパフォーマンスで大ヒットとしたビリー・プレストンの名曲「You Are So Beautiful」。このドラマチックな曲を敢えてドラマチックなアレンジとせず、イントロの1分近くのストリングスでゴージャスに始まった後は軽ーくボーカル・フェイクを交えながら歌うという新鮮な解釈に。続くラスカルズの名曲「Groovin’」はオリジナルの感じを大切に、オルガンとガット・ギターをバックにこちらもジャジーなフェイクのボーカルで違った感じでのソウルフルさを表現。

そして、ジョージ・ハリスンの遺族がこのアレンジにいたく感動して、ジョージの葬儀にも使われたという「While My Guitar Gently Weeps」。間違いなくこのアルバムのもう一つのハイライトであるこの曲では、ケニーの卓越したボーカルと、コスタの重厚でゴージャスなストリングス・アレンジが、陳腐に陥らないギリギリのセンスで感動的な結果を生み出しています。

アルバム後半は、近年のジャズ・ポップ・シンガー達が裸足で逃げ出しそうなボーカルを聴かせてくれるジャズ・スタンダードの「When Sunny Gets Blue」の後、自作の「I Love You」「Through The Eyes Of The Eagle」でクロージングに。前者はまたしてもケニーのハイテナーボーカルとドラマティックなコード進行の楽曲で感動を掻き立て、後者は、マイケル・マーフィーダン・フォーゲルバーグらのこの時期人気を呼んだ自然派のシンガーソングライター達を思わせるようなテーマとアコギベースの演奏が静かなエンディングを演出。

TheKennyRankinAlbum (Back)

ケニーのボーカルは、決してヴィブラートとかの技巧はなく、どちらかというとフラットな発声ですが、声自体の美しさと、カバーの場合はジャズっぽいフェイクで、自作曲では巧みにメロディに織り込まれたハイテナーの声が見事なアクセントになっているところが最大の魅力。ストリングス中心のオールドタイムなコスタのアレンジが苦手な向きにはちょっと辛いかもしれませんが、純粋に楽曲とボーカルの素晴らしさに耳を向けるとこれだけのクオリティの作品はそうそうないと思います。

80年代以降、ケニーは本来彼が愛したジャズ・ボーカルのアルバムをコンスタントに発表していましたが、残念なことに2009年、新作のレコーディングを進めている中、肺がんで69歳の生涯を閉じています。

このアルバムもここ十年くらいの名盤復活シリーズの流れで、2008年に紙ジャケ仕様でCD化されていてネットでも入手可能ですので、是非一度ケニーがキャリア全盛期にその才能を凝縮したこのアルバム、聴いてみて下さい。

<チャートデータ>

ビルボード誌全米アルバム・チャート 最高位120位(1977.3.26付)