2019.3.25
新旧お宝アルバム #141
『Painted From Memory』Elvis Costello with Burt Bacharach (Mercury, 1998)
先週には桜の開花宣言もあり、このまま一気に本格的な春に突入するのか、という勢いでしたが週末寒が戻った感もあり、今週から春の進捗はまた仕切り直し、という感じですね。しかしまた今日あたりから少しずつ暖かさが増していく感じもあり、月末には早くも桜の満開予想が出ている様子。これからは4月中旬まで街中や郊外の山々が美しくなる季節、存分に楽しみたいものです。
さて、先週プライベートでちょっと厳しい状況がありお休みしていたこの「新旧お宝アルバム!」、今回は久しぶりに90年代に戻って、多くの古くからの洋楽ファンの皆さんがとかく見逃しがちなあの時期のアルバムを取り上げます。今日ご紹介するのは、新旧の個性的かつ偉大なメロディメイカー、バート・バカラックとエルヴィス・コステロがコラボして、全曲コステロとバカラックによる共作の新曲12曲を、コステロが決して声楽的に巧いとは言いがたい、それでいて情感と偉大な作曲家バカラックとの共演できることの感動と畏敬に満ちあふれた素晴らしい歌声を聴かせてくれるアルバム『Painted From Memory』(1998)です。
片や70年代終盤のパンク・ニューウェイヴ・ムーヴメントの中から登場、当初は60年代を彷彿させるパワーポップでシーンを虜にし、その後80年代90年代を通じてミュージックメイカーとしての成熟を重ねていったコステロと、60~70年代初期のメインストリーム・ポピュラー音楽を代表する、叙情的でスケールの大きなメロディメイカーとして既にこの時レジェンドとなっていたバカラックによるコラボレーションの話は、90年代後半当時ちょっとした驚きと、いったいどういう音楽が作られるのか大いに興味をそそられたものです。ディオンヌやカーペンターズのようにコステロがバカラック作品の解釈者として果たして機能するのか?バカラックが、20年以上のブランクを経てなおあの変拍や独特のコード進行を駆使して唯一無二の楽曲を作りあげるマジックを、コステロとのコラボで再現できるのか?
その期待と謎に対する回答は、1996年のNYブリル・ビルディングを題材にした映画『グレイス・オブ・マイ・ハート』の最後のクレジット・ロールで二人がパフォームする新曲「God Give Me Strength」でその一端が届けられました。当時この曲を聴いた時、イントロからいかにもバカラック作品らしいフレンチ・ホルンの音色とオーケストレーションをバックに、トーチ・シンガーよろしく情感たっぷりに、どん底にいる人間が神に救いを求めるこのバラードをエモーションを絞り出すように、しかし自信を持って歌い上げるコステロのパフォーマンスには、びっくりするような新鮮さと感動を覚えたものでした。
しかし当時はこのコラボレーションがフル・アルバムに発展するとは思っておらず、従来からバカラックへの敬愛を露わにしていたコステロの夢実現的なワンタイム・コラボレーションだと思っていました。なので、その2年後、1998年9月にこのアルバム『Painted Memory』がリリースされたことにこれまたちょっとした驚きを感じたものです。
コステロとバカラックが共演すること自体が既にスペシャルなイベントであるこの企画、そのアルバムに含まれていた全12曲はいずれもまごうかたなきバカラック作品の意匠とスタイルとそしてマジックを見事に再現していると同時に、コステロとの共作がそうしたバカラックの楽曲に微妙な新鮮さと90年代の(そして今の)鑑賞にも充分絶えうるコンテンポラリーさと、コステロのボーカルが独特の表情と印象を届けてくれるという、ふたつの才能がたいへん有機的に結実している素晴らしい作品になっていたのです。
ほとんどの楽曲はバカラックのピアノとオーケストラ、そして二人のベテラン・セッション・ミュージシャン、ジム・ケルトナーのドラムスとディーン・パークスのギター、そしてコステロの盟友、スティーヴ・ニーヴのキーボードを中心にした演奏をバックに歌われるバラード曲、それも失恋や失意、逆境にいる人間の哀愁といった、バカラック一流のブルーなテーマの楽曲を情感たっぷりに、そしてほのかに見える希望のようなものを暗示するポジティヴネスをたたえながらコステロが見事に歌っているものです。
ためらうように始まるメロディとコステロの歌い出しで既にこのアルバムがスペシャルなものであることを確信させる「In The Darkest Place」に始まり、ほのかな春の訪れを感じさせるピアノのメロディとゴージャスなオーケストレーションとは裏腹に、以前の恋人が頭から消えないまま君と逢い続けるのは間違っているから僕らは終わりにしよう、という悲しいストーリーを語る「I Still Have That Other Girl」、まるで叙情的ロマン映画の一シーンから切り出してきたようなピアノとオーケストレーションをバックに、去って行った恋人が夢の中にだけ現れる男の慨嘆を切々と歌う「My Thief」、自分が思いを寄せる女性たちに対して心ない仕打ちをする男に対して「今日君がひどい仕打ちをする彼女の名前は何?」と迫る「What’s Her Name Today?」、そしてそもそもこのコラボの発端となった「God Give Me Strength」などなど、どの曲もこのアルバムのハイライトといっていい、楽曲としての完成度と存在感、そして聴く者の心を動かす楽曲ばかりです。
これ以上このアルバムのそれぞれの楽曲を解説してもレビューとしては退屈なものにならざるを得ません。なぜならば、どの楽曲も同様のスタイルとクオリティで、クイントエッセンシャル(典型的)なバカラック・ワールドを同じように構築していながら、聴く者に訴えてくる楽曲ばかりで、解説としては同じようなものにしかならざるを得ないからです。こればかりは当時ほとんど全ての音楽誌の絶賛を受けたこのアルバムの楽曲を取りあえず聴いてみて下さい、というのが最高の紹介になってしまうのです。
このアルバムのリリース直前の1998年8月に、アメリカのPBS(公共放送局)の音楽番組「Sessions At West 54th」で、当時番組のホストを務めていた元トーキング・ヘッズのデヴィッド・バーンの紹介で、バンドとフルオーケストラをバックに、タキシードに身を包んだコステロと、オーケストラを指揮しながらピアノを弾くバカラックによってこのアルバムから「Toledo」「In The Darkest Place」「I Still Have That Other Girl」「God Give Me Strength」など数曲を演奏するという放送がありました。こちらは当時VHSでリリースされたのですが残念なことにDVD化されていません。しかし現在でも当時の放送の一部がYouTube等ネット上にアップされていて今でも見ることができます。取りあえずApple Musicなどで聴いてみるのもいいですが、この映像を見ながら聴くと、このアルバムの素晴らしさが更にぐっと感じられると思います。
正しく春を迎えようとする今の季節、バカラックが操る柔らかなホルンやオーケストラ、ピアノの音色にのってコステロのボーカルが織りなす、ちょっとメランコリーで暖かいこのアルバムの楽曲群を聴きながら、ほころび始めた桜を愛でるには最高の時期です。これまでこの作品を何度も聴いて親しんで来た方も、そして「こんなアルバム知らなかった」と仰る方も、是非この素敵なコラボレーションに身を任せて、春を満喫してみて下さい。
<チャートデータ>
ビルボード誌全米アルバムチャート 最高位78位(1998.10.17付)
全英アルバムチャート 最高位32位(1998.10.10付)