2019.4.15
新旧お宝アルバム #143
『Sailin’』Kim Carnes (A&M, 1976)
先週の冷たい雨の後も、まだそこここに桜の面影が残る今日この頃、今週からはいよいよ気温も上がって春本番、さらには10連休に向かって、平成最後の2週間となります。既に連休中の予定もいろいろと決まっていて、楽しみにされている方も多いことでしょう。
さて、今週の「新旧お宝アルバム!」は、70年代に戻って、当時大ブレイク前だったキム・カーンズが、そのシンガーソングライターとしての才能を、名うてのマッスルショールズ・スタジオ専属のミュージシャン達と一つの素敵なアルバムにまとめたアルバム、『Sailin’』(1976) をご紹介します。
キム・カーンズというと、特に80年代以降のMTV洋楽世代の皆さんには、あの1981年9週全米No.1の大ヒット曲「ベティ・デイヴィスの瞳(Bette David Eyes)」と、あのPVのイメージがかなり強いのでは。なので、あの曲以外のキム・カーンズをよくご存知ない方もかなりおられるのではないでしょうか。
あの曲のキム・カーンズに対する功罪は様々あると思いますが、彼女の知名度を上げて、1982年第24回グラミーではレコード・オブ・ジ・イヤーとソング・オブ・ジ・イヤーの2部門受賞をもたらすなど、一般認知度と商業的成功をもたらした一方、彼女のシンガーソングライターとしての才能(「Bette Davis Eyes」はジャッキー・デシャノンとドナ・ワイスの作品)や、ブレイク前は「女ロッド」というコピーで売り出されるなどブルー・アイド・ソウル・シンガーとしての魅力などが、正当に評価されることなく、MTV時代のポップ・シンガー的にステレオタイプなイメージに固められてしまったのは彼女のキャリアにとって、決してハッピーなことではなかったのではないか、と思ってしまいます。事実あの曲以降それまでのカントリーとR&Bの両方の要素を持ったシンガーだったキムが(彼女の初のソロ全米トップ10ヒットは、あのスモーキー・ロビンソン&ミラクルズの往年のヒット「More Love」でした)、あの曲の路線を追わざるを得ず、結果大きく表舞台に出ることも少なくなってしまったというのは残念なことです。
そのキムが、その独特なハスキーヴォイスの歌唱で、カントリーとR&Bをベースにした実力派シンガーソングライターとしてのキャリアを、商業的ブレイクを夢見ながら着実に積み上げていた時代のアルバムが、今回ご紹介する『Sailin’』です。
もともと60年代から夫のデイヴ・エリンソンとのチームでロスの音楽シーンで活動をしていたキムは、シナトラ・ファミリーの作品プロデュースで有名なジミー・ボウエンに見いだされて、スタッフ・ライター兼バックアップ・シンガーとしてデヴィッド・キャシディらに曲を提供しながら、1972年にはファースト・アルバム『Rest On Me』をリリース。ここに収録されていた「You’re A Part Of Me」が1975年にアダルト・コンテンポラリー・チャートに入る、キム初のチャートヒットとなった(後にジーン・コットンとの再録バージョンがキム初のトップ40ヒットに)、そんなタイミングで、キムが夫デイヴと書きためた曲をひっさげて、当時スワンプ・ロックの聖地と言われたマッスルショールズ・スタジオで、アリサ・フランクリンなどを大スターにした大プロデューサーのジェリー・ウェクスラーと、マッスルショールズのバリー・ベケットをプロデューサーに迎えて作ったのがこの『Smilin’』。
アコギのアルペジオから静かに始まり、キムのあのハスキーなボーカルが「あなたの最高のところに私はやられちゃったのよ」と次第にドラマチックに盛り上げていく、エディ・リーヴスとキムの共作による冒頭の「The Best Of You (Has Got The Best Of Me)」、ヴァン・モリソンのカバー曲「Warm Love」、名手デヴィッド・グリスマンのマンドリンの音色がテックスメックスの香りを感じさせる、キム自作の口先だけの男に乗ってしまった女の話を綴るカントリー・バラード「All He Did Was Tell Me Lies (To Try To Woo Me)」、自分の元に返ってこない男に手紙を書こうとしてはやめる女の心情を、自らのピアノの弾き語りで歌うこれも自作の「He’ll Come Home」、そしてアカペラのゴスペル風のコーラスで始まり、次第に後半にかけて盛り上がるタイトル曲の「Sailin’」と、A面だけでも「Warm Love」以外の彼女自身のペンによる楽曲は、全体的にカントリーまたはカントリー・ゴスペル風の雰囲気で、ストーリー性や歌詞の織りなす世界観と彼女のボーカルとメロディ・楽曲構成が素晴らしく、当時このアルバムがチャートインすらしなかったというのが信じられないような出来です。
もちろんバックのミュージシャンは、マッスルショールズの有名セッション・ミュージシャンたち。プロデュースしながらキーボードを弾くベケット、後にレニー・ルブランとのデュエット、ルブラン&カーとして「Fallin’」のヒットを飛ばすことになる、ギターのピート・カー、同じくギターのジミー・ジョンソン、ベースのデヴィッド・フッド、そしてドラムスのロジャー・ホーキンスという超有名なメンバーがバックを固めています。
B面は他ならぬロッド・スチュアートもアルバム『Atlantic Crossing』(1975)で歌っていた、バリー・ゴールドバーグ(元ポール・バターフィールド・ブルース・バンド)とジェリー・ゴフィン作の「It’s Not The Spotlight」でスタート。ピアノの音色に乗って静かに歌い出し、後半ピート・カーのギターソロがドラマチックに盛り上げる「Last Thing You Ever Wanted To Do」、ゾンビーズあたりのホワイト・ソウル・バンドの楽曲を思わせる「Let Your Love Come Easy」、そしてラグタイムとゴスペルとR&Bの要素が次々に楽曲を展開していく「Tubin’」とB面はA面に比べて、R&Bやゴスペル的な要素を感じる楽曲が続きます。
そしてアルバムを締めるのは清冽な感じのストリングスとピアノをバックに、エモーショナルにキムが「愛は予測もしないところから現れるから、逃さずに愛をしっかりつかみなさい」と訴える、キムとデイヴ作のスケールの大きいバラード曲「Love Comes From The Most Unexpected Places」。バーブラ・ストライザンドがカバーするなど他のアーティストにも取り上げられたこの曲は、キム自身参加してパフォーマンスした、1977年の第6回東京音楽祭で見事作曲賞を受賞。実はこの時日本の音楽ファンの耳にキムの楽曲と歌声は既に届いていたことになります。
今年74歳になるキム、今はロスからナッシュヴィルに居を移して、様々なカントリー・アーティスト達と共演したり曲を提供したり、一番最近ではイギリスのR&Bシンガー、フランキー・ミラーがリリースした様々なアーティストとのデュエット・アルバム『Frankie Miller’s Double Take』(2016) でフランキーと共演するなど、まだまだ音楽活動はしっかり続けている模様。
残念ながらこのアルバムは未だにCD化されていませんし、Apple Musicやスポティファイなどのストリーミングにも登録されていないようで、音源を聴くにはYouTubeにポストされているいくつかの曲を聴くしかないようですが、それでも充分聴く価値のある楽曲ばかりですので、探して見て下さい。
これからじわじわと暖かさが増すこの時期に、澄み切った青空を思わせるキムの楽曲と、それに味わいを加えるハスキーなボーカルが織りなすキムのまだ若い頃のこの作品を楽しむのもなかなか乙なものではないかと思う、今日この頃なのでした。
<チャートデータ> チャートインせず