2017.11.6
新旧お宝アルバム #106
『Moon Bathing』Lesley Duncan (MCA, 1975)
台風の関係で雨続きだった10月も終わり、11月に入ってやっと秋らしい素晴らしい天気の日々が続いていますが、皆さんもアウトドアに、行楽に、そしてライブやレコードハンティングに活動レベルを上げていることでしょうね。そうこうしているうちに2017年も後残すところ2ヶ月。今月が終わるとビルボード誌の年間チャートの発表や、来年2月発表のグラミー賞ノミネーション発表と、にわかに音楽周りも慌ただしくなる季節。今年新たに巡り会ったアーティストや新譜の数々を振り返って、そろそろ2017年の総決算の準備をしようかな、と思い始めているところです。
さてそんな秋の深まりを感じる今日この頃、今週の「新旧お宝アルバム!」は正にそうした秋の雰囲気を強く感じさせるアーティスト、そしてアルバムをご紹介します。エルトン・ジョンの初期のアルバム『エルトン・ジョン3(Tumbleweed Connection)』(1970)に収録されたしみじみとしたアコースティックナンバー「Love Song」の作者として、そしてその曲をエルトンとデュエットしたことで当時注目を浴びた、イギリス出身の女性シンガーソングライター、レスリー・ダンカンの4枚目のアルバムになる、その名も秋らしく「月光浴」という『Moon Bathing』(1975)をご紹介します。
レスリー・ダンカンという人は、上記の通り、初期の自分のアルバムには基本自作または自分の共作曲しか収録しなかったエルトン・ジョンが数少ない例外として「Love Song」を収録、しかも共演までしたということで70年代前半に注目を浴びたシンガーソングライター。その後もUKロックシーンでバックボーカリストとしてエルトン・ジョンの『マッドマン(Madman Across The Water)』(1971)、あのピンク・フロイドの名盤『狂気(The Dark Side Of The Moon)』(1973)の楽曲にも全面参加するなど、ミュージシャン達の間で大きなリスペクトを集めたアーティストです。
上品な佇まいの風貌のレスリーはこうした素晴らしいキャリアやミュージシャン仲間からのリスペクトにも関わらず、本人自身が華やかなスターダムを望まず、またかなりの舞台恐怖症だったらしく、英米で商業的な成功を収めるには残念ながら至っていません。
しかしその大人の雰囲気を湛えたボーカルや、UKのアーティストながらアメリカのマッスルショールズあたりのサウンドも彷彿させる魅力溢れるメロディや楽曲構成の作品で、今でも70年代以来活躍するミュージシャンや古くからの音楽ファンの間では確たる人気を博しているのです。
当時の夫のジミー・ホロウィッツのプロデュースによるこのアルバムの冒頭を飾るのは、ちょっと明るいローラ・ニーロあたりのナンバーや、70年代半ばのサザン・ソウルナンバーを彷彿させる軽快でリズミカルな「I Can See Where I’m Going」。軽快なカッティング・ギターを聞かせてくれるのは、このアルバム全面に参加している、あのUKを代表するセッション・ギタリスト、クリス・スペディング。続くジミーとの共作「Heaven Knows」はぐっとテンポダウン、しっとりとしたしみじみ系のバラードナンバーで、クリス・スペディングのスライド・ギターをフィーチャーしたこの曲は正に秋深し、という言葉を想起させるナンバーです。次のタイトルナンバー「Moon Bathing」はレスリー自らマンドリン、そしてUKアーティストの作品には珍しくジム・ライアンのバンジョーをフィーチャーした、ちょっとブリティッシュ・トラッドの香りを感じさせながらスロー・ブルーグラス的ユニークな楽曲で、レスリーの作風の幅を感じさせます。
ビートルズの「You Won’t See Me」などと同様にコードの根音が半音ずつ下がっていくメロディから、サビにかけてはいかにもUKポップ風の軽快なギターリフが楽しい「Rescue Me」、そしてジミーのピアノをメインにまたぐっとしっとりとしたバラードの「Lady Step Lightly」でアルバムのA面が終了します。
B面は、ゴスペル風のピアノの演奏に乗ってレスリーがメンフィス・ソウル風な歌唱を聴かせてくれるアップテンポな「Wooden Spoon」でスタート。後半の効果音やゴスペル風コーラスが楽しいナンバーです。次の「Pick Up The Phone」はエレピのイントロから抑えめのクリスのギターをがっちりR&B風のリズムセクションが固めるミディアムナンバー。ここでのレスリーのソフトでやや哀愁を湛えたボーカルが、また秋を感じさせてくれます。
同じく抑えめの楽器アレンジの中にフルートやサックスの音色が心落ち着かせてくれる「Helpless」、レスリー自身とジム・ライアンのアコギのアルペジオと後半から入ってくるジミーのピアノだけというシンプルながら心にしみいる、これぞシンガーソングライター作品という感じの「Fine Friends」、トルバドゥール風のピアノから一気に時代を感じさせるディスコ・ビートっぽいアップテンポにそれこそ「飛び込んでいく」このアルバムでは異色なナンバー「Jump Right In The River」とレスリーのボーカルと楽曲を堪能できる作品が続いて、ラストはもう一曲のジミーとの共作曲「Rocking Chair」。ジミーのピアノをバックにレスリーがその柔らかなボーカルでしっとりと歌うバラードで、この素晴らしいアルバムのフィナーレを飾ります。
レスリーはこの後5枚目のアルバム『Maybe It’s Lost』(1977)をリリースした後、『狂気』のエンジニアだったアラン・パーソンズとの縁で、アラン・パーソンズ・プロジェクトのアルバム『イヴの肖像(Eve)』(1979)に参加、「If I Could Change Your Mind」のリード・ボーカルを取ったのを最後に、音楽業界からは引退してしまいました。最初の夫ジミーと離婚後、1978年に音楽プロデューサー、トニー・コックスと再婚し、スコットランドのマル島の港町に移り住んで静かな生活を送っていたようですが、残念ながら2010年に66歳の若さで他界しています。
長らくCD化されず、古くからの音楽ファンの間だけで聴かれ続けて来たこのアルバム、ありがたいことに昨年2016年に日本で世界初CD化を果たし、広く音楽ファンの手にわたることになりました。これからますます秋深まる中、きっとその素晴らしい楽曲とレスリーの歌声が心を温めてくれる、そんな作品、是非一度聴いてみてはいかがでしょうか。
<チャートデータ> チャートインなし