2018.7.2.
新旧お宝アルバム #125
『Dirty Computer』Janelle Monáe (Bad Boy / Atlantic, 2018)
あっという間に梅雨も明け、今年も半分が終わり7月に入ってから連日暑い日が続いていてもう完全に夏模様。これからは夏フェスが次から次に始まりますが、皆さん体調管理は万全にして、絶好調のコンディションで音楽もアウトドアも楽しみたいもんですね。
さて今週の「新旧お宝アルバム!」は、ここのところ映画俳優としての活動でも各所で存在感を出しながら、モデルとしても、またアクティヴィストとしてもメディアに顔が出ることが増えてきたジャネル・モネイが今年リリースした、ちょっとだけ先進的なサウンドアプローチながらメインストリーム・アピールもバッチリという3枚目のフル・アルバム『Dirty Computer』をご紹介します。
今のフューチャリスティックで都会的な風貌からはちょっと意外に思える、カンザス・シティという中西部の地方都市のブルー・カラーな家庭に生まれ育ったジャネル・モネイ(本名:ジャネル・モネイ・ロビンソン)の子供の頃からの夢はシンガー/パフォーマーになることだったというから既に彼女はその夢をほとんど達成していることになります。
彼女は音楽と演劇の勉強のためにNYのアカデミーに通った後、2001年、16歳の時にアトランタに移住して当時ヒップホップの大スターだったアウトキャストのビッグ・ボイと知り合い、地元の若手のアーティスト達とワンダランド・アーツ・ソサエティなるグループを結成。このワンダランドの仲間達がその後、現在まで彼女の作品の曲作りや制作のバックアップをしてくれることになります。
その後アウトキャストのアルバム『Idlewild』(2006)に客演したのがきっかけで、あのバッド・ボーイ・レーベルの主宰者、ショーン・”P-ディディ”・コムズに気に入られてバッド・ボーイと契約。同レーベルからリリースした最初のEP『Metropolis: Suite I (The Chase)』(2007)の中の一曲がその年のグラミー賞の最優秀アーバン・オルタナティヴ/パフォーマンス部門にノミネートされたのが彼女のミュージシャンとしての成功のスタートでした。
そのジャネルが多くの我々の前に登場したのは、あのファンの大ヒット曲「We Are Young」(2012年6週連続1位)にフィーチャーされて、2013年2月開催の第55回グラミー賞で、ソング・オブ・ジ・イヤーを受賞したその「We Are Young」をファンのメンバーとパフォームしたあの時。
当時既に最初のフル・アルバム『The ArchAndroid』(2010)をリリース、その先進的コンセプトのポップ・R&B作品が一部に高く評価されていた彼女がこれでメインストリームに正式に登場、続く『The Electric Lady』(2012)ではエリカ・バドゥ、プリンス、ミゲル、エスペランザ・スポールディングなど新旧の個性的なスーパーゲスト達をフィーチャーした、様々なジャンルの音楽が渾然一体となった、とても個性的ながらキャッチーなフック満載の「ジャネル・モネイ・ワールド」を提示してシーンの高い評価を集めることに。
そして2016年には、その年のアカデミー賞作品賞候補となった、いずれも厳しい社会でのプレッシャーや差別と戦いながらもアフリカン・アメリカンとして生き抜いていくという2本の映画、『ムーンライト(Moonlight)』と『ドリーム(Hidden Figures)』に主要な役どころで好演。単に音楽的表現に止まらず、アーティスト「ジャネル・モネイ」としての存在感をマスに大きくアピールしました。
そしてリリースされたこの最新作。アルバムリリースに先駆けてドロップされた新曲「Make Me Feel」のPVは、あのプリンスが逝去直前にアイディアを出したというシンセ・ベース・リフをフィーチャーした、そのプリンスの「Kiss」を彷彿させるようなミニマリスティックながら強烈なファンク・グルーヴが全編を通してうねりまくるバイセクシュアル賛歌、そして映像もとてもフューチャリスティックでファッショナブルなもので、新作への期待をいやが上にも盛り上げてくれたものです。
このアルバムでは、前作の『The Electric Lady』同様、シンセポップ、ファンク、ゴスペル、オルタナティヴ・ロック、ヒップホップ、R&Bといった様々なジャンルの要素がある時は渾然一体と、またある時は曲ごとに全く異なるジャンルの要素を前面に出した形で楽曲が提示されます。しかし楽曲のアレンジやメロディ・フックの感じが前作よりもメインストリームを意識しているような感じもあり、ジャネルの作品が初めて、という方も比較的抵抗感なく彼女の楽曲世界に入っていける、そんな作品になっています。
アルバムのオープニングは厳かなコーラスだけをバックにジャネルがアルバムの紹介をするような小品「Dirty Computer」。分厚いバックのコーラスに参加しているのは何とビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソン。
ゴスペル教会の牧師のような演説からR&Bポップっぽいミディアム・リズムにポップなメロディフックで盛り上げていく「Crazy, Classic, Life」(マーヴェル・コミックスの『Black Panther』に登場するワカンダ国でとれる架空の金属ヴィブラニウムに着想を得たとのこと)と「Take A Byte」(禁断のリンゴを食べたエデンの園のイヴに着想を得たとのこと)でアルバムのトーンを今風R&Bポップな感じに持っていった後、レニー・クラヴィッツの実娘で俳優でも活躍するゾウ・クラヴィッツをフィーチャーした、ちょっとオルタナ・ポップな感じの「Screwed」では刹那的な快楽主義を揶揄するような歌詞を思いっきりポップに歌ってるというのがこのアルバムでの彼女の立ち位置を象徴しているような気が。
続いてラッパー・ジャネルの登場で、これまでの自分の生い立ちとキャリアを斜に構えたような視点でまくし立てる達者なそして挑発的なフロウを聴かせる「Django Jones」(『Black Panther』に登場する女闘士団、ドラ・ミラジェに着想を得たとか)でぐっと雰囲気変更。続く「Pynk」はザ・ナショナルかフェニックスかという感じの今風のシンセポップ・ロックトラックで、このあたりはジャンルがあちこちに飛びまくっているのにアルバムとしては不思議な統一感を感じさせるのは、やっぱりジャネルのボーカルが立っているからか。
そしてこのアルバムの先行シングルで先ほど冒頭に触れたプリンス・マナーのミニマル・ファンク「Make Me Feel」。やはりこの曲はこのアルバムでもハイライトの一つですね。この曲を一つの頂点として、ファレル・ウィリアムスをフィーチャーしたR&Bポップ「I Got The Juice」、今風R&B的なミニマルなトラックに一段とジャネルのボーカルが映える「I Like That」から80年代ベイビーフェイスっぽいスローなR&Bジャム「Don’t Judge Me」とアルバムの雰囲気は段々とワインドダウンの方向に。
神秘的なサウンドをバックに、スティーヴィー・ワンダーが神への愛と、怒りや憎しみの感情すらも愛の言葉で表現すべき、という福音的な語りを聴かせる短い「Stevie’s Dream」に続き、ニルヴァーナとかの90年代グランジ・ロックっぽいギターのバッキングがまたちょっと異色な感じの「So Afraid」が終わると、アルバム・ラスト・ナンバーのゴスペルっぽいコーラスとボーカルからあたかもミュージカルのフィナーレのような感じの盛り上がりでエンディングに向かっていくアップビートな楽曲「Americans」へ。この最後の曲は、オバマ元大統領が2008年大統領選立候補の際行った、人種差別を超えて国全体の結束を求める演説「A More Perfect Union」と、今年2月にクインシー・ジョーンズがGQ誌のインタビューで行った「我々は黒人であることに付き合わざるを得ない。怒りは何も解決しない。怒りではなく、問題を解決可能なパズルとして捉えることが大事で、常に自分はそればかり考えている」というコメントにインスパイアされてジャネルが書いた曲。そしてそのメッセージはオバマ氏とクインシーのメッセージをジャネル風に咀嚼した前向きなものなのです。
その後も新しい映画への出演も予定されながら、自らのバイセクシュアリティを隠すこともなく、積極的にLGBTQコミュニティへの支援発言や活動を続ける、ある意味今のアメリカを象徴するオピニオン・リーダーの一人としても注目を集め続けるジャネル・モネイ。このアルバム、今年から対象作品数が5から8に拡大されることになったグラミー賞主要4部門でも必ずどこかにノミネートされるのでは、と個人的には密かに思っています。
暑い夏の昼下がり、あるいは夜友人達とのパーティーなどの席で、ジャネル・モネイのフューチャリスティックだけどメインストリーム、エッジーだけどポップ、そして歌詞の内容を読み込むとオピニオン・リーダーとしての彼女が浮き出てくるというこの作品を楽しんでみてください。
<チャートデータ>
ビルボード誌全米アルバム・チャート 最高位6位(2018.5.12付)
同全米R&B・ヒップホップ・アルバム・チャート 最高位4位(2018.5.12付)
同全米R&Bアルバム・チャート 最高位1位(2018.5.12付)