2016.8.8
新旧お宝アルバム #52
『American Tunes』Allen Toussaint (Nonesuch, 2016)
洋楽ファンの皆さん、暑中お見舞い申し上げます。
先週は夫婦で久しぶりに夏休み旅行ということで、東北は平泉と仙台に行き、昼は奥の細道の史事に触れ、夜は新鮮な海の幸とお酒を堪能してきた関係でお休みさせて頂いたこのコラム。先週末6日は広島原爆記念日、そして今日8日には天皇陛下のビデオコメント発表ということで戦後70年の区切りを感じさせる日々が続いています。心から今の平和と国民の人権を尊重する政治、そして周辺諸国との調和を重んじる外交が今後続いていくことを改めて祈ります。
さて、今週の「新旧お宝アルバム!」は新しいアルバムをご紹介する順番ですが、今回は惜しくも昨年11月に他界してしまったばかりのアーティストとしては超大御所で南部音楽、特にニューオーリーンズの音楽シーンの父といわれた故アラン・トゥーサンの最後のセッションをまとめて今年リリースされたアルバム『American Tunes』(2016)をご紹介します。
アラン・トゥーサンといえば、南部特にミーターズやネヴィル・ブラザーズなどに代表されるニューオーリンズのR&Bや、ザ・バンドとの客演で知られるドクター・ジョン等に代表されるスワンプ・ミュージックと言われる音楽に興味のある方にはとうにお馴染みの名前。
自身とても雰囲気を持ったピアノプレイヤーながら、過去には様々なアーティストのヒット曲を手がけてきたサウンドメイカーとしても有名で、ポインター・シスターズのデビュー曲「Yes We Can Can」(1973年全米最高位11位)やグレン・キャンベルによるカバーヒット「Southern Nights」(1977年全米No.1)の作者として、またプロデューサーとしてもドクター・ジョン「Right Place, Wrong Time」(1973年全米最高位9位)やラベルの「Lady Marmalade」(1975年全米No.1)を手がけたことで有名です。
近年はハリケーン・カトリナ被害からのニューオーリンズ復興プロジェクトから生まれたエルヴィス・コステロとのコラボ作『The River In Reverse』(2006)や、戦前のアメリカン・スタンダードをカバーした『The Bright Mississippi』(2009)などジャズ寄りの渋い作品が多く、昨年1月にも来日したばかり。
昨年11月にスペインでのツアー中に心臓麻痺で77歳で急逝したトゥーサンが、その直前の10月に名うてのミュージシャン達を相手に残していた演奏音源を、今回前作『The Bright Mississippi』のプロデューサーでもあり、アメリカ伝統音楽をベースにしたロック作品のプロデュースでは定評のあるジョー・ヘンリー(最近ではボニー・レイット『Dig In Deep』(2016)など)がまとめ上げ、トゥーサン没後オリジナル・アルバムとして発表したのがこの『American Tunes』です。
まずこのアルバムに針を落として(そう、アナログで聴かれることをお勧めします)通して聴いて強く感じるのは、トゥーサンのごく自然に奏でられるピアノの音色が聴く者に与えてくれる抱擁感と、遠くアメリカ南部の昔や、ニューオーリンズから見るビッグ・イージー(ミシシッピ川の愛称)の川面がたゆとうように揺れているイメージ、そしてそれらが与えてくれる例えようもない心の安らぎです。ニューオーリンズを訪れてあの街の与えてくれる独特の感じを肌で感じたことのある方にはそういう印象がいっそう強く感じられるに違いありません。
収録された17曲(CD収録は14曲)のうちボーカルが入っているのは、3曲のみであとは全てトゥーサンのピアノに、ビル・フリゼル(ギター)やヴァン・ダイク・パークス(オーケストラ・アレンジ、ピアノ)らのベテランアーティスト達が回りを控えめに固めた布陣で聴かせる、インストゥルメンタル曲です。
ボーカル曲では、戦前のジャグバンド等の伝統音楽に影響を受けたコンテンポラリーなアメリカーナ・ミュージックで最近注目を集めている若手女性シンガーのリアノン・ギデンズが、あのデューク・エリントンのナンバー『Rocks In My Bed』『Come Sunday』でオールドタイムな魅力あふれる歌声を披露しているのと、トゥーサン自身がアルバムラストで、アルバムタイトル曲でもあり、ポール・サイモンの有名曲である『American Tunes』を、逝去一月前とは思えないほど張りのある、若々しい歌声で歌い、このアルバムを締めているのがとても印象的(アナログアルバムではこの後ヘンリー・マンシーニの有名曲「Moon River」など3曲が収録されています)。
アルバム中自作曲は、いかにもニューオーリンズのセカンド・ライン(ニューオーリーンズの葬列で、ファーストラインは悲しみを表す遺族の列であるのに対して、セカンドラインは陽気に故人を送り出すための楽器演奏のミュージシャン達の列であることに起源を発しているニューオーリンズ独特の音楽スタイル)の典型とも言える洒脱な曲調のアルバムオープニング曲「Delores’ Boyfriend」とグレン・キャンベルがカバーして大ヒット、自らの代表アルバムのタイトル曲でもある「Southern Nights」をプレイしているのみ。
それ以外は前述したデューク・エリントンやヘンリー・マンシーニ、ポール・サイモン、そして同じくニューオーリンズ・ミュージックの代名詞といえるプロフェッサー・ロングヘアーの「Mardis Gras In New Orleans」と「Hey Little Girl」など、戦前から最近までの幅広い時代の、アメリカ伝統音楽に根ざす楽曲を広く取り上げて演奏し、トゥーサンならではの雰囲気を醸し出しています。
[youtube]https://youtu.be/NKhE8YNU4cQ[/youtube]
中でも印象的だったのは、ジャズの名ピアニスト、ビル・エヴァンスの代表曲とも言える「Waltz For Debby」のカバー。原曲はしっとりとした、夜のナイトクラブの喧噪の中で自らの世界を作り出すがごとく濃密なスロウテンポの演奏となっているのを、トゥーサンは、この曲をセカンド・ライン風に大胆にアレンジして、テンポも弾むようなミドルアップで、洒脱ながら原曲の素晴らしさが生き生きと浮かび上がるパフォーマンスに変貌させているのです。ビル・エヴァンスの熱心なファンには怒られるかもしれませんが、オリジナルの素晴らしさもさることながら、このバージョンの方が元気をもらえる楽しいバージョンになっていて、聴いていてとても嬉しくなります。
今回このアルバムタイトルにポール・サイモンの「American Tunes」が選ばれた理由として考えられるのは、実は昨年12月、トゥーサンも設立メンバーとして関わっていた「New Orleans Artists Against Hunger and Homelessness(飢えとホームレス撲滅のためのニューオーリンズ・アーティスト達)」結成30周年のベネフィット・コンサートで、トゥーサンとポール・サイモンが共演することになっていたためだと思います。残念ながらその前月に急逝したトゥーサンを欠きながら、当日ポール・サイモンはソロで演奏し「アラン・トゥーサンはニューオーリンズを世界に紹介してくれた。そして彼がその天才的音楽の全てを私たちに恵み終わる前に残念ながら帰らぬ人となってしまった」とスピーチし、トゥーサン逝去を惜しんだとのこと。
[youtube]https://youtu.be/u6Mv0X-1qLA[/youtube]
暑い夏はいろいろなことを思う時、去ってしまった人達を思う時、そして我々が恩恵を受けている平和や自然との調和について改めて思いを馳せる時期でもあります。
トゥーサンの遺作となったこの素晴らしいピアノ・アルバムは、そうした暑い夏の様々な思いにふけるのに最高のサウンドトラックとなって、あなたの夏のひとときを豊潤な音楽と素晴らしい雰囲気で彩ってくれることでしょう。是非一度このアルバムに耳を傾けて頂き、可能なかたであれば、ぜひともアナログLPでお聴きになってみることをお勧めします。
<チャートデータ>
ビルボード誌全米ジャズ・アルバム・チャート最高位2位(2016.7.9 & 23付)