2017.10.9
新旧お宝アルバム #103
『Wildflowers』Tom Petty (Warner Bros, 1994)
秋本番となりつつある気候をよそに、先週は悲しいニュースが続く一週間となりました。ラスヴェガスの中心地で折しもカントリー・ミュージック・フェスティバル開催中に発生した銃乱射事件で59名の犠牲者が発生した事件は、治安がいいと言われるラスヴェガスで、しかも音楽を楽しむために集まった何の罪もない人々が犠牲になり、ことに音楽というものが絡んでいただけに大きなショックを我々音楽ファンに与えました。
そしてそのショックも冷めないうちに我々に届けられたトム・ペティの訃報。
今週の「新旧お宝アルバム!」はあまりにも早く我々の元を去ってしまった、80年代以降のアメリカン・メインストリーム・ロックの良心とも言うべき矜持をことあるごとに示してくれたトム・ペティが、90年代に入ってソロ名義にギアシフトして届けてくれた、一段進化したかのような素晴らしいソロ第2弾アルバム『Wildflowers』(1994)をご紹介して、彼への餞(はなむけ)としたいと思います。
1979年発表の3枚目のアルバム『破壊(Damn The Torpedoes)』と初の全米トップ10ヒット「危険な噂(Don’t Do Me Like That)」でメインストリーム・アメリカン・ロック・バンドとして商業的にも大ブレイクしてから、1980年代を通じて次々にアルバムを発表して後を振り返る暇もなく活躍していたトムとハートブレイカーズのメンバーにとって、1980年代後半からは新たなフェイズに入って、いい意味で自らのギアを一段落とした活動時期に入った時期でした。
トムはジェフ・リンのプロデュースによりボブ・ディラン、ロイ・オービソン、ジョージ・ハリスンそしてジェフとのトラヴェリング・ウィルベリーズとして1988年と1990年にアルバムを発表して、名実ともにトムのロック・アイコンとしてのステイタスが確立されたのがこの時期。そしてその間を縫ってリリースされた初のソロ名義での『Full Moon Fever』(1989)は大ヒット、「Free Fallin’」(最高位7位)や「I Won’t Back Down」(同12位)といった未だにトムの代表曲とされる楽曲の数々が、ジェフ・リンが施すプロデュースで新たなトムの魅力として受け入れられた、いわば「ジェフ・リン期」。この時期には4年ぶりのハートブレイカーズ名義のアルバム『Into The Great Wide Open』(1991)も発表され、トムに取っての第2充実期だったわけです。
今日ご紹介する『Wildflowers』はそこから2年の期間を空けて発表された作品で、特筆すべきはあれだけヒットフォーミュラ的に成功したジェフ・リンとのコラボから、ジョニー・キャッシュのロックな復活や、レッチリのブレイク、そして後にディキシー・チックスに主要グラミー部門受賞をもたらす名プロデューサーのリック・ルービンにプロデューサーのパートナーをすっぱりと変えたこと。この後ハートブレイカーズ名義の『Songs And Music From “She’s The One”』(1996)、『Echo』(1999)と「リック・ルービン期」の作品が続きますが、その最初のコラボにしておそらくトムに取ってキャリアベストを争うレベルの作品が作り出されたのです。
最初のソロ『Full Moon Fever』のバックが、マーク・キャンベル(g)とベンモンド・テンチ(kbd)というハートブレイカーズの中心メンバー参加はあったものの、メインはトラヴェリング・ウィルベリーズの制作メンバー中心だったのに対し、この『Wildflowers』のバックを固めるのは基本ハートブレイカーズの盟友達。しかも全曲トムの自作曲のみで固められたこの作品は、その意味では実質ハートブレイカーズの作品と言ってもいいのですが、リックの、一つ一つの音を研ぎ澄ましながら、そのアーティストのいいところを十二分に引き出すことに徹するプロデューサーワークと、全体を包むいつもよりも更にレイドバックした雰囲気が、この作品を特別なものにしています。特にジェフ・リン独特のあの重たいドラムビートとどちらかというハーフ・アップテンポの曲調が中心の楽曲構成の作品と比較すると、このアルバムははるかによりダウン・トゥ・アースな印象。
アコギの軽やかなストロークリフに乗ってしなやかに歌うタイトルナンバーの「Wildflowers」、このアルバムからドラマーとして参加したスティーヴ・フェロンのガレージで一発録りしたかのようなどっしりした感触のドラムスとディラン風のハーモニカが明らかにジェフ・リン期サウンドへの訣別を象徴するかのような「You Don’t Know How It Feels」(最高位13位)は、「だから肝心なポイントを押さえよう/もう一本ジョイントを巻こう/真っ直ぐこの道を進むんだ/俺には行くべき場所がある/そしてその俺がどう感じてるか、君たちには分かるまい」と、新たなサウンドメイキングの方向性への決意を表明する曲。「この先に何があるか分からないが今は前に進む時」とこちらも前向きな決意を歌う軽快なカントリーロック調の「Time To Move On」から初期のハートブレイカーズを思わせるようなストレートなギター・ロック・ナンバー「You Wreck Me」あたりはこうした彼の決意を如実にサウンドで感じさせてくれ、聴いていてテンションが上がります。
レイドバックな曲調でライヴでもよく演奏されていた「It’s Good To Be King」や、アコギバックのやや内省的な「Only A Broken Heart」やビーチ・ボーイズのカール・ウィルソン(この後1998年に肺ガンで死去)がバックコーラスに入ったこちらもハードなギター・ロック・ナンバー「Honey Bee」など、アルバム全体を通じて感じられるのはハートブレイカーズのメンバーと一体になったバンドサウンドがまたトムの作品に戻ってきている、という感触です。
アコギ一本で弾き語るブルース・ナンバー「Don’t Fade On Me」やまた冒頭の「Wildflowers」に戻ったかのようなアコギのストローク中心の軽快なナンバー「To Find A Friend」(リンゴ・スターがドラム参加)、マークがつま弾くギターをバックに歌う「Crawling Back To You」といったシンプルなそれでいてグッとくる楽曲と、後半では「Cabin Down Below」「House In The Woods」といった上述のハートブレイカーズとのバンド・サウンドがロックしているナンバーが絶妙に織りなされて構成されているこのアルバムの最後を締めるのは、映画音楽スコア作曲で有名なマイケル・ケイメンがオーケストラを指揮する「Wake Up Time」。「君は家から遠くまで来た可哀想な少年みたいに感じているかもしれないが/今こそ目を覚まして立ち上がって輝く時だ」とこれからの自分に言い聞かせるかのようなメッセージのこの曲、シンプルなピアノとドラムス、ベースだけの演奏を重厚なオーケストレーションで包み込んでちょっと感動的にアルバムをフィニッシュしています。
今回のトムの危篤状態の報に接して多くのファンが「I Won’t Back Down」を引き合いに出してトムの復活を信じるメッセージを様々なSNSにアップしていて、その思いはとてもよく理解するものの、あの曲がトムの根本とは少し違うサウンドの「ジェフ・リン期」の楽曲であることもあって、若干の違和感を感じていました。近年あちこちで提起される楽曲の著作権侵害訴訟について、生前レッチリの曲が「Mary Jane’s Last Dance」に似てる、といって騒がれた時も「俺はああいう訴訟はしないよ。ロックなんてもともとどこかしら似通ってるわけだからね。ポップソングをネタにしなくても既にこの世には山ほど下らない訴訟が多いんだから」と、あくまで自分の音楽を作って演奏することに専念していたトムのこと、自分の寿命が来たことについては「俺は負けない」などと力み返ることもなく、これも運命と素直に受け入れていたのではないか、と思ったのです。
それにしてもあまりに若く逝ってしまったトム。ちょうどハートブレイカーズの40周年ツアーのラストをLAのハリウッド・ボウルで前の週飾ったばかりで、「キリがいいからこの辺で」とでもいうかのように自らの人生に幕を引いたトム。彼の残した音楽はこれからも僕らに本当の意味でのアメリカン・メインストリーム・ロックってどうあるべきか、ということを示し続けてくれると思いますし、これからも折に触れて彼の音楽を聴き続けると思います。
実はこのアルバムのために録音されながら未収録となっていた曲(ロッド・スチュアートに提供した「Leave Virginia Alone」もそのうちの一曲です)を入れてリマスターした『Wallflowers』のリマスター完全版の制作を進めていたというトム。彼は逝ってしまいましたが、僕らへのトムからの最後のプレゼントとして何とかそのリマスター完全版をリリースしてもらいたいものです。
<チャートデータ>
RIAA(全米レコード産業協会)認定 トリプル・プラチナ・アルバム(300万枚売上)
ビルボード誌全米アルバム・チャート 最高位8位(1994.11.19付)