新旧お宝アルバム!#50「Midwest Farmer’s Daughter」Margo Price (2016)

2016.7.18

新旧お宝アルバム #50

Midwest Farmer’s DaughterMargo Price (Third Man, 2016)

先週は日本では落胆の参院選の結果やゲリラ豪雨などで不安定な天候、海外ではニースでのテロ事件やトルコの軍事クーデター事件で多数の犠牲者が出るなど、気持ちの暗くなる一週間だったような気がします。海外の各種事件で不幸にも犠牲になった方やそのご家族の方々には改めて心よりご冥福をお祈りします。

さて、今週は3連休の週末の後は、学校は夏休み、旅行などに行かれる方も多いのでは。また今週後半から週末にかけては恒例夏のロックイベント、フジロックフェスティバル2016が開催されるなど、いよいよ夏本番に向けて気分が盛り上がる中、皆さんは洋楽ライフ楽しんでますでしょうか?

今週の「新旧お宝アルバム!」は新しいアルバムの番。今週は、あのホワイト・ストライプスジャック・ホワイトのレーベル、Third Manからソロデビュー作をリリースした、ナッシュヴィル期待の大型新人、マーゴ・プライスの『Midwest Farmer’s Daughter』(2016)をご紹介します。

Midwest Farmers Daughter (Front)

マーゴ・プライスはイリノイ州バッファロー・プレイリー生まれの今年33歳の女性カントリー・シンガーソングライター。しかし今回このアルバムが、ロック界で存在感を示しているホワイト・ストライプスジャック・ホワイトが主宰するレーベル、Third Manからリリースされていることからも判るように、単なるカントリー・アーティストの範疇に止まらないその作風とパフォーマンスから、既にローリング・ストーン誌をはじめとするロック系音楽各誌に注目され高く評価され、この4月にはNBCの人気番組「サタデイ・ナイト・ライヴ」の出演も果たしています。

2000年代に入ってからウィルコサン・ヴォルト、ジェイホークス、ドライヴ・バイ・トラッカーズといった若いアメリカーナ系のバンドの台頭と、ザ・バンドリヴォン・ヘルムスティーヴ・アール、ボニー・レイット、ルシンダ・ウィリアムス、エミルー・ハリスといったベテランのカントリー系ロック・アーティスト達の充実した作品が次々と発表されたことにより、カントリー、ブルース、R&B、ゴスペルといったアメリカ伝統的音楽ジャンルを渾然と統合したいわゆる「アメリカーナ」と称される音楽ジャンルが音楽シーンで強い存在感を持つようになりました。

これを受け、グラミー賞でもこのジャンルの充実を図り、2010年から最優秀アメリカーナ・アルバム部門を創設するなど、このジャンルを主要な音楽ジャンルとして認める動きは近年顕著になってきています。それと呼応するように、従来トラディショナルであったフォーク、ブルース、ゴスペル、カントリーといったジャンルのアーティストも積極的にロック系のアーティストとの共演や、プロデューサーにロック系のプロデューサーを迎えるといった動きが活発になってきました。2009年のグラミー賞で最優秀アルバムを獲得した元レッド・ツェッペリンロバート・プラントと、ブルーグラスの女王と呼ばれるアリソン・クラウスが共演した、新感覚のアメリカーナ・アルバム『Raising Sand』などはその音楽トレンドの潮流の象徴的な出来事だったと言えるでしょう。

このマーゴ・プライスの作品は、そうした大きな流れの中で評価するのが適切です。逆にこうした流れの中でなければ、これだけ60年代カントリーのルネッサンス的な作風とパフォーマンスのカントリー・シンガーソングライターのデビューアルバムが、これだけロック誌も含め注目を受けることはなかったのかもしれません。

Margo Price SNL

といっても決して彼女の作品やパフォーマンスがアナクロだ、ということではありません。確かにスタイル的には、オーソドックスなカントリー作品と、カントリー界の大御所、ロレッタ・リンを彷彿とさせる歌声が「これ、ほんとに2016年の作品?」と思わせるのに充分ですし、ここでの彼女のパフォーマンスは、ナッシュヴィルでライヴハウスが軒を並べるブロードウェイと言われる繁華街で演奏される、いわゆる「ホンキートンク」と呼ばれるハードコアなカントリー・スタイルを踏襲しているものです。しかしそこで歌われる内容は、運命の過酷さや残酷さと直面する人生のリアリティや、それに力強く立ち向かっていったり、時にはどうしようもなく酒や絶望に身を堕としていく主人公の姿を飾りなく、生々しく語るというもの。そういう意味では、そんじょそこらのロック作品よりも無茶苦茶ロックしている作品が次々に、ホンキートンクスタイルで歌われるのです。

アルバム冒頭の「Hands Of Time」は70年代カントリー・ポップ的メロディに乗せて「あたしの望みはちょっとした現金を手に入れることだけ/そのために死ぬほど嫌な仕事もこなした/父親が私が2歳の時に失った農場を取り返すために/残酷な時が刻んだ不運を時計を戻して帳消しにするために」といきなり重いテーマで聴く者の心を打ちます。「About To Find Out」は明るく軽快なカントリー・チューンですがテーマはまるでドナルド・トランプを思わせるような利己的で回りをとことん見下してる嫌な野郎に対するくたばれ!ソングですし、このアルバムで一番ロックっぽい力強いビートで始まる「Tennessee Song」はシンプルだったあの頃に戻ろうよ、というテネシー賛歌。

[youtube]https://youtu.be/5w49MDt1afY[/youtube]

一方このアルバムで一番ロレッタ・リンを彷彿させる、超伝統的なホンキートンク調のバラードながら無茶苦茶ロックしてる「Since You Put Me Down」は、惚れた男に捨てられた女の歌(「あんたに捨てられてから/私はずっと溺れるほど酒びたり」)なのですが、本人のインタビューによると、この曲は彼女が双子の息子達を出産しながら片方の息子を失ってしまった後のどん底の状態で書かれたとのこと。そんなヘヴィな内容ながら、曲はあくまでも軽快なカントリー・バラードなのです。すごいです。

[youtube]https://youtu.be/I3J2iOs7AxA[/youtube]

それ以外の楽曲も、あくまで曲調は明るく、時にはアップテンポで、時には軽快なロカビリー調ですが、歌われる内容は時には寂しく、どん底の状況に対峙しているんだ、というテーマがほとんどです。シングルカットされた「Hurtin’ (On The Bottle)」も彼女が影響を受けたというドリー・パートンの昔を思わせる歌声による軽快なカントリー・チューンですが「あたしはあのボトルをやっつけたのよ/あたしは水みたいにウィスキー呑んでるけど/そんなことしてもあんたが私に残した痛みはビクともしないのよね」というもの。アルバム最後の「World’s Greatest Loser」はアコギ一本の弾き語りの1分半の短いナンバーですが、こちらも彼女が影響を受けたというエミルー・ハリスっぽい爽やかなボーカルで歌われるワルツ曲なのに、その歌詞は「体重も減って夜も眠れない/全てのものを失っていく/自分の立場も失い時間もない/でもあなたを失うと私は気がふれるでしょう」というとんでもなくダウナーなもの。そのボーカルの余韻でアルバムは幕を閉じます。

Midwest Farmers Daughter (Back)

もともと60~70年代のカントリー・アーティスト達が歌で伝えていたことは、人生の辛いことや悲しいことを、明るい演奏や歌声に乗せてストーリー的に歌うというものだったはず。ジョニー・キャッシュロレッタ・リンに代表されるその時代のカントリー・レジェンド達の作品はそれによってリスナーの共感を得ていた部分は多かったと思います。時代は移り、2010年代の今になり世の中は豊かになっても、人々を襲う運命や出会いと別れ、満足する仕事や環境やパートナーに巡り会えない苦しみといった人生の悩みは変わらず、そういう観点からマーゴ・プライスの歌はとてもリアルであるということが言えると思います。

このアルバムのタイトル『Midwest Farmer’s Daughter』は、ビーチ・ボーイズの「California Girls」の歌詞の一節から取られたとのこと。このタイトルで、こういうリアルな歌を歌うマーゴが、「女の子はどこの子もいいけどカリフォルニアの女の子が最高!」というビーチボーイズの曲の歌詞に対して「あんたらが歌ってる中西部の農夫の娘たちはこんなにリアルな人生を送ってるのよ!」という痛烈な一発をぶちかましているようにきこえます。

いずれにしてもマーゴ・プライス、是非チェックしておいて欲しい新人シンガーソングライター。是非一聴をお勧めします。

<チャートデータ>

ビルボード誌全米アルバム・チャート 最高位189位(2016.4.16付)

同全米カントリー・アルバム・チャート最高位10位(2016.4.16付)