2019.8.26
新旧お宝アルバム #155
『Con Todo El Mundo』Khruangbin (Night Time Stories, 2018)
心なしか先日の台風が過ぎてから、あの厳しかった暑さがちょっと和らいで、朝夕に吹く風に何となく秋の気配を感じるようになってきた今日この頃。8月ももう終わろうとしている中、音楽を楽しむにはまたまたいい季節になろうとしています。
さて今週の「新旧お宝アルバム!」は最近のアーティストの中で、先日自分もフジロック・フェスティバルでそのライヴを体験した、テキサスはヒューストン出身の、今一番不思議な、それでいて一度聴くとどんどん引き込まれていく、ある意味中毒性のあるサウンドを聴かせてくれる3人組、クルアンビンのアルバム『Con Todo El Mundo』(2018)をご紹介します。
クルアンビンのサウンドを一言で説明するのは難しいのですが、敢えてレッテルを貼ってしまうことを恐れずに言うと「ワールド・ミュージック、特にタイやアラブのファンクやポップ・ミュージックに影響を受けたサウンドを展開するインスト・オルタナティブ・ロック・バンド」ということになるでしょうか。
そもそもグループ名の「クルアンビン」というのはタイ語で「飛行機」という意味らしく、主要メンバーのマーク・スピア(ギター)とローラ・リー(ベース)が知り合ったのも、二人ともタイ・ファンク・ミュージックに興味を持っていて友人を通じて紹介されたのがきっかけといいますから、アメリカ人である彼らがタイやイラン、トルコといったアジアから中東の音楽に影響を受けたサウンドを奏でているのは彼らにとっては自然だったのです。
この二人に同じくヒューストン地元の教会のゴスペル・バンドでマークと一緒だったドナルド・レイ “DJ” ジョンソンJr.がドラマーとして加わって、2010年頃に今のクルアンビンがバンドとして誕生。そこから3人はマークの家族が持っていたヒューストン郊外の大きな納屋に集まり、演奏の練習や曲作り、演奏した楽曲の録音などを繰り返して、バンドとしてのパフォーマンス・レベルを磨いたとのこと。
彼らがそのタイ・ファンクに影響を受けた、およそアメリカのバンドとは思えない音像とグルーヴを持った楽曲で2015年に初のフル・アルバム『The Universe Smiles Upon You』をリリースすると、その独特な音楽スタイルがシーンの注目と評価を得て、イギリスのザ・ガーディアン紙の選ぶ「今週の注目バンド」に選ばれるなど、次第に多くの耳目を集めて行きます。その間彼らはファーザー・ジョン・ミスティやマッシヴ・アタックらのツアーのオープニング・アクトを務めたり、グラストンベリーやボナルー、コーチェラやSXSWといった英米の大きなロック・フェスにも出演して、フォロワーを増やしていったのです。
もう一つ特筆すべきは、彼らが単なるワールド・ミュージック・バンドではなく、その基礎にはR&Bやヒップホップ、サイケデリック・ロックやファンクといった、ベースとドラムビートを強く打ち出した欧米系の音楽スタイルも絶妙にブレンドされていること。彼らはイギリスのインターネット・ラジオで「AirKhruang」という番組のホストもしているなど、様々な形で彼らの独特の音楽性を表現する活動を行っています。
彼らが今年参加した南カリフォルニアで開催のコーチェラ・フェスティバルでは、そうしたもう一つの音楽性を証明するかのような、ヒップホップの有名曲とそれらにサンプリングされている曲のインスト・メドレーを演奏してオーディエンスに大いに受けた様子がYouTubeでアップされています。その時演奏したのは、
- Dr.ドレの「Next Episode」(デヴィッド・マッカラム「The Edge」)
- アイス・キューブ「It Was A Good Day」(アイズレー「Footsteps In The Dark」)
- ウォーレンG「Regulate」(マイケル・マクドナルド「I Keep Forgettin’」)
- Dr. ドレ「Nuthin’ But A ‘G’ Thang」(リオン・ヘイウッド「I Want’a Do Something Freaky To You」)
といったところ。R&B/ヒップホップ・ファンであれば間違いなく狂喜乱舞する、そんなパフォーマンスと選曲ですよね。
そして昨年2018年に、前作のワールド・ミュージック的アプローチを更に発展させて、今度はタイ・ファンクに加えて中東のイラン・ポップや、スペインの音楽などの要素を加えて、さらに中毒性の高い、催眠性がありながら妙に覚醒感もあるインスト・ロックを詰め込んでリリースしたのが今日ご紹介する「Con Todo El Mundo」。スペイン語で「すべての世界と一緒に」という意味のタイトルのこのアルバム、その名の通り欧米のファンク、R&B、サイケデリック・ロックと、東南アジアのファンクやダンス歌謡、そして中東のポップスといった世界のあらゆる音楽要素をごった煮のようにしながら、すーっと聴かせてくれます。
冒頭の「Cómo Me Quieres」から最後の「Friday Morning」まで、一貫した楽曲スタイルは、マークのラウンジっぽい音色で眠気を誘うようなギターがローラとDJのソリッドなビートに乗り、ところどころで欧米の音楽には登場しないようなギターのトリル・フレーズ(素早く異なった音をハンマリング・プリングオフでメロディのように演奏するフレージング)が楽曲のアジアっぽさを演出するというもの。ボーカルはほぼなく、時々ローラがフレーズをシャウトする「Lady And Man」が例外なくらいで、後は入ってもドリーミーなコーラスが時折入るくらい。
特にマークのギターのトリルは、メロディのエキゾチックさとも相まって、あたかもバンコックのダンスクラブか、テヘランのライヴハウスにいるかのような気分になります。そして同じく一貫しているのが、ビートの効いた楽曲ばかりなのに、チル・アウト・ミュージックとして極めて優れているということ。
フジロックのステージを観たときもそうでしたが、彼らの音楽が演奏されると、そこはもう異空間、不思議なグルーヴとチルアウトなヴァイブで満たされるのです。まだまだ知名度は高くないからゆっくり観れるな、と思って彼らが演奏するフィールド・オブ・ヘヴンのステージに行くとものすごい数のオーディエンスで盛り上がっていてびっくり。まだ商業的には成功していませんし、メディアへの露出もこれからでしょうが、既に彼らの中毒性の高いサウンドの虜になった人は意外に多いようです。中でもこのアルバムでもハイライトの一つ、このアルバムで多分一番マークが早弾きをしているイラン風味満点の「Maria También」などではオーディエンス大喜びでした。
この他にも、このアルバムで最も東南アジア的なメロディを聴かせてくれる「Shades Of Man」や、逆にこのアルバムで最も欧米的なライト・ファンクを心地よく聴かせてくれる「Evan Finds The Third Room」、無国籍なドキュメンタリー映画のサウンドトラック・スコアのような静かで心を静めてくれるその名も「A Hymn」などなど、彼らの引き出しの多さとそれらを一貫して支えるグルーヴの快感に、アルバムを聴き終わるまでには酔いしれてしまいます。
これから涼しい気候に向かう晩夏、クルアンビンのサウンドをバックトラックにしてアウトドアでバーベキュー・パーティなどやるととても気持ち良さそうですね。皆さん夏が終わって秋になってもいい音楽を!
<チャートデータ>
全英アルバムチャート 最高位82位(2018.8.2付)