さて年末企画のMy Best 10 Album of 2019、今週は7位から4位のご紹介です。
7位:Love And Liberation – Jazzmeia Horn (Concord Jazz)
去年のライのアルバム同様、まずこのアルバムも完全にジャケ買い。ブラック・ミュージックが少しでも好きな人で、このハッとするような美しいジャケに目を引かれない人はまずいないんじゃないか。熱帯植生とおぼしき緑豊かなガーデンの中にたたずむ、赤いトールターバンを巻いた、明らかにアフリカ民族的なテーマの鮮やかなスーツとアクセサリーで身を包んだ涼しげな顔をして花を愛でるしゅっとしたたたずまいのエリカ・バドゥを思わせるアフリカン・アメリカン女性。個人的にジャケ買いは6割方内容を伴う、と信じてるので、このジャケを見た瞬間に音が聴きたくなってアップル・ミュージックさんのお世話になったところ、これがまた素晴らしいジャズボーカルのレコード。しかもジャズメイアはまだこのアルバムが2枚目のほぼ新人ながら、既にダウンビート誌の賞や、サラ・ヴォーン・インターナショナル・ジャズ・ボーカルコンテストでも2013年に優勝しているというから、スタイルと実力の両方を持ってる期待のアーティストらしい。
このアルバムも既に10月にこの「新旧お宝アルバム!」で詳しく紹介しているので、詳細はそちらをご覧頂きたいのですが、彼女のボーカルスタイルは、いわゆる最近よくある(特に白人女性ジャズボーカリスト)耳障りのいいスタンダード・ナンバーや、ロックやポップスのカバー曲を小綺麗に歌ってるような、毒にも薬にもならない類のものではなく(あ、そういうアルバムにもいいものはあると思いますが、自分に取ってはそうだということでお許しを)、ジャケのファッションにも窺えるように、アフリカ出自であり、ブラックであることの誇りを品格を以て表現しながら、スタンダード然とした楽曲も自作でやるし、時には延々とスキャットを繰り出して楽曲を支配してしまう、そんな凜々しさとしなやかさを感じる、ジャズボーカル・スタイルなのです。
で、実は彼女、今月第一週の木金と、丸の内のコットンクラブで初来日ライブやってたんですよ!しまったー!「新旧お宝アルバム!」でこのアルバムについて書いた時に来日の情報を知って「絶対行かなきゃ!」と言ってたのにもかかわらず、プライベートで何かと気になることが多いここ数ヶ月の中でまんまと抜けてしまってたのでした。うー残念。先週実際に観に行かれた佐藤英輔さんのブログによると、それはもうワイルドなジャズメイアのボーカルバトルが楽しめたんだそう。演奏はピアノトリオの単純な楽器構成で管もなし、あとはただひたすらジャズメイアが9割方はスキャットの猛攻撃だったとか。
(佐藤さんのブログ→https://43142.diarynote.jp/201912070741544808/)
うーん、一生の不覚。かくなる上は次の来日をとにかく待つしかないかなあ….
実は彼女、今回のグラミー賞の主要4部門の新人部門にもノミネートされるかも、とひそかに思ってたんですが、それはなかった代わりに、最優秀ジャズ・ボーカル・アルバム部門にしっかりこのアルバムがノミネートされてました。ただ同じ部門にエスペランザ・スポールディングの『12 Little Spells』(こちらもかなりいい出来です)もノミネートされてて、この激突はかなり厳しいのでジャズメイアの取れる確率は正直高くない気もするけど、この2枚だったら圧倒的に自分はジャズメイアのアルバムの方を推したいので見事受賞してくれるといいなあ、と思いながら繰り返しこのアルバムを聴くのでありました。
6位:Norman F***king Rockwell! – Lana Del Rey (Polydor)
ラナはメジャーデビュー盤の『Born To Die』(2012)から今回初めてこのアルバムでグラミー賞主要部門(アルバム、ソング・オブ・ジ・イヤー)にノミネートされるまで、アルバムごとに確実にカリスマ性とシーンでの存在感を増して来ているのは間違いのないところ。前作の『Lust For Life』(2017)を2017年11月にこの「新旧お宝アルバム!」でカバーした時にも書いたけど、ラナのモデル顔負けの美貌とアメリカン・クラシック・ビューティーなイメージと、ゴシックでドリーミーな音像を持った楽曲をバックに、同じく夢の中から語りかけるようなハスキーなボーカルで、swear wordsも交えたビッチでギャングスタで破滅性も感じさせる内容の歌を歌うというこのギャップが彼女独得で最大の吸引力で、この度合いがいろんな意味でアルバムごとにレベルアップしているのがラナの凄さ。
前作では今のポップ・ミュージックの最先端トレンドともいうべきヒップホップ・トラップ系のアーティスト達の音像をまとい、共演しながらもあくまでもラナの世界のコントロールを渡さないあたりに、改めて彼女の凄さを感じて、もう完全にセント・ヴィンセントとかこの分野の先達を超えたなあ、と思い「次はラナはどこに行くんだろう?」と思ったもの。
そうして届けられた今回の『Norman F***king Rockwell』、まずタイトルが最高(笑)、アメリカの伝統的な有名イラストレイターの名前に4文字言葉をあしらうという、ラナのスタイルを端的にこれだけ強烈に表現したタイトルもないよね。で、内容も相当イッちゃってるんだろうな、と思って聴くとこれが全く違う意味で驚かされる内容。
前回がトラップヒップホップだったんで、今回はノイズかアヴァンギャルドか?と思って聴くと、これが拍子抜けするくらいの王道ポップスタイルの楽曲が並ぶ内容。ただいわゆるヒットソング的なポップではなく、これがあくまでラナのゴシックでドリーミーなイメージをきっちり体現した、ゆったりとしたメロディと楽曲構成に、シンセやピアノやギターがごくごく控えめに配されて、ラナの歌声があの夢の中から聞こえてくるような感じを最大限に出すような音作りになってるのです。そして、前作であれだけヒップホップ・トラップのビートを強調していたのに、今回のアルバムは全体を通じてビートがゆるいしだるそうだし(笑)。
結果としてこのアルバム、オープニングのタイトルナンバーから、9分にも及ぶ「Venice Bitch」、いかにもラナな(笑)「F**k It I Love You」、そしてシングルカットされた90年代メロコアの名曲、サブライムの「Doin’ Time」のだるそうなカバーまで、聴き進めるほどにクセになり、繰り返し聴いてしまうという、一種の中毒性を発揮してます。シーンでの評価も今回大変高いようで、Allmusicとローリングストーン誌が星4.5、ピッチフォークが9.4点、NMEが星5と最大級の評価で、今年の年間アルバムランキングでもピッチフォークなど9誌で年間1位、ローリングストーン誌で3位、TIME、アンカット、ビルボード、Mojoなどで年間トップ10に入るなど、大絶賛状態です。
今年のグラミーの主要賞はビリー・アイリッシュとリゾの対決だと思ってるけど、アルバム部門あたりことによるとラナが取るかも。そうなったら面白いなあ、と密かに楽しみにしてます。
5位:Western Stars – Bruce Springsteen (Columbia)
さて、そのグラミー賞の主要部門どころか全ての部門でガン無視されてしまっている(笑)ブルース・スプリングスティーンのアルバムです。今回のアルバム、多くの人がボスの作品に対して持っている楽曲イメージ、つまりギターサウンドを中心にしたバンドによるロック楽曲、というイメージを見事に裏切っている、カントリーやテックスメックス的アレンジや、ストリングスやオーケストラを多くの曲に配して、あたかも映画のサントラ盤のようなイメージを提示しているのは皆さんご承知の通り。このサントラ盤的感触というのは、このアルバムを題材にしたドキュメンタリー映画がアルバムリリース後に劇場公開されたということで、ああなるほどね、と納得がいったものだった。
そしてこの従来と異なるサウンド・アプローチで作られた、ロックというよりはよくできたポップ・アルバム的なこのアルバムは、概ね音楽メディアの評価も高く(NME、ローリング・ストーン、Q誌で星4、ピッチフォークで7.8点)、好意的に迎えられていたし、「The Wayfarer」「Tuscon Train」「There Goes My Miracle」「Hello Sunshine」「Moonlight Motel」といった楽曲群の出来もかなりいいな、と思ったので当然グラミーの最優秀アルバム部門の2003年第45回の『Rising』以来のノミネートは確実だろうし、ひょっとすると初受賞もあるかも、と思ってたのであのガン無視は大変驚いた。
これはやはり昨年のチャイルディッシュ・ガンビーノのROY/SOY受賞に見られたように、グラミーの選考コミティーの若い層の支持と多様性を大きく重視した観点からは、このアルバムは外れてしまったということなんだろうけど、これだけの作品を評価まったくしない(せめてロック部門くらいでノミネートしろよ!)というのもちょっとやり過ぎのような気が凄くするのは僕だけではあるまい。
若い音楽ファン達には「オッサン臭い音楽」に聞こえるのかもしれないけど、一曲一曲が演奏される順番や流れなど、サウンドアプローチを別にしても一幅の絵画や映画を見せてもらっているような、そんな胸が温かくなるような感動を与えてくれるこのアルバム、個人的には『Born To Run』(1975) や『Nebraska』(1982)、そして『The Ghost Of Tom Joad』(1995)といった、ボスが自らの心情やあふれ出る楽曲を素直にさらけ出す様子が感動を呼ぶアルバムに匹敵する作品だと思うのだけど。
4位:Father Of The Bride – Vampire Weekend (Columbia)
一昨年のフジロックでヴァンパイアを見て、次のアルバムへの期待がグッと高まっていたところにドロップされたこのアルバム、オープニングからいきなりガツン!とアフロビートが来るかと思ったらさにあらず、ボーカルのエズラとハイム3姉妹のダニエル・ハイムの甘ーいポップ・ラブソングのデュエット「Hold You Now」でスタートするというあまりこれまでヴァンパイアのアルバムでなかったパターン。ダニエルはフジロックでも後半登場してエズラと一緒にシン・リジーの「The Boys Are Back In Town」とかを歌ってたから、ここで登場するのもなるほど、と思ったがこのアルバムではこの他にも中盤でエレクトロな感じの「Married In A Gold Rush」と、終盤でスコットランドあたりの民族管楽器をフィーチャーした「We Belong Together」と、アルバムの要所要所でダニエルとのボーカルが配されていて、アルバム全体にこれまでのヴァンパイアのレコードと違う雰囲気を一本通すのに重要な役割を果たしてる。何でもエズラがコンウェイ・トウィッティとロレッタ・リンのレコードを聴いて「ああいうカントリーの男女デュオっぽい感じで」ということでやったらしい。
事ほどさようにこのアルバムでは、これまでのアフロビートやワールドミュージック風のサウンドアプローチだけでなく、ヒップホップ、トロピカル、カントリー、エレクトロなど様々なスタイルの音楽の要素をそれこそごった煮のようにぶち込んでるかなり意欲的な造り。それでもアルバム全体、ヴァンパイアのレコードだ、と思うのはやはりお馴染みのエズラのちょっとにやけた(いい意味ですわw)感じのボーカルがあるから。傑作と言われた前作『Modern Vampire Of The City』(2013)から6年、その間バンド創設メンバーでエズラの相棒、ロスタムの脱退とか、エズラ自身もガールフレンドのラシーダ・ジョーンズ(あのクインシー・ジョーンズの実娘!)との間に息子を授かったりとか、それもあってNYからロスに居を移したりとかいろいろな変化があったってことも、今回のアルバムで今まで以上に様々な音楽的なトライアルをした要因だと思うし、それらのトライアルは概ねにおいてプラスの方向に働いて、このアルバムをキャリアで最も音楽的に多岐に亘った作品にしてると思う。音楽的多岐性という意味ではビートルズのホワイト・アルバムに通じるものがあるけど、あそこまでとっちらかってバラバラという感がなく、ヴァンパイアの作品としての不思議な統一感があるのもやはりエズラのボーカルのなせる業か。そして単純に聴いてて楽しい曲が多い。
ダニエルとのデュエット以外でも、イントロのギターから「ん?これってBrown Eyed Girl?」とオールドロックファンならヒクッと反応するはずの「This Life」のアップビートなヴァン・モリソンっぽさや、ボトルネックギターっぽいサウンドがジョージ・ハリソンか?という「Big Blue」なんかはクラシック・ロック・テイストをヴァンパイヤ風に消化してるのがとにかく楽しい。一方ビッグ・ビート風のトラックのバックでフラメンコ風のギターとパーカッションが鳴ってる「Sympathy」なんて多分エズラの新境地だし、このアルバムのもう一人の重要ゲスト、ジ・インターネットのスティーヴ・レイシーとコラボってる「Sunflower」「Flower Moon」あたりは二人の才能がマッシュアップされててとっても不思議な感じの楽曲に仕上がってるのも面白い。
そして何と!「2021」では細野晴臣が昔無印良品の店内BGM用に書いたという「Talking」を全面的にサンプリングして(というかバックトラックに使って)ダーティ・プロジェクターみたいな感じの曲に仕上げてて、あ、そうだったエズラとダーティ・プロジェクターのロングストレス兄弟って仲いいんだったなあ、と思ったり。
いずれにしても、これまでのヴァンパイアを聴いて来たファンにとっては一曲一曲に新しいフレッシュな発見と魅力が感じられると思うし、初めてヴァンパイアを聴くという音楽ファンでも今の音楽シーンで音楽の先進性と従来からの音楽の提示する可能性へのリスペクトをバランス良く自分の音楽に消化しているこのアルバムは多分いろんな刺激を与えてくれる、そんなアルバムだと思います。要はこのアルバムを聴かずして、2019年を語るなかれ、ということ。そしてこのアルバムもグラミー賞の最優秀アルバム部門にノミネートされてて、ラナ共々受賞可能性あるかも、と思っているところです。
さて残るは上位3枚です。来週、今年最後のコラムとしてアップしますのでお楽しみに。