2016.11.14
新旧お宝アルバム #65
『Miracle』Kane Gang (Capitol, 1987)
先週の最大の事件は米国大統領選で大方の予想に反して何とドナルド・トランプが勝利してしまったこと。中流層白人、特にラスト・ベルトと呼ばれる米国東北地域のミシガン、ペンシルヴァニア、ウィスコンシンといった従来民主党支持基盤だったはずの州がこぞってトランプ支持に回ったことが大きかったわけですが、これはここ四半世紀にわたる白人以外の人種についての逆差別の反動だとか、ヒラリー・クリントンの経歴や行動に対して信頼感を置けない層が消去法的にトランプに回ったのだとかいろんな分析がなされていますが、一つ言えるのは、大統領が誰になってもオバマ政権時代に積み重ねてきた弱者保護、外交努力といったものを新しい政権が次のステップに持って行く努力は米国のみならず世界にとって必須であり、それをしない場合は再度国民の審判が下されるだろう、ということ。我々はその間、アメリカの偉大なバリューである、多様性重視や、少数民族や社会的弱者に対して平等に接し、同じ成功機会を与えることの素晴らしさなどが犯されることがないよう見守り、可能なところでしかるべき行動を取っていかねばならないと考えています。
ちょっといきなり堅くなってしまいましたが、今週の「新旧お宝アルバム!」は、気分を変えて今の秋の季節になると聴きたくなるアルバム、ということで、このブログでは珍しいのですが80年代の作品をご紹介します。お届けするのは、このセカンドアルバムの後は自然消滅してしまった格好ですが、USのR&Bへの憧憬をあらわにし、80年代っぽい打ち込みサウンドをベースにしながらも、見事に有機的なポップ・アルバムを作りだしたイギリスの3人組、ケイン・ギャングの『Miracle』です。
いわゆる全米トップ40ファンの方には、ケイン・ギャングというとこのアルバムからのシングル「Motortown」が1987年に全米36位のヒットとなった一発屋、という印象が強いかもしれません。しかしこのバンドはいろいろな顔を持った優れた楽曲やカバー・バージョンをいろんな形でヒットさせている、ある意味マルチ・ヒット・メイカーでもあったのです。
ケイン・ギャング(グループ名はもちろん、オーソン・ウェルズのあの有名な映画「市民ケーン(Citizen Kane)」から取ったもの)は、イギリス東北部のシーハムという小さな港町の三人の若者、ボーカルのマーティン・ブラマーとポール・ウッズ、そしてマルチインストゥルメンタリストのデイヴ・ブルーウィスが1982年に結成、1984年にはメジャーのロンドン・レコードと契約してデビューアルバム『The Bad And Lowdown World Of The Kane Gang』(1985)をリリース、ここからは全英12位まで昇る美しいバラードヒット「Closest Thing To Heaven」と、あのUSゴスペル・ファミリー・グループのステイプルズ・シンガースの「Respect Yourself」(全英21位)がヒットして一躍シーンの注目を集めることに。
そして1987年、セカンドとしてリリースされたのがこの『Miracle』です。
これもトップ40ファンには名の知られたピート・ウィングフィールド(1975年に「Eighteen With A Bullet」が全米15位のヒット)が、前作同様プロデュースしたこのアルバム、ピートのポップ・プロデュース職人ともいえるサウンドメイキングと、メンバーのペンによるモータウンやノーザン・ソウルの影響を感じさせる優れたポップ・チューンの組み合わせによって、いかにも80年代らしくローランドやヤマハのシンセサイザー音や打ち込みサウンドも多用されていながら、ある曲は哀愁あふれるバラード、またある曲はウキウキするようなR&Bポップ・チューンなどバラエティに富んだ有機的ポップ・アルバムに仕上げられているのです。
何しろA-1がタイトルからしてモータウンへのオマージュたっぷりの「Motortown」。全米で唯一のトップ40ヒットとなったこの曲、イントロのシンセのフレーズとギターのリフの組み合わせからして、思わず楽しくなってしまうポップなナンバー。全面を通じてシンセドラムやシンセのリフがトラックのベースを作っているのですが、不思議に無機的にきこえないところが早くも彼らの真骨頂ですね。ちょっとスティーリー・ダン的なセンスも強く感じる佳曲です。続く「What Time Is It」は、ノーザンソウルっぽいコーラスをバックに、サビの部分でタイトルを歌うあたりなどポップ作品としてかなり質の高さを感じさせるミディアム・ナンバー。
自分の持っているUS盤では、この次にファースト収録の最初のヒット「Closest Thing To Heaven」が入っていて、その後がベースのカッコいいフレーズとラテンっぽい感じのリズムで聞かせる「Looking For Gold」、そしてリズムボックスの使い方がいかにも80年代ブラコン・バラード風でフレディ・ジャクソンやグレン・ジョーンズとかを思わせる「Take Me To The World」、そして今度はシャーデーやブランド・ニュー・ヘヴィーズといったジャジーなグルーヴ満点なフレーズにやたらポップなメロディが乗るというアンマッチが不思議な魅力の「King Street Rain」といったチューンがアルバム中盤を盛り上げます。
ファーストでステイプルズ・シンガースのカバーをやっていたように、このアルバムでも彼らのUSのR&Bへの傾倒をはっきり示すのが、続く「Don’t Look Any Further」。この腹の底に響くようなベースリフが印象的な曲は、テンプテーションズで70年代を通じてリード・ボーカルの一人を務めたデニス・エドワーズの1984年のソロR&Bヒットをほぼ原曲に忠実にカバーしたもの。この曲は90年代に2パック、ジュニアMAFIAといったヒップホップ・アーティスト達がこぞってそのベースラインをサンプリングしまくったという、ブラック・ミュージック・シーンではつとに有名な曲。その曲をケイン・ギャングは見事にカバーしたばかりか、オリジナルよりもビートを強調した彼らのこのバージョンは1988年に全米のダンス・チャートで1位を記録してしまいます。
続く「A Finer Place」は70年代ソウルのフィーリングを色濃く感じさせるミディアム・ナンバーですが、アルバムラス前の「Let’s Get Wet」は、このアルバムで異色の(というのも変ですが)いかにも80年代シンセ打ち込みポップ・ソングというアップナンバーで、他の曲がアメリカンR&Bポップ風に作られているのでこの曲だけ浮いて聞こえてしまいます。
アルバムラストの「Strictly Love (It Ain’t)」はまた全体のトーンに戻り、以前ここでもご紹介した80年代のフォー・トップス(「When She Was My Girl」あたり)の曲を彷彿とさせる、キラキラ・ブラコン・ナンバーでクールダウンする感じで締めくくります。
個人的には80年代のヤマハやローランドといったシンセの打ち込みで作られたサウンドというのは、よっぽど楽曲やアレンジが良くないと、今聴くとどうしても時代を感じさせてしまうものが多くて正直聴く気がしないものが多いのですが、このアルバムは楽曲の出来もよく、アレンジもそうした打ち込み系サウンドの良いところと悪いところを絶妙にわきまえ、上手にオーガニックな楽器の音やボーカルの厚みで補完しているため、今聴いても全く80年代打ち込みサウンドのチープさを感じないところが素晴らしいところ。
樹々の紅葉が進み、日一日と肌寒くもキリリとした空気が冬への予感を感じさせるこの時期、ケイン・ギャングのこのアルバムはそのソウルっぽいサウンドであなたの体と心をほわっと暖かくしてくれること間違いなし。もしチャンスがあったらApple MusicやSpotifyなどで聴いてみて下さい。
<チャートデータ>
ビルボード誌全米アルバム・チャート 最高位115位(1987.12.26~1988.1.2付)