新旧お宝アルバム!#61「Extension Of A Man(愛と自由を求めて)」Donny Hathaway (1973)

2016.10.17

新旧お宝アルバム #61

Extension Of A ManDonny Hathaway (Atco, 1973)

秋も深まり、朝晩が冷え込み始めてしみじみとした音楽が似合う気候になる中、皆様には楽しい洋楽生活を送られてることと思います。

今週の「新旧お宝アルバム!」はR&B・ソウルファンであればよくご存知の、70年代を代表するソウル・シンガー、ダニー・ハサウェイが残した最後のソロ・アルバム『Extension Of A Man(愛と自由を求めて)』(1973)をお届けします。

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1969年頃、ダニーの母校であるワシントンDCのハワード大のルームメイトだったリロイ・ハトソン(後にインプレッションズのボーカリスト)と共作した「The Ghetto」でシングル・デビューしたダニーは、当時「これからの時代を代表するソウル・シンガー」と呼ばれ、ベトナム戦争やキング牧師暗殺(1968)後迷走する黒人公民権運動などの社会的状況を反映した歌詞の「The Ghetto」で一躍ソウル・シーンでの存在感を確実なものにしました。

その後デビューアルバム『Everything Is Everything』(1970)、『Donny Hathaway』(1971)、そしてLAのトルバドゥールとNYのビター・エンドで収録されて、12分にも及ぶ「The Ghetto」のパフォーマンスで歴史に名を残す名盤『Live』(1972)といった素晴らしい作品で、ソウル・ファンのみならず、幅広い音楽ファンの心を掴んだのでした。

その後同じくハワード大のクラスメートだったロバータ・フラックとのデュエットアルバム『Roberta Flack & Donny Hathaway』(1972)からのシングル「You’ve Got A Friend(君の友だち)」(全米最高位29位)と「Where Is The Love(恋人はどこに)」(同5位)が大ヒット、一般ポピュラー音楽ファンの間でもその名が広く知られることに。

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そんな中でリリースされた彼にとって3枚目の(そして最後の)ソロアルバムがこの『Extension Of A Man』でした。

ダニー・ハサウェイの素晴らしさは、とにかくその歌唱力。単に「歌がうまい」というレベルではなく、彼が歌う楽曲はとにかく常にガッチリと彼のもの、ダニーの歌、になっていて、これは彼による数々のカバー曲で如実に判ります。ファースト収録のニーナ・シモンの名唱で有名なブラック賛歌「To Be Young, Gifted And Black」、セカンド収録のレオン・ラッセルの「A Song For You」やホリーズのヒットで有名な「He Ain’t Heavy, He’s My Brother(兄弟の誓い)」などそうした曲は枚挙にいとまがありません。

また彼の書く曲は、ラヴェルドビュッシーが好きで大学在学中もそうしたクラシックの勉強をしていたダニーらしく、美しいメロディと楽曲の構成展開が他の当時のR&Bの楽曲とは一線を画しているところにも大きな特徴があります。彼の楽曲で多用されるフェンダー・ローズは、後にスティーヴィー・ワンダーを始めとする他の70年代ソウル・シンガーソングライター達に多大な影響を与えたことは間違いありません。

そして彼の書く曲の歌詞。「The Ghetto」を始め、いずれも黒人社会を中心としたその時代の社会的スピリチュアリズムに根ざした現実を淡々と歌うもので、これがダニーの歌唱にリアリズムを与え、静かな感動を呼び起こすのです。

このアルバムのオープニングで5分半にわたり壮大なクラシックかミュージカルの組曲を思わせるような展開で「これがソウルのアルバムなの?」と驚かせる「I Love The Lord: He Heard My Cry (Parts 1 & 2)」は正しくダニーの音楽的背景の豊かさと、彼の高いクオリティを目指す音楽性を如実に表しています。

それに続いてアコギのストロークとフェンダー・ローズの音色で始まるSomeday We’ll All Be Free」は正にダニーの社会的スピリチュアリズムを体現するかのような素晴らしいバラード。ダニーの感動的な歌唱によるこの歌は今やブラック・コミュニティでは歴史的な名曲として認知されていて、先週ミネアポリスでスティーヴィー・ワンダー他多数の豪華ラインアップで開催されたプリンス・トリビュート・コンサートでも本編の締めで歌われたほど。

ここからはミディアム・テンポのダニーの楽曲が続くのですが、ダニーの楽曲らしくフェンダー・ローズを全面に配した「Flying Easy」はまるでミュージカルの挿入曲のような、典型的なR&Bと一線を画す洒脱なアレンジとメロディの楽曲。ワウギターのイントロで始まるファンキーなインストゥルメンタル・ナンバー「Valdez In The Country」も、時代があと3年後であればフュージョンの名作と謳われたであろう、ソフィスティケイトなナンバー。この曲は、このアルバムの前年にダニーがプロデュースしたベイエリアのファンク・ロック・グループ、コールド・ブラッド(先日このコラムで『Thriller!』をご紹介しました)のアルバム『First Taste Of Sin』(1972)でもカバーされています。

再度スローにテンポを戻して、シングルにもなったブラッド・スエット&ティアーズの「I Love You More Than You’ll Ever Know」の情感たっぷりのカバーの後、自作のファンキーなスタイルでダニーのシャウトなども聴ける「Come Little Children」、マーヴィン・ゲイの「What’s Going On」を彷彿とさせ、フェンダー・ローズをバックにゆったりと歌う「Love, Love, Love」、そしてまたダニーの社会性がにじみ出た、ややハードエッジでジャズ・ファンク的なアレンジのナンバー「The Slums」と、様々なダニーの歌唱と楽曲演奏が楽しめる展開が続きます。

アルバム最後の二曲はいずれもカバー曲。何とフォーク系のシンガーソングライター、ダニー・オキーフのナンバーをオールドタイム・ミュージック風に聞かせる「Magdalena」、そして後にマーヴィン・ゲイに名曲「I Want You」を提供することになる当時はまだ売り出し中のソングライター、レオン・ウェアのスケールの大きな正統派ソウル・バラード「I Know It’s You」は「Someday We’ll All Be Free」同様聴く者の精神を高揚させるようなカタルシスを持っていて、ブラック・コミュニティでは長く歌い継がれている曲の一つだろうと思います。

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ダニー・ハサウェイが後進達、特にR&Bやヒップホップのアーティスト達に与えた影響は計り知れないものがあり、実の娘であるレイラ・ハサウェイはもちろんのこと、スティーヴィー・ワンダーアリシア・キーズ、ルーサー・ヴァンドロス、ジョン・レジェンド、ジョージ・ベンソン、ディアンジェロ、コモン、ナスといった黒人アーティストはもちろんのこと、ジャスティン・ティンバレイクエイミー・ワインハウスといった多くの白人系R&Bアーティスト達も彼を最大の影響として挙げています。

残念ながら1979年、折しもロバータ・フラックとの2枚目のデュエット・アルバム録音中だったダニーは、NYの滞在中のホテルからの投身自殺で、その短い33年の生涯を閉じています。当時ちょうど共通一次試験(現センター試験)初年度で大学受験の真っ只中だった私は、その少し前に知ったばかりだったダニーの訃報を知り、大きなショックを受けたのをまざまざと覚えています。ちょうど共通一次試験が終わった後の1月14日の新聞で前日の彼の死亡を知ったので、もし試験中に彼の訃報を知っていたら受験失敗していたかもしれない、それほど大きなショックでした。

娘のレイラはこの12月に昨年に続いて来日の予定で今からライヴが楽しみですが、ダニーは亡くなっても彼のレガシーは彼女をはじめ上述のアーティスト達の作品に脈々と生き続けています。改めてそうした大きな影響を今のアーティスト達に残している70年代ソウルの巨人、ダニー・ハサウェイの作品にこの秋触れてみてはいかがでしょうか。

 <チャートデータ>

ビルボード誌全米アルバム・チャート 最高位69位(1973.8.25付)

同全米ソウル・アルバム・チャート 最高位18位(1973.8.25付)