2018.2.12
新旧お宝アルバム #112
『Gumbo』PJ Morton (Morton Records, 2017)
まだまだ北陸や新潟では豪雪が続いていて大変な状況が続いているようで、地元の皆さんのご苦労、心よりお見舞い申し上げます。一方関東では立春を過ぎたあたりから、日差しや空気の感じが少しずつ春に向かって変わり始めていることを感じさせてくれる日々が続いています。裏日本の皆さんも含めて春はそこまで来ているということで、もう少しの辛抱ですね。体調など崩されないよう、呉々もご自愛下さい。
今日はそうした早春の匂いを感じさせるような、有機的な暖かいボーカルと楽曲を聴かせてくれるアルバムを。マルーン5のキーボーディストとしても活躍する一方、自分の故郷のニューオーリンズをベースに自らのレーベルを立ち上げてそこからリリースしたアルバムが、先日のグラミー賞にもノミネートされたR&Bシンガーソングライター、PJ・モートンのアルバム『Gumbo』(2017)をご紹介します。
父親がニューオーリンズ地元のバプティスト教会の司教でゴスペル・シンガー、母親がやはり牧師という日常に宗教的な環境がある中で育ったPJがミュージシャンとしてその才能を広く知られるようになったのは、2010年、29歳の時に友人に勧められて受けたマルーン5のキーボーディスト兼バックシンガーのオーディションで高い評価を受けた時というから結構遅咲きのアーティスト。
それまでもインディー・レーベルから4枚のアルバムを出していたものの脚光を浴びることのなかったPJはマルーン5の正式メンバーとなることでより広くそのパフォーマンスを知られることになり、2012年にはドレイクなどを擁するメジャーレーベルのヤング・マネーと契約、翌年リリースしたメジャー・デビュー作『New Orleans』(2013)からのスティーヴィー・ワンダーをフィーチャーしたシングル「Only One」がその年の第56回グラミー賞の最優秀R&Bソング部門にノミネートされるというブレイクを果たします。
自分がPJの作品と巡り会ったのはこの『New Orleans』が始めてで、きっかけはやはりグラミーのノミネートを見て「?誰だろうこれ」と思ったこと。聴いてみたところ、そのスムーズでオーガニックな70年代R&B然とした楽曲がすっかり気に入ってしばらくよく聴いていました。
その後しばらく名前を聴かずすっかり忘れていたところ、先日の第60回グラミー賞で、この『Gumbo』が最優秀R&Bアルバム部門、そしてアルバム冒頭収録の「First Began」が最優秀R&Bソング部門にノミネートされているのを見つけ「おーPJモートンまた出してるのか」と喜んで聴いてみたところ、これがなかなか素晴らしい作品なので今回取り上げることにした次第。
先日のカブキ・ラウンジでのグラミー賞予想イベントでご一緒した吉岡正晴さんも最近お気に入りでよく聴いているというこのアルバム、まず聴いてすぐ気が付くのが、PJの歌い回しやメロディ・コード展開など楽曲構成が、もろスティーヴィー・ワンダーを思わせること。前作の『New Orleans』でも、スティーヴィーをフィーチャーした曲があったくらいで、もともと歌い口がスティーヴィーっぽいという特徴はあったのですが、今回は、それを遠慮することなく、ひょっとしてかなり意図的にスティーヴィーっぽさを前面に出している印象があります。
こういうアプローチについては好き嫌いあるのでしょうが、PJの場合ただの物まねや、あざとさは一切なく彼自身のスタイルの一つの表現方法として成功していると思いますし、スティーヴィーに代表される70年代半ばくらいまでの有機的なR&Bがお好きな向きにはたまらない内容になっていて、このアルバム気にいって頂けること請け合いだと思います。
もし僕が死んだら、また始めて君と会った頃のように別の世界で君と巡り会って、同じように恋に落ちよう、と暖かく歌う冒頭の「First Began」は歌い出しはジョン・レジェンドっぽいなあ、という感じなのですが、途中でボーカルをフェイクさせるあたりから、もうめっきりスティーヴィー(笑)。フェンダーローズを基調にウォーキング・リズムを刻む楽曲は例えようもない懐かしさを感じさせます。中間部分にニューオーリンズ同郷の若手ラッパー、ペルをフィーチャーした「Claustrophobic」も、『ファースト・フィナーレ』あたりでスティーヴィーが多用していたムーグ・シンセサイザーっぽいキーボード音をベースにしたミドル・シャッフルの気持ちいい曲。ペルのラップが結構効いていて、単なるスティーヴィー・コピー曲になるのをうまーく抑えてるのがいい所。
「Sir Duke」や「As」みたいなキーボード・リフがご機嫌でファンキーな「Sticking To My Guns」も楽しいし、ストリングス・シンセとムーグっぽいキーボードで切々と歌う「Religion」や「Alright」も聴いててひたすら気持ちいい。
新進気鋭の若手R&Bシンガー、BJ・ザ・シカゴ・キッドとコーラスグループのハミルトーンズをフィーチャーした「Everything’s Gonna Be Alright」でちょっとカーク・フランクリンのゴスペル・クワイアのパフォーマンスを彷彿させるアップテンポの楽曲を聴かせてくれるあたりは、PJのゴスペルのバックグラウンドを強く感じさせますが、続く「They Gon’ Wanna Come」では再びスティーヴィー・モードに回帰(笑)。『キー・オブ・ライフ』あたりに入っていてもちっともおかしくないミディアム・バラードのこの曲も理屈抜きのグルーヴが心地良い一曲。このアルバムでは一番スティーヴィーの意匠を感じさせない「Go Thru Your Phone」を経て、アルバムは何とあのビージーズの「How Deep Is Your Love」をミディアム・アップの軽快なアレンジでR&Bグルーヴ満点に料理したパフォーマンスでクロージングに。ここまで9曲わずか29分という最近のアルバムにしては大変短いですが、楽曲クオリティが極めてどれも高くて、最優秀R&Bアルバムにノミネートされる資格充分といったところです。
今回、自らの出自であるニューオーリンズの名物料理、ガンボをアルバムタイトルにした理由について、PJ自身は「ソウル、ゴスペル、ジャズ、ポップ、ロックといったいろんな要素と楽曲スタイルをごっちゃにして作った、正しく自分に取ってガンボ・スープみたいなアルバムだから」と語っているように、スティーヴィーの意匠の下に聞こえてくる楽曲はさまざまな音楽スタイルをハイブリッドにしたものであり、それがアルバム全体のトータル感と楽曲クオリティを高くしている大きな要素のように思えます。
また、いわゆる最近のメインストリームR&Bがシンセや打ち込みを駆使して浮遊感は満点ながら、下手をするとどこか冷たいグルーヴを感じさせるものが往々にしてある一方、ここでPJが聴かせてくれる楽曲やサウンドは、それに対峙する形で耳に暖かくて懐かしさを感じさせてくれるものであり、ある意味で今のR&Bのあり方の別の形を提示しているように思いますし、それがグラミーのノミネートにも現れたのだと思います。
梅や河津桜のつぼみが日々膨らんできている今日この頃、こういう春の到来を期待させてくれるような暖かいR&B作品、いかがでしょうか。
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