2018.5.28.
新旧お宝アルバム #122
『Good Thing』Leon Bridges (LisaSawyer63 / Columbia, 2018)
いよいよ5月も最終週に入り、九州は梅雨入りとのニュースも入ってきて、さわやかな五月晴れの日々もあと少しで雨の日が増えてこようというこの時期、この週末は素晴らしい快晴の中、アウトドアにイベントに存分に楽しんだ方も多かったでしょうね。
さて今週の「新旧お宝アルバム!」は、先週に引き続き最近のアルバムを。今回はテキサス州フォートワース出身の60~70年代スタイルのネオ・クラシックR&Bシンガーとして2015年に鮮烈にデビューしたリオン・ブリッジズの2枚目となるアルバム『Good Thing』(2018)をご紹介します。
実は白状すると、リオン・ブリッジズがデビュー・アルバム『Coming Home』(2015)で華々しくデビューし、様々な音楽メディアからの高い評価やグラミー賞ノミネートなどを受けて「サム・クックの再来」みたいなことを盛んに言われた時に、当然自分もこのアルバムを買って、何度も聴きこんだんですが、なぜかとうとう自分にはピンとくることがなかったのです。
60~70年代のクラシック・ソウル・スタイルの体現者で、サム・クックやオーティスらを思わせる素晴らしいR&Bシンガー、って自分の最も好きなタイプのアーティストのはずなんですが、なぜかこれがイマイチだった。それが当時気持ち悪くって、もやもやしたものを抱えていたものです。
で、今回レコード店でこの新作のジャケを見て、「今度はどうかな」と思う一方「ん、これはちょっと違うかも」と思い、買って聴いてみたところ「おー、今度はかなりいいじゃないか!」と一発で気に入ったので今回ご紹介しようと決めた次第。
で、全体聴き通して思うことは、前作では歌い方のスタイルや、バックの演奏のスタイルまで「サム・クックやオーティスらのスタイル」といったものをかなりそのものズバリで演出した内容に統一されていて、いわば「狙いに行き過ぎてる」感が自分には強すぎて、そこにあざとさを感じてしまっていたのかな、ということ。
今回も確かに多くの楽曲はクック、オーティスらの先達のスタイルを踏襲したスタイルで、リオンも達者にそうしたスタイルを「尊重」して歌っているのですが、一方前作ではあまり聴かれなかった、ファンキーなカッティング・ギターをフィーチャーしたナンバーとか、単純にゴスペルチックに歌うのではなく意図して早口の節回しで達者な歌唱テクニックを見せたりとか、バリバリではないにしても今の最先端の音響派的なR&Bトラック的な音作りと楽曲スタイルを感じさせる楽曲をうまく混ぜたりと、様々な工夫が見えるところが、逆にリオンのアーティストとしてのパフォーマンスを引き立てる結果になっているような気がします。
アルバム冒頭の「Bet Ain’t Worth The Hand」からして前作ではほとんど聴かれなかったファルセット・ヴォイスで歌い出すという、いきなり聴くものの気持ちをぐっとつかむ演出。楽曲スタイルはサザン・ソウル的なアーシーな感じですが、前作のバックの演奏だとわざとメンフィスあたりのクラブで夜遅くにひっそり演奏してますよ~的な音ではなく、とてもライヴな楽器の音が臨場感満点で、この1曲目からぐっと作品に引き込まれる感じです。
続く「Bad Bad News」はこちらも前作ではあまり聴かれなかった、90年代UKアシッド・ソウルっぽい、モダンなアップテンポのトラックに乗って、バックの男性コーラスとコール&レスポンス風に展開するというなかなかテンション上がるナンバー。途中に絡むウェス・モンゴメリー風のギターリフも気分です。
「Shy」はイントロのわざとベンディングしているギターリフの感じとかそこにからむリオンの歌が、トニ・トニ・トニのラファエル・サディークあたりの作品を彷彿させる、まさしく90年代以降の今時の正当派R&B作品。
続く「Beyond」はこのA面では前作からのスタイルを一番踏襲している、70年代ソウル風のミディアム・ナンバーですが、サビの部分の多めに詰め込んだ歌詞を洒脱なリズムとメロディに乗せて聴かせるあたりはちょっとひと味違うところ。そしてA面最後の「Forgive You」はちょっとロック風の四つ打ちのウォーキング・リズムをバックに、こちらも饒舌な歌詞をスタイリッシュでモダンなメロディとトラックに乗って軽やかに歌うあたりは、それこそサム・クックが今時のメインストリームR&B楽曲を歌ったらこんな感じなのか、とふっと思わせます。
アルバムB面はこちらも演奏のスタイルが前作の雰囲気を色濃く残した「Lions」ですが、ここで音数少ない楽器とリズム・セクションをバックに歌うリオンの歌唱は、フレーズをぶつ切りにして歌うという、かなりヒップホップの雰囲気を漂わせたものになっていて「へえ、こんなスタイルもできるのか」と思わせます。
続く「If It Feels Good (Then It Must Be)」は冒頭からタイトルの通り、もうこれは聴いて楽しむしかないでしょう!といった感じのメロー・ファンキーなカッティング・ギターのリフをバックに歌う楽しいダンス・ナンバーで、これライヴでやったらみんな踊り始めるんだろうな~と聴きながら思わずニンマリする曲。
ベースリフのフレーズが印象的なこちらもアップテンポで、ほんのりプリンスの陰が見え隠れするナンバー「You Don’t Know」で軽快な楽曲が続いた後、グッとまたサザン・ソウル風味満点の、それこそメンフィスやテキサスあたりのライヴ・ジョイントでリオンのねっとりした、恋人同士の仲直りのセックスの歌を聴いてるという濃厚な雰囲気の「Mrs.」で本来のスタイルに戻った後、アルバムラストを締めるのは、自らの出自や彼が大きな影響を受けた母親のことを、半ばフリー・ジャズ・フュージョン風のトラックをバックに、それでもリオンらしい正当派R&Bシンガースタイルで歌う「Georgia To Texas」。ここでのリオンの歌い方を聴くと、彼が本来はゴスペル畑から成長してきたシンガーなんだな、ということが如実にわかる、そんなアルバムのクロージングです。
思えば前作のジャケは真っ赤のバックに、ヴィンテージものの60年代風のジャケットとパンツに身を包んだリオンが、サム・クックさながらのポーズを決める、といったものでしたが、今回はより最近の90年代あたりのR&Bアルバムを思わせる出で立ちとデザインで、前回と今回のアルバムのスタイルをよく表しているといっていいでしょう。
前作に比べて、本来のスタイルを維持しながらも様々なスタイルに取り組んでいる今回のアルバムもシーンでは概ね評判がよく、全米アルバムチャートでもトップ3と、彼に取って最大のヒットアルバムとなっています。今回も前作同様全曲でリオン自身が曲作りに関与していることも、このアルバムでの彼のパフォーマンスにクレディビリティ(信頼性)を与えています。
また、今回従来のR&Bチャートだけでなく、何とアメリカーナ・フォーク・アルバム・チャートで堂々の1位に輝いたということも、リオン・ブリッジズというアーティストがより広いリスナー層を捉えられる多様性を示したことの証明でしょう。
まもなく梅雨空が多くなる時期ですが、クラシックなスタイルを持ちながら今回音楽性の幅の広さをも証明してみせたリオンの素晴らしいR&B作品を聴きながら、残り少ない五月を楽しみませんか。
<チャートデータ>
ビルボード誌全米アルバム・チャート 最高位3位(2018.5.19付)
同全米R&B・ヒップホップ・アルバム・チャート 最高位3位(2018.5.19付)
同全米R&Bアルバム・チャート 最高位1位(2018.5.19付)
同全米アメリカーナ・フォーク・アルバム・チャート 最高位1位(2018.5.19付)