新旧お宝アルバム!#24「Nina Revisited: A Tribute To Nina Simone」Various Artists (2015)

新旧お宝アルバム #24

Nina Revisited: A Tribute To Nina SimoneVarious Artists (Revive / RCA, 2015)

さていよいよ2015年も押し詰まってきて、今週はクリスマス・ウィーク。今週いっぱいで仕事納めで来週は年末年始のお休み、という方も多いのでは。このコラムも年内今回を含めてあと2回になりました。

そこで今週の「新旧お宝アルバム!」でご紹介する「新」のアルバムは、あのローリン・ヒルを中心に数々のアーティストが集まって作り上げた、1950~70年代にかけてシンガーソングライターとして、ピアニストとして、そして社会活動家として激動の人生を送り、ジャズを中心に様々な作品を発表して今も女性R&Bシンガーからの深い敬愛を集める、アメリカを代表するアーティスト、ニーナ・シモンのトリビュートアルバム『Nina Revisited: A Tribute To Nina Simone』をご紹介します。

Nina Revisited Front

ニーナ・シモンというと、ジャズボーカルファンの間では周知のビッグ・アーティストですが、一般的に日本では80年代に「My Baby Just Cares For Me」がシャネルNo.5のTVCMに使われたことで名前とその独特の歌声と歌唱スタイルを知った、という方も多いと思います。

そのニーナ・シモン、欧米では単にジャズ・ボーカリストとしてだけではなく、黒人であることに誇りを持ったシンガーソングライターであり、1963年の人種差別主義者によるアラバマ州バーミンガムの教会爆破事件に抗議した「Mississippi Goddam」を書いたり、昨年映画「Glory」の題材となったアラバマ州セルマからバーミンガムへの人種差別に抗議する行進に参加したり、マーティン・ルーサー・キング牧師の暗殺直後のライブで「Why? (The King Of Love Is Dead)」といった曲を歌ったりと、60年代の黒人市民権運動に積極的に関与した社会活動家としても知られているのです。

そんなニーナのトリビュートアルバムは過去にも何枚か出ているのですが、今回のトリビュート・アルバムは、今年ネットフリックス(先日日本にも進出してきたストリーミング・ビデオ配給会社)企画のドキュメンタリー「What Happened, Miss Simone?」の放映とタイミングを合わせて企画されたもののようです。

昨年のミズーリ州ファーガソンでの黒人少年マイケル・ブラウンの警官による射殺事件による抗議活動に端を発し、ここしばらくアメリカではまた人種間の軋轢が高まっている中、黒人市民権運動に積極的だったニーナのトリビュートアルバムとドキュメンタリーが制作されたことには大きな意味がこめられているものと思います。

そうして作られたこのトリビュートアルバム、いろんな意味でとてもユニークで素晴らしいアルバムに仕上がっています。具体的には、

1.アルバムの構成が、16曲中6曲をあのローリン・ヒルが担当し自らパフォーム、一方7曲を今最もR&B/ジャズシーンでノッているロバート・グラスパーがプロデュースを担当、いずれもクオリティの高い仕事をしていること。

ローリン・ヒルニーナの代表曲の一つ「Feeling Good」を筆頭に、自らのラップでヒップホップ・トラックでニーナを祝福した「I’ve Got Life (Version)」、ニーナのフランスへの愛着を象徴する「Ne Me Quitte Pas」でアルバムの冒頭を飾り、アルバムの終盤ではもともとフォーク・トラディショナルだったものをニーナが自分のレパートリーにしていた「Black Is The Color Of My True Love’s Hair」、同じくスタンダードでニーナのレパートリーであのデヴィッド・ボウイもやっていた「Wild Is The Wind」、そしてニーナの自作曲をインストルメンタルにした「African Mailman」を、彼女独特の情念が渦巻くような雰囲気でパフォームしており、これがある意味このアルバムの「陰」的な部分を高いクオリティで表現しています。

一方、新進気鋭のジャズピアニストで、ロックの楽曲や今の新しいR&B楽曲などをジャズ的解釈でパフォームし、グラミー賞R&B部門2回受賞するなど、今のR&B/ジャズシーンの最先端を行く鬼才、ロバート・グラスパーがアルバムの中心部分でジャズミン・サリヴァン、アッシャー、メアリー・J・ブライジ、グレゴリー・ポッター、コモン&レイラ・ハサウェイといった錚々たるメンバーの楽曲をプロデュース、これがクールな中にも「陽」のパワーを感じさせる見事な仕事をしています。

このアルバムのバランス感満点の印象は、この二人のプロデュースがうまい具合にぶつかり合いながら微妙な調和を保っていることが大きいと思います。

[youtube]https://youtu.be/F-tCx5mocsE[/youtube]

2.収録楽曲が、ニーナ自作のナンバー(わずか4曲)よりも、他の作者の曲ながらもニーナが生前ライヴで自分のレパートリーとしていて、かつ彼女のイメージを強く想起させる曲で占められていること。

このアルバムの素晴らしい特徴の一つは、アルバムの最終トラックが、ニーナの黒人市民権活動への積極的な関与を象徴する、彼女の代表曲の一つ「I Wish I Knew How It Would Feel To Be Free」(自由になるってどんな感じか判ったらいいのに)でこれが素晴らしいアルバムクロージングになっていることなのですが、この曲は実は彼女の自作ではありません。

同様にローリン・ヒルがアルバム冒頭すごい迫力で歌うニーナの代表曲「Feeling Good」も彼女の作品ではないけどニーナを代表する曲。

もちろん彼女自身の作品で彼女の黒人市民権運動へのコミットメントを象徴する曲で、コモンレイラ・ハサウェイの素晴らしいパフォーマンスでこのアルバムのハイライトの一つである「We Are Young, Gifted And Black」のようにニーナ自作の曲も収録されてますが、アルバム全体では、彼女の自作曲にこだわらず彼女のキャリアを象徴する曲が取り上げられている、というのはトリビュート・アルバムとしてはなかなかユニークな構成です。

でもローリン・ヒルのパフォーマンス、ロバート・グラスパーの優れたプロデュースとそれに応える各アーティストの素晴らしいパフォーマンスがこのアルバムのユニークさを高いクオリティに導いていると思います。

いろいろ述べるべきことの多いトリビュートアルバムですが、上記に述べたローリン・ヒルロバート・グラスパーの卓越した仕事以外に特筆すべきパフォーマンスがいくつかあります。

7曲目のアッシャーによる「My Baby Just Cares For Me」。そう、冒頭にお話したTVCMで80年代にリバイバルしたあの曲です。

この曲を、アッシャーエイミー・ワインハウスを手がけたことで知られるサラーム・レミのプロデュースで、あたかもクリスマスソングをムードたっぷりに歌うフランク・シナトラのように料理しています。これが実にいい。

正直いってここのところの自分のアルバムでのパフォーマンスよりもアッシャーがナチュラルに歌っていて、遥かに出来がいいと思うほど。

9曲目のグレゴリー・ポッターによる「Sinnerman」。

グレゴリー・ポッターという人は、ジャズ畑に身を置きながら、R&Bメインストリーム的な解釈でのパフォーマンスが素晴らしいアーティストですが、ここでももともとトラディショナル楽曲であったものをニーナが60年代に黒人市民権運動を背景に頻繁にパフォームしていた曲を、その時代の情念を再現するかような素晴らしいパフォーマンスで聴かせてくれます。

10曲目のコモンとレイラ・ハサウェイによるニーナ自作の「We Are Young, Gifted & Black」。

レイラの美しい歌声とコモンのグルーヴのうねりに乗った素晴らしいフロウが楽しめるこのトラック、主題はタイトルにあるように、ブラック・イズ・ビューティフル的なものですが、途中コモンが「Mississippi Goddam, Ferguson Goddam, Staten Island Gaddam, Baltimore Gaddam」と、ニーナの60年代の黒人市民権活動を象徴する曲「Misssissippi Goddam」に言及しながら、昨年のファーガソンでの黒人射殺事件にも触れるというシリアスな内容をグルーヴ満点のトラックで表現しています。

11曲目のアリス・スミスによる「I Put A Spell On You」。

この曲はもともとブルース・ギタリストのスクリーミン・ジェイ・ホーキンスの有名な持ち歌ですが、60年代ニーナも自らの持ち歌としていたもの。「あなたに呪いをかけるわよ」というもともとたいへんおどろおどろしいテーマの曲を、まだキャリアは浅いながらも一部の評論家筋の評価の高いシンガー、アリス・スミスが素晴らしい迫力とテンションで歌いきっています。

Nina Revisited Back

トリビュートアルバムというのは、とかく対象であるアーティストの曲を、オールスターキャストのパフォーマンスでなぞるだけ、という感じになりがち。また参加アーティストがそれぞれのトラックを提供することで、プロデュースもバラバラになるため、どうしてもただのオムニバス・アルバムになってしまうことが少なくありません。

このアルバムが特殊で素晴らしいのは、アルバム全体が二人のメイン・プロデューサーでバランスを取ってコントロールされていること。またそれに応える各参加アーティストのパフォーマンスも素晴らしいものです。

このアルバムを機会に、ニーナ・シモンという素晴らしいアーティストがパフォームしていた主要楽曲に触れて、彼女の世界を楽しんで頂くと共に、ローリン・ヒルロバート・グラスパーという、今のR&B/ジャズシーンを代表するアーティスト・プロデューサーの手腕が凝縮された、今のR&B作品としてクオリティの高いこの作品を是非楽しんで頂きたいと思います。

<チャートデータ> チャートインなし