2017.5.8
新旧お宝アルバム #85
『A Quiet Storm』Smokey Robinson (Tamla / Motown, 1975)
終始天候に恵まれた今年のゴールデンウィーク、皆さんはいかがお過ごしでしたか。自分は5連休でしたが、丹沢と奥多摩の御岳山にと2度登山ハイクにでかけ、その合間を縫って嫁さんと越後湯沢まで日帰りで温泉&日本酒三昧の小旅行に行ってきました。9連休の方はもっとダイナミックなホリデーを過ごされた方も多いでしょう。そしてそのお供に常に素敵な音楽がご一緒だったことと思います。
さてGWも終わり日常に戻った皆さんに向けて、今週の「新旧お宝アルバム」はまだ頭に残っているゆったりとした休暇のイメージを想起させるような、ゴージャスな雰囲気たっぷりのソウルの名盤をお送りします。ソウル界の大御所でこのアルバム発表当時はモータウン・レコード副社長を務めながら、60年代大成功したミラクルズを脱退し、ソロ・キャリアをスタートさせたばかりのそう、皆さんよくご存じのスモーキー・ロビンソンのアルバム『A Quiet Storm』(1975)をご紹介します。
スモーキー・ロビンソンといえばあのヴェルヴェットのようなファルセット・ヴォイスのボーカルによる歌唱がつとに有名ですが、スモーキーは60年代、モータウン・レコードの看板グループの1つ、ミラクルズのリード・シンガー時代から、シンガーとしてだけではなくソングライターとしても非常に素晴らしい楽曲をつくり出しています。
ミラクルズ時代の60年代のヒット曲で後にカバーヒットとなっている「Shop Around」(1960年最高位2位、キャプテン&テニールのカバーで1976年最高位4位)、「Ooh Baby Baby」「Tracks Of My Tears」(いずれも1965年16位、いずれもリンダ・ロンシュタットのカバーで1978年7位&1976年25位)、「More Love」(1967年23位、キム・カーンズのカバーで1980年10位)などは言うまでもなく、他のモータウンのアーティスト達の数々のヒットも書いています。メアリー・ウェルズのNo.1ヒット「My Guy」やテンプテーションズの「My Girl」「The Way You Do The Things You Do」「Get Ready」をはじめ、マーヴィン・ゲイ、マーヴェレッツらのヒット曲を量産していた、モータウンにとってはスーパーマンのようなアーティストだったのです。その貢献度から60年代半ばに20代の若さでモータウンの副社長に任命されたのもむべなるかな、です。
そのスモーキーがツアーから離れて家族との時間を確保すると共にモータウン副社長の仕事に専念するために1972年にミラクルズから脱退して一旦アーティスト引退。しかし間もなくソロとしてカムバックしてアルバム『Smokey』(1973)、『Pure Smokey』(1974)を発表しましたが当時ヒットを連発していたレーベル仲間のマーヴィン・ゲイやスティーヴィー・ワンダーらの成功には及ぶべくもない状況。そんな中発表されたのがこのアルバム『A Quiet Storm』でした。
同時期のスティーヴィー・ワンダーの大ヒットアルバム『Fulfillingness’ First Finale(ファースト・フィナーレ)』(1974)などでも使われていたアープ・シンセサイザーの電子的なトーンとタイトルから暗示されるような嵐の風音で始まるタイトル・ナンバー「Quiet Storm」は、これぞスモーキー、という感じのヴェルヴェット・ヴォイスで官能的に歌われるゴージャスなR&Bソングで、7分半以上に渡ってアープ・シンセやフルートのソロをバックにいきなりリスナーをカタルシスに持って行きます。
充分暖まったところに往年の60年代モータウンソウルを彷彿させるようなクラシックな感じのリズム・パターン(彼の80年のカムバックヒット「Cruisin’」のイントロのリズムを思い出して下さい)で始まる「The Agony And Ecstasy」は「僕らの愛は簡単じゃないんだ/エクスタシー(快感)を得るためには苦悩の時期を耐えなきゃいけないんだよ」と歌う、ちょっとイケない愛の関係を想起してしまう、これもスモーキーの官能ファルセットが切々と歌うバラード。
続く「Baby That’s Backatcha」は、一転して当時流行初めのディスコ・ビートを意識したアップテンポのナンバー。意識したといってもあくまでビートと楽曲はスモーキースタイルの洒脱なもので、この曲は彼に取ってソロ転向後初の全米ソウル・シングル・チャート1位のヒットとなりました。
マイケルを初め兄弟がモータウンから移籍する中一人モータウンに残ったジャーメイン・ジャクソンの結婚式のために書かれたというちょっとハワイあたりの風景を想起する「Wedding Song」に続くのは、当時レーベル仲間のダイアナ・ロスがビリー・ホリデイ役で初の映画主演を遂げた映画『Lady Sings The Blues(ビリー・ホリデイ物語)』にフィーチャーされた、ピアノ一本をバックに静かに歌い出し、後半ストリングスやリズム・セクションが加わる中、ちょっとジャズ・ボーカル風の曲調でデリケートに、しかしドラマティックに歌い上げる「Happy (Love Theme From “Lady Sings The Blues”)」。正に映画の一場面を想像させてくれる素晴らしい歌唱を聴かせてくれる、こういうスモーキーもいいもんですね。
アルバムはちょっとこの中では異色な感じの,シンセベースを特徴的に使ったマイナーなアップテンポの「Love Letters」から、この時期台頭していたソウル・ジャズを思わせるような曲調で女性コーラスをバックにスモーキーがクールに決める「Coincidentally」でクロージングを迎えます。
しかしこのアルバムの制作コンセプトで面白いのは、各曲の曲間が無音ではなく、嵐のSEだったり、前の曲のエンディングと後の曲のオープニングを被らせたりと、全体のトータル感を強く意識している点。しかもアルバム最後の「Coincidentally」のエンディングのアープ・シンセサイザーの電子トーンとお馴染みの嵐のSEがそのままアルバムオープニングの「Quiet Storm」の冒頭の音とつながっていること。つまり、このアルバムをiTuneのリピートモードで聴くとサウンドの違和感なしに延々ループして聴くことができるのです。これ、なかなか素敵なコンセプトだと思いませんか?
全曲スモーキーのペンによる(タイトル曲と「Happy」は共作)このアルバムは上述のようにスモーキーにソロ初の全米ソウル・シングル1位をもたらし、Hot 100でもその「Baby That’s Backatcha」と「The Agony And Ecstasy」がそれぞれ26位、36位とヒットするなどスモーキーに取ってソロ・キャリアを確固たるものにした作品でした。
しかしそれ以上に何よりもこのアルバムが重要なのは、このアルバム(及びタイトル曲)の「Quiet Storm」というのが、この後全米のブラック・ラジオ・ステーションで、スローでゴージャスな楽曲中心にオンエアするプログラムのフォーマットの総称として使われるようになったこと。
このアルバムは、彼にとってこの時点でソロアルバムとしては最高の商業的成功を収めたわけですが、それだけでなく「クワイエット・ストーム」という音楽ジャンルを定義するという、黒人音楽文化に大きなインパクトを与えた歴史的アルバムとして評価されるべきなのです。
この後スモーキーはソロ作をリリースし続けますが、モータウン副社長の業務との二本草鞋ということもあり、なかなかヒットにめぐまれず。彼が再びヒット作に恵まれるのは、1980年のカムバックヒット「Cruisin’」(最高位4位)を含む『Where There’s A Smoke』まで待たねばなりませんでした。
スモーキー自身は有名なアーティストですが、そのアルバムというとなかなか聴く機会がこれまでなかった方も多いのでは。春から初夏に向かっていこうというこの時期、気持ちをぐっとゴージャスに挙げてくれるスモーキーのボーカルをふんだんにフィーチャーしたこのアルバム、是非聴いてみてはいかがでしょうか?
<チャートデータ>
ビルボード誌全米アルバムチャート最高位36位(1975.6.14 – 28付)
同全米ソウル・アルバムチャート最高位7位(1975.6.7 – 14付)