新旧お宝アルバム!#119「Beth Nielsen Chapman」Beth Nielsen Chapman (1990)

2018.5.7.

新旧お宝アルバム #119

Beth Nielsen ChapmanBeth Nielsen Chapman (Reprise, 1990)

今年のゴールデンウィークは全体通じて基本素晴らしい天気の日々が続いてとても気持ちのいい休日を過ごされた方も多かったでしょう。自分も初日に高尾山系を縦走するハイキングで五月の素晴らしい新緑を満喫してきました。一方今日あたりは長い連休が終わって仕事に戻り、GWロスでどんよりしている方も(笑)多いことでしょう。

さて今週の「新旧お宝アルバム!」は、またちょっと90年代シリーズに戻って、90年代に多く登場したシンガーソングライター系のアーティスト達の中でも、メインストリーム系の商業的な成功はなかなか得られなかったものの、カントリー系を中心に多数のアーティスト達に素晴らしい楽曲を提供したり、その後に現れたポップ・メインストリームやアメリカーナ系を中心とした数々の女性アーティスト達に大きな影響を与え、今でも根強いファンを多く持っている女性シンガーソングライター、ベス・ニールセン・チャップマンの代表作とも言える、2枚目のアルバム『Beth Nielsen Chapman』(1990)をご紹介します。

90年代作品を改めて評価してみようシリーズ、第5弾。

ここまで90年代の音楽的ルネッサンス状況を象徴するような、ロック系アーティストやR&B系アーティスト達を取り上げて来ましたこの「90年代作品を改めて評価してみようシリーズ」。今回のベス・ニールセン・チャップマンはそうしたアーティストとはまた違った形で、カントリーやアメリカーナといった違ったジャンルにおいて、しかし大きな足跡を残したアーティストです。そしてある意味60年代後半~70年代初頭に活躍したキャロル・キングローラ・ニーロといった偉大なシンガーソングライターの系譜を汲むアーティストでもあります。

ベス・ニールセン・チャップマンというと、一般的に一番知られているのは、カントリー・ポップ・シンガーで同じカントリー・シンガーのティム・マグロー(そう、あのテイラー・スウィフトの曲の題材にもなった彼です)の奥さん、フェイス・ヒルの1998年の大ヒット「This Kiss」(全米最高位7位、プラチナシングル)の共作者としてでしょう。他の二人のやはりナッシュヴィル・シーンの女性ソングライター達と書いたこの曲はそのポップでアップテンポな曲調で当時大いに人気を呼んだものです。

ベスはこの他にもトリーシャ・イヤーウッド、マーティナ・マクブライド、ウィリー・ネルソン、メアリー・チェイピン・カーペンターなどのカントリーを中心とした有名アーティスト達に90年代以降楽曲を提供してきた他、彼女自身のアルバムに参加して共演したアーティスト達はボニー・レイット、ヴィンス・ギル、マイケル・マクドナルド、ポール・キャラックなどなど、枚挙に暇がありません。

これほどシーンでその存在を高く評価され、根強いファンも多く、またミュージシャン達からもリスペクトされているシンガーソングライターでありながら、彼女のアルバムやシングルはどれ一つとしてビルボード誌Hot 100やアルバムチャート(総合チャートだけでなく、カントリーチャートも含め)には一切ランキングされておらず、大変不可思議です。

思うに、彼女の生み出す楽曲は愛や人生、そしてそれにまつわる真摯な感情をシンプルな言葉と心にしみてくるようなメロディで表現する、ということがあまりにストレートに行われているため、ラジオなどでキャッチーなアピールをするというよりは、草の根的にファンからファンに語り伝えられてきている、そんな作品だから爆発的にラジオでかかるとか、アルバムやシングルが売れるとかいった類いの作品なのではないのかもしれません。

ベスのアップテンポなピアノのメロディで始まる冒頭の「Life Holds On」は「少しでもチャンスが与えられれば、人の生命の復活力は素晴らしい」という人生へのポジティヴなメッセージを与えてくれ、ベスがボーカルに徹したややムーディなバラード「No System For Love」は「世の中はハイテクがどんどん進歩してどんなことでも可能になっているのに、未だに愛のためのしっかりとしたシステムは存在しない」というやや哲学的な曲。

このアルバムの各楽曲のバックは、おそらくプロデューサーのジム・エド・ノーマンが集めたナッシュヴィル・シーンのセッション・ミュージシャンが固めているのですが、3曲目の「I Keep Coming Back To You」ではバックをリー・スクラー(ベース)、ラス・カンケル(ドラムス)のザ・セクションのリズム隊と名うてのセッション・ギタリスト、ディーン・パークスが固めるという、本人もプロデューサーのジムもこの曲への力の入れ具合が伺える楽曲。バックの演奏はシンプルで、ベスのボーカルも雄弁にパートナーのことを愛していながら、彼との関係がうまくいかないことに悩む女性の心理を表現していますが、決して力の入りすぎないパフォーマンスで、聴いた後長く楽曲の印象が残る、そんなこのアルバムのハイライトの一つです。

https://youtu.be/ZdLnDHy8HJk

その後も、シンセの控えめなサウンドにアコギの爪弾きを絡めながら、自分の道を歩いて行くだけ、と力強く表明する「Walk My Way」、シンプルなピアノの弾き語りで「私に必要なものは私が持っているものだけ/私のそばにはあなたがいてそこが私の人生が一つになるところ」と満たされた愛の素晴らしさを歌う、エリック・カズとの共作「All I Have」、そして「険しい道も流した涙も、すべて目の前に現れるものを受け入れるしかないのよ」とほんわかとしたメロディに乗せて歌う「Take It As It Comes」などなど、人生の機微や愛、信念そして人生の進むべき道などを、シンプルな歌詞と趣味のいいアレンジと、90年代初頭DX7などのシンセサイザーが多用されていた時代にしてはとても控えめなシンセとアコースティックな楽器によるサウンドに乗せて心に響き渡る楽曲を、ベスが次から次へと歌ってくれるのがこのアルバム。

そのアルバムのラストは、クリスマスに自分の生家に戻ってきた主人公が、自分が生まれた日に父が植えた庭の木や、向かいの家のクリスマス・デコレーションや幼なじみの子供達が作った雪だるまなどをポーチから眺めながら、自分が幼い時から流れた時間が早いようでいてゆっくり流れていることを実感する、というアコギの弾き語りで聴く者、特に人生の半ばを過ぎたリスナーの琴線に触れるバラード「Years」で静かに幕を閉じます。

ベスは、この後90年代から2000年代にかけて、特にカントリー・シーンがアメリカーナやメインストリーム・ポップと相互乗り入れを進める中で、ディキシー・チックス、メアリー・チェイピン・カーペンター、アリソン・クラウス、ジュエル、そしておそらくテイラー・スウィフトといった、実力派の女性シンガーソングライターの台頭のいわば先駆者と言っていい存在だったと思いますし、それに相応の大きな影響をこうした後進の今や大スター達に残した、忘れてはいけないアーティストだと思います。

残念ながら「This Kiss」の大ヒット以外では大きな商業的な成功やスポットライトを受ける機会に恵まれなかったベス、このアルバム発表の僅か4年後には最愛の夫、アーネストをガンでなくし、自らも乳ガンと闘うなど、苦労多い人生を送っていますが、2011年には10年の交際を経て再婚。時を同じくして9作目にあたるアルバム『Back To Love』(2010)でシーンに復帰、その後も2年に1枚のペースで新作を発表、2016年には、あのオリヴィア・ニュートン・ジョンとカナダの女性シンガーソングライター、エイミー・スカイと3人で、喪失の悲しみを癒やし乗り越えるというスピリチュアルなテーマのアルバム『Liv On』をリリースするなど、依然聴く者を癒やし、啓発する音楽活動を続けています。

5月の爽やかで明るい天気の中、ベスの美しくシンプルな、それでいて自分を見つめ直すことのできるそんな楽曲を聴きながら、ゆっくりと過ごす、そんな時間を作ってみてはいかがでしょうか。

<チャートデータ> チャートインなし