新旧お宝アルバム!#84「Chris Thile & Brad Mehldau」Chris Thile & Brad Mehldau (2017)

2017.5.1

新旧お宝アルバム #84

Chris Thile & Brad MehldauChris Thile & Brad Mehldau (Nonesuch, 2017)

いよいよ風薫る五月到来、そして多くの皆さんが既にゴールデンウィークを楽しんでおられることでしょうね。自分はカレンダー通りの仕事ですが、今週はオフィスも静かですし、水曜日からは五連休なので存分にアウトドアに、そして音楽にゴールデンウィークを満喫しようと思っています。また先週土曜日は東京ドームのポール・マッカートニーのライヴを観に行ってその素晴らしさに感動して来たのでいつになく音楽に対するテンションが上がりっぱなし(笑)。皆さんも楽しい音楽でいっぱいのGWをお過ごし下さい。

さて今週の「新旧お宝アルバム!」は久しぶりに今年の新譜からのご紹介。今回は、以前このコラムでも2年ほど前にご紹介したプログレッシヴなブルー・グラス・バンド、パンチ・ブラザーズのリーダーでマンドリンの達人、クリス・シーリーと、こちらも気鋭のジャズ・ピアニスト、ブラッド・メルドーの二人がタッグを組んで録音した、とてもフレッシュで刺激的な自作曲と新旧の幅広い分野からのカバー曲を聴かせてくれる、今の季節にピッタリなアルバム『Chris Thile & Brad Mehldau』(2017)をご紹介します。

パンチ・ブラザーズをご紹介した時にもご説明しましたが、現在36歳のクリス・シーリーは90年代~2000年代にニッケル・クリークという、ブルーグラスをカントリー・ロック的なアプローチで再度メインストリームに引っ張り出した功労者的バンドのメイン・メンバーとして活躍、その卓越したマンドリン・プレイと、シンガーソングライターとしても優れた才能で、2012年には毎年限られた数の、各分野のトップレベルの米国人に与えられる「マッカーサー・フェロー」賞を受賞するなど、正しく今のアメリカ音楽界を代表するミュージシャンの一人です。

一方ブラッド・メルドーは現在46歳、90年代にジャズ・サックス奏者のジョシュア・レッドマン・カルテットのピアニストとして頭角を現し、早くから自らのトリオによる作品も多く発表、一方でパット・メセニーやクラシック・オペラ・シンガーのアンヌ・ソフィー・フォン・オッターエルヴィス・コステロとのコラボで有名)、ウィリー・ネルソン、アメリカーナ・ロックのジョー・ヘンリーなど、様々な分野のアーティスト達との競演でジャンルレスな活動を展開する、こちらも気鋭のピアニスト。

アルバムは全11曲(LPは1曲、フィオナ・アップルの「Fast As You Can」がボーナス・トラックで追加されてますが、これがまた素晴らしい出来です)、うちクリスの作品2曲、ブラッドの作品が1曲、二人の共作が1曲ある他は6曲(LPは7曲)が様々なジャンルから選曲によるカバー。これらのカバーが見事にこの二人の卓越したパフォーマンスで、このアルバム全体を作り上げている世界観に納まっているのが、このアルバムの素晴らしいところ。そう、まるでクリスブラッドが作り上げる映画のサントラ盤を聴いている、ブラッドのある時は繊細な、ある時はリズミックで力強いピアノと、クリスの超絶テクとこちらも繊細さを巧みに取り混ぜたマンドリン・プレイ、そしてファルセットや力強いボーカル、そしてはたまたルックス通りの甘いボーカルを操りながら、二人の世界観を完璧なものにしている、そんな感じを強く抱くアルバムなのです。

ピアノとマンドリンという一種異形の組み合わせながら、一つも違和感を感じることなく、そればかりか静謐にも思える世界観を醸し出しているのは、つまるところ二人の才能と、それをお互いに引き立てようとする、見事なコラボワークの賜物なのでしょう。この二人、2013年から一緒にツアーもやっているらしく、今回のアルバムはその一つの完成形だったのですね。

[youtube]https://youtu.be/84M1kkKF24k[/youtube]

クリスのマンドリンのストラミングとブラッドの繊細なピアノで始まる共作の「The Old Shade Tree」や、ジャズ的展開とブルーグラス展開が絶妙なインタープレイを繰り広げるブラッド作の「Tallahassee Junction」、ブラッド作で彼のピアノが全体を物憂げにコントロールする若葉の季節を思わせる「The Watcher」や、クリス作で彼の特異なパーカッシヴなマンドリン・プレイを中心にリズミカルな楽曲展開が後半クリスのマンドリンとブラッドのピアノの絶妙に息の合ったプレイでカタルシスに昇り詰めていく「Daughter Of Eve」などの自作曲も素晴らしいですが、このアルバムの魅力はやはりカバー曲。

中でもおそらく一番耳を引くのがボブ・ディランの「Don’t Think Twice, It’s All Right(くよくよするなよ)」のカバー。名盤『Freewheelin’ Bob Dylan』(1963)収録の有名曲ですが、この曲をブラッドの軽快なピアノプレイとクリスの流れるようなマンドリンで奏でながら、クリスはややディランを意識したかのような癖のあるボーカルスタイルで、しかしはつらつと生き生きとカバーしてくれてます。これはディラン・ファンのベテラン洋楽リスナーの皆さんに是非聴いて頂きたい、聴いてるだけで楽しくなるバージョンです。

[youtube]https://youtu.be/FowB43JjyT4[/youtube]

この他にも有名なジャズ・スタンダードの「I Cover The Waterfront」や16~17世紀に活躍したアイルランドのハープ奏者の作品「Tabhair dom do Lámh」といった古くからの伝統的音楽への敬意が伝わってくるカバーから、90年代のインディ系シンガーソングライター、エリオット・スミスの「Independence Day」やジョニ・ミッチェルの初期のアルバム『Song To A Seagull』(1968)からの「Marcie」、そして前述のフィオナ・アップルの「Fast As You Can」といった近年の曲のカバーでは、同時代に生きるミュージシャンとして自らの伝統的楽器(クリスは巧みなボーカル)を駆使しながら自分たちの解釈でのパフォーマンスが楽しく、この二人が明らかにジャンルの壁を完全に超越した音楽を楽しみながらやっているのが伝わってくる、そこがこのアルバムの最大の魅力なのです。

このアルバムは、クリスブラッドが共に所属するナンサッチ・レーベルの社長、ロバート・ハーウィッツ氏のアイディアで始まった企画だそうですが、元々ブラッドのファンだったというクリスと、ハーウィッツ社長に連れられてパンチ・ブラザーズのライヴを観に行ってぶっ飛んでしまった、というブラッドが、いずれも自らの楽器とジャンルの軸を持ちながら、ロック、ポップ、ジャズ、クラシック、カントリーといったあらゆる音楽に対する興味が常に高い二人であったという時点で既に、こういう素晴らしい作品の完成は約束されていたのでしょう。

アルバムのライナーノーツでハーウィッツ氏はこのように言っています。

「二人とも才能あるクリエイティブな演奏家なので、このコラボ作品の楽器演奏面が素晴らしく満足いくレベルであることは驚きに値しない。私が全く予期しなかったにもかかわらずこのレコードを聴けば明らかなのは、彼らがお互いの共演を通じて、新しい分野を露わにしてくれる演奏と歌唱の組み合わせや歌唱のスタイル、そしてインプロヴィゼーションに基づくミュージシャンシップの関係性を根本から再定義する方法を見つけ出していることだ。それはもはやジャズでもポップでもフォークやブルーグラスでもない、『クリスブラッドの音楽』という伝統とでも言うべきものだ」

若葉の季節、素晴らしい季節のこの時期にぴったりの、この二人の才能溢れるミュージシャンが作り出す「クリスブラッドの音楽」を存分に楽しんでみてはいかがでしょうか?

<チャートデータ> ビルボード誌全米ブルーグラス・アルバムチャート 最高位1位(2017.2.18付)