2018.10.15
新旧お宝アルバム #133
『The Future And The Past』Natalie Prass (ATO, 2018)
前回のこのコラムからここ一ヶ月弱、公私ともにいろいろ忙しく間が空いてしまいましたが、その間に着実に秋は深まり、この週末は最高気温がいよいよ20度を切るという絶好の季節になってきました。そしてMLBのポストシーズンも今や佳境。今週はいよいよワールドシリーズ進出チームが決定しそうな感じでMLBファンにはたまらない季節ですね。
さて今回の「新旧お宝アルバム!」では、深まる秋にぴったりのメランコリーでポップながら、今の時代のコンテンポラリーな音像をまとった不思議な魅力を持つシンガーソングライター、ナタリー・プラスの2枚目になる今年リリースのアルバム『The Future And The Past』をご紹介します。
あのエリック・カルメンを輩出したオハイオ州クリーヴランド生まれで、現在はヴァージニア州リッチモンドをベースに活動する今年32歳のシンガーソングライター、ナタリー・プラスは、リッチモンドでの幼少からの友人であるシンガーソングライター、マシュー・E・ホワイトが主宰するスペースボム・レーベルから2015年にリリースしたデビューアルバム『Natalie Prass』がその年の各種音楽誌で高い評価を受けたのがきっかけで一躍注目を集めたアーティスト。
デビュー・アルバムでは、そのささやくようなボーカルと70年代初頭LAのローレル・キャニオンを中心に活躍したキャロル・キングやジョニ・ミッチェルらの作品を思わせるトルバドール・タイプの楽曲や60年代ブルー・アイド・ソウル的楽曲、さらにはオールド・タイム・ミュージック的なサウンドまでを満載した「クラシック・アメリカーナ」な世界観を展開していたのが、各誌の高い評価につながっていて、自分も当時そうしたレビューに惹かれてこのアルバムを聴いて大いにその虜になったものでした。
その彼女が3年ぶりにリリースした今回の『The Future And The Past』。今回も盟友のマシュー・E・ホワイトのプロデュースで、彼との共作曲が5曲収録された作品ですが、その内容は、楽曲的にはコンテンポラリーなサウンドのブルー・アイド・ソウル的作品群と70年代のメインストリーム・シンガーソングライター的スタイルの作品群を軸にして「新しい音像でクラシック味わいのメロディや構成の楽曲を展開する」という世界観を作りあげた、前作とまたひと味変わった意欲的な作品に仕上がっています。
冒頭の「Oh My」はタイトなリズム&ブルース風のサウンドとビートに乗ってナタリーのウィスパリング・ボーカルが炸裂するナンバー。「おっソウルフル」と思わせる曲調が前作と比べると意外性もあって掴みとしてはなかなか。そしてその歌詞は「信じられないことが起きている/もうハートはボロボロよ/毎日ニュースを読むたびに私達は負けていると感じてしまう」という、反トランプ的なメッセージも垣間見えて興味深いところ。続く「Short Court Style」は一転、シャッフルなリズムとコーラスを随所に効果的に使った、70年代メインストリーム・ポップの香りを80年代っぽい音像で構成した、ミディアム・テンポのキャッチーなナンバーで、ここでまたぐっと聴き手を引き込みます。
短いインタールードに続いて2000年代以降のメインストリーム・ポップなスタイルの「The Fire」は、同世代のアーティスト、ハイムあたりの楽曲を思わせるブルー・アイド・ソウルの香りのするリズミックなトラックが心地よいナンバー。こちらはリアーナの2013年のヒット「Stay」(全米最高位3位)を共作しフィーチャーされ、グラミーでもリアーナと共演したミッキー・エッコとの共作ナンバーです。
ジャズのジャム・セッションっぽい短いフレーズに続いて、マシューとの共作のうちの1曲「Hot For The Mountain」は意図的にと思われる音程的抑揚の少ないメロディ・ラインがおもしろい作品。続く「Lost」はピアノの弾き語りからジワジワと盛り上がる、70年代シンガーソングライター作品っぽいノスタルジックなメロディと、「あなたといると迷ってしまう/どのくらい代償を払ってあなたの仕打ちに耐えればいいの/傷が癒えてもまたあなたは噛みついてくる/このままあなたを愛し続けられない」というヒリリとする歌詞の対比がぐっと来る曲です。そしてレコードだとA面ラストの「Sisters」はまたマシューとの共作で、ウォーキング・リズムのややジャジーな感じのこちらもジワジワとくる楽曲ですが、ここも最近の#me too運動に呼応するかのようなメッセージの歌詞で、ナタリーのシンガーソングライターとしての意思が伝わってきます。
B面オープニングの「Never Too Late」はこのアルバムで最もキャッチーなナンバー。夢見るようなメロディとノスタルジックなバックの演奏から、80年代AORで多用されたお馴染みのリズムリフのサビに入っていくあたり、まんま80年代和モノのシティー・ポップの意匠そのままなので、思わずニヤリとすること請け合い。ボーカルスタイルも、「イマイチ歌が巧くないカレン・カーペンター」的な味わいを意識して出している感じが見事にハマっています。次の「Ship Go Down」は、変速リズムパターンのトラックとややメランコリーなメロディに乗るナタリーのちょっとコケティッシュなウィスパリング・ボーカルが不思議な魅力を醸し出す6分超の作品。後半はちょっとアヴァンギャルド・ポップ的な展開になっていき、ナタリーがこれまで見せなかった異なる一面を垣間見せます。
エレピの弾き語りでジワッと始まる「Nothing To Say」は70年代後半の面ストリームな感じのメロディと、2000年代以降のメインストリームなコンテンポラリーR&Bを意識したリズムと音像が不思議なバランスを持って迫ってくる曲。ここにも、今回恐らく音作りで参考にしたのではと個人的に思っている、ハイムの楽曲の影響がちらほら。
またもやスローなジャズのジャム・セッションのフェードインで始まる「Far From You」はすぐ曲調が変わり、カーペンターズの70年代初期作品を思わせる、抑制しながらぐんぐん盛り上がる楽曲スタイルを、またまた「イマイチ歌の巧くないカレン・カーペンター」的イメージ満点のドラマティックなナタリーのボーカルが見事に構築。この曲の甘酸っぱくも心に迫る、魅力的な世界観はこのアルバムでも屈指の出来。ワン・ダイレクションのヒット曲「Little Things」(2012年全英1位、全米33位)をエド・シーランと共作したことで知られるイギリスの女性シンガー・ソングライター、フィオナ・ベヴァンとの共作です。
そして最後はぐるっと回ってまたA面冒頭「Oh My」のスタイルに回帰した感じのマシューとの共作によるリズミックなブルー・アイド・ソウルなナンバー「Ain’t Nobody」。曲が終わった後に三たびスローなジャズのジャム・セッションがフェードイン、そしてフェードアウトして、まったりとした余韻を残してアルバムが終わります。
今回のナタリーのアルバムも概ね音楽誌の間では評判がいいようで、内容もある意味前回のアルバムからまた一つ違うフェーズに進化した感がある、と言う意味でも更に次の作品が楽しみです。特に今中間選挙を前にしてあちこちで失点が起きているトランプ政権の今後の動きに対して、ナタリーがシンガー・ソングライターとして次の作品でどう反応していくのか、というあたりも興味深いところ。
その間、夜になるとひんやりしてきた秋の季節、ナタリーのこの作品を聴いて単にシンガーソングライター作品、単にAORなインディ・ポップ作品に止まらないこの作品でじんわりとした感動を味わって見て下さい。
<チャートデータ>
ビルボード誌全米インディ・アルバム・チャート 最高位29位(2018.6.16付)