新旧お宝アルバム!#58「Muchacho」Phosphorescent (2013)

2016.9.26

新旧お宝アルバム #58

MuchachoPhosphorescent (Dead Oceans, 2013)

なかなか秋本番になってくれず、ここのところ毎日雨続きでうんざりしている方も多いのでは。そうこうしているうちに9月も終わろうとしている中、本格的な秋到来を心待ちにしている方、この機会にもうすぐいよいよ国内サービスが始まるというSpotifyApple Musicなどをチェックしてみて、いろんな新しい音、懐かしい音に接してみてはいかがでしょうか。自分の知っているアーティストでも「こんな新譜が出てたのか」などという発見があってなかなか楽しいものです。

さて、今週の「新旧お宝アルバム!」は久しぶりに最近のアルバムのご紹介です。今回は最近いろんなジャンルの新進気鋭のアーティスト達が集う、ニューヨークはブルックリンをベースに、2000年代からその独特な作風とセンスで紡ぎ出す楽曲を発表し続けているアラバマ州出身のマシュー・ホウクことフォスフォレッセントの6枚目のアルバム『Muchacho』(2013)をご紹介します。

muchacho

「Phosphorescent」という言葉は、以前ここでもご紹介して、今年初来日で大いに評判を集めたパンチ・ブラザーズのアルバム『Phosphorescent Blues』のタイトルでも見かけた言葉ですが、「燐光を発する」という意味。この言葉をバンド名に採用しているマシューの作り出す音楽は、正にほんのりとした光を発するかのように、薄暗い背景から匂い立って現れてくる映像、というイメージを喚起するような音像表現を持ち味とする楽曲で構成されています。

そうした彼の楽曲のベースを構成しているのはカントリー、ブルース、R&B、ロック、ゴスペルといったアメリカの伝統的な音楽に90年代以降のオルタナティヴ・ロック的たたずまいが渾然一体となっているもので、どの曲も一種懐かしさみたいな風情を湛えながらも明確に今風の音になっていますし、フォスフォレッセントならでは、と思わせるような雰囲気たっぷり。

またそうした独特のヴィジュアルを喚起する音使いや構成の楽曲が多いため、映画などに使用されることも多いようで、このアルバム収録の「Song For Zula」などは既に5本の映画の挿入曲として使われているほど。

マシューは二十歳前後の頃まで世界中を放浪しながら、演奏活動をしていたのですが、2003年に現在のフォスフォレッセントというアーティスト名を名乗り、最初のアルバム『A Hundred Times Or More』をインディーからリリース。その後数枚のアルバムを重ねながら徐々にシーンでの評価を重ねていって、この『Muchacho』で一気にピッチフォーク、アンカット、Q、モジョといった今のロックシーンにフォーカスしている各音楽誌の高い評価を得ました。かくいう自分もピッチフォーク誌で10点中8.8点(年間で数枚にしか与えられない高い評価)という評価を見て、ジャケットのドリーミーなイメージに惹かれるものを感じて聴いてみたところ、いっぱつでノックアウトされた次第。

[youtube]https://youtu.be/ZPxQYhGpdvg[/youtube]

冒頭の「Sun, Arise!」は、シンセサイザーの夢見るような音色にゴスペル風のコーラスがからみ、ロックというよりはエレクトロニック・ゴスペルといったユニークな曲調。続く「Song For Zula」はシンセのストリングスと打ち込みのシンセベースを中心に、マシューのつぶやくような歌声が広大な草原に聴く者を誘うかのようなイメージが想起される楽曲で、映画に多数使われたのもうなずけるもの。ここまでで、既にフォスフォレッセント独特の音像世界がしっかりリスナーの脳の中に形成されてきます。

Ride On / Right On」は冒頭2曲のゆったりした曲調から一転して、シャッフルする重いリズムのリフがこちらも印象的な曲。ちょっとサイケデリックなギター・エフェクトや、マシューのボーカルのフェイク具合がちょっと南米とか東欧とかの非アメリカ的なイメージを想起させるのが不思議な感じの曲です。

[youtube]https://youtu.be/jULlldN64f4[/youtube]

Terror In The Canyons」はフィドルをフィーチャーするなど、アルバム中最もアメリカーナというか、メインストリームなシンガーソングライター系というか、米国音楽ファンには親しみやすい、ディランニール・ヤングを思わせるような音触りや楽曲の完成度をもった曲です。

A Charm / A Blade」は冒頭のテーマに戻り、またもや「怪しげなゴスペル・ロック」といった風情の始まりから、70年代アメリカーナ・ロック的な展開に移行して「おお、だんだんロックっぽくなってきた」と思っていると、次にくる「Muchacho’s Tune」ではリヴァーヴの目一杯効いたギターリフに乗って、メキシコの場末のバーでマシューが一人歌うという、まるで一気にライ・クーダーな展開。しかし楽曲がアメリカーナ伝統楽曲回帰ではなく、ちゃんとオルタナティヴロック的なのでライ・クーダーにはなっていないところがミソ。なんでも前作のツアーでメキシコに行った時に何でも長い列に並ぶのにうんざりしてたところ、「ここでは何でもこんなもんさ、Muchacho(にいちゃん)」と言われたのと、たまたまその頃よく聴いていたブライアン・イーノのレコードが曲のインスピレーションだったとか。

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何しろこんな調子でこのアルバムは一時として一つの音楽スタイルに立ち止まらないというか、次から次に出てくるマシューの絵物語を見ているかのようで、彼の半端ない楽曲アイディアと、それを彼独特の形にして表現する才能を如実に実感することができます。表現者は逆境の時にいい作品を作る、というのは昔からよく言われますが、マシューも前作のツアーからこのアルバムにかかる間、ツアーでの疲労、ニューヨーク市の条例改正で自分のスタジオを失い、恋人を失いといった不運に見舞われたそうで、そうした状況がこういう素晴らしいアルバムを生む源泉となったのかもしれません。

アルバムは「A New Anhedonia」「The Quotidien Beasts」といったいかにも90年代以降のオルタナ・ギター・ロック的なナンバーの後、再びドリーミーな楽曲パターンに回帰、ピアノとスティール・ギターとマシューのヨれたボーカルのゆったりな「Down To Go」、そしてアルバム冒頭のリプライズのような「Sun’s Arising」はどこか教会か公民館のような場所でスタジオライヴ的なアンビアント・ノイズをバックに再びゴスペルチックなコーラスでクロージングとなります。

このアルバムで一気に多くの音楽ファンの注目を受けることとなったマシューは、アルバム・サポートのツアーを決行、その最終日程だった2013年の12月に地元ブルックリンのウィリアムズバーグ音楽堂でのライヴを収録した『Live At The Music Hall』(2015)をリリースしています。このライヴ盤は『Muchacho』のナンバー中心(「Song For Zula」などはシンセの代わりに生の弦楽四重奏団をバックに演奏するなど、いろんなアレンジの試みもみられます)に過去のアルバムからの曲も交えた「フォスフォレッセント応用編」な出来になっています。

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アメリカーナなベースにエレクトロやメキシカーナな雰囲気をちりばめたこのアルバムの楽曲は、正に秋が深まろうとするこの時期に聴くには適当に刺激的であり、かつイメージで聴く者を包んでくれる、そんな作品群です。ある意味ジャンルレスなこのアルバム、これまでフォスフォレッセントの名前を知らなかった方々に、是非一度聴いてみて頂きたい、そんな一枚です。

<チャートデータ>

ビルボード誌全米アルバム・チャート最高位59位(2013.4.6付)

同ロック・アルバム・チャート 最高位22位(2013.4.6付)

同フォーク・アルバム・チャート 最高位5位(2013.4.6付)