2019.2.18
新旧お宝アルバム #137
『Heard It In A Past Life』Maggie Rogers (Debay Sounds / Capitol, 2019)
皆さんお久しぶりです(笑)。前回のこのコラムの正規版からは約二ヶ月、年末の特別編から数えても一ヶ月以上間が空いてしまいましたが、その間は先週授賞式があった第61回グラミー賞の41の主要部門の受賞予想とそのブログアップ、そして授賞式当日は実況中継の生ブログを敢行するということで手一杯の状態だったため、しばらくこの「新旧お宝アルバム!」はお休みを頂いておりました。
晴れてグラミーも終わったので、今週よりこの「新旧お宝アルバム!」のコラム再開、そして2019年最初のお宝アルバムのご紹介をお届け致します。
さて今年最初の「新旧お宝アルバム!」では、昨年末にエレクトロなサウンドながらオーガニックな雰囲気満点でスケールの大きいシングル「Light On」が全米トリプルAチャートでNo. 1となり、一躍メインストリームへのブレイクを果たした新進女性シンガーソングライター、マギー・ロジャーズの初のメジャー・リリース・フルアルバム『Heard It In A Past Life』をご紹介します。
ワシントンDCとチェサピーク湾を挟んだ対岸にある小さなメリーランド州の町、イーストンで生まれ育ったマギーは現在若干24歳。しかし、90年代後半の幼少の頃から母親がエリカ・バドゥやローリン・ヒルといったネオソウル・シンガーのファンで、よく彼女らのレコードが家でかけられていたこともあり、早くからハープやピアノ、ギターさらにはバンジョーなど様々な楽器を手にするようになって音楽への傾倒を深めていったようです。
彼女がソングライティングへ一気にのめり込んでいったのは、高2の夏に有名なボストンのバークリー音楽院のプログラムに参加して、そこで作曲コンテストに優勝したのがきっかけ。その後ニューヨーク大学(NYU)のクライヴ・デイヴィス・レコード音楽院に入学出願する際に、当時制作したインディ・アルバム『The Echo』(2012)の曲のデモを一緒に出したり、NYU在学中に2枚目のインディ・アルバム『Blood Ballet』(2014)を作るなど、作曲活動を続けていたようです。
彼女のブレイクのきっかけとなったのは、2016年に非営利学校法人、ナショナル・アウトドア・リーダーシップ・スクールのマスター・コースに参加していた時、講師のファレル・ウィリアムスの前で15分で書き上げた曲「Alaska」がその高い楽曲クオリティでファレルの高い評価を得た様子がYouTubeで流れ、数百万ビューを獲得したこと。その後間もなくこの「Alaska」他5曲を収録した初EP『Now That The Light Is Fading』(2017)が初のメジャー・レーベル・リリースとなり、レコーディング・アーティストとして大きくステップアップ、そして昨年末の「Light On」にヒットを受けてリリースされたのが、今回ご紹介する初メジャー・リリース・フルアルバムとなる『Heard It In A Past Life』なのです。
彼女の楽曲とサウンドの特徴は、いずれもポップ、フォーク、ホワイト・ソウル、そしてエレクトロといった多様な音楽性をベースにしたスケールの大きな楽曲構成ながら、ベタになりすぎないキャッチーなポップさを称えたメロディー・ラインを持った、一度聴いたら耳に残るタイプの楽曲が多いことです。そして印象的なのは彼女のボーカル。昔のジュディ・コリンズを彷彿とされるメゾソプラノですが、はっきりとした力強さと、時折交えるファルセット・フェイクの使い方がとても印象に残る、神秘さと清涼感を併せ持った、そんな歌声が彼女の書く楽曲ととてもよくマッチして、マギー独特の音世界を構築しているのです。
A面冒頭の「Give A Little」から最後の「Back In My Body」まで全12曲、前のEPに収録されていた「Alaska」と「On + Off」、そしてトリプルAチャートNo.1の「Light On」を含む楽曲群のサウンドは、そのほとんどがいわゆるシンセやサンプラーなどによる打込みによるエレクトロなサウンド構成によるものがほとんどで、通常楽器を使った曲は、エレピで弾き語りをしているA面ラストの「Past Life」くらい。でも、彼女の曲には人工的で無機的な感じは微塵もなく、どの曲も大自然の広がりや宇宙の広大さといったイメージを想起するオーガニックなイメージを強く聴く者に与え、その楽曲スケールの大きさと適度なリズミックなアクセントと卓越したメロディで、聴く者の心をすぐにつかんでしまう、そんなパワーを感じます。
彼女の出世作となった「Alaska」は、ちょっとエキゾチックで不思議感のあるエレクトロのリフが印象的で、彼女のボーカルも得意のファルセット・フェイクを多用しながら、ジワジワと彼女の世界を構築していくという、なかなか一度聴くとクセになる曲。
そしてヒットした「Light On」は、ミディアム・アップのエレクトロでリズミックな導入部が今風のポップ・ソング、という感じですが、サビに行くと一気に大気圏を飛び出して宇宙に行ってしまう、といった感じのスケール感が快感の曲です。自分はこの曲を聴いた時、同じように浮遊感とスペース感を持った楽曲とボーカルが印象的だった、1996年のドナ・ルイスのヒット「I Love You Always Forever」を思い出しました。しかしスケール感では「Light On」の方が遙かに上ですが。
同じくミディアム・アップのリズミックさが特徴的な「On + Off」はよりEDMっぽさが強い曲ですが、サビのメロディや歌詞のキャッチーさですぐにシンガロングできるタイプの曲で、この曲などはライヴでやるとかなり盛り上がるのでは、と思わせます。
この「On + Off」やよりエレクトロなリズムを強調しながら、やはりサビのメロディと歌詞が印象的な曲「Overnight」などは、同時代のエレクトロ・サウンドを駆使して最近ブレイクした新世代ポップ・アーティスト、ハイムあたりの楽曲にかなり通じるスタイルの優れたポップ・ミュージックを完成度高く提示していて、このアルバム、そしてマギー・ロジャーズというアーティストのミュージシャンシップの高さを印象づけていますね。
アルバムの音が全面エレクトロの打込みだからといって、マギーの音楽性がEDM系というわけでは決してなく、むしろオーガニックな音楽性の方こそが彼女の作風の本質であることも忘れてはいけません。それが証拠に彼女がネット上にアップしているライヴ映像などは、その殆どすべてがアコギやギター、通常のエレピやキーボードなど、通常楽器を使ったものが殆どであり、そういう意味でいうと、彼女のサウンド作りとライヴパフォーマンスへのアプローチは、あのエド・シーランあたりと極めて近いスタイルのように見えます。そういう意味でも、マギーは今の時代を象徴するスタイルのシンガーソングライターだといっていいと思います。
今回のアルバムは前作自作または共作で、基本セルフ・プロデュースですが、A面の「Give A Little」「Overnight」「The Knife」「Light On」、そしてB面の「Retrograde」の5曲では、あのアデルやピンク、シアやケリー・クラークソンなど、今時の女性ポップ・シンガー達のプロデュースでは定評があり、昨年・一昨年と2年連続グラミー賞の最優秀プロデューサーに輝いたグレッグ・カースティンがプロデュースの腕を振るっており、これがアルバム全体のポップ・クオリティを上手に上げている要因の一つ。
そしてもう一つ、彼女の「Alaska」を聴いて「ブッ飛んだよ」とコメントしたファレルの様子を納めたYouTubeのビデオでファレルがサウンドに加えて「君の楽曲の中には君がここまでどう旅をしてきてここに辿り着いたかがとても雄弁に語られている」と絶賛した詞については今回掘り下げて検証できてませんが、このあたりも引き続きチェックしていきたいところ。
この作品、ある意味マギーとしては勝負に出てきたアルバムということも察せられ、個人的にはこの作品でマギーの来年のグラミー賞新人賞部門(ひょっとするとアルバム部門)のノミネートはかなり堅いものではないかと思うくらいです。
いずれにしても新しいサウンドとどこか懐かしいメロディ、そしてスケール大きい楽曲を紡ぎ出す新しいシンガーソングライター、マギー・ロジャースのこの作品、今年を代表する作品になる可能性を秘めていると思いますので、是非どこかでお耳を傾けてみて下さい。
<チャートデータ>
ビルボード誌全米アルバムチャート 最高位2位(2019.2.2付)
同全米アルバム・セールス・チャート 最高位1位(2019.2.2付)
同全米ヴァイナル・アルバム・チャート 最高位1位(2019.2.2付)
同全米オルタナティヴ・アルバムチャート 最高位1位(2019.2.2付)