新旧お宝アルバム!#21「Waitress In A Donut Shop」Maria Muldaur (1974)

新旧お宝アルバム #21

Waitress In A Donut ShopMaria Muldaur (Reprise, 1974)

アメリカではサンクスギヴィング・ホリデーが終わり、街は一気にクリスマス気分。日本も同様に年末気分でそわそわしてくる季節。これから洋楽ファンは今年のベストアルバムや、今年の年間チャートや、グラミー賞候補発表などイベント続きで、忘年会の予定と共にこれまでとはまた別の意味で盛り上がる季節です。あなたの今年の洋楽総決算、どういう感じでしょうか。

さて今週の「新旧お宝アルバム!」は第21回目、「旧」のアルバムをご紹介する順番ですが、今回は70年代のアメリカンロック・ファンの間では根強い人気を持つ女性ボーカリスト、マリア・マルダーの『Waitress In A Donut Shop(ドーナッツ・ショップのウェイトレス)』を取り上げます。

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さて今回なぜマリア・マルダーのこのアルバムを選んだのか。既にベテランのアメリカン・ロック・ファンや評論家の諸氏の皆さんからは「お宝じゃなくて王道、名作じゃないか」とお叱りを受けそうなのですが、このコラムの趣旨としては「古いいいアルバムは新しい洋楽ファンに、新しい良いアルバムは古くからのベテラン洋楽ファンに、日頃聴かない(と思われる)時代の作品に目を向けて頂く」ということなので敢えて選んだ次第。

(理由1)このアルバムはその前作、彼女の大ヒット「真夜中のオアシス(Midnight At The Oasis)」(1974年全米最高位6位)収録の『オールド・タイム・レイディ(Maria Muldaur)』同様、ゴスペル、R&B、スイング・ジャズ、カントリー、マリアッチ、テックスメックスなど、アメリカの様々なタイプの音楽スタイルをポップ・ロック的なアレンジで聴かせてくれる、言わば「アメリカン・ソングブック」的な作りになってます。なのでとかく最近の打ち込み系やエレクトロなポップ・ソングに馴染んだ最近の洋楽ファンにはある意味新鮮に聴いてもらえるのではないか、と思ったこと。

(理由2)つい先日、そうしたアメリカン・ミュージック、特に現代アメリカ南部音楽の父と言ってもいいアラン・トゥーサンが他界。このアルバムにはその彼の作品「Brickyard Blues」がしっかり取り上げられていること。

(理由3)先日都内某所で開催されたヤング・スタッフさん主宰のイベントで、マリアの「真夜中のオアシス」を皆さんの前でかける機会があり、改めてマリア・マルダーという今のポップ音楽のコンテクストではあまり語らられることがないけど、それがとても残念なほどこの魅力的な女性シンガーを今の洋楽ファンの皆さんにも聴いてもらいたい、と思ったこと。幸いこの作品はワーナーさんの「新・名盤探検隊」シリーズの再発で今年デジタル・リマスタリングされて改めてCD屋さんの店頭に並んでいるので入手しやすくなっているということも重要な理由でした。

上記の理由にも挙げたように、冒頭スイング・ジャズの1920年代の有名曲「Squeeze Me」でノスタルジックに始まるこのアルバムは、マリアッチ風のアレンジながらウェストコーストの有名シンガーソングライター、ウェンディ・ウォルドマンのペンによる「Gringo En Mexico」や、カナダのアンナ・マッギャリグル(90年代以降活躍する個性的なシンガーソングライター、ルーファス・ウェインライトの伯母さんにあたる)作のテックスメックス風味のマンドリンの音色が印象的な「Cool River」、はたまた50~60年代のR&Bシーンを代表するソングライティング・チーム、リーバー&ストーラーの作品で、その昔1962年にペギー・リーがヒットさせたオールド・タイムな魅力満点の「I’m A Woman」など、アメリカ伝統大衆音楽に興味がある洋楽ファンにはまるでオモチャ箱のように戦前からロックンロール台頭までアメリカの大衆音楽シーンを彩ったいろんなスタイルが登場して飽きることがありません。

このアルバムタイトルの出処である「わたしはドーナッツ・ショップのウェイトレス、あの人は毎朝やってくる、でも、彼の話って、いつも彼女のことばかり」(訳詞:天辰保文氏)といういかにも1950年代以前の雰囲気の曲調と歌詞で更にノスタルジアを煽る「Sweetheart」やエラサラ・ヴォーンが若かった時代の白人女性シンガー然とした雰囲気の「Oh Papa」。

キャブ・キャロウェイとかのジャイヴ・ミュージック全盛の1930年代の雰囲気満載の軽快な「It Ain’t The Meat (It’s The Motion)」なんて聴いてるだけでウキウキしてくるメロディとリズムに、マリアのちょっと気だるい、でも色香をたっぷりと含んだ歌声が楽しく乗ってます。

そしてアラン・トゥーサンの「Brickyard Blues」。この曲は70年代あまり当時知られざるソングライターの作品を取り上げて大ヒットにすることで有名だったスリー・ドッグ・ナイトが同じ時期にポップなアレンジでシングルヒット(全米最高位33位)にしていたり、イギリスのフランキー・ミラーも同時期にソウルフルなカバー・バージョンを発表してます。

でもここでのマリアは、思いっきり作者のアラン・トゥーサンをリスペクトしたと思われる、正にニューオーリンズのどこかのライヴジョイントで演奏されているかのようなスワンプ・テイスト満点のアレンジで歌ってます。

彼女のアルバムを語る上で楽曲の構成やアレンジもさることながら、欠かせないのはバックを固めるミュージシャンたち。前作同様、ギターのエイモス・ギャレット、マンドリンのデヴィッド・グリスマン、ドラムのジム・ゴードンらの手堅い職人的なメンバーが基本ラインアップで、ダンナのジェフ・マルダーはアレンジを担当。

これに加えてドクター・ジョン(ピアノ)、デヴィッド・リンドレー(ギター)、エルヴィン・ビショップ(ギター)、ポール・バターフィールド(ハーモニカ)、ニック・デカロ(ストリング・アレンジ)など70年代アメリカン・ロックを支えてきた「いかにも」なメンバーがキラ星のように要所要所でマリアの歌を引き立てる素晴らしい演奏を聴かせてくれてます。

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アメリカの伝統大衆音楽のスタイルをポップ・ロックのアレンジとうまーくミックスさせながら完成されたこのアルバム。伝統大衆音楽というスープの出汁が強く効いてますが、決して「古臭い」という印象はありません。

むしろその出汁とマリア・マルダーという個性的で魅力的なシンガーの歌と、70年代のアメリカン・ロック・シーンを代表するようなミュージシャンたちのコンテンポラリーなロックスタイルの演奏がよく出来た料理のようにうまーく調和して、素晴らしい味と香りを醸し出しているのです。

マリアは前作とこのアルバムが商業的に成功した後、いわゆるヒット作には恵まれていませんが、自分の軸をぶれさせることなく、グレイトフル・デッドのバックコーラスでツアーに参加したりして、今に至るまでほぼ2年に一度くらいの頻度で新しい作品を発表し続けています。

特に最近ではブルース・ミュージック・シーンでの評価が高く、2005年にはアルバム『Sweet Lovin’ Ol’ Soul』がグラミー賞のブルース部門にノミネートされたり、2013年にはブルース・シンガーに与えられる名誉な賞とされるココ・テイラー賞の女性部門にノミネートされるなど、今もアメリカ伝統大衆音楽のスタイルを軸とした活動を続けているようです。

そのマリアが最も脂の乗った活動を展開していたこの時期のパフォーマンスで満載のこのアルバムは、今のデジタルで打ち込み主体のポップ・ソングの多い最近の洋楽に親しんだ若い洋楽ファンの方々にこそ是非聴いて頂きたいのです。皆さんにとって新しいスタイルの音楽との、きっと楽しい出会いがあることをお約束します。

<チャートデータ>

ビルボード誌全米アルバム・チャート 最高位23位(1975.1.4付)

I’m A Woman

ビルボード誌全米シングル・チャート(Hot 100)最高位12位(1975. 3.1~3.8付)