新旧お宝アルバム!#5「Carole Bayer Sager」Carole Bayer Sager

新旧お宝アルバム #5

Carole Bayer SagerCarole Bayer Sager (Elektra, 1977)

5回目の「新旧お宝アルバム!」、「旧」のアルバム紹介の番の今回は、「007/私を愛したスパイ(Nobody Does It Better)」「ニューヨーク・シティ・セレナーデ(Arthur’s Theme)」「愛のハーモニー(That’s What Friends Are For)」などなど数々のAORの名曲の共作者として知られる1970年代~1980年代を代表するソングライターの一人、キャロル・ベイヤー・セイガーがシンガーとして1977年にリリースしたソロ・デビュー・アルバム「Carole Bayer Sager(邦題:私自身)」を取り上げます。

Carole Bayer Sager (Front)

1970年代から80年代にかけて全米ヒットチャートファンの方や、同時期のAOR系の楽曲がお好きな方であれば、上記のヒット曲の共作者として、彼女の名前を一度や二度は耳にしたことのある方も多いと思います。

まだ高校生の時に書いた「A Groovy Kind Of Love」が1965年UKのグループ、マインドベンダーズに取り上げられ全米最高位2位のヒットになったのが、彼女のプロとしてのソングライターキャリアの華々しい始まりでした。

その後1975年にデビューしたメリサ・マンチェスターのトップ10ヒット「Midnight Blue」、1977年レオ・セイヤーの全米No.1ヒット「はるかなる想い(When I Need You)」とカーリー・サイモン007…」(全米最高位2位)とヒットを重ねて、シーンでのソングライターとしての実績を確保したタイミングでリリースされたのが、このシンガーとしてのファースト・ソロアルバム。

時にキャロルは30歳の女盛り。作詞作曲の才能だけでなく、レコード・プロデューサーの夫がありながら「007」との共作者、マーヴィン・ハムリッシュとの浮名も流すなど、女性としての魅力も溢れていた様子は、オシャレなスタイリングで写ったこのアルバムのジャケットや、コケティッシュな美貌を大写しにした裏ジャケからも充分伝わってきます。

Carole Bayer Sager (Back)

彼女はこの後1982年にあのバート・バカラック夫人となり、上述の「ニューヨーク・シティ・セレナーデ」「愛のハーモニー」「オン・マイ・オウン」(パティ・ラベルマイケル・マクドナルド)といった珠玉の作品群を作り出すのですが、その前の、いわばキャリア上昇期にそれまでの作品の決算的な形で出されたのがこの作品です。

アルバムオープニングの「Come In From The Rain」から最後の「Home To Myself」(いずれもメリサ・マンチェスターとの共作)まで、キャロルの歌は彼女の歌を歌うシンガー達に比べて決して上手いというものではありません。ただ、特徴のある、その容貌にも通じるコケティッシュな声にはついつい引き込まれてしまいます。

またこのアルバムの曲の多くは「好きな人に対する想いを秘めつつ、同時に自らが傷つかないように」という、男女の関係が微妙に不安定な状況を歌ったものが多いのですが、そうした曲をある時はしっとりと(「Sweet Alibis」「I’d Rather Leave While I’m In Love」)、またある曲では自らを元気づけるかのようにアップテンポ(「Don’t Wish Too Hard」「You’re Moving Out Today」)で歌うキャロルの情感のこもった歌声は、歌唱力云々を超えて聴くものの琴線に触れる瞬間をいくつも生み出してくれます。

こうしたキャロルの情感あふれる歌詞を載せた収録曲は、どれもメインストリーム・ポップの作品として極めてクオリティの高い楽曲ばかり。

それまでにキャプテン&テニールが歌った「Come In From The Rain」や後にリタ・クーリッジがヒットさせる「I’d Rather Leave While I’m In Love」などをはじめ、いずれも彼女とメリサ、マーヴィン・ハムリッシュ、ブルース・ロバーツ、ピーター・アレン、ベット・ミドラーといった当時のシーンを代表する作曲家やアーティスト達との小粋で、ちょっとキッチュな感覚を感じさせるメロディや構成の共作曲の数々で固められています。そう、60年代NYのブリル・ビルディング・シーンで活躍したキャロル・キングバリー・マンたちの直系のソングライティングの匠が、新しい息吹を持って脈づいている、そんな楽曲が並んでいるのです。

またこのアルバムの音作りも一流。当時NYの有名スタジオ、レコード・プラントで、ブルックス・アーサーのプロデュースによるこのアルバムには、ギターのリー・リトナー、ドラムスのジム・ケルトナー、ベースのリー・スクラー、ピアノのニッキー・ホプキンスなど、70年代を代表するスタジオ・ミュージシャンを中心とした錚々たる面々が参加して、キャロルのシンガー・デビューを盛り上げてくれています。出来が悪かろうはずがありません。

Carole Bayer Sager Single

キャロルはこの後も「…Too」(1978年)、「Sometimes Late At Night」(1981年)の2枚のソロを発表し、3枚目からは「Stronger Than Before」(バカラック、ブルース・ロバーツとの共作)で全米ヒット(最高位30位)も放つなど一定の成功を収めるのですが、個人的にはまだまだシンガーとしてもソングライターとしてもまだブレイクして間もなく、自信と不安が錯綜しているような感じを漂わせるこのアルバムが、後のややオーバープロデュース気味の作品よりも彼女の魅力をより強く感じさせてくれると思います。

これから梅雨の季節。彼女の楽曲はいずれも物思いにふけりながら聴くにはぴったりのものばかり。

週末の午後など、ゆっくりコーヒーでも飲みながら、彼女の素敵な楽曲の世界に身を委ねてみてはいかがでしょうか。

<チャートデータ>

You’re Moving Out Today(おかしな恋人)ビルボード誌全米シングル・チャート(Hot100)最高位69位(1977.11.19)