2020.3.23
「新旧お宝アルバム !」#170
『Gorilla』James Taylor (Warner Bros., 1975)
いよいよ桜も開花し天気もよし、普通ならこの三連休は花見の人出でどこもいっぱい、というはずなのが今年はコロナのせいで人出も今ひとつだったんでしょうか。今度の週末は天気が崩れるようなので、今週どこかで軽く花見としゃれこんで、コロナその他で下向き加減の気持ちを吹き飛ばしたいもの。そんなことを考えてたら、この間アメリカン・スタンダード・ソングブックをカバーした新譜が届いたジェイムス・テイラーの年を重ねても変わらず柔らかな歌声にとっても癒やされたので、彼のキャリアを象徴する傑作アルバム『Gorilla』(1975)を今週はご紹介することにしました。
ジェームス・テイラーの名前を知らない50代以上の洋楽ファンはあまりいないと思いますが、この稀代のソングライターであり、ギタリストであり、唯一無二の素晴らしい歌声を持ったシンガーのことは、40代までの音楽ファンの皆さんにはどのくらい知られているのでしょう。
彼の代表曲というと「君の友だち(You’ve Got A Friend)」(1971年最高位1位)なんでしょうが、日本だと一般的には作者のキャロル・キング自身のバージョンの方が有名なのかもしれませんね。彼自身のヒット曲は意外とカバー・バージョンの方が多く(このアルバムに収録されている全米最高位5位の「How Sweet It Is (To Be Loved By You)」もマーヴィン・ゲイのカバー)、改めて考えてみると「ジェイムス・テイラーといえばxxx」という熱心な洋楽ファン以外の人にも説明できるような彼の曲が意外と見当たらないことに気が付きます。
でも、ジェイムス・テイラーの魅力というのは、繊細なメロディと歌詞を持つ自作曲の素晴らしさもさることながら、そうしたカバー曲も彼の声とギターにかかった瞬間に、もともと彼自身の曲であったかのように彼の世界観に完璧に引き入れてしまうところにあると思うんです。これは、この間届いた最新アルバム『American Standard』(2020)を聴いていて改めて強く思ったこと。なので、どのアルバムを聴いても彼の魅力は十分に堪能できるし、この『Gorilla』を出した27歳の頃の声も、最新作で聴ける72歳の声も本当にほとんど変わらぬ色艶のあるバリトン・ボイスで、彼の声が入った瞬間にその楽曲がJTの世界になることは間違いなし。とにかくJTのことはあまり知らなかった、という若い洋楽ファンの方がいらっしゃったら、是非どれでもいいから一度聴いてみて、と言いたいのです。
でも最新作で19作目になる彼のアルバム群の中でも、個人的にベスト・ピリオドではないかと思っているのは、この『Gorilla』から『In The Pocket』(1976)、そして『JT』(1978)までの三作で、自分は勝手にこの三枚を「JT絶頂期三部作」と呼んでいます。もちろんピーター・アッシャーとの息もぴったりなデビュー作『Sweet Baby James』(1970)から『Mud Slide Slim And The Blue Horizon(マッド・スライド・スリム)』(1971)、そして『One Man Dog』(1972)という初期三部作も最高なのですが、この『Gorilla』でプロデューサーとして新たに組んだラス・タイトルマンとレニー・ワロンカー(当時ワーナー・ブラザーズのA&Rトップで、ドゥービーやマリア・マルダーなどを契約するなど業界きってのアーティスト・マンでした)とのコンビで造り出されている音が、それまでのJTのレコードよりもいろんな意味で一段深みを増しているように思えるのです。
アコギを持たせたら業界一二を争う名プレイヤーであるJTの面目躍如たる、変拍に変拍を重ねるイントロのアルペジオが印象的な冒頭の「Mexico」はそのタイトル通り、ちょっとレイドバックでややマリアッチっぽい雰囲気の、それまでのJTの楽曲にしてはやや異色の曲で、当時このアルバムを買ってきて聴き始めてちょっと意外だった記憶があります。深みがある、とその時も感じたのは『One Man Dog』以来久しぶりにバックを固めるダニー・コーチマー(g)、リー・スクラー(b)そしてラス・カンケル(ds)のセクション軍団、特にリズム隊の二人の演奏によるところが大きかったのでしょう。
「君の気持ちは沈んでるから、君の中にある音楽を外に出して、楽しい気持ちを発散すべきだよ」とまるでコロナ・ブルーな我々に語りかけてくるようなミッドテンポの「Music」に続いて、イントロのラス・カンケルのドラムスからしてソウルフルなマーヴィン・ゲイのシャッフル・ナンバーのカバー「How Sweet It Is (To Be Loved By You)」なんてひたすら気持ちいい曲です。当時の奥さんだったカーリー・サイモンのサビ部分のコーラスの息の合い具合もバッチリで、ホントに楽しそうにJTが歌ってるのが伝わってきて、まあこりゃヒットするわなあ。途中のデヴィッド・サンボーンのサックスも洒脱。
どちらかというとリズミカルな冒頭の三曲に続いては、ちょっとスロウ目の曲が続いて、アルバムの構成を落ち着かせています。いかにも初期JTを思わせるアコギのアルペジオの弾き語りで昔からの伝承曲をアレンジして聴かせる「Wandering」、ランディ・ニューマンが歌いそうなオールド・タイム風のアルバムタイトル・ナンバー「Gorilla」、ちょっとメランコリーなスロー・ナンバー「You Make It Easy」、そしてゴージャスなギターリフで始まる歌い出しに「もし噂で聞いていたら(Had I listened to the grapevine)疑っていたかもしれないね」と、マーヴィン・ゲイのヒット曲「I Heard It Through The Grapevine」を連想させる歌詞を持ち、当時カーリーとラブラブだったはずのJTにしては、壊れた愛を歌っている「I Was A Fool To Care」とどれもJTらしい楽曲。
アルバム後半はデヴィッド・クロスビーとグラハム・ナッシュが正にCSNを思わせる美しいハーモニー・ボーカルを聴かせてくれる基本アコギ中心のこれもJTらしい「Lighthouse」で始まり、シャッフル・ブルース・ナンバーっぽいその名も「Angry Blues」とちょっとリズムが前面に出てきた後は、JTのアコギの爪弾きと木管楽器の音色による美しいイントロから、冒頭の「Mexico」に通じるようなテックスメックスっぽいメイン・ヴァースへの遷移が心地よい「Love Song」を経て、最後は前の年にカーリーとの間に生まれたばかりの長女サリーの様子を歌い、彼女にぞっこんの様子のJTが目に見えるような優しい「Sarah Maria」でエンディングを迎えます。
いつものJTのアルバムの構成通り、このアルバムも1~2曲のカバー以外はすべてJTの自作曲。カーリーとの結婚生活も長女サリーの誕生の直後でもあり、JT自身一番人生で幸福であったろう時期に作られたアルバムだけに、一曲一曲に充実感が満ちあふれてる作品です。
知人の音楽プロデューサーの方が仰ってましたが、JTのギターの巧さは別格で、それはコードからコードに遷移する時に全く余計な音が聞こえない、というところに現れているそうです。確かにここでも(そして今年リリースされた『American Standard』でも)彼の弾くギターはひたすらクリアで、クリスプで、しかも余計な音が鳴ってない、それだけでも気持ち良くなるそんなサウンド。
この後にリリースされる『In The Pocket』も、ボビー・ウーマックのカバーと、スティーヴィー・ワンダーとの共作曲以外はこの『Gorilla』同様、JTのギターとバリトンボイスが楽しめる自作曲中心(中でも個人的にJTで一二を争うくらい好きな冒頭の「Shower The People」(最高位22位)だけでも価値あり)ですし、『JT』ではプロデューサーがピーター・アッシャーに戻ったこともあってか、ダニー・コーチマーが前面に出てちょっとエレクトリックな音が増えますが、ヒットした「Handy Man」(1978年最高位4位、1959年のジミー・ジョーンズのカバー)などでは変わらぬJTのギターと歌が楽しめます。
今週は各所で桜が一気に咲き誇るでしょうから、ひとつスマホにJTのここらのアルバムを2~3枚ぶち込んで、コロナで人出の少なめの桜の名所で彼の作品を楽しみながら一杯いく、なんていきたいものですね。
一日も早くコロナ騒ぎが収まりますように。
<チャートデータ>
ビルボード誌全米アルバムチャート 最高位6位(1975/8/16付)