新旧お宝アルバム!#114「Congratulations…I’m Sorry」Gin Blossoms (1996)

2018.2.26

新旧お宝アルバム #114

Congratulations…I’m SorryGin Blossoms (A&M, 1996)

後半日本選手のメダル獲得が相次ぎ尻上がりに盛り上がったピョンチャンオリンピックも終わり、次は3月4日(日本時間5日朝)の第90回アカデミー賞発表に注目が向かうところ。この週末はまた寒の戻りで冷え込んだ東京ですが、今週で2月も終わり、うちの庭の河津桜も大分咲いてきてそろそろまた春の感じが盛り上がって来そうな今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。

さて今週の「新旧お宝アルバム!」は、先週に続いて90年代以降新しい洋楽から離れてしまった皆さん向けに、素敵な90年代作品を一枚ご紹介。ストレートなロックンロールにポップでちょっと甘酸っぱさのあるメロディを乗っけて90年代半ばにブレイクしたアリゾナ州テンピ出身のバンド、ジン・ブロッサムズがメジャー・ブレイクの後、大きな困難を乗り越えて発表したアルバム『Congratulations…I’m Sorry』(1996)をご紹介します。

90年代作品を改めて評価してみようシリーズ、第2弾。

90年代初頭のアメリカでのロックシーンの復活は、アメリカではシアトルのインディ・レーベル、サブ・ポップの草の根的なマーケティングが、ニルヴァーナ(英語読みではナヴァーナ)やパール・ジャム、サウンドガーデン、ストーン・テンプル・パイロッツといった今のロックシーンにも大きく影響を残している、力のあるバンドの輩出と相まって大ブレイク、「グランジ」という確固たるサブジャンルを形成したことにより決定づけられました。その頃イギリスでは、80年代からスミスニュー・オーダーといった有力なバンドを輩出していたマンチェスターを中心に、ストーン・ローゼズハッピー・マンデイズといった、サイケデリアやアシッド・ハウスなど、ダンス・ミュージック的リズム要素を強調した新しいタイプのロック・バンドの台頭によるいわゆる「マンチェスター・ムーヴメント」による新しいスタイルのロックへの変貌が進行中でした。

このようにイギリスではダンス・ミュージック的な方向性へとロックが合流していった90年代でしたが、アメリカではダンス・ミュージック的な要素はもっぱらヒップホップやR&Bアーティストの分野に止まる一方、復活したロック・シーンは基本的に60年代70年代の伝統的アメリカン・ロックの流れを汲むルーツ・ロックやパワー・ポップ、あるいはカントリー・オルタナティブ的な方向にどんどん向かって行きました。

先週このコラムでご紹介したカウンティング・クロウズなどはそのうちのルーツ・ロック方向に発展を見せて一時代を築いたバンドですが、今日紹介するジン・ブロッサムズは、そうしたルーツ・ロック的要素をベースにしながらも、よりメインストリームでシンプルなロックンロールによるパワー・ポップ的スタイルでブレイクしたバンドです。

彼らの音楽の魅力は、とにかく理屈抜きにストレートなギター・ロック的なスタイルと、ポップで時に甘酸っぱささえ感じさせるような素敵なメロディ・ラインが一体になった楽曲スタイル。ボーカルのロビン・ウィルソンの歌声はチープ・トリックロビン・ザンダーを思わせるような、甘さと力強さを備えた魅力を持っています。そしてこのアルバムでの彼らの演奏とロビンのボーカルはひたすらポジティヴで前向きなオーラを発散していますが、それは彼らを襲ったある不幸な出来事を乗り越えてのことでした。

彼らは90年代初頭、何枚かのEPをリリースしてシーンの注目を集め始めた後A&Mと契約、初のフルアルバム『New Miserable Experience』(1992)とそこからのシングル「Hey Jealousy」「Found Out About You」(いずれも全米最高位25位)のヒットでブレイク。

しかしこの2曲の作者だったギタリストのダグ・ホプキンスがアルバム制作中にそのプレッシャーから過度な飲酒による鬱病になり、ブレイクしそうなバンドへの影響を懸念したレーベルのA&Mダグのバンドからの解任と楽曲ロイヤリティの半分放棄を強制。代わりのメンバーのスコット・ジョンソンを加えたバンドはツアーに出たのですが、1993年12月にダグが自ら書いた「Found Out About You」がチャート上昇している中、自殺により他界。

残されたメンバーはこの悲しい出来事でかなりショックを受けたものの、協力して曲作りに没頭、1995年秋に封切りされた音楽コメディ映画『Empire Records』に新曲「Til I Hear It From You」を提供、シングルとしてリリース。そして1996年2月にリリースされた今回紹介の『Congratulations…I’m Sorry』からの「Follow You Down」と両A面シングルとして再リリース、全米最高位9位に上る彼ら最大のヒットとなったのでした。

https://youtu.be/o7sx32alzeE

既にお分かりのように、このアルバムのタイトルに込められた意味は、前作でブレイクした自分たちへの祝福と、その一方で不幸な最期を迎えてしまったバンドメイト、ダグへの気持ちを表しているのです。

こうした当時の状況を踏まえてこのアルバムを聴くと、ここに含まれた楽曲たちには当時の困難な状況を思わせるような暗さとか、陰鬱さといったものは皆無で、むしろ次のステップに向かって上がっていこうとするバンドの前向きでポジティヴな雰囲気がいっぱいな、ストレートでポップな(しかし軟弱ではない)ナンバーが並んでいます。

オープニングの「Day Job」はこのアルバム中で最もハードなエッジのロック・ナンバーで、このアルバムへの彼らの意気込みを感じますが、続くラズベリーズあたりを思わせる「Highwire」、第一弾シングルでパワー・ポップなサビのコーラスと力強いバンドサウンドに絡むブルース・ハープの音色が印象的な「Follow Down」、第二弾シングルでちょっとレイドバックしたギター・リフがサザン・ロック的な香りを漂わせながらメロディはラジオ・フレンドリーな「As Long As It Matters」と立て続けにジン・ブロッサムズらしい、アメリカのハイウェイを走りながらラジオで聴くとピッタリはまるような、素敵な楽曲が矢継ぎ早に繰り出されます。

https://youtu.be/TmgHUpLK3Hc

90年代のCD時代なので全13曲とやや曲数が多い分だけ後半ややマンネリ気味になるのが難ですが、「Perfect Still」「My Car」「Virginia」「Whitewash」と次々に出てくる疾走感満点のパワー・ポップな楽曲たちや、珍しくカントリーやテックス・メックスの香りを漂わせるナンバー「Memphis Time」やマイナーコードで根音が半音ずつ下がっていくことでメロディ進行の深みを出している「Competition Smile」、そしてあのマーシャル・クレンショーとメンバーの共作による珠玉のポップ・ロック・ナンバー「Til I Hear It From You」で完結するこのアルバム、とにかく聴くだけで気持ちを高揚させてくれる、そんな快作です。

ギターのダグが半分の楽曲を書いていた前作『New Miserable Experience』に比べるとややギター・エッジの効いたハードなナンバーが少いのでは、といった一部の評価もあるようですが、むしろボーカルのロビンとギターのジェシ・ヴァレンズエラ、そしてドラムスのフィリップ・ローズの3人が中心になって作ったこのアルバム、ダグのレガシーを充分に踏まえて更に楽曲のスタイルを発展的に昇華した、そんなクオリティの高いパワー・ポップ・アルバムになっていると思います。

前回ご紹介したカウンティング・クロウズ同様、このバンドもその作品の良さに比してなかなか今語られることの少ないバンド。彼らはこのアルバムの成功の後、1997年に一旦解散しますが2002年にこのアルバムのメンバーで再結成、『Major Lodge Victory』(2006)、『No Chocolate Cake』(2010)と数年ごとにアルバムをリリース、現在も新作の最終段階にあるとのこと。新譜が出てもなかなか話題にはならないのでしょうが、彼らが一番の燦めきを放っていた頃のこのアルバムを聴きながら、新作の到着を待ちたいものですね。

<チャートデータ> 

ビルボード誌全米アルバム・チャート 最高位10位(1996.3.2付)