新旧お宝アルバム!#162 〜2019年年末企画〜 My Best 10 Album of 2019 【Part 1 – 8位〜10位】

お知らせ

いよいよ2019年も押し詰まってきて、年末につきものの年間チャートの発表やグラミー賞のノミネーション発表に加えて、今年は2010年代のデケイド・ラスト・イヤーということで「2010年ベストアルバム」のリストなんかも各音楽メディアが次々に発表していて、例年以上に年末感が盛り上がってますね。

この「新旧お宝アルバム!」のコラム、しばらくお休みしていましたが、今週から年末にかけては、昨年同様年末企画をお届けします。

【年末恒例企画】My Best 10 Albums of 2019

昨年同様、2019年リリースのアルバムから、自分の独断と偏見に基づいて、皆さんにお勧めできる素晴らしいアルバムをカウントダウンする、というこの企画。本編の「新旧お宝アルバム!」のコラムで既に紹介済みの作品もあり、そうでない作品もあります。また、世間的なランキングに入ってくる作品でも、自分が個人的に好きで皆さんにお勧めできるか、という観点では外れるものもありますので「何であれが入ってないの?」という疑問もあろうかと思いますが、そこはそれ、私的なランキングということでご容赦願います。ではさっそく10位です。

10位:『Little GhostMoonchild (Tru Thoughts)

前作の『Voyager』(2017)をYouTubeで聴いた直後に渋谷のレコファン店頭で運命の出会いをして即ゲットして以来、ここ数年のマイブームでもある、今風の浮遊感たっぷりの音像を持ったオルタナティブR&Bを聴かせてくれるムーンチャイルドは僕のお気に入りのバンドの一つです。その後前々作(事実上ファースト)の『Please Rewind』(2014)を聴いて、彼らが『Voyager』で大きくその音楽スタイルを発展させているのを改めて確認して、次の作品を楽しみにしていたところ、9月に2年ぶりになるこの『Little Ghost』をリリースしてくれました。昨年来日したこともあって、今回はネット上の音楽メディアも「あのタイラー・ザ・クリエイターロバート・グラスパーも賞賛!」とか「トム・ミッシュ好きは今聴くべき!」と結構あおったコピーを見かけて盛り上がってたので、楽しみながら、ちょっと恐る恐る聴いてみたところ、これが何とまた一段進化して、よりタイトでリズミック、ビートをこれまで以上に意識した素晴らしい出来だったんで、大満足。この後ヘビロテで聴いてたのはもちろんのこと、自分がやるDJでもあちこちでこのレコードをかけてました。

詳しいそれぞれの楽曲の解説やバンドの紹介は先月11月の「新旧お宝アルバム!」のブログに書いてますので、そちらをご覧下さい。彼らの特徴はこれだけネオソウルやジャズを意識した黒っぽいサウンド楽曲を造り出していながら、メンバーが3人とも白人だということと、ボーカルのアンバーの囁くような歌唱が醸し出す浮遊感満点のソウルフルネスにつきます。今回はアンバーが買い込んだ新しいシンセを使ったトラックが全体のビート強化につながってるとのことで、次のアルバムではいったいどんな進化を見せてくれるのか、今から楽しみ。

あ、その前にもう一度来日してくれないかな。彼らのサウンドに身を任せて、ゆったりとした音空間に酔いしれてみたい、そんなことを思わせる、素敵なレコードです。

個人的なお気に入りのトラックは、オープニングの「Wise Women」とレコードのB1曲目の特にこの中でもビートが効いた「Strength」、そしてメンバーがボン・イヴェールの影響で生楽器とシンセの融合を試みたという「What Youre Doing」あたりかな。でもどの曲もすべていいです。

9位:『Remind Me TomorrowSharon Van Etten (Jagujaguwar)

シャロン・ヴァン・エッテンというニュージャージー生まれでNYを中心に活動するシンガーソングライターのことを知ったのは、前作の『Are We There』(2014)を、僕が信頼する洋楽友達のKさんから「シャロン・ヴァン・エッテン、なかなかいいですよ。好きかも」と言われて聴いてみたのが確か初めだった気がする。走る車のドアを開けて風に髪の毛をなびかせているシャロンのモノクロの写真が印象的なジャケのイメージ通り、ロードムーヴィーのサントラ盤を思わせるような、広がりのあるサウンドをバックにインディー・フォーク的な感じの楽曲を、「シュッとした」感じのシャロンのボーカルが歌っているそのアルバムはしばらく自分の愛聴盤になった。フォーキッシュなんだけど、すごくインディーっぽい。インディーっぽいんだけど、かなり意識していると思われるほどにコーラスワーク(おそらくは自分の声を重ねてると思う)を多用して、決してペナペナではないサウンドを作り上げてる、そのゴージャス感が、結構気に入っていた。当時ピッチフォークとか、意識高い系の音楽メディアからは結構高い評価を取っていたと思う。残念ながらリリース後結構経ってから聴いたので、2014年の自分の年間アルバムランキングには入れられなかったんだけど、もし2014年に聴いてたら結構上位にランクしてたと思う。

そのシャロンが、全編新しい楽曲を取りそろえてリリースしたのが、この『Remind Me Tomorrow』。前作との間に出たEPI Dont Want To Let You Down』(2015)は基本的に『Are We There』のアウトテイクを集めたものだったというから、全編新作という意味ではこのアルバムを聴かねばなるまい、ということでリリースされてすぐ買って聴いた。

まずアルバム冒頭の「I Told You Everything」のピアノのサウンドの清冽さにやられた。『Are We There』もサウンドの清冽さ、という意味ではかなりのものがあったけど、これはちょっとレベルが違うかも、と思わせるものがあったからだ。でもこのアルバムはそれだけじゃなかった。その「I Told You Everything」もピアノ以外は音響派的なシンセとか、打込みを大変上手に使ってベック的なコンテンポラリー感を演出しながら、楽曲の叙情性はむしろ高いものを実現してるのだ。それ以外にもこのアルバム、前作で見られたインディー・フォーク的なアプローチとコーラスをうまく使って楽曲を構成しているというアプローチは基本変わってないのだけど、今回はエレクトロな要素や、ギターノイズを心地よく使ったような、サウンド面での進化が著しいのが大きな変化だと思った。「No Ones Easy To Love」のシンセや打込みの使い方なんて、『Odelay』の頃のベックを彷彿とさせて興奮するし、もともとはピアノ・バラードとして書かれたという「Comeback Kid」なんて、ドカスカドラムをバックにシャロンがロックンロール・クイーン然とした凄みを見せるトラックに仕上がってて、シャロン的には新境地を切り開いてるのがいい。ルシンダ・ウィリアムスを意識して書いたという「Seventeen」も、バックのギターエフェクトとシャロンの時折シャウトするボーカルがルシンダというよりもニコヴェルヴェット・アンダーグラウンド的なNYアンダーグラウンドな感じを醸し出しているのだけど、楽曲のシャロンらしい清冽さはこれまでとちょっと違う形ながらちゃんと実現してるのがぐいぐいくるんですよね。

結構90年代のインディーロックやベックあたりの音像音響派的オルタナロックの意匠をそこここに偲ばせながら、最近のボン・イヴェールとかジェイムス・ブレイクとかに通じる感じも根底の部分にあって、2010年代の今の作品アプローチとしてはこういうアプローチが有効なんだ、ということを実感させてくれるそんな不思議なアルバム。シャロンも当分目が離せない存在ですね。

8位:『Youre The ManMarvin GayeTamla/Motown/ Universal

いえいえ、これはね、リイシュー盤じゃないですよ。厳然としたマーヴィン・ゲイの未発表曲を集めた「新譜」なんです。ただ普通の「新譜」と違うのは、この音源は全て彼があの名作『Whats Going On』(1971)の後、創作的にも一番盛り上がってて、脂も乗っていた時期に録音されたもので、当時リリースも予定されてたのだけど、シングルリリースしたタイトル・ナンバーの「Youre The Man」(1972年最高位50位)の受けがよくなかったので、マーヴィン自身がお蔵入りにしてしまった、という因縁付きのアルバムだということ。

で、改めてこのアルバム聴いて思うのは「マーヴィンはどうしてこれをお蔵入りにしたんだろう?」ということ。シングルの受けが悪かったからって言ったって、自分の作品に自信があれば『Whats Going On』の大ヒットの後だし出しゃあいいのに、と思うんだけど、そう思っちゃうほど、このアルバムの出来は素晴らしいの一語。「Youre The Man」の「トラブル・マン」的なグルーヴも素晴らしいけど、いきなり正統派ソウルシンガー然として熱唱する「Piece Of Clay」なんてほれぼれするし、かのG.C.キャメロンもカバーした、バックコーラスとの掛け合いも楽しい「Im Gonna Give You Respect」なんてホントライヴで聴きたいなあ、と思うくらいウキウキする出来。そしてこのアルバムのハイライトの一つである、サラーム・レミがリミックスした「My Last Chance」「Symphony」「Id Give My Life For You」なんていずれもマーヴィンのオリジナルのボーカルを最大限美しく聴かせることに徹していて素晴らしい。「My Last Chance」のマーヴィンのボーカルなんて、リトル・アンソニー&インペリアルズあたりの正統派ドゥーワップを根底においたR&Bボーカルの素晴らしいパフォーマンスで、ここでのマーヴィンのとろけるようなボーカルだけでもこのアルバムの価値はあるなあ。

とにもかくにも、もう同時代性を経験できないマーヴィンという偉大なR&Bシンガーの素晴らしいパフォーマンスを、50年近い時を超えて今回アルバムリリースにつなげてくれた関係者の皆さんの尽力に、一ソウルファンとして心より感謝する、それしか言葉はありません。ありがとう!

ということでMy Best 10 Album of 2019、8位から10位まででした。続きはまた来週、お楽しみに。