2017.8.21
新旧お宝アルバム #97
『Your Favorite Record』Linus Of Hollywood (Franklin Castle, 1999)
先週のお盆の週は「戻り梅雨か?」と思うほど雨や曇りの日が多く、真夏とは思えない天気が続きましたが皆さんは体調など大丈夫だったでしょうか。自分は夏休みの週ということであちこちに出かける予定もあったのですが、天気のおかげでお出かけの代わりに家の片付けなどをする日も多く、思わず家の中が整理されて良かったような悪かったような(笑)。先週末のサマソニも雨に見舞われたりとなかなか苦労した方も多かったのかも。
さて今週の「新旧お宝アルバム」はいつもよりはぐっと最近のレコードで。折しも9月初旬にほぼ10年ぶりの来日ライヴを東京・大阪で行う予定の、ライナス・オブ・ハリウッドことケヴィン・ドットソンが1999年にリリースした、珠玉のポップ・レコード、『Your Favorite Record』をご紹介します。
あの大富豪、ウォーレン・バフェットが住んでいることで有名なネブラスカ州オマハ出身のケヴィン(ステージ・ネームの由来は彼が20代にLAに移り住んだ時、よくあのピーナッツ・コミックスのライナスが着てたようなストライプのシャツを着てたかららしい)がインディ・レーベルからこのアルバム、ブライアン・ウィルソンやロジャー・ニコルス、ヴァン・ダイク・パークスそしてピーター・ゴールウェイといったいわゆるパイド・パイパー・ハウス系のアメリカン・ポップ・ソングがお好きな洋楽ファンであれば、きっとニヤニヤしながら楽しんで聴けて、結果大満足してもらえること間違いなし!というレコードです。
そもそもタイトルからして『君のお気に入りのレコード』なんて、遊び心いっぱいのネーミングで、ジャケもタンテに乗っけたレコードの写真というまあそのものズバリのお遊び感覚満点の作品。
アルバム冒頭の「Say Hello To Another Goodbye」からそうしたポップ・センスが溢れるような、無茶苦茶ポップなヴァン・ダイク、といった感じのバラードで、「さよならよ、またこんにちは」なんていう、ちょっと屈折した歌詞をちょっとファルセットっぽいボーカルで聴かせるあたり、既にここでニヤリとするリスナーも多いのでは。そして続く「Heavenly」。イントロのオルガンのリフからして、こりゃビーチ・ボーイズの「Good Vibrations」ではないの、と爆笑。でも楽曲の作りはアメリカン・スタンダード・ポップ・ナンバーのスタイルを忠実に守り、所々にメジャー7thコードなども散りばめた、とてもポップな作品。
ピアノの半音降下コードで始まる「Nice To Be Pretty」も、アコギとリズム・セクションだけのバックでXTCあたりを思わせる、随所に変拍を織り交ぜたマイナーコードでミディアム・アップで、後半ビートルズ後期を思わせるSEが入る「The Man Who Tells The Crazy People What To Say」も、そしてピアノ弾き語りの「Thankful/It’s Over Now」もどれもこれも、60年代後半~70年代前半にかけて輝きを放っていたパイド・パイパー・ハウス系のソフト・ロック・サウンドのオンパレードで、これ絶対どっかで聴いたことある!と思わせる既視感(既聴感?)いっぱいの楽曲ばかりです。
このアルバムでライナスは自作曲だけでなく、彼がこのアルバムで再現しようとした60年代後半のソフト・ロック・サウンドの作者の一人、マーゴ・グリヤンの曲を2曲カバーしています。マーゴは60年代女性ポップ・シンガー、ジャッキー・デシャノンやクローディン・ロンジェらが歌った「Think Of Rain」(1967年)や、同じく60年代のドリーミー・ポップ・グループ、スパンキー&アワ・ギャングが歌ってヒットした「Sunday Morning」(1968年全米最高位30位)などを書いたソングライター。
ライナスはこのアルバムでその「Sunday Morning」と、そのマーゴ自らバックでピアノを弾く「Shine」の2曲をカバーしてますが、彼の作り出すソフト・ロック・サウンドと見事に一体化しているのには思わず微笑んでしまいます。
マイナーコードのアコギのシャッフル・ストロークで始まり、途中ホーンとコーラスが控えめに入る「When I Get To California」なんて、まんまカリフォルニア・ソフト・ロック・サウンド。「これ、絶対60年代ポップ・ヒットのカバーだろ」と思わせる楽しい「Good Sounds」やニルソンあたりを思わせる「Everybody’s Looking Down」もいいですが、アルバム後半の白眉は、イントロから歌い出し、サビのメロディからコーラスの入り方など、ブライアン・ウィルソンや山下達郎の顔が目にちらついてしょうがない「A Song」。この曲は多分このアルバム全体を象徴する完成度を持った珠玉のポップ楽曲といって差し支えないでしょう。
アルバム最後はお風呂の水音のSEをバックにアコギとコーラスだけで、とってもハッピーな感じで締める「Let’s Take A Bath」。
ライナスはこうしたドリーミーでハッピーで、美しくも遊び心満点のポップサウンドに辿りつくまでには、パンク・バンドをやったり、ヒップホップのアーティストの作品にバックで参加したり、やはり90年代を代表するパワー・ポップ・バンド、ジェリーフィッシュのロジャー・マニングJr.のバックを努めたりとそれこそ幅広い音楽ジャンルをカバーする活動を経験してきたようです。また、日本とも縁が深く、パフィや木村カエラのアルバムに楽曲を提供したりと、とてもユニークで個性的な活動を続けてきています。
この『Your Favorite Record』の後、現在に至るまで5枚のアルバム(最新作は2014年の『Something Good』)をリリースしてきているライナス・オブ・ハリウッド、その織りなすポップ・ワールドは、人によっては「単なるレトロ、懐古主義ではないか」「新しいものはなく、伝統主義的ポップに過ぎない」という批判もあるでしょうが、そうした「伝統主義的ポップ」の作り出すマジックがここには確かにありますし、そうした音楽をこよなく愛する洋楽ファンにとっては、間違いなく珠玉の作品として楽しんでもらえるものだと思います。
セミ達がこの夏最後の力を振り絞って鳴く声が、暑さがやや和らいできたこの季節の終わりを感じさせる今日この頃、ライナス・オブ・ハリウッドの素晴らしいポップ・ワールドを堪能して、来る秋を感じるというのも乙ではないでしょうか。
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