2016.5.30
新旧お宝アルバム #45
『Barbara Keith』Barbara Keith (Reprise, 1972)
この週末から今日の月曜にかけてはアメリカはメモリアル・デイ・ウィークエンド。夏の到来をいち早く喜び全米各地ではバーベキューなどの屋外イベントで大いに賑わう休日であるのと同時に、メモリアル・デイというのは軍隊の活動で殉死したアメリカの軍人達を慰霊する休日でもあります。
そうしたタイミングに先週広島に訪問して核兵器のみならず戦争という非人間的な活動を我々自身の英知で回避するよう努力しなければならない、と感動的なスピーチを行ったオバマ米大統領。まさしくその言葉通りに今後の日米の指導者達は世界を率先して行動していかねばならないのですが、正しい方向に向けて行動していくリーダーにトップに立ってもらうためにも、我々一人一人が、候補者達を十分に見極めて必ず投票日には投票をする、という基本的な権利と義務を実行することが重要だと思います。
さて、ちょっと堅くなりましたが今週の「新旧お宝アルバム!」は「旧」のアルバムのご紹介。今週はアメリカがベトナム戦争の惨禍から戦争反対に向けての国民レベルの活動が盛り上がっていた時期にひっそりとリリースされ、その後一部のミュージシャン達に曲を取り上げられる以外はメジャーな注目を集めることがなかった、とはいえすべての曲が瑞々しい感性と素晴らしいメロディと演奏で作り上げられた、女性シンガーソングライター、バーバラ・キースの知る人ぞ知る名盤『Barbara Keith』をご紹介します。
バーバラ・キースは1960年代後半、NYのグリニッジ・ヴィレッジのカフェで、後にロック・グループのマウンテンを結成するドラマーのN.D.スマート2世や、後にオーリアンズを結成するギターのジョン・ホールとカンガルーというバンドでライヴ活動をしていたのが音楽活動の始まり。その後バンドを離れて1969年にソロ・デビュー・アルバム『Barbara Keith』(今日ご紹介するアルバムと同タイトルでややこしい)をリリース。今回ご紹介するこのアルバムは2枚目のソロアルバムになります。
このアルバムは、冒頭のあのあまりにも有名なボブ・ディランのナンバー「All Along The Watchtower(見張り塔からずっと)」の他は全曲バーバラ自身のペンによるもの(最後の「A Stone’s Throw Away」のみ夫のダグ・ティブルスとの共作)で、これらの楽曲の繰り広げる世界がすなわち当時のバーバラが紡ぎ出していた世界ということになります。
その楽曲の作り出す世界は、いかにも70年代初頭のシンガーソングライターらしく、フォーク、ゴスペル、カントリー、そして当時の音楽シーンの重要なサウンドの流れの一つとしてエリック・クラプトン、ジョージ・ハリスン、デラニー&ボニーといった英米のミュージシャン達がこぞって取り上げていたいわゆる「スワンプ・ロック」的な味わいを色濃く持っているのが大きな特徴です。
冒頭の「見張り塔からずっと」はアップテンポなアコギから始まり、途中からデヴィッド・コーエン(元カントリー・ジョー&ザ・フィッシュ)とトニー・ペルーソ(カーペンターズの「Goodbye To Love」でのファズ・ギター・ソロで有名)の二人のギタリストの絡み合いで激しく盛り上がっていくバージョン。当然ジミヘンやデイヴ・メイソンらのロック・ギタリスト達のバージョンとは異なりますが、彼女のボニー・レイットばりのソウルフルなボーカルが前面に出る「ロックな」アルバムのオープニングになっています。バックを固めるのは、ドラムスがジム・ケルトナー、ベースがラス・カンケル、エレピがスプーナー・オルダムといった当時アメリカのセッションミュージシャンシーンでは、名うての連中。
続く「Rolling Water」では一転して繊細な歌声でバラードを聴かせた後、「The Bramble And The Rose」では最初ピアノのみをバックにゴスペル調のローラ・ニーロ的に歌い出したかと思うと、ツーコーラス目からはスティール・ギター入りのカントリー的演奏をバックにまるでタニヤ・タッカーのような筋金入りの力強い歌声。バーバラは書く楽曲の良さもさることながらこの3曲で、ボーカル・テクニック的にも卓越したところがあることが判ります。この曲はベテラン・カントリー女性シンガーのパティ・ラヴレスが2009年にカバーするなど、やはりカントリー・アーティスト達にも人気のある曲のようです。
その次の「Burn The Midnight Oil No More」は、バーバラ自身のピアノ弾き語りにこれも名手のリー・スクラーのベースとニック・デカロのアレンジによるストリングスが絡むだけ、というシンプルな演奏スタイルがかえってバーバラの曲の素晴らしさを引き立てている、このアルバムのハイライトの一つといっていい情感があふれるバラード。
もう一つのハイライト曲「Free The People」は当時のスワンプ・ロックの代表選手、デラニー&ボニーが『To Boney From Delaney』(1970)で取り上げてバーバラの名前をシーンに知らしめるきっかけとなった有名曲。彼ら以外にもバーブラ・ストライザンド、オリヴィア・ニュートン・ジョンらがカバーしているこの曲を、バーバラは1曲目と同じベテラン・セッション・ミュージシャン達をバックに女性ゴスペルコーラスをバックに実にそれこそスワンプっぽくドラマティックに歌っています。
続く「Detroit Or Buffalo」はアコギとベースとドラムスに時々こちらも名手スニーキー・ピートのスティール・ギターが絡むシンプルな演奏に乗って歌われるいかにも70年代フォーク・カントリー系シンガーソングライターっぽい漂泊感満点の歌。バックでボトルネック・ギターを雰囲気満点に弾いているのはご存じリトル・フィートの故ローウェル・ジョージ。こちらもフォーク系のシンガーソングライター、メラニーが後にカバーしています。
もう一つの自己のピアノ弾き語り曲「The Road I Took To You」もリンダ・ロンシュタットを思わせるような豊かな歌声でバーバラが「私はボロボロになりながら歩き回っていたけど/私が家に戻れる道というのは/そもそも私が家を出るために取った道だったことすら気がついていなかったの」と歌う、こちらも漂泊感を湛えたバラード。
またまた冒頭曲と同じメンツのセッション・ミュージシャン達にローウェル・ジョージのギターを加え「Smackwater Jack」あたりのキャロル・キングっぽいソウルフルな曲調で聴かせる「Shining All Along」とこちらはバーバラ自身のアコギのストロークにスプーナーのエレピとリーのベースが絡むだけのシンプルながらこれもスワンプ・テイスト満点の「Rainy Nights Are All The Same」を経てアルバム最後を締めるのは夫ダグ・ティブルスとの共作曲「A Stone’s Throw Away」。ここでローウェルやスプーナーと共にバックでドラムスを叩いているのはデレク&ザ・ドミノスのジム・ゴードン。ブリル・ビルディングス・メロディー・ミーツ・LAスワンプ、といった趣のこのナンバーは、後にLA出身のシンガー、ヴァレリー・カーターが1977年のデビュー作で取り上げ、アルバムタイトルにもしてしまった、LAミュージックファンに取っては超有名曲。このアルバム全体を包む雰囲気を総括するようなアレンジで、女性コーラスをバックにバーバラが気持ちよく歌っています。
正直言ってこのアルバム、キャロル・キングの『つづれ織り(Tapestry)』(1971)や以前ここでも取り上げたボニー・レイットの『Give It Up』(1972)といった当時も今も極めて評価の高いこの頃のシンガーソングライターの作品と比較しても、そのサウンドスタイルの類似性や楽曲レベルの高さからいって、もっともっと高く評価されていいと思うのです。
ただ残念なことにこのアルバムリリース時までに、バーバラとダグは音楽業界に嫌気がさしてしまったようで、家庭を中心に生活するためにリプライズ・レーベルからの前払金を返却してしまうなどのトラブルもあってこのアルバムはほとんど当時プロモーションされなかったようです。
それでも彼女の楽曲を多くのアーティスト達がこぞってカバーしているあたり、彼女の実力は十分に証明されていると言っていいでしょう。
今回このコラムを書くにあたり調べたところ、何とバーバラとダグは養子のジョンと共に、2000年頃からThe Stone Coyotesというグループ名義で音楽活動を再開しているらしく、既に10枚以上のアルバムをリリース。2001年の『Born To Howl』は「AC/DCがパッツィ・クライン(カントリー界のレジェンドと言われる反体制的な歌詞の曲で有名な大御所女性シンガー)と合体したような」(Allmusic)サウンドで評価が高い、というから聴いてみるのが楽しみです。ちなみにこのアルバムで、バーバラ自身の「Detroit Or Buffalo」をセルフ・カバーしているらしく、約30年を経て同じ曲がどのような進化を経ているか、これも楽しみ。
ワーナーさんの「名盤探検隊シリーズ」で2000年に世界初CD化を成し遂げたこのアルバム、今でもCDストアで比較的手に入りやすい作品です。是非次ぎ店頭で見かけた時には取り上げて、70年代前半に作られたバーバラの素晴らしい作品を楽しんでみて下さい。
<チャートデータ>
全米全英ともチャートインなし