新旧お宝アルバム!#156「Guru’s Jazzmatazz, Vol. 1」Guru (1993)

お知らせ

2019.9.16

新旧お宝アルバム #156

Guru’s Jazzmatazz, Vol. 1Guru (Chrysalis, 1993)

この週末は3連休、そして気候も最近めっきり過ごしやすくなってそろそろ秋もそこまで来ているかな、という感じ。一方台風などの災害で以前大変な状況の千葉の皆さんには一日も早く日常へ復帰できるよう、祈っています。

さてここ2週ほどお休みしていた「新旧お宝アルバム!」、久しぶりの今週は、日々に近づいてくる秋の雰囲気にぴったりのアルバムをお届けします。1990年代初頭、ヒップホップやR&Bは、80年代の商業的マスプロダクション的なスタイル中心だったものから、よりオーガニックなサウンド作りで、そしてより60~70年代のブラック・ミュージックの先達達のスタイルへのリスペクトや憧憬を露わにした形でのサンプリングやサウンドスタイルのものに変貌していき、90年代を通じて「ブラック・ミュージック・ルネッサンス」とでもいうべき充実の時期を迎えようとしていました。その時期に、既に実力派のヒップホップ・グループとしての地位を確立していたギャング・スターの創立メンバー、グールーことキース・エドワード・イーラムが、英米新旧の有力ジャズ・ミュージシャン達と、その時期を代表する欧米のヒップホップアーティストやR&Bシンガー達を一同に集めて、ヒップ・ホップとジャズという新旧のブラックミュージックジャンルを見事にマリアージュして、新たなクールネスのスタイルを提示して見せた当時としては革新的なアルバム、Guru’s Jazzmatazz, Vol. 1』(1993)をお届けします。

1980年代後半にボストンで、MCのグールーを中心に結成されたギャング・スターは当初アンダーグラウンドな活動が中心でしたが、1989年にグールー以外のメンバーが脱退するのと時を同じくして、グールーはヒューストン出身のDJ、DJプレミアと運命的に出会います。これがこの後90年代を通じてヒップホップ・コミュニティで最もリスペクトされることになる新生ギャング・スターの誕生であったと同時に、その後現在に至るまで伝説的なカリスマ的人気を持つヒップホップ・サウンド・メイカー、DJプレミアのシーンへの登場となりました。

この二人で『Step In The Arena』(1990)、『Daily Operation』(1992)といった、東海岸ヒップホップを代表するアルバムを送り出す一方、スパイク・リー監督の映画『Mo’ Better Blues』(1990)に提供した「Jazz Thing」がリー監督のみならずシーンで高く評価されたのがおそらくきっかけでグールーが作りあげたのが、今回お届けする全部で4作作られることになる「Jazzmatazz」シリーズの第1作、『Guru’s Jazzmatazz, Vol. 1』です。

冒頭にも説明した通り、このアルバムでは新旧欧米のジャズ・ミュージシャン達とヒップホップ/R&Bミュージシャンが競演。ジャズシーンからは、ドナルド・バード(トランペット)、ロイ・エアーズ(ヴィブラフォーン)、ロニー・リストン・スミス(キーボード)、ブランフォード・マルサリス(サックス)といったアメリカジャズ界を代表するベテラン達から、ロニー・ジョーダン(ギター)、コートニー・パイン(フルート、サックス)といった若いイギリスのジャズ・シーンを代表するアーティストが参加。これにグールーやフランスのMCソーラーらのラップに加えて、これも当時UKで活躍していたカーリーン・アンダーソンブランド・ニュー・ヘヴィーズンデア・ダヴェンポート、当時スタイル・カウンシルポール・ウェラー夫人だったD.C.リーといったボーカリスト達が一体となって、極上のグルーヴを醸し出すアルバムを作り上げています。

オープニングはグールーがおそらくドナルド・バードのトランペットをバックに、このアルバムのできた経緯とその趣旨(共にリアリティをベースにした黒人音楽であるジャズのライブ演奏とヒップホップの実験的フュージョンである「ジャズマタズ」をお届けする、というもの)を説明し、参加ミュージシャン達を紹介する「Introduction」。

https://youtu.be/j_tBymadvVI

そしてそのドナルド・バードのトランペットをメインにしたトラックにのってグールーが淡々としたフローを聴かせる「Loungin’」では早くもジャズとラップが一体となったクールなグルーヴが存分に楽しめるパフォーマンスにいきなり引き込まれます。続いて、ソウルIIソウルのキーボーディスト、サイモン・ローのエレピとタイトなリズムセクションに、ンデア・ダヴェンポートのボーカルとグールーのラップが交互に絡む「When You’re Near」などはこの当時UKで人気のあったアシッド・ジャズ風の曲調で、なかなかこの時期のアメリカのヒップホップ・アーティストの作品では聴かれなかった雰囲気のグルーヴが楽しめます。

https://youtu.be/X2DtCC4NQJ0

グールーのラップと呼応するかのように、ブランフォード・マルサリスの雄弁ながらクールなサックスソロとスクラッチ・ノイズが随所に登場する「Transit Ride」、これまたこの当時のUKアシッド・ジャズのポップなスタイルをロニー・ジョーダンのグルーヴィーなギターとD.C.リーのボーカル、そしてグールーのラップで楽しげに演奏してくれるライト・ファンク・チューン「No Time To Play」、そしてロニー・リストン・スミスのキーボードが幻想的なイメージを想起させるよりジャズ寄りのナンバー「Down The Backstreets」と、レコードのA面は既に盛り沢山な内容で完全にこの二つの音楽スタイルが渾然一体となった形で、スリリングなグルーヴのうねりを体感させてくれる内容。

レコードのB面は、90年代以降のレア・グルーヴの定番アーティストとして、そしてさまざまなサンプリング・ソースとしてつとにジャズ・ファン以外にも有名になったロイ・エアーズのヴィブラフォーンが、また全く違った感触のグルーヴを作りだしている「Respectful Dedications」から「Take A Look (At Yourself)」でスタート。ンデア・ダヴェンポートの涼しげなボーカルが再び登場、グールーがラップするベースの基本トラックがライヴ演奏ながらまるでサンプリング・ループのように聞こえる「Trust Me」に続いて、ジャズというよりは数々のUKロック・アーティスト達のセッション・ミュージシャンとして有名なゲイリー・バーナクルの縦横無尽なサックスとフルートのプレイがタイトなファンク・リズム・セクションと一体となった「Slicker Than Most」と、この面も次から次に素晴らしいミュージシャンシップのプレイヤー達のパフォーマンスがとてもスリリングなグルーヴを実現しています。

グールーに代わってフランス語のラップで独特なドウプネスを作り出しているMCソーラーのパフォーマンスが楽しい「Le Bien, Le Mal」に続いてアルバム最後はカーリーン・アンダーソンのボーカルとコートニー・パインのサックスやフルートが、グラウンドビート風のリズムと共にバックトラックを作り、グールーのラップがまたまた、このアルバムの企図する「ジャズマタズ」というコンセプトのクールネスを演出する「Sights In The City」で完結。

このアルバムは当時アメリカだけでなく、ヨーロッパでも大きな反響と評価を獲得、当時アシッド・ジャズ・ブームで特に盛り上がっていたUKでは「Trust Me」と「No Time To Play」がシングルとしてもスマッシュヒットするなど人気を呼びました。これを受けてこの後もグールーは同様のコンセプトでややジャズ色を控えめにした『Guru’s Jazzmatazz, Vol. 2: The New Reality』(1995)、エリカ・バドゥアンジー・ストーンなどR&Bシンガーをより中心にした『Guru’s Jazzmatazz, Vol. 3: Streetsoul』(2000)、そしてVol. 1での伝統的ジャズスタイルというよりもフュージョン・ジャズとヒップホップ/R&Bの合同作品といった趣の『Guru’s Jazzmatazz, Vol. 4: The Hip Hop Jazz Messenger: Back To The Future』(2007)とジャズマタズ・シリーズのアルバムをリリースしています。

ヒップホップを楽しめるブラック・ミュージック・ファンであれば、シリーズのどのアルバムを取ってもそれなりに楽しめるレベルの作品ですが、やはりシリーズ1作目で、おそらくグールーとしても一番MCとして脂の乗った時期に、革新的な実験をやるんだ!という意気込みで作ったこのアルバムが、やはり参加しているミュージシャン達のテンションの高さや、各プレイヤーやシンガー達のインタープレイが新鮮であり、スリリングな分、一番聴き応えがあると思います。

グールーはこのシリーズ完結後もインディ・レーベルから『Guru 8.0: Lost & Found』(2009)をリリースするなど、シーンで着実に活動を続けていましたが、2010年心臓発作により48歳の若さで他界してしまいます。

しかしグールーが残した多くの音楽的遺産の中でも一際文化科学的にも重要な意味を持つこの「ジャズマタズ」シリーズは発表後四半世紀を超えた今聴いても、その当時シーンの注目を集めた輝きを失っていません。

これから秋に向けてジャジーな音が耳に心地よくなる季節、このジャズとヒップホップが一体となったグルーヴを聴かせるアルバムを、今一度楽しんでみてはいかがでしょうか。

<チャートデータ>

ビルボード誌全米アルバムチャート 最高位94位(1993.6.5付)

同全米R&B/ヒップホップアルバムチャート 最高位15位(1993.6.5付)

全英アルバムチャート 最高位58位(1993.5.29付)