2020.6.22
「新旧お宝アルバム !」#184
『Hopes And Fears』Keane (Interscope, 2004)
自粛解除後に危惧していたように、ここ数日で一気に新規感染者数が100を超えてしまった東京。そして昨日の都知事選ではそうした状況について「モニターする」というばかりで何の具体的な手も打たない現職知事が開票直後に当確するという、寂しい状況。全体を左右する潜在力を持ってるはずの、支持政党なき層の問題意識の薄さをまざまざと感じた結果でしたね…
さて先週お休みした「新旧お宝アルバム!」、今週取り上げるのは、イギリスはイングランドのイースト・サセックス州から2000年代初頭に登場した、ピアノ・ロックのスリーピース・バンド(当時)、キーンのデビュー・アルバム『Hopes And Fears』(2004)。このアルバムが出たデビュー当時は本国イギリスだけでなく、ここ日本でも結構人気を呼び、当時のFM、特にJ-Waveの『Tokio Hot 100』でも頻繁にオンエアされていてランキング上位に入るくらいでした(2004年7月最高位3位)。
今回彼らのこのデビュー作を取り上げた理由は、最近聴く機会があった、彼らの昨年末リリースの7年ぶりの新作『Cause And Effect』(2019)がなかなかいい出来だったことから「そういえばキーンって最近の若い洋楽ファンの人、どのくらい知ってるんだろう」と思ったこと。今20代の人はこのアルバムが出て、日本のFMでキーンが結構かかってた頃はまだ小学校低学年だったわけで、その後大ヒット作を次々に出してた、というわけではない(本国UKでは『Cause And Effect』の前の『Strangeland』(2012)まではすべてNo.1ですが)キーンって、実は意外とそうした年代の洋楽ファンには知られていないのかも、と思ったのがきっかけでした。
彼らのサウンドの特徴、そしてこれはデビューから最新作まで一貫してますが、ギターではなくピアノをメインの楽器としていること。そしてその多くの楽曲の醸し出すイメージがスケールの大きいアンセム・タイプでありながら、とてもドリーミーであり、ポップなフックを多く内包した楽曲が多いことです。ある意味初期コールドプレイによく似たスタイルなのですが、もともとギター・バンドのコールドプレイが『Viva La Vida Or Death And All His Friends』(2008)以降一気にマスプロ的なアリーナ・ロックになってしまったのに対し、キーンはピアノメインを変えず、かつ個人的には過度な商業的スタイルからは一線を画している、そんなイメージがあるバンドだと思うのです。
ピアノ・ロックというと、90年代に登場してこちらもJ-Waveで人気だったベン・フォールズ・ファイヴの名前が浮かびますが、最近J-Popの世界でも同じくピアノロック・スタイルのOfficial髭男dismが大ブレイクするなど、このキーン同様こういうスタイルはいずれも日本の音楽ファンの琴線に触れるところが大いにあるのかもしれません。
そんなキーンが鮮烈なデビューを果たしたこの『Hopes And Fears』のオープニングを飾るのが、本国UKと日本で最高位3位の大ヒットとなった「Somewhere Only We Know」。バンドのメインソングライターでもある、ティム・ライスーオクスリーのピアノの力強いコードストロークで始まるこの曲の魅力の虜になった方も当時多かったのでは。個人的に2000年代を代表する完璧なポップ・ロック・チューンだと思ってるこの曲は、キーンの魅力をすべて凝縮してますね。大仰でなくシンプルな楽曲構成、ピアノとベースとドラムスだけなのに程よく分厚くビートの効いたセンスのいいアレンジ、嫌味なくすっと聴く耳に入ってくる心弾むメロディライン、そしてボーカルのトム・チャプリンの流れるような歌唱スタイルなど、彼らの音楽のいいところがすべてここにあります。
大きなスケールを感じさせながら決してToo Muchにならない良さは次の「Bend And Break」でも遺憾なく発揮されてますし、少しダウンテンポで叙情的にトムが歌う「We Might As Well Be Strangers」へ展開していくアルバム構成もなかなか。「Somewhere~」によく似た楽曲構成ながら、エレクトロなSEがアクセントになっている、彼らの2曲めのシングル・ヒット「Everybody’s Changing」(全英最高位4位)や、ちょっと変化球っぽいアレンジですが、ティムの弾くベース・ラインがブリッジに向かって盛り上がっていく楽曲全体の流れるような進行をリードしている「Your Eyes Open」などなど、何しろこのアルバムの楽曲はどれも粒ぞろい。
キーンはこのアルバムでデビューする3年くらい前までは実はギター中心のバンドの時期があり、その当時のギタリストで2001年にバンドを去ったドミニク・スコットがいた頃既に当時バンドで演奏していた曲も多くこのアルバムに収録されていて、そういう意味ではリリースまでの時期に書き溜められた曲の中でも厳選されたものが詰まっているアルバムということで、楽曲の質の高さもむべなるかな。特に、このアルバムの後半に収録されている「She Has No Time」や「This Is The Last Time」といった彼らの典型的な、ドリーミーでビートの効いたポップなスタイルの楽曲たちはそうした「練られた」楽曲とのことで、ドミニクが脱退後バンドで改めてピアノ・ロックスタイルを一定の時間をかけて完成したことが、このアルバムのクオリティを更に高いものにしていると言えるのかもしれません。
アルバム終盤は、ちょっとドラムンベースっぽいビートを効かせた、このアルバムではやや異色なナンバー(とは言ってもメロディはキーンお得意の叙情性高いものですが)「Untitled 1」から、これもドミニク在籍時代からの曲で、このアルバムからの3曲めの全英トップ10ヒットとなった「Bedshaped」の心落ち着くエレピの演奏にのったゆったりとしたバラードで、アルバム全体の統一感を仕上げるかのように静かにエンディングを迎えます。
こうした高い作品クオリティでのブレイクを果たしたキーンは、アメリカでも翌年度第48回グラミー賞の新人賞部門にノミネート(受賞はジョン・レジェンド)されるなど一定の評価も得たのですが、本国UKでの評価はとても高く、翌年発表の第25回ブリット・アウォードでは、やはり同じ年にセンセーショナルなデビューを果たしたフランツ・フェルディナンドやミューズらを押さえて、堂々最優秀ブリティッシュ・アルバム賞を受賞。また同じくブリット・アウォードが2010年に選出した「過去30年の最優秀ブリティッシュ・アルバム賞」の候補10作にもノミネートされるなど(受賞したのはオアシスの『(What’s The Story) Morning Glory?』(1995)でした)、このアルバムへの評価には絶大なものがありますね。
冒頭にも触れたように、昨年久しぶりにリリースされた最新作『Cause And Effect』でも、キーンのスタイルであるスケールの大きいドリーミーなピアノ・ロック・スタイルは健在ですが、この『Hopes And Fears』の頃のほとばしるような瑞々しさにはやや欠けるものの、前作の後、トムが薬物中毒を克服したり、ティムが離婚を経験したりと、それぞれの人生の起伏の結果なのか、ぐっと表現や楽曲が成熟したような感じがあって、懐かしい友人に久しぶりに会ったような気持ちになったものでした。
そんなキーンがこれからキャリアの最盛期に向けて飛び立っていこうとしていた時期にリリースされたこのアルバム、コロナでいろいろと制約のある昨今ですが、改めて当時まだキーンに巡り会えていなかったかもしれない洋楽ファンの皆さんにも是非その素晴らしさに触れてもらえれば、と思うのでした。
<チャートデータ>
ビルボード誌全米アルバムチャート 最高位45位(2005.2.26付)
全英アルバムチャート 最高位1位(2004.5.16-23付)