2019.5.6
新旧お宝アルバム #145
『K.T.S.E.』Teyana Taylor (Getting Out Our Dream / Def Jam, 2018)
あれだけ長いと思った10連休もとうとう今日が最終日。後半は好天の日が続きましたが、皆さんも旅行やアウトドア、イベント参加など充実した連休を過ごされたことと思います。明日からの日常が憂鬱だ、という方も多いでしょうが、そういう時こそいい音楽を聴いていい意味でテンションをぐっと上げて乗り切って下さい。
さて、今週の「新旧お宝アルバム!」は、先週に続いて最近のアルバムを。モデル、俳優、ダンサーといったマルチキャリアで活動するNYはハーレム出身の女性シンガー、ティアナ・テイラーが、ヒップホップとR&Bが絶妙に一体となった素敵なグルーヴを聴かせてくれるメジャーからは2枚目のリリースとなるアルバム『K.T.S.E.』(2018)をご紹介します。
NYハーレムで生まれ育ち、カリブのトリニダッド・トバコ系の血を引くティアナは1990年生まれの現在28歳。子供の頃から歌ったり踊ったりすることが好きで、様々なタレント・コンテストにもチャレンジしていた一方、ローリン・ヒルやスティーヴィー・ワンダー、マイケル&ジャネット・ジャクソンといった正統派のオーガニックなソウル・ミュージックの影響を強く受けて育ったといいます。
2006年にビヨンセのシングル「Ring The Alarm」のビデオの振付を手がけたことがきっかけでファレル・ウィリアムスのスター・トラック・エンターテインメントと契約、俳優業やモデルの仕事をする一方、2008年にはデビュー・シングル「Google Me」と、初のミックステープ『From A Planet Called Harlem』をリリースし、そこそこの評判になったようです。
そんな彼女の転機となったのは、あのカニエ・ウェストとの出会い。カニエのアルバム『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』(2010)の何曲かで客演を果たしたティアナは、2012年にファレルとの契約を終了させて、カニエのレーベル、G.O.O.D. ミュージックと契約。2014年にリリースした正式なデビュー・アルバム『VII』が全米アルバムチャートでは19位を記録するヒットアルバムとなったことで、ティアナの名前がメインストリームR&Bシーンに知られることに。
そして、2016年、NBAのヒューストン・ロケッツのアイマン・シュンパートと結婚・出産を経験したティアナは、去年夏にカニエがワイオミングの山の中にこもって制作して5週連続でリリースした一連のカニエ・プロデュースのアルバムの5作目として、今回ご紹介する『K.T.S.E.』をリリースしたというわけです(ちなみにこの時カニエが1週目にリリースしたのはプッシャTの『Daytona』、2週目は自分の『Ye』、3週目がキッド・カディとのコラボ・プロジェクトの『Kids See Ghosts』、そして4週目がナズの『Nasir』でした)。
アルバムは全編、カニエがどんどんエッジを立てていく前の初期のアルバム群『The College Dropout』(2004)、『Late Registration』(2005)、『Graduation』(2007)といった作品における作風、すなわちオールド・スクールのR&Bのサンプリングをうまく使いながら、彼の意匠であるボーカル・チェンジャーを効果的にあしらいながら、オーガニックなテイストのヒップホップ・グルーヴを作り出すといった手法が如実に表れた作品で埋め尽くされていて、あの時期のカニエの作品が好きなファンや、オールド・スクール・テイストのR&Bやヒップホップが好きなファンには間違いなく気に入ってもらえる、そんな作品に仕上がっています。
冒頭オープニング的なストリングとピアノをバックにティアナが早口気味のR&Bボーカルでこれから始まるアルバムの雰囲気をいやがおうにも盛り上げる「No Manners」でスタートするアルバムは、2曲目でシングルにもなった「Gonna Love Me」ではイントロ他随所でヘリウム・ボイスのコーラスがあしらわれる中、ローリン・ヒルやメアリー・J・ブライジらを彷彿とさせるティアナのオーガニックで達者なR&Bボーカルと、70年代っぽい音色のギターリフが終始バックに流れるという、いかにもカニエ初期そのまんまのスタイルの楽曲で思わずニヤリ。続く「Issues / Hold On」もドゥーワップ風の”♪I Do Love You~”というコーラスのサンプリングと、インベーダーゲームの発射音的なエレクトロサウンドが随所で交錯する中で、やはり70年代なギターとベースの音色に乗ってティアナがローリン・スタイルのボーカルを聴かせるという、まあカニエも楽しんでやってるなあというのがよく判る楽曲。そのカニエ自身のラップがフィーチャーされた「Hurry」もスライのナンバー「Can’t Strain My Brain」のベースラインをサンプリングした、あくまでオールドスクール・テイストのスタイルのナンバー。ちなみに後半にティアナの悩ましいうめき声が登場するのでよい子のお子さんのいるところではご注意を(笑)。
レコードだとB面の冒頭になる「3Way」では最近人気のプロデューサーでR&Bシンガーのタイ・ダラ・サインをバックにフィーチャーして、フェンダー・ローズの音色をバックにちょっとムーディーなメロディと曲調でちょっとディーヴァちっくな、また違ったティアナのボーカルの魅力が楽しめます。イントロや要所にスタイリスティックスの「Because I Love You, Girl」の一節からラッセル・トンプキンスJr.のボーカルのサンプリングが全体のクラシックな雰囲気をいやがおうでも盛り上げる「Rose In Harlem」では、ティアナは意識してちょっとラップっぽく、ヒップホップなスタイルのボーカルを聴かせてくれます。こういうちょっとやさぐれた感じのボーカルもカッコよくこなすティアナ、やはりただの片手間シンガーではありません。そして、これこそ熱唱タイプゴスペル・ディーヴァのスタイルで、マーヴィン・サップの曲を下敷きにしたミディアム・テンポのトラックをバックに堂々とティアナが歌い上げる「Never Would Have Made It」を経て、アルバム最後は「WTP」。これ、冒頭でも連呼される「Work This Pussy」の略で、ちょっと言葉のチョイスの可否は別として全体を通じて男性の声で「Ms.テイラー、あんたはマザファッキング(とんでもなく凄い)・ディーヴァだよ!」というメッセージのようで。で、この曲はこれまでの70年代っぽいオーガニックなソウル・ミュージック・スタイルとは異なって80年代後半のハウス・ミュージック的なアタックの強いエレクトロなサウンドとビートで一貫して、最後唐突に終わります。
タイトルの『K.T.S.E.』というのは、「Keep That Same Energy」つまり「その同じエネルギーのレベルを維持しなさい」ということのようで、それが様々な分野で精力的に活動するティアナに対するカニエからのメッセージなのか、それともティアナからこのアルバムを聴いているリスナーへのメッセージなのか、いずれにしてもこのアルバムからはそんなメッセージにふさわしい懐かしいオールド・スクールなグルーヴに乗ったとてもポジティヴなヴァイブがビンビンに伝わってきます。
思えばカニエ自身も、一時期精神的に不安定で奇行が散見されたり(2009年のアメリカン・ミュージック・アウォーズでテイラー・スウィフトの受賞にステージに上がって文句言ったあの事件、覚えてますか?)、メディアから叩かれたりしたこともあってか、2008年の『808s & Heartbreak』以降は作風が大きく変わってよく言えば先鋭的、アルバムによってはちょっと行っちゃってる感じのものもあり、初期のカニエのファンにはやや遠い存在になっていた感じがあります。しかし、このアルバムでのカニエのサウンドメイキングや、同時期にワイオミングで制作されたプッシャTや彼自身の『Ye』などは、あの初期のカニエの魅力が帰ってきたような楽曲スタイルに戻っている感じもあり、オールド・スクールR&Bとオールド・スクール・ヒップホップの融合体のような彼のサウンドのファンとしては、歓迎すべき傾向だと思っています。
とにかくこのアルバム、カニエ初期ファンならずとも、オールドスクールなR&Bのファンであれば絶対楽しんで頂ける作品になっていますので、これから夏にかけてのサウンドトラックの一つとして、是非一度AppleミュージックやSpotify等でチェックしてみて下さい。
<チャートデータ>
ビルボード誌全米アルバムチャート 最高位17位(2018.7.7付)
同全米R&B/ヒップホップ・アルバム・チャート 最高位10位(2018.7.7付)
同全米R&Bアルバム・チャート 最高位2位(2018.7.7付)