2019.4.29
新旧お宝アルバム #144
『On The Line』Jenny Lewis (Warner Bros., 2019)
日本中が待望の10連休に入っていよいよ平成もカウントダウンに入った今週、皆さんはいかがお過ごしでしょうか。天候は残念ながらイマイチすっきりしませんが、大型連休を皆さん思い思いに満喫されてると思います。
さて、今週の「新旧お宝アルバム!」は、TVの子役俳優から身を起こし、90年代には俳優業を封印してインディ・ロックの世界に飛び込んで、同世代の女性たちの心情を吐露するリリックや特定のジャンルにとらわれない独特のポップ・センスを持った楽曲で、カルト・フォロワーのファンを集めた女性シンガーソングライター、ジェニー・ルイスが今年5年ぶりにドロップした最新アルバム、『On The Line』をご紹介します。
南カリフォルニアで育って、ティーンエイジャーの頃からTVCMやTVドラマの子役としてエンタメの世界でキャリアをスタートしたジェニーは、90年代後半、20代前半になった頃俳優業から離れて、当時のボーイフレンドで同じ俳優だったブレイク・セネットら友人達とインディ・ロック・グループ、ライロ・カイリーを結成して音楽活動を開始。当初カントリー・サウンドから出発したバンドは次第にインディ・ロックにアプローチをシフトして、彼女がリード・ボーカルとして前面に出てきたアルバム『More Adventurous』(2004)あたりからシーンの評価を集め始めていました。また、都会の郊外に住む女の子のステレオタイプ的イメージのカリフォルニア・ポップなジェニーのファッションや、同世代・同タイプの女性達の心情を反映した楽曲の歌詞の内容などで一部のファンから強い支持を集めていたのですが、2014年にはバンドは解散。
その2014年にバンド解散への思いと併せて当時経験した個人的な辛いことなども綴った彼女のソロとしては3枚目になる『The Voyager』を、当時アメリカーナ・ロックのシーンでは大スターとなっていたライアン・アダムスのプロデュースでリリース。ライアン独特のアメリカーナ・ロックな音楽スタイルとジェニー独特のポップ・センスに溢れたこのアルバムは、ジェニー・ルイスに対する広い評価を各音楽誌から集める彼女に取ってのブレイクスルー・アルバムになりました。
そこから5年を経てリリースされた今回の『On The Line』。前回の『The Voyager』ではジャケにジェニーがレインボー・カラーのスーツを着た首から腰までの写真(顔は写っていない)が使われていたのが、今回はやはり首から腰までの写真ながら、胸元を半分露わにした今時のステージ衣装風のドレスを纏ったジェニーの姿が使われていて、彼女が明らかに前作の発展系として今回の作品を位置づけているのが判ります。(ちなみに裏ジャケはエルヴィス・プレスリー風のピンクのジャンプスーツを纏ったジェニーが白馬にまたがっているというもので、このあたりもジェニー独特のユーモアをにじませたポップ・センスが垣間見えます)
今回のアルバムも当初ライアン・アダムスのプロデュースで始まったのですが、ライアンとは5日間スタジオで録音した後、ジェニー曰く「彼、フケちゃったの」(その後ライアンは元妻のマンディ・ムーアへの精神的虐待や女性ファンへの性的不品行というスキャンダルの発覚で大変なことになった)ということで、その後は彼女自身がプロデュースを施すと同時に、前回も一曲プロデュースで参加していた、同じ南カリフォルニアのミュージシャン仲間であるベックが参加、演奏と併せて3曲をプロデュースしています。その他にもベック同様前作をサポートしていたトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズのベンモント・テンチがキーボードで参加している他、 今やブルー・ノート社長のドン・ウォズがベース、ベテラン・ドラマーのジム・ケルトナー、そしてリンゴ・スターも2曲でドラムを叩くという、結構豪華なラインナップです。
前作のオープニング・ナンバーの「Head Underwater」は2000年代フリートウッド・マック、といったバウンシーなポップ・ナンバーでしたが、今回のアルバムはやや厳かな感じのピアノとアコギをバックにジェニーが別れた恋人に対して「あなたは自分が天国に行って私が地獄に行くと思ってるけど/あたし達みんな最後は骸骨になるのよね/頭がポロッと落ちてさ」とシニカルに歌うバラード「Heads Gonna Roll」でゆっくりとスタート。
続く「Wasted Youth」もポップながらややマイナー調のナンバーで、この2曲で既に前作とはトーンが結構違うな、という感じが伝わってきます。
シングルとして先行リリースされた「Red Bull & Hennessey」はフリートウッド・マックの「Little Lies」あたりを思わせる、リンゴとジム・ケルトナーの贅沢なダブル・ドラムスのビートが全体を支配する、レッド・ブルとヘネシーでハイになる女の子の歌、といういかにもジェニーっぽい作品。
そしてベンモント・テンチの荘厳なハモンド・オルガンに乗ってゆったりとジェニーが歌う「Hollywood Lawn」と、ここまでライアンのプロデュースながら前作に聴かれたライアン然としたアメリカーナな雰囲気は皆無で、むしろ南カリフォルニアっぽい感じが充満したキッチュなポップさとかすかなメランコリズムが融合したジェニーの世界が広がっています。
ベックのプロデュースによる「Do Si Do」あたりから少し楽曲のテンポが上がってきますが、それに続くムーディーなベンモントのメロトロンをバックにジェニーが歌う「Dogwood」や「Party Clown」といった楽曲でのジェニーの独特なもやがかかったようなポップな曲調は変わらず。
この流れはラス前のタイトル・ナンバー「On The Line」まで続いていって、自分を捨てて東海岸のキャロラインって子のところに行ってしまった元カレのボビーに対して、電話を通してきこえる私の鼓動を聴いてよ、と訴えるこの曲はこのアルバム全体の「別れ」「喪失」「やり直し」といったテーマを象徴する楽曲になってます。それを締めくくるかのように曲のエンディングは長い電話の発信音で終わります。
そこから一転、アルバムラストはぐっとポップさとビートと明るさが漂うカントリー・ポップ調の「Rabbit Hole」で目の前が晴れたかのように。「もうあたしはあなたと一緒にウサギの穴に落っこちたりしない/悪い習慣はきっぱり辞めるの/もう一週間ドラッグもやってないし/あたしも前はスピリチュアルな感じが好きなセクシャルなタイプだったけど/あなたのおかげでビートルズやストーンズにハマるのも考えものよねって思うようになった」という、自分のこれからの方向性へのステートメントというか、決意的なものが窺えるこの曲でアルバムは終わります。
ヘタウマとも言えるジェニーのボーカルスタイル、決して「巧い」という表現は当たりませんが、自ら書く楽曲やそれらの曲の持つメッセージにぴったり合った、彼女の表現スタイルとしてはとても効果的なものとして耳に入ってきます。それに独特のサウンドスケープとメロディ、そしてこのアルバムではジム・ケルトナーのドラムスとベンモント・テンチのキーボードががっちりと楽曲の軸となってジェニーの作品を支えている、そんな感じのアルバムです。
これから5月、新しい時代に向かって日々暖かさが増していくと思いますが、そんな気候の中で聴くジェニー・ルイスの新作、ご機嫌なサウンドながらやや切なさも感じさせる楽曲に耳を傾けながらこの季節を過ごすのもなかなかいいのでは、そんなことを思わせてくれる作品です。
<チャートデータ>
ビルボード誌全米アルバムチャート 最高位34位(2019.4.6付)
同全米オルタナティヴ・アルバム・チャート 最高位2位(2019.4.6付)
同全米ロック・アルバム・チャート 最高位4位(2019.4.6付)