新旧お宝アルバム!#104「Subway Recordings」Susan Cagle (2006)

2017.10.16

新旧お宝アルバム #104

Subway RecordingsSusan Cagle (Lefthook / Columbia, 2006)

秋が深まってきて行楽にアウトドアにいい季節になってきたな、と思ったら先週末からここのところ毎日雨空。こうなってくると、今佳境に入ってきているMLBのポストシーズンの試合を楽しむか、ひたすらインドアで音楽にどっぷり浸るしかないって感じですね。いずれにしても音楽楽しむには絶好の季節。皆さんもいろんないい音に巡り会って、楽しんで下さい。

さて今週の「新旧お宝アルバム!」は、こちらも今から10年ほど前に自分が一時期かなりハマっていたアルバムをご紹介します。ちょうど当時はNYの駐在から帰国して2年、初めての転職も経験してあの刺激満点のNYを懐かしく思い出していた時期だけに、このアルバムにハマったのも自然だったんですが、それだけではなく、音楽を楽しんで演奏するミュージシャンの純粋な魅力に溢れているのもこのアルバムの魅力の大きなところ。ということで、ニューヨークの地下鉄でほとんどバスキングの実況中継のような録音で発表された、女性シンガーソングライター、スーザン・ケイグルのデビュー作『Subway Recordings』(2006)をご紹介します。

このアルバムの魅力は、若々しいスーザンがギターを弾きながら伸びのあるボーカルで、2000年代当時のメインストリームだったちょっとR&Bテイストとロック・テイストの乗っかったポップな楽曲をひたすら気持ちよさそうに演奏・歌唱してるところ。正直彼女とこのアルバムのプロデューサーで彼女がNYの地下鉄の駅でバスキングしているところをスカウトしたジェイ・レヴィンの書く楽曲は、特に楽曲としての緻密さや繊細さ、といったものはあまり感じませんが、ストレートに作者(彼女)の感情をぶつけてくれるひたむきさを感じるのと、多くの曲がそこここにキャッチーなフレーズやメロディを備えていて、思わず聴いていると体を曲に合わせて動かしたくなる、そんなミディアム・アップな曲が並んでいます。それは正にNYで地下鉄の駅を歩いていたら向こうの方から聞こえてきたバンドの演奏にふと足を止め、思わず聴き入ってしまう、そういった魅力なのです。彼女はカリブ海の島国、アルバの出身で褐色の肌のキュートな女性ですが、彼女の歌う歌はR&Bやソウル・ブルースに根差しているわけでもなく、若干R&Bの雰囲気は時々感じられますが、あくまでポップ・ロックのメインストリームの楽曲をストレートに歌う、そんなシンガーです。

アルバムの前半はNYのヘソとでもいうべき、タイムズ・スクエア/42丁目駅での通勤乗降客の多い時間帯に録られた、人のざわめきも曲間に聞こえるライヴ収録。ギターはスーザン自身、ベースは妹のキャロライン、ドラムスは弟のジョンという正真正銘の兄弟によるバスキングの録音。NYに行かれたことのある方はご存知ですが、この地下鉄の駅はほぼすべてのニューヨーク地下鉄ラインの集まるターミナル駅であることもあって、とにかく駅の構内がだだっ広く、通常でもそこここでいろんなバンドがバスキングしている(もちろん市の許可が必要ですが)巨大駅。

https://youtu.be/W8HUH6nldk8

そこで冒頭歌われるのは、街角で知り合った相手(多分男性)に「知りたいの/あなたはシェイクスピアは好き?ジェフ・バックリーは?/日曜日に映画を観るのは好き?雨の中でキスするのは好き?/あなたが行ってしまう前にあなたが何を好きなのか知らなくては」というひたむきな女の子を心理を歌うど真ん中ストレートなアップテンポの青春ラブソング「Shakespeare」。この真っ直ぐさにまず持って行かれます。「街の暮らしは辛いことも多いけど、私はもう少し頑張ってみる/ひとの涙を一つでも微笑みに変えられるかどうかやってみる」と、幼い頃から宗教カルトに所属していた両親に連れられて世界中を住み歩いたスーザンがNYでの、おそらくテロなどの都市における問題に対峙する決意を見せている「Stay」は少しテンポのゆっくりしたロック・ポップチューン。

青春賛歌的な「Dream」や「Be Here」と少しずつテンポを落としながら、「Ain’t It Good To Know」では自身の弾くギターのアルペジオに乗って「誰か愛してくれる人がいるって知ってるのっていいわよね」と高低音を行き来するメロディを自由に歌い回すスーザンの歌声が気持ちよし。

https://youtu.be/-9khjxCn0KA

そしてタイムズ・スクエアの部の締めは夏のニューヨークのバーで、映画のようにTシャツとジーンズをまとって現れる理想の男性を歌うという、まあ絵に描いたようなティーン・ポップ的歌詞の「Manhattan Cowboy」ですが、曲調や演奏・歌唱のスタイルはシェリル・クロウをちょっと思わせる、そんな成熟した感じの楽曲になっています。なおこの曲は9-11の際に活躍したニューヨークの消防士達にインスピレーションを受けて書いたという説もあります。

https://youtu.be/56U0Z14BA5I

アルバム後半は今度は夜の遅い時間に、マンハッタンでは西のタイムズ・スクエアに対する東の42丁目にあるグランド・セントラル駅での収録。ここは日本でいうとJRにあたるメトロ・ノース(NY北部のウェスチェスター郡やコネチカット州とマンハッタンを繋ぐ通勤客で賑わう鉄道)の起点となるターミナル駅。ここも広いコンコースで、内装や造作が20世紀初頭のデザインをそのまま残していることから映画の撮影等に使われることが多いので有名な駅。2階部分に有名なバーがあったり、最近ではその2階部分にアップル・ストアがオープンし、レトロな内装とのアンマッチが不思議な雰囲気を醸し出している場所です。

そこでまずぶちかまされるのは「Happiness Is Overrated」。「幸せなんて過大評価されてるわよ」とちょっとメランコリックな詞を、アヴリル・ラヴィーンの「Complicated」そっくりのアップなリフに乗せて歌うキャッチーなナンバーです。流れるようなスーザンのギター・アルペジオに乗って淡々と歌われる「You Know」や親しみやすいメロディで90年代インディ・バンド風のロックな感じとポップさがいいバランスの「Transitional」など、後半でも臨場感溢れるバンドのサウンドをバックに歌うスーザンの魅力が炸裂。アルバム最後の「Ask Me」は「あなたに僕のこと好き?と聞かれると思わずそっぽ向いてしまう/あなたはもう何もなくなったと思うかもしれないけど私にはそんな簡単なことじゃない/あなたには私の心の中見えてるはずと思う一方/私がハッキリ言わないとあなたが傷つくのも知ってる/だから聞いてくれれば私の気持ちを言うわ」と、複雑な女の子の胸のうちを切々と歌う、思わず聞いていて微笑んでしまうようなそんなバラード。

演奏終了後、スーザンの「聞いてくれてありがとう!ちょっと休憩してまた演奏します」という言葉と拍手がフェードアウトしていくのを聞くと、何かの映画を観ていたかのような、そんな気にさせてくれます。

とにかく当時NYを離れて間もなく、転職を経験して人生の動乱期にあった自分には、NYの地下鉄での録音であったこと、楽曲がストレートで聞いててすっと入ってきたことから、とてもお気に入りの一枚になりました。

実はこのアルバムリリース時には彼女来日もして、日本を縦断したプロモーション兼ストリートライブもやっていたとのこと。知っていれば是非駆けつけたのに惜しいことをしました。

しかしその後彼女は2009年にこのアルバムデビューをバックアップしてくれたコロンビア・レーベルを離れてワーナーに移籍。そして何を思ったかスーザン・ジャスティスと改名して、2012年にはアルバム『Eat Dirt』をキャピトルからリリースする等、音楽活動的には地味な状況が続いています。

このアルバム発表時は25歳だったスーザンも今では36歳の女盛り。この頃の楽曲の瑞々しさを考えると、今のスーザンも歌で表現できることをいろいろこの10年で蓄えているでしょうし、そうした歌を聴きたい、と思っているのは自分だけではないはずです。

ケイグルでもジャスティスでもいいので彼女の新作が届けられることを期待しながら、このアルバムで秋の一時を楽しんで下さい。

<チャートデータ> チャートインなし