新旧お宝アルバム!#57「Trace」Son Volt (1995)

2016.9.19

新旧お宝アルバム #57

TraceSon Volt (Warner Bros., 1995)

9月も中旬を過ぎているのにまたまた台風接近で雨模様の今週、西日本の方々は台風の影響がひどくなりませんように。MLBではシカゴカブスが早々にナショナルリーグ中部地区の優勝を決め、日本のMLBファンとしてはイチローが安打記録をどこまで伸ばすか、岩隈・青木マリナーズはポストシーズンに出られるか、といったところが興味あるところ。音楽の方もこの秋は気になるライヴやフェスが続々開催、楽しみな季節になってきました。

さて今週の「新旧お宝アルバム!」、先週は90年代オルタナティヴ・ロックのベター・ザン・エズラの作品をご紹介しましたが、今週も90年代からもう一つ、こちらは今につながるアメリカーナというかオルタナティヴ・カントリー・ロックの脈々とした流れを作り出した、このジャンルにおいては歴史的に重要なバンド、サン・ヴォルトのデビュー・アルバム『Trace』(1995) をご紹介します。

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70年代には単純にカントリー・ロック、と言われていたものが90年代以降「オルタナティヴ・カントリー・ロック」と言われ始めた要因の一つは、前者が純粋にカントリーやフォーク・ミュージックとメインストリーム・ロック(ブルースやR&Bの要素も含めて)のミクスチャーによって生まれた音楽スタイルだったのに対し、後者の大きな違いはそうした音楽が80年代以降の新しいロックのスタイルであったパンク・ロックやグランジ・ロックといった、より荒々しい、ローなスタイルのロックの要素を通過して消化したものを備えた音楽スタイルであることではないかと個人的には思っています。

サン・ヴォルトというバンドは、1980年代後半に最初のオルタナ・カントリー・ロック・バンドと言われたアンクル・テュペロのリーダーの一人であったジェイ・ファーラーが1994年のアンクル・テュペロの解散後立ち上げた、セントルイス/ミネアポリス地区をベースとしたバンド。当時アンクル・テュペロの解散後、もう一人のリーダーだったジェフ・トウィーディーが立ち上げたのが、90年代から現在にかけて『Being There』(1996)、『Yankee Hotel Foxtrot』(2001)などの名盤をリリース、メインストリームでも大きな成功を得て最近新譜『Schmilco』(2016)を発表したウィルコ。期せずしてアンクル・テュペロからこのジャンルの二つの重要なバンドが生まれたわけですが、ウィルコがよりメインストリームも意識した、ロックとカントリー的な要素が融合したサウンドを指向したのに対し、サン・ヴォルトは90年代以降のオルタナ・カントリー・バンドの典型である、カントリーやパンク・グランジなどが併存した音楽スタイルを指向したところが二つのバンドの違いでした。結果サン・ヴォルトは残念ながら商業的にウィルコほど大きく成功することはなかったのですが、このデビュー作を含めていくつかのアルバムはこのジャンルを代表する作品としてシーンの高い評価を得ているのです。

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アンクル・テュペロ解散後、ドラマーのマイク・ヘイドーンと、最後のアンクル・テュペロのツアーに参加したジム(ベース)とデイヴ(バンジョー、フィドル、ギター等)のボクィスト兄弟をメンバーに迎えたサン・ヴォルトのこのデビュー作は、いきなりボブ・ディランのカントリー・アルバム『Nashville Skyline』(1969)あたりを思わせる、シンプルで原点回帰的なカントリー・チューン「Windfall」で始まります。アコギ、ラップ・スティール・ギター、フィドルといった楽器が奏でるゆったりしたこの曲には「もう一回原点に戻って」というファーラーの意気込みを静かに感じます。

2曲目「Live Free」からはエレクトリック・ギターが加わりますが、曲のメッセージはファーラーが心酔していたというビートニクの吟遊詩人、ジャック・キュロアックあたりのスピリットを感じさせるものですし、曲自体もエレクトリックではありますが極めてシンプルなカントリー・ロック。

Tear Stained Eye」はまた1曲目と同様の、典型的なナッシュヴィル・スタイルの浮遊感漂うようなホンキートンク・カントリー・チューン。ここではバンジョーも入り、よりいっそう伝統的な音楽スタイルへのこだわりを感じさせ、ファーラーのボーカルもディランや『Harvest』の頃のニール・ヤングを思わせるような、伝統的なフォークシンガーを意識したものです。

伝統的カントリースタイルを踏襲した冒頭3曲に続くのが、いきなりパワフルなエレクトリック・ギターのストローク・リフで、グランジを通過した90年代オルタナ・ロックの雰囲気をプンプン漂わせる「Route」。アコギのストロークとエレクトリック・ギターのオブリガートが幻想的でブルースっぽいREM、といった風情の「Ten Second News」を挟んで、いきなりパンクとグランジが合体したような無茶苦茶カッコいいパワフルなギターリフをぶちかます「Drown」がこのアルバム前半のハイライト(LPではこの曲がA面ラスト)。この曲でのギターサウンドは『Rust Never Sleeps』あたりのニール・ヤングの力強いギターリフを彷彿とさせながらバールーム・ロック的なキャッチーさもあり、当時全米のカレッジ・ラジオでかなりの人気を集めたというのもうなずける出来です。

LPではB面を構成する後半の楽曲は、A面が「前半アコースティック、後半エレクトリック」という構成だったのに対し、典型的な90年代オルタナ・ロック、といった風情のエレクトリックな「Loose String」から始まって、アコギ弾き語りから後半ラップ・スティール・ギターやフィドルがからむ「Out Of The Picture」、思わずフーファイターズか、と思うようなストレートなエレクトリック・ギター・リフによる「Catching On」、というようにアコースティックとエレクトリックが交互にプレイされる構成で、A面とは違った流れで彼らの曲が楽しめる趣向になっています。

そして最後、ナッシュヴィルの有名なシンガー・ソングライター、タウンズ・ヴァン・ザントに捧げたと言われ、タウンズのホンキートンク・スタイルで切々と歌う「Too Early」、そしてこのアルバム唯一のカバーで、ローリング・ストーンズロン・ウッドのソロ・アルバム『俺と仲間(I’ve Got My Own Album To Do)』(1974)に収録されていたアコースティック・ブルース・ナンバー「Mystifies Me」の素晴らしいバージョンでこのアルバムは幕を閉じます。

アルバムを通じて感じるのは、どの曲もシンプルな楽曲構成でありながら、魅力あふれるフレージングとメロディ、リズムで演奏され、ファーラーのやややさぐれた、ブルース・フォーク・シンガーっぽいボーカルがそうした楽曲にとてもマッチして、不思議な一体感を作り出していることです。

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この年1995年のローリング・ストーンズ誌の音楽評論家が選ぶベスト10アルバム・リストでは、スマッシング・パンプキンズMellon Collie And The Infinite Sadness』やオエイシス(What’s The Story) Morning Glory?』、そして彼らに多大な影響を与えたニール・ヤングのロックアルバム『Mirror Ball』などと並び9位に選ばれたこのアルバム、当時のロック・シーンでは、このジャンルを代表する作品として未だにウィルコの『Being There』などと並ぶ傑作と高く評価されています。サン・ヴォルトはその後『Straightaways』(1997)と『Wide Swing Tremolo』(1998)の2枚のアルバムを発表後しばらく活動を休止、2005年にはメンバーを一新して『Okemah And The Melody Of Riot』を発表。その後も数年おきに新作を発表しながら活動を続けていますが、最近は以前ほどその名前を音楽プレスで目にすることはありません。

そんな折り、昨年2015年にはこのアルバムのリリース20周年を記念して、新たにリマスターされたヴァイナルLPとCDが再発、当時一斉を風靡したこのバンドの傑作アルバムがより手軽に、いい音で楽しめるようになりました。次回レコード・CDショップに行かれたら、この再発盤を探してみて下さい。このジャンルが嫌いでない方には是非とも一聴をお勧めしたいので。

 <チャートデータ>

ビルボード誌全米アルバム・チャート 最高位166位(1995.10.7付)